説明

イオン交換膜

【課題】多孔性の基材シートを用いたイオン交換膜であって、濃縮特性が更に向上したイオン交換膜を提供する。
【解決手段】微細な細孔が貫通している多孔性未延伸ポリエチレンシートの該細孔内にイオン交換樹脂が充填されて成る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細な細孔が貫通している多孔性シートを基材として含むイオン交換膜に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン交換膜は、製塩や食品分野における脱塩工程などで利用される電気透析用膜や燃料電池の電解質膜として、また、鉄鋼業などで発生する金属イオンを含んだ酸からの酸回収に用いられる拡散透析用膜など多くの分野で工業的に利用されている。このようなイオン交換膜は、補強材としての機能を有する基材シートが芯材としてイオン交換樹脂中に設けられた構造を有しており、これにより一定の膜強度や膜の形状安定性が付与されている。もし芯材がないとイオン交換樹脂は、イオン交換基を多く持っているため、電解質水溶液に浸漬させると容易に膨潤してしまい、イオン交換膜は強度低下や形態変化が生じてしまう。
【0003】
従来、上記の基材シートとして多孔性樹脂シートが使用されたイオン交換膜が知られている。このような形態のイオン交換膜は、基材である多孔性樹脂シート中の空隙部にイオン交換樹脂が充填されており、この結果、膜の電気抵抗(以下、膜抵抗という。)が低いという利点を有している。この多孔性樹脂シートとしては、一般にポリテトラフルオロエチレンや高分子量のポリエチレン樹脂等の薄膜が使用されているが、多孔性化による強度低下を回避するために、この薄膜は1軸方向或いは2軸方向に延伸されている。例えば、特許文献1には、多孔性の延伸ポリエチレンシート(旭化成ケミカルズ株式会社製ハイポアや東燃化学那須株式会社製セティーラ等)を基材シートとして含む製塩用陽イオン交換膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−96923号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような多孔性の基材シートを用いたイオン交換膜は、基材シートの厚さが薄いため、延伸しているにもかかわらず実用的な強度を有しておらず、また、電気透析をした際の濃縮特性も高いとは言えない。なお、濃縮特性とは、イオン交換膜の単位厚さ当りの膜抵抗とその膜を用いて電気透析した時に生成する濃縮水の塩濃度(かん水濃度)との関係を言い、単位厚さ当りの膜抵抗が低くて、高いかん水濃度を得られる膜は濃縮特性が高いということになる。
【0006】
従って、本発明の目的は、多孔性の基材シートを用いたイオン交換膜であって、電気透析をした際の濃縮特性が更に向上したイオン交換膜を提供することにある。具体的は、単位厚さ当りの膜抵抗が極めて低く、しかも、かん水濃度が高いイオン交換膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題について多くの実験を行い検討した結果、多孔性の基材シートとして未延伸の多孔性ポリエチレンシートを用いることにより、延伸されたものを使用する場合と比較して、その濃縮特性が向上するという全く予想外の知見を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明によれば、微細な細孔が貫通している多孔性未延伸ポリエチレンシートの該細孔内にイオン交換樹脂が充填されて成るイオン交換膜が提供される。
【0009】
本発明のイオン交換膜においては、前記多孔性未延伸ポリエチレンシートは、厚さが10〜300μmであり、気孔率が30〜80%であることが好ましい。
【0010】
なお、本発明において、基材シートとして使用している多孔性未延伸ポリエチレンシートは、延伸されていないため、延伸された多孔性ポリエチレンシートと比較してその引張伸度は極めて大きく、長さ方向(MD)及び軸方向(TD)の引張伸度がいずれも450%以上となっている。
【発明の効果】
【0011】
本発明のイオン交換膜は、多孔性の延伸シートを基材シートとして用いているものと比較してその濃縮特性が大きく向上している。
例えば、後述する実施例に示されているように、単位厚さ当りの膜抵抗をA(Ω・cm/cm)、海水濃縮試験におけるかん水濃度をB(mol/L)とした時、本発明のイオン交換膜(陽イオン交換膜または陰イオン交換膜)は、下記式:
B>0.006A+1.7
で表される条件を満足する。即ち、膜抵抗に比して高濃度のかん水を製造することができ、優れた濃縮特性を示す。即ち、多孔性の延伸シートを基材シートとして用いたイオン交換膜よりも高いかん水濃度が得られる。
なお、本発明において海水濃縮試験とは、後述の実施例に示されているように、陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を小型電気透析装置(通電膜面積100cm)に組み込み、25℃で脱塩室に海水を供給し、電流密度3A/dmで電気透析するこという。また、かん水濃度は、海水濃縮試験により得られた濃縮液のCl濃度から求める。
【0012】
また、本発明においては、未延伸のポリエチレンシートを用いているため、その厚さをかなり厚くすることが容易にでき、この結果、厚さ調整によって、その機械的強度や形態安定性を向上させることができ、各種の電気透析槽等に配設した場合、イオン交換樹脂の膨潤等による形態変化を有効に抑制し、液の漏洩等を有効に防止することができる。例えば、基材シートとして、延伸ポリエチレンシートを用いる場合には、延伸によってシートの厚さが薄肉化されているため、厚さ調整により機械的強度等の特性を調整するには限界があるが、未延伸のポリエチレンシートを用いる場合には厚さの制限がなく、機械的強度等の特性の調整の自由度は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例において、引張伸度の測定に用いたサンプルを示す図。
【図2】実施例1〜3及び比較例1〜3のイオン交換膜における、単位厚み当りの膜抵抗とかん水濃度との関係を示す線図。
【図3】実施例4〜6及び比較例4〜6のイオン交換膜における、単位厚み当りの膜抵抗とかん水濃度との関係を示す線図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<イオン交換膜の構造>
本発明のイオン交換膜は、上記で述べたように、未延伸の多孔性ポリエチレンシートを基材シートとして使用している点に最大の特徴を有するものであり、この未延伸シートの表裏を貫通している微細な細孔内にイオン交換樹脂が充填された構造を有している。
【0015】
上記の未延伸の多孔性ポリエチレンシートの厚みや気孔率は、イオン交換能や膜抵抗及び寸法安定性や機械的強度等の特性を満足させるために、所定の範囲にあることが好ましく、例えば、厚みは10〜300μm、特に50〜250μmの範囲にあることが望ましく、気孔率は30〜80%、特に40〜60%の範囲にあることが望ましい。即ち、上記厚みが過度に小さいと機械的強度が低下し、上記厚みが必要以上に大きいと電気抵抗が上昇する傾向がある。また、上記気孔率が必要以上に大きいと単位容積あたりのイオン交換樹脂量が多くなり、実用に供した場合、イオン交換樹脂の膨潤収縮によって、寸法安定性を欠き、機械的強度も低下する傾向がある。一方、上記気孔率が過度に小さいと、未延伸の多孔性ポリエチレンシートの空隙部にイオン交換樹脂を十分充填することが困難となり、更に、単位容積あたりのイオン交換樹脂量が少なくなり十分なイオン交換能が発揮されず、その結果、膜抵抗が高くなってしまうおそれがある。
【0016】
更に、多孔性未延伸シートを構成するポリエチレンとしては、それ自体公知のポリエチレン、例えば、線状低密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン或いは超高分子量ポリエチレン等を使用することができる。特に、濃縮特性の観点からは、高密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、線状低密度ポリエチレンが好適であり、膜強度や形態安定性等の機械的特性の観点からは超高分子量ポリエチレンが好適であり、更に、上記ポリエチレンのブレンド物を用いることにより濃縮特性や機械的特性を調整することも可能である。また、これらのポリエチレンは、エチレン単位に対してプロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、オクテン等のα−オレフィンの単位を4モル%以下の割合で含む共重合体(線状共重合ポリエチレン)であっても良い。
【0017】
多孔性未延伸ポリエチレンシートの細孔内に充填されるイオン交換樹脂は、公知のものでよく、例えば、炭化水素系又はフッ素系の樹脂に、イオン交換能を発現させるイオン交換基、具体的には、陽イオン交換基或いは陰イオン交換基を導入したものである。
【0018】
前記炭化水素系の樹脂としては、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂等が、また、フッ素系の材質としては、パーフルオロカーボン系樹脂等が挙げられる。
また、イオン交換基は、水溶液中で負又は正の電荷となり得る官能基であり、陽イオン交換基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基等が挙げられ、一般的に、強酸性基であるスルホン酸基が好適である。また、陰イオン交換基としては、1〜3級アミノ基、4級アンモニウム基、ピリジル基、イミダゾール基、4級ピリジニウム基等が挙げられ、一般的に、強塩基性である4級アンモニウム基や4級ピリジニウム基が好適である。
【0019】
上記のようなイオン交換基を有するイオン交換樹脂は、前述した多孔性未延伸ポリエチレンシートからなる基材シートの気孔率や該イオン交換樹脂に導入されているイオン交換基の量に応じて適宜のイオン交換容量(例えば、1〜3.5meq/g・乾燥膜程度)となるような量でイオン交換膜中に存在する。
【0020】
<イオン交換膜の製造>
上述した構造を有する本発明のイオン交換膜は、多孔性の未延伸ポリエチレンシートを作製し、該未延伸シートの空隙部(細孔内)にイオン交換樹脂を形成するための重合性組成物を充填してイオン交換膜前駆体を作製し、次いで、該イオン交換膜前駆体中の重合性組成物の重合を行い、更に必要に応じて、重合工程で得られた重合体にイオン交換基を導入することにより製造される。
【0021】
1.多孔性未延伸ポリエチレンシートの作製;
多孔性未延伸ポリエチレンシートは、該シートを形成するための前述したポリエチレンを使用し、該ポリエチレンに細孔を形成するための添加剤を混合してシート形成用組成物を調製し、このシート形成用組成物の押出成形等によって所定厚さの未延伸シートを成形し、次いで、前記添加剤を、有機溶剤による抽出、酸またはアルカリによる溶解等によって除去することにより作製することができる。
【0022】
細孔を形成するための上記添加剤としては、例えば、有機溶剤による抽出やアルカリ等による溶解等によってシート中から除去可能なものであれば特に制限されず、種々のものを用いることができる。
有機溶剤による抽出が可能な添加剤としては、可塑剤が代表的であり、例えば、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジイソノニル、フタル酸ジイソデシル、フタル酸ジブチル等のフタル酸エステル、アジピン酸ジオクチル、アジピン酸ジイソノニル等のアジピン酸エステル、リン酸トリオクチル等のリン酸エステル、トリメリット酸トリオクチル等のトリメリット酸エステル、グリセリン酸エステル等の有機酸エステル等が挙げられる。上記以外にも、流動パラフィンや固形ソックスやミネラルオイル、クエン酸エステル、エポキシ化植物油等も有機溶剤により抽出が可能な添加剤として用いることができる。本発明においては、フタル酸エステル、特にフタル酸ジオクチル(DOP)が好ましい。
また、酸またはアルカリに溶解可能な添加剤としては、無機粉末、具体的には、シリカ、アルミナ、マイカ、タルク等を例示することができ、特にシリカが好適である。
【0023】
本発明において、上述した可塑剤や無機粉末は、それぞれ一種単独或いは二種以上の組み合わせで使用することができるが、特に好ましくは、可塑剤と無機粉末との併用である。即ち、可塑剤は、前述したポリエチレンに相溶し或いは相溶に近い形で分散するため、特にポリエチレンシートを貫通するように細孔を形成するのに有利であり、無機粉末は、適度な大きさの細孔形成に有利である。従って、両者を併用することによって、ポリエチレンシートを貫通する細孔の大きさや気孔率を前述した範囲に容易に調整することが可能となる。例えば、本発明においては、上記可塑剤を、ポリエチレン100重量部当り50〜300重量部、特に100〜200重量部の量で使用し、また、上記無機粉末を、ポリエチレン100重量部当り30乃至150重量部、特に50〜100重量部の量で、上記可塑剤と共にポリエチレンに配合することが好適である。
【0024】
先に述べたとおり、ポリエチレンシートからの可塑剤の除去は有機溶剤による抽出によって行われ、無機粉末の除去は酸またはアルカリに溶解させることにより行われるが、可塑剤と無機粉末等がポリエチレンシート中に配合されている場合には、初めに可塑剤を除去した後に無機粉末を除去することが好適である。即ち、可塑剤の除去によって微細な細孔を形成した後、酸またはアルカリで処理することにより、酸またはアルカリが該細孔を通ってポリエチレンシートの内部に浸透し、この結果、内部に分散されている無機粉末が溶解し、速やかに除去されることとなるからである。
【0025】
上記のようにして作製された多孔性のポリエチレンシートは、未延伸であり、既に述べたように、延伸されたものと比較してその引張伸度は極めて大きく、MD及びTDの引張伸度がいずれも450%以上となっている。なお、MDとはシート形成用組成物の押出成形等がされる際の機械方向(巻き取り方向)のことであり、TDとはMDと垂直の方向をいう。
【0026】
2.重合性組成物の調製;
上記のようにして作製された多孔性の未延伸ポリエチレンシートの空隙部に充填する重合性組成物は、上述したイオン交換基を導入し得る官能基(交換基導入用官能基)を有する単量体又はイオン交換基を有する単量体(以下、これらの単量体を「基本単量体成分」と呼ぶことがある)、架橋性単量体、重合開始剤等を含有するものであり、これらの成分を混合することにより調製される。
【0027】
交換基導入用官能基を有する単量体及びイオン交換基を有する単量体は、イオン交換樹脂を製造するために、従来から使用されているもので良い。
【0028】
例えば、陽イオン交換基導入用官能基を有する単量体としては、スチレン、クロロメチルスチレン、ビニルトルエン、ビニルキシレン、α−メチルスチレン、ビニルナフタレン、α−ハロゲン化スチレン類等を挙げることができる。
陰イオン交換基導入用官能基を有する単量体としては、スチレン、ビニルトルエン、クロロメチルスチレン、ビニルピリジン、ビニルイミダゾール、α−メチルスチレン、ビニルナフタレン等が挙げられる。
【0029】
陽イオン交換基を有する単量体としては、α−ハロゲン化ビニルスルホン酸、スチレンスルホン酸、ビニルスルホン酸等のスルホン酸系単量体、メタクリル酸、アクリル酸、無水マレイン酸等のカルボン酸系単量体、ビニルリン酸等のホスホン酸系単量体、それらの塩類などを挙げることができる。
また、陰イオン交換基を有する単量体としては、ビニルベンジルトリメチルアミン、ビニルベンジルトリエチルアミン等のアミン系単量体、ビニルピリジン、ビニルイミダゾール等の含窒素複素環系単量体、それらの塩類などを挙げることができる。
【0030】
なお、上記のような単量体として、イオン交換基を有する単量体を用いた場合には、後述する重合工程が完了した段階で目的とするイオン交換膜が得られるが、イオン交換基導入用官能基を有する単量体を用いた場合には、重合工程後にイオン交換基導入工程を実施することにより、目的とするイオン交換膜を得ることができる。
【0031】
また、架橋性単量体は、イオン交換樹脂を緻密化し、膨潤抑止性や膜強度等を高めるために使用されるものであり、特に制限されるものでは無いが、例えば、ジビニルベンゼン、ジビニルスルホン、ブタジエン、クロロプレン、ジビニルビフェニル、トリビニルベンゼン類、ジビニルナフタリン、ジアリルアミン、ジビニルピリジン、1,2−ビス(ビニルフェニル)エタン、エチレングリコールジメタクリレート、N,N−メチレンビスアクリルアミド等のジビニル化合物が挙げられる。
このような架橋性単量体は、一般に、前述した基本単量体成分100重量部に対して、0.1〜50重量部が好ましく、さらに好ましくは1〜40重量部である。
【0032】
更に、上述した交換基導入用官能基を有する単量体、イオン交換基を有する単量体及び架橋性単量体の他に、必要に応じて、これらの単量体と共重合可能な他の単量体を添加しても良い。こうした他の単量体としては、例えば、スチレン、アクリロニトリル、メチルスチレン、アクロレイン、メチルビニルケトン、ビニルビフェニル等が用いられる。
【0033】
重合開始剤としては、従来公知のものが特に制限されること無く使用される。具体的には、オクタノイルパーオキシド、ラウロイルパーオキシド、t−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、ベンゾイルパ−オキシド、t−ブチルパーオキシイソブチレート、t−ブチルパーオキシラウレート、t−ヘキシルパーオキシベンゾエート、ジ−t−ブチルパーオキシド等の有機過酸化物系重合開始剤、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ系重合開始剤等が使用される。
このような重合開始剤は、基本単量体成分100重量部に対して、0.1〜20重量部が好ましく、更に好ましくは0.5〜10重量部である。
【0034】
上述した各種成分を含有する重合性組成物には、粘度を調整するために、必要に応じてマトリックス樹脂を配合することもできる。
このようなマトリックス樹脂としては、例えば、エチレン−プロピレン共重合体、ポリブチレン等の飽和脂肪族炭化水素系ポリマー、スチレンーブタジエン共重合体等のスチレン系ポリマー、ニトリルブタジエンゴム、水素添加ニトリルブタジエンゴム、エピクロロヒドリンゴム、ポリ塩化ビニル、塩素化ポリエチレンゴム或いは、これらに、各種のコモノマー(例えばビニルトルエン、ビニルキシレン、クロロスチレン、クロロメチルスチレン、α−メチルスチレン、α−ハロゲン化スチレン、α,β,β´−トリハロゲン化スチレン等のスチレン系モノマーや、エチレン、ブチレン等のモノオレフィンや、ブタジエン、イソプレン等の共役ジオレフィンなど)を共重合させたものなどを使用することができる。
これらのマトリックス樹脂は、重合性組成物が垂れ等を生じることなく、多孔性未延伸ポリエチレンシートの空隙部に速やかに充填保持し得るような粘度となるような量で使用される。
また、重合性組成物には、重合後の膜状物の柔軟性を付与するために、あるいは交換基導入を容易に進めるために、必要に応じて可塑剤を配合することもできる。可塑剤としては、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジブチル等のフタル酸エステル、アジピン酸ジオクチル、アジピン酸ジイソノニル等のアジピン酸エステル、スチレンオキサイド等のエポキシ類、ジフェニルエーテル、ジベンジルエーテル等のエーテル類等が使用される。
【0035】
3.イオン交換膜前駆体の作製;
上記の重合性組成物は、前述した多孔性未延伸ポリエチレンシートの空隙部に充填され、これにより、空隙部に重合性組成物が充填されたイオン交換膜前駆体を得る。
本発明においては、このような未延伸のポリエチレンシートの空隙部に重合性組成物が充填されて重合が行われるため、重合により得られるイオン交換樹脂と基材シートとなる該ポリエチレンシートとの密着性が極めて高く、この結果、このイオン交換膜を用いて電気透析を行った場合、濃縮特性が向上するものと本発明者らは考えている。即ち、未延伸のポリエチレンシートでは、ポリエチレン分子が配向されておらず、分子の配列がランダムとなっているため、分子間間隙に単量体分子が侵入し易いものとなっている。従って、単量体と多孔性未延伸ポリエチレンシートの表面との親和性が高く、形成される重合体(イオン交換樹脂)と基材シートである多孔性未延伸ポリエチレンシートとの間に高い密着性が得られることとなる。このように、イオン交換樹脂と基材シート(多孔性未延伸ポリエチレンシート)との間に高い密着性が確保されている結果、このようなイオン交換膜を用いて電気透析をおこなうと、所定極性のイオン(陰イオン交換膜においてはアニオン、陽イオン交換膜においてはカチオン)は透過するが、水分子や他のイオンの透過が有効に抑制され(イオン交換樹脂と基材シートとの間に空隙部がほとんど存在しない)、濃縮特性が向上するのである。
これに対して、従来公知のイオン交換膜では、多孔性の基材シートとして延伸された樹脂シートが使用されているため、イオン交換樹脂と基材シートとの間に高い密着性を確保することができず、その密着性が不十分であるため、高い濃縮特性を得ることができない。即ち、多孔性の延伸樹脂シートでは樹脂分子が配向されており、規則的に配列されているため、分子間間隙に単量体分子が入り込みにくく、得られるイオン交換樹脂と基材シートである多孔性の延伸樹脂シートとは親和性に乏しく、両者の密着性は極めて低い。この結果、このイオン交換膜を用いて電気透析をおこなった場合、所定極性のイオンと共に水分子や他のイオンの透過を生じてしまい、その濃縮特性は低いものとなってしまうのである。
【0036】
本発明において、重合性組成物を上記多孔性未延伸ポリエチレンシートの空隙部に充填する方法は特に制限を受けないが、一般には重合性組成物に多孔性未延伸ポリエチレンシートを浸漬する方法や重合性組成物を多孔性未延伸ポリエチレンシートに塗布、スプレーする方法が採用される。この時、粘度等の性状により重合性組成物を多孔性未延伸ポリエチレンシートの空隙部に充分充填することが困難な場合には、重合性組成物を多孔性未延伸ポリエチレンシートに減圧下で接触させ、充填する方法も採ることができる。
【0037】
4.重合性組成物の重合;
上記のようにして、多孔性未延伸ポリエチレンシートの空隙部への重合性組成物の充填をおこなって得られるイオン交換膜前駆体は重合工程に供される。即ち、基本単量体成分としてイオン交換基を有する単量体が使用されている場合には、この工程の完了により目的とするイオン交換膜が得られる。また、基本単量体成分として、交換基導入用官能基を有する単量体を用いた場合には、この工程の完了後に、イオン交換基の導入が必要となる。
【0038】
重合性組成物を多孔性未延伸ポリエチレンシートの空隙部に充填したのち重合する方法は、一般にポリエステル等のフィルムに挟んで加圧下で常温から昇温する方法が好ましい。こうした重合条件は、重合開始剤の種類、単量体の種類等によって左右されるものであり、公知の条件より適宜選択して決定すればよい。
重合は、未延伸ポリエチレンシートの融点よりも高い温度でも可能ではあるが、得られたイオン交換膜の強度が低下することがあるので、未延伸ポリエチレンシートの融点付近かあるいは融点より低い温度でおこなう。一般的には、40〜140℃の範囲がよい。即ち、係る温度範囲に加熱して重合を行うことにより、未延伸ポリエチレンシートの一部が重合性組成物中に溶解した状態で重合がおこなわれることとなり、この結果、未延伸ポリエチレンシートとイオン交換樹脂との接合強度を高めることができ、膜強度を一層向上させることができる。
重合は、空気中でおこなうことも可能ではあるが、重合が空気中の酸素により阻害されることがあるので、窒素雰囲気下でおこなうことが望ましい。また、重合時間は、重合温度等によっても異なるが、一般には、30分〜24時間程度である。
【0039】
5.イオン交換基の導入;
先に述べたように、重合性組成物中の基本単量体成分として、イオン交換基を有する単量体を用いた場合には、上記の重合工程によりイオン交換樹脂が形成され、この段階で目的とするイオン交換膜が得られるが、基本単量体成分として、交換基導入用官能基を有する単量体を用いた場合には、上記の重合工程で得られる樹脂にはイオン交換基を有していないため、重合工程後にイオン交換基の導入を行う必要がある。
【0040】
イオン交換基の導入は、それ自体公知の方法で行われ、例えば、陽イオン交換膜を製造する場合には、スルホン化、クロルスルホン化、ホスホニウム化、加水分解等の処理により行われ、陰イオン交換膜を製造する場合には、アミノ化、アルキル化等の処理により行われる。
【0041】
以上のようにして製造されるイオン交換膜は、既に述べたように、基材シートが未延伸であることに関連して、イオン交換樹脂と基材シート(多孔性未延伸ポリエチレンシート)との密着性が高く、このため、濃縮特性が高い。
【実施例】
【0042】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお、実施例、比較例に示す基材シートおよびイオン交換膜の特性は以下の方法により測定した。
【0043】
多孔性ポリエチレンシートの厚さ;
東洋精機製の微少測厚器(タイプKBN、端子径Φ5mm、測定圧62.47kPa)を用いて、雰囲気温度23±2℃で測定した。
【0044】
気孔率;
100mm×100mm角の試料を微多孔膜から切り取り、その体積(mm)と質量(mg)を求め、それらと膜密度(g/cm)より、次式を用いて計算した。
気孔率(%)=(体積−質量/膜密度)/体積×100
尚、体積は試料大きさと膜厚より計算し、膜密度は材料密度より計算した。
【0045】
透気度;
JIS P−8117に準拠し、ガーレー式透気度計(東洋精器(株)製、G−B2(商標))を用いた。
【0046】
引張伸度;
JIS K7127に準拠し、株式会社オリエンテック社製の引張試験機であるテンシロン万能試験機 RTG−1210(商標)を用いて、MD及びTDサンプル(図1)について測定した。サンプルは、チャック間を50mmとした。引張伸度(%)は、接触式伸び計を標線間に装着して、破断に至るまでの伸び量(mm)を標線間距離(20mm)で除して、100を乗じることにより求めた。なお、測定は、温度23±2℃、チャック圧0.50MPa、引張速度100mm/分で行った。
【0047】
粘度平均分子量;
ASTM−D4020に基づき、デカリン溶媒における135℃での極限粘度[η]を求めた。ポリエチレンの粘度平均分子量は次式により算出した。
ポリエチレンの場合
[η]=6.77×10−4×Mv0.67
【0048】
膜抵抗;
白金黒電極を有する2室セル中にイオン交換膜を挟み、イオン交換膜の両側に0.5mol/L−NaCl溶液を満たし、交流ブリッジ(周波数1000サイクル/秒)により25℃における電極間の抵抗を測定し、該電極間抵抗とイオン交換膜を設置しない場合の電極間抵抗との差により膜抵抗を求めた。上記測定に使用するイオン交換膜は、予め0.5mol/LNaCl溶液中で平衡にしたものを用いた。
【0049】
イオン交換膜の厚さ;
0.5mol/L−NaCl溶液に浸漬した後、ティッシュペーパーで膜の表面を拭いてマイクロモメ−タ MED−25PJ(株式会社ミツトヨ社製)を用いて測定した。
【0050】
単位厚さ当りの膜抵抗;
次式により算出した。
単位厚さ当りの膜抵抗(Ω・cm/cm)=膜抵抗(Ω・cm)/膜の厚さ(cm)
【0051】
かん水濃度;
実施例および比較例で示した陽イオン交換膜は、製塩用陰イオン交換膜ACS(株式会社アストム社製)と、実施例および比較例で示した陰イオン交換膜は、製塩用陽イオン交換膜CIMS(株式会社アストム社製)とをそれぞれ対にして、小型電気透析装置(通電膜面積100cm)に組み込み、海水濃縮試験を実施した。濃縮条件は、脱塩室の流速6cm/秒、電流密度3A/dmとして、25℃で海水を供給した。得られた濃縮液のCl濃度をかん水濃度とした。
【0052】
<多孔性未延伸ポリエチレンシートの製造>
製造例1;
粘度平均分子量が100万の超高分子量ポリエチレン19.2重量部、粘度平均分子量が25万の高密度ポリエチレン12.8重量部、フタル酸ジオクチル(DOP)48重量部、微粉シリカ20重量部を混合造粒した後、先端にTダイを装着した二軸押出機にて溶融混練した後に押出し、両側から加熱したロ−ルで圧延し、厚さ110μmのシート状に成形した。該成形物からDOP、微粉シリカを抽出除去し多孔性未延伸ポリエチレンシ−トを作製した。
【0053】
上記の多孔性未延伸ポリエチレンシートの各種物性は以下のとおりであった。
厚さ;90μm
気孔率:50%
透気度;1,150秒/100cc
引張伸度;MD 590%、TD 941%
【0054】
<多孔性延伸ポリエチレンシートの製造>
製造例2;
製造例1で得られた多孔性未延伸ポリエチレンシートを、120℃でTDに延伸速度10%/秒で2.5倍一軸延伸した後、130℃で熱処理をして多孔性延伸ポリエチレンシートを得た。
この多孔性延伸ポリエチレンシートの各種物性は以下のとおりであった。
厚さ:34μm
気孔率:49%
透気度:96秒/100cc
引張伸度:MD 537%、TD方向 255%
【0055】
<実施例1>
スチレン82.5重量部、ジビニルベンゼン(純度57%)17.5重量部、ジブチルフタレート5重量部、パーブチルO(t−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート 日本油脂株式会社製)2重量部を混合して重合性組成物を調製した。
この重合性組成物500gを1000mlのガラス容器に入れ、ここに基材シートとして製造例1で作製された多孔性未延伸ポリエチレンシートを浸漬して、該シートの細孔内に重合体組成物を充填した。
【0056】
上記の重合体組成物を充填した多孔性未延伸ポリエチレンシートを取り出し、100μmのポリエステルフィルムを剥離材としてポリエチレンシートの両側を被覆した後、0.4MPaの窒素加圧下、80℃で5時間、さらにその後90℃で2時間加熱重合した。
得られた膜状物を98%濃硫酸と純度90%以上のクロロスルホン酸の1:1(重量比)の混合物中に40℃で60分浸漬した。その後、膜状物を90%硫酸、60%硫酸、イオン交換水に順次浸漬し、さらに4mol/L−NaOH水溶液に12時間浸漬、水洗することによりスルホン酸型陽イオン交換膜を得た。
得られた陽イオン交換膜の電気抵抗は、1.16Ω・cm、厚さは107μm、かん水濃度は3.22mol/Lであった。
【0057】
<比較例1>
製造例2で得られた多孔性延伸ポリエチレンシートを基材シートとして用いた以外は、実施例1と全く同様にして陽イオン交換膜を得た。得られた陽イオン交換膜の膜特性の測定結果を表1に示す。
【0058】
<実施例2、3>
製造例1で得られた多孔性未延伸ポリエチレンシートを用いて、表1に示すようにスチレンとDVB(純度57%)の重量部以外は、実施例1と同様にして陽イオン交換膜を得た。得られた陽イオン交換膜の膜特性の測定結果を表1に示す。
【0059】
<比較例2、3>
製造例2で得られた多孔性延伸ポリエチレンを基材シートとして用いた以外は、実施例2、3と全く同様にして陽イオン交換膜を得た。得られた陽イオン交換膜の膜特性の測定結果を表1に示す。実施例1〜3、比較例1〜3で得られた陽イオン交換膜の単位厚さ当りの膜抵抗とかん水濃度との関係を図2に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
<実施例4>
クロロメチルスチレン89.5重量部、ジビニルベンゼン(純度57%)10.5重量部、スチレンオキサイド2重量部、パーブチルO4重量部を混合して重合性組成物を調製した。
この重合性組成物500gを1000mlのガラス容器に入れ、ここに基材シートとして製造例1で作製された多孔性未延伸ポリエチレンシートを浸漬して、該シートの空隙部に重合体組成物を充填した。
上記の重合体組成物を充填した多孔性未延伸ポリエチレンシートを取り出し、100μmのポリエステルフィルムを剥離材としてポリエチレンシートの両側を被覆した後、0.4MPaの窒素加圧下、80℃で5時間、さらにその後90℃で2時間加熱重合した。
得られた膜状物を30%トリメチルアミン水溶液15重量部、水52.5重量部、アセトン22.5重量部の混合物中に30℃で16時間浸漬して、4級アンモニウム型陰イオン交換膜を得た。
得られた陰イオン交換膜の抵抗は、0.88Ω・cm、膜の厚さは103.5μm、かん水濃度は2.29mol/Lであった。これらの膜特性の結果は表2に示した。
【0062】
<比較例4>
製造例2で作製された多孔性延伸ポリエチレンシートを基材シートとして用いた以外は、実施例4と全く同様にして陰イオン交換膜を得た。得られた陰イオン交換膜の膜特性の測定結果を表2に示す。
【0063】
<実施例5、6>
製造例1で得られた多孔性未延伸ポリエチレンシートを用いて、表2に示すようにクロロメチルスチレンとDVB(純度57%)の重量部以外は、実施例4と同様にして陰イオン交換膜を得た。得られた陰イオン交換膜の膜特性の測定結果を表2に示す。
【0064】
<比較例5、6>
製造例2で作製された多孔性延伸ポリエチレンを基材シートとして用いた以外は、実施例5、6と全く同様にして陰イオン交換膜を得た。得られた陰イオン交換膜の膜特性の測定結果を表2に示す。実施例4〜6、比較例4〜6で得られた陰イオン交換膜の単位厚さ当りの膜抵抗とかん水濃度との関係を図3に示す。
【0065】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
微細な細孔が貫通している多孔性未延伸ポリエチレンシートの該細孔内にイオン交換樹脂が充填されて成るイオン交換膜。
【請求項2】
前記多孔性未延伸ポリエチレンシートは、厚さが10〜300μmであり、気孔率が30〜80%である請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項3】
前記多孔性未延伸ポリエチレンシートは、長さ方向(MD)及び軸方向(TD)の引張伸度がいずれも450%以上である請求項1または2に記載のイオン交換膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−207095(P2012−207095A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−72868(P2011−72868)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【特許番号】特許第4979824号(P4979824)
【特許公報発行日】平成24年7月18日(2012.7.18)
【出願人】(503361709)株式会社アストム (46)
【Fターム(参考)】