説明

イネ科植物の子実の生産能力を向上させる方法、および子実の生産能力が向上したイネ科植物

【課題】本発明は、イネ科植物の子実の生産能力を向上させるべく、トウモロコシをはじめとするイネ科植物において、雌穂のシンク能の向上させる方法を提供する。また、子実の生産能力が向上したトウモロコシ等のイネ科植物を提供する。
【解決手段】本発明に係る方法は、下記の(1)〜(4)の工程のうち少なくとも一つ以上の工程を含む:(1)イネ科植物におけるインベルターゼ活性を向上させる工程;(2)イネ科植物の細胞壁合成を植物ホルモン添加により向上させる工程;(3)イネ科植物の細胞壁合成と栽培環境の最適化に関する工程;(4)イネ科植物におけるADPグルコース ピロホスホリラーゼ活性を向上させる工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ科植物、例えばトウモロコシの子実の生産能力を増加させる方法、および子実の生産能力が向上したイネ科植物に関する。
【背景技術】
【0002】
オオムギ、コムギ、イネ、トウモロコシなどのイネ科植物は、食用作物として極めて重要であり、世界各国において古くから栽培されている。また昨今、トウモロコシなどは、バイオエタノールの原料として注目されており、化石燃料の代替エネルギーの源としても注目され、その需要が増大している。よって、トウモロコシをはじめとするイネ科植物の子実の収穫量を増加させることは、長年の課題であり、各所において検討されてきた。
【0003】
例えば、特許文献1では、イネ科植物の収量を増大させることを目的とするイネ科植物の種子の処理方法が開示されている。上記方法は、トウモロコシをはじめとするイネ科植物の種子を電場および磁場に暴露させる工程を含む方法である。また特許文献2では、遺伝子工学的な手法を用いた植物の収量を増大させる方法が開示されている。
【0004】
発明者もこれまでにトウモロコシの子実の生産能力を向上させるべく研究を行ってきた。その結果、トウモロコシの子実の生産能力を向上させるためには、雌穂のシンク能、および雌穂に近接した葉のソース能の双方の能力の強化が重要であることを指摘した。そして、トウモロコシを用いた実験において、子実を包む苞葉の葉面積の拡大によってソース能の強化を図り、子実の生産能力が高めることに成功した(非特許文献1参照)。苞葉の葉面積は、植物個体全体の15−20%と小さいにも関わらず、植物個体における45−80%もの子実生産を担っている。この要因は苞葉と子実との間は距離的に近く、光合成産物の転流率が高いためであると、本発明者は推察した。また発明者は、トウモロコシの子実肥大は主稈葉(雌穂葉、その上下1枚の葉の合計3葉)および雌穂を包む苞葉(これらをソース)の光合成に依存し、これらの器官と雌穂(シンク)間では密接な光合成産物の授受が行われ、ソース−シンク単位を形成しており、この単位のソースおよびシンクの双方の能力の向上によってトウモロコシの収量の増大を図り得ることの可能性について指摘した。
【0005】
さらに発明者は苞葉の葉面積の拡大を図るべく、その生理生態学および遺伝学的特性について調査し、苞葉葉面積の拡大にはヘミセルロースおよびその構成糖類、特にキシロースの供給が重要であることを指摘した(非特許文献2参照)。
【0006】
なお、トウモロコシをはじめとする植物の子実の収量の増大には、シンク能の強化の重要性がこれまでに指摘されている(例えば非特許文献3および4参照)。
【特許文献1】特開2000−184806号公報(公開日:平成12年7月4日(2000.7.4))
【特許文献2】特表2004−531252号公報(公表日:平成16年10月14日(2004.10.14)
【非特許文献1】Okihiro Sawada, Junki Ito, and Kounosuke Fujita, Characteristics of photosynthesis and translocation of 13C-labelled photosynthate in husk leaves of sweet corn, Crop Science, 1995・33・2, 480 - 485
【非特許文献2】Y. Fujikawa, N. Sakurai, S. Sendo, T. Oka, H. Yamana, K.G. Ofosu-Budu, H. El-Shemy, and K. Fujita, Sugar metabolism in expanding husk leaves of flint corn (Zea mays L.) genotypes differing in husk leaf size, Journal of Agricultural Science, 2002・139, 37-45
【非特許文献3】田中 明、藤田 耕之輔、「トウモロコシの栄養生理学的研究(第7報) 乾物生産におけるSourceとSinkの相対的意義の解析」、日本土壌肥料学会誌, 42, No.4(1972)
【非特許文献4】宮地重遠編、朝倉書店、「光合成II 植物個体の太陽エネルギー利用」(1981)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、植物のシンク能を増大させるための具体的手法について確立されておらず、トウモロコシをはじめとするイネ科植物のシンク能の向上に成功した例は未だに知られていない。
【0008】
そこで本発明は、イネ科植物の子実の生産能力を向上させるべく、トウモロコシをはじめとするイネ科植物において、雌穂のシンク能の向上させる方法を確立することを目的とした。そして、上記方法によって得られ、子実の生産能力が向上したトウモロコシ等のイネ科植物を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、(i)子実生産力は、子実のサイズおよび粒数の積であり、これらの増大はデンプン合成のカギ酵素(ADPグルコース ピロホスホリラーゼ)の活性に支配されるという仮説、(ii)子実が着生する穂軸のサイズが拡大すれば子実生産能力が向上するという仮説を独自に立てて鋭意検討を行ったところ、上記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち本発明に係る方法は、イネ科植物のシンク能を向上させるシンク能向上工程を含み、
当該シンク能向上工程は、下記の(工程1)および(工程2)の工程のうち少なくとも一つ以上の工程を含む、イネ科植物の子実の生産能力を向上させる方法に関する。
(工程1)雌穂の穂軸のサイズを拡大させる工程;
(工程2)子実のサイズを拡大させる工程。
【0011】
また本発明に係る方法は、上記工程1は、下記の(1)〜(3)の工程のうち少なくとも一つ以上の工程を含む、請求項1に記載の方法であってもよい。
(1)イネ科植物におけるインベルターゼ活性を向上させる工程;
(2)イネ科植物の細胞壁合成を植物ホルモンの添加により向上させる工程;および
(3)イネ科植物の細胞壁合成と栽培環境の最適化に関する工程。
【0012】
また本発明に係る方法は、上記工程2が下記(4)の工程からなる方法であってもよい。
(4)イネ科植物におけるADPグルコース ピロホスホリラーゼ活性を向上させる工程。
【0013】
また本発明に係る方法においては、上記イネ科植物がソース能が向上した植物であってもよい。
【0014】
また上記ソース能が向上した植物は、その苞葉の平均面積が野生株に対して大きくなっている植物であってもよい。
【0015】
また上記イネ科植物は、トウモロコシであってもよい。
【0016】
また本発明は、上記本発明に係る方法によって得られ、かつ子実の生産能力が向上したイネ科植物に係る発明をも包含する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る方法によれば、これまで取得することができなかった、シンク能が向上したトウモロコシ等のイネ科植物を取得することが可能となる。よって、本発明によれば、トウモロコシをはじめとするイネ科植物の子実の収量を増大することができるという効果を享受できる。また、従来公知のソース能が向上した植物に、本発明の方法を適用することによって、イネ科植物の子実の収量をさらに増大することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りである。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、記述した範囲内で種々の変形を加えた態様で実施できるものである。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0019】
本発明に係る方法はイネ科植物の子実の生産能力を向上させる方法であり、特にイネ科植物のシンク能を向上させるシンク能向上工程を含む方法である。本発明に係る方法は、オオムギ、コムギ、イネ、トウモロコシ、ソルガムなどイネ科植物全般において適用可能である。特にバイオエタノールの需要が拡大している事に鑑みれば、トウモロコシに本発明に係る方法を適用することが好ましい。
【0020】
ここで本発明に係る方法における当該シンク能向上工程は、下記の(工程1)および(工程2)の工程のうち少なくとも一つ以上の工程を含む。
(工程1)雌穂の穂軸のサイズを拡大させる工程;
(工程2)子実のサイズを拡大させる工程。
【0021】
上記「シンク能」とは子実における糖およびデンプンを貯蔵する能力を意味する。換言すれば、光合成によって生産された糖が子実に移動して貯蔵される際の、その貯蔵される場所の貯蔵能力(キャパシティー)のことを意味する。つまりシンク能を向上させるためには、子実の数を増加させる、および/または子実のサイズを拡大させることが必要となる。
【0022】
子実の数を増加させる方法としては、子実が着生する雌穂の穂軸のサイズを拡大させる、すなわち上記(工程1)が挙げられる。ここで、「雌穂の穂軸のサイズを拡大させる」とは雌穂の穂軸のサイズを、野生株のそれに比して拡大させることを意味する。雌穂の穂軸が野生株のそれに比して拡大したかどうかは、被検体および野生株の雌穂の穂軸のサイズを測りそれらを比較すればよい。雌穂の穂軸のサイズとは、穂軸の表面積を意味し、穂軸の長径および短径を測定することによって求めることができる。
【0023】
工程1の具体的方法については特に限定されるものではないが、例えば、下記の(1)〜(3)の工程のうち少なくとも一つ以上の工程によって工程1が実現され得る。
(1)イネ科植物におけるインベルターゼ活性を向上させる工程;
(2)イネ科植物の細胞壁合成を植物ホルモン添加により向上させる工程;および
(3)イネ科植物の細胞壁合成と栽培環境の最適化に関する工程。
【0024】
上記(1)の工程を実施する方法は特に限定されるものではないが、例えば、公知のインベルターゼ遺伝子を、公知の遺伝子工学的手法を用いてイネ科植物に導入し、インベルターゼ活性を向上させる方法が挙げられる。より具体的には、公知のインベルターゼ遺伝子を、例えばアグロバクテリウムまたはパーティクルガンを用いる方法を挙げることができる。例えば、雑誌The Plant Journal(1997) 11(6),1369-1376 には、Sonia Tingay等により、Agrobacterium tumefaciens を用いてオオムギを形質転換する方法が開示されており、この方法を利用して形質転換植物を作出することが可能である。導入されるインベルターゼ遺伝子は、植物において機能するプロモーターの支配下に連結した遺伝子構築物としてイネ科植物に導入されてもよいし、インベルターゼ遺伝子そのものがイネ科植物に導入されてもよい。また、変異処理(X線照射、イオンビーム照射、変異剤処理)や交雑育種によって、イネ科植物のインベルターゼ活性を向上させてもよい。変異処理や交雑育種の具体的手法については、公知の手法を適宜採用すればよい。
【0025】
上記(2)の工程において使用する植物ホルモンは、雌穂の穂軸を拡大させ得る植物ホルモンであれば特に限定されるものではなく、自体公知の植物ホルモンを選抜の上、適宜利用すればよい。植物ホルモンとしては、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、ブラシノステロイドが利用可能であるが、特にサイトカイニンであるゼアチン、ゼアチンリボサイド、ベンジルアミノプリンなどが好ましく利用可能である。また植物ホルモンに加え、または植物ホルモンに替えて万田酵素(万田株式会社製)を利用してもよい。また(2)の工程においては、上記植物ホルモンを複数種併用してもよい。
【0026】
上記(3)の工程において使用する光合成産物としては、光合成によって生産され、雌穂の穂軸を拡大させ得る物質であれば特に限定されるものではない。光合成産物としては、例えば、スクロース、グルコース、フルクトースが利用可能であるが、特にスクロースが好ましく利用可能である。また(3)の工程においては、光合成産物は単一の物質である必要は無く、混合物であってもよい。さらに植物から採取された光合成産物の粗製物であってもよい。
【0027】
上記(2)および(3)の工程において、「イネ科植物の細胞壁合成における栽培環境の最適化および植物ホルモンの添加」の具体的な方法については、最適な栽培環境下において植物ホルモンがイネ科植物に吸収され結果的に雌穂の穂軸が拡大させ得る方法であれば特に限定されない。よって、植物ホルモンを含む溶液を植物に散布する方法であっても、栽培土壌中に植物ホルモンを散布する方法であってもよい。また添加される植物ホルモンの量は、適宜最適な濃度を検討の上、決定すればよい。
【0028】
また本発明に係る方法に含まれる上記工程2の具体的方法については特に限定されるものではないが、例えば、下記の(4)の工程によって工程2が実現され得る:(4)イネ科植物におけるADPグルコース ピロホスホリラーゼ活性を向上させる工程。
【0029】
上記(4)の工程を実施する方法は特に限定されるものではないが、例えば、公知のADPグルコース ピロホスホリラーゼ遺伝子を、公知の遺伝子工学的手法を用いてイネ科植物に導入し、ADPグルコース ピロホスホリラーゼ活性を向上させる方法が挙げられる。遺伝子の導入方法については、インベルターゼ遺伝子の場合と同様にすればよい。また、変異処理(X線照射、イオンビーム照射、変異剤処理)や交雑育種によって、イネ科植物のADPグルコース ピロホスホリラーゼ活性を向上させてもよい。変異処理や交雑育種の具体的手法については、公知の手法を適宜採用すればよい。
【0030】
子実のサイズが拡大されたかどうかは、被検体および野生株の複数個の子実の重量を測りそれらを比較すればよい。例えば、被検体と野生株とにおいて、子実の千粒重を比較する方法が挙げられる。
【0031】
また本発明に係る方法は、ソース能が向上したイネ科植物に対して適用されることが好ましい。さらに子実のシンクの拡大したイネ科植物においてさらに子実の生産能が向上するからである。ここで「ソース能」とは、葉の光合成で糖を作る能力のことを意味する。ソース能が向上した植物とは、葉の光合成で糖を作る能力が野生株のそれに比して向上している植物であれば特に限定されるものではないが、例えば、その苞葉の平均面積が野生株に対して大きくなっている植物であってもよい。その苞葉の平均面積が野生株に対して大きくなっているかどうかについては、被検体および野生株において苞葉の平均面積を比較すればよい。苞葉の平均面積は、複数枚の苞葉の面積を求め、平均値を算出すればよい。ソース能が向上したトウモロコシについては、非特許文献1に記載されている。
【0032】
さらに、イネ科植物の栽培環境(気温、日長)をコントロールすることによって、イネ科植物の子実の生産能力をさらに向上させることが可能である。
【0033】
また本発明は、上記本発明に係る方法によって得られ、かつ子実の生産能力が向上したイネ科植物に係る発明をも包含する。子実の生産能力が向上したかどうかは、1株あたりの子実の収穫量(重量)を、被検体と野生株とで比較すればよい。本発明によって生産されるイネ科植物は、トウモロコシの場合、子実の収穫量が野生株に比して30%以上向上する(好ましくは50%以上向上する)。
【産業上の利用可能性】
【0034】
以上のように、本発明によればトウモロコシをはじめとするイネ科植物の子実の生産能力を向上させることができる。イネ科植物は食用作物としての需要は高いため、本発明は食品産業・農業において有用である。
【0035】
特にトウモロコシはバイオエタノールの原料として注目されているため、本発明はエネルギー産業においても有用である。またトウモロコシの穂軸はフルフラールなど易分解性プラスチックの原料となる。よって、異分解性プラスチックを用いる産業全般において、本発明は有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ科植物のシンク能を向上させるシンク能向上工程を含み、
当該シンク能向上工程は、下記の(工程1)および(工程2)の工程のうち少なくとも一つ以上の工程を含む、イネ科植物の子実の生産能力を向上させる方法:
(工程1)雌穂の穂軸のサイズを拡大させる工程;
(工程2)子実のサイズを拡大させる工程。
【請求項2】
上記工程1は、下記の(1)〜(3)の工程のうち少なくとも一つ以上の工程を含む、請求項1に記載の方法:
(1)イネ科植物におけるインベルターゼ活性を向上させる工程;
(2)イネ科植物の細胞壁合成を植物ホルモン添加により向上させる工程;および
(3)イネ科植物の細胞壁合成と栽培環境の最適化に関する工程。
【請求項3】
上記工程2は、下記(4)の工程からなる、請求項1に記載の方法:
(4)イネ科植物におけるADPグルコース ピロホスホリラーゼ活性を向上させる工程。
【請求項4】
上記イネ科植物はソース能が向上した植物である、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
上記ソース能が向上した植物は、その苞葉の個体平均葉面積が野生株に対して大きくなっている植物である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
上記イネ科植物はトウモロコシである、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の方法によって得られ、かつ子実の生産能力が向上したイネ科植物。

【公開番号】特開2009−5646(P2009−5646A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−171549(P2007−171549)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】