説明

インク及びインクジェット記録方法

【課題】特に、インクジェット記録方式で画像を記録する場合などに、オフィスで使用されるビジネス文書として満足できる画像品位を与えることができる、水溶性の多価金属塩を含有する新たな紙に好適なインクの提供。
【解決手段】水溶性の多価金属塩を含有してなる紙への記録に用いられるインクであって、(a)顔料と、(b)界面活性能を持たず、分子量が150以上10,000以下であり、かつ、その分子構造中におけるリン酸を基本骨格とする官能基とホスホン酸を基本骨格とする官能基由来のリンの含有率((P量/分子量)×100)が1.4以上である、リン酸を基本骨格とする官能基及びホスホン酸を基本骨格とする官能基から選択される官能基を有する化合物を少なくとも1種含有してなり、(b)化合物の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として1.5質量%以上10.0質量%以下であるインク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顔料インクとそれを用いた記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット方式による画像記録方法は、安価な装置を使いながらも高品質な出力物が得られることから、家庭用のプリンタとして広く利用されている。また、近年は、オフィス用途といったビジネス分野などにも、その省エネルギー性という利点を生かして徐々に浸透しつつある。しかし、オフィスではビジネス文書の記録にインクジェット専用紙を使うことは稀であり、通常はPPC用紙(いわゆる普通紙)が用いられているため、出力物(記録物)は品質の点で改善の余地があった。特に、オフィス用途において、インクジェット記録で普通紙に画像品位に優れる、高品位の黒文字や、くっきりしたカラー図表を出力できる技術が強く求められている。これまでに、インクジェット記録であっても文字品位を高め画像濃度を向上させるために、紙自体に改良を施した新たな普通紙の提案が多数なされている。例えば、塩化カルシウムや塩化マグネシウムなどの水溶性の多価金属塩をサイズ剤とともに紙の表面や内部に取り込み、インク中の色材を固定するといった技術などがある。そして、このような技術が、インクジェット方式で普通紙記録した場合に、インクのにじみ防止や画像濃度向上などに有効であることは既に開示がされている(特許文献1〜3等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2009−513838号公報
【特許文献2】特開2005−289064号公報
【特許文献3】米国特許第6207258号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
オフィスで使用されるビジネス文書として満足できる画像品位をインクジェット記録方法で得るために、使用する紙自体を改良する方法が有効であることは上述したとおりである。しかし、本発明者らの検討によれば、この場合に、使用するインクの特性に大きく依存するところがあり、どのようなインクであっても期待した通りの効果が得られるということには、必ずしもならなかった。その中でも特に、画像の定着性を確保するため浸透性を高めたインクを用いた場合は、上記のようにして改良した普通紙であっても画像濃度向上効果がほとんど見られなかった。このことから、上記した紙の改良技術だけでビジネス文書として必要とされる画像品位を得ることは困難とみられ、その際に使用するインク側からの何らかの改善アプローチが必須と考えられる。
【0005】
したがって、本発明の目的は、特に、上述したインクジェット記録方式で画像を記録する場合に、オフィスで使用されるビジネス文書として満足できる画像品位を与えることができる、水溶性の多価金属塩を含有する新たな紙に好適なインクを提供することにある。また、本発明の目的は、特に普通紙に記録した場合に、優れた画像品位のビジネス文書を与えることができるインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的は、以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、水溶性の多価金属塩を含有してなる紙への記録に用いられるインクであって、(a)顔料と、(b)界面活性能を持たず、分子量が150以上10,000以下であり、かつ、その分子構造中におけるリン酸を基本骨格とする官能基とホスホン酸を基本骨格とする官能基由来のリンの含有率((P量/分子量)×100)が1.4以上である、リン酸を基本骨格とする官能基及びホスホン酸を基本骨格とする官能基から選択される官能基を有する化合物を少なくとも1種含有してなり、(b)化合物の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として1.5質量%以上10.0質量%以下であることを特徴とするインク、かかるインクを用いることを特徴とするインクジェット記録方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、水溶性の多価金属塩を含有する紙に適用して画像の記録を行った場合に、オフィスで使用されるビジネス文書として満足できる画像品位を与える画像が得られるインクが提供される。特に水溶性の多価金属塩を含有する普通紙に、リン酸を基本骨格とする官能基又はホスホン酸を基本骨格とする官能基を有し、これらの基に由来するリンの含有率と、分子量を規定して特定した特殊な化合物を、特定量含有するインクを用いて画像を記録する。これにより、優れた文字品位や高い画像濃度を達成する。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に好ましい実施の形態を挙げて本発明を詳細に説明する。本発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討した。その結果、特有の紙に適用するインク中に、上記した特殊な化合物を特定量含有させることで、インクの特性に関係なく、また、浸透性のインクであっても画像の光学濃度などが向上することを見出して本発明に至った。
【0009】
<水溶性の多価金属塩を含有する紙>
まず、本発明のインクを用いて記録を行う対象である紙について説明する。紙に含まれる水溶性の多価金属塩としては、例えば、カルシウム、マグネシウム、銅、亜鉛、ニッケルなどの2価の金属塩や、アルミニウム、イットリウムなどの3価の金属塩が挙げられる。また、塩を構成する陰イオンとしては、塩素や臭素などのハロゲン、硝酸、酢酸などが挙げられる。具体的には、例えば、硝酸カルシウム、酢酸カルシウム、塩化カルシウム、臭化カルシウム、硝酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化銅(II)、塩化亜鉛、塩化アルミニウム、みょうばんなどが挙げられる。また、紙はにじみ抑制などのためサイズ剤による処理が施されていてもよいが、この際に使用するサイズ剤は、サイジングの方法により異なる。サイズ剤としては、例えば、アビエチン酸、アルキルケテンダイマー、アルケニル無水コハク酸、スチレン−マレイン酸共重合体の塩、デンプン誘導体などが挙げられる。必要に応じて硫酸アルミニウムなどを併用してもよい。水溶性の多価金属塩を含有する紙の市販品としては、下記のようなものが挙げられる。具体的には、MultiCopy Original、MultiCopy Inkjet、berga Image、berga Focus(以上、ストラ・エンソ製)、IQ premium、IQ selection smooth、MAESTRO supreme、MAESTRO extra(以上、モンディ製)、HP Bright White Inkjet Paper、HP Multipurpose Paper、HP All-in-One Printing Paper、HP Advanced Paper(以上、ヒューレット・パッカード製)、First Choice MultiUse、First Choice Inkjet(以上、ドムター製)などである。
【0010】
<インク>
本発明のインクの主たる特徴は、(a)顔料と、(b)その分子量及び含有量が特定された、リンを含有する特定の化合物を少なくとも1種含有してなることにある。以下、本発明のインクを特徴づける、リンを含有する化合物(b)(以下、「リン化合物」と呼ぶ)について説明する。
【0011】
[(b)リン化合物]
本発明のインクを特徴づけるリン化合物は、リン酸を基本骨格とする官能基及びホスホン酸を基本骨格とする官能基から選択される少なくとも1種の官能基を有するが、まず、この点について説明する。本発明におけるリン酸、ホスホン酸を基本骨格とする官能基とは、ある官能基がリン酸やホスホン酸に由来する構造を有することを指す。そして、該リン化合物は、構造中にリン酸を基本骨格とする官能基及びホスホン酸を基本骨格とする官能基から選択される少なくとも1種の官能基が存在すればよく、構造については特に限定されるものではない。具体的には、例えば、直鎖状又は分岐状の高分子化合物、低分子化合物、無機化合物、リン脂質などが挙げられる。直鎖状又は分岐状の高分子化合物は、例えば、下記一般式(I)で表されるリン酸基を有するモノマーなどと、他のエチレン性不飽和モノマーと共重合することで得られる。
【0012】

(式中、Rは、水素原子又はメチル基を表し、nは1乃至6の整数を表す。)
【0013】
共重合用のエチレン性不飽和モノマーの具体例としては、疎水性モノマーとしては、例えば、スチレン、α−メチルスチレン、4−t−ブチルスチレン、4−クロロメチルスチレン、1−ビニルナフタレン、2−ビニルナフタレン、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸−n−ブチル、(メタ)アクリル酸ベンジル、(メタ)アクリル酸ナフチル、マレイン酸ジメチル、イタコン酸ジメチル、フマル酸ジメチルなどが挙げられる。
【0014】
また、イオン性の親水性モノマーとしては、例えば、4−スチレンスルホン酸及びその塩、(メタ)アクリル酸及びその塩、マレイン酸及びその塩、マレイン酸モノメチル及びその塩、イタコン酸及びその塩、イタコン酸モノメチル及びその塩、フマル酸及びその塩、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸及びその塩などが挙げられる。
【0015】
また、非イオン性の親水性モノマーとしては、例えば、(メタ)アクリル酸−2−ヒドロキシエチル、ジエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、テトラエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、(メタ)アクリルアミド、N−メチロール(メタ)アクリルアミド、N−ビニルホルムアミド、N−ビニルアセトアミド、N−ビニルピロリドンなどが挙げられる。
【0016】
また、前記した一般式(I)で表されるリン酸基を有するモノマーは、例えば、市販品として、ライトエステルP−1M、ライトエステルP−2M(以上、共栄社化学製)、ホスマーM、ホスマーPE(以上、ユニケミカル製)として入手できる。なお、当然であるが、上記のモノマーなどによって得られる高分子化合物は、インクに単に添加することで機能を発現させるだけではなく、後述する顔料を分散するための高分子分散剤として用いインクに配合することによっても機能を発現し得る。
【0017】
本発明に使用できる低分子化合物としては、リン酸又はホスホン酸の誘導体が挙げられ、例えば、リン酸モノエステル、リン酸ジエステル、ホスホン酸モノエステル、アルキルホスホン酸などが挙げられる。具体的化合物としては、ヘキシルホスホン酸、コリンリン酸などが挙げられる。
【0018】
また、本発明に使用できる無機化合物としては、例えば、下記一般式(II)及び(III)で表される直鎖状又は環状のポリリン酸が挙げられる。具体的には、例えば、ピロリン酸、トリポリリン酸などが挙げられるが、これらはアルカリ金属塩などとして市販されている。
【0019】

(式中、xは0以上の整数を表し、yは1乃至2の整数を表す。)
【0020】
また、本発明では、下記一般式(IV)及び(V)で表されるグリセロリン脂質やスフィンゴリン脂質などのリン脂質も好適に用いることができる。
【0021】

(式中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に、水素原子又は炭素数1乃至4のアルキル基を表し、R4は炭素数2乃至4のアルキレン基を表し、R5は炭素数1乃至21のアルキル基を表す。X及びYはそれぞれ独立に、水素原子又は炭素数1乃至18のアルキル基又はアシル基を表す。)
【0022】
本発明者らは詳細な検討の結果、メカニズムの詳細は不明であるが、本発明のインクを構成する際に、上記に挙げたような種々のリン化合物の中から複数種類を選択して併用することによる効果も見いだした。例えば、顔料を分散するための高分子分散剤として、先にリン化合物の1種として挙げた高分子化合物を用い、さらに、リン酸又はホスホン酸の誘導体、ポリリン酸、リン脂質から選択される少なくとも1種を併用すると、より一層の効果が発現する。特にインクジェット用に好適な本発明のインクにおいては、先にリン化合物の1種として挙げた高分子化合物を顔料を分散するための高分子分散剤として用いることが好ましい。インク中において顔料の高分子分散剤として機能させるためには、高分子化合物は、疎水性と親水性の両方の性質を有する高分子化合物であることを要するが、疎水性の顔料を水中に分散できるものであればよく、本発明で規定する「界面活性能」とは異なる。この点については後述する。
【0023】
以上、本発明のインクを構成し得るリン化合物について例示したが、本発明者らの詳細な検討によれば、本発明の目的を達成する効果を発現させるには、上記に挙げたリン化合物に属するだけでは不十分であることがわかった。すなわち、本発明においては、上記に挙げたリン化合物であって、かつ、以下に挙げる3つの特性のすべてを満足することが必要である。本発明のインクに使用できるリン化合物は、第一の特性として、界面活性能を有しないものであることを要する。また、第二の特性として、リン化合物の分子構造中におけるリン酸を基本骨格とする官能基とホスホン酸を基本骨格とする官能基由来のリンの含有率((P量/分子量)×100)が、1.4以上であることを要する。さらに、第三の特性として、リン化合物の分子量が150以上10,000以下であることを要する。
【0024】
本発明者らは、上記の3つの特性が必要な理由について、次のように考えている。まず、本発明の基本構想は、紙の中に配合された水溶性の多価金属塩と、インク中に配合されたリン化合物の相互作用を活用しようというものである。リン化合物の構造中に存在するリン酸を基本骨格とする官能基及びホスホン酸を基本骨格とする官能基は、紙に含まれる多価金属(例えばカルシウム)と極めて強い親和性がある。このため、インク中に配合させたリン化合物は、付与されると紙の最表面やその近傍に固定されると考えられる。このため、紙自体があたかもリン化合物で下処理されたような状態(「以下、単に下処理効果とも呼ぶ」)となり、インク中に含有させた色材である顔料が紙の内部に侵入できず、結果として高い画像濃度が発現できたものと考えている。そして、本発明の目的を達成するためには、インクに含有させるリン化合物が、前述した3つ特性を有するものであることが必要となる理由は、これらの特性がリン化合物を紙の最表面やその近傍に固定することに大きく関与するためと考えられる。
【0025】
以下、それぞれの特性が、リン化合物を紙の最表面やその近傍に固定することにどのように関与するかについて説明する。第一の特性である界面活性能を有しないことについては、界面活性能を有すると、インクの紙への浸透性が増すので、紙の最表面やその近傍にリン化合物を固定する目的に対し、反する特性であることは明らかである。従来、インクにリン酸系界面活性剤が配合されることもあったが、前述した理由から画像濃度の向上に対して有効に作用することはなかった。上記の通り、本発明で規定する界面活性能は、紙への浸透性の向上機能(浸透促進剤としての機能)を意味しており、単に、顔料粒子を水系媒体中に均一に分散させる分散剤として機能するものと同義ではない。界面活性能を持つ化合物は分散剤として機能することが可能であるが、顔料分散能を持つ化合物は必ずしも界面活性能を持つわけではないことは、分散剤として汎用的に使用されるポリビニルアルコールが界面活性能を持たないことからも理解できる。なお、ある化合物が界面活性能を有するか否かは、該化合物を含有する水溶液における化合物の濃度を増加させた際の水溶液の表面張力をプロットし、臨界ミセル濃度を有するか否かで容易に確認できる。
【0026】
紙の多価金属と、付与されたリン化合物のリン酸又はホスホン酸を基本骨格とする官能基との親和性が如何に強くても、巨大な分子中に僅かな量の官能基しか有していないのでは、リン化合物の紙表面への固定に有効に作用しないのは自明である。本発明者らは、かかる観点から使用するリン化合物について鋭意検討した。その結果、リン化合物中のリンの含有率として、分子構造中におけるリン酸を基本骨格とする官能基とホスホン酸を基本骨格とする官能基由来のリンの含有率((P量/分子量)×100)が1.4以上であることが必須であるとの知見を得た。そこで、これを第二の特性として規定した。上記P量は、リン化合物の1分子中におけるリン原子の数にリンの原子量である31を掛けることで算出できる。
【0027】
リン化合物の第三の特性である分子量は、例えば、緩衝剤として汎用されるリン酸塩などの低分子化合物では最表面やその近傍に固定されても十分な下処理効果を有さず、本発明が目的とする性能向上に結びつくことはなかったことから、見出したものである。すなわち、上記した知見に基づく検討の結果、「下地」を形成するためにはリン化合物の分子量も重要となることが判明し、さらなる詳細な検討の結果、分子量が150以上である場合に「下地」としての機能が発現され、下処理効果が得られることがわかった。一方、リン酸化合物の分子量があまりに大きいと紙へのインクの浸透が著しく阻害され、インクの定着に問題が発生することも判明したため、分子量の上限を10,000とすることとした。
【0028】
先述した一般式(IV)及び(V)で表されるリン脂質は、その構造上、界面活性能を有するように見られるため、本発明で規定するリン化合物において必要となる第一の特性に合致しないようにも見える。しかし、上記化合物は脂質多重膜を形成する(自己組織能を持つ)ことが知られており、本発明者らの検討によれば、実際は、本発明で規定する界面活性能(紙への浸透性の向上機能)を有するものには該当しないため、本発明に好適に使用できることがわかった。
【0029】
本発明においては、上記で規定したリン化合物のインク中における含有量(質量%)を、インク全質量を基準として、1.5質量%以上10.0質量%以下の範囲とすることを要する。すなわち、1.5質量%よりも少ないと、量が少な過ぎて十分な下処理効果が得られず、一方、10.0質量%より多量に配合してもそれ以上の効果の向上が望めないことのみならず、かえって顔料の分散安定性の低下などの弊害を生じる。
【0030】
[(a)顔料]
次に、本発明のインクを構成する顔料について説明する。顔料の種類としては、従来インクジェット用インクなどに適用されているブラック顔料やカラー顔料をいずれも使用することができる。インク中における顔料の含有量としては、インク全質量を基準として、1.0質量%以上20.0質量%以下、さらには、2.0質量%以上12.0質量%以下の範囲とすることが好適である。ブラック顔料としては、例えば、ファーネス法、チャネル法で製造されたカーボンブラックなどが挙げられ、中でも下記に挙げる特性のものが好適である。すなわち、一次粒子径が15nm以上40nm以下、BET法による比表面積が50m2/g以上300m2/g以下、DBP吸油量が40ml/100g以上150ml/100g以下、揮発分が0.5%以上10%以下、pH値が2乃至9の特性のものである。また、カラー顔料としては、一次粒子径が15nm以上300nm以下程度の特性を有するものが好適である。
【0031】
(分散剤)
本発明のインクに配合される上記に挙げたような顔料は、分散剤を用いてインク中に分散させることができる。ここで用いる分散剤としては、高分子分散剤、界面活性剤などが挙げられる。高分子分散剤としては、分子内に顔料と親和性を持つ疎水性の機能と、水への分散を可能とする親水性の機能を有し、親水性がイオン性と非イオン性の両方の機能により実現されているものを好適に用いることができる。例えば、疎水性及び親水性(イオン性と非イオン性)の機能を有する分散剤や、疎水性及び親水性(イオン性)の機能を有する分散剤と、疎水性及び親水性(非イオン性)の機能を有する分散剤とを組み合わせたものなどを用いることができる。このような分散剤としては、具体的には、疎水性と親水性の機能を併せ持つ親水性樹脂や界面活性剤、または、これらを併用したものが挙げられる。このような疎水性と親水性の機能を併せ持つ親水性樹脂は、原料となる、疎水性のモノマーと、親水性のモノマーとを共重合することで得られる。このようなモノマーとしては、先述のリン化合物が高分子化合物である場合に使用することができるエチレン性不飽和モノマーとして挙げたものと同様のモノマーを用いることができる。
【0032】
上記の疎水性と親水性の機能を併せ持つ親水性樹脂は、市販品として入手することも可能であり、代表的な材料として、JONCRYL RESIN(BASF製)が挙げられる。
【0033】
また、上記親水性樹脂の立体構造としては、ブロック共重合体、グラフト共重合体、或いは、ランダム共重合体のいずれでもよい。また、重合方法はラジカル重合、イオン重合など、使用するモノマーに応じて適宜選択すればよい。上記親水性樹脂の好ましい重量平均分子量は1,000以上30,000以下の範囲であり、さらに好ましくは、3,000以上15,000以下の範囲である。なお、これらの親水性樹脂を顔料の分散剤として用いる際は、インク中の顔料の全質量に対して15質量%以上200質量%以下の範囲で含有させるのが好ましい。
【0034】
また、先述の通り、親水性樹脂として、リン化合物の1種として先に説明した、構造中に、リン酸基及びホスホン酸基から選択される少なくとも1種の官能基を有する直鎖状又は分岐状の高分子化合物を顔料を分散する高分子分散剤として用いることもできる。
【0035】
また、本発明のインクに使用し得る顔料の分散剤として機能する界面活性剤としては、特に限定されない。例えば、インクジェット用インクの調製の際に従来より用いられている種々の界面活性剤をいずれも使用できる。イオン性の親水性の機能を有する界面活性剤であるアニオン型界面活性剤又は両性型界面活性剤や、非イオン性の親水性の機能を有するノニオン型界面活性剤などが挙げられる。界面活性剤は、単独で用いても、2種以上適宜組み合わせて用いてもよい。
【0036】
上記したような顔料と分散剤が含有されてなる本発明のインクは、中性ないしは弱アルカリ性に調整されていることが好ましい。このようにすれば、分散剤として使用される親水性の材料の溶解性を向上させ、長期保存性に一層優れたインクとすることができる。ただし、この場合、インクジェット記録装置に使われている種々の部材の腐食原因となる場合があるので、pHを7乃至10の範囲とするのが好ましい。
【0037】
この際に使用されるpH調整剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、水酸化テトラメチルアンモニウムなどの各種有機アミンなどを用いることができる。また、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物などの無機アルカリ剤、酢酸、乳酸などの有機酸や、塩酸、硫酸、硝酸などの鉱酸なども用いることができる。
【0038】
(水性媒体)
本発明のインクには、水又は、水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を含有させることが好ましい。インク中の水溶性有機溶剤の含有量は、インク全質量を基準として、3.0質量%以上50.0質量%以下の範囲、より好ましくは3.0質量%以上40.0質量%以下の範囲である。また、インク中の水の含有量は、インク全質量を基準として、40.0質量%以上90.0質量以下が好適な範囲である。
【0039】
水としては脱イオン水を用い、水と混合させる水溶性有機溶剤としては、従来よりインクジェット用インクの調製に用いられているものをいずれも使用できる。具体的には、以下のような水溶性有機溶剤が挙げられる。例えば、1価又は多価のアルコール類、アミド類、ケトン類、ケトアルコール類、環状エーテル類、グリコール類、多価アルコールの低級アルキルエーテル類、ポリアルキレングリコール類、グリセリン、N−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなどである。これらは、単独で用いても、又は2種以上を併用してもよい。
【0040】
(その他の成分)
また、本発明のインクは、上記した成分の他に、必要に応じてインクに所望の物性を得るために、界面活性剤、消泡剤、防腐剤などを適宜に添加することができる。特に、浸透促進剤として機能する界面活性剤は、記録媒体にインクの液体成分を速やかに浸透させる役割を担うための適量を添加することが好ましい。これらの添加剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.05質量%以上10.0質量%以下の範囲、好ましくは0.1質量%以上2.0質量%以下の範囲が好適である。
【0041】
上記したような構成を有する本発明のインクは、常法にしたがって調製することができるが、例えば、インクジェット用インクとする場合には、下記のような調製方法により作製することができる。先ず、分散剤としての親水性の材料と水とが少なくとも含有された水性媒体に顔料を添加し、混合撹拌した後、分散処理を行い、必要に応じて遠心分離処理を行って、所望の顔料分散液を得る。この際、顔料表面の濡れ性を改善し、顔料表面への分散剤の吸着を促進する目的で、分散処理する前に、プレミキシングを30分間以上行うのが好ましい。また、上記の顔料の分散処理に際には、インクジェット記録方法における耐目詰り性などの観点に適した粒度分布を有する顔料を用いることが好ましい。次に、上記のようにして得た分散液に水性媒体や必要に応じて添加剤を適宜加え、撹拌して、インクとする。
【実施例】
【0042】
以下、実施例及び比較例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、これらに限定されるものではない。なお、以下の記載で「%」とあるものは、特に断りのない限り質量基準である。
【0043】
<高分子化合物の合成>
撹拌機、温度計、窒素導入管を備えたフラスコに、溶媒(1−メトキシ−2−プロパノール)500.0部と、下記表1の左欄に示すモノマー及び重合開始剤(アゾビスイソブチロニトリル)を表1に示す量で仕込んだ。そして、窒素ガス還流下、温度110℃で4時間重合反応を行い、共重合体を合成した。その後、反応系から、仕込んだ溶媒の半量程度を留去した後、大量のメタノール中に混合物を注入することで共重合体を析出させ、さらに乾燥し、各高分子化合物を得た。得られた高分子化合物について水溶液濃度と表面張力の関係を調べ、界面活性能を持たないことを確認し、また、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー及びICPによる分析を行い、重量平均分子量及びリン含有率の値を求め、表1の右欄に示した。
【0044】

【0045】
<顔料分散液の調製>
下記表2の上段に示す各成分を混合し、ペイントシェーカーを用いて8時間分散させた。その後、遠心分離処理によって粗大粒子を除去し、さらに、ポアサイズ3.0μmのミクロフィルター(富士フイルム製)にて加圧ろ過した。その後、表2の下段に示す顔料の含有量となるように水で調整し、表2下段に示した量で樹脂を含有してなる各顔料分散液を得た。
【0046】

【0047】

【0048】
<インクの調製>
上記で調製した各顔料分散液を使用して、下記表3に示す各成分を混合し、十分に撹拌した後、ポアサイズ2.5μmのミクロフィルター(ポール製)にて加圧ろ過して、各インクを調製した。なお、表3中のMWは重量平均分子量を、Mは分子量を意味する。また、表3中の各リン酸化合物の分子構造中におけるリン酸基とホスホン酸基由来のリンの含有率((P量/分子量)×100)は、それぞれ下記の通りである。コリンリン酸=16.9、t-ブチルホスホン酸=22.5、ピロリン酸=34.8、トリポリリン酸=36.0、ホスファチジルコリン(平均分子量:768)=4.0である。また、アセチレノールE100は、川研ファインケミカル製のノニオン性界面活性剤であり、アセチレングリコールに10モルのエチレンオキシド基を付加した化合物である。
【0049】

【0050】

【0051】

【0052】

【0053】
<評価>
熱エネルギーによりインクを吐出させる記録ヘッドを有するインクジェット記録装置(商品名:PIXUS Pro9500;キヤノン製)を、1/600平方インチの領域に18ng相当のインクを付与するように改造した。この記録装置を用い、用紙として水溶性の多価金属塩を含有する紙である用紙1又は水溶性の多価金属塩を含有しない紙である用紙2に各インクで下記の記録パターンを作成し評価を行った。評価結果を表4に示す。
用紙1 商品名:HP Multipurpose Paper;ヒューレットパッカード製
用紙2 商品名:Xerox Business 4200 Paper;ゼロックス製
【0054】
(画像濃度)
前記装置を用いて用紙に画像濃度評価用のベタ画像パターンを記録し、25℃の環境下で24時間乾燥させた。その後、反射濃度計RD−918(グレタグマクベス製)を用い画像濃度(OD)を測定した。
【0055】
(画像の均一性)
前記装置を用いて用紙に画像濃度評価用のベタ画像パターンを記録し、25℃の環境下で24時間乾燥させた。得られた画像パターンを下記の基準により目視にて評価した。
A:ベタ画像に濃度ムラが全く確認できない
B:ベタ画像に僅かな濃度ムラが見られる
C:ベタ画像に濃度ムラが容易に確認できる
【0056】
(画像の定着性)
定着性は、「電驚」の10ポイント文字を記録し、記録部分を記録から10秒後に40g/cm2の重さをかけたシルボン紙で1回擦り、記録部分の乱れを目視で観察し、下記の基準で評価した。
A:擦れによる画像の乱れや非記録部分の汚れがない
B:擦れによる画像の乱れや非記録部分の汚れが殆どない
C:擦れによる画像の乱れや非記録部分の汚れが少しある
D:擦れにより画像が大きく乱れ、非記録部分に汚れがみられる
【0057】
(インクの保存安定性)
インクをフッ素樹脂製の容器に入れ密栓したうえで60℃の環境下に1ヶ月保存し、保存前後における顔料の粒径からその変化率を求め、以下の基準で評価した。
A:粒径の変化率が10%未満
B:粒径の変化率が10%以上20%未満
C:粒径の変化率が20%以上
D:インクに析出物が発生した
【0058】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性の多価金属塩を含有してなる紙への記録に用いられるインクであって、
(a)顔料と、(b)界面活性能を持たず、分子量が150以上10,000以下であり、かつ、その分子構造中におけるリン酸を基本骨格とする官能基とホスホン酸を基本骨格とする官能基由来のリンの含有率((P量/分子量)×100)が1.4以上である、リン酸を基本骨格とする官能基及びホスホン酸を基本骨格とする官能基から選択される官能基を有する化合物を少なくとも1種含有してなり、(b)化合物の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として1.5質量%以上10.0質量%以下であることを特徴とするインク。
【請求項2】
前記(b)化合物が、直鎖状又は分岐状の高分子化合物、リン酸モノエステル又はアルキルホスホン酸、ポリリン酸及びリン脂質から選択される少なくとも1種の化合物である請求項1に記載のインク。
【請求項3】
前記(b)化合物が、直鎖状又は分岐状の高分子化合物であって、かつ、顔料を分散するための高分子分散剤として含有されている請求項2に記載のインク。
【請求項4】
前記(b)化合物が、顔料を分散するための高分子分散剤として含有させた直鎖状又は分岐状の高分子化合物と、リン酸モノエステル又はアルキルホスホン酸、ポリリン酸及びリン脂質から選択される少なくとも1種の化合物とを含む請求項2に記載のインク。
【請求項5】
水溶性の多価金属塩を含有する紙にインクを付与して記録を行うインクジェット記録方法であって、インクに請求項1〜4のいずれか1項に記載のインクを用いることを特徴とする記録方法。

【公開番号】特開2011−122072(P2011−122072A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−281194(P2009−281194)
【出願日】平成21年12月11日(2009.12.11)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】