説明

アレルギー疾患予防治療剤

【課題】 体内の免疫環境をTh2型からTh1型に誘導することにより,アレルギー反応を抑制し,アレルギー疾患を予防または治療することができる薬剤を提供すること。
【解決手段】 不活性化Propionibacterium acnes菌体を有効成分として含有するアレルギー疾患予防治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,不活性化Propionibacterium acnesを有効成分として含有するアレルギー疾患の予防治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アトピー性皮膚炎(AD)をはじめとするアレルギー患者は,ダニやスギ花粉等の特定の抗原に対して,インターロイキン4(IL−4)やIL−5といったサイトカインを放出する,Th2型に偏った免疫反応を獲得し,アレルギーを発症している。このため,アトピー性皮膚炎における急性期皮膚病変は,Tヘルパー(Th)2型サイトカインの分泌の増強と関連している(Del Prete, G. 1992, Allergy. 47: 450-455)。Th2型サイトカインであるIL−4,IL−5およびIL−13は,ヒトアレルギー性炎症の維持および増幅の鍵となるサイトカインである。アレルギー性炎症を有する患者からの末梢血単核細胞(PBMC)は,IL−4,IL−5,およびIL−13を産生する能力が高いが,インターフェロン(IFN)−γの産生が限定されていることが報告されている(Jung, T., et al., 1995, J Allergy Clin Immunol. 96: 515-527; Matsuyama, T., et al., 1999, Clin Exp Allergy. 29: 687-694; Reinhold, U., et al., 1990, Clin Exp Immunol. 79: 374-379)。さらに,内在性制御性T細胞(nTreg),IL−10産生制御性T細胞(Tr1)およびTh17細胞が,この免疫学バランスに強く関与していることが知られている。
【0003】
アレルギー疾患の治療には,Th2型免疫反応を抑制する免疫抑制剤や抗ヒスタミン剤が用いられている。例えば,抗アレルギー剤「Th2サイトカイン阻害剤(製品名:IPDカプセル等)は,IL産生を抑制し,その結果IgE抗体の産生を抑制する。しかし,免疫系を抑制する従来の治療法では,一過性のアレルギー抑制に止まり,また,免疫系の抑制による臓器の易感染性の増加が問題となっている。したがって,体内のTh2に偏った免疫環境を矯正することができるアレルギー疾患の予防/治療剤が求められている。
【0004】
ある種の細菌,例えば,Propionibacterium acnes(P.acnes)は強いTh1型免疫応答を示すことが知られている。Sugisakiら(Sugisaki H., et al., J. Dermatological Science, 55, pp. 47-52 (2009))は,免疫反応のP.acnes菌体に対する重要性,およびニキビの原因における細菌学的要素の評価に関する論文であり,ニキビ患者と非ニキビ患者から採取した末梢血単核球にP.acnes菌体を作用させたところ,ニキビ患者の末梢血単核球において,IFN−γ,IL−12p40,IL−8が著しく増加したこと、すなわちTh1型免疫応答が誘導されたことを報告している。しかし,P.acnesがTh2型免疫応答を阻害しうるかどうかは不明であった。また,これまでに,アトピー性皮膚炎の治療と尋常性座瘡,特にP.acnesとの関係は明らかにされていない。Yamanakaら(Yamanaka K., et al., J. Immunology, 165, pp 997-1003 (2000))は,ヒトカスパーゼ1がケラチン生成細胞において過剰発現するマウスを用いて,カスパーゼ1の病態生理学的役割を調査した論文であり,当該マウスに加熱処理したP.acnes死菌菌体を投与したところ,IFN−γが要因で重篤な肝障害を引起したことを報告している。この肝障害は,抗IL−18抗体を作用させたところ阻害された。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sugisaki, H. et al., J. Dermatological Science, 55, pp. 47-52 (2009)
【0006】
【非特許文献2】Yamanaka, K. et al., J. Immunology, 165, pp. 997-1003 (2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は,アレルギー疾患の予防および治療に有用な薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは,Propionibacterium acnesを適正量投与することによりカスパーゼ−1トランスジェニック(KCASP1Tg)マウスにおいて,全身的な臓器障害をひき起こすことなく,Th1免疫応答を誘導するとともに、Th2型免疫応答を抑制し、かつ制御性T細胞を誘導して、急性期アレルギー疾患を改善することを見いだした。すなわち,本発明は,不活性化Propionibacterium acnesを有効成分として含有するアレルギー疾患の予防および治療剤を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は,P.acnes処置および未処置のKCASP1Tgマウスの皮膚症状を示す。
【図2】図2は,P.acnes処置および未処置のKCASP1Tgマウスならびに野生型(WT)マウスの顔面および胴体の臨床的特徴を示す。
【図3A】図3Aは,皮膚病変部の組織病理学的観察の結果を示す。
【図3B】図3Bは,皮膚病変部におけるマスト細胞の数を示す。
【図4A】図4Aは,脾臓細胞における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【図4B】図4Bは,脾臓細胞における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【図4C】図4Cは,脾臓細胞における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【図4D】図4Dは,脾臓細胞における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【図5A】図5Aは,脾臓細胞における各種サイトカインのフローサイトメトリ分析を示す。
【図5B】図5Bは,脾臓細胞における各種サイトカインのフローサイトメトリ分析を示す。
【図5C】図5Cは,脾臓細胞における各種サイトカインのフローサイトメトリ分析を示す。
【図5D】図5Dは,脾臓細胞における各種サイトカインのフローサイトメトリ分析を示す。
【図5E】図5Eは,脾臓細胞における各種サイトカインのフローサイトメトリ分析を示す。
【図5F】図5Fは,脾臓細胞における各種サイトカインのフローサイトメトリ分析を示す。
【図5G】図5Gは,脾臓細胞における各種サイトカインのフローサイトメトリ分析を示す。
【図6A】図6Aは,皮膚病変部における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【図6B】図6Bは,皮膚病変部における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【図6C】図6Cは,皮膚病変部における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【図6D】図6Dは,皮膚病変部における各種サイトカインのmRNA発現レベルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は,不活性化Propionibacterium acnes(P.acnes)を有効成分として含有するアレルギー疾患の予防および治療剤を特徴とする。P.acnesはヒト皮膚の常在菌であり,尋常性座瘡(ニキビ)の原因となる細菌である。
【0011】
下記の実施例に具体的に記載されるように,自然にアトピー性皮膚炎を発症するモデルマウスに,適切量の加熱処理したP.acnes死菌菌体を投与と,皮疹の発症が抑制され,皮疹スコアーが改善されるとともに,皮膚の病理組織学的にも明らかな改善が認められた。また,全身的な免疫反応についても,Th2型サイトカインであるIL−13産生を顕著に抑制するとともにTh1型サイトカインであるIFN−γを上昇させることが認められた。さらに,P.acnesの投与によりTreg細胞が誘導され,IL−10産生T細胞(Tr1)も誘導され,これらがAD皮膚病変部に見られるアレルギー性反応の抑制に寄与していることが示唆された。アレルギー患者は,アレルギー型(Th2型)に偏った免疫反応を獲得するという特徴がある。本発明にしたがって不活性化P.acnes菌体を投与することにより,アレルギー型と拮抗するTh1型へと免疫系を誘導するのみならず,Th2型の免疫反応を抑制し,さらにTregを誘導することにより,アレルギー反応を抑制し,免疫系を正常な状態へ誘導することが可能となる。すなわち,P.acnesは,免疫環境をTh2型からTh1型に変換することにより,アレルギー性炎症の症状を緩和しうることが見いだされた。
【0012】
P.acnesは,通常の嫌気性菌の培養方法により培養することができる。好ましくは,L−システインおよびTween−80を補充したブレイン・ハート・フュージョンで培養する。培養した細菌を慣用の方法により回収して,不活性化する。不活性化とは菌体が増殖できないよう処理することをいう。不活性化は,熱処理,放射線照射,溶媒処理,凍結乾燥などにより行うことができる。
【0013】
このようにして得られた不活性化P.acnes菌体がTh1型免疫を誘導し,Th2型免疫を抑制する能力は,例えば,末梢血単核細胞(PBMC)を抗CD28抗体/抗CD3抗体で刺激して誘導したT細胞を不活性化P.acnesと接触させ,Th1型サイトカイン(IFNγ,IL−12など)とTh2型サイトカイン(IL−4,IL−5,IL−13など)の発現を調べることにより評価することができる。また,不活性化P.acnesが実際にアレルギー性炎症を抑制する能力は,アトピー性皮膚炎のモデル動物を用いて評価することができる。モデル動物としては,下記の実施例で使用したKCASP1Tgマウスの他,NC/Ngaマウスや,化学物質を皮膚に塗布したり,特定の遺伝子の発現を抑制することにより皮膚炎を発症させる種々のモデルマウスが知られており,これらのいずれを用いてもよい。
【0014】
本発明のアレルギー疾患予防治療剤は,当業者に公知の方法で製剤することができる。経口投与用には,上述のようにして調製した不活性化P.acnes菌体を,当該技術分野においてよく知られる薬学的に許容しうる担体と混合することにより,錠剤,丸薬,糖衣剤,カプセル,液体,ゲル,シロップ,スラリー,懸濁液等として処方することができる。非経口投与用には,不活性化P.acnesを当該技術分野においてよく知られる薬学的に許容しうる担体または賦形剤,例えば,滅菌水や生理食塩水,植物油,乳化剤,懸濁剤,界面活性剤,安定剤,香味剤,賦形剤,ベヒクル,防腐剤,結合剤などと適宜組み合わせて製剤することができる。特に,本発明のアレルギー疾患予防治療剤は,ローション,軟膏,クリーム,パック,貼付剤などの形態で,皮膚外用剤として製剤化することができる。
【0015】
本発明のアレルギー疾患予防治療剤は,経口投与してもよく,非経口投与,例えば,注射,注入,経鼻投与,または経皮投与してもよい。好ましくは皮膚の疾患部に局所的に投与する。本発明のアレルギー疾患予防治療剤の投与量は,症状,投与経路,患者の体重および年齢,併用する他の薬剤などにより異なるが,P.acnes乾燥重量として例えば1日あたり体重1kgあたり0.0001mgから1000mgの範囲の量を投与することができる。
【実施例】
【0016】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0017】
1. 材料および方法
1.1 アトピー性皮膚炎(AD)マウスモデル
ADのモデルとして,KCASP1Tgマウスを用いた(Yamanaka K. et al., 2000, J Immunol. 165: 997-1003; Yoshimoto T. et al., 2000, Nat Immunol. 1: 132-137; Konishi H. et al., 2002, Proc Natl Acad Sci U S A. 99: 11340-11345)。KCASP1Tgマウスはケラチン14プロモーターにより推進されるカスパーゼ−1のトランスジェニックマウスであり,内因性IL−18およびIL−1βを表皮に構成的に分泌し,難治性掻痒性皮膚炎を発症する。皮膚炎は顔面から始まり,次に四肢および胴体に広がる。疾患の初期では急性の浸食性病変を特徴とし,特定の無病原性(SPF)条件下ではその後慢性の苔癬様病変を生ずる。組織病理学的には,浸潤した皮膚血管のまわりに単核細胞および皮膚線維症が認められる。マスト細胞が浸潤し,血漿ヒスタミンレベルが顕著に上昇する。これらの症状および特徴はすべてヒトのアトピー性皮膚炎の特徴と一致する。
【0018】
1.2 P.acnes処置
P.acnesは,Tsutsuiら(Tsutsui, H., et al, J Immunol. 159: 3961-3967, 1997)の記載にしたがって調製した。簡単には,P.acnesをL−システインおよびTween−80を補充したブレイン・ハート・フュージョン培地で培養した。細菌を回収して滅菌蒸留水で洗浄し,次に60℃で60分間加熱することにより殺菌し,凍結乾燥した。この実験では,KCASP1Tgマウス(n=10),P.acnes処置KCASP1Tgマウス(n=9),野生型C57/BL6マウス(n=5)を用いた。すべてのマウスはSPF条件で維持した。4から14週齢のKCASP1Tgマウスに50μlの3.3%熱死滅P.acnesを1週間に2回腹腔内注入した。
【0019】
1.3 組織病理学的実験
14週でマウスから皮膚をサンプリングした。サンプルをパラフィンに包埋して,切片を作製し,慣用のヘマトキシリン・エオシン染色およびトルイジンブルー染色を行った。
【0020】
1.4 細胞の単離および培養
14週で脾臓を摘出し,単細胞懸濁物を調製した。組織を孔径70μmのメッシュに通し,リン酸緩衝化食塩水(PBS)で洗浄した。細胞を遠心分離し,5mlのPBSに再懸濁した。細胞サンプルをFicoll(SIGMA, St. Louis, MO)に重層し,末梢血単核細胞(PBMC)を回収して,10%FBSを含むRPMI 1640培地に再懸濁した。
【0021】
PBMCは,10%(v/v)ウシ胎児血清(IL−10の分析には5%のネズミ血清を用いた),2.0mMのL−グルタミン,100U/mlのペニシリンおよび100μg/mlのストレプトマイシンを補充したRPMI 1640完全培地で,24ウエル培養プレート(Costar, New York, USA)で細胞密度2×10細胞/ml(1ml/ウエル)で培養した。
【0022】
サイトカイン産生をインビトロで刺激するために,細胞の培養開始時に培養液に1μg/mlの抗マウスCD3e抗体(BD Pharmingen, San Jose, CA),2μg/mlの抗マウスCD28抗体(BD Pharmingen)および1μg/mlのブレフェルジンA(Biolegend, San Diego, CA)を加えて,37℃,5%CO雰囲気下で8時間インキュベーションした。
【0023】
1.5 細胞表面抗原および細胞内サイトカインの染色
細胞表面抗原および細胞内サイトカインは,Cell Surface Immunofluorescence Staining Protocol and Intracellular Cytokine Staining Protocol(BioLegend)のプロトコルにしたがって染色した。簡単には,IFN−γ,IL−4,IL−17の検出用には,刺激した細胞をPE/Cy5抗マウスCD4(BioLegend)で染色した。洗浄した後,細胞をFixation Buffer(BioLegend)中で固定し,Permeabilization Wash Buffer(BioLegend)に再懸濁した後,PEコンジュゲート化抗マウスIL−17A,IL−4,またはFITCコンジュゲート化IFN−γで染色した。IL−10の検出用には,刺激した細胞をFITC抗−マウスCD4(BioLegend)およびPEコンジュゲート化抗マウスIL−10(Miltenyi Biotec, Bergisch Gladbach, Germany)で染色した。蛍光プロファイルは,FACS Calibur(BDbiosciences, San Jose, CA)を用いるフローサイトメトリにより分析した。
【0024】
1.6 FoxP3の細胞内染色
細胞を最初にFITC抗マウスCD4およびPE/Cy5抗マウスCD25で染色し,FoxP3Fix/Permsolution(BioLegend)中で固定した。次に細胞をPEコンジュゲート化抗マウスFoxP3抗体(BioLegend)で染色した。蛍光プロファイルは,FACS Caliburを用いてフローサイトメトリにより分析した。
【0025】
1.7 サイトカインmRNA発現の分析
mRNAは,脾臓細胞に由来するPBMCまたは耳の皮膚からIsogen(Nippon Gene, Tokyo, Japan)を用いて,製造元の指針にしたがって抽出した。1mlのホモジネートを200μlのクロロホルムと混合した後,遠心分離した。水性相を分離し,0.5mlの2−プロパノールと混合してRNAを沈殿させた。遠心分離した後,沈殿物を75%エタノール(Nacalai Tesque)で洗浄し,RNAを40μlのRNaseフリー水に溶解した。濃度は260nmの吸光度に基づいて計算し,電気泳動により質を確認した。cDNAは,2μgのmRNAからArchive Kit(ABI, Foster City, CA, USA)を用いて,製造元の指針にしたがって合成した。
【0026】
脾臓細胞および皮膚病変部における転写活性は,定量的リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)により測定した。1μgのcDNA,900nmolの各プライマー,および250nmolのTaqManプローブを含む25μlの反応混合物を,12.5μlのTaqMan Master Mix(ABI)と混合した。IL−4,IL−10,IL−12p35,IL−12p40,IL−13,IL−17A,IL−22,IL−23p19,IL−17AR,MIP2,T−bet,GATA3,IFN−γ,およびGAPDH(ABI)について,サイトカイン転写産物についての定量的RT−PCRを行った。ΔδCt法を用いて転写産物のレベルをGAPDHに対して標準化し,対照マウスについて検出されたレベルに対して何倍の誘導であるかを計算した。
【0027】
1.8統計学的分析
統計学的分析は,Kruskal−Wallisテストを用いて行った。結果は平均±SDで示す。各図中,*はP<0.05を,**はP<0.01を,***はP<0.001を,****はP<0.0001を示す。P<0.05を統計学的に有意とした。
【0028】
2. 結果
疾患部皮膚の表面積および全身の表面積を,8週から14週まで2週間ごとに調べ,疾患部皮膚表面積の,全身表面積に対するパーセントとして評価した。結果を図1に示す。KCASP1Tgマウスは,8週で顔面からびらん性皮膚炎を発症し,次にこれは急速に耳および頸部に広がった。皮膚病変部の面積のパーセンテージは,P.acnes処置KCASP1TgマウスではKCASP1Tgマウスより低かった。
【0029】
P.acnes処置および未処置のKCASP1Tgマウスならびに野生型マウスの14週における顔面および胴体の臨床的特徴を図2に示す。KCASP1Tgマウスでは顔面および胴体に顕著な皮膚炎が認められた。びらん性病変部の上皮形成に続き,毛が消失した苔癬様皮膚炎および多発性皮膚潰瘍が生じた。耳および眼瞼は変形し,顔面の体毛は喪失し,多数の瘢痕をもつ皮膚のみが残った。マウスは皮膚病変部を激しく掻いた。これに対し,P.acnes処置マウスでは,皮膚炎の程度が抑制され,眼周囲領域に限定されていた。
【0030】
これらの結果から,P.acnes処置により,皮膚症状が改善されたことがわかる。
【0031】
皮膚病変部の組織病理学的観察の結果を図3Aに示す。KCASP1Tgマウスは,14週齢で,皮膚病変部において顕著な炎症性反応を示した。表皮は角質増殖症を伴う表皮肥厚を示し,病変部のケラチノサイトは核濃縮を伴う好酸性壊死を示した。真皮には,顕著な線維症を伴う有意な単核細胞浸潤が認められた。P.acnes処置KCASP1Tgマウスでは,皮膚病変部に軽い炎症性反応または表皮肥厚があった。すなわち,P.acnes処置KCASP1Tgマウスでは,組織病理学的変化,例えば,炎症性細胞浸潤,表皮肥厚および重症の浮腫が抑制されていた。
【0032】
皮膚病変部におけるマスト細胞の存在は,Th2型皮膚炎と密接に関連していることが知られているため,トルイジンブルー染色によりマスト細胞の数を調べた(図3B)。KCASP1Tgマウスの皮膚病変部ではトルイジンブルー陽性細胞の割合が増加しており,皮膚のマスト細胞浸潤を示していた。これに対し,P.acnes処置KCASP1Tgマウスまたは野生型対照マウスの皮膚病変部は,限定された数のマスト細胞を示し,KCASP1Tgマウスと比較してマスト細胞浸潤が有意に減少していた(図3B)。
【0033】
脾臓細胞におけるサイトカインのmRNA発現を調べるために,定量的RT−PCRを実施した。結果を図4A−Dに示す。
【0034】
Th1サイトカインmRNAであるIFN−γ,IL−12P35,L−12p40,およびT−betのmRNAの発現は,P.acnesで処理したKCASP1Tgマウスにおいて,未処置KCASP1Tgマウスまたは野生型マウスと比較して有意に増加していた(図4A)。一方,Th2サイトカインであるIL−4,IL−13,およびGATA3のmRNAの発現は,P.acnesによる処置後でも変わらなかった(図4B)。Th17サイトカインカスケードに関与するIL−17A,IL−22,およびIL−23p19のmRNAの発現は,P.acnes処置KCASP1Tgマウスおよび未処置KCASP1Tgマウスの両方で増加していた(図4C)。IL−10およびTGF−βのmRNA発現レベルは,P.acnes処置KCASP1Tgマウスにおいて,KCASP1Tgマウスまたは野生型対照と比較して有意に増加していた(図4D)。
【0035】
次に,脾臓細胞の細胞内サイトカイン分布をフローサイトメトリにより分析した。結果を図5に示す。P.acnes処置KCASP1Tgマウスの脾臓PBMCにおけるIFN−γ+CD4+,IFN−γ+CD8+,およびIFN−γ+リンパ球のパーセンテージは,未処置KCASP1Tgマウスと比較して増加していた(図5A,5B,5C)。一方,IL−4+CD4+細胞のパーセンテージは,3群で変わらなかった(図5D)。FoxP3+CD4+CD25+T細胞集団(nTreg)のパーセンテージは,P.acnes処置KCASP1Tgマウスにおいて未処置KCASP1Tgマウスと比較して有意に増加していた(図5E)。IL−17+CD4T細胞(Th17)およびIL−10+CD4T細胞(Tr1)はP.acnes処置の後にわずかに増加していた(図5F,5G)。
【0036】
さらに,皮膚病変部における各サイトカインのmRNA発現レベルを調べた。結果を図6に示す。IFN−γのmRNAレベルは,P.acnes処置KCASP1Tgマウスにおいて未処置KCASP1Tgマウスまたは野生型対照と比較して有意に増加しており,これは脾臓細胞で観察された上述の結果と一致した(図6A)。一方,IL−4,IL−13,およびGATA3のmRNAレベルは,P.acnes処置KCASP1TgマウスとKCASP1Tgマウスとの間で変化がなかった(図6B)。また,IL−17A,IL−22,23mRNAのレベルは,P.acnes処置KCASP1Tgマウスと未処置KCASP1Tgマウスの皮膚病変部において有意差はなかった。IL−17AレセプターのメッセンジャーはP.acnes処置KCASP1Tgマウスまたは未処置KCASP1Tgマウスにおいて減少しており,MIP2転写産物のレベルはP.acnes処置KCASP1Tgマウスにおいて未処置KCASP1Tgマウスと比較してわずかに低下していた(図6C)。IL−10およびTGF−βのmRNAレベルはP.acnes処置によって変わらなかった(図6D)。
【0037】
以上の結果をまとめると,IL−4 mRNAの発現はKCASP1Tgマウスの脾臓細胞および皮膚病変部で増加していたが,これはP.acnes処置によって変わらなかった。このことは,P.acnesの投与が強いTh1型免疫応答を誘導することによりTh2−サイトカイン優性アポトーシス炎症の発症を阻害したことを示す。また,P.acnes処置マウスにおいてTGF−βの発現が上昇していること,およびP.acnes処置マウスの脾臓細胞においてFoxp3+Tregが増加していることが示された。TGF−βは,Tregにより産生される重要な制御性サイトカインであり,Treg産生はTGF−βにより増加することが報告されている。すなわち,P.acnes処置によってがTreg細胞が誘導されたことが示された。さらに,P.acnes処置によりIL−10産生T細胞(Tr1)も誘導された。これらの結果は,P.acnesが内在性制御性TregおよびTr1の両方を誘導し,これらがAD皮膚病変部に見られるアレルギー性反応の抑制に寄与している可能性を示す。
【0038】
以上のことから,P.acnesがアトピー性皮膚炎においてTh2優位のサイトカイン環境を緩和し,Treg細胞の生成を誘導するのに有効であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明のアレルギー疾患予防治療剤は,アトピー性皮膚炎を始めとして様々なアレルギー疾患に対する予防および治療に有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性化Propionibacterium acnes菌体を有効成分として含有するアレルギー疾患予防治療剤。
【請求項2】
不活性化Propionibacterium acnes菌体が熱処理により不活性化された菌体である,請求項1記載のアレルギー疾患予防治療剤。



【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図5F】
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【図5G】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図6D】
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【公開番号】特開2011−74038(P2011−74038A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−229386(P2009−229386)
【出願日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】