説明

インクジェット捺染装置、および捺染物の製造方法

【課題】毛羽を有する被捺染材に対する捺染において、前記被捺染材の毛羽の先端にインクが「だま」になって付着することを防ぎ、毛羽の風合いを残しながら高い画像品質の印捺を行う。
【解決手段】色材を含むインクを吐出するインク用ノズル列を備えた第1の捺染ヘッドと、色材を含まず、前記インクよりも被捺染材に対する濡れ性がよいクリア液を吐出するクリア液用ノズル列を備えた第2の捺染ヘッドと、前記インクおよび前記クリア液の吐出を制御する制御部と、を備え、前記制御部は、前記捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に相対的に移動している間に、前記インクまたは前記クリア液の一方を吐出した後に、他方をその上に重ねて吐出する印捺実行モードを備えていることを特徴とする、インクジェット捺染装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録ヘッドからインクを噴射することによって綿、絹、ウール、化学繊維、混紡等の被捺染材に捺染を行うインクジェット捺染装置、および捺染物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
綿、絹、ウール、化学繊維、混紡等の被捺染材に対して捺染を行う場合、従来、染型を用いるスクリーン捺染方法や、図柄が彫られた彫刻ローラを用いるローラー捺染方法が用いられていた。これらの捺染方法では、高価な染型や彫刻ローラを用いるため、捺染物の大量生産を行う場合でなければコスト的に見合わない。
【0003】
一方、インクジェット方式による捺染は、前記染型や彫刻ローラ等が不用であり、デザインのデジタルデータを利用して印捺を行うため、少量の印刷を行うことができる上、細かいデザインの変更にも迅速に対応することができ、生産時間を大幅に短縮することができる。また、色のグラデーションを表現することができるなど、デザインの自由度が大きいという利点があり、例えば、写真等の画像のデジタルデータをTシャツ等の衣服や布製の小物等に印捺して、少量のオリジナル製品を容易に作製することができる。
このような点で、インクジェット方式による印捺を行うインクジェット捺染方法が注目されている。
【0004】
ここで、前記被捺染材は布であるため布表面に通常毛羽が存在する。また、起毛処理等によって布表面の毛羽を増やし、この増やした毛羽によって触感を一層柔らかくし風合いを持たせ、更には保温性を高めた布も存在する。
【0005】
前記毛羽を有する被捺染材にインクジェット捺染を行うと、捺染ヘッドから吐出されたインク滴の一部が被捺染材の生地本体表面まで到達せずに、前記毛羽に「だま」のように付着して「インクだま」が形成される場合が多い。この「インクだま」は、そのまま乾燥固化させた場合、耐擦性を低下し、色移りの問題を生じさせる。
また、「インクだま」は、生地本体表面から立ち上がっている毛羽に付いているため、本来インクが付着すべき染着位置である生地本体表面の位置より上方に位置することになる。そのため、前記「インクだま」の存在によって捺染物の品質を低下する問題がある。
上記した問題は、染料インクよりも色材粒子の大きな顔料インクにおいて顕著に現れる傾向が見られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−215506号公報
【特許文献2】特開2009−057452号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1や特許文献2には、前記顔料インクに対して樹脂を含有させることによって、被捺染材の生地へのインクの定着性、および、製造した捺染物の洗濯堅牢性や耐擦性を高めることが記載されている。このような樹脂の添加はインクの粘度を上昇させるため、前記「インクだま」をより形成し易くなると考えられる。
また、前記毛羽を有する被捺染材に対する捺染においては、印捺された図柄や画像等が鮮明に捺染されているだけでなく、被捺染材の素材の持つ肌触りや風合といった感覚がそのまま維持されていることが捺染物の品質を評価する上で重要になってくる。
【0008】
本発明の課題は、毛羽を有する被捺染材に対する捺染において、前記被捺染材の毛羽の先端にインクが「だま」になって付着することを防ぎ、当該毛羽の立毛状態を維持した状態で高い画像品質の印捺を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明の第1の態様に係るインクジェット捺染装置は、色材を含むインクを吐出するインク用ノズル列を備えた第1の捺染ヘッドと、色材を含まず、前記インクよりも被捺染材に対する濡れ性がよいクリア液を吐出するクリア液用ノズル列を備えた第2の捺染ヘッドと、前記インクおよび前記クリア液の吐出を制御する制御部と、を備え、前記制御部は、前記捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に相対的に移動している間に、前記インクまたは前記クリア液の一方を吐出した後に、他方をその上に重ねて吐出する印捺実行モードを備えていることを特徴とするものである。
【0010】
ここで「被捺染材」とは、捺染の対象となる「布地」や「衣服その他の服飾製品」等を意味する。「布地」には、綿、絹、羊毛等の天然繊維やナイロン等の化学繊維あるいはこれらを混ぜた複合繊維の織物、編物、不織布等が含まれ、ロール状に巻かれた長尺のものと、所定の長さにカットされたものの両方が含まれる。
また、「衣服その他の服飾製品」には、縫製後のTシャツ、ハンカチ、スカーフ、タオル、手提げ袋、布製のバッグ、カーテン、シーツ、ベッドカバー等のファニチャーの類のの他、縫製前の状態のパーツとして存在する裁断前後の布地等も含まれる。
【0011】
また、「生地本体表面」とは、被捺染材のうち織り加工、編み加工等が施され、あるいはこれらの加工を施すことなく繊維を絡み合わせることで被捺染材の基本的外観形状を形作っている生地本体における捺染側の面を意味する。
「毛羽」には、前記生地本体表面に起毛によって増やされた毛羽の他、前記織り加工等によって自然に発生する毛羽が含まれる。
【0012】
また、「インク」とは、色材を含み、被捺染材に定着させることにより画像を形成することが可能な液体である。「クリア液」とは色材を含まないこと以外は、前記「インク」とほぼ同様の成分によって構成されており、ほぼ無色なクリア層を被捺染材に定着させることが可能な液体である。
【0013】
本態様によれば、捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に相対的に移動している間、すなわちワンパスで、前記インクとクリア液の両方を吐出し、先に吐出したインクの上にクリア液を吐出する印捺、または先に吐出したクリア液の上にインクを吐出する印捺のいずれかを実行することができる。
【0014】
ここで、毛羽を有する被捺染材の生地本体表面に印捺を行う場合、インクを先に吐出すると、該インクのインク滴が前記毛羽の先端付近に付着し、「インクだま」を形成する場合がある。本態様によれば、先に吐出したインクによって前記インクだまが形成されても、その直後に前記インクよりも被捺染材に対する濡れ性がよいクリア液の液滴が着弾するので、当該クリア液とともに前記インクだまは毛羽の下方(前記生地本体表面側)に流されて、本来インクが付着すべき染着位置である生地本体表面の位置にまで到達することができる(図1を参照)。
【0015】
また、前記インクよりも被捺染材に対する濡れ性がよいクリア液を先に吐出すると、当該クリア液は毛羽を伝ってその根元、すなわち、前記生地本体表面の位置にまで到達する。そして、その直後にインク滴が着弾する。このとき、前記毛羽の表面には少量のクリア液が残った状態、或いはクリア液で湿った状態となるので、インク滴は毛羽の先端で前記インクだまを形成し難くなるとともに、前記本来の染着位置に到達し易くなる(図2を参照)。
これらのことによって、毛羽を有する被捺染材に対する捺染において、前記毛羽の先端付近に付着するインクだまの形成を抑え、以って、当該毛羽の立毛状態を維持した状態で高い画像品質の印捺が可能となる。
【0016】
本発明の第2の態様に係るインクジェット捺染装置は、第1の態様において、前記制御部は、インク→クリア液の順で吐出を行う第1の印捺実行モードを備えていることを特徴とするものである。
【0017】
本態様によれば、インクを先に吐出した後に、クリア液をその上に重ねて吐出したときの第1の態様と同様の作用効果を得ることができる。
【0018】
本発明の第3の態様に係るインクジェット捺染装置は、第1の態様または第2の態様において、前記制御部は、クリア液→インクの順で吐出を行う第2の印捺実行モードを備えていることを特徴とするものである。
【0019】
本態様によれば、クリア液を先に吐出した後に、インクをその上に重ねて吐出したときの第1の態様と同様の作用効果を得ることができる。
【0020】
本発明の第4の態様に係るインクジェット捺染装置は、第3の態様において、被捺染材に前記第1の印捺実行モードを実行した後に、該被捺染材の同一の位置において前記第2の印捺実行モードを実行することを特徴とするものである。
【0021】
本態様によれば、被捺染材に対して前記第1の印捺実行モードによる印捺を行った後に、当該被捺染材の同一の位置において前記第2の印捺実行モードによる重ね打ち印捺を行うことができる。
すなわち、捺染ヘッドを被捺染材の所定の範囲に対して相対的に移動させるワンパスの印捺を、同一の位置で二度行うにあたり、一度目はインクを先に吐出した後に、クリア液をその上に重ねて吐出し、二度目はクリア液を先に吐出した後に、インクをその上に重ねて吐出することができる。
【0022】
第1の印捺実行モードによる一度目の印捺を行うと、クリア液を後に吐出しているので、前記一度目の印捺を終えた直後には、毛羽の表面には少量のクリア液が残った状態、或いはクリア液で湿った状態となっている。被捺染材の同一の位置で重ね打ちの印捺を行う場合、通常、一度目の印捺と二度目の印捺との間に時間差があるため、前記毛羽の表面に残ったクリア液は少し乾燥してしまうが、その一部は残っている。そのため、前記二度目の印捺を第2の印捺実行モード、すなわち、クリア液を先に吐出するモードで行えば、前記毛羽表面に残っているクリア液を利用できるため、当該第2の印捺実行モードにおいて先に吐出するクリア液の量を少なくすることが可能となる。
【0023】
本発明の第5の態様に係るインクジェット捺染装置は、第3の態様または第4の態様において、前記捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に通過している間に、インクを吐出して行う第3の印捺実行モードと、前記捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に通過している間に、クリア液を吐出して行う第4の印捺実行モードと、を備え、前記第1の印捺実行モードから第4の印捺実行モードのいずれかを組み合わせ、被捺染材の同一の位置へ印捺を実行可能であることを特徴とするものである。
【0024】
本態様によれば、前記第3の印捺実行モードと前記第4の印捺実行モードを備えることによって、インクのみによる印捺と、クリア液のみによる印捺が可能となる。
インクの色種によっては前記インクだまが発生しにくい場合があり、このような色種のインクによる印捺には、クリア液の重ね打ちを必要としない場合がある。また、クリア液は、それ単体で印捺することによってクリア液によるクリア層を形成し、インクによる印捺前の被捺染材表面のコーティングや、インクによる印捺によって形成した画像表面のコーティング等に用いることができる。
本態様によれば、第3の態様または第4の態様と同様の作用効果に加え、第1の印捺実行モードから第4の印捺実行モードのいずれかを組み合わせ、印捺に用いられるインクの色種や被捺染材の種類等に応じた印捺を行うことが可能となる。
【0025】
本発明の第6の態様に係るインクジェット捺染装置は、第1の態様から第5の態様のいずれか一つにおいて、前記制御部は、各捺染ヘッドから吐出されるインクおよび/またはクリア液のドットサイズを変えて印捺を実行するモードを備えていること特徴とするものである。
【0026】
本態様によれば、各捺染ヘッドから吐出されるインクまたはクリア液、またはその両方のドットサイズを変更した印捺が可能となる。このことによって、例えば被捺染材の生地本体表面の毛羽の状態に応じてドットサイズを変更することができる。また、前記第4の態様において説明したように、時間差をおいてクリア液を二度重ねる印捺を行う場合に、ドットサイズを変更して二度目のクリア液の量を少なくすることができる。
【0027】
本発明の第7の態様に係るインクジェット捺染装置は、第1の態様から第6の態様のいずれか一つにおいて、前記インク用ノズル列および前記クリア液用ノズル列の各列は、前記印捺実行モードを行う前記一方向に対して交差する方向に配列されており、前記クリア液用ノズル列は、前記インク用ノズル列の少なくとも一つの色種の両側に配列されていることを特徴とするものである。
【0028】
本態様によれば、インク用ノズル列の両側にクリア液用ノズル列が配置されているので、当該インク用ノズル列から吐出されるインクとクリア液とのワンパスでの重ね打ちを効果的に実行することができる。
【0029】
本発明の第8の態様に係るインクジェット捺染装置は、第7の態様において、そのノズル列の両側に前記クリア液用ノズル列が配列されるインクの色種はブラックであること特徴とするものである。
【0030】
ブラックインクは、特に、被捺染材表面の毛羽に「インクだま」を形成し易い傾向がある。本態様によれば、ブラックインクに発生しやすい前記インクだまの形成を抑え、毛羽の風合いを損なうことなく高い画像品質の捺染物を得ることができる。
【0031】
本発明の第9の態様に係る捺染物の製造方法は、第1の態様から第8の態様のいずれか一つのインクジェット捺染装置によって捺染を実行して製造するものである。
【0032】
本態様によれば、第1の態様から第8の態様のいずれか一つと同様の作用効果を奏し、被捺染材に対してインクジェット捺染を行う際に、被捺染材に前記被捺染材の毛羽の先端にインクが「だま」になって付着することを防ぎ、毛羽の風合いを損なうことなく高い画像品質の捺染物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明に係るインクジェット捺染装置による印捺の説明に用いる被捺染材表面の拡大図であり、図1(A)は先に吐出されたインクが被捺染材表面に着弾した直後の状態を示す図であり、図1(B)はインクの後にクリア液が吐出された状態を示す図であり、図1(C)はクリア液着弾後の被捺染材表面の状態を示す図。
【図2】本発明に係るインクジェット捺染装置による印捺の説明に用いる被捺染材表面の拡大図であり、図2(A)は先に吐出されたクリア液が被捺染材表面に着弾した直後の状態を示す図であり、図2(B)はクリア液の後にインクが吐出された状態を示す図であり、図2(C)はインク着弾後の被捺染材表面の状態を示す図。
【図3】本発明に係るインクジェット捺染装置の一例を示す概略図。
【図4】本発明に係るインクジェット捺染装置に用いる捺染ヘッドの一例を示す平面図。
【図5】本発明に係るインクジェット捺染装置に用いる捺染ヘッドの他の例を示す平面図。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下において、本発明について実施例に基づき詳細に説明する。尚、本発明はこれらによって制約されるものではない。
最初に、本発明に係るインクジェット捺染装置に用いるインクおよびクリア液について説明する。
【0035】
<インク>
捺染に用いるインクとしては、耐光性、耐水性等の保存性に優れる顔料インクを用いることが好ましく、色材と、耐擦性等を向上させる目的で加えられる樹脂と、少なくとも溶剤を含む他の成分によって構成される公知の顔料インクを用いることができる。前記色材としては、公知の顔料、すなわち、有機顔料、無機顔料、およびカーボンブラック等を用いることができる。
【0036】
例えば、黒色インク用としては、ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック等のカーボンブラック(C.I.ピグメントブラック7)類が特に好ましいが、銅酸化物、鉄酸化物(C.I.ピグメントブラック11)、酸化チタン等の金属類、アニリンブラック(C.I.ピグメントブラック1)等の有機顔料を用いることもできる。
【0037】
また、カラーインク用の顔料としては、C.I.ピグメントイエロー1(ファストイエローG)、3、12(ジスアゾイエローAAA)、13、14、17、24、34、35、37、42(黄色酸化鉄)、53、55、74、81、83(ジスアゾイエローHR)、93、94、95、97、98、100、101、104、108、109、110、117、120、128、138、153、155、180、185、C.I.ピグメントレッド1、2、3、5、17、22(ブリリアントファーストスカーレット)、23、31、38、48:2(パーマネントレッド2B(Ba))、48:2(パーマネントレッド2B(Ca))、48:3(パーマネントレッド2B(Sr))、48:4(パーマネントレッド2B(Mn))、49:1、52:2、53:1、57:1(ブリリアントカーミン6B)、60:1、63:1、63:2、64:1、81(ローダミン6Gレーキ)、83、88、101(べんがら)、104、105、106、108(カドミウムレッド)、112、114、122(キナクリドンマゼンタ)、123、146、149、166、168、170、172、177、178、179、185、190、193、202、206、209、219、C.I.ピグメントバイオレット19、23、C.I.ピグメントオレンジ36、C.I.ピグメントブルー1、2、15(フタロシアニンブルーR)、15:1、15:2、15:3(フタロシアニンブルーG)、15:4、15:6(フタロシアニンブルーE)、16、17:1、56、60、63、C.I.ピグメントグリーン1、4、7、8、10、17、18、36等を用いることができる。
【0038】
インクにおける色材の含有量としては、0.5%〜30%が好ましいが、さらに1.0%〜15%が好ましい。これ以下の添加量では、印捺濃度が確保できなくなり、またこれ以上の添加量では、インクの粘度増加や粘度特性に構造粘性が生じ、インクジェット捺染ヘッドからのインクの吐出安定性が悪くなる傾向になる。
【0039】
次に樹脂について説明する。前記樹脂は、主としてインクの洗濯堅牢性、耐擦性、定着性を向上させることを目的として添加されるものであり、公知の樹脂、例えば、特開2006−307165号公報に記載の樹脂成分を用いることができる。具体的には、親水性樹脂と疎水性樹脂との複合成分樹脂を用いることができる。親水性樹脂としては、カルボキシル基、スルホン基等の親水性基を有するスチレンアクリル樹脂、シリコーン樹脂、ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂等を用いることができる。疎水性樹脂としては、疎水性を示すスチレンアクリル樹脂、シリコーン樹脂、ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂等を用いることができる。
また、公知の方法、例えば、特開2010−189626号公報に記載の方法(高分子微粒子の作成方法)によって、製造することができる。
【0040】
また、前記樹脂のガラス転移温度は、0℃以下であることが好ましい。このことによって、捺染用インクとしての顔料の定着性が向上する。0℃を超えると顔料の定着性が徐々に低下してくる。好ましくは−5℃以下であり、より好ましくは−10℃以下である。更に、前記樹脂の酸価は、100mgKOH/g以下であることが好ましい。酸価が100mgKOH/gを超えると、被捺染材に印捺した場合の洗濯堅牢性が低下する。好ましくは50mgKOH/g以下であり、より好ましくは30mgKOH/g以下である。また、樹脂の分子量は、10万以上が好ましく、より好ましくは20万以上である。10万未満では被捺染材に印捺した場合の洗濯堅牢性が低下する。
【0041】
また、インクにおける樹脂の含有量は、10重量%以下であることが好ましい。インクにおける前記樹脂含有量を10重量%以下とすることで、捺染ヘッドのノズルにおけるインクの固化が防止され、また、該インクの粘度を、安定したインクの吐出を行うことができる粘度にすることができる。
【0042】
次に、前記色材および樹脂以外の他の成分について説明する。前記他の成分は、少なくとも溶剤を含む成分であり、例えば、1、2−へキサンジオール、ブチルトリグリコール、グリセリン、トリメチロールプロパン、トリエチレングリコール、トリエタノールアミン等の溶剤の他、界面活性剤、イオン交換水等を含有することができる。前記界面活性剤としては、アセチレングリコール系、アセチレンアルコール系等の公知の界面活性剤を用いることができる(例えば、特開2010−189626号公報を参照)。
【0043】
また、放置安定性の確保、インクジェットヘッドからの安定吐出、目詰まり改善、あるいはインクの劣化防止等を目的として、保湿剤、溶解助剤、浸透制御剤、粘度調整剤、pH調整剤、溶解助剤、酸化防止剤、防腐剤、防黴剤、腐食防止剤、分散に影響を与える金属イオンを捕獲するためのキレート等種々の添加剤を添加することもできる。
【0044】
<クリア液>
本発明に用いるクリア液は、前記インクにおける色材を含まないこと以外は、該インクとほぼ同様の成分によって構成されている液体を用いることができる。
例えば、クリア液として、インクにおける色材を添加しない液体をそのまま用いた場合には、前記色材が含まれていない分だけ粘性が下がる。また、前記色材以外の成分としては、前述のように界面活性剤が含まれているが、前記色材を添加しないことによって、相対的に当該界面活性剤の含有量(たとえば重量%)が高くなるため、被捺染材に対する濡れ性が良好となり、当該クリア液は被捺染材の毛羽を濡らすことができる濡れ性になる。
【0045】
尚、クリア液は、それ単体で印捺することによって、捺染前の被捺染材の生地本体表面、あるいは捺染後のインク表面をクリア層によって覆うコーティングを形成するために用いることができるものであることが望ましい。
このようにクリア液をコーティングに用いる場合には、当該クリア液にはインクよりも高い前記洗濯堅牢性、耐擦性、定着性が求められる場合がある。このような場合には、クリア液に前記耐擦性等を高めることを目的として添加する樹脂を多く含有させることができる。前記樹脂を多く含有させると濡れ性が悪くなる場合があるが、界面活性剤の種類や量を変えることによって、該濡れ性を調節することができる。
【0046】
[実施例1]
以下、本発明の実施の形態を図を用いて説明する。図3は、本発明に係るインクジェット捺染装置の一例を示す概略図である。図4は、本発明に係るインクジェット捺染装置に用いる捺染ヘッドの一例を示す平面図である。
【0047】
本発明に係るインクジェット捺染装置10は、被捺染材13の幅方向(被捺染材13の短辺方向)に対して往復動可能に構成された捺染ヘッド11と、該捺染ヘッド11に設けられたノズル列からのクリア液および前記インクのそれぞれの吐出を制御する制御部12を備えている。x1およびx2は捺染ヘッドの移動方向であり、yは被捺染材13の搬送方向である。
【0048】
本実施例においては、まず、前記往復動によって単方向への印捺を実行可能な捺染ヘッド11について説明する。
捺染ヘッド11は図4に示されるように、前記クリア液(図4におけるCLおよびCL)を吐出するノズル列14a、ノズル列14bと、各色のインク[図4におけるY(イエロー)、M(マゼンタ)、C(シアン)、K(ブラック)]を吐出するノズル列15a、ノズル列15b、ノズル列15c、およびノズル列15dを備えている。各ノズル列は、捺染ヘッド11が設けられるキャリッジの軸方向(捺染ヘッドの移動方向x1および移動方向x2)に対して直交する方向に配列されている。
【0049】
本実施例では、特にインクだまを形成しやすいブラックインクを吐出するノズル列15aの両側に、クリア液を吐出するノズル列14aおよびノズル列14bが設けられている。このようにノズル列が配列されていることによって、前記往復動によって単方向への印捺を実行する、例えば、移動方向x1に捺染ヘッド11が移動するときに印捺を行う場合に、当該印捺ヘッド11の一度の移動において、インク(K)→クリア液(CL)の順で吐出を行う第1の印捺実行モードと、クリア液(CL)→インク(K)の順で吐出を行う第2の印捺実行モードの両方を制御部12によって実行することが可能となる。
【0050】
前記制御部12は、前記第1の印捺実行モードおよび第2の印捺実行モードの他、前記印捺ヘッド11の移動方向x1への一度の移動において、インクを吐出して行う第3の印捺実行モードと、同じくクリア液を吐出して行う第4の印捺実行モードを備えていることが好ましい。
【0051】
次に、本実施例のインクジェット捺染装置10を用いて行う、前記第1の印捺実行モードと、前記第2の印捺実行モードについて図を用いて説明する。
【0052】
はじめにインク→クリア液の順で吐出を行う第1の印捺実行モードについて説明する。図1は、本発明に係るインクジェット捺染装置による印捺の説明に用いる被捺染材表面の拡大図であり、図1(A)は先に吐出されたインクが被捺染材表面に着弾した直後の状態を示す図であり、図1(B)はインクの後にクリア液が吐出された状態を示す図であり、図1(C)はクリア液着弾後の被捺染材表面の状態を示す図である。
【0053】
第1の印捺実行モードでは、捺染ヘッドが移動方向x1に一度移動する間に、インク5の吐出と、前記インク5の上にクリア液6を重ねる吐出を実行する。このとき、毛羽を有する被捺染材1の生地本体表面では、先に吐出されたインク5が前記毛羽2の先端付近に付着し、「インクだま3」を形成する場合がある[図1(A)]。第1の印捺実行モードでは、前述のように前記インク5の吐出の後、すぐにクリア液6を重ね打ちする吐出を行うので、前記インクだま3の上に、クリア液6の液滴4が着弾する[図1(B)]。そして、前記インク5よりも濡れ性がよいクリア液6は、毛羽2の先端のインクだま3を下方に押し流すので、インク5は被捺染材1の本来インクが付着すべき染着位置(毛羽2の根元)にまで到達することができる[図1(C)]。
【0054】
次に、クリア液→インクの順で吐出を行う第2の印捺実行モードについて説明する。図2は、本発明に係るインクジェット捺染装置による印捺の説明に用いる被捺染材表面の拡大図であり、図2(A)は先に吐出されたクリア液が被捺染材表面に着弾した直後の状態を示す図であり、図2(B)はクリア液の後にインクが吐出された状態を示す図であり、図2(C)はインク着弾後の被捺染材表面の状態を示す図である。
【0055】
第2の印捺実行モードでは、捺染ヘッドが移動方向x1に一度移動する間に、クリア液6の吐出と、前記クリア液6の上にインク5を重ねる吐出を実行する。本印捺実行モードでは、前記インク5よりも被捺染材1に対する濡れ性がよいクリア液6を先に吐出するので、当該クリア液6は毛羽2を伝ってその根元、すなわち、前記被捺染材1の本来インク5が付着すべき染着位置にまで到達する[図2(A)]。そして、その直後にインク滴7が着弾する[図2(B)]。このとき、前記毛羽2の表面にはクリア液6が残った状態、或いはクリア液6で湿った状態であるので、インク滴7は毛羽2の先端で前記インクだま3(図1を参照)を形成し難くなるとともに、前記本来の染着位置に到達し易くなる[図2(C)]。
【0056】
以上のように、第1の印捺実行モードまたは第2の印捺実行モードを行うことによって、被捺染材1の前記毛羽2の先端付近に付着するインクだま3の形成を抑え、以って、被捺染材1の毛羽2の風合いを維持した状態での高い画像品質の印捺が可能となる。
【0057】
また、毛羽2を有する被捺染材1に対する捺染では、前記インクだま3を形成しやすいことから、一度に多くのインク5を吐出することができないため、ワンパスの印捺によって鮮明な画像を形成することは難しい。したがって、通常、被捺染材1の同一位置に複数回の印捺を行って画像を形成する。このような場合には、前記第1の印捺実行モードによる印捺を行った後に、当該被捺染材の同一の位置において前記第2の印捺実行モードによる印捺を行うことが好ましい。
【0058】
すなわち、前記ワンパスの印捺を同一の位置で二度行うにあたり、一度目はインク5を先に吐出した後に、クリア液6をその上に重ねて吐出し、二度目はクリア液6を先に吐出した後に、インク5をその上に重ねて吐出する。
【0059】
第1の印捺実行モードによる一度目の印捺を行うと、クリア液6を後に吐出しているので、前記一度目の印捺を終えた直後には、毛羽2の表面には少量のクリア液6が残った状態、或いはクリア液6で湿った状態となっている。被捺染材1の同一の位置で重ね打ちの印捺を行う場合、通常、一度目の印捺と二度目の印捺との間に時間差があるため、前記毛羽2の表面に残ったクリア液6は少し乾燥してしまうが、その一部は残っている。そのため、前記二度目の印捺を第2の印捺実行モード、すなわち、クリア液6を先に吐出するモードで行えば、前記毛羽2表面に残っているクリア液6を利用できるため、当該第2の印捺実行モードにおいて吐出するクリア液6の量を少なくすることが可能となる。吐出するインクまたはクリア液の量は、ドットサイズを変更することによって調節することができる。
【0060】
また、インクの色種によっては前記インクだまが発生しにくい場合があり、このような色種のインクによる印捺には、クリア液の重ね打ちを必要としない場合がある。また、クリア液は、それ単体で印捺することによってクリア液によるクリア層を形成し、インクによる印捺前の被捺染材表面のコーティングや、インクによる印捺によって形成した画像表面のコーティング等に用いることができる。
したがって、第1の印捺実行モードおよび第2の印捺実行モードに加え、前記第3の印捺実行モード(インクのみを吐出)と前記第4の印捺実行モード(クリア液のみを吐出)を組み合わせることによって、印捺に用いられるインクの色種や被捺染材の種類等に応じた印捺を行うことが可能となる。
【0061】
[実施例2]
図5は、本発明に係るインクジェット捺染装置に用いる捺染ヘッドの他の一例を示す平面図である。図5に示す捺染ヘッド16では、クリア液用のノズル列17がブラックインク(K)用のノズル列18aの片側にのみ配置されている。
【0062】
前記捺染ヘッド16は、該捺染ヘッド16の往復動によって双方向への印捺を行う場合に用いることができる。本実施例によれば、捺染ヘッドが移動方向x1に移動して印捺を実行する時には、ブラックインクを先に吐出し、クリア液をその上に重ねる印捺をワンパスで行うことができる。また、捺染ヘッドが移動方向x2に移動して印捺を実行する時には、クリア液を先に吐出し、ブラックインクをその上に重ねる印捺をワンパスで行うことができる。
【0063】
尚、図5に記載の捺染ヘッド16では、クリア液用ノズル列17と、各色のインク用のノズル列18a〜ノズル列18dとが、同一の捺染ヘッド16に設けられているが、前記クリア液用ノズル列17を有する第1の捺染ヘッドと、各色のインク用のノズル列15a〜ノズル列15dを有する第2の捺染ヘッドを、別体で設けることも可能である。
また、実施例1および実施例2は、被捺染材の搬送方向yに対して交差する方向に捺染ヘッド11または捺染ヘッド16を移動させながら印捺するシリアルプリンターの例であるが、本発明は、被捺染材の搬送方向yに交差する方向にノズル列が形成された捺染ヘッドを備え、前記被捺染材を搬送して印捺を行うラインプリンターにも適用できることは言うまでもない。
【0064】
以上が本発明のインクジェット捺染装置、および捺染物の製造方法の説明であり、これらにより、毛羽を有する被捺染材に対するインクジェット方式の捺染において、前記毛羽の先端付近に付着するインクだまの形成を抑え、以って、当該毛羽の立毛状態を維持した状態で高い画像品質の印捺が可能となる。
【符号の説明】
【0065】
1 被捺染材、 2 毛羽、 3 インクだま、 4 クリア液の液滴、
5 インク、 6 クリア液、 7 インク滴、
10 インクジェット捺染装置、 11 捺染ヘッド、
12 制御部、 13 被捺染材 、
14a、14b ノズル列、
15a、15b、15c、15d ノズル列、
16 捺染ヘッド、 17 ノズル列、
18a、18b、18c、18d ノズル列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
色材を含むインクを吐出するインク用ノズル列を備えた第1の捺染ヘッドと、
色材を含まず、前記インクよりも被捺染材に対する濡れ性がよいクリア液を吐出するクリア液用ノズル列を備えた第2の捺染ヘッドと、
前記インクおよび前記クリア液の吐出を制御する制御部と、を備え、
前記制御部は、前記捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に相対的に移動している間に、前記インクまたは前記クリア液の一方を吐出した後に、他方をその上に重ねて吐出する印捺実行モードを備えていることを特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項2】
請求項1に記載されたインクジェット捺染装置において、前記制御部は、インク→クリア液の順で吐出を行う第1の印捺実行モードを備えていることを特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載されたインクジェット捺染装置において、前記制御部は、クリア液→インクの順で吐出を行う第2の印捺実行モードを備えていることを特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項4】
請求項3に記載されたインクジェット捺染装置において、
被捺染材に前記第1の印捺実行モードを実行した後に、該被捺染材の同一の位置において前記第2の印捺実行モードを実行することを特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項5】
請求項3または4に記載されたインクジェット捺染装置において、
前記捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に通過している間に、インクを吐出して行う第3の印捺実行モードと、
前記捺染ヘッドが被捺染材の所定の範囲上を一方向に通過している間に、クリア液を吐出して行う第4の印捺実行モードと、を備え、
前記第1の印捺実行モードから第4の印捺実行モードのいずれかを組み合わせ、被捺染材の同一の位置へ印捺を実行可能であることを特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載されたインクジェット捺染装置において、前記制御部は、各捺染ヘッドから吐出されるインクおよび/またはクリア液のドットサイズを変えて印捺を実行するモードを備えていること特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載されたインクジェット捺染装置において、前記インク用ノズル列および前記クリア液用ノズル列の各列は、前記印捺実行モードを行う前記一方向に対して交差する方向に配列されており、
前記クリア液用ノズル列は、前記インク用ノズル列の少なくとも一つの色種の両側に配列されていることを特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項8】
請求項7に記載されたインクジェット捺染装置において、そのノズル列の両側に前記クリア液用ノズル列が配列されるインクの色種はブラックであること特徴とする、インクジェット捺染装置。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載されたインクジェット捺染装置によって捺染を実行して製造する、捺染物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−193472(P2012−193472A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−58375(P2011−58375)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】