説明

イネの側根を発達させる方法

【課題】主根の伸長を抑制することなく、側根が発達したイネを製造する方法及びイネの側根を発達させる方法を提供する。
【解決手段】変異があるEL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて野生型のイネの生育に適した条件下で培養して、該条件下で培養した野生型のイネより側根が長い及び/又は側根の数が多いイネを得ることを含む、側根が発達したイネを製造する方法を提供することにより解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低窒素条件下で培養することにより、野生型のイネと比して、側根が発達したイネを製造する方法及びイネの側根を発達させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒素は植物の生長を支える重要な栄養素の一つである。窒素には植物の発育を促進する働きがある。例えば、過去40年間で世界の作物生産量を2倍にするため、それまでの7倍の窒素肥料が使用された。しかし、植物の生長を促すために窒素を大量に消費することには、種々の問題がある。
【0003】
大量に土壌に投入された窒素は、地下水などを経由して湖沼や海洋に流れ、プランクトンの異常発生などの環境汚染を引き起こす。さらに大量の窒素の土壌への投入は、家畜障害をもたらし得る。例えば、大量に窒素を吸収した土壌で育てた草を摂取した牛などの家畜は、胃の中でN−ニトロソ化合物を生成し、癌を発症する可能性が高くなる他、乳中の硝酸態窒素量が増加するため、高窒素下で生育した乳牛の乳を飲んだ乳幼児はヘモグロビン血症を引き起こす可能性が高くなる。さらに、近年では、原料となる化石燃料の値上り等から窒素肥料が高騰し、大量の窒素肥料の使用を必要とする農法は農家の収益を低下させる。
【0004】
上記窒素の大量消費に関する問題を解決する試みとして、現在は、窒素利用効率を高めることにより、低窒素条件下で、バイオマスを含む植物の収量を向上させることが研究されている。植物の窒素利用効率を高めるためには、植物の窒素の吸収能及び同化能の向上が求められる。このうち、窒素の吸収能を高めるためのアプローチとして、窒素吸収の場である根の形(root architecture)を改良する試みがある。
【0005】
植物の根は大きく主根と側根に分けられる。一般に、イネを含む植物では、窒素源が少なすぎると側根が形成されず、主根のみが伸長するが、窒素があると、窒素を効率よく吸収するために主根から側根が分化し伸長する。これまでに本発明者らは、細胞膜局在性のRING−H2型ユビキチンリガーゼであるEL5のアミノ酸配列の一部に変異を入れた変異EL5を発現するイネを、20.6mMの硫酸アンモニウム、18.8mMの硝酸カリウム及び3.0mMの塩化カルシウムを含むMS培地で培養すると根が褐変化して伸びないが(非特許文献1)、次いで水道水か純水で4日間栽培することにより主根を発根させる方法を報告した(非特許文献2)。さらに、シロイヌナズナをオーキシンの存在下で培養することにより、シロイヌナズナの側根を伸長させ得るとの報告がある(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】H. Koiwai, A. Tagiri, S. Katoh, E. Katoh, H. Ichikawa, E. Minami, and Y. Nishizawa, (2007), The Plant J. 51, 92-104.
【非特許文献2】小岩井花恵、中島恵美、岸本久太郎、加藤悦子、南栄一、西澤洋子(2008)第49回日本植物生理学会年会講演要旨p.172
【非特許文献3】Yoko Okushima, Hidehiro Fukaki, Makoto Onoda, Athanasios Theologis, and Masao Tasaka, (2007), Plant Cell 19: 118-130.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
側根が長く伸びた植物は、根全体の表面積が大きく、窒素の吸収能が高いことが予想され、低窒素条件下でも生育が阻害されないことが期待される。また、植物に与える窒素肥料の使用量を低減することにより、環境や家畜に対して負荷が少なく、かつ低コストである農業が可能となる。そこで、低窒素条件下で栽培し得る、側根数が多く、長い植物を製造する方法が求められている。
【0008】
しかし、従来知られている技術のうち非特許文献2に記載の方法は、イネの主根を形成させる方法であり、イネの側根を形成させる方法ではない。また、非特許文献3に記載されているように、シロイヌナズナの側根はオーキシンによって伸長し得る。しかし、イネの側根がオーキシンによって伸長することについてはこれまでに知られておらず、例えイネの側根がオーキシンによって伸長するとしても、オーキシンは主根の伸長を抑制することから、オーキシンによってイネの根全体の表面積を増加させることができないと予測される。
【0009】
したがって、土壌中の窒素を効率よく吸収させるために、主根の伸長を抑制することなく、野生型のイネと比べて、側根が長い又は側根の数が多いイネ、すなわち側根が発達したイネを製造する方法はこれまでに知られていない。
【0010】
そこで、本発明の目的は、主根の伸長をほとんど抑制することなく、野生型のイネと比べて、側根が発達したイネを製造する方法及びイネの側根を発達させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、EL5のドメインIVのアミノ酸配列における、第162位のバリンがアラニンへ置換されたV162A変異EL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸カリウム又は10mM未満の硫酸アンモニウムを含む培地を用いて培養することにより、野生型のイネより側根の数が多いイネを得ることに成功した。この低窒素条件下で培養することにより側根が発達したイネが得られるとの現象は、土壌中の窒素源が少ないと、側根の伸長がはじまる部分である側根原基の分化及び伸長がほとんど起こらないが、窒素源が増えると側根形成が促進されるというこれまでの知見に相反する現象であり、本発明者らにとっては驚くべき現象であった。また、主根の伸長と側根の発達は別機構で制御されていることが知られている。非特許文献3に記載されている通り、オーキシン処理により、側根は発達するが、主根の伸長は抑制される。また、窒素源が豊富な環境下でイネを栽培すると、上記の通り、側根は発達するが、主根の伸長は抑制される。しかし、上記現象は、主根の伸長機構に影響を与えることなく、側根の発達を促進するものであった。すなわち、上記現象は、主根の伸長を抑制せずに、側根の発達を促進することができる現象であった。
【0012】
さらに本発明者らは、変異EL5の発現を、野生型のEL5の発現を制御するEL5遺伝子プロモーターで制御することにより、上記と異なる態様の変異EL5(例えば、W165A変異EL5など)を発現する形質転換イネが、低窒素条件下で側根を発達させ得ることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものである。
【0013】
したがって、本発明によれば、変異があるEL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて野生型のイネの生育に適した条件下で培養して、該条件下で培養した野生型のイネより側根が長い及び/又は側根の数が多いイネを得ることを含む、側根が発達したイネを製造する方法が提供される。
【0014】
本発明の別の側面によれば、変異があるEL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて野生型のイネの生育に適した条件下で培養することを含む、イネの側根を発達させる方法が提供される。
【0015】
好ましくは、前記変異があるEL5が、EL5のドメインIVに変異があるEL5である。
【0016】
好ましくは、前記ドメインIVに変異があるEL5が、ドメインIVのアミノ酸配列において1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異があるEL5である。
【0017】
好ましくは、前記ドメインIVに変異があるEL5が、EL5のアミノ酸配列における、第162位のバリン、第138位のロイシン、第165位のトリプトファン、及び第153位のシステインからなる群から選ばれる少なくとも1個のアミノ酸残基が野生型とは異なるアミノ酸残基へ置換されたEL5である。
【0018】
好ましくは、前記ドメインIVに変異があるEL5が、EL5のアミノ酸配列における第162位のバリンがアラニンへ置換されたEL5である。
【0019】
好ましくは、前記形質転換イネが、変異があるEL5をコードする遺伝子をEL5遺伝子プロモーター、カリフラワーモザイクウイルス由来35Sプロモーター、及びトウモロコシ由来ユビキチンプロモーターからなる群から選ばれる少なくとも1種のプロモーターの制御下に含む。
【0020】
好ましくは、前記硝酸塩が、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム及び亜硝酸ナトリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の硝酸塩である。
【0021】
好ましくは、前記アンモニウム塩が、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム及び酢酸アンモニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種のアンモニウム塩である。
【0022】
好ましくは、前記培養が、5〜10日間実施される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、低窒素条件下で、野生型のイネより側根が長い及び/又は側根の数が多いイネを得ることができる。通常、窒素濃度を上げれば、側根を発達させることができるが、主根の伸長は抑制される。しかし、本発明はこの逆の現象を利用するものであり、窒素濃度を下げることにより、主根の伸長をほとんど抑制することなく、側根を発達させることができる。このような低窒素条件下でのイネの栽培によって、野生型のイネの栽培と比べて、環境や家畜への影響を低減し、かつ経済性に有利な農業の実現が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】各種EL5遺伝子にコードされるタンパク質の模式図とユビキチンリガーゼ活性を示した図である。記号は、それぞれI:膜貫通領域、II:塩基性アミノ酸領域、III:保存領域、IV:RING−H2ドメイン、IV’:アミノ酸変異導入RING−H2ドメイン、V:C末端領域を示す。
【図2】窒素非含有水耕液栽培10日目に形成された冠根の平均長(A)、冠根単位長さ当たりの側根形成数(B)、及び栽培6日目の写真(C)を示した図である。記号は、それぞれNT: 非形質転換(野生型)のイネ(品種:日本晴)、EL5V162A;EL5V162A発現イネを示す。
【図3】野生型のイネ及びEL5V162Aを発現する形質転換イネの水耕栽培10日後の側根形成度、および、それらの代表的な根の写真を示した図である。
【図4】変異EL5遺伝子を含むベクターであるpENTR-EL5V162A及びpENTR-EL5W165Aの模式図である。
【図5】変異EL5遺伝子を含むバイナリーベクターであるpBI333-EN4-EL5V162A 及びpBI333-EN4-EL5W165Aの模式図である。
【図6】変異EL5遺伝子を含むバイナリーベクターを作製するために用いたバイナリーベクターであるpBI333-EN4-RCG3の模式図である。
【図7】EL5プロモーターをクローン化したクローニングベクターの模式図である。
【図8】EL5プロモーターを有する変異EL5遺伝子を含むバイナリーベクターであるpBI333-PEL5-EL5W165Aの模式図である。
【図9】pBI333-PEL5-EL5W165Aで形質転換したイネと野生型のイネの発根テスト10日後の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の詳細について説明する。
本発明は、側根が発達したイネを製造する方法及びイネの側根を発達させる方法に関する。本発明の側根が発達したイネを製造する方法は、変異があるEL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて野生型のイネの生育に適した条件下で培養して、該条件下で培養した野生型のイネより側根が長い又は側根の数が多いイネを得ることを含む。以下に、本発明の側根が発達したイネを製造する方法について順を追って説明する。
【0026】
1.変異があるEL5を発現する形質転換イネ
EL5は、GenBankなどにおいてアクセッション番号:AB045120として登録されている、細胞膜局在性のユビキチンリガーゼ(以下、E3ともいう)の一種である。EL5をコードする遺伝子(以下、EL5遺伝子ともいう)は、イネの内在性の遺伝子であり、GenBankなどにおいて上記アクセッション番号として登録されている。
【0027】
図1に示す通り、野生型のEL5は、5つのドメイン(I:第36位〜第64位:膜貫通領域、II:第65位〜第97位:塩基性アミノ酸領域、III:第98位〜第128位:保存領域、IV:第129位〜第181位:RING−H2ドメイン、V:第182位〜第325位:C末端領域)を有する。変異があるEL5(以下、変異EL5ともいう)は、上記ドメイン1〜5のいずれか1種又は2種以上のドメインにおける1個又は2個以上のアミノ酸残基に変異があるものを意味するが、変異の数や態様については、特に制限はない。
【0028】
変異EL5の具体例として、図1に、ドメインIVに変異があるEL5の模式図を示す。図1において、EL5C153A、EL5V162A及びEL5W165Aは、ドメインIVに存在するEL5の第153位のシステイン、第162位のバリン及び第165位のトリプトファンがそれぞれアラニンへ置換された変異EL5である。
【0029】
EL5のインビトロ(in vitro)でのE3活性は、ドメインIVであるRING-H2ドメインとユビキチン結合酵素(E2)との相互作用の程度で決まり、Katohら(JBC, 280, 41015, 2005)によって報告されている。すなわち、図1に示す通り、EL5C153AとEL5W165AはE3活性が実質的に消失しており、EL5V162AはE3活性が野生型に対して低下している。EL5L138AのE3活性はEL5V162Aよりもさらに低下している。本発明の範囲に影響を及ぼさない程度の推測として、側根が発達したイネを得るためには、E3活性が実質的に消失している変異EL5を発現するイネを得るよりも、EL5V162AやEL5L 138Aなど、E3活性を低下させた変異EL5を発現するイネを得る方が好ましい場合もある。E3活性は、以下の方法で定性的に測定することができる。
【0030】
EL5のインビトロE3活性は、Matsudaらの方法(J. Cell Sci., 114, 1949, 2001)を基にした、Takaiら(Plant Journal 30, 447, 2002)の方法や、Katohら(JBC,280, 41015, 2005)の方法で測定することができる。すなわち、EL5の第96位のグリシンから第181位のバリンまでのRING-H2ドメインを含む領域をマルトース結合タンパク質(MBP)のC末端に融合させた組換えタンパク質(MBP-EL5)を大腸菌を使って調製する。このMBP-EL5にユビキチン、ユビキチン結合酵素、ユビキチン活性化酵素、ATPなどを混ぜ、30℃か35℃で1〜2時間インキュベートする。反応物を抗MBP抗体や抗ユビキチン抗体を用いて、通常のウェスタン分析を行うと、用いたEL5のRING-H2ドメインにユビキチン連結酵素活性(ユビキチンリガーゼ活性又はE3活性ともいう)に応じて、MBPのリジン残基にユビキチンが連結されたために分子量が増加したことによる、電気泳動で高分子側にシフトしたバンドが検出される。E3活性がなければ、バンドのシフトは認められず、E3活性が低下していれば、シフトしたバンドの濃さが元のMBP-EL5を反応させたときよりも薄くなる。
【0031】
変異EL5を発現する形質転換イネは特に制限されなく、変異EL5遺伝子を発現可能な状態で導入されたイネ、内在性のEL5遺伝子に変異が生じたイネ、又はこれらの両方の特徴を有するイネのいずれでもよい。なお、本明細書において、変異EL5を発現する形質転換イネに対して、変異EL5を発現しないイネを、野生型のイネという。
【0032】
イネに変異EL5遺伝子を発現可能な状態で導入する方法としては、これまでに知られているイネに外来遺伝子を発現可能な状態で導入する方法を限定せずに用いることができる。このような方法として、例えば、イネ内で機能するプロモーターとターミネーターとの間に変異EL5遺伝子を連結させたベクターを用意し、次いでこのベクターをイネに導入する方法を挙げることができる。なお、本明細書における分子生物学的な手法は、例えば、Molecular Cloning: A laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)などに記載されている方法に準じて行うことができる。
【0033】
上記方法において、プロモーターとしては、例えば、イネ内で機能するプロモーターであるEL5遺伝子プロモーター、カリフラワーモザイクウイルス由来の35S(CaMV 35S)プロモーター、トウモロコシ由来のユビキチンプロモーターなどを用いることができる。ターミネーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス由来のターミネーター、ノパリン合成酵素遺伝子由来のターミネーターなどを挙げることができる。また、後述するように、プロモーターと変異EL5遺伝子との間にエンハンサーが含まれていてもよい。
【0034】
イネの内在性のEL5遺伝子に変異を導入する方法についても特に制限はなく、これまでに知られているイネ内の遺伝子に変異を導入する方法、例えば、イネ内の遺伝子の変異を誘発する薬剤を添加する方法やUVや放射能などを照射する方法などを限定せずに用いることができる。
【0035】
2.変異があるEL5を発現する形質転換イネを製造する方法
変異EL5を発現する形質転換イネを製造する方法の具体例として、後述する実施例に記載の方法について説明する。
【0036】
(1)変異EL5遺伝子を得る方法
まず、変異EL5遺伝子又は変異EL5を含むベクターを得る。アクセッション番号:AB045120に記載の塩基配列の情報を基づいて常法に従って作成したEL5遺伝子のcDNAを含むベクターを用意する。このベクターを鋳型として、所望の部位に変異を導入することができるプライマーセットと市販のキット(例えば、Quickchange site-directed mutagenesis kit、Stratagene社)を用いたPCRにより、部位特異的突然変異が生じたEL5遺伝子を含むベクターを得ることができる。変異EL5を含むベクターの具体例を図4に示す。得られたベクターについて、EL5遺伝子をシークエンシングし、所望の部位に変異が導入されていること、及びそれ以外の塩基配列には変異が入っていないことを確認することが望ましい。
【0037】
(2)変異EL5遺伝子が挿入されたバイナリーベクターの作製
変異EL5遺伝子が得られれば、これまでに知られている種々の方法、例えば、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、ポリエチレングリコール法などを利用して、変異があるEL5遺伝子をイネ内に導入し、次いでイネ内でEL5を発現させることできる。例えば、変異があるEL5遺伝子をバイナリーベクター内のT−DNA領域に挿入し、次いでこのT−DNA領域をアグロバクテリウム(Agrobacterium)属細菌を介してイネ内に導入すれば、イネ内で変異EL5を発現させることができる。
【0038】
具体的には、上記(1)で得られたベクターから切り出した変異があるEL5遺伝子を含む断片を、バイナリーベクターにおけるT−DNA領域内にある、イネ内で機能するプロモーターとターミネーターの間にある外来遺伝子導入部位に挿入する。バイナリーベクターは、上記構成をとるT−DNA領域があれば特に制限されないが、例えば、pB1121(Clontech社)などの市販のバイナリーベクター以外にも、市販品に種々の改変を施したバイナリーベクターを用いることができる。
【0039】
T−DNA領域は、この領域が導入されたイネを効率的に選択するために、選択マーカーが発現可能な選択マーカー遺伝子カセットを含むことが好ましく、又は選択マーカー遺伝子カセットを含むDNAと共にイネ内に導入されることが好ましい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、抗生物質ハイグロマイシン耐性をもたらすハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、カナマイシン耐性をもたらすネオマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0040】
市販品を改変したバイナリーベクターとしては、例えば、市販のバイナリーベクターのT−DNA領域内に、上記の選択マーカー遺伝子カセットの他に、エンハンサーなどの変異EL5の発現を促進する領域を1個又は複数個を入れたものなどを使用することができる。
【0041】
例えば、図6に示すpBI333-EN4-RCG3は、市販のpB1121のT−DNA領域内に、選抜マーカーカセットとしてCaMV 35Sプロモーター::ハイグロマイシンリン酸転移酵素(HPT)::CaMVターミネーターを有し、さらに外来遺伝子発現領域にあるプロモーターを、CaMV 35Sプロモーターのエンハンサー領域を4反復させた人工プロモーターであるEN4へ変えたものである。pBI333-EN4-RCG3の詳細については、本発明者らの文献(Nishizawa et al., Theor. Appl. Genet., 99, 383-390, 1999)を参照できる。
【0042】
(3)アグロバクテリウムへの遺伝子導入法
変異があるEL5遺伝子を挿入したT−DNA領域を含むバイナリーベクターをアグロバクテリウム属細菌へ導入する方法は、これまでに知られている細菌にベクターを導入して細菌を形質転換させる方法を制限なく用いることができ、例えば、エレクトロポレーション法、カルシウムイオン法、トリペアレント法などを用いることができるが、エレクトロポレーション法を用いることが好ましい。具体的には、Nagelらの文献(Nagel et al., Microbiol. Lett., 67, 325, 1990)に記載の方法に従ったエレクトロポレーション法を用いれば、上記(2)で作製したバイナリーベクターをアグロバクテリウム属細菌へ導入することができる。バイナリーベクターをアグロバクテリウム属細菌へ導入した後は、バイナリーベクター内の選択マーカーを用いて、形質転換アグロバクテリウムを選択することができる。
【0043】
(4)イネへの遺伝子導入法
イネに、上記形質転換アグロバクテリウムを接触させることにより、変異EL5を発現し得る形質転換イネを得ることができる。イネとは、通常、イネ科イネ属の植物をいい、学名ではOryza sativaとよばれる。イネには数種類の根があり、例えば、種子根、冠根、側根、根毛などに分けられる。一般的には、種子根は、種子中の胚に既に形成されている幼根が発達したものをいい、植物によっては主根とも呼ばれ、イネには1本だけあるものとして知られており;冠根は、シュート基部から発生する根をいい、節根や不定根としても知られており;側根は、種子根や冠根の内鞘細胞層から発生する根をいい、支根とも呼ばれており;根毛は、種子根、冠根、側根から生える一つの細胞が細長く成長した毛状の根をいう。
【0044】
形質転換イネを得る方法は、通常知られているアグロバクテリウム属細菌を植物に接触させる方法を制限なく用いることができ、例えば、Toki S (Plant Mol. Biol. Rep. 1997)やToki S (Plant J. 2006)などの文献に記載の方法に従って実施することができるが、これらに限定されるものではない。形質転換アグロバクテリウムをイネに感染させる方法の具体例は、以下の通りであるが、これに限定されるものではない。
【0045】
脱籾した完熟種子を所定濃度のエタノール、次亜塩素酸ナトリウム、滅菌水などで洗浄する。滅菌した種子をオーキシンを含む培地(例えば、N6D培地)に置き、種子の前培養を実施する。上記(3)で得た形質転換アグロバクテリウムを、感染に適した条件で、前培養後の種子に感染させる。感染後、メロペンなどの除菌剤用いて、種子からアグロバクテリウムを除菌し、次いで上記選択マーカーを利用して、形質転換細胞を選択する。
【0046】
選択された形質転換細胞は、適切な植物調節物質を含む再分化培地(例えば、サイトカイニンを含むMS培地)に移され、適切な期間、保温され得る。イネを再生するためには、再分化した形質転換体を、発根培地(例えば、植物調節物質を含まないMS培地)に移す。形質転換体をイネへ再生させる方法としては、例えば、カルスからイネを再生させる方法(Toki, et al., Plant Journal, 47, 969-976, 2006)、エレクトロポレーション法を用いた場合は、プロトプラストからイネを再生させる方法(Toki, et al., Plant Physiol., 100, 1503-1507, 1992)などを用いることができる。ゲノム中に変異EL5遺伝子が導入された形質転換体が得られれば、これを基にして、イネ培養組織やイネのシュートなどを量産することも可能である。根の発育が確認された後、形質転換イネは、鉢上げされ得る。これらの方法については、特許第3141084号公報の段落0028〜0030を参照することができる。ただし、変異があるEL5を発現する形質転換イネはMS培地において根をほとんど形成しないため、鉢上げするためには水道水などで培養して発根させた後に鉢上げする。
【0047】
3.変異があるEL5を発現する形質転換イネの培養方法
側根が発達したイネを得ることを目的とした、変異があるEL5を発現する形質転換イネの培養方法は、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて、野生型のイネの生育に適した条件下で変異があるEL5を発現する形質転換イネを培養する限りにおいて特に制限はない。
【0048】
培養に供する形質転換イネは、冠根が発達し得る程度の大きさを有するイネであればよく、例えば、2cm以上の苗条(シュート)が好ましく、3cm〜10cmのシュートがより好ましく、3cm〜5cmのシュートがさらに好ましい。
【0049】
形質転換イネの培養に供される培地は、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む。硝酸塩としては、1mM未満、好ましくは0.1mM以下、より好ましくは0.05mM以下、さらに好ましくは0.01mM以下の濃度で培地に含まれる限りにおいて特に制限はなく、例えば、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム及び亜硝酸ナトリウムなどを単独又は組み合わせて用いることができるが、好ましくは硝酸カリウムである。同様に、アンモニウム塩についても培地に含まれる濃度が10mM未満、好ましくは5mM以下、より好ましくは2mM以下、さらに好ましくは0.2mM以下であれば特に制限はなく、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム及び酢酸アンモニウムなどを単独又は組み合わせて用いることができるが、好ましくは硫酸アンモニウムである。培地に含まれる硝酸塩及びアンモニア塩の濃度範囲は、それぞれ1mM未満及び10mM未満であれば特に制限はなく、例えば、0mMの濃度、すなわち窒素源を含まない培地とすることもできる。
【0050】
窒素源以外の培地の組成は、通常知られているイネに適した培地組成を含む培地を制限なく用いることができ、例えば、MS培地(Murashige−Skoog培地)やB5培地(O.L.Gamborg et al, (1968), Experimental Cell Research, 50, 151-158を参照)などの組成を改変して用いることができる。例えば、冠根の生育に増して側根を発達させるためには、カルシウム塩の量を減らすことが好ましく、培地中のカルシウム塩の濃度を100μM以下とすることがより好ましい。
【0051】
培地の形態は特に制限はなく、例えば、液体、半固体又は固体の培地とすることができる。より具体的には、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を土壌に加えたものを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地として使用することができる。
【0052】
形質転換イネを培養する際の温度、期間、照射量その他の条件は、EL5遺伝子に変異がない野生型のイネの生育に適した条件、例えば、5〜35℃、好ましくは25〜30℃;数日〜数十日間、好ましくは5〜10日間;無照射又は数キロルックス〜数十キロルックス、好ましくは2〜5キロルックスの白色光を照射して培養することができる。
【0053】
4.側根が発達したイネ
本発明の製造方法で得られる側根が発達したイネは、野生型のイネより、側根が長い及び/又は側根の数が多いイネである。比較の対象となる野生型のイネは、変異があるEL5を発現する形質転換イネの培養条件と同じ条件で培養したものである。変異があるEL5を発現する形質転換イネ及び野生型のイネの培養の時期は、同時でもいいし、それぞれ異なるタイミングでもよい。野生型のイネより側根が長い及び/又は側根の数が多いか否かは、目視又は顕微鏡やデジタルマイクロスコープなどの機器を用いて、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて、野生型のイネの生育に適した条件下で変異があるEL5を発現する形質転換イネを培養して得られたイネ(以下、本発明の方法によって得られたイネともいう)と、同条件下で培養した野生型のイネ(以下、対照イネともいう)の側根の長さ若しくは側根の数又はその両方を測定することにより確認することができる。
【0054】
例えば、対照イネと比較して、所定の長さ、例えば、冠根から出根し、1cmの冠根当たり0.5mm以上の長さの側根の数が多いことを確認することによって、側根が発達したイネであることが確認できる。本発明の方法によって得られる側根が発達したイネは、体長が10〜15cmである場合に、1cmの冠根当たり0.5mm以上の長さの側根の数が、通常、対照イネと比較して、1.2倍、1.5倍、2倍、2.5倍、3倍、又は4倍以上である。
【0055】
本発明の方法によって得られた側根が発達したイネは、例えば、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む土壌を培地とした場合には、植え替えなどせずに、そのまま又は窒素源を加えて引き続き培養することができる。また、例えば、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含むMS培地などを用いて培養した場合には、側根が発達したイネは、イネ栽培用土壌に植え替えることが好ましい。この場合は、側根が発達したイネは、野生型のイネの栽培条件と比べて、窒素源を低下させた条件下で栽培することが期待できる。
【0056】
5.イネの側根を発達させる方法
上記の通り、変異があるEL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて、野生型のイネの生育に適した条件下で培養すれば、該形質転換イネの側根を野生型イネの側根よりも発達させることができる。本発明には、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて野生型のイネの生育に適した条件下で培養することを含む、イネの側根を発達させる方法も含まれる。
【0057】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【実施例】
【0058】
1.改変EL5遺伝子の作製
EL5タンパク質の162番目のバリン残基をアラニンに置換したEL5V162Aをコードする変異EL5遺伝子クローンを得るために、EL5遺伝子のcDNA(アクセッション番号:AB045120のうち、アミノ酸コード領域のcDNA)がクローン化されているpENTRベクター(Invitrogen社)を鋳型とし、Quickchange site-directed mutagenesis kit (Stratagene)を用いて、kitに付属のプロトコールに従ってPCRを行った。オリゴDNAプライマーとして、EL5V162A作製用には、5'-CCACGCCGAGTGCGCGGACATGTGGCTCG-3'(配列表の配列番号1)と5'-CGAGCCACATGTCCGCGCACTCGGCGTGG-3'(配列表の配列番号2)を用い、さらにEL5W165A作製用には、5'- CGTCGACATGGCGCTCGGCTCCCACTCC-3'(配列表の配列番号3)と5'- GGAGTGGGAGCCGAGCGCCATGTCGACG-3'(配列表の配列番号4)を用いた。各プライマーの下線部は、変異を導入した塩基を示す。得られたプラスミドのEL5遺伝子の部分をシークエンシングし、目的の部位に変異が導入されていること、および、それ以外の塩基配列には変異が入っていないことを確認し、pENTR-EL5V162AおよびpENTR-EL5W165A(図4を参照)を得た。
【0059】
2.植物導入用ベクターの構築
上記の通りに得られた変異EL5遺伝子をイネで発現させるために、カリフラワーモザイクウィルス(CaMV)の35Sプロモーターのエンハンサー領域を4反復させた人工プロモーターEN4(独立行政法人農業生物資源研究所 廣近洋彦博士より譲渡)の下流に連結させたバイナリーベクターpBI333-EN4-EL5V162AおよびpBI333-EN4-EL5W165A(図5を参照)を構築した。具体的には以下のように実施した。
【0060】
pBI333−EN4−RCG3(Nishizawa et al., Theor. Appl. Genet., 99, 383-390, 1999に記載の方法に従って調製したもの、図6を参照)は、バイナリーベクターpBI121(Clontech社、アクセッション番号:AF485783)のT−DNA領域内に、選抜マーカーカセットとして、CaMV 35Sプロモーター::ハイグロマイシンリン酸転移酵素(HPT)::CaMVターミネーターを持つ他に、上記EN4と、その下流に、RCG3(イネキチナーゼ遺伝子Cht−3;アクセッション番号:D16223)とノパリン合成酵素のターミネーター(NOS3’)を持つ。このpBI333−EN4−RCG3をSacIで開環後、T4 DNAポリメラーゼで平滑末端化し、続いてXbaIで切断することによってRCG3を除き、そこに先にクローン化したpENTR-EL5V162AまたはpENTR-EL5W165A由来のXbaI-EcoRV断片を連結し、pBI333-EN4-EL5V162AおよびpBI333-EN4-EL5W165Aを完成させた。
【0061】
EL5自身のプロモーターを使ってEL5W165Aを発現させるために、次の方法でEL5プロモーター(PEL5)をクローン化した。すなわち、イネ(品種:日本晴)のDNAを鋳型にして、5'-GCGGGCCCGCAAATAGGGTCTCTCGTTAGC-3'(配列表の配列番号5)と5'-CCTCTAGATGCATATGTGACCGCGCGCACT-3'(配列表の配列番号6)を用いてPCRし、続いてApaIとXbaIで切断後、pBlueScript SK(Stratagene社)のApaIとXbaI間に連結し、SK-PEL5を得た(図7を参照)。次に、SK-PEL5のPEL5を含むApaIからXbaIまでの断片を、先に作製したpBI333-EN4-EL5W165AをApaIとXbaIで切断して、EN4プロモーターを除いた断片と連結し、pBI333-PEL5-EL5W165Aを完成させた(図8を参照)。
【0062】
3.形質転換イネの作製
(1)アグロバクテリウムへの遺伝子導入法
Nagelらの方法(Microbiol. Lett., 67, 325, 1990を参照)にしたがってpBI333-EN4-EL5V162Aあるいは、pBI333-PEL5-EL5W165Aを、エレクトロポーレーション法によりAgrobacterium tumefacience(EHA105株)に導入した。その後、50μg/mLのカナマイシン及び50μg/mLのハイグロマイシンを含むLB培地上で28℃で2日間培養することによって形質転換アグロバクテリウムを得た。
【0063】
(2)イネへの遺伝子導入
イネの形質転換は、超迅速形質転換法(特許第3141084号公報、又は、Toki et al., Plant Journal, 47, 969-976, 2006を参照)に従って実施した。ただし、アグロバクテリウムの除菌にはメロペン(大日本住友製薬)を用いた。具体的には以下のようにして実施した。
【0064】
上記(1)で調製した形質転換されたアグロバクテリウムの懸濁液と、超迅速形質転換法にしたがって前培養したイネ(Oryza sativa 品種:日本晴)の種子を、2N6−AS培地(30g/L スクロース、10g/L グルコース、0.3g/L カザミノ酸、2mg/L 2,4−D、10mg/L アセトシリンゴン、4g/L ゲルライト、pH5.2)上で、暗黒下で3日間、28℃で共存培養した。その後、25mg/Lのメロペンを含有する滅菌水を用いて種子からアグロバクテリウムを洗浄後、種子を12.5mg/Lのメロペン及び選抜マーカーとして50mg/Lのハイグロマイシン、さらに4g/L ゲルライトを加えたN6培地(選抜培地)に置床して、28℃、暗所で約10日間培養し、ハイグロマイシン耐性細胞を増殖し、カルスを得た。
【0065】
選抜されたハイグロマイシン耐性カルスを再分化培地(6.25mg/L メロぺン及び50mg/L ハイグロマイシンを補充したMS培地:30g/L スクロース、30g/L ソルビトール、2g/L カザミノ酸、2mg/L カイネチン、0.002mg/L NAA、4g/L ゲルライト、pH5.8)に移植して、再分化するまで、28℃、明所で培養を続けた。
【0066】
再分化個体を、ホルモンフリー培地(6.25mg/L メロぺン及び25mg/L ハイグロマイシンを補充した、ホルモンを含まないMS培地)に置床した。約10日後、新しいホルモンフリー培地に1シュート毎に移植し、さらに約1週間後、形質転換植物が大きくなったところで無菌培養を終え、pBI333-PEL5-EL5W165A導入イネは3日間の馴化処理後、また、pBI333-EN4-EL5V162A導入イネは10日間の水道水での発根処理を経て、「呉羽粒状培土−D」(商品名;呉羽化学)を詰めたポットに移植し、温室内で生育させ、次世代の自殖種子(R1世代)を得た。
【0067】
4.無窒素条件下での発根テスト(結果は図2を参照)
EL5V162A遺伝子を発現するイネは、上記のホルモンフリー培地では発根が著しく阻害されるが、ホルモンフリー培地で培養を続けることによって、シュートを分げつさせ、増やすことが可能である。
【0068】
ホルモンフリー培地上で継代し、継代後3〜4週の3〜5cm長になったEL5V162A遺伝子導入イネ(EL5V162Aイネ)のシュートを用いた。対照として、非形質転換イネ(品種:日本晴)の籾を取り除き、50%次亜塩素酸で30分滅菌後、滅菌水で3〜5回洗浄した後、4倍希釈のMS寒天培地で7日間発芽させ、胚乳及び根を切除したイネを用いた。それぞれをマヨネーズ瓶に入れた100mlの水耕液(70μM CaCl2, 36μM FeSO4, 9μM MnSO4, 3μM ZnSO4, 0.2μM CuSO4, 4.5μM H3BO4, 0.05μM Na2MoO4, 7μM Na2HPO4, 16μM KCl, 150μM MgCl2, 3% Sucrose)に、プラスチック製の筏を使って1瓶あたり12シュートずつ植え、約3キロルックスの白色光照射下で無菌的に10日間培養した後(28℃)、発根した冠根の長さ、及び冠根の単位長さあたりの側根数を測定した。
【0069】
その結果、冠根表面から出根した全ての側根数は、対照イネでは3.95±0.33本/cmであったのに対して、EL5V162Aイネでは16.35±1.11本/cmと約4倍の側根数の増加が見られた。冠根長は対照イネで1.94±0.73cm、EL5V162Aイネで2.23±1.11cmと有意差はなかった。
【0070】
5.各種窒素濃度下における発根テスト(結果は図3を参照)
ホルモンフリー培地上で継代し、継代後3〜4週の3〜5cm長になったEL5V162A遺伝子導入イネ(EL5V162Aイネ)のシュートを用いた。対照として、非形質転換イネ(品種:日本晴)の籾を取り除き、50%次亜塩素酸で30分滅菌後、滅菌水で3〜5回洗浄した後、4倍希釈のMS寒天培地で7日間発芽させ、胚乳及び根を切除したイネを用いた。それぞれをマヨネーズ瓶に入れた100mlの水耕液(70μM CaCl2, 36μM FeSO4, 9μM MnSO4, 3μM ZnSO4, 0.2μM CuSO4, 4.5μM H3BO4, 0.05μM Na2MoO4, 7μM Na2HPO4, 16μM KCl, 150μM MgCl2, 3% Sucrose, 10 mM MES (pH5.8)および各種濃度の窒素源を添加したもの)に、プラスチック製の筏を使って1瓶当たり12シュートずつ植え、約3キロルックスの白色光照射下で無菌的に10日間、28℃で培養し、根元1cmおよび根端1cmにおける約0.5mm以上の側根数を、対照イネと比較することにより側根形成度を記述した。各試験区の窒素源は以下の濃度で加えた。
硫酸アンモニウム(最終濃度;0.2mM、2mM、5mM、10mM)
硝酸カリウム(最終濃度;0.01mM、0.05mM、0.1mM、1mM、10mM)
【0071】
水耕液調製法は以下の通りである。終濃度70μM CaCl2, 36μM FeSO4, 9μM MnSO4, 3μM ZnSO4, 0.2μM CuSO4, 4.5μM H3BO4, 0.05μM Na2MoO4, 7μM Na2HPO4, 16μM KCl, 150μM MgCl2, 3% Sucroseになるように調製した溶液をオートクレーブ後、ファイルター滅菌した1M MES(pH5.8)を1/100容添加した。これを窒素無添加水耕液とし、さらに、オートクレーブした硫酸アンモニウムあるいは硝酸カリウム溶液を上記の終濃度になるように添加した。
【0072】
その結果、各窒素濃度試験区の対照イネに対して、EL5V162Aイネは、1mM以下の硝酸カリウム又は5mM以下の硫酸アンモニウムの存在下では、多くの側根を形成した。
【0073】
6.EL5W165A導入イネの発根テスト(結果は図9を参照)
隔離温室で栽培したpBI333-PEL5-EL5W165Aで形質転換したイネの自殖次世代種子の玄米を50%次亜塩素酸で30分滅菌し、滅菌水で3〜5回洗浄した後、15mg/Lのハイグロマイシンを含む、終濃度70μM CaCl2, 36μM FeSO4, 9μM MnSO4, 3μM ZnSO4, 0.2μM CuSO4, 4.5μM H3BO4, 0.05μM Na2MoO4, 7μM Na2HPO4, 16μM KCl, 150μM MgCl2, 10 mM MES (pH5.8)、1.5%寒天培地に置床し、明下、28度で10日間培養した。対照として、非形質転換イネ(品種:日本晴)の玄米を、50%次亜塩素酸で30分滅菌し、滅菌水で3〜5回洗浄した後、終濃度70μM CaCl2, 36μM FeSO4, 9μM MnSO4, 3μM ZnSO4, 0.2μM CuSO4, 4.5μM H3BO4, 0.05μM Na2MoO4, 7μM Na2HPO4, 16μM KCl, 150μM MgCl2, 10 mM MES (pH5.8)、1.5%寒天培地に置床し、明下、28℃で10日間培養した。
【0074】
ハイグロマイシン耐性のpBI333-PEL5-EL5W165A導入イネ、および対照イネの胚乳と根を切除後、それぞれをマヨネーズ瓶に入れた100mlの水耕液(70μM CaCl2, 36μM FeSO4, 9μM MnSO4, 3μM ZnSO4, 0.2μM CuSO4, 4.5μM H3BO4, 0.05μM Na2MoO4, 7μM Na2HPO4, 16μM KCl, 150μM MgCl2, 3% Sucrose, 10 mM MES (pH5.8))に、プラスチック製の筏を使って1瓶当たり12シュートずつ植え、約3キロルックスの白色光照射下で無菌的に10日間、28℃で培養し、側根形成を観察した。その結果、対照イネに対して、PEL5-EL5W165Aイネは、より多くの側根を形成した。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の側根が発達したイネを製造する方法やイネの側根を発達させる方法は、例えば、農業及びイネの根を利用したバイオマス生産分野において利用できる。本発明によれば、土壌中の窒素量を減らして側根が発達したイネを製造し、かつこのイネを引き続き低窒素条件下で生育させることが期待されるために、窒素肥料の使用を抑えた低コスト・低環境負荷の農業が可能になると期待できる。また、従来技術と異なり、本発明により製造されたイネは、発根剤処理が不要なために、イネの根を培養して物質を生産させる際のコスト削減効果が見込める。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異があるEL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて野生型のイネの生育に適した条件下で培養して、該条件下で培養した野生型のイネより側根が長い及び/又は側根の数が多いイネを得ることを含む、側根が発達したイネを製造する方法。
【請求項2】
変異があるEL5を発現する形質転換イネを、窒素源として1mM未満の硝酸塩又は10mM未満のアンモニウム塩を含む培地を用いて野生型のイネの生育に適した条件下で培養することを含む、イネの側根を発達させる方法。
【請求項3】
前記変異があるEL5が、EL5のドメインIVに変異があるEL5である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記ドメインIVに変異があるEL5が、ドメインIVのアミノ酸配列において1から複数個のアミノ酸の欠失、置換、逆位、付加及び挿入からなる群から選ばれる少なくとも1種の変異があるEL5である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記ドメインIVに変異があるEL5が、EL5のアミノ酸配列における、第162位のバリン、第138位のロイシン、第165位のトリプトファン、及び第153位のシステインからなる群から選ばれる少なくとも1個のアミノ酸残基が野生型とは異なるアミノ酸残基へ置換されたEL5である、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記ドメインIVに変異があるEL5が、EL5のアミノ酸配列における第162位のバリンがアラニンへ置換されたEL5である、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
前記形質転換イネが、変異があるEL5をコードする遺伝子をEL5遺伝子プロモーター、カリフラワーモザイクウイルス由来35Sプロモーター、及びトウモロコシ由来ユビキチンプロモーターからなる群から選ばれる少なくとも1種のプロモーターの制御下に含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記硝酸塩が、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム及び亜硝酸ナトリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の硝酸塩である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記アンモニウム塩が、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム及び酢酸アンモニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種のアンモニウム塩である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記培養が、5〜10日間実施される、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−207095(P2010−207095A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−53434(P2009−53434)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度農林水産省「新農業展開ゲノムプロジェクト」(イネの質的形質遺伝子の単離と機能解析)に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】