説明

インジウムターゲット及びその製造方法

【課題】異常放電の発生を抑えながら高いスパッタレートを達成することの可能なインジウムターゲット及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明によれば、インジウムと銅の合計原子数に対して0.5〜7.5at%の銅を含有し、残部インジウム及び不可避的不純物からなるインジウムターゲットであり、全体の平均結晶粒径が10mm以下のインジウムターゲットが提供される。当該インジウムターゲットはインジウムと銅の合計原子数に対して0.5〜7.5at%の銅を含有し、残部インジウム及び不可避的不純物からなる組成をもつインジウム合金を溶解鋳造することにより製造可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスパッタリングターゲット及びその製造方法に関し、より詳細にはインジウムターゲット及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インジウムは、Cu−In−Ga−Se系(CIGS系)薄膜太陽電池の光吸収層形成用のスパッタリングターゲットとして使用されている。
【0003】
従来、インジウムターゲットは溶解鋳造法によって主に製造されている。
特公昭63−44820号(特許文献1)にはバッキングプレートにインジウムの薄膜を形成した後、該薄膜の上にインジウムを流し込み鋳造することでバッキングプレートと一体に形成する方法が記載されている。
また、特開2010−024474号公報では、加熱された鋳型に所定量のインジウム原料を投入して溶解し、表面に浮遊する酸化インジウムを除去し、冷却してインゴットを得、得たインゴット表面を研削してインジウムターゲットを得るに際し、所定量のインジウム原料を一度に鋳型に投入せずに複数回に分けて投入し、都度生成した溶湯表面の酸化インジウムを除去し、その後、冷却して得られたインゴットを表面研削して得る方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭63−44820号公報
【特許文献2】特開2010−024474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、この様な溶解鋳造法でインジウムターゲットを製造する場合、冷却速度が大きいとターゲット内部に空隙ができてしまうために、スパッタ中に異常放電が発生してしまうという問題があった。一方で、冷却速度を小さくすると、結晶粒径が大きくなって、スパッタレートが小さくなってしまうという問題があった。
【0006】
そこで、本発明は、異常放電の発生を抑えながら高いスパッタレートを達成することの可能なインジウムターゲット及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討したところ、インジウムへ銅を所定濃度範囲添加することによって、結晶粒径の成長が抑制されて結晶粒が小さくできることを見出した。そのため、異常放電の原因となるターゲット内の空隙発生を防止するために溶解鋳造時の冷却速度を遅くしても、結晶粒の粗大化が抑制されるため、高いスパッタレートをもつターゲットが得られる。
【0008】
以上の知見を基礎として完成した本発明は一側面において、インジウムと銅の合計原子数に対して0.5〜7.5at%の銅を含有し、残部インジウム及び不可避的不純物からなるインジウムターゲットであり、全体の平均結晶粒径が10mm以下、且つ、孔径50μm以上の空隙が1個/cm3以下のインジウムターゲットである。
【0009】
本発明に係るインジウムターゲットは一実施形態において、最大結晶粒径が20mm以下である。
【0010】
本発明は別の一側面において、インジウムと銅の合計原子数に対して0.5〜7.5at%の銅を含有し、残部インジウム及び不可避的不純物からなる組成をもつインジウム合金を溶解鋳造する工程を含むインジウムターゲットの製造方法である。
【0011】
本発明に係るインジウムターゲットの製造方法は一実施形態において、溶解鋳造時の冷却速度3〜70℃/分として冷却する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、異常放電の発生を抑えながら高いスパッタレートを維持することの可能なインジウムターゲットが得られる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、インジウムに対して所定量の銅を添加することで、溶解鋳造時の結晶粒の粗大化を抑制した点に特徴を有する。理論によって本発明が限定されることを意図しないが、インジウムに銅を添加することによって、インジウムと銅の溶体の凝固時に、インジウムと銅の化合物の析出により結晶核が早期に多く形成されることから、結晶粒が大きくなることを抑制することができるものと推測される。また、空隙の成長を抑制する効果もある。
【0014】
銅の添加量は少なすぎると効果が顕著に表れないため、インジウムと銅の合計原子数に対して1.5at%以上の銅を添加すべきである。一方で、あまりに多量に添加すると、異相の析出で異常放電が起き易くなることからインジウムへの銅の固溶限以下、具体的にはインジウムと銅の合計原子数に対して7.5at%以下の添加量とすべきである。従って、本発明に係るインジウムターゲットの組成は一実施形態において、インジウムと銅の合計原子数に対して0.5〜7.5at%の銅を含有し、残部インジウム及び不可避的不純物からなる。銅の添加量は、インジウムと銅の合計原子数に対して1〜6at%であるのが好ましく、2〜4at%であるのがより好ましい。
【0015】
その結果、本発明に係るインジウムターゲットは一実施形態において、全体の平均結晶粒径を10mm以下に制御することができる。一般に、インジウムインゴットを溶解鋳造法で作製する場合、インジウムインゴット内で空隙の発生を避けようとすると、ある程度ゆっくりした冷却速度で冷却する必要があり、この場合は平均結晶粒径は約40mm以上程度と大きくなる。このような大きな結晶粒径ではスパッタの成膜速度が小さくなってしまう。しかしながら、本発明では銅を所定量添加したことでこのようなゆっくりした冷却速度でも結晶粒の成長を抑制することができる。
【0016】
全体の平均結晶粒径が小さくなればそれだけ成膜速度は大きくなるものの、結晶粒を小さくするにも限度があるため、全体の平均結晶粒径は好ましくは1〜6mmであり、より好ましくは1〜3mmである。
【0017】
本発明において、インジウムターゲット全体の平均結晶粒径は以下の方法で測定する。
ターゲットの表面を弱酸で軽くエッチングする、または、表面にカーボン粉を擦り付けて結晶粒界を見易くした後、ターゲット表面の任意の25mm×50mmの範囲を測定対象領域として、目視により、その領域内の結晶粒の個数(N)を数える。領域の境界に跨って存在する結晶粒は0.5個として扱う。測定対象領域の面積(S=1250mm2)を結晶粒の個数(N)で割ることによって、結晶粒の平均面積(s)を算出する。結晶粒を球と仮定して、平均結晶粒径(A)を以下の式で算出する。
A=2(s/π)1/2
【0018】
本発明に係るインジウムターゲットは好ましい実施形態において、最大結晶粒径が20mm以下である。ターゲット全体の平均結晶粒径に加えて最大結晶粒径を20mm以下に制御することにより、結晶粒径の分布のばらつきが少なくなることで、スパッタの成膜速度の変化が少なくなると共に、特に成膜速度の遅い領域が排除される。最大結晶粒径は好ましくは15mm以下であり、より好ましくは10mm以下であり、例えば5〜10mmである。
【0019】
本発明において、インジウムターゲットの最大結晶粒径は以下の方法で測定する。
上記の平均粒径測定時の測定対象面積内の結晶粒の中で最大の結晶粒の面積(smax)について、結晶粒を球と仮定して、最大粒径(B)を以下の式で算出する。
B=2(smax/π)1/2
【0020】
本発明に係るインジウムターゲットは好ましい実施形態において、孔径50μm以上の空隙が1個/cm3以下である。ターゲット内部に存在する空隙、とりわけ孔径0.5mm以上の大きな空隙はスパッタ中に異常放電を発生させる原因となるために極力少なくすることが望ましい。本発明によれば、添加した銅による結晶粒粗大化抑制効果が働くため、インゴットの溶解鋳造時に空隙の発生を抑制するような遅い冷却速度で冷却することができ、結晶粒の微細化と空隙発生防止を両立可能である。孔径50μm以上の空隙は好ましくは0.5個/cm3以下であり、より好ましくは0.3個/cm3以下であり、例えば0〜0.3個/cm3である。
【0021】
本発明において、孔径50μm以上の空隙の数は電子走査式超音波探傷器で測定する。ターゲットを上記装置の探傷器水槽内にセットして、周波数帯域1.5=20MHz、パルス繰返し周波数5KHz、スキャンスピード60mm/minで測定、得られる像イメージから、孔径50μm以上の空隙をカウントして、測定対象ターゲットの体積から空隙の個数割合を求める。ここで、孔径とは像イメージの孔を取り囲む最小円の直径で定義される。
【0022】
次に、本発明に係るインジウムターゲットの製造方法の好適な例を順を追って説明する。まず、原料であるインジウム及び所定量の銅を溶解し、鋳型に流し込む。使用する原料インジウムや銅は、不純物が含まれていると、その原料によって作製される太陽電池の変換効率が低下してしまうという理由により高い純度を有していることが望ましく、例えば、99.99質量%以上の純度の原料を使用することができる。溶解温度は銅の添加量に応じて調節することが、原料を完全に融解させる必要性からより望ましい。例えば、銅が0.5以上2.5未満at%の添加量のときは170〜210℃とすることが好ましく、銅が2.5以上5.0未満at%の添加量のときは210〜260℃とすることが好ましく、銅が5.0以上7.5以下at%の添加量のときは260〜320℃とすることが好ましい。その後、室温まで冷却して、インジウムインゴットを形成する。
冷却は空気による自然放冷(約10℃/分)でもよいが、冷却速度を遅く、例えば9℃/分以下、好ましくは8℃/分以下で冷却することでインゴット内に空隙が発生するのを一層抑制する効果が得られる。ただし、あまり遅すぎると今度は銅による結晶粗大化抑制効果が十分に得られなくなることから、3℃/分以上とすることが好ましく、5℃/分以上とすることがより好ましい。一方で、結晶粒径の成長を防止することを重視する場合は冷却速度を高めることもできる。例えば20℃/分以上とすることができ、好ましくは50℃/分とすることができる。ただし、あまり速すぎると今度は空隙量が大きくなりやすいので、最大でも70℃/分で冷却するのが好ましい。特に、本発明では空隙の発生を抑制する銅を添加していることから、冷却速度の上昇割合に比べて空隙量の増加割合が小さい。そのため、冷却速度を高めに設定することで、高スパッタレート及び異常放電の抑制を高いレベルで達成することが可能である。
冷却速度の調整は、冷却速度を小さくする場合は、鋳型をヒーター等で加熱保温することで、逆に、冷却速度を大きくする場合は、鋳型の周辺に冷却水を供給することによる水冷等の方法で行うことができる。ここでの冷却速度は、(インジウムの溶解温度−25℃)/(冷却開始後、インジウムの温度が溶解温度から25℃に低下するまでの時間)で計算される。溶解鋳造後、必要に応じて形状加工や表面研磨してインジウムターゲットとする。
【0023】
結晶粒の微細化や、空隙の低減がより厳格に求められる場合には、溶解鋳造後に冷間圧延を行うことが好ましい。インジウムインゴットを冷間圧延することにより、結晶構造に物理的力を加えて、すべり転位等の作用により、結晶粒径を小さくすることができ、また、内部に存在していた空隙を冷間圧延時に押し潰すことから、空隙を小さくすることも可能となる。冷間圧延時の合計の圧下率が大きければ大きいほど、結晶粒径は微細化され、結晶粒径のばらつきは低減され、空隙は縮小する。圧下率は例えば50〜80%とすることができる。
【0024】
ターゲットの厚みは特に制限はなく、使用するスパッタ装置や成膜使用時間等に応じて適宜設定すればよいが、通常3〜20mm程度であり、典型的には5〜10mm程度である。
【0025】
このようにして得られたインジウムターゲットは、CIGS系薄膜太陽電池用光吸収層作製用のスパッタリングターゲットとして好適に使用することができる。例えば、本発明に係るインジウムターゲットをスパッタして得られる膜は、その後、Cu−Ga合金のスパッタ後、セレン化して、太陽電池に使用される銅−インジウム−ガリウム−セレン(Cu−In−Ga−Se)系(以下、CIGSと略記)膜を形成するために、インジウムターゲット中に銅が含まれていても問題はない。
【実施例】
【0026】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0027】
原料となるインジウム(純度5N)及び銅(純度5N)を用意し、インジウムと銅の合計原子数に対して、銅を表1に記載の原子濃度だけ添加したインジウム及び銅の混合物を表1に記載の温度で溶解し、この溶体を周囲が直径205mm、高さ7mmの円柱状の鋳型で、下部を銅製のバッキングプレートで囲まれた領域内に流し込んだ後、室温(25℃)まで表1に記載の冷却速度で冷却して、インジウム合金インゴットを作製した。次いで、インゴットを直径203.2mm、厚さ6mmの円板状に加工して、発明例及び比較例の各スパッタリングターゲットとした。
【0028】
得られたインジウムターゲットに対して、次のA〜Dの特性値を先述した方法により測定した。A、Bの測定には表面研磨用に市販のカーボン紛を使用した。Dの測定には日本クラウトクレーマー株式会社製の電子走査式超音波探傷システムPA−101を使用した。
A:全体の平均結晶粒径
B:最大結晶粒径
C:孔径50μm以上の空隙の個数割合
【0029】
また、これら発明例及び比較例のインジウムターゲットを、ANELVA製SPF−313H装置で、スパッタ開始前のチャンバー内の到達真空度圧力を1×10-4Paとし、アルゴンガスを5sccmでフローさせ、スパッタ時の圧力を0.5Pa、スパッタパワー650Wで、コーニング社製#1737ガラスを基板として、基板加熱を行わずに、5分間成膜した。結果を表2に示す。表2には、スパッタレート及びスパッタ中の異常放電の回数が記載されている。
スパッタレートは、成膜時間と段差計による膜厚測定の結果から算出し、異常放電の回数は目視の方法により測定した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
表1及び表2より以下のことが分かる。
比較例1は銅を添加しなかったため、結晶粒径が大きくなり、スパッタレートが遅かった。
発明例1〜4では、銅の添加濃度の上昇に伴って、結晶粒径はより小さく、スパッタレートはより高くなった。
比較例2では、銅濃度が高すぎたために、異常放電が発生した。
比較例3は銅を添加していないが、高速冷却したことで結晶粒径を小さくすることはできた。しかしながら、空隙量が大きくなり、異常放電の回数が増加した。
発明例5及び6は、冷却速度を遅くすることで空隙量を減少させた例である。銅を添加したことで結晶粒の成長を抑制することが出来た。
比較例4は銅を添加したものの、冷却速度を遅くし過ぎたことで結晶粒が過大となった例である。
発明例7は、冷却速度を高めることでスパッタレートを高くした例である。冷却速度はかなり高いが空隙量の増加は抑制され、異常放電は見られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インジウムと銅の合計原子数に対して0.5〜7.5at%の銅を含有し、残部インジウム及び不可避的不純物からなるインジウムターゲットであり、全体の平均結晶粒径が10mm以下、且つ、孔径50μm以上の空隙が1個/cm3以下のインジウムターゲット。
【請求項2】
最大結晶粒径が20mm以下である請求項1に記載のインジウムターゲット。
【請求項3】
インジウムと銅の合計原子数に対して0.5〜7.5at%の銅を含有し、残部インジウム及び不可避的不純物からなる組成をもつインジウム合金を溶解鋳造する工程を含むインジウムターゲットの製造方法。
【請求項4】
溶解鋳造時の冷却速度を3〜70℃/分として冷却する請求項3に記載のインジウムターゲットの製造方法。