説明

イネ科植物病害を防除するための生物資材または防除剤の製造方法

【課題】イネ科植物病害の防除において、耐性菌出現の恐れのない、環境に対してより安全性の高い安定した防除技術を確立することを課題とする。
【解決手段】イネ科植物の防除能を有する微生物を有効成分として用いる防除剤、生物資材、防除方法、防除剤および生物資材の製造方法の提供に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ科植物病害に対し、防除能を有する微生物、これを有効成分として用いる防除剤、防除方法および生物資材に関する。また、これらのイネ科植物病害防除剤または生物資材の製造方法に関し、防除能を有する糸状菌を土壌中で増殖させることにより調製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イネ科植物病害のうちでも、イネ科植物育苗中に発生する病害としては、糸状菌によって起こるイネばか苗病、ごま葉枯病、いもち病など、また細菌によって起こるイネもみ枯細菌病、苗立枯細菌病、褐条病など細菌病が挙げられる。これら病害の防除には種子消毒剤、土壌混和剤、土壌潅注剤、緑化後の茎葉散布剤などが有効であるとされ、化学薬剤を単独あるいは数種組み合わせて使用されている。化学農薬としては、例えば、糸状菌による病害に対しては、EBI剤、細菌による病害に対してはオキソリニック酸剤や水酸化第二銅剤などが使用されている。しかし、一部の糸状菌や細菌にはこれら薬剤に対する感受性の低下した耐性菌の出現により安定した効果が期待できないという問題も生じている。
また、化学農薬は使用済み廃液の処理が必要となっており、これにかかる作業者の負担、およびコストが問題となっている。
【0003】
このようなことから、近年、化学農薬からより環境への負荷が低いと想定される微生物を利用した生物防除の研究が進み、一部は、微生物農薬として実用化されるに至っている。上述のイネ種子伝染性病害の防除においても、イネもみ枯細菌病に有効な非病原性のシュードモナス・グルメが特許文献1に、病原性を欠失したエルビニア・カルトボーラーがイネ苗立枯細菌病の防除に有効なことが特許文献2に開示されている。また、イネもみ枯細菌病、苗立枯細菌病、イネばか苗病に有効なシュードモナス属菌が特許文献3に、イネもみ枯細菌病、苗立枯細菌病に有効なシュードモナス・オーレオファシエンスが非特許文献1に記載されている。
【0004】
一方、糸状菌性病害であるイネばか苗病、いもち病などに有効なトリコデルマ属に属する微生物が特許文献4に、また、細菌性病害である苗立枯細菌病に有効なトリコデルマ属に属する微生物が特許文献5に開示されている。
【0005】
また、イネ科植物育苗中に発生する病害に有効な糸状菌としてペニシリウム(Penicillium)属に属する糸状菌、およびこの完全世代であるタラロミセス(Talaromyces)属、ユウペニシリウム(Eupenicillium)属に属する微生物が特許文献6に、イネに病原性を有しないフザリウム属に属する微生物が特許文献7,8にぞれぞれ挙げられている。
【0006】
しかし、一般に微生物を利用した生物防除が具体化する中で、低投下量で有効、かつ、環境に対する負荷の軽い防除剤が望まれているが、これらの微生物を利用した生物農薬に化学農薬に匹敵するような糸状菌性病害から細菌性病害までを防除し、安定した効果を有するような微生物農薬はまだ得られていなかった。
【0007】
また、これらの病害防除に有効な微生物農薬等の防除剤や生物資材の製造方法としては、固体培養や液体培養を用いた製造方法が考案されているが、培養装置、無菌管理や培養条件管理をする必要があり、培養コストも割高になるという問題がある。また、製造された生物資材についても、低温管理の必要性や効果の持続性、使用方法の困難さ、廃液処理等の問題があり、未だ十分満足できるものではなかった。
【0008】
なお、特許文献9には、植物内生型相利共生細菌であるシュードモナス ・フルオレッセンスFPT-9601菌株とシュードモナス 属FPH-9601菌株を含有する育苗培土を用いた農作物及び花卉の土壌病害と耐病性苗の育苗方法について記述されている。すなわち、特許文献9の育苗培土では焼成培土に菌体懸濁液を20〜30%もの割合で添加しており、水分量が糸状菌を対象とするものに比べ多く、また細菌を対象とすることから土壌pHも中性付近にする必要がある。このように、特許文献9は細菌を対象としており、防除能を有する糸状菌を土壌中で増殖させることにより得られるイネ育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害に有効な生物資材、あるいは防除剤およびその製造方法に関する具体的な開示はない。特許文献10には、イチゴ炭そ菌に対して拮抗作用を有するタラロマイセス・フラバスが記載されている。
【特許文献1】特開平4−295407号公報
【特許文献2】特開平6−87716号公報
【特許文献3】特開平9−124427号公報
【特許文献4】特開平11−225745号公報
【特許文献5】特開平11−253151号公報
【特許文献6】特願2003−369280号明細書
【特許文献7】特開平5−65209号公報
【特許文献8】特開平11−89562号公報
【特許文献9】特開平9−308372号公報
【特許文献10】特開平10−229872号公報
【非特許文献1】「平成11年度生物農薬連絡試験成績」(日本植物防疫協会、平成12年1月)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、上述のような現状に鑑み、イネ科植物病害の防除において、耐性菌出現のおそれの少ない、環境に対してより安全性の高い安定した防除技術の確立を課題として鋭意研究した結果、イネ科植物病害に対して防除能を有する特定の糸状菌を見出し本発明に到った。
さらに、本発明者らは、イネ科植物病害に対する防除能を有する糸状菌を土壌中で増殖させることにより簡便にイネ科植物病害に有効な生物資材、あるいは防除剤を製造できることを見出し本発明に到った。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、前記課題を解決するためのものであって、イネ科植物病害に対して防除能を有する、Penicillium 属およびその完全世代であるTalaromyces 属、Eupenicillium属に属し、イネ科植物病害に有効な糸状菌に関する。
また、本発明は、前記防除能を有する糸状菌を土壌中で増殖させることにより調整される生物資材または防除剤およびその製造方法に関する。
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(1)イネ科植物病害を防除するための生物資材または防除剤の製造方法であって、
イネ科植物病害に対する防除能を有する微生物を土壌中で増殖させることにより調製することを特徴とする、
生物資材または防除剤の製造方法。
(2)増殖させる土壌が、加熱処理後の土壌である上記(1)に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(3)増殖させる土壌が、pH6以下の土壌である上記(1)または(2)に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(4)増殖させる土壌が、土壌水分10%以上20%未満の土壌である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5)増殖させる土壌が、イネ科植物用育苗培土である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(6)増殖させる微生物が、ペニシリウム(Penicillium)属、またはその完全世代であるタラロミセス(Talaromyces)属、ユウペニシリウム(Eupenicillium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、グリオクラディウム(Glyocladium)属、フザリウム(Fusarium)属に属する一種または複数の種である、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(7)増殖させる微生物がPenicilluim sp. B-453株(FERM BP-08517)である上記(6)に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(8)増殖させる微生物がPenicillium(完全世代がTalaromyces)sp. B-422株(FERMBP-08516)である上記(6)に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(9)増殖させる微生物がEupenicilluim reticulisporum B-408株(FERM BP-08515)である上記(6)に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(10)イネ科植物病害に対する防除が、イネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害の両方に対する防除である上記(1)〜(9)のいずれかに記載の生物資材または防除剤の製造方法。
(11)Penicillium 属またはその完全世代であるTalaromyces属、Eupenicillium属に属し、イネ科植物伝染性病害に対して防除能を有する糸状菌。
(12)糸状菌が、Penicillium verruculosumである上記(11)に記載の糸状菌。
(13)糸状菌が、Penicillium aculeatumである上記(11)に記載の糸状菌。
(14)糸状菌が、Eupenicillium reticulisporumである上記(11)に記載の糸状菌。
(15)Penicillium sp.B-453 株(FERM BP-08517)。
(16)Penicillium(完全世代がTalaromyces)sp.B-422株(FERM BP-08516)。
(17)Eupenicillium reticulisporumB-408株(FERM BP-08515)。
(18)上記(11)〜(17)のいずれかに記載の糸状菌のうち少なくとも1菌株を有効成分とするイネ科植物病害防除剤。
(19)防除剤が、イネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害の両方に対して防除能を有する上記(18)に記載のイネ科植物病害防除剤。
(20)上記(18)または(19)に記載のイネ科植物病害防除剤を使用したイネ科植物病害防除方法。
(21)上記(18)または(19)に記載のイネ科植物病害防除剤により処理した生物資材。
(22)生物資材が、イネ科植物用育苗培養土である上記(21)に記載の生物資材。
(23)上記(18)または(19)に記載の防除剤により処理された植物種子。
【発明の効果】
【0011】
(1)本発明によれば、イネ科種子伝染性細菌病、糸状菌性病害に対して、化学農薬と同等の安定的した高い防除効果を有しながら、環境や人畜に安全で防除効果の高い生物資材または防除剤を提供できる。このことは、イネにおける病害の発生により、農家が受ける経済的損失を軽減し、さらに、減農薬有機栽培の実現に貢献をすることができる。また、薬剤耐性菌への有効性も期待できる。
(2)本発明の生物資材または防除剤を用いれば、種子消毒剤処理作業、廃液処理作業、土壌処理剤処理作業を省略することも可能となり、作業工程や生産コスト低減に貢献できる。
(3)本発明の糸状菌を土壌に添加する製造方法によれば、当該菌の生育温度に保持すれだけで増殖可能であり、特別な培養装置も必要なく保存安定性も良好である。また、通常の育苗培土と同様に扱うことができるため、使用方法が簡便であり、環境中へ化学物質の放出を減少させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の防除剤は、イネの育苗時に発生する糸状菌性病害、細菌性病害、イネ科種子伝染性病害に対して有効であり、特にイネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害の両方に対して効果を示すことが特徴である。本発明の防除対象とする植物病害は、例えば、イネ科植物に発生する病害であり、イネ苗立枯細菌病(Burkholderia plantarii)、イネもみ枯細菌病(Burkholderia glumae)、イネ褐条病(Acidodovorax avenae)、イネ内頴褐変病(Erwinia herboicola )、イネ葉鞘褐変病(Pseudomonas fuscovaginae)
、およびイネ白葉枯病(Xanthomonas campestris pv. oryzae)、また、イネいもち病(Pyricularia oryzae)、イネばか苗病(Gibberella fujikuroi)、イネごま葉枯病等(Cochliobolus miyabeanus)、イネ苗立枯病(Trichoderma viridea)、イネ苗立枯病(Rhizopus属)を例示することができるが、これらに限定されるものではない。
【0013】
本発明のイネ科植物病害に対する防除能を有する微生物としては、上記の病害に対して有効に作用する微生物をいい、拮抗糸状菌が相当する。
上記糸状菌としては、ペニシリウム(Penicillium)属に属する糸状菌、およびこの完全世代であるタラロミセス(Talaromyces)属、ユウペニシリウム(Eupenicillium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、グリオクラディウム(Glyocladium)属、フザリウム(Fusarium)属に属する糸状菌が挙げられる。このうちでも、ペニシリウム(Penicillium)属に属する糸状菌、この完全世代であるタラロミセス(Talaromyces)属、およびユウペニシリウム(Eupenicillium)属に属する糸状菌が好ましい。
【0014】
ペニシリウム(Penicillium)属に属する糸状菌として、好ましくはペニシリウム ベルクロサム(Penicillium verruculosum)、ペニシリウム アクレアタム(Penicillium aculeatum)、より好ましくはペニシリウムエスピーB-453(Penicillium sp.B-453 、FERM BP-08517)が例示される。この菌は独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM BP-08517として寄託されている。
【0015】
また、ユウペニシリウム(Eupenicillium)属に属する糸状菌として、好ましくはユウペニシリウム レティクリスポラムB-408(Eupenicillium reticulisporum B-408,FERM BP-08515)が例示される。この菌は独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM BP-08515として寄託されている。
【0016】
また、タラロミセス(Talaromyces)属に属する糸状菌として、好ましくはタラロミセスエスピーB-422(FERM BP-08516)が例示される。この菌は独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM BP-08516として寄託されている。
【0017】
例えば、タラロミセスエスピーB-422は、イネの苗から分離されたものであるが、PDA培地でよく生育し、Penicillium属様の分生胞子と裸子嚢殻を形成し、分生胞子は1細胞性で短楕円形、連鎖状に形成する。子嚢胞子は楕円形で表面は粗面から刺状である。
【0018】
ユウペニシリウム レティクリスポラムB-408も同じくイネの苗から分離したものであり、PDA培地でよく生育し、Penicillium属様の分生胞子を形成し、分生胞子は1細胞性で球形および亜球形、連鎖状に形成する。
【0019】
ペニシリウムエスピーB-453も同じくイネの苗から分離したものであり、PDA培地でよく生育し、Penicillium属様の分生胞子を形成し、分生胞子は1細胞性で球形および亜球形、連鎖状に形成する。
【0020】
これらの微生物は培地上での性質、形態的性質、生理学的性質がそれぞれ同種の菌と同様の性質を示したため上記の通り同定されたものであり、後述するようにイネ科植物育苗時に発生する糸状菌性または細菌性病害に対して非常に優れた防除能を有している。
また、これらの微生物は、ふすまなどの資材での培養、固体培地での静置培養、液体培養等の公知の手段で増殖させたものを用いればよく、特に培地の種類、培養条件などに制限されるものではない。
【0021】
本発明においては、上記の糸状菌の使用量は製剤の剤型、適用方法、適用作物や場所、適用すべき病害の種類などに応じて適宜選定されるが、糸状菌の胞子濃度が1×102〜1011cells/ml程度、好ましくは1×104〜108cells/mlの範囲で使用するのが望ましい。
【0022】
本発明のイネ科植物病害防除剤は、これら微生物の培養液あるいは懸濁液をそのまま用いてもよく、あるいは微生物を例えば固体または液体の担体と混合し、必要に応じて通常用いられる添加剤、その他助剤を加えて製剤として調整する。
【0023】
本発明のイネ科植物病害防除剤を利用した防除方法は、イネ科植物種子に粉衣、塗沫、あるいは吹付けすることにより行うことができる。また、イネ科植物の種子をこれら微生物の懸濁液に侵漬すること、あるいはこれらの微生物を含む懸濁液あるいは菌体を土壌に潅注、混和すること、または圃場においてイネ科植物自体に散布し茎葉処理することにより施用することができる。
【0024】
本発明の生物資材としては、農園芸用資材があげられ、例えば、イネ科植物育苗培養土、育苗媒体(ロックウール等)、イネ科植物育苗容器などが例示される。
【0025】
次に、本発明の生物資材の構成要素になっている農園芸用資材の1例についてその調製方法を説明する。土壌の他に鉱物、肥料、炭化物等を組み合わせて配合することもできる。さらにその他の配合剤として、pH調節剤、肥料、殺菌剤、植物生長調節剤等を適宜含有させることができる。また、成型助剤として、接着性を有する合成高分子、半合成高分子、天然高分子等を配合することもできる。
【0026】
土壌としては、日本農学会の土性型で分類された、砂土、砂壌土、壌土、埴壌土、埴土のいずれも使用することができる。さらに、水成岩粉砕物、軽石粉砕物及び火山灰土等を適宜混合して、人為的に所望する土性型に調整した土も使用することができる。鉱物としては、バーミキュライト、パーライト、軽石、ゼオライト等をあげることができる。肥料としては、窒素肥料、リン酸肥料、カリ肥料、水酸化カルシウム等のカルシウム化合物、水酸化マグネシウム等のマグネシウム化合物、酸化亜鉛等の亜鉛化合物をあげることができる。
【0027】
炭化物としては、植物質、石炭質、石油質、その他(有機質廃物、パルプ廃液等)を出発原料にするものを使用することが可能であり、具体的には、木炭、竹炭、ヤシガラ炭、藁灰、消炭、製紙スラッジ灰等をあげることができる。
【0028】
pH調節剤としては、塩酸、硫酸、リン酸、酢酸、その他の有機酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、炭酸カルシウムなどが使用できる。
【0029】
農園芸用資材の形状は、特に制限されるものではなく、粒状であっても、粉状であって差し支えない。例えば、土壌、好ましくは、鉱物、肥料及び炭化物の少なくとも1種類と土壌とを、必要に応じて、その他の原料も含めて、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩等の接着性を有する合成高分子、半合成高分子、天然高分子を使用して、予め、粒状等に成型して、農園芸用資材の配合原料とすることができる。造粒等の成型後に乾燥を必要とする場合、乾燥工程として天日乾燥や風乾による方法の他に、好ましくは、100〜120℃、より好ましくは、120℃を維持
しながら加熱乾燥を行う方法も、あるいはこれらを組み合わせて行う方法もある。
【0030】
また、本発明の防除剤は、本発明の防除能を有する糸状菌それ自体、懸濁液、あるいは他の処理を施すことにより得られる。例えば、常法に従い、担体に固定化させる、添加物を加えて製剤化させることもできる。添加剤としては、界面活性剤、分散剤、補助剤などがあげられる。
また、後述するように生物資材と同様に製造することもできる。
【0031】
以下に本発明の生物資材または防除剤の製造方法について説明する。例えば、これらは、本発明の微生物を土壌中で増殖することにより得ることができる。土壌には、通気性や保水性に優れた通常のイネ用育苗培土を用いることができる。具体的には、くみあい粒状培土-K、くみあい粒状培土-D、くみあい粒状培土〔中・成苗培土〕、クレハ粒状培土 すぐれもんL品、クレハ粒状培土 すぐれもんH品、クレハ シリカ入り培土、クレハ シリカ入り培土2号、会津米専用クレハ培土、クレハまる特培土、クレハ有機水稲培土(以上呉羽化学工業(株)製)、いばらぎ培土(茨城くみあい培土(株)製)、JA水稲培土(茨城くみあい培土(株)製)、ホーネンス培土(ホーネンスアグリ(株)製)、三井合成培土(三井東圧肥料(株)製)、いなほ培土、いなほ夢培土(以上いなほ化工(株)製)、昭和培土(昭和培土(株)製)、苗みどり(関東農産(株)製)、くみあい粒状培土 クリーン埼玉 K号、D号(以上鹿沼産業(株)製)くみあい粒状培土 クリーン2号(損斐川工業(株)製)、ゴールデン培土(鹿沼産業(株)製)、鹿沼培土(鹿沼産業(株)製)、三菱粒状培土(三菱化学(株)製)などがあげられる。
【0032】
増殖させるための土壌は、そのまま用いることもできるが、好ましくは加熱処理を施す方が好ましい。加熱は、土壌中の雑菌が減少もしくは死滅するような温度で加熱すればよく、冷却後、これに拮抗糸状菌を添加する。例えば、市販育苗用培土を用いる場合は、100〜120℃、好ましくは120℃を維持しながら1時間以上の加熱処理を行う。また、加熱処理を併設した培土の製造工場を有する場合、加熱乾燥後の土壌では、雑菌濃度が極めて低いもしくは死滅した状態であり、袋詰直前に、当該微生物を添加し、生育可能な温度に保持すれば自然増殖し、特別な培養装置を用いることなく簡便な拮抗糸状菌入り培土の生産が可能である。加熱処理後の培土に当該微生物を添加した後は、菌濃度が103CFU/g以上、好ましくは105CFU/g以上となるまで、10〜30℃程度で1日以上、好ましくは10日間以上培養する。
また、増殖させるための土壌は、本発明の微生物が増殖できる水分量およびpHであればよいが、イネ育苗用の場合、土壌水分量は10%以上20%未満が望ましく、土壌pHは6以下が望ましく、5.5以下がより望ましい。特に、イネ用育苗培土の場合、酸性領域のpHが望ましい。増殖させるための土壌をこのような水分量およびpHにすることにより、細菌の増殖は抑えることができ、本発明の拮抗糸状菌は良好に増殖することができる。また、本発明の土壌の水分量は少ないことから、軽く持ち運びやすいというメリットもある。
【0033】
本発明の微生物は、これを固体培地での静置培養、液体培養等の公知の手段で増殖させたものを土壌に吹付け添加することができる。また、滅菌培土でいったん105CFU/g以上となるまで増殖させたものを添加することでより簡便な生産が可能である。本発明に用いる培地、土壌、または培土の種類、培養条件などは特に制限されるものではない。
【0034】
本発明においては、上記微生物を増殖させた培土をイネ科育苗箱の床土および覆土または覆土として用いることで、イネ育苗時に発生する糸状菌性および細菌性病害に有効な農園芸用資材、あるいは微生物農薬として用いることができる。
【0035】
また、本発明の生物資材には、当該菌の防除効果を妨げない他の成分を組み合わせることもできる。例えば、他の微生物農薬、殺菌剤、殺虫剤、殺線虫剤処理した種子消毒済みの種子を播種または土壌潅注できる。また、殺ダニ剤、除草剤、植物生長促進剤、共力剤などを同時に併用することもできる。
【実施例】
【0036】
以下に本発明の実施例をあげて具体的に説明を行うが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【試験例1】
【0037】
拮抗糸状菌入り農園芸用資材の製造方法(吹付け添加)
呉羽化学工業(株)内培土製造工場の加熱乾燥工程を通過したくみあい粒状培土K(呉羽化学工業(株)製)をサンプリングし、放冷後、PDA培地で培養したTalaromyces sp.B-422の胞子液106cells/mlを培土に3%(v/w)吹付け処理し、ポリエチレン製袋内で25℃に保持した。適宜培土をサンプリングし、生菌数をカウントし、経時変化を測定した。結果を図1に示す。これによれば、Talaromyces sp.B-422は、速やかに増殖し、12ヶ月間105CFU/g以上を維持した。
【試験例2】
【0038】
拮抗糸状菌入り農園芸用資材の製造方法(培土添加)
試験例1に準じて調製したTalaromyces sp.B-422入り(2.1×106CFU/g)くみあい粒状培土−Kを120℃、1時間加熱殺菌処理したくみあい粒状培土Kおよびクレハ シリカ入り培土2号(呉羽化学工業(株)製)に1%(w/w)添加し、ポリエチレン製袋内で25℃に保持した。添加直後は、104CFU/g前後の生菌数が、水分を14〜18%に調製した培土いずれにおいても、10日後には106CFU/g以上に増加した。結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【試験例3】
【0040】
拮抗糸状菌入り農園芸用資材の製造方法(各種培土での増殖性)
PDA培地で培養したTalaromycessp.B-422胞子液10Cells/mlを120℃、1時間加熱殺菌処理した培土(くみあい粒状培土−K、くみあい粒状培土−D、くみあい粒状培土〔中・成苗培土〕、クレハ粒状培土 すぐれもんL品、クレハ粒状培土 すぐれもんH品、クレハ シリカ入り培土、クレハ シリカ入り培土2号)(以上呉羽化学工業(株)製)に1%(v/w)吹付け添加し、ポリエチレン製袋内で25℃に保持した。このときの水分量は17%である。培養10日後にサンプリングし、生菌数をカウントした。いずれの培土においてもTalaromyces sp.B-422は、10日間の培養で105CFU/g以上に増加した。結果を表2示す。
【0041】
【表2】

【試験例4】
【0042】
イネばか苗病に対する防除効果
イネばか苗病に自然感染したイネ罹病種子(品種:短銀坊主)を用いて本病害に対する拮抗糸状菌入り農園芸用資材の防除効果を調べた。ばか苗病罹病種子は、15℃で4日間浸種(浴比1:1)、30℃1日の催芽を行った。育苗土の全層処理は、イチゴパック(10×15cm)あたり、試験例1に準じて調製したTalaromyces sp.B-422入り培土資材を床土として140g、覆土65gを使用した。覆土処理の場合は、床土に市販の育苗用粒状培土(くみあい粒状培土K)を充填した。種子処理の場合は、床土、覆土とも市販育苗用粒状培土を用いた。播種量は、乾籾5g相当で行った(1区3反復)。その後出芽器中で30℃3日間出芽させ、以降はガラス温室内で育苗した。播種21日後に各試験区の罹病苗率を調査し、下記(1)式により防除価を求めた。
また、防除効果の比較のため、B-422胞子液(1×106 cells/ml)の24時間浸漬処理または、市販の種子消毒剤(テクリード Cフロアブル)200倍24時間浸漬処理を行った。結果を表3に示す。
調製した資材は、B-422胞子液の24時間浸漬処理および対照化学薬剤のテクリード Cフロアブルと同等の効果を示した。
防除価=(1−(処理区の罹病苗率÷無処理区の罹病苗率))× 100 (1)
【0043】
【表3】

【試験例5】
【0044】
トリコデルマ菌によるイネ苗立枯病に対する防除効果
感染源となるトリコデルマ菌をPDAプレートに植菌し、25℃、5日間前培養した。適量の菌水を加えて胞子懸濁液を調製し、1号角プレート中のPDA10枚に塗沫し、蛍光灯下、25℃で11日間培養した。このプレートに滅菌水を加えて胞子懸濁液を調製し、500mlにメスアップした。胞子濃度は1.2×108/mlであった。これらの菌液をオートクレーブ処理(120℃、1時間)したくみあい粒状培土K品12kgに添加してよく混和し、病土とした。
20×15cmイチゴパック(育苗箱の1/6の大きさ)に、病土280gを充填した。供試籾は2001年産日本晴を用い、比較とした種子処理区は、B−422胞子液(1×106 cells/ml)の24時間浸漬処理または、市販の種子消毒剤(テクリード Cフロアブル)200倍24時間浸漬処理を行った。浸種は15℃4日、催芽は30℃1日とした。全区に一次潅水を行った後、パック当たり乾籾25g相当を播種した(150g/育苗箱相当、1区3連)。ダコニール処理区以外はならし潅水を行ない、ダコニール1000処理区は同剤500倍液をパック当たり83ml潅注した(約500ml/育苗箱相当)。
防除資材処理区は、未消毒籾を播種した後、試験例2に準じて調製したTalaromyces sp.B-422入り防除資材を覆土した。その他の区は通常の市販育苗用粒状培土(くみあい粒状培土−K)を覆土した。覆土量は全て130g/パック (700g/育苗箱相当)とした(覆土には病土を用いていない)。
育苗器中で30℃3日間出芽後、温室で管理した。播種14日後に全苗数、枯死苗数、30本の苗あたりの着菌苗率を調査し、下記(2)式により防除価を求めた。結果を表4に示す。
防除価=(1−(処理区の着菌苗率÷無処理区の着菌苗率))× 100(2)
【0045】
【表4】

【試験例6】
【0046】
イネばか苗病に対する防除効果
イネばか苗病に自然感染したイネ罹病種子(品種:短銀坊主)を用いて本病害に対する種子処理によるPenicillium sp.B-453(FERM BP-08517)、Eupenicillium sp.B-408(FERM BP-08515)、Talaromyces sp.B-422(FERM BP-08516) の防除効果を調べた。各菌株はPDA培地で25℃、10日間培養後、滅菌水に胞子を懸濁し、所定濃度の胞子液を調製した。ばか苗病罹病種子を拮抗菌胞子液に浴比1:1で24時間浸漬し、次いで30℃で3日間浸種(浴比1:1)を行なった後、市販の育苗用粒状培土(くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm) に1箱当たり乾籾5g相当を播種した(1区3反復)。その後、出芽器中30℃で3日間出芽させ、それ以降はガラス温室内で育苗した。播種21日後に各試験区の罹病苗率を調査し、(1)式により防除価を求めた。結果を表5に示す。
【0047】
【表5】

【試験例7】
【0048】
イネ苗立枯細菌病に対する防除効果
イネ苗立枯細菌病菌を開花期接種した罹病種子(品種:日本晴)を用いて本病害に対する種子処理によるTalaromyces sp.B-422(FERM BP-08516) の防除効果を調べた。各菌株の培養方法、種子処理方法は試験例6と同様である。
市販の育苗用粒状培土(くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に1箱当たり乾籾10g相当を播種した(1区3反復)。播種14日後に各試験区を以下の発病指数を用いて発病状況を調査した。結果を表6に示す。
[発病指数]
0:無発病、1:白化苗の発生が見られるが枯死苗はない、2:枯死苗25%以下、3:枯死苗25〜50%、4:枯死苗50〜80%、5:枯死苗80%以上(ほとんど全てが枯死)
【0049】
【表6】

【試験例8】
【0050】
イネもみ枯細菌病に対する防除効果
イネもみ枯細菌病菌を減圧接種した罹病種子(品種:日本晴)を用いて本病害に対する種子処理によるTalaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)の防除効果を調べた。各菌株の培養方法、種子処理方法は試験例6と同様である。
市販の育苗用粒状培土(商品名:くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に箱当たり乾籾10g相当を播種した(1区3反復)。播種14日後に各試験区を以下の発病指数を用いて発病状況を調査した。結果を表7に示す。
[発病指数]
0:無発病、1:褐変、部分枯死苗の発生が見られるが枯死苗はない、2:枯死苗25%以下、3:枯死苗25〜50%、4:枯死苗50〜80%、5:枯死苗80%以上(ほとんど全てが枯死)
【0051】
【表7】

【試験例9】
【0052】
イネ褐条病に対する防除効果
イネ褐条病菌を減圧接種した罹病種子(品種:日本晴)を用いて本病害に対して種子処理によるEupenicillium sp.B-408(FERM BP-08515)の防除効果を調べた。各菌株の培養方法、種子処理方法は試験例6と同様である。
市販の育苗用粒状培土(くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm) に箱当たり乾籾10g相当を播種した(1区3反復)。その後出芽器中で32℃3日間出芽させ、以降はガラス温室内で育苗した。播種21日後に各試験区の罹病苗率を調査し、(1)式により防除価を求めた。結果を表8に示す。
【0053】
【表8】

【試験例10】
【0054】
イネいもち病に対する防除効果
イネいもち病に自然感染した罹病種子(品種:ササニシキ)を用いて本病害に対する種子処理によるTalaromyces sp.B-422(FERM BP-08516) の防除効果を調べた。各菌株の培養方法、種子処理方法は試験例6と同様である。
市販の育苗用粒状培土(くみあい粒状培土)を詰めた育苗用箱(10×15cm)に箱当たり乾籾10g相当を播種した(反復なし)。その後出芽器中で32℃4日間出芽させ、以降はガラス温室内で育苗した。播種21日後に各試験区の罹病苗率を調査し、防除価を求めた。結果を表9に示す。
【0055】
【表9】

【試験例11】
【0056】
糸状菌の培土内での増殖とイネばか苗病に対する防除効果
PDA培地で培養したTalaromyces sp.B-422(FERM BP-08516)、Trichoderma atrovirideから、胞子液を調製し、Talaromyces sp.B-422を加熱殺菌した育苗用粒状培土(三菱粒状培土(三菱化学(株)製))、Trichoderma atrovirideを加熱殺菌した育苗用粒状培土(くみあい粒状培土−K(呉羽化学工業(株)製))にそれぞれ1%(v/w)添加し、ポリエチレン製袋に入れ、25℃で保持した。保存14日後の生菌数を測定した結果、いずれの場合においても培土内で菌の増殖が観察された。次に、これら育苗用粒状培土を用いて、イネばか苗病に対する防除効果を調べた。方法は、試験例4に準じて各試験区の罹病苗率を調査した。なお、調査は、播種後14日後とした。増殖後の培土の防除価は、それぞれ95,100であり、高いイネばか苗病防除効果が認められた。
【0057】
【表10】

【0058】
【表11】

【試験例12】
【0059】
糸状菌の培土内での増殖
PDA培地で培養したTalaromyces sp.B-422、Trichoderma atroviride、Talaromyces flavusから、胞子液を調製した。加熱殺菌した育苗用粒状培土(三菱粒状培土(三菱化学(株)製)、くみあい粒状培土−K(呉羽化学工業(株)製))に上記糸状菌を1%(v/w)添加し、ポリエチレン製袋に入れ、25℃で保持した。保存15日後の生菌数を測定した結果、いずれの場合においても培土内で菌の増殖が観察された。
【0060】
【表12】

【0061】
【表13】

【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、イネ科種子伝染性細菌病、糸状菌性病害に対して、化学農薬と同等の安定的した高い防除効果を有しながら、環境や人畜に安全で防除効果の高い生物資材または防除剤を提供できる。このことは、イネにおける病害の発生により、農家が受ける経済的損失を軽減し、さらに、減農薬有機栽培の実現に貢献をすることができる。また、薬剤耐性菌への有効性も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】Talaromyces sp.B-422の培土中での増殖推移を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ科植物病害を防除するための生物資材または防除剤の製造方法であって、
イネ科植物病害に対する防除能を有する微生物を土壌中で増殖させることにより調製することを特徴とする、
生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項2】
増殖させる土壌が、加熱処理後の土壌である請求項1に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項3】
増殖させる土壌が、pH6以下の土壌である請求項1または2に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項4】
増殖させる土壌が、土壌水分10%以上20%未満の土壌である請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
増殖させる土壌が、イネ科植物用育苗培土である請求項1〜4のいずれかに記載の生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項6】
増殖させる微生物が、ペニシリウム(Penicillium)属、またはその完全世代であるタ
ラロミセス(Talaromyces)属、ユウペニシリウム(Eupenicillium)属、トリコデルマ(
Trichoderma)属、グリオクラディウム(Glyocladium)属、フザリウム(Fusarium)属に
属する一種または複数の種である、請求項1〜5のいずれかに記載の生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項7】
増殖させる微生物がPenicillium sp. B-453株(FERM BP-08517)である請求項6に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項8】
増殖させる微生物がPenicillium(完全世代がTalaromyces)sp. B-422株(FERM BP-08516)である請求項6に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項9】
増殖させる微生物がEupenicillium reticulisporum B-408株(FERM BP-08515)であ
る請求項6に記載の生物資材または防除剤の製造方法。
【請求項10】
イネ科植物病害に対する防除が、イネの育苗時に発生する糸状菌性病害および細菌性病害の両方に対する防除である請求項1〜9のいずれかに記載の生物資材または防除剤の製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−182773(P2006−182773A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−347955(P2005−347955)
【出願日】平成17年12月1日(2005.12.1)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】