説明

イネ苗病害の防除剤および防除方法

【課題】イネ苗病害であるイネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対して防除効果が高く、環境汚染のないイネ苗病害の防除剤および防除方法を提供する。
【解決手段】本発明における発病抑制能を有するバチルス属シンプレクス(Bacillus simplex)CGF2856菌株を有効成分として含む防除剤をイネ苗病害に対して用いることで解決される。現在使用されている化学薬剤と同等以上の効果を持ち、さらに、既存の化学薬剤のように農薬による環境汚染を引き起こすことはない。本発明の防除剤は、浸種時あるいは催芽時の種籾を浸漬処理したり、浸種前、催芽前あるいは播種前の種籾を湿粉衣処理したり、用土または覆土に土壌混和したり、あるいは播種した後に上記防除剤の希釈液を土壌かん注して使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、学名バチルス属シンプレクス(Bacillus simplex)に属する細菌を用いたイネ苗病害の防除剤および防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イネ苗の細菌性立枯病害である、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病は、イネの育苗時に発生する種子伝染性の病害である。
【0003】
特に加温育苗において、これらの細菌性立枯病害は、幼苗の腐敗や枯死あるいは発芽不良を引き起こし、これらの病害が発生した苗は本田への移植が不可能となる。
【0004】
現在これらの病害の防除には、種子消毒剤として、オキソリニック酸や無機銅剤、カスガマイシンなどいくつかの化学薬剤が使用されている。しかし、これらの化学薬剤には、薬害の問題や消毒後の廃液処理の問題や種子消毒剤に対する耐性菌出現の問題、さらに近年の消費者の減農薬・無農薬指向に合致しないというような問題がある。
【0005】
そこで、これらの病害の防除には、防除効果が高く、水質汚染などの環境汚染のない防除剤の開発が望まれていた。
【0006】
一方、生物的防除法に関しては、イネ苗の細菌性立枯病害に対して、上記の諸問題が解決できる可能性があるとして、特許文献1においてシュードモナス属細菌(Pseudomonas sp.)CAB-02や、特許文献2において、トリコデルマ属菌(Tricoderma atroviride)などが開示されている。
【特許文献1】特開平9―124427公報
【特許文献2】特開平11―225745公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1及び特許文献2に開示されている微生物に関しては、製剤にした場合に保存性にやや難があり、常温での流通に期間が限定されるという欠点を有する。
【0008】
本発明の課題は、イネ苗の細菌性立枯病害である、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対して防除効果、保存安定性が高く、環境汚染のないイネ苗病害の防除剤および防除方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、イネ苗の細菌性立枯病害である、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対して高い防除効果を有するバチルス属シンプレクス(Bacillus simplex)に属する微生物を見いだし、本発明に至った。
【0010】
バチルス属シンプレクスは、イネや野菜から分離・収集した約7000菌株の細菌から、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対する育苗試験の結果、選抜した菌株であり、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対して発病を強く抑制するのみならず、保存安定性にもすぐれ、農薬としての高い実用性を有している。これまでにバチルス属シンプレクスを用いた生物防除の例はなかった。
【0011】
すなわち、本発明は、バチルス属シンプレクス菌株並びにその生菌を有効成分として含有することを特徴とする、イネ苗の細菌性立枯病害である、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病の防除剤並びにそれを用いたイネ苗病害の防除方法である。
【0012】
本発明の微生物は、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対して高い防除効果を有するバチルス属シンプレクス(Bacillus simplex)CGF2856菌株である。
【0013】
また、CGF2856菌株の細菌学的性状を以下に示す。
【0014】
光学顕微鏡および電子顕微鏡での形態観察の結果、細胞の大きさは、1〜3μmの桿菌であり、細胞の多形性はなく、いずれも運動性を有しなかった。グラム反応は、陽性で、内胞子を形成した。
【0015】
その他の細菌学的性質について、以下に示す。
1.培養的性質
CGF2856の栄養寒天培地における生育状態を以下に示す。観察は、30℃、3日間培養後に行った。
【0016】
CGF2856のコロニー形態は、クリーム色、円形、隆起状態半レンズ状、周縁波状、表面の形状スムーズ、不透明、粘稠性バター様である。
2.一般的性質
【0017】
【表1】

3.16SrDNA分析
16SrDNA(16SrRNA遺伝子)の塩基配列1503bp(塩基対)を決定した。解析は得られた16SrDNAの塩基配列を用い、対象としてInt.J.Syst.Bacteriol.,1989,39,93-94に記載の、バチルス属シンプレクスの16SrDNAの塩基配列と相同性検索を行った。その結果、相同率99.93%でバチルス属シンプレクスの16SrDNAに高い相同率を示し、両者の16SrDNA間の相違点は複合塩基で1塩基のみであった。
【0018】
以上の細菌学的性状により、CGF2856は、運動性を有しないグラム陽性の桿菌で、好気条件下での生育性、カタラーゼ活性陽性、オキシダーゼ活性陰性、芽胞を形成することにより、バチルス属に属する細菌に分類された。また、16SrDNA解析から、バチルス・シンプレクス(Bacillus simplex)と同定された。
【0019】
本発明の該当菌株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託され、以下の受託番号を得ている。
【0020】
バチルス属シンプレクスCGF2856(Bacillus simplex CGF2856):FERM P-20267
【発明の効果】
【0021】
本発明におけるイネ苗病害の防除剤または防除方法を用いれば、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対して発病を強く抑制することができ、現在使用されている化学薬剤と同等以上の効果を奏する。
【0022】
また、本発明の防除剤の使用は既存の化学薬剤のように農薬による環境汚染を引き起こすことはない。さらに、本発明の防除剤は市場において安定な状態で流通させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
次に、これらの菌の培養および防除剤としての製剤は、慣用の手法で行うことができるが、以下に例をもって説明する。ここで使用する培地は菌が増殖するものであれば特に限定するものではない。生育に可能な炭素源、窒素源、無機物を適当に含有している培地であれば、天然培地、合成培地のいずれも用いることができる。培地としてはブイヨン培地、PS(Potato sucrose)培地、PDB(Potato dextrose broth)培地などが例示できる。
【0024】
また、これらの培地に寒天を加えた固体培地を用いても培養を行うことができる。以上のような培地で15〜42℃、好ましくは28℃〜35℃で24〜36時間培養し、増殖させた後に遠心分離機もしくは膜濃縮機により濃縮して集菌を行い、培地成分を取り除く。この操作により菌体の濃度は通常1〜50×1010cfu/ml程度に濃縮される。
【0025】
ついで、湿菌体に糖類とグルタミン酸ナトリウム、リン酸ナトリウム緩衝液からなる保護剤を加え、真空乾燥するものである。
【0026】
真空乾燥する前に保護剤と混合した菌体を予備凍結し、凍結したまま真空乾燥することが菌の生存率を維持するためには好ましい。なお、保護剤は水溶液の状態で菌体と混合してもよく、固体のまま混合してもよい。
【0027】
本発明のバチルス属シンプレクス菌株の固定化は、保護剤としてサッカロース、フルクトース、グルコースおよびソルビトールの一種または二種以上からなる糖類を用いることが好ましく、菌体と混合し、真空乾燥もしくは凍結真空などの方法で乾燥することによって行うことができる。
【0028】
グラム陽性の胞子形成菌であるバチルス・シンプレクスである本菌体は、栄養体から胞子に変換した後に遠心分離や膜濃縮し、もしくは遠心分離や膜濃縮により濃縮した菌体を栄養体から胞子に変換した後に、菌体を乾燥機もしくはスプレードライヤーにより乾燥することも出来る。
【0029】
バチルス属細菌の栄養体を胞子形状へ変換する一般的な方法としては、文献「微生物の科学」第3巻25頁において、希釈や洗浄などにより培地上のグルコースなどの栄養を飢餓にすることによって行うことが開示されている。
【0030】
胞子形状に変換されたバチルス・シンプレクスは、その後鉱物性粉末や界面活性剤もしくは安定化剤などの添加により安定した製剤として保管・流通することが出来る。
【0031】
一般にイネの育苗は、播種前に種籾を冷水に1週間程度浸漬し(浸種)、種籾に水分を充分吸収させたあと、30℃前後の水に1日漬け(催芽)、播種を行う。
【0032】
本発明の防除剤は、薬害の問題もなく使用時期も限定せず、幅広く使用できるイネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病防除剤である。本発明の防除剤は、浸種時あるいは催芽時の種籾を浸漬処理したり、浸種前、催芽前あるいは播種前の種籾を湿粉衣処理したり、用土または覆土に土壌混和したり、あるいは播種した後に上記防除剤の希釈液を土壌かん注して使用する。
【0033】
本発明の防除剤を上記方法で使用する場合、浸漬処理または土壌かん注処理の場合は、浸漬液中の菌濃度が106cfu/ml以上、好ましくは107cfu/ml以上になるように調整する。湿粉衣処理法では乾籾に対して0.1%以上、好ましくは1%以上の重量の本発明防除剤を籾に均一にまぶす。用土あるいは覆土に土壌混和する場合は、培養土1Lに対して本防除剤を1g以上混合し、均一になるように撹拌する。
【0034】
また、浸種時あるいは催芽時に本防除剤希釈液に種籾を浸漬処理する場合の希釈液の温度は、10℃〜35℃、好ましくは15℃〜30℃にて、瞬時〜48時間、好ましくは1時間〜24時間処理をする。
【0035】
本発明の防除剤は、培養後の生菌をそのまま使用しても良いが、一般には農薬として使用可能な固体または液体の製剤として使用される。
【0036】
ここで培養したバチルス属シンプレクスCGF2856菌株は、担体(増量剤)と混合し、粉剤もしくは粒剤とすることもできる。この場合の担体の種類には、タルク、カオリン、クレー、炭酸カルシウム、ケイソウ土等の鉱物性粉末や、ピートモス、さらには、ポリビニルアルコールなどの高分子化合物、ザンサンゴムやアルギン酸などの天然高分子化合物などがあり、糖類と共にまたは単独で使用できる。菌体の濃度は、液剤の場合は、106cfu/ml以上、好ましくは107cfu/ml以上とするのがよい。固体(水和剤、粉剤)の場合は、106cfu/g以上、好ましくは107cfu/g以上とする。
【0037】
次に、バチルス属シンプレクスCGF2856菌株の選抜について詳しく記載する。バチルス属シンプレクスCGF2856菌株は、イネや野菜から分離・収集した約7000菌株の細菌から、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対する育苗試験の結果、選抜した。具体的には、圃場から採取した植物の根を水道水で洗浄した後、根を細かく裁断し滅菌水に入れ、ミキサーで潰した。その潰した液を、適当に希釈し、ブイヨン寒天培地に塗布し、培養を行った。そこで出現したコロニーを単離、保存し、供試菌株とした。
【0038】
得られた保存菌株について、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対する防除試験を行った。方法は、供試菌株の108cfu/ml希釈液にイネ苗立枯細菌病保菌籾を浸種前に24時間浸漬処理を行い、播種後、2週間育苗を行い、発病調査を行った。その結果、イネ苗立枯細菌病の発病を抑制する菌株がいくつか認められた。
【0039】
そこで、これらのイネ苗立枯病の発病を抑制する菌株について、イネ籾枯細菌病に対する防除効果について検討を行った。
【0040】
その結果、イネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病に対して強い発病抑制効果を持つバチルス属シンプレクスCGF2856菌株を選抜した。
【0041】
次に実施例を示すが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
なお、実施例に用いた培地の組成を次に示す。
ブイヨン培地:肉エキス 3g、ペプトン 10g、NaCl 15g、水1L、pH7.0
【実施例1】
【0042】
CGF2856菌株のイネ苗立枯細菌病に対する発病抑制効果
CGF2856菌株をブイヨン培養菌体液中で増殖させた後、遠心分離操作により上澄み液を除いてCGF2856の菌液中の濃度を108cfu/mlに調整した。この菌液にイネ苗立枯細菌病汚染籾を入れ、15℃で24時間浸種前浸漬処理を行った。その後、常法に従い、浸種、催芽後、播種し、ガラス温室で2週間、育苗を行った。
【0043】
その結果、表2に示すように、無処理区では、発病が激しく、殆どの苗が枯死したが、CGF2856処理区では殆ど発病が認められず、高い発病抑制効果が認められた。イネ苗立枯細菌病の検定は苗の育苗程度から発病苗率、発病度、及び防除価を算出し、評価した。
【0044】
発病指数 5:枯死、3:発病かつ草丈が健全の1/2未満、1:発病かつ草丈が健全の1/2以上、 0:健全
発病苗率(%)=100×{(発病した苗数)÷(総調査苗数)}
発病度=100×{Σ(指数の値)×(各指数に該当する固体数)}÷{5×(調査苗数)}
防除価=100×{(無処理区での発病度)−(処理区での発病度)}÷(無処理区での発病度)
【0045】
CGF2856菌株のイネ苗立枯細菌病に対する発病抑制効果
【表2】

【実施例2】
【0046】
CGF2856菌株のイネ籾枯細菌病に対する発病抑制効果
CGF2856菌株をブイヨン培養菌体液中で増殖させた後、遠心分離操作により上澄み液を除いてCGF2856の菌液中の濃度を108cfu/mlに調整した。この菌液にイネ苗立枯細菌病汚染籾を入れ、15℃で24時間浸種前浸漬処理を行った。その後、常法に従い、浸種、催芽後、播種し、ガラス温室で2週間、育苗を行った。
【0047】
その結果、表3に示すように、無処理区では、発病が激しく、殆どの苗が枯死したが、CGF2856処理区では、殆ど発病が認められず、高い発病抑制効果が認められた。イネ籾枯細菌病の検定は苗の育苗程度から発病苗率、発病度、及び防除価を算出し、評価した。なお、発病苗率、発病度、及び防除価の算出方法については、実施例1と同様に行った。
【0048】
CGF2856菌株のイネ籾枯細菌病に対する発病抑制効果
【表3】

【実施例3】
【0049】
CGF2856菌株の製剤のイネ苗立枯細菌病に対する発病抑制効果
CGF2856菌株の製剤を用いて、イネ苗立枯細菌病に対する発病抑制効果について検討を行った。製剤の作成は、前述の方法で培養、乾燥した菌体を担体(増量剤)で適宜希釈し、菌濃度が2×109cfu/gになるように調整したものを用いた。CGF2856製剤の処理は、200倍希釈液で、15℃で24時間浸種前浸漬処理を行った。
【0050】
その結果を表4に示す。CGF2856製剤においても、高い発病抑制効果が認められた。CGF2856製剤のイネ苗立枯細菌病の検定は苗の育苗程度から発病苗率、発病度、及び防除価を算出し、評価した。なお、発病苗率、発病度、及び防除価の算出方法については、実施例1と同様に行った。
【0051】
CGF2856菌株の製剤のイネ苗立枯細菌病に対する発病抑制効果
【表4】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ苗病害に対して発病抑制能を有するバチルス属シンプレクス(Bacillus simplex)を有効成分として含む防除剤。
【請求項2】
イネ苗病害に対して発病抑制能を有するバチルス属シンプレクス(Bacillus simplex)がCGF2856菌株である請求項1に記載の防除剤。
【請求項3】
糖類を用いて固定化したことを特徴とする請求項1または2に記載の防除剤。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れかに記載の防除剤を用いることからなるイネ苗病害の防除方法。
【請求項5】
イネ苗病害に対して発病抑制能を有するバチルス属シンプレクス(Bacillus simplex)CGF2856菌株。
【請求項6】
請求項5に記載のイネ苗病害がイネ苗立枯細菌病、イネ籾枯細菌病である、請求項5に記載の菌株。


【公開番号】特開2006−143628(P2006−143628A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333850(P2004−333850)
【出願日】平成16年11月18日(2004.11.18)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】