説明

イオン選択性電極用応答ガラス及びイオン選択性電極

【課題】通常の測定環境下では測定対象である試料溶液の成分に変化を及ぼさないものの、紫外線を照射することにより光触媒能が誘起されセルフクリーニング機能を呈し、なおかつ、電気抵抗値が低く、良好な応答性を発揮するイオン選択性電極用応答ガラス及びそれを備えているイオン選択性電極を提供する。
【解決手段】イオン選択性電極用応答ガラスを、二酸化チタン20〜80mol%及び酸化リチウムを含有しているチタン含有酸化物ガラスから構成している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、セルフクリーニング機能を有するイオン選択性電極用応答ガラス及びそれを備えたイオン選択性電極に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ルチル型やアナターゼ型の結晶性の二酸化チタン(TiO、チタニア)が光触媒能を有することは知られている(非特許文献1)。この光触媒能としては、強力な酸化還元作用と、超親水作用が挙げられ、例えば、HOの分解作用で生じた活性酸素の酸化作用を利用して、病院の手術室の壁・床を二酸化チタンでコーティングして、紫外光ランプを照らして殺菌処理を行ったり、超親水作用を利用して、自動車のサイドミラーや道路のミラー等を二酸化チタンでコーティングして、雨天時にセルフクリーニングが可能となるガラスの防曇加工等が行われたり、ビル外壁やテントシート等の汚れ防止へも応用されている。
【0003】
一方、pH電極等のイオン選択性電極の応答ガラスは通常ケイ酸塩ガラスからなるが、測定の精度を保つために、測定の都度、蒸留水等を用いて充分に洗浄することが必要である。また、洗浄後はpH等の校正を行うことが必要である。
【非特許文献1】「光触媒 基礎・材料開発・応用」 2004年6月22日発刊 株式会社エヌ・ティー・エス発行、橋本和仁等
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このため、応答ガラスに二酸化チタンの光触媒能を利用することができれば、洗浄が簡便に行え、かつ、校正が不要なイオン選択性電極を得ることができると考えられる。
【0005】
しかしながら、イオン選択性電極の応答ガラスに結晶性の二酸化チタンにより光触媒能を付与すると、超親水作用による水酸基の発生により電位変動が起こったり、測定対象である試料溶液にも酸化作用を及ぼし、その成分を分解したり変化させたりする恐れがある。このため、光触媒能の付与を目的とする二酸化チタンの応答ガラスへの応用は試みられていない。
【0006】
また、ガラス中の酸化リチウムを高濃度にすると、一般的に電気抵抗が下がると言われている。したがって酸化リチウムを多く含有させたガラスを、イオン選択性電極の応答ガラスに用いれば、酸化チタンによる自己洗浄作用に加え、低電気抵抗による種々の効果、例えば、応答性がよくなるとか、電気配線部分に高絶縁性をそれほど要求されなくなるため、コネクタにテフロン(登録商標)等の高価格材料を用いなくても済むであるとか、多少の埃等が組立環境中にあってもよいとか、といった効果を得ることができる可能性がある。
【0007】
そこで本発明は、通常の測定環境下では測定対象である試料溶液の成分に変化を及ぼさないものの、紫外線を照射することによりセルフクリーニング機能を呈し、なおかつ、電気抵抗値が低く、感度に優れるイオン選択性電極用応答ガラス及びそれを備えているイオン選択性電極を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明に係るイオン選択性電極用応答ガラスは、酸化物ガラスからなるイオン選択性電極用応答ガラスであって、前記酸化物ガラスが、二酸化チタン20〜80mol%及び酸化リチウムを含有していることを特徴とする。
【0009】
近時、アモルファス化された二酸化チタンも光触媒能を呈することが報告されている(光アライアンス 2004年3月号、13〜17)が、その光触媒能は極めて弱いものであり、光触媒能を目的とするアモルファス化された二酸化チタンの実用化は試みられていない。
【0010】
しかしながら、本発明者により、アモルファス化された二酸化チタンに紫外線を照射することにより、実用に供しうる光触媒能を誘起しうることが新たに見出され、本発明の完成に至った。
【0011】
本発明に係るイオン選択性電極用応答ガラスはこのような二酸化チタンを高濃度で含有する酸化物ガラス(以下、チタン含有酸化物ガラスともいう)からなることにより、pH測定時は光触媒作用が起こらないものの、洗浄時は紫外線を照射することにより光触媒能が誘起され、酸化作用により応答ガラスに付着した有機物等が分解され、超親水作用により応答ガラスに付着した汚れが剥離しやすくなるセルフクリーニング機能を発揮することができる。このため、簡便に応答ガラスを清浄に保たつことができ、常に精度の高い測定を行うことが可能となる。また、蒸留水等による洗浄が不要になることにより、校正も不要となる。なお、紫外線の光源としては、例えば、LED、水素放電管、キセノン放電管、水銀ランプ、ルビーレーザ、YAGレーザ、エキシマレーザ、色素レーザ等を用いることができる。
【0012】
本発明で用いるチタン含有酸化物ガラスの二酸化チタンの含有量は20〜80mol%であるが、20mol%未満であると、紫外線照射により誘起される光触媒能が弱く、応答ガラスのセルフクリーニングには不充分であり、80mol%を超えると、通常の溶融法ではガラスが作製できない。
【0013】
また二酸化チタンを上記規定量含有させることで、チタン含有酸化物ガラスのTiイオンはSiイオンとの比で約1.5倍のイオン半径を有するため、イオン導電物質を配合した場合はリチウムイオン(Li)等の移動度をより高く維持し抵抗値の低いガラスを得ることができる。
【0014】
更に、このようなチタン含有酸化物ガラスは二酸化チタンを高濃度で含有することにより耐食性にも優れる。
【0015】
イオン選択性電極用応答ガラスはイオン導電性であることが必要であるが、前記チタン含有酸化物ガラスは、酸化リチウムを含有していることにより、Liを介して好適なイオン導電性を示すことができる。酸化リチウムの含有量は1〜50mol%であることが好ましく、より好適には25〜30mol%前後である。1mol%未満であると、イオン導電性が不充分であり、50mol%を超えると、耐食性が悪くなる。
【0016】
すなわち酸化リチウムを1〜50mol%含有することにより、Liを介して、イオン選択性電極用応答ガラスに用いるのに好適なイオン導電性を示すことができる。
【0017】
本発明で用いる酸化物ガラスは、リン酸塩ガラス、ケイ酸塩ガラス、ホウ酸塩ガラスのいずれであってもよいが、なかでも酸化リチウムを1〜50mol%含有するチタノリン酸塩ガラスが好適に用いられる。
【0018】
このようなチタノリン酸塩ガラスをイオン選択性電極用応答ガラスに用いれば、イオン選択性電極自体の軽量化を図ることができるうえ、電気的に低抵抗であることから応答性を向上させることができる。そして、電気的に低抵抗であるため、機械的強度等も考慮し、歪みを柔軟に設定しえ、応答ガラス設計の自由度を極めて高めることができる。更に、二酸化チタンが光触媒能の低いガラス状態(アモルファス)で存在しているため、イオン濃度測定時に光触媒機能が作用して測定そのものや試料溶液に悪影響を及ぼすことがほとんどなく、意図的に洗浄すべく強い紫外線を照射したときだけ、光触媒能が誘起されセルフクリーニング機能を発揮されるようになる。
【0019】
このため上記チタノリン酸塩ガラスを用いることにより、酸化チタンによるセルフクリーニング機能を有しながら、電気抵抗の非常に低い(比抵抗において従来のものより2桁低い)ものとすることができる。
【0020】
前記チタン含有酸化物ガラスは酸化セシウム(CsO)を含有してもよい。これにより、リチウムイオンによるイオン導電性を増強することができる。
【0021】
更に、前記チタン含有酸化物ガラスは、酸化スカンジウム(Sc)、酸化イットリウム(Y)等の3族の元素の酸化物を含有してもよい。これにより、リチウムイオンの固定化と、水和ゲル層の厚みを低減し、応答性を良くすることができる。
【0022】
また、3族の元素の酸化物として酸化ランタン(La)を配合することにより、アルカリ誤差を低減することができる。
【0023】
更に、前記チタン含有酸化物ガラスに、酸化バリウム(BaO)を配合することにより、アルカリ応答性を抑えることができる。
【0024】
本発明のイオン選択性電極用応答ガラスは、前記チタン含有酸化物ガラスの原料を秤量・混合し、溶融した後、冷却させることにより製造される。この際、原料の溶融後にTi3+が残留することに起因してガラスが黒色を呈するので、200〜1000℃で1日以上のアニーリングを行い、Ti3+をTi4+に変換し、透明なガラスとする。また、ガラスの抵抗値を下げるために、意図的にTi3+を残してもよい。
【0025】
本発明のイオン選択性電極用応答ガラスを備えているイオン選択性電極もまた、本発明の1つである。すなわち、本発明に係るイオン選択性電極は、酸化物ガラスからなる応答ガラスを備えているイオン選択性電極であって、前記酸化物ガラスが、二酸化チタン20〜80mol%及び酸化リチウムを含有していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
このように本発明によれば、測定時には光触媒能を示さないものの、洗浄時には紫外線を照射することにより光触媒能が誘起されセルフクリーニング機能を発揮する応答ガラスを得ることができる。このため、測定対象の試料溶液には影響を与えずに、イオン選択性電極の浄化を簡便に行うことができ、汚れの残留や影響が少なく安定して精度の高い測定を行うことができる。また、従来のイオン選択性電極のような蒸留水等を用いた洗浄が不要となるので校正も不要となり、このため、連続測定が可能となり、精度の高い測定結果を安定かつ連続的に得ることができる。
【0027】
また、高濃度の酸化リチウムを含有するチタノリン酸塩ガラスを応答ガラスとして用いることにより、電気抵抗を低減することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の一実施形態に係るイオン選択性電極としてpHガラス電極を図面を参照して説明する。
【0029】
本実施形態に係るpHガラス電極1は、図1及び図2に示すように、円筒状のガラス製の支持管2と、その支持管2の先端部に接合した応答ガラス3とを備えている。
【0030】
支持管2には、内部電極4が収容してあり、かつ、内部液5が充填してある。内部電極4には、リード線6が接続してあり、リード線6はこの支持管2の基端部から外部に延出し図示しないpH計本体に接続されるようにしてある。
【0031】
応答ガラス3は、二酸化チタン20〜80mol%及び酸化リチウムを含有しているチタン含有酸化物ガラスを素材とし、先端部が略半球状をなすようにブロー成形した円筒状のものである。この応答ガラス3を前記支持管2に接合するには、その応答ガラス3に用いられるチタン含有酸化物ガラスを、例えば千数百度に保たれた炉内で溶融状態にしておき、そこに支持管2の先端部を浸漬した後、所定速度で引き上げ、ブローするといった方法がとられる。
【0032】
応答ガラス3は上述のとおり二酸化チタン20〜80mol%及び酸化リチウムを含有しているチタン含有酸化物ガラスからなるが、このようなチタン含有酸化物ガラスは通常の実験室の照明下や屋外の自然光下では光触媒能を発揮しない。しかし、LED、水素放電管、キセノン放電管、水銀ランプ、ルビーレーザ、YAGレーザ、エキシマレーザ、色素レーザ等を光源として紫外線を照射すると光触媒能が誘起され、酸化作用により付着した有機物等を分解し、かつ、超親水作用により、付着物が剥離しやすい状態になるセルフクリーニング機能を発揮する。
【0033】
二酸化チタン(半導体)の光触媒能による酸化、還元作用の概念を図3に示す。バンドギャップより大きなエネルギの光を照射すると、これが吸収され、価電子帯の電子が伝導帯に励起するとともに、価電子帯に正孔が生じる。そしてその励起電子が光触媒の外部にある化学物質に移動すると、その化学物質は還元され、正孔が移動すると酸化が起こる。また、超親水作用の概念を図4に示す。正孔による反応により、酸化チタンなどの表面に比較的不安定な水酸基が生じ、このために親水性になると考えられている。更に、光を照射することにより二酸化チタンの硬さが増すという点も付言しておく。
【0034】
応答ガラス3の素材となるチタン含有酸化物ガラスは、チタノリン酸塩ガラス、チタノケイ酸塩ガラス、及び、チタノホウ酸塩ガラスのいずれであってもよいが、なかでも酸化リチウムを1〜50mol%含有するチタノリン酸塩ガラスが好ましい。
【0035】
このような応答ガラス3として下記の表1に示す組成を有するものを試作した。
【0036】
【表1】

【0037】
いずれの実施例の応答ガラス3も、セルフクリーニング機能を発揮するとともに、二酸化チタンを含有していても抵抗値が比抵抗1.63×10Ω・mであり従来のリチウムケイ酸塩ガラスの抵抗値より2桁も低い値であった。また実施例3の組成を有する応答ガラス3を備えたpHガラス電極1の応答性を調べたところ、図5のグラフに示すように、pH応答性にも優れていた。
【0038】
内部電極4としては、例えば塩化銀電極が用いられ、内部液5としては、例えばpH7に調整した塩化カリウム溶液が用いられる。
【0039】
pHガラス電極1を用いて試料溶液のpHを測定する際には、pHガラス電極1の応答ガラス3をpHを求めたい試料溶液に浸すと、応答ガラス3に内部液5と試料溶液との間のpH差に応じた起電力が生じる。この起電力を、図示しない比較電極を用いて、pHガラス電極1の内部電極4と比較電極の内部電極の電位差(電圧)として測定してpHを算出する。この起電力は温度によって変動するため、温度素子を用い、この出力信号値をパラメータとして前記電位差を補正して、試料溶液のpHを算出しpH計本体に表示することが好ましい。
【0040】
なお、本発明は、前記実施形態に限られるものではない。
【0041】
本発明のイオン選択性電極はpHガラス電極1に限られず、ガラス電極と比較電極を一体化した複合電極や、複合電極に更に温度補償電極を加えて一体化した一本電極であってもよい。
【0042】
本発明のイオン選択性電極は、応答ガラス3がその先端部が略半球状をなすようにブロー成形した円筒状であるものに限定されず、応答ガラス3が板状のチタン含有酸化物ガラスを切削研磨することにより作製されたものであってもよく、また、応答ガラス3が溶融したチタン含有酸化物ガラスを所定の型に流し込んで成型することによって作製されたものであってもよい。このようにして得られた応答ガラス3を接着剤又は機械的な機構(メカニカルシール)を用いて支持管2の一端開口部に接合して封止することにより、図6に示すようなpHガラス電極1を作製することができる。
【0043】
紫外線の光源は、本発明のイオン選択性電極とは別個に設けてもよいが、本発明のイオン選択性電極自体が紫外線の光源を備えていてもよい。
【0044】
その他、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によって、測定対象の試料溶液には影響を与えずに、イオン選択性電極の洗浄を簡便に行うことができ、汚れの残留や影響が少なく安定して精度の高い測定を行うことができる。また、測定毎の校正が不要となるので、連続測定が可能となり、連続して測定しても安定して精度の高い結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の一実施形態におけるpHガラス電極の内部構造を1部示す部分破断図。
【図2】図1における応答ガラス3近傍の拡大図。
【図3】光触媒能による酸化作用の概念図。
【図4】光触媒能による超親水作用の概念図。
【図5】30LiO−30P−40TiO応答ガラスを備えたpHガラス電極の応答性を示すグラフ。
【図6】他の実施形態におけるpHガラス電極の内部構造を1部示す部分破断図。
【符号の説明】
【0047】
1…pHガラス電極
2…支持管
3…応答ガラス
4…内部電極
5…内部液
6…リード線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物ガラスからなるイオン選択性電極用応答ガラスであって、
前記酸化物ガラスが、二酸化チタン20〜80mol%及び酸化リチウムを含有しているイオン選択性電極用応答ガラス。
【請求項2】
前記酸化物ガラスが、リン酸塩ガラス、ケイ酸塩ガラス、又は、ホウ酸塩ガラスである請求項1記載のイオン選択性電極用応答ガラス。
【請求項3】
前記酸化物ガラスが、酸化リチウムを1〜50mol%含有するチタノリン酸塩ガラスである請求項1又は2記載のイオン選択性電極用応答ガラス。
【請求項4】
前記酸化物ガラスが、酸化セシウムを含有している請求項1、2又は3記載のイオン選択性電極用応答ガラス。
【請求項5】
前記酸化物ガラスが、3族の元素の酸化物を含有している請求項1、2、3又は4記載のイオン選択性電極用応答ガラス。
【請求項6】
前記酸化物ガラスが、酸化バリウムを含有している請求項1、2、3、4又は5記載のイオン選択性電極用応答ガラス。
【請求項7】
酸化物ガラスからなる応答ガラスを備えているイオン選択性電極であって、
前記酸化物ガラスが、二酸化チタン20〜80mol%及び酸化リチウムを含有しているイオン選択性電極。
【請求項8】
前記酸化物ガラスが、酸化リチウムを1〜50mol%含有するチタノリン酸塩ガラスである請求項7記載のイオン選択性電極。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−241696(P2008−241696A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−43768(P2008−43768)
【出願日】平成20年2月26日(2008.2.26)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)