説明

インパルス音源及び残響時間測定方法

【課題】 取り扱いが簡便で安定したインパルス波形の衝撃音を発するインパルス音源を提供する。
【解決手段】 折り紙による紙鉄砲2であって、この紙鉄砲2を振り下ろすことにより単発の衝撃音を発させる。紙鉄砲2は、開く袋が一つになるようにしたもので、内側に折り込まれた二つの袋が開くことにより衝撃音を発生する紙鉄砲の片側の袋2aだけで構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンサートホールやスタジオなどの残響時間の測定に使用するインパルス音源とそれを用いた残響時間測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
残響時間の測定は、コンサートホールやスタジオなどの音響性能を重視した音場に限らず、遮音および床衝撃音性能の測定対象とされる一般の居室においても、受音側の吸音状態を知る目的から必要となる機会は多い。例えば、残響時間の長い構造の会議室では、話の内容が聞き取り難いので、残響時間を測定する必要がある。
【0003】
残響時間を測定する方法としては、大型の12面体スピーカなどから十数秒帯域ノイズを順次放射させ、急激に放射を停止した時点から暗騒音レベルに至るまでの音の減衰過程を観測する方法(ノイズ断続法)が知られており、1つの部屋につき大型スピーカを移動させて複数回の測定をしている。また、簡易の残響時間測定として、インパルス音源を用いた方法が知られており、1つの部屋につき複数個所で測定をしている。簡易なインパルス音源としては、陸上競技用スタータピストル、クラッカー(火薬発火音)や風船(破裂音)が使用されている。その他、手をたたく音や、ベルトなどによる打撃音が使われている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、陸上競技用スタータピストルは、ピストルの形状で、火薬を使用するため、交通機関によっては持ち込めない場合があり、取り扱いが面倒である。また、測定回数分の火薬が必要である。クラッカーも陸上競技用スタータピストルと同様で、使い勝手がよくない。また、風船は、測定の度に膨らませなければならないし、一定の状態に膨らますのは非常に難しいので、安定した音源として採用できない。手をたたく音やベルトなどの打撃音は、低周波の成分が少なく、また十分な音圧を得ることも難しい。
【0005】
本発明は、従来の技術が有するこのような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、取り扱いが簡便で安定したインパルス波形の衝撃音を発するインパルス音源及び残響時間測定方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく請求項1に係る発明は、紙鉄砲の片側の構造を有する発音部を備え、この発音部を振り下ろすことにより室内の残響時間を測定するための単発の衝撃音を発させるものである。
【0007】
また、前記紙鉄砲の開閉軸となる折り目(2b)に前記紙鉄砲の片側の構造を支持する支持部材(4)を設けることもできる。
【0008】
請求項3に係る発明は、室内の残響時間を測定する方法であって、請求項1又は請求項2記載のインパルス音源により衝撃音を発生させるインパルス音発生工程と、このインパルス音発生工程で発生させた衝撃音によるインパルス応答を測定するインパルス応答測定工程と、前記インパルス音発生工程と前記インパルス応答測定工程を所定回数繰り返す繰り返し工程と、この繰り返し工程で測定したインパルス応答からインパルス応答積分法により残響時間を算出する残響時間算出工程からなるものである。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に係る発明によれば、安価で持ち運びが簡便で繰り返し使うことができ、安定した再現性のよいインパルス波形の衝撃音を発生させることができる。
【0010】
また、紙鉄砲の開閉軸となる折り目に紙鉄砲の片側の構造を支持する支持部材を設ければ、操作者によるバラツキが低減されたインパルス波形の衝撃音を発生させることができる。
【0011】
請求項3に係る発明によれば、クラッカーや風船と比較して、尾引きの少ないインパルス波形の衝撃音を発生させることができるので、残響時間の測定精度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係るインパルス音源の外観図で、(a)は衝撃音を発する前の状態、(b)は衝撃音を発した後の状態
【図2】本発明に係るインパルス音源の別実施の形態の外観図で、(a)は支持部材を折り目の内側に配置した場合、(b)は支持部材を折り目の外側に配置した場合
【図3】紙鉄砲の寸法図
【図4】各種音源の最大音圧レベルを示す図で、(a)は本発明に係るインパルス音源の実施例1場合、(b)は本発明に係るインパルス音源の実施例2場合、(c)はクラッカーの場合、(d)は風船の場合
【図5】実施例2,4,6の最大音圧レベルの比較図
【図6】各種音源の音圧波形図で、(a)は本発明に係るインパルス音源の場合、(b)はクラッカーの場合、(c)は風船の場合
【図7】各種音源の周波数特性の比較図
【図8】残響時間測定システムの構成図
【図9】本発明に係る残響時間測定方法の手順を示すフローチャート
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。本発明に係るインパルス音源1は、図1に示すように、矩形の紙で作製した紙鉄砲2と、この紙鉄砲2の端部を着脱自在に把持するグリップ3からなる。紙鉄砲2は、開く袋が一つになるようにしたもので、内側に折り込まれた二つの袋が折り目2bを開閉軸として開くことにより衝撃音を発生する紙鉄砲の片側の袋(発音部)2aだけで構成される。開く袋が二つのままであると、二つの袋が開く時刻が微妙にずれることによってパルスが二重に発生してしまうので、これを防止するため開く袋を一つにした。また、紙鉄砲2の構造であれば、使用するたびに紙鉄砲2を折りたためば、インパルス音源として繰り返し使用することが可能となる。
【0014】
本実施例における紙鉄砲2は、紙を折って紙鉄砲構造に作製しただけでは折り目2bの部分が接合していないので、紙鉄砲2の折り目2bは、隙間の無いようにテープや接着剤でしっかりと接合させている。また、紙面を破れ難くするために、ポリプロピレンなどの樹脂フィルム製粘着テープで補強している。紙鉄砲2は、振り下ろしてもグリップ3から外れないように、グリップ3で強固に狭持されたり、グリップ3にピンで2箇所以上固定させたりしている。紙鉄砲2が破損したら、グリップ3から外して新しい紙鉄砲2と交換すればよい。
【0015】
なお、グリップ3を設けず、紙鉄砲2だけでインパルス音源とすることもできる。また、紙鉄砲2の材料は紙に限らず、紙と樹脂の合成材でもよい。紙と樹脂の合成材であれば、補強テープがなくても破れ難くなる。樹脂であれば、最初から紙鉄砲2の形状に成型することもできる。
【0016】
また、図2(a)に示すように、グリップ3を設けず、紙鉄砲2の折り目2bの内側に沿って支持部材4を設けてインパルス音源5とすることもできる。6は使用に際して把持する把持部である。また、図2(b)に示すように、紙鉄砲2の折り目2bの外側に沿って支持部材4を設けることもできる。支持部材4は、棒状で折り目2bの長さよりやや短く形成され、ステンレスなどの金属や硬い樹脂で作製することができる。
【0017】
支持部材4は、紙鉄砲2に固定してもよいし、着脱自在に取り付けてもよい。把持部6を手の指で持つと、支持部材4も同時に把持されるようになっている。このように、支持部材4を紙鉄砲2の折り目2bの内側又は外側に沿って設け、把持部6を手の指で把持して振り下ろせば、操作者によるバラツキが低減されたインパルス波形の衝撃音を発生させることができる。
【0018】
図3と表1に示すように、紙の大きさ(3種類)と紙の厚さ(2種類)から紙鉄砲2として6種類(実施例1〜実施例6)を用意し、それらの特性比較を行った。
【0019】
【表1】

【0020】
図4は各種音源から発生させた音を測定(5回)し、1/3オクターブバンド毎の時間重み特性Fによる最大音圧レベルを示す。図4(a)は実施例1(紙の大きさ:1091mm×394mm、紙の厚さ:0.19mm)の場合で、特に1000Hz以上の高音域において再現性が悪い。これに対し、図4(b)は実施例2(紙の大きさ:1091mm×394mm、紙の厚さ:0.25mm)の場合で、各回のばらつきが小さく実施例1と比較して再現性がよいことが分かる。これは、紙鉄砲2に用いる紙が薄いものより、ある程度厚い方が空気の抵抗に負けずに振り下ろし易く、振り下ろし速度が安定することが原因と考えられる。特に、紙鉄砲2のサイズが大きくなると空気抵抗を受け易いため、実施例1ではばらつきが大きくなったと考えられる。
【0021】
また、図4(c)に示すクラッカーの火薬発火音と図4(d)に示す風船の破裂音は、両者とも全帯域において個体差によるばらつきが大きく、低音域で最大音圧レベルが低いことが分かる。
【0022】
図5は紙鉄砲2のサイズによる違いを比較するため、紙の厚さ(0.25mm)が同じで、紙の大きさが異なる実施例2(紙の大きさ:1091mm×394mm)、実施例4(紙の大きさ:854mm×302mm)、実施例6(紙の大きさ:594mm×210mm)について夫々5回の測定結果を算術平均した値を示した。これによると、紙鉄砲2のサイズが大きい方が、最大音圧レベルが高くなる傾向がある。実施例2と実施例4を比較すると、高音域では顕著な違いはないが、実施例2の方が低音域で大きい音圧レベルを示している。
【0023】
インパルス応答積分法は、ノイズ断続法に比べて特に低音域でSN比に十分配慮する必要があるので、音源としては低音域で十分な音圧レベルを確保できることが望ましい。従って、インパルス音源1の条件の中では、紙厚が厚く、紙鉄砲2のサイズが大きい実施例2(紙の大きさ:1091mm×394mm、紙の厚さ:0.25mm)が適していると考えられる。
【0024】
そこで、図6(a)に実施例2、同(b)にクラッカー及び同(c)に風船の音圧波形の一例を示す。実施例2はクラッカーや風船と比較して、鋭いピークを持つインパルス音圧波形を示しており、図7に示すように、1000Hz付近までは比較的フラットな周波数特性を持つことが分かる。低周波成分は残響時間測定には非常に重要なものである。本願発明によるインパルス音源を用いれば、クラッカーや風船と比較して、低周波成分を十分に含んだインパルス音を放射することができる。現場において簡易的に残響時間を測定するためのインパルス音源としては、十分な音響出力特性を有していると考えられる。
【0025】
次に、本発明に係る残響時間測定方法を実施する残響時間測定システム11は、図8に示すように、音源としての紙鉄砲2からなるインパルス音源1,5と、インパルス音源1,5が発する衝撃音を採取するマイクロホン12と、マイクロホン12が採取した衝撃音からインパルス応答を測定する騒音計13と、騒音計13が出力するデータを処理して残響時間を算出するパーソナルコンピュータ14を備えている。なお、騒音計13とパーソナルコンピュータ14は一体でもよい。
【0026】
以上のように構成された残響時間測定システム11による本発明に係る残響時間測定方法を説明する。残響時間測定方法は、図9に示すように、先ずステップSP1において、測定対象となる部屋においてインパルス音源1,5により衝撃音を発生させる(インパルス音発生工程)。次いで、ステップSP2において、インパルス音発生工程で発生させた衝撃音をマイクロホン12で採取し、騒音計13でインパルス応答を測定し、データ化してパーソナルコンピュータ14に保存する(インパルス応答測定工程)。
【0027】
次いで、ステップSP3において、インパルス音発生工程とインパルス応答測定工程を所定回数(例えば、5回)繰り返す(繰り返し工程)。次いで、ステップSP3において、5回繰り返したと判断したら、ステップSP4において、繰り返し工程で測定したインパルス応答からインパルス応答積分法によりその部屋の残響時間をパーソナルコンピュータ14で算出する(残響時間算出工程)。
【0028】
インパルス音源1,5を使用することによりクラッカーや風船と比較して、尾引きの少ないインパルス波形の衝撃音を発生させることができるので、残響時間の測定精度を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によれば、安価で持ち運びが簡便で繰り返し使え、安定した再現性のよいインパルス波形の衝撃音を発生させることができるインパルス音源を提供することができる。また、尾引きの少ないインパルス波形の衝撃音を発生させることができる音源を用いるので残響時間の測定精度が向上する残響時間測定方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0030】
1,5…インパルス音源、2…紙鉄砲、2a…袋(発音部)、2b…折り目、3…グリップ、4…支持部材、6…把持部、11…残響時間測定システム、12…マイクロホン、13…騒音計、14…パーソナルコンピュータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
紙鉄砲の片側の構造を有する発音部を備え、この発音部を振り下ろすことにより単発の衝撃音を発させることを特徴とするインパルス音源。
【請求項2】
請求項1記載のインパルス音源において、前記紙鉄砲の開閉軸となる折り目に前記紙鉄砲の片側の構造を支持する支持部材を設けたことを特徴とするインパルス音源。
【請求項3】
室内の残響時間を測定する方法であって、請求項1又は請求項2記載のインパルス音源により衝撃音を発生させるインパルス音発生工程と、このインパルス音発生工程で発生させた衝撃音によるインパルス応答を測定するインパルス応答測定工程と、前記インパルス音発生工程と前記インパルス応答測定工程を所定回数繰り返す繰り返し工程と、この繰り返し工程で測定したインパルス応答からインパルス応答積分法により残響時間を算出する残響時間算出工程からなることを特徴とする残響時間測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−85981(P2010−85981A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197524(P2009−197524)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000115636)リオン株式会社 (128)
【出願人】(000173728)財団法人小林理学研究所 (15)