説明

アルミニウム複合材の熱処理方法

【課題】Al−Si−Mg系アルミニウム合金に硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材の耐摩耗性を確保しつつ、伸びを向上させることである。
【解決手段】Al−Si−Mg系アルミニウム合金に硬質のSiC粒子を複合させたアルミニウム複合材に対して、鋳造後に160℃で3時間以上保持する人工時効処理を行って炉冷するか、280℃で0.5〜1.5時間または300℃で0.5時間保持する人工時効処理を行って空冷することにより、アルミニウム合金の部分(母材)の結晶粒が適度に大きくなるようにして、十分な耐摩耗性(母材硬さ:HRB30以上)を確保しつつ、伸びを大幅に向上させたのである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Al−Si−Mg系アルミニウム合金に硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材の熱処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Al−Si−Mg系アルミニウム合金は、鋼に比べて軽量なうえ、熱処理により強度や伸びも機械構造部品に必要な水準に調整できるため、車両用部材や航空機用部材等の素材として広く使用されている。しかし、最近では、このようなアルミニウム合金を使用した部材の中でも、特に他の部材との摺動部を有するものについては、交換周期の延長を図るため、耐摩耗性の向上が求められている。
【0003】
このような軽量部材の耐摩耗性を向上させるための手段の一つとして、その素材を、アルミニウム合金中にSiC等の高硬度の粒子を均一に分散させたアルミニウム複合材に変更することが考えられる。しかしながら、このアルミニウム複合材は、母材中に分散する硬質粒子にほとんど弾性がないため、通常の熱処理を行っても伸びが低いものとなることは避けられない。
【0004】
例えば、Siを8〜10wt%、Mgを0.3〜0.6wt%含有するAl−Si−Mg系アルミニウム合金(JIS:AC4A)は、約525℃×約10時間の溶体化処理後に約160℃×約9時間の人工時効処理を行うことにより、約3%の伸びが得られる(例えば、非特許文献1参照。)が、同じ組成のアルミニウム合金に20vol%のSiCを複合させたアルミニウム複合材では、同じ熱処理を行っても、伸びがほぼ0%になってしまう。
【0005】
従って、硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材は、耐摩耗性には優れるが、ある程度伸びが必要とされる用途には使用できないのが現状であった。
【0006】
例えば、図1に示す鉄道車両用のブレーキディスク1では、ブレーキ作動時にブレーキパッド4と摺動して入熱される外周部と、車輪3の回転により常に冷却されている内周側ボルト締付部との間に熱膨張差が生じ、この熱膨張差を十分に吸収できるだけの伸びが要求される。従って、このブレーキディスク1の素材として硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材を使用すれば、ボルト締付部に熱亀裂が発生して割れてしまうおそれがある。
【非特許文献1】「アルミニウムの組織と性質」、軽金属学会、1991年、p.518-521
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、Al−Si−Mg系アルミニウム合金に硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材の耐摩耗性を確保しつつ、伸びを向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するための第一の手段として、Al−Si−Mg系アルミニウム合金に硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材に対する熱処理方法において、鋳放し状態の前記アルミニウム複合材を160℃で3時間以上保持する人工時効処理を行うとともに、この時効処理後の冷却方法を炉冷とする構成を採用した。
【0009】
すなわち、アルミニウム複合材を鋳造した後、アルミニウム合金に対する通常の人工時効処理の保持温度(160℃)で3時間以上保持して、アルミニウム合金の部分(以下、「母材」とも記す。)を再結晶させるとともに、この時効処理後の冷却方法を通常の空冷から冷却速度の小さい炉冷(冷却速度:5〜15℃/Hr程度)に変更して、母材結晶粒を適度に成長させることにより、必要とされる伸びと耐摩耗性とがともに得られるようにしたのである。
【0010】
また、本発明は、第二の手段として、鋳放し状態の前記アルミニウム複合材を280℃で0.5〜1.5時間保持するか、または300℃で0.5時間保持する人工時効処理を行うとともに、この時効処理後の冷却方法を空冷とする構成を採用した。
【0011】
すなわち、前記第一の手段に対して、人工時効処理の保持温度を高くするとともに保持時間を短くして母材再結晶時の結晶粒を適度な大きさとし、時効処理後には通常と同様に空冷して母材結晶粒の成長を抑えることにより、第一の手段と同様に必要な伸びと耐摩耗性が得られるようにしたのである。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、上述したように、鋳放し状態のアルミニウム複合材を人工時効処理して、その母材を再結晶させるとともに、時効処理後の冷却方法は時効処理条件に応じて炉冷と空冷とを使い分けることにより、母材結晶粒が適度に大きくなるようにしたので、十分な耐摩耗性を確保しつつ、伸びを大幅に向上させることができる。
【0013】
また、従来のように鋳造後に溶体化処理を行う必要がないので、熱処理の作業が簡便になり、コストの削減を図ることができる。さらに、時効処理時の保持温度を高く設定した場合には、保持時間が短くてすみ、時効処理後の冷却も通常の空冷でよいので、熱処理時間を大幅に短縮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を説明する。図1は、この実施形態の熱処理の対象となる鉄道車両用ブレーキディスク1を示す。このブレーキディスク1は、中央の取付孔1aの周縁に複数のボルト孔1bを有する円盤状に形成されており、鉄道車両の車軸2の外径に嵌め込まれて車輪3にボルト締めされた状態で使用され、ブレーキ作動時には外周部にブレーキパッド4が押し付けられるようになっている。
【0015】
このディスク1では、前述のように、ブレーキ作動時にパッド4との摺動により入熱される外周部と、車輪3の回転により常に冷却されている内周側ボルト締付部との間に熱膨張差が生じるため、この熱膨張差を吸収できるだけの伸び(0.65%以上)が必要である。
【0016】
一方、このディスク1の素材としてアルミニウム合金に硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材を使用した場合、パッド4との頻繁な摺動に耐えられるだけの耐摩耗性を確保するためには、アルミニウム合金の部分(母材)の硬さは、ロックウェルB硬さでHRB30以上であることが望ましい。ただし、母材が硬くなるほど全体の伸びは低下するので、上記の伸びを確実に得るには、母材硬さをHRB50以下とする必要がある。なお、伸びの下限値および母材硬さの範囲は、本発明者等が実験等から得た知見に基づいて設定したものである。
【0017】
この実施形態では、前記ブレーキディスク1を、Siを8〜10wt%、Mgを0.3〜0.6wt%含有するAl−Si−Mg系アルミニウム合金(JIS:AC4A)に20vol%のSiC粒子を均一に分散させたアルミニウム複合材で形成し、本発明を適用した熱処理を行って、伸びの向上と耐摩耗性の確保の両立を図った。
【0018】
ここで、前記アルミニウム複合材の伸びに対する本発明の熱処理方法の効果を確認するため、以下の実験を行った。実験は、アルミニウム複合材の試験片を20個用意し、各試験片に対してそれぞれ異なる熱処理を行って、熱処理後の硬さや伸び等の機械的性質を調査した。各試験片の熱処理条件は、1個のみに通常の標準的な熱処理(溶体化処理後に人工時効処理して空冷)を行い、その他の19個については、鋳放し状態で人工時効処理して炉冷(6個)または空冷(13個)するようにし、その時効処理における保持温度および保持時間を変化させた。
【0019】
図2は、各試験片の熱処理条件と機械的性質の測定結果を示す。鋳造後に溶体化処理を行うことなく時効処理した19個のうち、時効処理の保持温度と保持時間および時効処理後の冷却方法の組合せを本発明で規定した範囲内で設定したもの(実施例1〜7)は、いずれも母材硬さがHRB30〜50の範囲にあり、0.65%を上回る伸びが得られた。これに対して、通常の熱処理を行ったもの(比較例1)では、母材硬さがHRB50を大きく超えており、伸びはほぼ0%であった。
【0020】
一方、時効処理後に炉冷した6個のうち、時効処理の保持時間が本発明の範囲内で保持温度が160℃以外のもの(比較例2〜4)では、いずれも母材硬さはHRB30〜50の範囲にあるが、伸びが0.65%に達しなかった。これは、保持温度が160℃より低い場合(比較例2、3)には、母材の再結晶が不十分となり、160℃より高い場合(比較例4)には、伸びの阻害因子となるMgSiの析出量が多くなるためと考えられる。
【0021】
また、時効処理後に空冷した13個のうち、時効処理の保持温度が400℃以上のもの(比較例5〜10)、および保持温度が本発明で規定した300℃または280℃でも保持時間が本発明の規定範囲より長いもの(比較例11〜13)では、いずれも母材硬さがHRB30に達しなかった。これは、MgSi等の析出物が粗大化することによると考えられる。
【0022】
これらの結果から、本発明の熱処理方法を適用して、時効処理の温度および時間を適切に設定し、それに応じた時効処理後の冷却方法を選定することにより、母材の結晶粒が適度に大きくなって伸びが大幅に向上し、耐摩耗性も確保できることが確認された。
【0023】
なお、各実施例の強度(抗張力、0.2%耐力)は、通常の熱処理を行った比較例1に比べると低いが、ブレーキディスクに必要なレベルは確保されている。
【0024】
従って、前記アルミニウム複合材を素材として形成したブレーキディスクに対して、本発明の熱処理を行うことにより、ディスク内周側と外周側の熱膨張差を吸収する伸びと十分な耐摩耗性がともに得られ、ディスクを長期間安定して使用できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】一般的な鉄道車両用のブレーキディスクの正面図
【図2】アルミニウム複合材の伸びに対する本発明の熱処理方法の効果を示す表
【符号の説明】
【0026】
1 ブレーキディスク
1a 取付孔
1b ボルト孔
2 車軸
3 車輪
4 ブレーキパッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al−Si−Mg系アルミニウム合金に硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材に対する熱処理方法において、鋳放し状態の前記アルミニウム複合材を160℃で3時間以上保持する人工時効処理を行うとともに、この時効処理後の冷却方法を炉冷としたことを特徴とするアルミニウム複合材の熱処理方法。
【請求項2】
Al−Si−Mg系アルミニウム合金に硬質粒子を複合させたアルミニウム複合材に対する熱処理方法において、鋳放し状態の前記アルミニウム複合材を280℃で0.5〜1.5時間保持するか、または300℃で0.5時間保持する人工時効処理を行うとともに、この時効処理後の冷却方法を空冷としたことを特徴とするアルミニウム複合材の熱処理方法。

【図1】
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【図2】
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