説明

イオン輸送装置、イオン輸送方法、及びイオンビーム照射装置、医療用粒子線照射装置

【課題】指向性が高く、安定して高強度のイオンビームを得る。
【解決手段】このイオンビーム照射装置10は、レーザー駆動型のイオン・電子発生装置20と、イオン輸送装置30とを組み合わせた構成と考えることができ、イオン・電子発生装置20から発した指向性の低いイオンビームを、イオン輸送装置30において指向性を高め、あるいは集束して末端まで導く。このイオン輸送装置30においては、多重極磁石32よりもイオンビームの流れにおける上流側のビームライン31の周囲に、電子吸収体33が設置される。電子吸収体33は、高エネルギー電子を有効に吸収できる材料(例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等)で構成される。電子吸収体33の周囲は、例えば鉛等の重金属で構成されたX線遮蔽体34で覆われている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線(イオンビーム)を通過させる際にその指向性を高めて出力することのできるイオン輸送装置、イオン輸送方法に関する。また、これを用いたイオンビーム照射装置、医療用粒子線照射装置の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン(プロトン:陽子を含む)を加速したイオンビームを試料に照射して加工、成膜、分析、医療行為等を行う各種の技術が知られている。こうした技術においては、高エネルギー、高強度のイオンビーム(粒子線)を安定して発生させることが必要である。一般に高エネルギーのイオンビームを発生して照射する装置においては、特にその加速機構に大がかりな設備を必要とするため、装置全体が大型化する。従って、特に医療用途等にはこうしたイオンビーム(粒子線)照射装置は有効であることは明らかであるにもかかわらず、充分に普及しているとは言い難い状況にある。
【0003】
こうした状況の中で、小型化の可能なイオンビーム照射装置の一種として、レーザー駆動型のものが知られている。レーザー駆動型のイオンビーム照射装置は、例えば特許文献1、2に記載されているように、金属や高分子等で構成され、プロトンを多く発生することのできるターゲットを高強度の超短パルスレーザー光で照射し、これを蒸発させてプラズマ化する。このプラズマ中では、まず質量の軽い電子が加速されて高エネルギーとなり、この電子の作る電界によって重い陽子が加速される。この陽子が高エネルギーの陽子線となって試料に照射される。なお、陽子だけでなく、他のイオンの加速も同様に行うことができ、イオンビームとして照射させることもできる。このレーザー駆動型のイオンビーム照射装置は、従来より用いられている大型の加速器等と比べて、装置全体を大幅にコンパクト化できるため、医療用等、様々な分野への応用が期待されている。
【0004】
特許文献1には、このターゲットの厚さとレーザー光の照射エネルギー密度を最適化して、高効率で高エネルギーのイオンビームを得る技術が記載されている。特許文献2には、ターゲット中の電子密度分布を調整することにより、レーザー光からイオンへのエネルギー伝達効率を高め、高エネルギーのイオンビームを得る技術が記載されている。
【0005】
ただし、これらの方法では、発生したイオンビームの指向性は低く、イオンはある発散角をもって放出される。このため、イオンビームが照射される箇所において十分な強度を得るためには、その指向性を高める、あるいはこれを集束することが必要である。これを実現した技術が非特許文献1に記載されている。このイオンビーム照射装置の構成を図3に示す。このイオンビーム照射装置90においては、レーザー光源91が発したレーザー光92は、2枚の平面鏡93、94を介して集光鏡95に入射する。集光鏡95の焦点はターゲット96上に設定されるため、ターゲット96上では極めてエネルギー密度の高い光となる。この照射によってターゲット96から発生したイオンビーム(粒子線)97は、この照射箇所からある発散角をもって発される。このイオンビーム照射装置90においては、このイオンビーム97に対して多重極(例えば4極や6極)磁場を印加するための多重極磁石(イオン集束用磁石)98が複数設けられている。多重極磁石98は、永久磁石と電磁石を用いて、電荷をもったイオンビーム97を予め設定された出力先100で集束させる方向にその軌道を曲げる磁場を形成するように適宜設定される。この出力先100に例えば患者の患部を配置する設定とすれば、高エネルギー、高強度のイオンビーム(粒子線)97を治療に用いることができる。なお、この構成では、平面鏡94、集光鏡95、ターゲット96、多重極磁石98は、真空チャンバ99中に設けられており、レーザー光92は光学窓を通してこの真空チャンバ99に入射し、イオンビーム97はビームラインを通してこの真空チャンバ99から出射する。
【0006】
このイオンビーム照射装置90においては、ターゲット96からはイオンと共に電子が発せられる。ここでは、イオンと電子との質量差により、多重極磁石98による磁場は特にイオンビーム中のイオンの軌道を最適化することができる。これにより、イオンビーム97のみを集束させることができ、電子ビームは発散した形態となる。前記のとおり、電子はイオンの加速においては重要な役割を果たすが、イオンビーム97を出力先100で利用するという観点からは、末端における電子ビームは不要であり、これを除去する(イオンビーム97と比べて無視できる程度とする)ことが好ましい。ここでは、多重極磁石98を用いてイオンビーム97のみを選択的に集束させることにより、これを実現している。なお、この構成においては、多重極磁石98が設けられた箇所をイオン輸送装置と考えることができ、上記の構成は、指向性の低いイオンビームをこのイオン輸送装置で輸送する際にその指向性を高め、出力先100で高強度とした構成と考えることができる。
【0007】
従って、このイオンビーム照射装置90(イオン輸送装置)によって、指向性が高く、高強度のイオンビームを得ることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】M.Nishiuchi、I.Daito、M.Ikegami、H.Daido、M.Mori、S.Orimo、K.Ogura、A.Sagisaka、A.Yogo、A.S.Pirozhkov、H.Sugiyama,H.Kiriyama、H.Okada、S.Kanazawa、S.Kondo、T.Shimomura、M.Tanoue、Y.Nakai、H.Sasao、D.Wakai、H.Sakaki、P.Bolton、I.W.Choi,J.H.Sung、J.Lee、Y.Oishi、T.Fujii、K.Nemoto、H.Souda、A.Noda、Y.Iseki, and T.Yoshiyuki、”Focusing and spectral enhancement of a repetition−rated、laser−driven、 divergent multi−MeV proton beam using permanent quadpole magnets”、Applied Physics Letters、vol.94、issue.6、1107、2009年
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−244863号公報
【特許文献2】特開2008−198566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、非特許文献1に記載されたイオンビーム照射装置90においては、多重極磁場中のイオンビーム97に対して、間接的に電子が影響を与えることがある。図4は、この構成のイオンビーム照射装置90における多重極磁石(3台)98付近における電子分布をシミュレーションによって求めた結果であり、電子密度が濃淡で示されており、濃部が電子密度の高い部分、淡部が電子密度の低い部分である。同図中の3つの白い矩形形状が多重極磁石98に対応し、ターゲット96はこの図の左方向に存在する。多重極磁場によってイオンビーム97中のイオンの軌道は集束する方向に曲げられる一方、電子は集束されずに発散するため、特に左側(入射側)の多重極磁石98は、高密度の電子に曝されることになる。また、電子にはターゲット96側から直接発せられた電子だけでなく、例えば左側(入射側)にある多重極磁石98が高エネルギーの電子に曝されることによって発した2次電子も存在する。
【0011】
多重極磁石98を構成する永久磁石がこうした電子に曝されると、永久磁石の表面に表面電流が流れ、この電流によって磁場が発生する。従って、本来はイオンビーム97を集束するように設定された磁場にこの磁場が加わり、イオンビーム97中のイオンの軌道は設定された範囲からずれることになる。こうした電子の運動は、各部の帯電の影響も受けるため、時間的にも変動する。従って、電子の影響により、イオンビーム97の集束性が劣化する、あるいは末端におけるイオンビーム97の強度が不安定となる、電子が曝されることによる表面電流が生じる電圧変化によって末端におけるイオンビーム計測の精度を低下させる、等の問題が発生した。
【0012】
すなわち、指向性が高い高強度のイオンビームを安定して照射することのできるイオンビーム照射装置を得ることは困難であった。
【0013】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明のイオン輸送装置は、イオンビーム及び電子ビームを発するイオン・電子発生源に接続され、イオン集束用磁石を用いて前記イオンビームを集束させて出力するイオン輸送装置であって、前記イオン・電子発生源と前記イオンビームの出力先との間に設置され、前記イオンビームを通過させ、前記イオン集束用磁石が周囲に設置されたビームラインと、前記イオン・電子発生源と前記イオン集束用磁石との間の前記ビームラインの周囲において前記電子ビームが通過する箇所に設置された電子吸収体と、を具備することを特徴とする。
本発明のイオン輸送装置は、前記電子吸収体の周囲にX線遮蔽体が設置されたことを特徴とする。
本発明のイオン輸送装置は、前記ビームラインにおいて、前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン・電子発生源との間、及び前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン集束用磁石が設置された箇所との間が電気的に絶縁されていることを特徴とする。
本発明のイオン輸送装置は、前記電子吸収体と前記イオン・電子発生源との間において、前記電子ビームを発散させる電子進行方向変更機構を前記ビームラインの周囲に具備することを特徴とする。
本発明のイオン輸送方法は、イオンビーム及び電子ビームを発するイオン・電子発生源から前記イオンビームを輸送し、イオン集束用磁石を用いて前記イオンビームを集束させて出力するイオン輸送方法であって、前記イオン・電子発生源と、前記イオンビームの出力先との間に、前記イオンビームを通過させるビームラインを設置し、当該ビームラインの一部において前記イオン集束用磁石を周囲に設置し、前記イオン・電子発生源と前記イオン集束用磁石との間の前記ビームラインの周囲において前記電子ビームが通過する箇所に電子吸収体を設置することを特徴とする。
本発明のイオン輸送方法は、前記電子吸収体の周囲にX線遮蔽体を設置することを特徴とする。
本発明のイオン輸送方法は、前記ビームラインにおいて、前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン・電子発生源との間、及び前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン集束用磁石が設置された箇所との間を電気的に絶縁することを特徴とする。
本発明のイオン輸送方法は、前記電子吸収体と前記イオン・電子発生源との間において、前記電子ビームが発散する方向に前記電子ビームの軌道を制御することを特徴とする。
本発明のイオン輸送方法は、レーザー光をターゲットに照射することによってイオンビーム及び電子ビームを発するレーザー駆動型イオン・電子発生源を前記イオン・電子発生源として前記イオンビームを出力することを特徴とする。
本発明のイオンビーム照射装置は、前記イオン輸送装置を介してイオンビームを試料に対して照射することを特徴とする。
本発明のイオンビーム照射装置は、前記イオン・電子発生源として、レーザー光をターゲットに照射することによってイオンビーム及び電子ビームを発するレーザー駆動型イオン・電子発生源が用いられることを特徴とする。
本発明の医療用粒子線照射装置は、照射すべき粒子線を前記イオンビームとし、レーザー光をターゲットに照射することによってイオンビーム及び電子ビームを発するレーザー駆動型イオン・電子発生源を前記イオン・電子発生源として用い、前記イオン輸送装置を用いて出力したイオンビームを照射することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明は以上のように構成されているので、指向性が高い高強度のイオンビームを安定して照射することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係るイオンビーム照射装置の構成を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るイオンビーム照射装置における電子吸収体付近の構成を拡大した図である。
【図3】従来のイオンビーム照射装置の一例の構成を示す図である。
【図4】従来のイオンビーム照射装置におけるイオンビーム集束用磁石付近の電子分布のシミュレーション結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係るイオンビーム照射装置について説明する。図1は、このイオンビーム照射装置10の構成を示す図である。なお、ここで、このイオンビーム照射装置10が発生するイオンビーム(粒子線)のイオン種にはプロトン(陽子)も含むものとする。このイオンビーム照射装置10は、レーザー駆動型のイオン・電子発生装置(イオン・電子発生源)20と、イオン輸送装置30とを組み合わせた構成と考えることができ、イオン・電子発生装置20から発した指向性の低いイオンビームを、イオン輸送装置30において指向性を高め、あるいは集束して末端まで導く。
【0018】
レーザー駆動型のイオンビーム照射装置10(イオン・電子発生装置20)においては、レーザー光源21が発した高強度・超短パルスのレーザー光22は、2枚の平面鏡23、24を介して集光鏡25に入射する。集光鏡25の焦点はターゲット26上に設定されるため、ターゲット26上では極めてエネルギー密度の高いレーザー光となる。
【0019】
レーザー光源21としては、集光された状態でターゲットをプラズマ化できるだけの高強度の超短パルスレーザー光を発するものを用いることができる。この点は特許文献1、2、非特許文献1に記載のものと同様である。具体的には、YAGレーザーを用いることができる。この場合、ターゲット26の上で40フェムト秒、630ミリジュール程度の出力で発振させたレーザー光22を用いる。なお、ターゲット26上で高効率にプラズマを生成し、イオンやプロトンの加速が行われるように、集光鏡25のレイリー長等は適宜設定される。
【0020】
ターゲット26は、イオン種となる元素や、プロトンを多く発生する材料(例えば金属や高分子等)で構成される。その形状は、効率的にプラズマが生成されるように適宜設定される。
【0021】
従って、特許文献1、2、非特許文献1と同様に、レーザー光22が集光されて照射されることによって、ターゲット26を構成する元素が蒸発、プラズマ化し、高エネルギー電子が生成される、この高エネルギー電子が作る電界によってイオンが3.0MeV程度のエネルギーまで加速される。イオン及び電子はレーザー光22が照射される方向(図1中右方向)に加速されるが、その指向性は弱く、発散して放射される。なお、図1の構成において、平面鏡24、集光鏡25、ターゲット26は真空チャンバ27中に設置されており、レーザー光22は、光学窓(図示せず)を通って真空チャンバ27内に入射する。
【0022】
こうして発生したイオンビーム40、電子ビーム41はある発散角(例えば片側10°程度)をもってイオン輸送装置30(ビームライン31)に入射する。ビームライン31は、特にこのイオンビーム40を通過させることができるように真空チャンバ27に接続されるが、この際に電子ビーム41も同時にこれを通過する。金属(例えばステンレス)製のビームライン31の周囲には、多重極(例えば4極や6極)磁場をこのイオンビーム40に印加するための多重極磁石(イオン集束用磁石)32が3台設けられている。この多重極磁場によって、イオンビーム40中のイオンの軌道は、イオンビーム40が集束する方向に曲げられる。従って、イオンビーム40は集束され、予め設定されたビームライン端部311においてイオンビーム40を集束させ、高強度とすることができる。従って、ビームライン端部311の箇所において集束されて高強度となったイオンビーム40を、ビームライン端部311に設置された試料に照射することができるように多重極磁場を設定することができる。この点は非特許文献1に記載の技術と同様である。この例では多重極磁石32を3台設けているが、イオンビーム40の集束性やその制御性を考慮してその数や各々の仕様は適宜設定される。ビームライン31内は真空チャンバ27と同様の真空とされ、真空チャンバ27とビームライン31とは接続される。なお、装置構成に応じてビームライン端部311(試料を設置すべき箇所)は予め設定でき、これに応じてビームライン31の長さ等は設定される。また、この例では単純化して記載しているが、他に偏向用磁石を設け、イオンビーム40中のイオンの軌道を曲げることによりイオンビーム40の進行方向を変えることもできる。これに応じて、高強度のイオンビーム40が得られるビームライン端部311の位置や試料を設置する向きを適宜設定することも可能である。
【0023】
このイオン輸送装置30においては、多重極磁石32よりもイオンビームの流れにおける上流側(以下、上流側)のビームライン31の周囲においてイオン・電子発生装置20が発した電子ビーム41が通過する箇所に、電子吸収体33が設置される。電子吸収体33は、高エネルギー電子を有効に吸収できる材料(例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等)で構成される。そして、電子吸収体33は、チャージアップを防止するためにその表面に高抵抗膜をつけて(蒸着など)導線により接地される。電子吸収体33の周囲は、例えば鉛等の重金属で構成されたX線遮蔽体34で覆われている。
【0024】
電子吸収体33(X線遮蔽体34)よりも上流側には、電子進行方向変更機構35が設置されている。電子進行方向変更機構35は、イオンビーム40に対する多重極磁石32と同様に、例えば多重極磁場を発生する磁石で構成され、電子ビーム41(破線)の軌道を変化させることができる。ここでは、多重極磁石32がイオンビーム40を集束させる機能をもつのに対し、電子進行方向変更機構35は電子ビーム41を逆に発散させる機能をもつ。ここでは、電子とイオンとの質量差により、弱い電磁場で特に電子ビーム41の軌道を変化させ、イオンビーム40の軌道には大きな影響を与えずに特に電子ビーム41だけを発散させることが可能である。なお、この目的のため、電子進行方向変更機構35としては、多重極磁場を発生する磁石だけでなく、ソレノイド磁場、高速パルス磁場を発生する電磁石や、パルス電場等の電場を電子ビーム24に印加する構成とすることも可能である。
【0025】
なお、電子吸収体33(X線遮蔽体34)が設置された箇所のビームライン31の上流側及び下流側には、絶縁体36、37が各々挿入される。これによりこの箇所のビームライン31.X線遮蔽体34等は、ビームライン31における絶縁体36よりも上流側の箇所、絶縁体37よりも下流側の箇所から電気的に絶縁される。
【0026】
このイオン輸送装置30における電子進行方向変更機構35、電子吸収体33付近の構成の外観を図2に示す。電子吸収体33(X線遮蔽体34)と電子進行方向変更機能35は、ビームライン31の周囲を取り囲んで設置される。絶縁体36、37は、金属製のビームライン31の一部を置換した形で設置される。
【0027】
この構成においては、真空チャンバ27(ターゲット26)から発生したイオンビーム40及び電子ビーム41は、ビームライン31内を図1、2において左側から右側に向かって通過する。ただし、真空チャンバ27(ターゲット26)から発生した直後においては、イオンビーム40、電子ビーム41共にその指向性は低く、どちらも発散して放射される。
【0028】
このうち、電子ビーム41は、電子進行方向変更機構35よりも上流ではイオンビーム40とほぼ同様の軌道を通るものの、電子進行方向変更機構35によって、その発散角度が更に大きくなるように制御される。前記のとおり、この際にイオンビーム40は大きな影響を受けない。従って、電子吸収体33をイオン・電子発生装置20と多重極磁石32との間においてビームライン31の周囲に設置することにより、電子ビーム41が電子吸収体33に吸収される効率を高めることができる。この際、ビームライン31やX線遮蔽体34等は、電子に曝されるが、これによる電気的影響は、絶縁体36、37を設置したこと、及びこの部分のビームライン31等を接地すること、等によって除去することが可能である。
【0029】
イオンビーム40は、電子吸収体33等が設置された箇所を通過した後に、3台の多重極磁石32によって集束される。従って、ビームライン31の末端でイオンビーム40を集束させ、高強度とすることもできる。なお、この際に、電子進行方向変更機構35によってイオンビーム40が受けた影響を補償することも可能である。
【0030】
この際、電子ビーム41の大半は電子吸収体33や電子吸収体33が設置された箇所のビームライン31に吸収されるため、電子が多重極磁石32に与える悪影響は除去される。電子を吸収した電子吸収体33やビームライン31からはX線が放射されるが、このX線はX線遮蔽体34によって遮蔽される。
【0031】
従って、このイオンビーム照射装置10(あるいはイオン輸送装置30)によって、安定して高強度のイオンビームをビームライン端部311で試料に照射することができる。特に、イオン・電子発生装置20で発生した指向性の低いイオンビーム40と電子ビームとをこのイオン輸送装置30に通過させ、安定した高強度のイオンビームとしてビームライン端部311に出力することができる。こうした効果は、レーザー駆動型のイオン・電子発生装置20のように、指向性の低いイオンビームと電子ビームとを共に発するようなイオン・電子発生源を用いた場合に顕著である。
【0032】
こうしたイオンビーム照射装置10におけるイオンビーム40の軌道に対する多重極磁石32の影響は、例えばイオン輸送装置30の設計時に数値シミュレーション等によって正確に算出することが可能であり、イオンビーム40をビームライン端部311で最適化することが可能である。しかしながら、実際には多重極磁場には電子ビームの挙動が影響を与え、多重極磁石32に対する電子の影響は複雑であるため、これを考慮したシミュレーションを行うことは困難である。上記の構成においては、この電子の影響を低減することができるため、イオン輸送装置30の設計が容易となる。
【0033】
また、多重極磁石32に対する電子の影響は時間的に一定ではないため、これによってビームライン端部311におけるイオンビーム40は時間的に変動する、すなわち、不安定となる。上記の構成によれば、この不安定性が低減する。
【0034】
また、多重極磁石32における永久磁石(強磁性体)中においてこの電子によって流れる電流は、イオンビーム40に対して悪影響を与えるだけでなく、強磁性体材料自身にも影響を与えるため、その耐久性、信頼性に悪影響を及ぼす。上記の構成によれば、この悪影響が除去されるため、イオン輸送装置、あるいはイオンビーム照射装置の信頼性、耐久性を高めることができる。
【0035】
以上の構成により、試料に高強度のイオン(プロトン)ビームを安定して照射するイオンビーム照射装置を得ることができる。ここで、上記の構成においては、小型化が可能なレーザー駆動型イオン・電子発生源と、ビームラインと、ビームラインの周囲に設けられた多重極磁石、電子吸収体等を用いており、サイクロトロンや高周波空洞等を用いる従来の加速器と比べて装置全体を大幅に小型化することが容易である。従って、このイオンビーム照射装置を各種の施設、例えば医療施設等に導入することも容易であり、治療用粒子線照射装置として特に好ましく用いることができる。この際、レーザー駆動型イオン・電子発生源に用いられるターゲット等の設定により、陽子(プロトン)から重粒子に至るまでの各種の粒子をイオンとして照射することができ、どの粒子を用いる際にも上記の構成が有効であることは明らかである。また、粒子線を試料(患者の患部等)に照射する際の線量の制御や具体的な試料の形態については、従前の治療用粒子線照射装置と同様に行うことが可能である。
【0036】
なお、前記の例において、X線遮蔽体34は、電子吸収体33から発せられる有害なX線を遮蔽するために用いられるが、イオンビーム40の挙動には大きな影響を与えない。従って、吸収する電子の量が少ない、あるいは電子エネルギーが低いために有害なX線が有意に放射されない場合には、X線遮蔽体34は不要である。この場合には、更に装置を小型化することが可能である。また、X線遮蔽体34が用いられる場合には、その厚さ、材質は、電子ビーム41が吸収された際に発せられるX線のエネルギーによって適宜設定される。
【0037】
また、電子進行方向変更機構35によって電子吸収体33で電子を効率的に吸収することができる。しかしながら、例えば発散する電子の量が少ない場合には、構成を単純化するために、電子進行方向変更機構35を用いない構成とすることもできる。この場合にも、更に装置を小型化することが可能である。この場合においても、電子吸収体33が設置されていれば、多重極磁石32に入射する電子量を減少させることができることは明らかである。
【0038】
また、絶縁体36、37は、ビームライン31において、電子吸収体33が設置された箇所とイオン・電子発生装置(イオン・電子発生源)20との間、及び電子吸収体33が設置された箇所と多重極磁石(イオン集束用磁石)32との間をそれぞれ電気的に絶縁するために用いられている。従って、電子吸収体33が設置された箇所のビームライン31を電気的に独立させ、イオンビーム40に対する悪影響を排除するという効果を奏すれば、他の構成を用いることもできる。絶縁体36、37を用いる場合には、ビームライン31の材料との整合性を考慮し、図2の構成を実現できる絶縁材料を各種用いることが可能である。
【0039】
なお、上記の構成においては、イオン・電子発生源として、レーザー駆動型のものを用いた例について説明した。ただし、指向性の低いイオンビームを発し、このイオンビームと同時に電子ビームも発するイオン・電子発生源であれば、これ以外であっても、上記の構成のイオン輸送装置が有効であることは明らかである。すなわち、このイオン輸送装置は、上記の構成のイオンビーム照射装置の一部として用いる以外の用途においても有効である。
【符号の説明】
【0040】
10、90 イオンビーム照射装置
20 イオン・電子発生装置(イオン・電子発生源)
21、91 レーザー光源
22、92 レーザー光
23、24、93、94 平面鏡
25、95 集光鏡
26、96 ターゲット
27、99 真空チャンバ
30 イオン輸送装置
31 ビームライン
32、98 多重極磁石(イオン集束用磁石)
33 電子吸収体
34 X線遮蔽体
35 電子進行方向変更機構
36、37 絶縁体
40、97 イオンビーム
41 電子ビーム
100 出力先
311 ビームライン端部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビーム及び電子ビームを発するイオン・電子発生源に接続され、イオン集束用磁石を用いて前記イオンビームを集束させて出力するイオン輸送装置であって、
前記イオン・電子発生源と前記イオンビームの出力先との間に設置され、前記イオンビームを通過させ、前記イオン集束用磁石が周囲に設置されたビームラインと、
前記イオン・電子発生源と前記イオン集束用磁石との間の前記ビームラインの周囲において前記電子ビームが通過する箇所に設置された電子吸収体と、
を具備することを特徴とするイオン輸送装置。
【請求項2】
前記電子吸収体の周囲にX線遮蔽体が設置されたことを特徴とする請求項1に記載のイオン輸送装置。
【請求項3】
前記ビームラインにおいて、前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン・電子発生源との間、及び前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン集束用磁石が設置された箇所との間が電気的に絶縁されていることを特徴とする請求項1又は2に記載のイオン輸送装置。
【請求項4】
前記電子吸収体と前記イオン・電子発生源との間において、前記電子ビームを発散させる電子進行方向変更機構を前記ビームラインの周囲に具備することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のイオン輸送装置。
【請求項5】
イオンビーム及び電子ビームを発するイオン・電子発生源から前記イオンビームを輸送し、イオン集束用磁石を用いて前記イオンビームを集束させて出力するイオン輸送方法であって、
前記イオン・電子発生源と、前記イオンビームの出力先との間に、前記イオンビームを通過させるビームラインを設置し、
当該ビームラインの一部において前記イオン集束用磁石を周囲に設置し、
前記イオン・電子発生源と前記イオン集束用磁石との間の前記ビームラインの周囲において前記電子ビームが通過する箇所に電子吸収体を設置することを特徴とするイオン輸送方法。
【請求項6】
前記電子吸収体の周囲にX線遮蔽体を設置することを特徴とする請求項5に記載のイオン輸送方法。
【請求項7】
前記ビームラインにおいて、前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン・電子発生源との間、及び前記電子吸収体が設置された箇所と前記イオン集束用磁石が設置された箇所との間を電気的に絶縁することを特徴とする請求項5又6に記載のイオン輸送方法。
【請求項8】
前記電子吸収体と前記イオン・電子発生源との間において、前記電子ビームが発散する方向に前記電子ビームの軌道を制御することを特徴とする請求項5から請求項7までのいずれか1項に記載のイオン輸送方法。
【請求項9】
レーザー光をターゲットに照射することによってイオンビーム及び電子ビームを発するレーザー駆動型イオン・電子発生源を前記イオン・電子発生源として前記イオンビームを出力することを特徴とする請求項5から請求項8までのいずれか1項に記載のイオン輸送方法
【請求項10】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のイオン輸送装置を介してイオンビームを試料に対して照射することを特徴とするイオンビーム照射装置。
【請求項11】
前記イオン・電子発生源として、レーザー光をターゲットに照射することによってイオンビーム及び電子ビームを発するレーザー駆動型イオン・電子発生源が用いられることを特徴とする請求項10に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項12】
照射すべき粒子線を前記イオンビームとし、
レーザー光をターゲットに照射することによってイオンビーム及び電子ビームを発するレーザー駆動型イオン・電子発生源を前記イオン・電子発生源として用い、
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のイオン輸送装置を用いて出力したイオンビームを照射することを特徴とする医療用粒子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−95039(P2011−95039A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−247729(P2009−247729)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度及び平成20年度文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成「光医療産業バレー」拠点創出」(委託業務)産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)