説明

インダイレクトスポット溶接方法

【課題】インダイレクトスポット溶接に際し、溶接設備の機能の制約を受けず、簡便な溶接前工程によって、溶融した状態で形成されたナゲットを安定して得ることができるインダイレクトスポット溶接方法を提供する。
【解決手段】少なくとも2枚の金属板を重ね合わせた部材に対し、一方の面側から金属板に溶接電極を加圧しながら押し当て、他方の面側の金属板には該溶接電極と離隔した位置に給電端子を取り付け、該溶接電極と該給電端子との間で通電して溶接を行うインダイレクトスポット溶接において、金属板間の重ね合わせ面全面に、絶縁性を有する粘稠な物質を介在させた状態で溶接を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも2枚の金属板を重ね合わせた部材に対し、一方の面側から金属板に溶接電極を加圧しながら押し当て、他方の面側の金属板には離れた位置で給電端子を取り付け、これら溶接電極と給電端子との間で通電して溶接を行うインダイレクトスポット溶接の方法に関し、特に簡便な溶接前工程により安定した溶融ナゲットの形成を可能ならしめようとするものである。
【背景技術】
【0002】
自動車ボディーや自動車部品の溶接に際しては、従来から抵抗スポット溶接、主にダイレクトスポット溶接が使用されてきたが、最近では、シリーズスポット溶接法やインダイレクトスポット溶接法等が使用されるようになった。
【0003】
上記した3種類のスポット溶接の特徴を、図1を用いて説明する。
いずれのスポット溶接も、重ね合わせた少なくとも2枚の金属板を溶接により接合する点では変わりはない。
図1(a)は、ダイレクトスポット溶接法を示したものである。この溶接は、同図に示すとおり、重ね合わせた2枚の金属板1,2を挟んでその上下から一対の電極3,4を加圧しつつ電流を流し、金属板の抵抗発熱を利用して、点状の溶接部5を得る方法である。なお、電極3,4はいずれも、加圧制御装置6,7および電流制御装置8をそなえており、これらによって加圧力と通電する電流値が制御できる仕組みになっている。
【0004】
図1(b)に示すシリーズスポット溶接法は、重ね合わせた2枚の金属板11,12に対し、離れた位置で、同一面側(同一方向)から一対の電極13,14を加圧しつつ電流を流し、点状の溶接部15-1,15-2を得る方法である。
【0005】
図1(c)に示すインダイレクトスポット溶接法は、重ね合わせた2枚の金属板21,22に対し、一方の金属板21には電極23を加圧しながら押し当て、他方の金属板22には離れた位置で給電端子24を取り付け、これらの間で通電することにより、金属板21,22に点状の溶接部25を形成する方法である。
【0006】
上記した3種類の溶接法のうち、スペース的に余裕があり、金属板を上下から挟む開口部が得られる場合には、ダイレクトスポット溶接法が用いられる。
しかしながら、実際の溶接に際しては、十分なスペースがない、閉断面構造で金属板を上下から挟むことができない場合も多く、かような場合には、シリーズスポット溶接法やインダイレクトスポット溶接法が用いられる。
【0007】
しかしながら、シリーズスポット溶接法やインダイレクトスポット溶接法を上記のような用途に使用する際には、重ね合わせた金属板は一方向からのみ電極により加圧され、その反対側は支持の無い中空の状態になっている。従って、両側から電極で挟むダイレクトスポット溶接法のように電極直下に局部的に高い加圧力を与えることができない。また、通電中に電極が金属板に沈み込んでいくため、電極−金属板、金属板−金属板間の接触状態が変化する。このような理由により、重ね合わせた金属板間で電流の通電経路が安定せず、溶融溶接部が形成されにくいという問題があった。
【0008】
上記の問題を解決するため、溶接中の電流または電極加圧力を変化させるシリーズスポット溶接方法またはインダイレクトスポット溶接方法が、特許文献1〜3に開示されている。
【0009】
特許文献1には、「金属板を重ねた接触点にナゲットを形成するため、溶接初期に大電流を流して電極ナゲットを形成してから、定常電流を流す」ようにしたシリーズスポット溶接が記載されている。
【0010】
また、特許文献2には、「シリーズスポット溶接又はインダイレクトスポット溶接の通電時に、電流値を高く維持する時間帯と電流値を低く維持する時間帯を交互に繰り返す」ことからなる溶接法、さらには「電流値を高く維持する時間帯と電流値を低く維持する時間帯を交互に繰り返すにつれて、電流値を高く維持する時間帯の電流値を徐々に高くする」ことからなる溶接方法が開示されている。
【0011】
さらに、特許文献3には、「少なくとも2枚の金属板を重ね合わせた部材に対し、一方の面側から金属板に溶接電極を加圧しながら押し当て、他方の面側の金属板には該溶接電極と離隔した位置に給電端子を取り付け、該溶接電極と該給電端子との間で通電して溶接を行うインダイレクトスポット溶接法において、通電する電流値については通電開始から終了まで一定にする一方、電極の加圧力に関しては、通電開始から2つの時間帯t1,t2に区分し、最初の時間帯t1では加圧力F1で加圧したのち、次の時間帯t2では、F1よりも低い加圧力F2で加圧することを特徴とするインダイレクトスポット溶接方法」が開示されている。
【0012】
また、上記の問題を解決するため、溶接部周辺の金属板間の接触状態を規定したシリーズスポット溶接方法およびインダイレクトスポット溶接方法が、それぞれ特許文献4および本出願人による先行出願(特願2009-200946)に記載されている。
【0013】
特許文献4には、「電極を接触させる位置に他の部分よりも一段高い座面を形成し、座面を押しつぶすように加圧接触させて溶接することにより、バック電極なしに十分な溶接強度が得られる」ようにしたシリーズスポット溶接が開示されている。
【0014】
また、特願2009-200946には、「少なくとも2枚の金属板を重ね合わせた部材に対し、一方の面側から金属板に溶接電極を加圧しながら押し当て、他方の面側の金属板には該溶接電極と離隔した位置に給電端子を取り付け、該溶接電極と該給電端子との間で通電して溶接を行うインダイレクトスポット溶接において、溶接部を除く金属板間の重合面を電気的に絶縁する」ことにより、溶接時における電流の分散を効果的に抑制して、安定的に溶融ナゲットを形成することができるようにしたインダイレクトスポット溶接方法が記載されている。このインダイレクトスポット溶接方法において、溶接部を除く金属板間の重合面を電気的に絶縁するための絶縁体は、固有抵抗が十分に大きく、また溶接時に溶接部の周囲へ伝導する熱で加熱、溶融、酸化等による劣化が起こらない材料で構成され、具体的には、アクリル樹脂、メラミン樹脂、シリコン樹脂およびフッ素樹脂等の有機材料および無機材料またはこれらをベースとする塗料や被覆材、あるいはアラミドや石英ガラス等の有機材料や無機材料またはこれらをベースとする繊維材等が例示されている。
【0015】
一方、近年、自動車等の組付けに関し、接着とダイレクトスポット溶接法を併用したウェルドボンド法が注目されるようになり、徐々にその適用範囲を広げている。従来のダイレクトスポット溶接法は点接合であるが、ウェルドボンド法は面接合となることから、接合強度及び剛性が向上する。従って車体の軽量化に有効とされ、さらには振動・衝撃特性に優れ、騒音の低減、シール性の確保等、利点が多いとされている。接着剤を併用したダイレクトスポット溶接方法は、特許文献5〜10に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開平11-333569号公報
【特許文献2】特開2006-198676号公報
【特許文献3】特開2010-194609号公報
【特許文献4】特許第3753005号公報
【特許文献5】特開平4-123879号公報
【特許文献6】特許第3184260号公報
【特許文献7】特開平6-55277号公報
【特許文献8】特開平2-211986号公報
【特許文献9】特許第3169902号公報
【特許文献10】特開2008-80394号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、特許文献1〜3では、溶接中に電流、電極加圧力を変化させることが可能な溶接設備を使用する必要があるという制約がある。
【0018】
また、特許文献4では、シリーズスポット溶接については有効であると考えられるが、インダイレクトスポット溶接に対しては有効であるとは限らず、しかも電極を接触させる位置に他の部分よりも一段高い座面をプレスなどで形成する工程が必要になり、高コストとなるという問題がある。
【0019】
また、特願2009-200946では、「溶接部を除く金属板間の重合面を電気的に絶縁する」ためには、溶接部を除く領域において選択的に絶縁体を介在させるという煩雑な工程を必要とするだけでなく、絶縁されていない位置を十分な精度で溶接することが難しいというところにも若干の問題を残していた。
【0020】
一方、特許文献5〜10に開示のウェルドボンド法は、上述のとおり接着剤を併用し面接合とすることによって接合強度及び剛性の向上を図った抵抗スポット溶接法であるにすぎず、これら文献には、接着剤を併用したインダイレクトスポット溶接方法は開示されていない。また、溶接部を除く金属板間の重合面を電気的に絶縁するために接着剤を活用することについても開示がない。
【0021】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、重ね合わせた金属板を一方向からのみ電極で加圧し、その反対側は支持の無い中空の状態で溶接するインダイレクトスポット溶接に際し、溶接設備の機能の制約を受けず、簡便な溶接前工程によって、溶融した状態で形成されたナゲットを安定して得ることができるインダイレクトスポット溶接方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
さて、発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、以下に述べる知見を得た。
a)重ね合わせた金属板を一方向からのみ電極を接触、加圧し、その反対側は支持の無い中空の状態でインダイレクトスポット溶接を行う場合、両側から電極で挟むダイレクトスポット溶接法のように電極直下に局部的に高い加圧力を与えることができないため、電極直下で金属板が加圧され生じる密着面に高い電流密度が得られず、その周辺に通電経路が分散する。そのため、インダイレクトスポット溶接では前記密着面で溶融に達するに十分な発熱が得難く、溶融ナゲットが形成されにくい。また、溶融ナゲットが形成される場合でも、溶融ナゲットの形成される位置が、金属板の板厚方向に対して、電極に接触する金属板側に偏り、密着面での溶融が十分に得られないことがある。
b)上記a)の問題を解決するには、重ね合わせた金属板において、溶接を実施する領域を除く金属板間の重合面を絶縁した状態で溶接を実施し、通電経路を溶接部に限定することが有効であり、これにより、安定して溶融ナゲットを形成することができる。
しかしながら、溶接部以外の領域のみに絶縁体を介在させるには、煩雑な工程が必要であった。
c)上記b)の解決策は、金属板間の重合面の全面に絶縁性の粘稠な物質を介在させることにより簡便に達成することができる。すなわち、金属板間の重合面に絶縁性の粘稠な物質を介在させることにより、溶接部以外の領域については金属板間を電気的に絶縁することができる一方、溶接部については電極を加圧することにより、粘稠な物質が押し退けられるので金属板間の通電が確保される。これにより、溶接部の周辺に通電経路が分散する問題を解決することができ、溶融した状態で形成されたナゲットを安定して得ることができる。
d)また、上記した絶縁性の粘稠な物質としては、例えば、熱硬化性または常温硬化性のエポキシ系などの有機樹脂が挙げられる。上記粘稠な物質を熱硬化性の有機樹脂系の接着剤とすれば、当該接着剤を金属板間の重合面に未固化状態で介在させて溶接した後、例えば自動車の焼付け塗装工程のような加熱を経ることで硬化させて金属板間を接着することができ、上記したような安定した溶融ナゲットを形成することができる効果に加えて、接合強度及び剛性を向上させることができる。また、上記粘稠な物質を常温硬化性の有機樹脂系の接着剤としても、同様の効果を得ることができる。
【0023】
e)一方、上記c)のように溶接を行うと、金属板の種類、厚さによっては、上記a)で述べた傾向とは逆に、溶融ナゲットの形成される位置が、金属板の板厚方向に対して、電極が接触していない側の金属板に偏る傾向を示すことがある。
【0024】
f)上記d)の傾向を是正し、溶融ナゲットをより好適な位置に形成するためには、上記c)のように金属板間の重合面に絶縁性の粘稠な物質を介在させることに加え、溶接部以外の箇所に通電経路を設け、溶接時にその通電経路に流れる電流を調整して、給電される総電流に対する溶接部に流れる電流の比率を制御することが有利であり、これにより、電極直下に形成される溶融ナゲットの板厚方向の位置を調整することができる。すなわち、電流制御装置から給電される総電流に対して溶接部に流れる電流の比率を小さくしていくと、溶接部の密着面での抵抗発熱が抑えられる一方、電極周辺の電極が接触する金属板では、溶接部と溶接部以外の箇所で通電した電流の総計が集中するため、抵抗発熱が顕著となる。よって、電極に接触する金属板側に溶融ナゲットが形成される傾向となる。上記に示す方法により、溶融ナゲットの板厚方向の位置を金属板間を十分に跨ぐ位置に調整することができ、溶接部の密着面で十分な溶融ナゲットの径を得ることができる。
【0025】
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.少なくとも2枚の金属板を重ね合わせた部材に対し、一方の面側から金属板に溶接電極を加圧しながら押し当て、他方の面側の金属板には該溶接電極と離隔した位置に給電端子を取り付け、該溶接電極と該給電端子との間で通電して溶接を行うインダイレクトスポット溶接において、金属板間の重ね合わせ面全面に、絶縁性を有する粘稠な物質を介在させた状態で溶接を行うことを特徴とするインダイレクトスポット溶接方法。
2.上記1において、前記絶縁性を有する粘稠な物質は接着剤であり、該接着剤を未固化状態で金属板間の重ね合わせ面全面に介在させて溶接を行った後、該接着剤を固化させることを特徴とするインダイレクトスポット溶接方法。
3.上記1または2において、重ね合わせた金属板の溶接部以外の箇所に通電経路を設け、該通電経路に流れる電流を調整して、給電される総電流に対する溶接部に流れる電流の比率を制御することにより、該溶接部に形成される溶融ナゲットの板厚方向の位置を調整することを特徴とするインダイレクトスポット溶接方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明に従い、金属板間の重ね合わせ面に絶縁性の粘稠な物質を介在させた状態で溶接を行うことにより、溶接設備の機能の制約を受けず、簡便な溶接前工程によって、溶接時における電流の分散を効果的に抑制し、溶融した状態で形成されたナゲットを安定して形成することができる。
また、本発明に従い、絶縁性を有する粘稠な物質を接着剤とし、接着剤を未固化状態で金属板間の重ね合わせ面全面に介在させて溶接を行った後、接着剤を固化させることにより、接合強度及び剛性を効果的に向上させることができる。
また、本発明に従い、重ね合わせた金属板の溶接部以外の箇所に設けた通電経路に流れる電流を調整して、給電される総電流に対する溶接部に流れる電流の比率を制御することにより、溶接部に形成される溶融ナゲットの板厚方向の位置を調整することができ、その結果、溶接部の金属板同士の密着面で十分な径の溶融ナゲットを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】ダイレクトスポット溶接法(a)、シリーズスポット溶接法(b)およびインダイレクトスポット溶接法(c)の溶接要領の説明図である。
【図2】本発明に従うインダイレクトスポット溶接の溶接要領を示した図であって、(a)は、金属板間の重合面に絶縁性の粘稠な物質を介在させる段階、(b)は、金属板の一方の面側から溶接電極を加圧しながら押し当てる段階、(c)は、溶接電極と給電端子との間で通電する段階を示す。
【図3】図2に示す本発明に従うインダイレクトスポット溶接において、重ね合わせた金属板の溶接部以外の箇所に通電経路を設ける場合の溶接要領を示す図である。(a)は、重ね合わせた金属板に接触端子を取り付け、かかる通電端子を抵抗を介して結線する場合、(b)は、重ね合わせた金属板間の重合面に予め溶接部を設けて通電経路とする場合、(c)は、重ね合わせた金属板間の重合面の一部を加圧して粘稠な物質を押し退け、金属板を密着させて通電経路とする場合を示す。
【図4】本発明に従うインダイレクトスポット溶接の溶接要領の別例を示す図である。(a)は、重ね合わせた金属板の溶接部以外の箇所には通電経路を設けない場合、(b)は、重ね合わせた金属板に接触端子を取り付け、かかる通電端子を抵抗を介して結線する場合、(c)は、重ね合わせた金属板間の重合面に予め溶接部を設けて通電経路とする場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を図面に従い具体的に説明する。
図2に、本発明に従い、金属板間の重ね合わせ面に絶縁性の粘稠な物質を介在させた状態、すなわち、溶接部を除く金属板間の重ね合わせ面を上記粘稠な物質によって電気的に絶縁した状態で溶接を行うインダイレクトスポット溶接の溶接要領を示す。構成の骨子は、前掲図1(c)に示した従来のインダイレクトスポット溶接と共通するので、同一の番号を付して示し、図中番号26が絶縁性の粘稠な物質である。
【0029】
粘稠な物質26は、固有抵抗が十分に大きく、金属板間に配置された際に、溶接時の金属板間の通電を遮断する程度の絶縁性を有する物質で構成され、かつ、適正な粘度および塗布厚さ、すなわち金属板が電極による加圧を受けた際に、溶接部では粘稠な物質が押し退けられて金属板間の通電が確保される程度の粘度および塗布厚さを有している。
ここに粘度については、0.1 Pa・s 〜1000 Pa・s の範囲とすることが好ましい。粘度がこの範囲より小さいと、金属板が電極による加圧を受けた際に、粘稠な物質が過度に押し退けられてしまい、通電を溶接部に限定する効果が十分に得られないからであり、他方、粘度がこの範囲より大きいと、金属板が電極による加圧を受けた際に、溶接部から粘稠な物質が十分に押し退けられず、溶接部での通電が行われないおそれがあるからである。より好ましい粘度範囲は0.7Pa・s 〜20Pa・s である。
また、塗布厚さは、0.1 mm 〜3 mm の範囲とすることが好ましい。塗布厚さがこの範囲より小さいと、金属板が電極による加圧を受けた際に、やはり粘稠な物質が過度に押し退けられてしまい、通電を溶接部に限定する効果が十分に得られないからであり、他方、塗布厚さがこの範囲より大きいと、金属板が電極による加圧を受けた際に、溶接部から粘稠な物質が十分に押し退けられず、溶接部での通電が行われないおそれがあるからである。より好ましい塗布厚さは0.5mm 〜2.0mm である。
なお、電極による加圧により、溶接部の粘稠な物質が完全にその周りに押し退けられるわけではないが、金属板同志が局所的にでも接触していれば通電するので、溶接が可能になる。
本発明の粘稠な物質としては、例えば、液加熱硬化型エポキシ系の有機樹脂や、上記有機樹脂系の接着剤などが挙げられる。
【0030】
このような粘稠な物質26を用いて実施する、本発明に従う溶接要領は次のとおりである。
すなわち、
a)まず、図2(a)に示すように、重ね合わせた金属板間の重合面に絶縁性の粘稠な物質26を介在させる。これにより、金属板間を電気的に絶縁することができる。
b)さらに、図2(b)に示すように、これら金属板の一方の面側から溶接電極23を加圧しながら押し当てる。この電極加圧により、溶接部では粘稠な物質26が押し退けられて金属板間の密着面が確保される。
c)この電極加圧を行った状態で、図2(c)に示すように、溶接電極23と給電端子24との間で通電して溶接を実施する。
上述した要領で溶接を行うことにより、金属板間の通電が溶接部に限定され、高い電流密度が得られるため、溶接部において溶融ナゲット25の安定した形成が可能になる。
また、絶縁性の粘稠な物質26として接着剤を用いることにより、上記した溶融ナゲット25の安定した形成が可能となるだけでなく、従来の接着とダイレクトスポット溶接法を併用したウェルドボンド法と同様に、接合強度及び剛性の向上、さらには優れた振動・衝撃特性、騒音の低減、シール性の確保等の利点も得られることは言うまでもない。
なお、絶縁性の粘稠な物質26としてエポキシ系有機樹脂などの熱硬化性の接着剤を用いる場合は、溶接後に通常行われる鋼板の焼付塗装時の加熱により固化させることができるため、かような未固化の接着剤26の固化のために特別な工程を設ける必要はない。
【0031】
ところで、上述したように、溶接を実施する領域を除く金属板間の重合面を絶縁した状態で溶接を行うと、金属板の種類、厚さによっては、溶融ナゲットの形成される位置が、金属板の板厚方向に対して、電極が接触していない側の金属板に偏る傾向を示す。
そこで、かような場合には、重ね合わせた金属板において溶接部以外の箇所に通電経路を設け、その経路の電気抵抗を操作することにより、溶接時にその経路に流れる電流を調整することが有利である。これにより、電流制御装置から給電される総電流に対する溶接部に流れる電流の比率を制御し、電極直下に形成される溶融ナゲットの板厚方向の位置を変化させることができ、溶接部の金属板同士の密着面で十分な溶融ナゲットの径を得ることができる。
【0032】
具体的には、電流制御装置から給電される総電流に対して溶接部に流れる電流の比率が小さくなると、溶接部の密着面での抵抗発熱が抑えられる一方、電極周辺の電極が接触する金属板では、溶接部と溶接部以外の箇所で通電した電流の総計が集中するため、抵抗発熱が顕著となる。よって、電極に接触する金属板側に溶融ナゲットが形成される傾向となり、前記の板厚方向に対して電極が接触していない側の金属板への溶融ナゲットの偏りを調整することができる。溶融ナゲットの板厚方向の位置を金属板間を十分に跨ぐ位置に調整するために好適な、総電流に対する溶接部に流れる電流の比率の範囲は、重ね合わせた金属板の種類、厚さによって相違するので、溶接部以外の箇所に設けられた通電経路の抵抗値は、前記した電流の比率が好適な範囲となるよう制御することが好ましい。また、この溶接部以外の箇所に設けられた通電経路は、複数とすることができる。
【0033】
図3(a)に、本発明に従い、金属板間の重合面に絶縁性の粘稠な物質を介在させることに加え、さらに溶接部以外に通電経路を設けてインダイレクトスポット溶接を行う場合の溶接要領を示す。構成の骨子は、前掲図2と共通するので、同一の番号を付して示し、図中番号27が通電端子、28が抵抗である。
図3(a)に示したように、重ね合わせた金属板に通電可能な接触端子27を取り付け、かかる通電端子27を抵抗器など所定の電気抵抗値を有する伝導体を介して結線することによって、重ね合わせた金属板の重合部とは別の箇所に通電経路を設けることができる。
また、図3(b)、(c)に示すように、重ね合わせた金属板間の重合面に、溶接を実施する領域以外に通電箇所を設ける方法が考えられる。図3(b)は、重ね合わせた金属板間の重合面に予め溶接部29を設けて通電経路とする場合であり、図3(c)は、重ね合わせた金属板間の重合面の一部を加圧し、この加圧箇所から粘稠な物質26を押し退かせて金属板を密着させ、この密着箇所30を通電経路とする場合である。
【0034】
このようにして得られた通電経路に流れる電流を制御するにあたり、電流制御装置に結線された給電端子、電極および上記した通電箇所の位置を調整することにより、通電経路の抵抗値を相対的に調整することができ、これにより、前記したように、電極直下に形成される溶融ナゲットの板厚方向の位置を変化させ、溶融ナゲットの板厚方向の位置を金属板間を十分に跨ぐ位置に調整し、金属板の密着面で十分な溶融ナゲットの径を得ることができる。なお、この溶接部以外の箇所に設ける通電経路は、必ずしも一ヶ所に限られるわけではなく、複数箇所とすることもできる。
【0035】
また、本発明のインダイレクトスポット溶接の実施に際しては、図2,3に示した方法の他、図4に示すような方法を用いてもよい。
図4(a)に示す方法は、溶接部を挟んで、その下部から重ね合わせた鋼板を支持する凹形状の金属製治具31を設けたもので、重ね合わせた鋼板において、溶接部を除く鋼鈑間の重合面を粘稠な物質26によって電気的に絶縁した状態でインダイレクトスポット溶接を行う方法であり、図2(a)〜(c)と同様の段階を経て実施することができる。
また、図4(b)は、溶接部を除く鋼鈑間の重合面を粘稠な物質26によって電気的に絶縁し、さらに溶接部以外に通電経路を、鋼板間の重合面とは別の箇所に設けて、インダイレクトスポット溶接を行う方法である。
さらに、図4(c)は、溶接部を除く鋼鈑間の重合面を粘稠な物質26によって電気的に絶縁し、さらに重ね合わせた鋼板間の重合面に予め設けた溶接部29を通電経路として、インダイレクトスポット溶接を行う方法である。
【実施例】
【0036】
本発明に従うインダイレクトスポット溶接法を、重ね合わせた2枚の鋼板に対して実施した。鋼板は、板厚が0.65mmで、表1に示す化学成分になる引張強さ:270 N/mm2以上の冷延鋼板(SPC270)と、板厚が1.2mmで同じく表1に示す化学成分になる引張強さ:270 N/mm2以上のSPC270鋼板を使用した。粘稠な物質としては、液加熱硬化型エポキシ系の有機樹脂を用いた。
【0037】
【表1】

【0038】
図4(a)に示したような凹形状の金属製治具の上に、重ね合わせた2枚の鋼板を配置し、支持間隔を30mmとし、治具下部に給電端子を取付け、上方から電極で加圧し、クロム銅合金製で先端にR40mmの曲面を持つ形状の電極および直流インバータ式の電源を使用して、溶接を行った。
【0039】
また、図4(b)および図4(c)に示した要領での溶接も実施した。なお、図4(c)において、溶接を実施する領域の中心は、2箇所の既存の溶接部の中心を結ぶ線分の中間点とした。また、溶接を実施する領域の中心からいずれかの既存の溶接部の中心までの距離を、40mm,80mm,120mmとした。
【0040】
SPC270鋼板からなる上鋼板および下鋼板の板厚、電極の加圧力、電流値、鋼板重合面における粘稠な物質の有無を表2に示す。通電経路の区別において、図4(a)に示すように溶接部以外の箇所の通電経路のなしの場合は「なし」、図4(b)に示すように溶接部以外の箇所の通電経路があり、それが重ね合わせた鋼板の重合面以外の箇所に設置された導電体である場合は「導電体」、図4(c)に示すように溶接部以外の箇所の通電経路が、重ね合わせた鋼板の重合面に予め設けた溶接部である場合であり、溶接を実施する領域の中心からいずれかの既存の溶接部の中心までの距離が40mmの場合は「既溶接部:40mm」、80mmの場合は「既溶接部:80mm」、120mmの場合は「既溶接部:120mm」、と表記した。なお、全ての条件において、通電開始から終了までの時間は0.30秒とした。
【0041】
表2中、発明例1〜3は、上鋼板、下鋼板を板厚:1.2mmのSPC270鋼板とし、重合部に粘稠な物質を介在させて、溶接を行った。
発明例4〜6は、上鋼板を板厚:0.65mmのSPC270鋼板、下鋼板を板厚:1.2mmのSPC270鋼板とし、重合部に粘稠な物質を介在させて、溶接を行った。
発明例7〜9は、上鋼板を板厚:0.65mmのSPC270鋼板、下鋼板を板厚:1.2mmのSPC270鋼板として、重合部に粘稠な物質を介在させ、上、下鋼板の重合面以外の箇所に導電体を設置して溶接部以外の通電経路を設け、溶接を行った。
発明例10〜14は、上鋼板を板厚:0.65mmのSPC270鋼板、下鋼板を板厚:1.2mmのSPC270鋼板として、重合部に粘稠な物質を介在させ、上、下鋼板の重合面の既溶接部を溶接部以外の通電経路として、溶接を行った。
これに対し、比較例1〜3は上鋼板、下鋼板を板厚:1.2mmのSPC270鋼板として、比較例4〜6は上鋼板を板厚:0.65mmのSPC270鋼板、下鋼板を板厚:1.2mmのSPC270鋼板とし、重合部に粘稠な物質を介在させず、溶接を行った。
【0042】
表3に、表2に示す条件で溶接したときの溶接部のナゲット径、ナゲット厚さ、ナゲット厚さ/径、後述する1.5Tの値および外観不具合について調べた結果を示す。
なお、表3においてナゲット径は、溶接部を中心で切断した断面において、上鋼板、下鋼板間の重合面上での長さとした。ナゲット厚さは、溶接部を中心で切断した断面において、上鋼板、下鋼板間に跨って形成される溶融部の最大厚さとした。重合面から上鋼板側の厚さを「上板」、重合面から下鋼板側の厚さを「下板」、上鋼板から下鋼板に跨る総厚さを「合計」として、記載した。また、ナゲット厚さ/径は、上述したナゲット厚さをナゲット径で除したものである。
ここに、ナゲット径NDが次式(1)を満たし、かつ、ナゲット厚さ/径が0.22以上であり、重合面から上、下鋼板側の厚さがそれぞれ0.2mm以上であれば、溶融した状態で形成された碁石形の好適なナゲットが上、下鋼板間を十分に跨ぐ位置に形成された、と判断することができる。
ND ≧ 1.5 T ・・・(1)
ただし、ND:ナゲット径(mm)
T:重ね合わせた金属板の総板厚(mm)
【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
表3に示したとおり、本発明に従いインダイレクトスポット溶接を行った発明例1〜14はいずれも、十分なナゲット径と、この径に対して十分な厚さを有する溶融ナゲットを得ることができ、さらに、溶融ナゲットが上、下鋼板間を十分に跨ぐ位置に形成されていた。また、外観不具合は全く観察されなかった。
これに対し、比較例5はナゲット径が2.1mmとなったが、十分なナゲット厚さが得られず、ナゲット厚さ/径が0.22より小さくなった。その他の比較例1〜4,6では、ナゲットの形成は観察されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、重ね合わせた金属板を一方向からのみ電極で加圧し、その反対側は支持の無い中空の状態で行うインダイレクトスポット溶接において、金属板間の重合面全面に絶縁性の粘稠な物質を介在させて溶接を行うことにより、簡便な溶接前工程によって、十分なナゲット径と、この径に対して十分な厚さを有する溶融ナゲットを安定して形成することができる。
【符号の説明】
【0047】
1,2 金属板
3,4 電極
5 点状の溶接部
6,7 加圧制御装置
8 電流制御装置
11,12 金属板
13,14 電極
15-1,15-2 点状の溶接部
21,22 金属板
23 電極
24 給電端子
25 溶接部
26 粘稠な物質
27 通電端子
28 抵抗
29 溶接部
30 除去箇所
31 凹形状の金属製治具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2枚の金属板を重ね合わせた部材に対し、一方の面側から金属板に溶接電極を加圧しながら押し当て、他方の面側の金属板には該溶接電極と離隔した位置に給電端子を取り付け、該溶接電極と該給電端子との間で通電して溶接を行うインダイレクトスポット溶接において、金属板間の重ね合わせ面全面に、絶縁性を有する粘稠な物質を介在させた状態で溶接を行うことを特徴とするインダイレクトスポット溶接方法。
【請求項2】
請求項1において、前記絶縁性を有する粘稠な物質は接着剤であり、該接着剤を未固化状態で金属板間の重ね合わせ面全面に介在させて溶接を行った後、該接着剤を固化させることを特徴とするインダイレクトスポット溶接方法。
【請求項3】
請求項1または2において、重ね合わせた金属板の溶接部以外の箇所に通電経路を設け、該通電経路に流れる電流を調整して、給電される総電流に対する溶接部に流れる電流の比率を制御することにより、該溶接部に形成される溶融ナゲットの板厚方向の位置を調整することを特徴とするインダイレクトスポット溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−157888(P2012−157888A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−19130(P2011−19130)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】