説明

イオンクロマトグラフィーを用いた陰イオンの同時分析方法

【課題】ワイン等、有機酸が共存する試料中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを、亜硫酸イオン及び有機酸イオンから分離して、同時分析する。
【解決手段】アセトンなどのカルボニル化合物を添加した移動相を用いたイオンクロマトグラフィーにより、ワイン中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを、亜硫酸イオン及び有機酸イオンから分離して、同時分析する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを同時分析する方法に関する。さらに詳しくは、イオンクロマトグラフィーを用いてワイン等の試料中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを同時分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオンクロマトグラフィー(サプレッサー方式)を用いて塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを含む無機陰イオンを同時分析する方法が、1975年にH.Smallらによって発表され(非特許文献1)、塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオン等の無機陰イオンの分析には、イオンクロマトグラフィーが効率的な手段として広く利用され、さらに高精度・高感度の分析を可能にするよう研究が行なわれている。
【0003】
特許文献1には、塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを含む無機陰イオンとハロゲン酸化物イオンを同時分析可能な陰イオン交換体を充填したイオンクロマトグラフィー用カラムについて開示されている。
【0004】
また、陰イオン交換分離カラムによるイオンクロマトグラフィーで、移動相に四ホウ酸ナトリウムを添加することにより、無機イオンの溶出位置を制御することが特許文献2に開示されている。
【0005】
また、弱酸、糖、アルコール、アミノ酸等の混在した試料中の無機陰イオンを、弱酸性の陽イオン交換分離カラムを用いたイオンクロマトグラフィーで分離することが特許文献3に開示されている。
【0006】
しかし、亜硫酸イオンまたは酒石酸やリンゴ酸等の有機酸が混在するワイン等の試料の分析においては、クロマトグラム上の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンピークの一部にこれらの混在イオンのピークが重なってしまい、従来のイオンクロマトグラフィーでは単離することができない。この結果、イオンクロマトグラフィーによる陰イオン同時定量分析はワインの分析には不適であった。
【0007】
そのため現状では、ワインを分析する際には、塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを別々に定量している。それぞれのイオンの分析法としては、塩化物イオンは銀イオンと反応し難溶性沈殿を生成することを利用した銀滴定法、リン酸イオンはモリブデンブルー法を用いた吸光光度滴定法、硫酸イオンは塩化バリウムとの反応により生成する硫酸バリウムの質量測定が知られている。しかし、塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを個別に滴定法等で分析する場合、1つのイオンの分析に約30分を要し、且つ1つのワインの陰イオン定量のために3つの分析を実施するため、多大な労力と時間を要する。
【0008】
【非特許文献1】Anal.Chem.,47,1801(1975年)
【特許文献1】特開2002−194117号公報
【特許文献2】特開2000−180429号公報
【特許文献3】特開2005−127739号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ワイン等の亜硫酸イオンまたは酒石酸やリンゴ酸等の有機酸が混在する試料中の、塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンの同時定量を可能とする分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意研究を重ねた結果、カルボニル化合物を移動相に添加し、陰イオン分析用イオンクロマトグラフィーカラムを用いたイオンクロマトグラフィーにより、塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを、亜硫酸イオンまたは/及び酒石酸やリンゴ酸等の有機酸から分離し、同時に短時間で定量できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
即ち、本発明は、以下の[1]〜[10]に示されるワイン中の陰イオンの同時分析方法に関する。
[1]イオンクロマトグラフィーによる分析において、カルボニル化合物を含有する移動相を用いることを特徴とする、試料中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンの同時分析方法。
[2]試料が有機酸イオン及び/または亜硫酸イオンを含有するものである前記1に記載の分析方法。
[3]さらに硝酸イオンも同時分析する前記1または2に記載の分析方法。
[4]移動相中のカルボニル化合物の濃度が0.1〜50質量%である前記1〜3のいずれかに記載の分析方法。
[5]カルボニル化合物がアセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドのいずれかである前記1〜4のいずれかに記載の分析方法。
[6]第四級アンモニウム構造を含む含窒素複素環基がスペーサーを介して耐アルカリ性重合体基材に結合されてできたイオン交換体を充填したイオンクロマトグラフィー用カラムを使用する前記1〜5のいずれかに記載の分析方法。
[7]ハロゲン酸化物イオンの測定用のイオンクロマトグラフィー用カラムを使用する前記1〜5のいずれかに記載の分析方法。
[8]試料がワインである前記1〜7のいずれかに記載の分析方法。
[9]カルボニル化合物を含有する移動相を用いて、亜硫酸イオンのピークと、硫酸イオン及び/またはリン酸イオンのピークを分離させることを特徴とするイオンクロマトグラフィーによる分析方法。
[10]カルボニル化合物を含有する移動相を用いて、有機酸イオンのピークと、硫酸イオン及び/またはリン酸イオンのピークを分離させることを特徴とするイオンクロマトグラフィーによる分析方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の分析方法を用いれば、ワイン等の有機酸を含有する試料においても塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを15分以内に同時に定量することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明についてより詳細に説明する。
本発明の分析方法は、移動相にカルボニル化合物を添加し、陰イオン分析用イオンクロマトグラフィーカラムを用いたイオンクロマトグラフィーにより、試料中の塩化物イオン、リン酸イオン、硫酸イオン及び硝酸イオン等を同時に分析するものである。
【0014】
本発明の分析方法は、分析対象の試料に分析を阻害する物質である亜硫酸イオンまたは酒石酸やリンゴ酸等の有機酸が混在する場合に、特に有効である。例えば、亜硫酸イオンを50〜1000ppm程度含む試料に好適に適用できる。このような試料の例としては、酸化防止や殺菌等の目的で亜硫酸イオンを添加した食品及び飲料、有機酸を含む食品や飲料、例えば発酵食品や酒類等が挙げられる。酒類としては、果実酒等の果実を原料とするもの、日本酒等の穀類を原料とするもの、糖類を原料とするもの等のいずれも含まれるが、本発明において特に好適に適用できる酒類の例としては、ワインが挙げられる。本発明の分析対象となるワインは、一般的なものであり、ブドウの種類、生産地、製造方法によらず、分析可能である。また、ワインにはブドウを原料とした醸造酒のみならず、これに各種の加工処理・操作や、添加物を加えたもの、例えば蒸留酒も含まれる。
【0015】
イオンクロマトグラフィーには、サプレッサー法とノンサプレッサー法とがあるが、本発明の分析方法では、測定感度をより高めるためサプレッサー法が好ましい。
【0016】
分析カラムとしては、陰イオン分析用カラムが用いられる。陰イオン分析用カラムとしては、塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオン(好ましくはさらに硝酸イオン)の分離ができるものであればよく、例えば第四級アンモニウム構造を含む含窒素複素環基がスペーサーを介して耐アルカリ性重合体基材に結合されてできたイオン交換体を充填したイオンクロマトグラフィー用カラムが好ましい。具体的には、ポリビニルアルコール系基材、スチレンジビニルベンゼン共重合体系基材またはポリメタクリレート系基材に第4級アンモニウム基を導入した構成からなるゲルを充填したものが挙げられる。これらの中では、1−メチルピペリジンを1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテルを介してカルボン酸ビニルエステルとイソシアヌレート系架橋性単量体との共重合体のエステル基の一部をケン化して水酸基にしたポリビニルアルコール系共重合体に結合させてできたイオン交換体を充填したイオンクロマトグラフィー用カラムが特に好ましい。
【0017】
また、陰イオン分析用カラムとしてはハロゲン酸化物イオンの測定用のイオンクロマトグラフィー用カラムを使用することも可能である。これらのカラムはDionex製IonPac AS9-SC、Dionex製IonPac AS9-HC、Dionex製IonPac AS19などが挙げられる。
【0018】
移動相は、炭酸ナトリウムまたは/及び炭酸水素ナトリウムから構成される水溶液、または水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等の水酸化物水溶液にC=O基を含み水に溶解するカルボニル化合物を添加して調製する。
【0019】
カルボニル化合物の例としては、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの中ではアセトンが特に好ましい。
【0020】
カルボニル化合物を添加することにより、従来法では溶出ピークが近接しており、分離、定量が困難であった亜硫酸イオンと硫酸イオン及びリン酸イオン、有機酸イオンと硫酸イオンを明確に分離して定量することができる。カルボニル化合物の添加濃度は限定されないが、移動相中に好ましくは0.1〜50質量%、より好ましくは0.5〜10質量%、更に好ましくは1〜5質量%の範囲である。0.1%質量未満では添加効果を得られない恐れがあるため好ましくない。また、50%質量を超えると移動相としての溶離作用が不十分になる恐れがあるため好ましくない。
【0021】
本発明により、試料中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンから分離される他の陰イオンとしては、亜硫酸イオン、及び有機酸イオンが挙げられ、有機酸イオンとしては、カルボン酸イオン、特にモノカルボン酸イオン、ジカルボン酸イオン、ヒドロキシカルボン酸等が挙げられ、例えば、酒石酸イオン、リンゴ酸イオン、オキサロ酢酸イオン、クエン酸イオン、コハク酸イオン、ピログルタミン酸イオン、乳酸イオン、酢酸イオン、ギ酸イオン、マレイン酸イオン等が挙げられる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例及び比較例を挙げ、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの記載により何らの限定を受けるものではない。
【0023】
実施例1:
ワイン標準液(by Dr. R. Ristow Albert-Schweitzer-Str.1 67346 Speyer Germany)を純水で60倍の体積に希釈し、その1μlを以下の条件で分析した。
装置:サプレッサー型イオンクロマトグラフ(Metrohm社製,761 Compact IC)、
分析カラム:ポリビニルアルコール系基材に第4級アンモニウム基を導入したゲルを充填した陰イオン分析カラムで、カラムサイズは内径4.0mm、長さ150mm(昭和電工(株)製,Shodex IC SI−52 4Eの長さを250mmから150mmに短縮した特別カラム)、
保護カラム:カラムサイズは内径4.6mm、長さ10mm(昭和電工(株)製,Shodex IC SI−90G)、
移動相:5.0mM炭酸ナトリウム+12mM炭酸水素ナトリウム+3質量%アセトン、
分析温度:30℃、
移動相流速:0.8ml/分、
検出器:電気伝導度検出器(Metrohm社製,761 Compact ICに搭載されている検出器)。
分析結果のクロマトグラムを図1に示す。塩化物イオン(保持時間6.0分)、リン酸イオン(保持時間7.7分)、硫酸イオン(保持時間9.7分)を他の陰イオンから分離し、同時分析することができた。硝酸イオンの保持時間は11.3分であり、有機酸ピーク(保持時間10.7分)の直後に溶出した。
【0024】
実施例2:
亜硫酸イオン(SO32-)600ppm、及び硫酸イオン(SO42-)150ppmを純水で希釈したサンプル20μlを以下の条件で分析した。
装置:サプレッサー型イオンクロマトグラフ(昭和電工(株)製)、
分析カラム:ポリビニルアルコール系基材に第4級アンモニウム基を導入したゲルを充填した陰イオン分析カラムで、カラムサイズは内径4.0mm、長さ250mm(昭和電工(株)製,Shodex IC SI−52 4E)、
保護カラム:カラムサイズは内径4.6mm、長さ10mm(昭和電工(株)製,Shodex IC SI−90G)、
移動相:1.0mM炭酸ナトリウム+12mM炭酸水素ナトリウム+5質量%アセトン、
分析温度:45℃、
移動相流速:0.8ml/分、
検出器:電気伝導度検出器(昭和電工(株)製,Shodex CD−5)。
分析結果のクロマトグラムを図2に示す。亜硫酸イオン(保持時間27.6分)、硫酸イオン(保持時間42.4分)のピークが検出された。
【0025】
比較例1:
移動相としてアセトンを添加しないものを使用した以外は実施例2と同様にして分析を行った。分析結果のクロマトグラムを図3に示す。保持時間37.0分に亜硫酸イオンのピークが硫酸イオンのピークに重なって検出された。
【0026】
アセトンを添加した実施例1では亜硫酸イオンのピークをリン酸イオンと硫酸イオンのピーク間に溶出でき、且つ硫酸イオンを有機酸イオンピークから分離でき、試料中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンを同時分析できた。また、アセトンを添加しない比較例1では亜硫酸イオンのピークが硫酸イオンのピークに重なってしまい、硫酸イオンを定量できなかったのに対し、アセトンを添加した実施例2では硫酸イオンのピークが亜硫酸イオンのピークから分離できた。
【0027】
実施例3:
装置をポンプ((株)島津製作所製,L−10AT)、デガッサ(昭和電工(株)製,Shodex DEGAS)、カラムオーブン(昭和電工(株)製,Shodex OVEN AD−30)、検出器を電気伝導度検出器(昭和電工(株)製,Shodex CD−5)とした以外は実施例1と同様にしてワイン標準液を分析した。分析結果のクロマトグラムを図4に示す。
塩化物イオン(保持時間4.9分)、リン酸イオン(保持時間7.1分)、亜硫酸イオン(保持時間8.7分)、硫酸イオン(保持時間9.4分)を他の陰イオンから分離し、同時分析することができた。硝酸イオンの保持時間は10.7分であり、有機酸ピーク(保持時間10.5分)の直後に溶出した。
【0028】
比較例2:
溶離液にアセトンを加えなかった以外は実施例3と同様にしてワイン標準液を分析した。分析結果のクロマトグラムを図5に示す。比較例2(図5)では亜硫酸イオンのピークが分離されず、クロマトグラムに現れていない。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施例1において、ワイン標準液を分析したクロマトグラム。
【図2】実施例2において、亜硫酸イオン(SO32-)及び硫酸イオン(SO42-)を含むサンプルを分析したクロマトグラム。
【図3】比較例1において、亜硫酸イオン(SO32-)及び硫酸イオン(SO42-)を含むサンプルを分析したクロマトグラム。
【図4】実施例3において、ワイン標準液を分析したクロマトグラム。
【図5】比較例2において、ワイン標準液を分析したクロマトグラム。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンクロマトグラフィーによる分析において、カルボニル化合物を含有する移動相を用いることを特徴とする、試料中の塩化物イオン、リン酸イオン及び硫酸イオンの同時分析方法。
【請求項2】
試料が有機酸イオン及び/または亜硫酸イオンを含有するものである請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
さらに硝酸イオンも同時分析する請求項1または2に記載の分析方法。
【請求項4】
移動相中のカルボニル化合物の濃度が0.1〜50質量%である請求項1〜3のいずれかに記載の分析方法。
【請求項5】
カルボニル化合物がアセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドのいずれかである請求項1〜4のいずれかに記載の分析方法。
【請求項6】
第四級アンモニウム構造を含む含窒素複素環基がスペーサーを介して耐アルカリ性重合体基材に結合されてできたイオン交換体を充填したイオンクロマトグラフィー用カラムを使用する請求項1〜5のいずれかに記載の分析方法。
【請求項7】
ハロゲン酸化物イオンの測定用のイオンクロマトグラフィー用カラムを使用する請求項1〜5のいずれかに記載の分析方法。
【請求項8】
試料がワインである請求項1〜7のいずれかに記載の分析方法。
【請求項9】
カルボニル化合物を含有する移動相を用いて、亜硫酸イオンのピークと、硫酸イオン及び/またはリン酸イオンのピークを分離させることを特徴とするイオンクロマトグラフィーによる分析方法。
【請求項10】
カルボニル化合物を含有する移動相を用いて、有機酸イオンのピークと、硫酸イオン及び/またはリン酸イオンのピークを分離させることを特徴とするイオンクロマトグラフィーによる分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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