説明

イオンビーム加工方法及び加工装置

【課題】イオンビームの照射による断面加工において,断面に熱によるダメージを与えないイオンビーム加工方法を提供する。
【解決手段】イオンビームを発射するイオン銃2と,加工すべき試料6を載置する試料台7と,イオンビームの一部を遮蔽する遮蔽板8とを備えるイオンビーム加工装置において,試料6の下面に熱伝導部材9を,試料6の上面に熱伝導部材10を設けるとともに,熱伝導部材10を遮蔽板の端部8aより,ずらして突出させて非遮蔽部10aを形成し,イオンビームをこの非遮蔽部10aに照射して,試料6の断面加工処理を行う。断面に加工処理による熱が発生しても,熱伝導部材9,10を経て外部に熱放出され,高熱による試料断面6aのダメージを回避できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,試料に断面加工を行うイオンビーム加工方法及び加工装置,特に加工断面において,熱によるダメージの発生を抑えるようにしたイオンビーム加工方法及びイオン加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,複雑化,微細化が進むデバイスや,高機能化された材料の研究開発,製造プロセス開発,品質管理において,走査電子顕微鏡(SEM),透過電子顕微鏡(TEM)およびそれらに付属する分析装置による解析が不可欠となっている。そのような中で,デバイス,材料の断面構造や内部構造を観察するためには,その構造や組成を変化させずに断面を作製することが必要となるケースが多くなっている。
【0003】
上記のような材料の断面作製方法としては,試料の構造および材質,分析目的に応じて様々なものが用いられており,割段法,機械研磨法,ミクロトーム法,FIB(集束イオンビーム)法,CP(クロスセクションポリッシャー)法などがある。これらの中で,有機物の断面作製に適しているのはミクロトーム法であるが,この方法では,試料の前処理に熟練度が必要であり,且つ,加工された断面は切断時のせん断応力の影響を受けたものになる。
【0004】
一方,前記CP(クロスセクションポリッシャー)法はブロードなArイオンビームを用いた断面作製技術であり,加工された断面は加工時の影響を比較的受けない加工方法として評価されている。
【0005】
前記CP法の原理を図8に示す。図8において,試料の上にイオンビームを遮蔽するための板(遮蔽板)を置き,試料を遮蔽板より若干突き出して非遮蔽部を形成し,イオン銃からのArイオンビームを,遮蔽板より突出した試料の非遮蔽部に照射して研削することによって,試料の断面を作製する。
このCP法による切断は,高速イオンの運動エネルギーにより表面近傍の試料原子を弾き飛ばすことで行っている。この試料原子を弾き飛ばすといった衝撃や,切断された原子が試料断面に再付着したりすることにより,加工部(断面)に熱が発生する(例えば特許文献1参照)。このようにして,作製した試料の加工部(断面)に熱によるダメージが加わる。そのため,CP法では,このように高速イオンの運動エネルギーにより表面近傍の試料原子を弾き飛ばすことによって,熱の影響を受けやすい有機物の加工(断面作製)には適用が困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−329663号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように,従来の高速イオンビーム照射による試料の断面加工は,加工された断面が加工時の影響を比較的受けない加工方法として有用であるが,作製した試料の断面に熱によるダメージが加わるため,熱の影響を受けやすい試料(紙面などの上に印字されたトナー,フィルム等)の断面を作製するには,上記高速イオンビーム照射による加工方法では断面作成が困難であった。そこで,熱の影響を受けやすい試料の断面作成を実現するため従来は,イオンビームの加速電圧を小さくして,イオンを長時間照射するといった方法で断面処理を行い,熱の発生による試料のダメージ低減を試みてきた。しかし,それだけでは十分に,ダメージを抑えることが出来なかったし,長時間のイオン照射により,加工の効率が低下するものであった。
【0008】
この発明は,上記問題点に着目してなされたものであって,イオンビームの照射による断面加工において,加工処理により発生する熱により,加工部(断面)にダメージを与えることのない,あるいは少なく,効率の良いイオンビーム加工方法及び加工装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために本発明のイオンビーム加工方法は,イオンビーム銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工方法であって,前記試料における前記被加工部の前記イオンビームの軸線に直角,あるいは略直角な少なくとも一方の面に熱伝導部材を接触して設置しておき,前記試料の被加工部に前記イオンビームを照射することで発生する前記被加工部の熱を,前記熱伝導部へ逃がしつつ加工するものである。
本発明のイオンビーム加工方法では,前記熱伝導部材が,前記試料のイオンビーム照射方向上流側と下流側の両面に配置されてなるものであっても良い。上下両面に配置された熱伝導部材を通じてイオンビーム加工によって生じた熱が速やかに試料から逃げることができるので,加工部における熱によるダメージが最小限に抑えられる。
また,前記熱伝導部材は,最小限前記試料のイオンビーム照射方向上流側と下流側のいずれか片面に配置されていればよい。試料の形状などの都合から,試料の片面にしか熱伝導部材を配置できない場合があっても,上記片面に配置した熱伝導部材によって試料の加工部の熱を効果的に逃がすことが出来る。
また,熱伝導部材の配置の別例として,前記熱伝導部材が,前記試料のイオンビーム照射方向上流側と下流側のいずれか片面に配置されてなり,前記試料の他の片面に,断熱部材が配置されてなるものであってもよい。試料の性質,使用用途,方法などの違いによって,試料のイオンビーム照射方向上流側と下流側のいずれか一方への熱の伝導を抑えたい場合がありうる。このような場合には,上記断熱部材がその方向への熱伝導を抑制するので,不都合を生じない。一方,その反対側には熱伝導部材が配置され,そこから熱を逃がすことが出来るので,試料の加工部における熱の蓄積によるダメージが回避される。
上記した本発明のイオンビーム加工方法は,これを装置面から捉えることでイオンビーム加工装置として把握することも出来る。その場合のイオンビーム加工装置は,イオン銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工装置であって,前記被加工部の前記イオンビームの軸線に直角,あるいは略直角な少なくとも一方の面に熱伝導部材を接触しておき,前記試料の被加工部に前記イオンビームを照射することで発生する前記試料の被加工部の熱を熱伝導部材に逃がしつつ加工するものが考えられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明にかかるイオンビーム加工方法によれば,前記被加工部の前記イオンビームの軸線に直角,あるいは略直角な少なくとも一方の面に熱伝導部材を接触しておく構成とすることにより,イオンビームを試料に照射して,加工する過程で発生する熱を熱伝導部材を通して逃がすので,試料加工部(加工断面)の温度上昇によるダメージを抑えることが出来る。また,温度上昇によるダメージが抑えられるのでイオンビーム銃への電圧を下げて長時間加工するようなことが必要でなく,加工の効率を高く保つことが出来る。
これにより,具体的な数字として,溶融温度が65℃以上の有機物の断面加工が可能となった。従って,従来,イオンビーム照射による熱の発生により,作製できる試料に制限が見られたが,本発明によって,イオンビーム加工装置による幅広い範囲の試料への加工処理が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明の一実施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図である。
【図2】この発明の他の実施施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図である。
【図3】この発明のさらに他の実施施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図である。
【図4】この発明のさらに他の実施施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図である。
【図5】同実施形態に係るイオンビーム加工装置を含む実施例,比較例の実験結果を表に示した図表である。
【図6】同実験時の実施例2と比較例5の加工面を走査電子顕微鏡で撮影した写真である。
【図7】他の実施形態に係るイオンビーム加工装置を含む実施例,比較例の実験結果を表に示した図表である。
【図8】従来のイオンビーム加工装置の概略構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下,添付した図面を参照して,本発明を具体化した実施の形態により,この発明をさらに詳細に説明する。
【0013】
まず,この発明の一実施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図1参照する。
このイオンビーム加工装置1は,真空度:11.5×10―3paとした真空チャンバ1aを有し,この真空チャンバ1a内に,Arイオンビーム4を発射するイオン銃2と,Arプラズマ2aを発生させるための電圧をイオン銃2に供給するArイオン加速電圧源3と,イオン銃2からのArイオンビーム4を受けて試料に加工処理を行う試料設置部5とを備えている。
この実施形態にかかるイオンビーム加工装置1における上記イオン銃2,Arイオン加速電圧源3を備え,イオン銃2より試料装着部5の試料6にArイオンビーム4を照射する点は,従来よりのイオンビーム加工装置と,特に変わるところはない。
【0014】
更に,試料装着部5において,試料6を載置するための試料台7と,試料6の非加工部をイオンビーム4より遮蔽するための遮蔽板8とが設けられている点も従来のイオンビーム加工装置と同様であるが,一方,試料6の下面に熱伝導部材9を,試料6の上面に熱伝導部材10を設けている点は,この実施形態に特有の構成である。具体的には,試料台7の上面に熱伝導部材9の下面が接着材11により固設され,さらに遮蔽板8の下面に熱伝導部材10の非加工部10bが接着材12により固設されている。また試料6の下面に熱伝導部材9の上面が接着剤13で固設されている。
【0015】
この例では,
上記熱伝導部材10としては,厚み500μmのシリコンウエハを使用し,遮蔽板8への接着固定の際,遮蔽板8の端部8aより2mm突き出して非遮蔽部10aとしている。ここで使用されているシリコンウエハの熱伝導率は,168Wm―1K―1である。熱伝導部材9についても,熱伝導部材10と同様のシリコンウエハが使用されている。また,接着剤11〜13としてボンドクイックメンダ(コニシ株式会社製)が使用されている。
【0016】
前記試料装着部5は,上記のように構成され,熱伝導部材9,10は,熱伝導部材10の被遮蔽部10a,試料6の被加工部6bに照射されるイオンビーム4からみれば,イオンビーム4の軸線に直角あるいは略直角な面,つまり試料6の下面と上面に接触して設置されている。この実施形態では,試料6の上面及び下面に熱伝導部材9が配置されており,これはイオンビーム4の軸線に直角な面であるが,熱伝導部材9を設ける面は,必ずしもイオンビーム4の軸線に直角でなくてもよいことは,このような傾いた面からでも十分熱を逃がすことが出来ることから理解される。この実施形態では,このような傾いた面を略直角な面としている。
【0017】
以上述べた実施形態装置において,試料6に加工処理を行う場合は,イオン銃2からのArイオンビーム4を,遮蔽板8の側端面8aよりイオンビーム4の軸線の直交方向に突出した熱伝導部材10の非遮蔽面10aに照射し,このArイオンビーム4で,熱伝導部材10の非遮蔽面10aより下流方向,および試料6の被加工部6bを研削し,試料6の加工断面6aを作製する。
この加工処理の過程で行われる断面形成のための切断は,高速イオンの運動エネルギーにより,表面近傍の試料原子を弾き飛ばすことによって行われ,この試料原子の弾き飛ばしによる切断加工や,切断された原子が試料断面に再付着したりすることにより被加工部6bに発生する熱が,熱伝導部材9,10を経て周囲に放出される。そのために,試料6の加工断面6aに熱によるダメージが加わることがなくなり,或いは軽減される。
【0018】
このように,この実施形態装置に係るイオンビーム加工方法によれば,前記試料6における被加工部6bの前記イオンビーム4の軸線に直角,あるいは略直角な面である上流側と下流側の両面に熱伝導部材9,10が配置されているので,イオンビーム4の照射による被加工部6bで発生した熱は,試料6の上下両面から熱伝導部材9,10を通して周囲に放出されることにより,加工断面6aで受ける熱によるダメージをなくし,あるいは軽減できる。
【0019】
上記実施形態にかかるイオンビーム加工方法及び加工装置においては,試料6の下面に熱伝導部材9を,試料6の上面に熱伝導部材10を設けているが,この発明の他の実施形態として,図2,図3に示すイオンビーム加工装置及びこの装置を用いたイオンビーム加工方法としても良い。
図2に示す実施形態装置は,図1に示す実施形態装置の試料装着部5より,試料6の下面の熱伝導部材9を除いたものであり,試料6と遮蔽板8の間にのみ熱伝導部材10を設けたものである。

この実施形態装置において,試料6に加工処理を行う場合は,上記図1のイオンビーム加工装置1の場合と同様に,イオン銃2からのArイオンビーム4を,遮蔽板8の側端面8aよりイオンビーム4の軸線に直交方向に突出した熱伝導部材10の非遮蔽面10aに照射し,このArイオンビーム4で,熱伝導部材10の非遮蔽面10aよりイオンビーム4の下流方向,および試料6の被加工部6bを研削し,試料6の加工断面6aを作製する。
【0020】
また,図3に示す実施形態装置は,図1に示す実施形態装置の試料装着部5より,試料6の上面の熱伝導部材10を除いたものであり,試料6と試料台7との間にのみ熱伝導部材9を設けたものである。
この実施形態装置においても,試料6に加工処理を行う場合は,イオン銃2からのArイオンビーム4を,遮蔽板8の側端面8aよりイオンビーム4の軸線の直交方向に突き出した試料6の非遮蔽部6cに照射し,このArイオンビーム4で,試料6の被加工部6bを研削し,試料6の加工断面6aを作製する。
これら図2及び図3に示した実施形態装置においても,加工処理時に,試料6の被加工部6bに発生する熱が,熱伝導部材9を経て,試料6から逃がされ,試料6の温度が上昇することによるダメージが軽減,あるいはなくなる。
【0021】
以上のように,図2,図3に示す実施形態装置に係るイオンビーム加工方法によれば,前記試料6における被加工部6bの前記イオンビーム4の軸線に直角,あるいは略直角な上流側と下流側のいずれか片面に熱伝導部材9あるいは熱伝導部材10を配置しているので,イオンビーム4の照射による被加工部6bで発生した熱を,熱伝導部材9あるいは熱伝導部材10を通して周囲に放出し,加工断面6aに受けるダメージをなくし,あるいは軽減できる。
【0022】
さらに,この発明の他の実施形態装置を図4に示す。この実施形態装置は,図1に示す装置の試料装着部5の遮蔽板8の下面(試料6の上面)に設けた熱伝導部材10に代えて断熱部材14を備えたものである。この断熱部材14は,一例として厚み2mmの発泡ウレタンゴム(株式会社イノアックコーポレーション製)が使用されている。断熱部材14は,遮蔽板8への固定の際,側端面14aを遮蔽板8の側端面8aと面一に設定している。断熱部材14が容易に加工できる材料の場合には,断熱部材14の側端面14aを遮蔽板8から突出させても良いことは言うまでもない。
一方,試料6は,遮蔽板8及び断熱部材14の側端面8a,14aより2mm突き出されて非遮蔽部6cを形成している。ここで使用の発泡ウレタンゴムの熱伝導率は,0.02W/m―1・k―1である。
この実施形態装置において,試料6に加工処理を行う場合は,イオン銃2からのArイオンビーム4を,遮蔽板8の側端面8a,断熱部材14の側端面14aよりイオンビーム4の軸線に直交方向に突出した試料6の非遮蔽面(被加工部上面)6cに照射し,このArイオンビーム4で,試料6の非遮蔽面6cより下流方向に被加工部6bを研削し,試料6の加工断面6aを作製する。
この実施形態では,断熱部材14が試料6の上面側(前記試料6のイオンビーム4の照射方向上流側)に設けられたが,試料6の下面側(前記試料6のイオンビーム4の照射方向下流側)に設けられても良い。試料6の種類は用途などに応じて,熱を遮断したい方向が異なることがあるので,これらの事情に応じて断熱部材14を配置する面が異なることがありうるのである。
【0023】
この実施形態装置に係るイオンビーム加工方法によれば,前記試料6のイオンビーム4の照射方向上流側と下流側のいずれか片面(下流側面)に熱伝導部材9を配置し,試料6の他の片面(上流側面)に,断熱部材14を配置しているので,イオンビーム4の照射による被加工部6bで発生した熱が,熱伝導部材9を介して放熱され,加工断面6aで受けるダメージをなくし,あるいは軽減できると共に,断熱部材14を配置した面からは放熱されないので,試料6の種類や用途などによって,必要な方向への熱の伝達を遮断することが出来るという効果を発揮しうる。
【0024】
本願の発明者は,本発明のイオンビーム加工装置の効果を確認するために,実験のための下記の試料装着部5を用意した。
また,熱伝導効果の観察試料として溶融温度65℃の粉体試料と,溶融温度80℃の粉体試料2種を用意し,試料設置部5に設置された試料6の加工側面5aに塗り付けた。
○従来装置のように遮蔽板8,試料台7のいずれにも断熱部材14及び熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例1)
○遮蔽板8側の断熱部材14を有し,試料台7側の熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例2)
○遮蔽板8側の断熱部材14を設けず,試料台7側の熱伝導部材9を有する試料装着部5(比較例3)
以上,比較例1〜3は,溶融温度65℃の粉体試料を観察試料として使用。
○従来装置のように遮蔽板8,試料台7のいずれにも断熱部材14及び熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例4)
○遮蔽板8側の断熱部材14を有し,試料台7側の熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例5)
○遮蔽板8側の断熱部材14を設けず,試料台7側の熱伝導部材9を有する試料装着部5(比較例6)
以上,比較例4〜6は,溶融温度80℃の粉体試料を観察試料として使用。
○遮蔽板8側の断熱部材14,及び試料台7側の熱伝導部材9の両方を有する試料装着部5(溶融温度65℃の粉体試料を観察試料として使用)(実施例1)
○遮蔽板8側の断熱部材14,及び試料台7側の熱伝導部材9の両方を有する試料装着部5(溶融温度80℃の粉体試料を観察試料として使用)(実施例2)
加工条件は,いずれも同じであり,加速電圧4KV,加工時間10時間で加工処理を行い,それぞれ加工処理を実施し,加工面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し,熱の影響を観察した。
なお,溶融温度65℃の観察試料は,雰囲気温度が65℃以下では,目視で粉体状態であることが観察され,これを塗りつけた部分の温度が65℃に達すると,溶融して粉体状態から溶融状態に変化することが目視で観察できるものである。溶融温度80℃の観察試料についても,溶融温度が80℃である点を除き同様である。
従って,上記のように試料6の加工側面5aに上記観察試料を塗りつけた状態で,図1〜図4に示したようにイオンビーム銃2からイオンビーム4を試料装着部5に照射して被加工部を加工すると,その時の試料6の温度によって試料加工側面5aに塗りつけた観察試料が溶融したりしなかったりするので,その状態を目視観察することで,試料6の温度状態を判断でき,断熱部材14や熱伝導部材9などによる試料6の放熱効果が判断されるのである。
【0025】
上記実験の結果を図5の表に示す。熱の影響は,加工状況の中で観察試料が粉体の状態を留めていたものは,熱の影響を受けていない(放熱良好)として○,一部粉の状態を留めていない(溶融した)ものを△,観察試料が完全に溶融し粉体の状態を留めていないものを×として表示している。目視写真の一例として,比較例5及び実施例2の観察結果の写真を図6に示す。実施例2の写真では,加工箇所付近に○印状の粉の状態を維持しているに対し,比較例5の写真では,加工箇所付近に,○印状の粉の状態を維持せず溶融状態になっていることが観察される。
【0026】
この実験によって,遮蔽板側にのみ熱伝導部材を装着させると,熱の影響が△であるので,加工時に試料へ80℃付近の熱が加わることが分かった。また,遮蔽板と試料台の両方に熱伝導部材を装着させると,熱の発生は65℃以下に抑えられ,試料の被加工部分における熱的ダメージが十分抑制されることが分かった。
【0027】
なお,上記した各実施形態においては,いずれも試料装着部に遮蔽板を備える場合について説明したが,本発明では,これに限ることなく,遮蔽板を備えずして,試料にイオンビームを照射して加工するイオンビーム加工方法にも適用できる。
【0028】
また,断熱部材14を用いずに,試料6の上下両面あるいはいずれかの面側に熱伝導部材10あるいは9を設置した場合についても実験した,この実験は図1〜図3に示した実施形態に沿ったものである。
この加工方法の実験方法を下に示す。
熱伝導効果の観察試料として溶融温度65℃の粉体試料と,溶融温度80℃の粉体試料2種を用意し,試料設置部5に設置された試料6aの加工側面5aに塗り付けた点,及び,加工条件は,いずれも同じであり,加速電圧4KV,加工時間10時間で加工処理を行った。
○従来装置のように遮蔽板8,試料台7のいずれにも熱伝導部材10及び熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例1a)
○遮蔽板8側の熱伝導部材10を有し,試料台7側の熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例2a)
○遮蔽板8側の熱伝導部材10を設けず,試料台7側の熱伝導部材9を有する試料装着部5(比較例3a)
以上,比較例1a〜3aは,溶融温度65℃の粉体試料を観察試料として使用。
○従来装置のように遮蔽板8,試料台7のいずれにも熱伝導部材10及び熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例4a)
○蔽板8側の熱伝導部材10を有し,試料台7側の熱伝導部材9を設けない試料装着部5(比較例5a)
○遮蔽板8側の熱伝導部材10を設けず,試料台7側の熱伝導部材9を有する試料装着部5(比較例6a)
以上,比較例4a〜6aは,溶融温度80℃の粉体試料を観察試料として使用。
○遮蔽板8側の熱伝導部材10,及び試料台7側の熱伝導部材9の両方を有する試料装着部5(溶融温度65℃の粉体試料を観察試料として使用)(実施例1a)
○遮蔽板8側の熱伝導部材10,及び試料台7側の熱伝導部材9の両方を有する試料装着部5(溶融温度80℃の粉体試料を観察試料として使用)(実施例2a)
加工条件は,いずれも同じであり,加速電圧4KV,加工時間10時間で加工処理を行い,それぞれ加工処理を実施し,加工面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し,熱の影響を観察した。
その結果得られたのが図7の表である。
比較例1aと4aは,前記した断熱部材に関する実験の比較例1及び比較例4と同じである。
比較例5a及び実施例2aの観察結果の写真を撮った。実施例2aの写真では,加工箇所付近に○印状の粉の状態を維持しているに対し,比較例5aの写真では,加工箇所付近に,○印状の粉の状態を維持せず溶融状態になっていることが観察された。写真については前記のように片方に断熱材を用いた場合と同様であったので,写真の提出は割愛する。
このように,熱伝導部材を試料6の片面に添わせて設ければ(比較例2a,3a),いずれの面にも設けなかった場合(比較例1a,比較例3a)よりも熱によるダメージが緩和されていることが理解される。また実施例1a,2aのように両面に熱伝導部材を添わせて設置した場合には,少なくとも80℃以上の熱が発生していないことがわかった。これによって,熱伝導部材9や10による放熱効果が十分に発揮されていることが観察された。
【符号の説明】
【0029】
1 イオンビーム加工装置
1a 真空チャンバ
2 イオン銃
3 Arイオン加速電圧源
4 Arイオンビーム
5 試料装着部
6 試料
6a 試料の加工断面
6b 試料の被加工部
7 試料台
8 遮蔽板
9,10 熱伝導部材
11,12,13 接着剤
14 断熱部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビーム銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工方法であって,
前記試料における前記被加工部の前記イオンビームの軸線に直角,あるいは略直角な少なくとも一方の面に熱伝導部材を接触して設置しておき,前記試料の被加工部に前記イオンビームを照射することで発生する前記被加工部の熱を,前記熱伝導部へ逃がしつつ加工するイオンビーム加工方法。
【請求項2】
前記熱伝導部材が,前記試料のイオンビーム照射方向上流側と下流側の両面に配置されてなるものである請求項1記載のイオンビーム加工方法。
【請求項3】
前記熱伝導部材が,前記試料のイオンビーム照射方向上流側と下流側のいずれか片面に配置されてなるものである請求項1記載のイオンビーム加工方法。
【請求項4】
前記熱伝導部材が,前記試料のイオンビーム照射方向上流側と下流側のいずれか片面に配置されてなり,前記試料の他の片面に,断熱部材が配置されてなる請求項1記載のイオンビーム加工方法。
【請求項5】
イオン銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工装置であって,前記被加工部の前記イオンビームの軸線に直角,あるいは略直角な少なくとも一方の面に熱伝導部材を接触しておき,前記試料の被加工部に前記イオンビームを照射することで発生する前記試料の被加工部の熱を熱伝導部材に逃がしつつ加工するイオンビーム加工装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−192521(P2011−192521A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−57281(P2010−57281)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【出願人】(000006150)京セラミタ株式会社 (13,173)
【Fターム(参考)】