説明

インフルエンザ感染検査薬及び検査方法

【課題】ゲル内沈降(AGP)試験に代わる多検体処理が可能で、高感度かつ高特異性の、インフルエンザ感染検査薬および検査方法。
【解決手段】インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)をAIV抗体検出抗原として用いるインフルエンザ感染検査薬および検査方法。好ましくは、AIV A/Duck/Aomori/478/02(H1N1)の核タンパク質(NP)遺伝子にHis−tag配列を付加しバキュロウイルスと昆虫細胞を用いてNP−Hisとして発現させた核タンパク質(NP)をAIV抗体検出抗原として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザ感染検査薬および検査方法に関する。更に詳しく言えば、迅速、高感度、多検体処理が可能な、A型インフルエンザ共通抗原を用いるインフルエンザ感染検査薬および検査方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
家禽において重要なウイルス性疾病として、トリインフルエンザ(Avian Influenza、以下AIと略称する。)が挙げられ、家畜伝染病予防法において、高病原性トリインフルエンザ(highly pathogenic avian influenza、以下HPAIと略称する。)は法定伝染病に、低病原性トリインフルエンザ(low pathogenic avian influenza、以下LPAIと略称する。)は届出伝染病に指定されており、これら疾病は家禽産業への脅威である。オルソミクソ科A型インフルエンザウイルス属に属するトリインフルエンザウイルス(以下AIVと略称する。)は、エンベロープを有し、直径約80〜120nmで、マイナス一本鎖の分節RNAを持つ。このウイルスは核タンパク質(以下NPと略称する。)とマトリックスタンパク質(以下Mと略称する。)によってA、B、Cの3種類に抗原的に分けられ、B型とC型のウイルスはヒトにのみ感染する。A型のウイルスだけがヒト、ウマ、ブタ、その他の哺乳類および広範な種類の家禽や野生鳥類に感染する。
【0003】
インフルエンザウイルス(Influenza virus)が産生する11種類のウイルスタンパク質は、表面タンパク質、内部タンパク質、それに、ウイルス粒子の内部には含まれない非構造タンパク質の大きく3つに分類できる。ウイルス粒子に含まれる表面タンパク質には赤血球凝集タンパク質(以下HAと略称する。)、ノイラミニダーゼ(以下NAと略称する。)、マトリックス2タンパク質(以下M2と略称する。)の3種類がある。内部タンパク質にはポリメラーゼタンパク質(PA、PB1、PB2)、NP、マトリックス1タンパク質(以下M1と略称する。)、非構造タンパク質2(非構造という名称がついているが、ウイルス粒子内に取り込まれる:以下NS2と略称する。)がある。非構造タンパク質1(以下NS1と略称する。)は、感染細胞の中で大量に産生されるが、ウイルス粒子の中には含まれない唯一のタンパク質である。表面タンパク質であるHAとNAにより血清型(亜型)がHAで15タイプ(H1〜H15)、NAで9タイプ(N1〜N9)に分類されている。さらに最近ではH13と比較的近縁な新しいH16が報告されている。このHAとNAのさまざまな組み合わせにより、数多い亜型のインフルエンザウイルスが存在する。AIは病原性によってもHPAIとLPAIに分類される。HPAIは、鶏を始めとする様々な鳥類に全身性の症状を引き起こす急性の伝染病である。その症状等は多様であるが、致死率が高く伝播力も極めて強いため、発生すると養鶏産業に重大な影響を与える。
【0004】
従来、AIVのHAおよびNA亜型は、15種のHAと9種のNAから作製した抗血清を用い、それぞれ赤血球凝集抑制(hemagglutination inhibition、以下HIと略称する。)試験およびノイラミニダーゼ抑制(neuraminidase inhibition、以下NIと略称する。)試験により決定されてきた。近年、ヒトのインフルエンザにおいては、H1からH3ウイルスおよびN1とN2ウイルスの血清型の同定に、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(reverse transcriptase polymerase chain reaction、以下RT−PCRと略称する。)が用いられてきている。また、H1〜H15のプライマーを用いたAIVの診断法がLeeら(Journal of Virological Methods. 97:13-22.2001:非特許文献1)により報告され、日本でも採用されている。PCRは、A型インフルエンザウイルスの検出において迅速かつ抗血清を必要としない効果的な方法として役立つと言われている。
【0005】
近年、世界規模でAIの発生が相次ぎ、さらに2004年1月に日本では約79年ぶりとなるHPAIの発生が山口県で報告された。その発生に続き同年に大分県、京都府、大阪府でもHPAIの発生が見られ、これらの血清型はいずれもH5N1であった。さらに2005年に入っても茨城県でH5N2の発生が見られるなど、AIV感染の状況把握および発生があった場合の効果的防除対策のために重要な血清学的診断の必要性が高まっており、AIの的確かつ迅速な診断法を確立することが必要とされている。
【0006】
ところが、AIVには16のHA亜型があり、その血清学的診断には多数の抗血清(16種類と量)および抗原が必要となるため、診断法が複雑になる。また、現行の診断法には、感度、迅速性、および特異性等で改良すべき点が多い。現在、AIV抗体の検出の血清診断技術のために広く用いられているものはゲル内沈降(以下AGPと略称する。)試験とHI試験である。AGP試験は沈降線を形成するために抗原と抗体の両方を多く必要とし、判定に少なくとも24時間必要とする。HI試験はAGP試験より感度が高くより迅速であるが、16のHA亜型があるため非常に手間がかかり、1検体あたりにかかる費用が高い。
【0007】
間接ELISAでは多数の検体を簡便に検査でき、Snyderら(Avian Dis. 29 :136-44. 1985:非特許文献2)によってAGP試験より感度、特異性が高いことが示されているが、非特異反応が多いとされ、比色定量のため比較的純粋な抗原とそれぞれの試験動物に対する種特異的酵素結合抗体が必要である。競合ELISAは組換え抗原とモノクローナル抗体(以下MAbと略称する。)を用いることで、非特異反応を抑え、感度と特異性を高めている。その有用性はZhouら(Avian Dis.42:517-22.1998:非特許文献3)とShaferら(Avian Dis.42:28-34.1998:非特許文献4)によって証明されており、種特異的酵素結合抗体を必要としないため様々な動物種においても診断できる可能性を持っている。
【0008】
組換えタンパク質を用いたインフルエンザ診断系の有用性はいくつか報告されている。Harmonら(J Med Virol.27:25-30.1989:非特許文献5)は大腸菌によって発現したNPを用いてヒトにおけるインフルエンザ抗体の検出を酵素測定法(EIA)により行い、発現NPの抗原としての有用性を示した。Voetenら(Journal of Clinical Microbiology. 3257-3531.1998:非特許文献6)は、A型およびB型のインフルエンザNPを大腸菌で発現させ、それを用いたELISAにより、ヒトにおけるA型およびB型インフルエンザ特異的IgGおよびIgAの抗体推移を調べた。この実験により組換え抗原を用いたELISAの特異性と迅速性が示されている。
【0009】
Yewdellら(J Immunol.126:1814-9.1981:非特許文献7)はMAbを用いてインフルエンザ感染細胞からのNPとMの発現をラジオイムノアッセイ(以下RIAと略称する)、蛍光抗体法、凝集試験等の方法で調べ、NPがMより多く発現されていること、又はこれらの試験で検出されやすいことを示している。つまり、診断においてより多く産生される、又は検出されやすいと考られるNPに対するMAbを用いることはインフルエンザの診断において重要である。さらに、これにより抗NP MAbを用いた診断の有用性が示され、Yewdellらによって作製されたMAbはDe Boerら(Arch Virol.115:47-61.1990:非特許文献8)のNP−ELISAにも用いられ、迅速で様々な動物種に用いることができることが示されている。
【0010】
バキュロウイルス発現組換えNPと抗NP MAbを用いた競合ELISAはZhouら(非特許文献3)とShaferら(非特許文献4)によってその有用性が示されている。Zhouら(非特許文献3)は鶏、七面鳥、エミュー、ダチョウの血清を用い、競合ELISA、AGP試験、HI試験の比較を行い、AGP試験陰性で競合ELISA陽性かつHI陽性検体を検出し、競合ELISAがAGP試験より感度と特異性が高く、HI試験と同等の感度と特異性を持つことを示した。Shaferら(非特許文献4)も同様に、鶏、七面鳥、走鳥類、ウズラ、キジ、ペンギンの血清を用い、競合ELISA、AGP試験の比較を行い、この2つの検査結果の高い相関と競合ELISAの高い特異性を示した。Shaferら(非特許文献4)の競合ELISAでは抗原の精製は行っていない。
【0011】
【非特許文献1】Journal of Virological Methods. 97:13-22.2001
【非特許文献2】Avian Dis.29:136-44.1985
【非特許文献3】Avian Dis.42:517-22.1998
【非特許文献4】Avian Dis.42:28-34.1998
【非特許文献5】J Med Virol.27:25-30.1989
【非特許文献6】Journal of Clinical Microbiology.3257-3531.1998
【非特許文献7】J Immunol.126:1814-9.1981
【非特許文献8】Arch Virol.115:47-61.1990
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者らが発現を試みたAIVのNPは、ウイルスの生活環を通していくつかの異なった機能を持つ498アミノ酸残基からなるタンパク質である。それは主にマイナス一本鎖RNA結合タンパク質として機能し、リボヌクレオプロテイン粒子(以下RNPsと略称する。)内の構造タンパク質である。加えて、NPは細胞質と核の間のRNPsの輸送と転写において重要な役割を担っている。NP遺伝子は1,565bpで、分節5にコードされている。NPはウイルス間で高く保存されており、鳥亜型の他のNPと95%以上のアミノ酸配列の一致を持っている。さらに、亜型を規定するHAやNAをコードする遺伝子分節とは異なる分節上に存在するため、HAとNAの抗原変異による影響を受けず、A型インフルエンザ共通であるので診断検査に利用される重要なタンパク質である。
【0013】
特に限定するものではないが、本発明者らは、発現系としてバキュロウイルス−昆虫細胞を用いた。バキュロウイルスとしては、核多角体病ウイルス(以下NPVと略称する。)に属するAutographa california nuclear polyhedrosis virus(以下AcNPVと略称する。)を用いた。また、バキュロウイルス用トランスファーベクターとしてプラスミドpAcYM1を使用した。このベクターは、ポリヒドリン遺伝子開始コドンであるATGのAを含むプラスミドベクター(クローニング位置付近の塩基配列はAAAAAAACCTATAAAT A CGGATCCGであり、下線部は制限酵素BamHI認識部位)で最も高い発現効率が得られることで知られる。バキュロウイルス発現系のポイントは、ポリヒドリンと呼ばれる核内封入体構成タンパク質のプロモーターにある。発現させる遺伝子によっても異なるが、ウイルス感染末期では多いもので細胞総タンパク質の約50%が目的タンパク質であると言われる。この系においては、真核生物である昆虫細胞中でタンパク質の合成が行われるため、大腸菌などの原核生物あるいは酵母などの下等な真核生物の発現系とは異なり、タンパク質の正しい修飾が期待される。実際、シグナルペプチドの切断、リン酸化、糖鎖および脂肪酸の付加、タンパク質分解酵素による開裂などの修飾が確認されている。
【0014】
本発明者らは、さらに、NPに対するMAbの作製を試みた。ポリクローナル抗体と比較して、MAbの利点は以下の3点(1)〜(3)に集約される。
(1)目的分子の抗原決定基に対して、高力価で高特異性を有する抗体が得られること、
(2)抗体産生ハイブリドーマは、他の細胞株と同様に液体窒素保存が可能であり、実験者の必要に応じて抗体の調整が可能であること、
(3)MAbの精製が容易であることである。
【0015】
現行の診断法には、感度、迅速性、特異性等の面において改良すべき点が多く、AIVの診断基準とされているAGP試験は多検体処理に不向きで多くの抗体および抗原の量を必要とする。つまり、多検体を処理することができ、高感度かつ高特異性の診断系の開発が重要となってくる。さらに、AIVは様々な哺乳類および鳥類に感染するので、それら様々な動物種でのモニタリングも可能な方法が望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、AIV株間で保存性が高いとされるAIV NPを、例えば、バキュロウイルスで発現させ、スクリーニング用抗原供給の可能性について鋭意検討し、さらに、AIV NPに対するMAbを作製し、AIVの高感度検出系として競合ELISAの有用性を鋭意検討し、NPを用いた高感度血清学的診断系の確立を試み、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明は、下記1〜7に係るインフルエンザ感染検査薬、および下記8〜14に係るインフルエンザ感染検査方法の発明である。
1. インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)をAIV(トリインフルエンザウイルス)抗体検出抗原として用いることを特徴とするインフルエンザ感染検査薬。
2. インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)遺伝子をAIV(トリインフルエンザウイルス)から単離し、バキュロウイルス発現系を用いて発現させた核タンパク質(NP)をAIV抗体検出抗原として用いる前記1に記載のインフルエンザ感染検査薬。
3. AIV A/Duck/Aomori/478/02(H1N1)の核タンパク質(NP)遺伝子にHis−tag配列を付加してNP−Hisとして発現させた核タンパク質(NP)をAIV抗体検出抗原として用いる前記1又は2に記載のインフルエンザ感染検査薬。
4. インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を、酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用いる前記1〜3のいずれかに記載のインフルエンザ感染検査薬。
5.(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原とし、少なくとも前記(1)の固相化抗原と
(2)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)とからなる前記1〜4のいずれかに記載のインフルエンザ感染検査薬。
6. 固相化抗原がELISAプレートに固相化されている前記4又は5に記載のインフルエンザ感染検査薬。
7. AIV A/budgeriger/Aichi/1/77(H3N8)を免疫して作製した抗核タンパク質モノクローナル抗体NP MAb(IgG1,κ)を用いる前記5に記載のインフルエンザ感染検査薬。
8. インフルエンザウイルスの核タンパク質を、酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用いることを特徴とするインフルエンザ感染検査方法。
9. インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)遺伝子をAIVから単離し、バキュロウイルス発現系を用いて発現させた核タンパク質(NP)を、酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用いる前記8に記載のインフルエンザ感染検査方法。
10.(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用い、少なくとも前記固相化抗原(1)と
(2)前記核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を用いる前記8又は9に記載のインフルエンザ感染検査方法。
11.(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原とし、次いで、
(2)被検血清を加えて、抗トリインフルエンザ(AIV)抗体を前記(1)の固相化抗原と反応させ、次いで、
(3)前記(1)の核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を加えて、前記抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を前記(2)で加えた被検血清と競合反応させる前記10に記載のインフルエンザ感染検査方法。
12.(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原とし、次いで、
(2)被検血清を加えて、抗トリインフルエンザ(AIV)抗体を前記(1)の固相化抗原と反応させ、次いで、
(3)前記(1)の核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を加えて、前記抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を前記(2)で加えた被検血清と競合反応させ、次いで、
(4)前記(3)の抗NP MAbのみと反応する酵素標識抗体を加え、次いで、
(5)前記(4)の酵素標識抗体の標識酵素の酵素基質を加えたときの発色を測定する前記11に記載のインフルエンザ感染検査方法。
13. AIV A/budgeriger/Aichi/1/77(H3N8)を免疫して作製した抗核タンパク質モノクローナル抗体NP MAb(IgG1,κ)を用いる前記10〜12のいずれか1項に記載のインフルエンザ感染検査方法。
14. 抗原を固相化したELISAプレートを用いる前記9〜12のいずれか1項に記載のインフルエンザ感染検査方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るAIV NP Hisを用いた診断系は高い感度と特異性を示した。中でも、MAbを用いる競合ELISAは高い有用性を示した。競合ELISAによるA型インフルエンザ抗体の診断にはいくつかの有利な点がある。競合ELISAは多検体処理が可能なため時間を節約することができる。組換えタンパク質を用いるためウイルスを用いる必要がない。さらに、ELISAプレートに抗原を固相化させ、保存しておくことで、検査を容易にし、更なる時間の短縮へとつながる。間接ELISAのような純度の高い抗原の精製を必要としない。そして、様々な哺乳類および鳥類におけるモニタリングも同様の方法で検査できる可能性を持つ。
【0019】
感度と特異性が低下しない、抗原を固相化したELISAプレートの保存は、検査をより容易にし、他の検査機関への供給を容易とするので特に好ましい。本発明では、AIV NP HisについてHis−tagを利用した精製を行った。精製抗原を用いると、ELISAの非特異反応を効果的に抑えることができる。しかし、精製には多くの時間を必要とし、さらに抗原の量も著しく少なくなる。非精製状態での競合ELISAでは多検体処理をさらに効率よく行うことができる。本発明に係る診断系は、様々な動物種における血清を用い競合ELISAを行うことにより幅広く用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
AIV NP遺伝子のクローニングは、分離A/Duck/Aomori/478/02(H1N1)株を鋳型とし、RTPCR法により各分節の全長を増幅させた。NP遺伝子特異的プライマーはNPのC末端にヒスチジンタグを付加するように設計した。PCR産物をpCR2.1に挿入し、コンピテント細胞へトランスフォーメーションした。
【0021】
AIV NP遺伝子の発現は特に限定されないが、好ましくはバキュロウイスル発現系により行う。組換えバキュロウイルス作製は、AIV NP His cDNAをバキュロウイルストランスファーベクターpAcYM1に挿入後、トランスフォーメーションを行い、pAIV NP His-pAcYM1とAcRP23-LacZとのコトランスフェクションにより組換えウイルスを作製した。このウイルスをプラッククローニングし、これをAcAI NP Hisとした。得られたAcAI NP HisをSf9細胞に感染させ、AIV NP Hisを発現させた。さらに、AcAI NP His感染細胞から、Niカラムを用いてAIV NP Hisを精製した。
【0022】
本発明者らは、発現させたAIV NP Hisを用いELISAとAGP試験の有用性の検討を行った。精製AIV NP Hisを用いた間接ELISAでは、AIV免疫鶏血清については、実施した血清希釈において用いた野外正常鶏血清より有意に高い値を示し、また用いた全ての野外正常鶏血清において、実施した血清希釈における非特異的陽性反応は認められなかった。さらに、AIV NP Hisを用いたAGP試験ではAIV免疫鶏血清でのみ沈降線を形成し、野外正常鶏血清では非特異的陽性反応は認められなかった。野外ダチョウ血清においては全て陰性であった。なお、これらの結果はRNP抗原を用いた結果と同じであった。これらの結果より、発現したNPは、様々な検査法の抗AIV抗体検出用抗原として広く用いることができると考えられる。
【0023】
抗AIV NP MAbの作製では、精製AIV A/budgerigar/Aichi/1/77(H3N8)を用いて免疫したマウスからMAb 11E5(軽鎖κ、重鎖IgG1)が得られた。このMAb 11E5を濃縮し、反応性を調べたところ、抗原に精製AIV NP Hisを用いたELISAにおいて、1.0×105倍希釈まで反応した。抗原にAIV A/budgerigar/Aichi/1/77(H3N8)と精製AIV NP Hisを用いたウェスタンブロッティングでは共にいずれの位置にもバンドが確認できなかった。このウェスタンブロッティング陰性であったことには以下のようなことが考えられる。
【0024】
細胞内でインフルエンザNPはオリゴマーとして安定している。さらに、このNPオリゴマーは非共有結合により結合していて、SDS抵抗性、広い温度範囲と塩類(1M NaCl,1M KCl)や変性剤(8M 尿素)の存在下でも安定しているが、80℃以上の加熱とpH5以下でNPモノマーに解離する。つまり、抗原調整の段階での100℃の加熱やME+の影響により立体構造が変化した可能性がある。さらに、AIV A/budgerigar/Aichi/1/77(H3N8)を抗原とした場合に、どの部分にもバンドが確認できなかったことと、ELISAで高い反応を示した精製AIV NP Hisにも全く反応しなかったことから、MAb 11E5に対するNPのエピトープが電気泳動又は加熱による影響で変化したのではないかと考えられる。
【0025】
本発明者らは、AIV NP HisとMAb 11E5を用いた競合ELISAの応用の検討を行った。競合ELISAにおいて、AIV免疫鶏血清は全てほぼ100%の抑制を示し、SPF鶏血清、野外正常鶏血清、ダチョウ血清においては抑制反応は認められなかった。またAGP価2〜8である実際のH9N2感染鶏血清5検体はそれぞれ100%、34%、100%、91%、80%の抑制率を示した。そこで、陰性検体の抑制率の平均値と標準偏差、また実験感染鶏血清の抑制率から、30%以上の抑制を陽性とすることにした。
【0026】
さらに、H1からH12に対するAIV免疫鶏血清において、競合ELISAとAGP試験の陽性限界を比較したところ、競合ELISA陽性限界/AGP試験陽性限界は約1〜10倍であり、AGP試験に比べ競合ELISAの方がより感度が高いことが判明した。
【0027】
AGP試験と競合ELISAで判定結果が異なる検体が検出された。既にAGP試験により陰性と診断されている山口県でAI殺処分対象となった鶏血清75検体における競合ELISAの結果では、30%以上の抑制を示した検体が1検体あり、その抑制率は41%であった。なお、競合ELISAで30%以上の抑制を示した検体ではA/Duck/Hokkaido/84/02(H5N3)を用いたHI試験で血清希釈20倍まで検出可能であり、他の検体ではH5に非特異的に反応した検体はなかったので、この反応はH5亜型特異的であることが確認された。この結果は、競合ELISAがAIV感染の血清学的診断法としてAGP試験の代替法として用いることができることを示している。さらに、ELISAが数値として客観的に判定できるのに対し、AGP試験では判定が主観的なものになってしまい、明瞭な沈降線を形成しない場合に陽性を見落とす可能性がある。
【0028】
ゲル内沈降(AGP)試験に代わる多検体処理が可能で、高感度かつ高特異性の、トリインフルエンザウイルス(AIV)の診断系を開発した。AIV株間で保存性が高くAIの診断に有用であるとされる核タンパク質(NP)を発現し、スクリーニング用抗原の供給を可能とし、さらにNPに対するモノクローナル抗体(MAb)の作製とそれを用いた競合ELISAの有用性を明らかにした。AIV A/Duck/Aomori/478/02(H1N1)のNP遺伝子にHis−tag配列を付加しバキュロウイルスと昆虫細胞を用いてNP−Hisとして発現した。抗NP MAb(IgG1,κ)はAIV A/budgeriger/Aichi/1/77(H3N8)を免疫して作製した。
【0029】
AIV免疫血清と正常血清を用いた発現NPを抗原とした間接ELISA、AIV免疫血清と正常およびダチョウ血清を用いた発現NPを抗原としたAGP試験、いずれもAIV免疫血清を有意に検出し、用いた正常血清には非特異反応は認められず、また、ダチョウ血清は陰性だった。AIV免疫血清、実験感染血清、正常およびダチョウ血清を用いた競合ELISAでは陽性であるAIV免疫血清と実験感染血清では有意な競合が認められ、正常血清やダチョウ血清では競合は認められなかった。
【0030】
さらに、AIV免疫血清を用いて競合ELISAとAGP試験の陽性限界を比較したところ、競合ELISAの方が1〜10倍感度が良いことが示された。そこで、AI殺処分対象血清75検体について競合ELISAを実施したところ、陽性を1検体検出した。この検体を用いた赤血球凝集抑制試験ではH5亜型が特異的に抑制された。これらの結果から、発現したNPは様々な検査法のAIV抗体検出抗原として広く用いることができ、競合ELISAは短時間かつ高感度に抗AIV抗体を検出できることから、スクリーニングにとって有用性の高い検査法であることが示された。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を示し、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何らの制約を受けるものではない。
[材料および方法]
1.被検血清
AIV(H9N2亜型)実験感染鶏血清は、独立行政法人動物衛生研究所(茨城県つくば市)から分与された。AI殺処分対象鶏血清80検体は山口県中部家畜保健衛生所から分与された。ダチョウ血清は山形朝日オーストリッチ産業センター(山形県朝日町)から分与された。野外正常鶏血清は青森ポートリー(青森県八戸市)から分与された。SPF鶏血清は、化学及血清療法研究所(熊本県熊本市)から分与された。抗AIV免疫鶏血清は作製されたものを用いた。
【0032】
2.トリインフルエンザウイルス
参照ウイルス株としてHAの1〜12亜型、NAの1〜9亜型を含むウイルスを用いた。これらの株は、北海道大学大学院獣医学研究科微生物学教室喜田宏教授から分与された。NP抗原作製用には、A/budgerigar/Aichi/1/77(以下A株と略称する。)を社団法人動物用生物学的製剤協会(東京都)から購入した。NP遺伝子クローニング用には、分離株A/Duck/Aomori/478/02を用いた。
【0033】
3.AIVの精製
A株をリン酸緩衝生理食塩液(0.14M NaCl,2mM KCl,3mM Na2HPO4,1.5mM KH2PO4,pH7.2:以下PBSと略称する。)で10-1、10-2、10-3、10-4に希釈し10日齢の発育鶏卵(小岩井農場、岩手県雫石町)に接種した。3日後、A株感染漿尿液を回収し、1,100xg、10分間、4℃で遠心し上清を回収した。回収した上清を超遠心分離機LE−80K(Beckman、東京都)とSW28Roter(Beckman)で80,000xg、90分間、4℃で遠心した。上清は捨て、ペレットを0.08%アジ化ナトリウム(以下NaN3と略記する。)添加PBSで再浮遊し3日間、4℃で保存した。ペレットをよく撹拌し30,000xg、5分間遠心した。上清を回収し、10%となるようにショ糖を加え、さらに20〜80%のショ糖液を密度勾配上に重層し、80,000xg、90分間、4℃で遠心した。各フラクションを回収しPBSを30ml加え、80,000xg、90分間、4℃で遠心し、上清を捨てた。ペレットを1mlの0.08%NaN3添加PBSで再浮遊し精製A/budgerigar/Aichi/1/77とした。
【0034】
4.AGP試験方法
1)寒天ゲルの作製
寒天ゲルの作製は、「鶏ウイルス病の診断法」(堀内貞治.鶏ウイルス病の診断法.pp. 595-606.1982.)に従って行った。リン酸緩衝液(0.02M Na2HPO4,1mM KH2PO4,pH7.4)に8.0%のNaCl、1.0%のBacto-Agarを混合した。その後、10%NaN3を1.0%加えた。シャーレに25mlの寒天を入れ、寒天が固まってからゲルパンチャー(穴5mm×7well)で寒天を切り取り、吸引して穴を作り反応用寒天平板とした。
2)AGP抗原
発育鶏卵培養精製A株(以下RNP抗原と称する。)を用いた。
3)AGP試験
寒天ゲルの中央wellにAGP抗原を、陽性血清として周囲のwell 1つおきに抗AIV鶏血清を、その間に被検血清をそれぞれ30μl/wellずつ入れ、室温で2日観察した。沈降線が確認された最大血清希釈倍数の逆数をAGP価とした。
【0035】
5.HI試験(β法)
HI試験は、「OIEマニュアル」(OIE MANUAL OF DIAGNOSTIC TESTS AND VACCINES FOR TERRESTRIAL ANIMALS. HIGHLY PATHOGENIC AVIAN INFLUENZA. OIE Terrestrial Manual. CHAPTER2.1.14.2004.)に従って行った。
1)HA試験
96well U型マイクロプレート(96U W/OUT LID SH MICROWELL PLATE:Nalge Nunc International, NY, USA)を用い、ウイルス液25μlを0.15M生理食塩水で2倍階段希釈し、さらに生理食塩水25μlと等量混合後、0.5%鶏赤血球液50μlと等量混合した。室温で1時間静置後、HAの認められた最高希釈倍数の逆数をHA価として判定した。HI試験(β法)では通常HA抗原4単位に対する凝集抑制価を標準としているため、HA判定陽性時の最高希釈ウイルス液を1HA単位として4HA単位抗原を決定した(国立予防衛生研究所学友会 .血清反応. pp. 192-201.1982. 改訂二版 ウイルス実験学 各論. 丸善株式会社 東京、前記「OIEマニュアル」)。
2)HI試験
被検血清25μlを生理食塩水で2倍階段希釈後、4HA単位抗原25μlと等量混合した。室温で1時間感作後、0.5%鶏赤血球液50μlと混合し、室温で1時間感作させて判定した。凝集抑制の最高希釈倍数の逆数をHI価とした。
【0036】
6.遺伝子操作
遺伝子操作は、主として「Molecular cloning」(Sambrookら, Molecular Cloning: A Laboratory Manual. 2nd ed. Cold Spring Harber Laboratory, N. Y.1989.)に従って行った。
【0037】
7.RT-PCR
1)RNA抽出
分離A/Duck/Aomori/478/02(H1N1)株の感染漿尿液0.25mlにISOGEN-LS(株式会社ニッポンジーン、東京都)0.75mlを加えた。続いて200μlクロロホルム(関東化学株式会社,東京都)を加え撹拌し、17,500xg、15分間、4℃で遠心し、水層を回収した。さらに、3μlのEtachinmate(株式会社ニッポンジーン)を加え、500μlのイソプロパノール(関東化学株式会社)を加え、転倒混和後、17,500xg、10分間、4℃で遠心し上清を捨てた。ペレットに1,000μlの70%エタノール(関東化学株式会社)を加え7,700xg、2分間、4℃遠心した。ペレットを10μlのddH2O(DEPC(関東化学株式会社)処理H2O)で再浮遊し、これをRNA抽出液とした。
【0038】
2)プライマーの設計
以降のサブクローニングを考慮して、AIV NP オープンリーディングフレーム(以下ORFと略記する。)の両端に本来の遺伝子中には存在しない制限酵素BamHI部位を、また得られるタンパク質の精製を考慮して3’末端側にはヒスチジンタグ(以下His−tagと記す。)配列を付加するよう設計した。AIV NP遺伝子配列を参考に、AIV NP遺伝子のORFに対し、フォワードプライマーとしてAIV NPF:5’−gggatccacatcATGgcgtctcaag−3’、リバースプライマーとしてAIV NPR His:5’−cggatcCTAatgatgatgatgatgatgattgtcatactcctctgcattg−3’を設計した。なお、開始コドン、および終止コドンは大文字で、BamHI部位(G:GATCC)を下線で示した。“atgatgatgatgatgatg”はHis−tag配列部位である。
【0039】
3)RT−PCR
抽出したRNAを鋳型として、AI特異的プライマーであるUni12(Hoffmannら, Arch Virol. 146:2275-2289.2001.)を用いたRT−PCRにより相補的DNA(complementary DNA:以下cDNAと略記する。)を増幅した。GeneAmp RCA PCR core Kit(Perkin Elmer社、千葉県浦安市)を用いて、42℃×60分間、99℃×5分間、30℃×1分間の逆転写酵素反応を行った。続いて、遺伝子の増幅にはPCR Core Kit(Perkin-Elmer,MA,USA)を用いた。NP特異的プライマーを用い、変性を94℃、プライマーのアニーリング温度を58℃、cDNA合成を72℃とし、Step1(94℃×4分間)を1サイクル、Step2(94℃×20秒間、58℃×30秒間、72℃×7分間)を30サイクル、Step3(72℃×7分間)を1サイクル行った(Journal of Virological Methods. 97:13-22.2001)。
【0040】
8.アガロースゲル電気泳動
アガロースゲル電気泳動には、TBE緩衝液(0.1M Tris, 2mM EDTA,85mM Boric acid)にSeaKem GTG Agarose(宝酒造株式会社、京都府)を加え、加熱溶解後エチジウムブロマイド(以下EtBrと略称する。)を最終濃度がそれぞれ1%、10ng/mlになるように加え、室温にてゲル化し作製した。試料を100Vの定電圧で30分から1時間泳動し、紫外線照射により核酸を検出した。DNAの長さは100bp DNA Ladder(宝酒造株式会社)と比較して推定した。
【0041】
9.AIV NP His遺伝子のクローニングおよび配列決定
PCR法で増幅させたAIV NP His遺伝子をTA Cloning Kit(Invitrogen, CA, USA)を用いて、プラスミドベクターであるpCR2.1にライゲーションさせた。これをHeat Shock法により宿主大腸菌JM109(宝酒造株式会社、京都)に形質導入させ、50μg/mlアンピシリン、0.12%X−gal(5−Bromo−4−Chloro−3−indolyl−β−d−Galactoside:宝酒造株式会社)添加TYM寒天培地(2%bacto-tryptone,0.5%yeast extract,0.1%glucose,10mM MgSO4・7H2O,1.5%bacto agar)上で37℃において一晩培養した。β−ガラクトシダーゼはX−galを代謝し、青色の色素を生成するが、AIV NP His遺伝子がベクターのLacZ領域に挿入された場合、β−ガラクトシダーゼが産生させず、白色のコロニーが認められる。このWhite-Blue Selectionを利用して、白色コロニーを選択し、一晩、TYM液体培地(2%bacto-tryptone, 0.5%yeast extract,0.1%glucose,10mM MgSO4・7H2O)中で培養し、pAIV NP His-pCR2.1を得た。これからプラスミドを抽出し、BamHIで消化後にアガロースゲル電気泳動によりAIV NP His遺伝子挿入の確認を行った。抽出後BamHI消化されたプラスミド遺伝子とプライマー(AIV NPFおよびAIV NPR His)を用いてDideoxy Terminator法(Sangerら, J.Mol.Biol. 94:41.1975.)によりシーケンス反応を行った。反応には標識蛍光ジデオキシヌクレオチド(以下ddNTPと略称する。)を用いたDye Terminator Cycle Sequencing Kit FS(Perkin-Elmer)を使用した。96℃×45秒間、50℃×30秒間、60℃4分間の反応を25サイクル行い、スピンカラムによる精製後、ABI PRISM310 Genetic Analyzer(Perkin-Elmer)により塩基配列を決定した。
【0042】
10.AIV NP Hisのバキュロウイルスでの発現
1)トランスファーベクターの作製
クローニングで得られたpAIV NP His−pCR2.1をBamHI(宝酒造株式会社、京都)で消化後、アガロースゲル電気泳動で展開し、AIV NP His遺伝子フラグメントをゲルごと切り出した。フェノール処理後エタノール沈殿によりAIV NP His遺伝子を精製した。得られたフラグメントをBamHIで消化したバキュロウイルストランスファーベクターpAcYM1(Matsuuraら, J. Gen. Virol. 68:1233-1250.1987.)にTakara DNA Ligation Kit(宝酒造株式会社)を用いてライゲーションし、次いでHeat Shock法により宿主大腸菌JM109(宝酒造株式会社)に形質導入させた。これを50μg/mlアンピシリン添加TYM寒天培地上で一晩培養した。出現コロニーから50μg/mlアンピシリン添加TYM液体培地にて大量培養しpAIV NP His−pAcYM1を得た。プラスミドを抽出し、BamHI消化後アガロースゲル電気泳動によりAIV NP His遺伝子の挿入を確認した。ここでpAcYM1のポリヒドリンプロモーターに対しAIV NP His遺伝子が正方向に挿入されていることを確認するため、AIV NP His遺伝子を含むプラスミドを鋳型とするPCR法を行った。プライマーとしてpAcYM1のポリヒドリンプロモーターとクローニングサイトの間に認識部位があるBac1Nプライマー(5’−tgataaccatctcgcaaa−3’)およびAIV NP His遺伝子3’末端に相補的なAIV NPR Hisプライマーを用いた。この方法では、ポリヒドリンプロモーターに対し正方向に挿入された場合にのみ約1,500bpのバンドの位置に増幅が認められる。
【0043】
2)バキュロウイルスおよび宿主細胞
バキュロウイルス野外株としてAcNPVを用い、組換えウイルス作製親株にはAcRP23-LacZ(Kittsら, Nucleic Acid Res. 18:5667-5672.1990.)を使用した。バキュロウイルスの宿主細胞としては、ヨトウガの一種Spodoptera frugiperdaの卵巣から樹立されたIPLB−Sf21AE(以下Sf21細胞と略称する。)あるいはSf21細胞からクローニングされたSf9細胞を用いた。Sf21細胞は、TC−100昆虫培地(Gibco BRL, Gaithersburg, MD, USA)、以下TC100(0%)と略称、にウシ胎児血清(Fetal Calf Serum:以下FCSと略称する。)を10%加えたTC100(10%)で維持し、クローニングに使用した。Sf9細胞は、ESF921培地(Expression System LLC,Woodland,CA,USA:以下ESF921と略称する。)を用い、スピンカルチャー法により28℃条件で維持培養し、高力価ウイルス作製、大量発現に使用した。バキュロウイルスおよびSf21細胞は、NERC Institute of Virology(Oxford,UK)から分与され、Sf9細胞はExpression Systems LLC(Woodland,CA,USA)から購入した。
【0044】
3)組換えバキュロウイルスの作製
pAIV NP His-pAcYM1(10μg/ml)1μl、Eco81Iで消化し直鎖状にしたAcRP23-LacZ DNA(1μg/ml)1μlにTC100(0%)を6μl加えた混合液(DNA混合液)と、TC100(0%FCS)培地8μl、リポフェクチン(GIBCO BRL)8μlとの混合液(リポフェクチン混合液)をそれぞれ室温で30分間反応させた。次にDNA混合液とリポフェクチン混合液とを混合し室温で15分間反応させた後、Sf21細胞にトランスフェクトし相同組換えにより組換えウイルスを作製した。28℃で3日間培養後、培養液を回収しSf21細胞でプラッククローニングを行った。接種3日後にニュートラルレッド300μg/ml、X−gal(宝酒造株式会社)75μg/mlを用いてプラックを染色した。接種4日後、光学顕微鏡下で青色の色素の認められないプラックを組換えウイルスの形成したプラックとみなし、同プラックをパスツールピペットを用いてTC100(10%)培地に回収し、プラッククローニングとした。この操作を3回繰り返し白色プラックのみを形成する組換えバキュロウイルスを獲得し、これをAcAI NP Hisと命名した。このAcAI NP HisをSf21細胞で数継代し、シードウイルスとした。
【0045】
4)タンパク質発現の確認
AcAI NP Hisを単層培養したSf9細胞(1.5×106Cells)に感染の多重性(Multiplicity of infection:以下MOIと略称する。)を約5 Plaque Forming Unites(以下PFUと略称する。)/cellで接種し、ESF921培地を用いて28℃で培養し、接種1、2、3、4、5日後に細胞および上清を回収した。また、AcNPVあるいはネガティブコントロールとして培養液(以下Mockと略称する。)を同様に接種し、5日後に細胞と上清を回収した。細胞については、昆虫細胞用リン酸緩衝生理食塩水(0.14M NaCl,26.82mM KCl,8mM Na2HPO4,1.47mM KH2PO4,pH7.4:以下PBS-Acと略記する。)で洗浄後、Laemmli(Laemmli, U. K. Nature. 277:680-685.1970.)の4×サンプルバッファー(62.5mM Tris−HCl pH6.8, 2%SDS,10%Glycerol, 0.02% Bromophenol blue, 5% 2-メルカプトエタノール;以下、2Me+Bufferと略記する。)に再浮遊させた。また、培養上清については2Me+Bufferと3:1の割合で混合した。各試料を100℃で5分間煮沸し、SDSを含む12.5%ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により展開した。泳動後、クマシーブリリアントブルー染色液(45%Methanol,10%Acetic acid,0.025%Coomassie brilliant blue)で染色(以下CBB染色と略記する。)、もしくはウエスタンブロッディングにより解析した。
【0046】
5)ウェスタンブロッティング解析
SDS-PAGE終了後、ゲルを転写緩衝液(0.02M Tris, 0.15M Glycine, 0.01%SDS,5% Methanol)で洗浄し、ウェスタンブロッティング装置ホライズブロット(アトー株式会社、東京都)を用いて、ニトロセルロース膜Hybond C Extra(Amersham, Amersham, UK)に100mAで1.5時間転写した。転写後、ニトロセルロース膜未結合部分をブロック液(1%Skim Milk Powder, 0.1% Tween-20をPBSで溶解)でブロッキングした。ついで一次抗体として抗ポリヒスチジンマウス血清(SIGMA, St.Lois, MO, USA:以下αpolyHisと略称する。)を用い、室温で3時間反応させた。反応後、ブロック液で3回洗浄し、二次抗体を37℃で2時間反応させた。二次抗体は、ペルオキシダーゼ標識抗マウスIgGウサギ血清(Transduction Laboratories, Lexington, KY, USA)を希釈して用いた。反応後、PBSで3回洗浄し、BM blue POD substrate(Boehringer Mannheim, Mannheim, Germany)用いて発色させた。
【0047】
11.AIV NP Hisの大量発現および精製
1.5×106cells/mlに調整したSf9細胞にAcAI NP HisをMOI 5 PFU/cellで接種した。接種後24時間ごとに培養液の一部を採取して等量のトリパンブルー液と混合後、生細胞と死細胞の数をカウントした。生細胞数が5.0×105 cells/mlを下回った時点で700xg、15分間遠心により細胞を沈殿させペレットを回収した。このペレットをXpress System Protein Purification Kit (Invitrogen)を用い、キット説明書に従い、AIV NP Hisを精製した。すなわち、培養細胞50ml分のペレットを10mlのNative Binding Bufferで再浮遊し、氷上でHandy Sonic model UR-20P(TOMY,東京都)を用い超音波による細胞の破壊を行った。続いて4℃、15,000xgで20分間遠心し、上清を回収し、2M NaOHによりpHを7.6〜7.8に調整した。ニッケルキレートカラムをDW2で洗浄し、Native Binding Bufferで平衡後、回収したAIV NP Hisを含む上清をニッケルキレートカラムに入れ1時間振盪させることでHis−tagを付加された発現タンパク質を吸着させた。吸着後のカラムをWash Bufferで洗浄し、50、500、1,000mMの各濃度に調整したImidazoleを用いて1mlずつの分画にし、His−tag付加タンパク質を溶出させた。これを12.5%SDS−PAGEで展開し、CBB染色による確認後、タンパク質が確認された分画をPBSで平衡化したPD10カラム(Amersham Pharmacia Biotech、東京都)を通して脱塩した。これを同様に12.5%SDS−PAGEで展開し、CBB染色およびウェスタンブロッティングによる確認後、無菌濾過し、精製AIV NP Hisとした。精製AIV NP Hisのタンパク質含有量はMicro BCA Protein Assay Reagent Kit(PIERCE,Rockford, IN, USA)を用いて測定した。
【0048】
12.NP抗原を用いた間接ELISA
ELISAは、Kidaら(Kidaら, Virology. 122:38-47.1982.)の方法に従い実施した。精製AIV NP His(90μg/ml)を抗原としてELISA用96wellプレート(SUMILON、住友ベークライト株式会社、東京都)に50μl/wellで播き、室温で2時間もしくは4℃で24時間静置した。抗原を回収し、抗原がコートされていないwell部分への非特異反応を防止するため、BSA10(Bovine serum albmin fraction V (ナカライテスク株式会社、京都府)10mg/mlをPBSに添加、pH7.2)を100μlずつ添加し、室温、1時間もしくは4℃、24時間静置後、PBST(0.05%Tween20添加PBS,pH7.4)で3回洗浄した。BSA5T(BSA fraction Vを5mg/mlになるようPBSTに添加)で40、160、640、2,560倍に希釈した被検血清を50μlずつ添加し、室温で1時間静置した。PBSTで4回洗浄後、BSA5Tで1,000倍希釈したペルオキシダーゼ標識抗鶏IgGウサギ血清(CHEMICON International,Inc. CA, USA)を50μlずつ添加し、室温で1時間反応後、発色剤(pH4.0,0.05M Citric buffer,0.013%過酸化水素,2% 40mM ABTS)を100μlずつ添加し、暗室、室温で15分後と30分後にELISA plate reader(三光純薬株式会社、東京都)により405nmにおける吸光度を測定した。
【0049】
13.NP抗原を用いたAGP試験
AcAI NP His感染昆虫細胞をDisruption buffer(0.05M Tris-HCl,0.5% TritonX100,0.6M KCl)処理して抗原とし、AGP試験に従い行った。
【0050】
14.モノクローナル抗体の作製
1)供試マウス
6週齢BALB/c系雌マウス(日本クレア株式会社、東京都)1匹を用いた。
2)免疫抗原
モノクローナル抗体作製のための免疫源は、精製AIV A/budgerigar/Aichi/1/77(H3N8)を用いた。精製ウイルスを最終濃度0.05%のホルマリンで不活化し、4℃で保存した。アジュバントにはフロイントコンプリートアジュバント(SIGMA)用い、PBSで4倍に希釈した精製ウイルスと等量混合し乳剤を作製した。作製した免疫源はマウスの腹腔内に200μl/headで接種した。同様に処理した乳剤を同様の方法で初回免疫から2週毎に複数回追加免疫を行い、最終追加免疫3日後にマウスを解剖した。
【0051】
3)ハイブリドーマの作製
マウスミエローマ細胞(J Immunol Methods. 35(1-2):1-21.1980:以下FO細胞と略称する。)を、RPMI 1640培地(ニッスイ、東京都)に10%FCSを添加した培地(以下10%RPMI 1640と略称する。)で、37℃、5%CO2で静置培養した。細胞培養ルーからFO細胞をはがし、100xgで8分間遠心することにより細胞を集め、10%RPMI 1640で再浮遊し2.0×107cell/mlに調整し、融合に供した。最終免疫から3日後、マウスをエーテル麻酔下で心臓採血により安楽殺した後、その血液を37℃、5%CO2で1時間、さらに4℃で24時間静置した。24時間後に血清を分離し、−20℃で保存した。安楽殺処置後のマウス脾臓を摘出し、ディスポーザブル注射器の内筒を用い、金属メッシュ上で脾臓を圧片することにより脾臓細胞を分離した。脾臓細胞に10%RPMI 1640を加え、脾臓細胞洗浄を100xg、8分間、2回行った。洗浄した脾臓細胞を10%RPMI 1640で1.0×108 cell/mlに調節した。
【0052】
4)マウスリンフォカインの作製
ハイブリドーマを増殖活性化させるため、マウスリンフォカインを作製した(KANE, M. M. and BANKS, J. N. Immunoassay Making and manipulating hybridoma cells. 5.1 Facilities and media Protocol. 11 37-40.)。抗原未接種のBALB/cマウスを安楽殺後、先述と同様な方法で脾臓を分離し、分離した脾臓細胞を2.5μl/ml lipopolysaccharide endotoxin(SIGMA:以下LPSと略称する。)含有10%RPMI 1640培地で37℃、5%CO2、4日間培養した。390xg、5分間で遠心後、上清を回収し、26mm Syringe Filter 0.22μl(Corning Incorporated Corning,NY 14831,Germany)を用い濾過滅菌後、セラムチューブ(Greiner bio-one、Frickenhausen1,Germany)に分注し−20℃で保存した。使用時はHT培地(SIGMA)で20倍希釈し100μl/wellで用いた。
【0053】
5)細胞融合と選択
免疫マウスの脾臓細胞を1.0×108cell、FO細胞を2×107cellに調整し、脾臓細胞:FO細胞=5:1で混合した。100xg、8分間遠心後、培養液を除去し、ポリエチレングリコール4000(関東化学株式会社、埼玉:以下PEGと略称する。)溶液(8.75μM PEG,15%ジメチルスルフォキシド添加RPMI 1640)0.2mlを徐々に滴下しながら融合し、ハイブリドーマを作製した。
融合にあたりHAT培地(SIGMA)で細胞濃度を106cell/mlに調整し、96wellプレート(96Wells w/Lid、Flat Bottom:Greiner)に100μl/wellで播き、ハイブリドーマを選択した。得られたハイブリドーマに対し、北海道大学大学院獣医学研究科微生物学教室喜田宏教授から分与されたAIV抗原(A/Aichi/2/68)と粗精製AIV NPを抗原としたELISAでスクリーニングし、NP抗体産生ハイブリドーマを、5%リンフォカインを添加したHT培地を用い限界希釈法により2回クローニングを行った。クローニング後、アイソタイプを調べ、大量培養した。
【0054】
15.モノクローナル抗体の確認
1)抗AIV NP抗体検出用ELISA
ELISAは、抗原として粗精製AIV NPを、1次抗体にハイブリドーマ培養上清を、2次抗体にペルオキシダーゼ標識抗マウスIgGウサギ血清(CHEMICON International、Inc. CA, USA)を用いて行った。
2)ウェスタンブロッティング解析
抗原としてPBS(pH7.2)で100倍希釈した精製AIV A/budgerigar/Aichi/1/77(H3N8)と精製AIV NP Hisを用い、12.5%SDS−PAGE電気泳動とウェスタンブロッティングを行った。1次抗体として、MAb産生ハイブリドーマ培養上清を用い、2次抗体には、ブロック液で1000倍希釈したペルオキシダーゼ標識抗マウスIgGウサギ血清(Transduction Laboratories,Lexington, KY, USA)を用いた。
【0055】
16.アイソタイプの決定
アイソタイプの決定は、Immuno pure Monoclonal Antibody Isotype kit I(PIERCE)を用い、製品マニュアルに基づいて行った。ELISA用96wellプレート(SUMILON)にキット附属の coating antibody solutionを 50μlずつ固相化後、室温で2時間もしくは4℃で24時間静置した。溶液を取り除き125μlのblocking solutionを加え37℃で1時間静置した。125μlのwash bufferで4回洗浄後、MAbを含むハイブリドーマ培養上清と陽性対照を50μlずつ添加後、37℃で1時間反応させた。125μlのwash bufferで4回洗浄後、抗マウス特異的アイソタイプ(IgG1,IgG2a,IgG3,IgM,IgA,κ,λ)ウサギ血清と陰性対照として正常ウサギ血清を滴下した。陽性対照には抗マウスIgGを滴下し、37℃で1時間反応させた。125μlのwash bufferで4回洗浄後、ペルオキシダーゼ標識抗ウサギIgGヤギ血清を50μl加え、37℃で1時間反応させた。125μlのwash bufferで4回洗浄後、100μlのABTS substrate solutionを加え、室温で30分間反応させ、ELISA plate reader(三光純薬株式会社、東京都)により405nmにおける吸光度を測定した。
【0056】
17.MAbの精製および濃縮
クローニングを終了したMAb産生ハイブリドーマを大量培養フラット(INTEGRA CellLineCL 1000)(IBS INTEGRA BIOSCIENCES, INTEGRA Biosciences AG,Switzerland)を用い培養した。細胞数が約2×107〜4×107cell/mlの時期に、継代し、培養上清を回収した。大量培養フラット(INTEGRA CellLineCL1000)から回収したMAb産生ハイブリドーマ培養上清から、Montage(商標) life science kits(MILLIPORE.com, MA, USA)を用いMAbの精製を行った。前処理としてキット附属の0.22mmマイクレス−GPで産生ハイブリドーマ培養上清中の塵埃を除去した。Binding bufferを用いてPROSEP-A media plugを平衡状態にし、上清を150xg、20分間遠心することでMAbをPROSEP-A media plugに吸着させた。続いて、Binding bufferで500xg、2分間の遠心を2回行いPROSEP-A media plugへの非結合タンパク質を洗浄および除去した。Elution bufferで500xg、5分間遠心し、溶出液でPROSEP-A media plugからMAbを溶出した。得られたMAbに対し、Amicon Ultra 15 centrifugal Filter 30K NMWLで脱塩と濃縮を行った。そして、等量のグリセロールを添加後−20℃で保存した。
【0057】
18.競合ELISA
競合ELISAはZhouら(Zhouら, Avian Dis. 42:757-761.1998.;Zhouら,Avian Dis. 42 : 517-22. 1998)とShaferら(Shaferら,Avian Dis.42:28-34.1998)の方法に従って行った。抗原としてAIV NP His(50μl/well)をELISA用96wellプレート(SUMILON)に2時間、室温又は4℃、24時間シートさせた。抗原を回収したのち、wellをBSA10 100μl/wellによって2時間、室温又は4℃、24時間ブロッキングした。WellをPBSTによって3回洗浄した。希釈した供試血清とブランクとコントロールとしてBSA5Tをそれぞれ50μl/well添加し、37℃、20分間反応させた。血清を除去することなしに、PBSで20,000倍希釈されたMAbをブランクwellを除き50μl/well、ブランクwellにはBSA5Tをそれぞれ50μl/well添加し、37℃、1時間反応させた。WellをPBSTで4回洗浄した。BSA5Tで1,000倍希釈されたペルオキシダーゼ標識抗マウスIgGウサギ血清(CHEMICON International)を50μl/well添加し、37℃、1時間反応させた。WellをPBSTで4回洗浄した。100μl/wellの発色剤(pH4.0,0.05M Citric buffer,0.013%過酸化水素,2% 40mM ABTS)を添加し、37℃、30分間反応させた。30分後、ELISA plate reader(三光純薬株式会社)を用い405nm(OD405)で測定した。コントロール(MAbのみ)と比較したサンプル血清の抑制率は、正しい値を得るためにブランク値の平均を引いた後に算出され、それは全ての供試血清値とコントロールの値から引かれた。その公式は、100−(100×[供試血清値−ブランク値(BSA5T)/コントロール値(MAbのみ)−ブランク値(BSA5T)])である。抑制率30%以上を陽性とした。さらに、30%以上の抑制を示した最大血清希釈倍数の逆数を競合ELISA価とした。
【0058】
[結果]
1.AIV NPHis遺伝子の作製
分離A/Duck/Aomori/478/02(H1N1)株の感染漿尿液からRNAを抽出し、抽出したRNAを鋳型として、AI特異的プライマーであるUni12を用いたRT−PCRによりcDNAを増幅した。そのcDNAに対し、NP特異的プライマーであるAIV NPFとAIV NPR Hisを設計し、これらを用いてPCRを行ったところ、NPの全長と考えられる約1,500塩基対の増幅を確認した。
得られたPCR産物をTA Cloning Kitを用いてpCR2.1にライゲーションし、コンピテント細胞である大腸菌JM109へトランスフォーメーションした。White-Blue Selectionを利用して目的遺伝子の挿入されているホワイトコロニーを選択し、増菌培養を行った。得られた大腸菌からプラスミドを抽出し、BamHIで消化後、1%アガロースゲル電気泳動で展開した。100bp DNA Ladder(宝酒造株式会社)と比較したところ、AIV NP His遺伝子と推定される約1,500bpとベクターと推定される約3,900bpの2本のバンドが認められた。さらに、プライマー(AIV NPFとAIV NPR His)を用いたPCRにより、5’末端および3’末端から約500残基の塩基配列の一致を確認した。全長NPの配列決定は行っていない。
【0059】
2.トランスファーベクターの構築
AIVNP His−pCR2.1をBamHIで消化し、AIV NP Hisを含む断片をバキュロウイルストランスファーベクターpAcYM1にTakara DNA Ligation Kitを用いてライゲーションした。さらにコンピテントセルにトランスフォーメーションし、大腸菌からプラスミドを抽出した。この抽出したプラスミドをBamHIで消化後、1%アガロースゲル電気泳動を行ったところ、約1,500bpの挿入遺伝子と約10,000bpのpAcYM1ベクターのDNAが確認された。この約1,500bpのバンドが認められたプラスミドについて、AIV NP His遺伝子が、ポリヒドリンプロモーターに対して正方向に挿入されていることを確認するために、Bac1NプライマーとAIV NPR Hisを用いてPCRを行い、1%アガロースゲル電気泳動で展開した。約1,500bpのバンドの増幅が正方向に挿入されたことを示し、1,500bpの増幅が認められたうちの一つのプラスミドをpAIV NP His−pAcYM1とし、以下の発現実験に用いた。
【0060】
3.AIV NP His発現組換えバキュロウイルスの作製
プラスミドpAIV NP His−pAcYM1とAcRP23-LacZ DNAをコトランスフェクションし、培養上清を、X−gal存在下でプラッククローニングを行った。White-Blue Selection により白色を示したプラックを3回プラッククローニングし、Sf21細胞で数継代後、高力価ウイルスを得、シードウイルスとした。プラックアッセイの結果、このシードウイルスの力価は2.0×108PFU/mlであった。これを組換えバキュロウイルスAcAI NP Hisとした。
【0061】
4.組換えAIV NP Hisの発現の確認
得られたAcAI NP Hisを1.5×106cell/ml 300mlのSf9細胞にMOIを5PFU/cellで接種し、5.0×105cell/mlを下回った時点で回収した。αpolyHisを用いたウェスタンブロッティングでは、AcAI NP His感染細胞で約56kDaのバンドが認められ、AcNPV感染細胞およびMockでは特異的バンドは認められなかった。
【0062】
5.AIV NP Hisの大量培養および精製
大量培養し、Niカラムを用いて精製を行った。Niカラムに吸着させたAIV NP HisをImidazoleで溶出後、SDS−PAGEで展開しCBB染色で確認した。500mMで溶出させた際、約56kDaのバンドが認められた分画についてプールし、PD10カラムを通して脱塩し、同様にCBB染色およびウェスタンブロッティングを行った。ここで約56kDaのバンドが認められた分画を再度プールし、0.45μmフィルターでろ過し、精製AIV NP Hisとした。タンパク定量の結果、100mlのSf9細胞培養ペレットから90μg/ml、総タンパク量270μgの精製AIV NP Hisが得られた。
【0063】
6.AIV NP Hisを用いたELISA
AIV免疫鶏血清12検体については、実施した血清希釈40倍、160倍、640倍、2560倍において、用いた野外正常鶏血清10検体より有意に高い値を示した。また、用いた全ての野外正常鶏血清において、実施した血清希釈における非特異的陽性反応は認められなかった。なお、陽性域は野外正常鶏血清の平均値と標準偏差から算出し、野外正常鶏血清における値に、その標準偏差の3倍を加えた値以上の反応を陽性とした。
【0064】
7.AIV NP Hisを用いたAGP試験
AIV免疫鶏血清12検体でのみ沈降線を確認することができ、野外鶏血清164検体では非特異的陽性反応は認められなかった。野外ダチョウ血清448検体では全て陰性であった。これらの結果はRNP抗原を用いた試験結果と同様であった。
【0065】
8.抗AIV NP MAbの作製と同定
精製AIV A/budgerigar/Aichi/1/77(H3N8)を用いて免疫したマウスの脾臓細胞とミエローマ細胞から10種類のMAb産生ハイブリドーマが得られた。そのうち培養上清がAIV NP抗原に反応する8種類はNPに反応するMAbを産生するハイブリドーマとみなし、AIV抗原(A/Aichi/2/68)には反応するがAIV NP抗原には反応しない2種類は他のタンパク質に反応するMAbを産生するハイブリドーマであるとみなした。なお、これらMAbのアイソタイプは、IgG1、IgG2、IgA、IgMであった。目的とするNPと反応するIgGは11E5と6E10に確認され、6E10については限界希釈法を用いて5回クローニングを行ったが、軽鎖κ、重鎖IgMおよびIgG2aの2種類のMAb産生ハイブリドーマが混在していた。これ以上の分離は時間的に困難と考え、細胞を液体窒素で凍結保存した。11E5については軽鎖κ、重鎖IgG1であった。
【0066】
9.MAb 11E5の大量培養と精製および濃縮
クローニングが終了したMAb産生ハイブリドーマ11E5をINTEGRA CellLineCL 1000によって大量培養し、30mlの培養上清を得た。さらに、Montage(商標) life science kits(MILLIPORE.com, MA, USA)を用い培養上清を精製した結果、400μlの濃縮されたMAb 11E5が得られた。
【0067】
10.MAb 11E5の反応性
抗原に精製AIV NP Hisを用いたELISAにおいて、濃縮前MAb 11E5では1.0×103倍希釈、濃縮後MAb 11E5では1.0×105倍希釈まで反応した。抗原としてAIV A/budgerigar/Aichi/1/77(H3N8)あるいは精製AIV NP Hisを抗原としたウェスタンブロッティング解析ではともにいずれの位置にもバンドが確認できなかった。つまり、ウェスタンブロッティング解析には反応しなかった。
【0068】
11.MAb 11E5を用いた競合ELISA
供試血清について、AIV免疫鶏血清は100倍希釈、その他の血清は5倍希釈でELISAに用いた。AIV免疫鶏血清を用いた試験ではブランク平均値が0.218、コントロール平均値が1.311、H4N5免疫血清値が0.201、H5N3免疫血清値が0.23、H9N2免疫血清値が0.194、H11N6免疫血清値が0.204であった。SPF鶏血清ではブランク平均値が0.137、コントロール平均値が1.046、検体1が1.035、検体2が1.045、検体3が0.993であった。これらを既に示した公式にあてはめ抑制率を計算すると、
H4N5免疫血清抑制率(%)=100‐(100×[0.201‐0.218/1.311‐0.218])=101.5%、H5N3免疫血清抑制率(%)=100‐(100×[0.23‐0.218/1.311‐0.218])=98.8572%、H9N2免疫血清抑制率(%)=100‐(100×[0.194‐0.218/1.311‐0.218])=102.1%、H11N6免疫血清抑制率(%)=100‐(100×[0.204‐0.218/1.311‐0.218])=101.2%、SPF血清検体1抑制率(%)=100‐(100×[1.035‐0.137/1.046‐0.137])=1.174%、SPF血清検体2抑制率(%)=100‐(100×[1.045‐0.137/1.046‐0.137])=0.073%、SPF血清検体3抑制率(%)=100‐(100×[0.993‐0.137/1.046‐0.137])=5.798%となり、他の検体についても同様の計算を行った。AIV免疫鶏血清7検体は全てほぼ100%(平均抑制率99.8%、標準偏差0.432)の抑制を示し、SPF鶏血清25検体(平均抑制率1.805%、標準偏差3.655)、野外正常鶏血清43検体(平均抑制率7.462%、標準偏差3.969)、ダチョウ血清311検体(平均抑制率4.833%、標準偏差4.683)においては抑制反応は認められなかった。またAGP価2〜8である実際のH9N2感染鶏血清5検体はそれぞれ100%、34%、100%、91%、80%の抑制率を示した。そこで、陰性検体の抑制率の平均値と標準偏差、また実験感染鶏血清の抑制率から、30%以上の抑制を陽性とすることとした。
【0069】
12.競合ELISAとAGP試験の陽性限界の比較
H1からH12に対するAIV免疫鶏血清において、競合ELISAでは血清希釈約100倍から500倍(競合ELISA価100〜500)まで検出可能であり、AGP試験では約10倍から250倍(AGP価10〜250)まで検出可能であった(表1)。つまり、競合ELISA陽性限界/AGP試験陽性限界は約1〜10倍であった。
【0070】
【表1】

【0071】
13.感染血清の検出
既に山口県中部家畜保健衛生所においてAGP試験陰性と診断されたAI殺処分対象の鶏血清75検体における競合ELISAでは、30%以上の抑制を示した検体が1検体でその抑制率は41%、20〜30%の抑制を示した検体が1検体でその抑制率は21%、15〜20%の抑制を示した検体が3検体、10〜15%の抑制を示した検体が9検体、5〜10%の抑制を示した検体が28検体、抑制が5%以下であった検体が33検体であった(表2)。なお、30%以上の抑制を示した検体についてA/Duck/Hokkaido/84/02(H5N3)を用いたHI試験を実施したところ、血清希釈20倍までH5亜型特異的抑制が確認された。
【0072】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明に係る競合ELISAのCut 0ff値の設定を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)をAIV(トリインフルエンザウイルス)抗体検出抗原として用いることを特徴とするインフルエンザ感染検査薬。
【請求項2】
インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)遺伝子をAIV(トリインフルエンザウイルス)から単離し、バキュロウイルス発現系を用いて発現させた核タンパク質(NP)をAIV抗体検出抗原として用いる請求項1に記載のインフルエンザ感染検査薬。
【請求項3】
AIV A/Duck/Aomori/478/02(H1N1)の核タンパク質(NP)遺伝子にHis−tag配列を付加してNP−Hisとして発現させた核タンパク質(NP)をAIV抗体検出抗原として用いる請求項1又は2に記載のインフルエンザ感染検査薬。
【請求項4】
インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を、酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用いる請求項1〜3のいずれかに記載のインフルエンザ感染検査薬。
【請求項5】
(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原とし、少なくとも前記(1)の固相化抗原と
(2)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)とからなる請求項1〜4のいずれかに記載のインフルエンザ感染検査薬。
【請求項6】
固相化抗原がELISAプレートに固相化されている請求項4又は5に記載のインフルエンザ感染検査薬。
【請求項7】
AIV A/budgeriger/Aichi/1/77(H3N8)を免疫して作製した抗核タンパク質モノクローナル抗体NP MAb(IgG1,κ)を用いる請求項5に記載のインフルエンザ感染検査薬。
【請求項8】
インフルエンザウイルスの核タンパク質を、酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用いることを特徴とするインフルエンザ感染検査方法。
【請求項9】
インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)遺伝子をAIVから単離し、バキュロウイルス発現系を用いて発現させた核タンパク質(NP)を、酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用いる請求項8に記載のインフルエンザ感染検査方法。
【請求項10】
(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原として用い、少なくとも前記固相化抗原(1)と
(2)前記核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を用いる請求項8又は9に記載のインフルエンザ感染検査方法。
【請求項11】
(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原とし、次いで、
(2)被検血清を加えて、抗トリインフルエンザ(AIV)抗体を前記(1)の固相化抗原と反応させ、次いで、
(3)前記(1)の核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を加えて、前記抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を前記(2)で加えた被検血清と競合反応させる請求項10に記載のインフルエンザ感染検査方法。
【請求項12】
(1)インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を酵素結合免疫反応測定法(ELISA)の固相化抗原とし、次いで、
(2)被検血清を加えて、抗トリインフルエンザ(AIV)抗体を前記(1)の固相化抗原と反応させ、次いで、
(3)前記(1)の核タンパク質(NP)に対し特異的に結合する抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を加えて、前記抗核タンパク質モノクローナル抗体(NP MAb)を前記(2)で加えた被検血清と競合反応させ、次いで、
(4)前記(3)の抗NP MAbのみと反応する酵素標識抗体を加え、次いで、
(5)前記(4)の酵素標識抗体の標識酵素の酵素基質を加えたときの発色を測定する請求項11に記載のインフルエンザ感染検査方法。
【請求項13】
AIV A/budgeriger/Aichi/1/77(H3N8)を免疫して作製した抗核タンパク質モノクローナル抗体NP MAb(IgG1,κ)を用いる請求項10〜12のいずれか1項に記載のインフルエンザ感染検査方法。
【請求項14】
抗原を固相化したELISAプレートを用いる請求項9〜12のいずれか1項に記載のインフルエンザ感染検査方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−285749(P2007−285749A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−110704(P2006−110704)
【出願日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第53回日本ウイルス学会学術集会、日本ウイルス学会主催、2005年11月20〜22日開催(プログラム・抄録集発行:2005年11月1日)
【出願人】(598041566)学校法人北里学園 (180)
【Fターム(参考)】