説明

ウイルス包埋体の製造方法

【課題】 特定のタイプのハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの大量生産に適したウイルス包埋体の製造方法を提供する。
【解決手段】 ウイルス包埋体は、特定のタイプのハスモンヨトウ核多角体病ウイルスを含有するウイルス含有液をハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造される。前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスはCタイプのウイルスを含むもの、又はAタイプのウイルスのみからなるものが用いられる。Cタイプは、ゲノムDNAをEcoRI制限酵素にて切断したとき、16kbpより長いDNA断片が認められること、及び4.7〜5.9kbpの長さのDNA断片が認められないウイルスである。Aタイプは、ゲノムDNAをEcoRI制限酵素にて切断したとき、16kbpより長いDNA断片が認められないウイルスである。感染工程で用いられるハスモンヨトウは5齢0日目の幼虫であるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスを昆虫に感染させて包埋体を製造するウイルス包埋体の製造方法に関し、より詳しくはハスモンヨトウ核多角体病ウイルスをハスモンヨトウ幼虫に感染させて包埋体を製造するウイルス包埋体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスとしては、数種類の昆虫の培養細胞株に対する感染能力、増殖特性、多角体蛋白質、DNA制限酵素パターン及びDNAハイブリダイゼーションの各特徴に基づいて4種類に分類された野生のハスモンヨトウ核多角体病ウイルスが知られている(非特許文献1参照)。
【0003】
一方、この種のウイルスをチョウ目(Lepidoptera)に属する昆虫に感染させる方法としては、経口感染による方法又は経皮感染による方法が知られている(例えば特許文献1の従来の技術参照)。経口感染による方法ではウイルスを飼料とともに昆虫に給餌することにより実施され、経皮感染による方法では注射器等を用いて体腔内にウイルス液を注入することにより実施される。しかしながら、前記経口感染による方法では、ウイルスを含む飼料を大量に取り扱う必要があるため作業が非常に煩雑となるうえ、ウイルス感染及び発病ステージに個体差が生じることが多いという問題点もある。前記経皮感染による方法では、1頭ずつ手作業によりウイルス液の注入を行うため大量の昆虫を処理する場合には作業効率が悪くなるうえ、表皮以外の体内組織に大きな損傷を与える可能性もあることから、多くの人手を必要とし、且つ緻密な作業となる。
【0004】
そこで、以上のような欠点がなく、且つ昆虫へ効率よくウイルスを感染させるために、特許文献1では、昆虫生体の表皮に微細孔を形成する工程と、前記微細孔を有する表皮にウイルスを含む液を塗布する工程とを実施する感染方法が提案されている。前記微細孔を形成する工程は、直径0.5〜2.0μm程度の生物学的に不活性な金属からなる微粒子をパーティクルガン等を用いて投射することにより行われる。前記ウイルスを含む液を塗布する工程は、例えばピペット等を用いて表皮をこすることにより行われ、好ましくは昆虫1頭当たり10μl以上の液が塗布される。そして、この感染方法によれば、表皮以外の体内組織に大きな損傷を与えずにウイルスを昆虫の体腔内に導入することができるとともに、生きた昆虫の様々な形態に対して適用可能であり、さらに作業行程が簡単であるといった利点を有している。
【非特許文献1】Susumu Maeda, Yukuo Mukohara and Atsushi Kondo、スポドプテラ・リチュラ核多角体病ウイルスの特徴的同定(Characteristically distinct isolates of the nuclear polyhedrosis virus from Spodoptera litura)、Journal of General Virology、イギリス、1990年11月、71、p.2631−2639。
【特許文献1】特開2000−217463号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、本発明者らの鋭意研究により、特定のタイプのハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの大量生産に適したウイルス包埋体の製造方法を開発したことによりなされたものである。その目的とするところは、特定のタイプのハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの大量生産に適したウイルス包埋体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載のウイルス包埋体の製造方法は、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの包埋体を製造するウイルス包埋体の製造方法であって、前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスは、ゲノムDNAをEcoRI制限酵素にて切断したとき、16kbpより長いDNA断片が認められること、及び4.7〜5.9kbpの長さのDNA断片が認められないウイルスを含み、前記包埋体は前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスを含有するウイルス含有液を前記ハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造されることを要旨とする。
【0007】
請求項2に記載のウイルス包埋体の製造方法は、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの包埋体を製造するウイルス包埋体の製造方法であって、前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスは、ゲノムDNAをEcoRI制限酵素にて切断したとき、16kbpより長いDNA断片が認められないウイルスからなり、前記包埋体はウイルス含有液を前記ハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造され、前記ウイルス含有液は前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスのみからなるウイルス成分が含有されていることを要旨とする。
【0008】
この請求項1及び請求項2のウイルス包埋体の製造方法では、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスをハスモンヨトウに感染させる際に、該ウイルスを含有するウイルス含有液をハスモンヨトウの体内に注射又は接触させることにより行われる。この感染方法は、特定のタイプのハスモンヨトウ核多角体病ウイルスにおいては経口感染よりも工業的な大量生産に優れた感染方法であり、大量のウイルス包埋体を容易に製造することができる。
【0009】
なお、前記注射するとは、前記ウイルス含有液を注射針にてハスモンヨトウの体内に注入することを意味する。前記接触させるとは、前記ハスモンヨトウの表皮よりも硬質の体内挿入部を備えた体内挿入部材を用い、該体内挿入部の表面に前記ウイルス含有液が付着した状態でその体内挿入部をハスモンヨトウの体内に挿入することを意味する。また、前記ハスモンヨトウの体内とは、ハスモンヨトウ幼虫の表皮よりも内部を意味し、通常は体腔内に注入又は挿入される。
【0010】
請求項3に記載のウイルス包埋体の製造方法は、請求項1又は請求項2に記載の発明において、前記ハスモンヨトウは5齢0日目の幼虫であることを要旨とする。
この方法によれば、5齢0日目は幼虫の脱皮直後であるためウイルス感染が成立しやすいステージであるため、ウイルスの感染効率が容易に高められる。さらにこのとき、幼虫の身体がほぼ最大となる6齢でハスモンヨトウ罹病虫が致死しやすいため、ウイルス包埋体の収量も容易に高められる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、特定のタイプのハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの大量生産に適したウイルス包埋体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を具体化した実施形態を詳細に説明する。
日本に生息する野生のハスモンヨトウ核多角体病ウイルス(Nuclear Polyhedrosis Virus(Baculoviridae subgroup A)、以下、NPVと記載する)は、遺伝子型により以下に記載するA〜Cの3種類のタイプに分類される。これら3種類のNPVは、ゲノムDNAの制限酵素切断解析法にて解析したとき、それぞれ異なる電気泳動パターンで表されることによって分類される。即ち、これら3種類のNPVは、ゲノムDNAをEcoRI制限酵素で完全に切断した後にアガロースゲル電気泳動を行ったときの電気泳動パターンが図1に示されるように互いに異なっている。なお、前記図1に示される電気泳動パターンに見られる各染色バンドの長さと種類とを下記表1に示す。
【0013】
【表1】

図1及び表1に示すように、Aタイプ(特定のタイプ又は第1のタイプ)のNPVは、例えば、a〜z(クローンA−1)、又はa〜z及びα(クローンA−9)の26〜27本前後の染色バンド(EcoRI切断DNA断片)が明確に確認される電気泳動パターンを有している。このNPVは、16kbp(本発明者らの測定によれば15.4kbp)より長いDNA断片が認められないことに最も大きな特徴がある。次に、このNPVは、2.2〜3.4kbのDNA断片が認められない(検出できない)ことに大きな特徴がある。続いて、このNPVは、8〜12kbpのDNA断片が特に密に存在していることに特徴があり、最後に3.4〜15.4kbp及び1.0〜2.2kbpの2カ所にDNA断片の集中が認められることに特徴がある。
【0014】
なお、前記及び以下の記載において、DNA断片が認められない(検出できない)とは、前記電気泳動パターンにおいて、2kbp以下の染色バンドが目視又はデンシトメータ等の定量装置にて確実に検出される条件で、該DNA断片が目視又は前記定量装置にて検出できないことを意味する。また、このAタイプに属するNPVの電気泳動パターンには、例えば図1のクローンA−1とクローンA−9との間に見られるようなクローン間での若干の個体差が存在する。
【0015】
BタイプのNPVは、例えば、a〜y(クローンB−1)又はa〜z(クローンB−9)の25〜26本前後の染色バンドが明確に確認される電気泳動パターンを有している。このNPVは、16kbpより長いDNA断片(本発明者らの測定によれば約19kbp)が明確に認められることに最も大きな特徴があり、この特徴により前記AタイプのNPVと容易に区別される。次に、このNPVは、5.9〜6.9kbpのDNA断片が認められない(検出できない)ことに大きな特徴があり、続いて2.6〜4.5kbpのDNA断片が認められない(検出できない)ことに特徴があり、続いて1.0〜1.7kbpのDNA断片が認められない(検出できない)ことに特徴がある。最後に、このNPVは、6.9〜12.9kbp、4.5〜5.9kbp及び1.7〜2.6kbpの3カ所にDNA断片の集中が認められることに特徴がある。また、このBタイプに属するNPVの電気泳動パターンには、例えば図1に示されるクローンB−1とクローンB−9との間に見られるようなクローン間での若干の個体差が存在する。
【0016】
Cタイプ(第2のタイプ)のNPVは、本発明者らによって発見された天然のウイルスであって、岐阜県内に生息するハスモンヨトウ罹病死虫から単離されたものである。このNPVは、例えば、a〜z(クローンC−3)の26本の染色バンドが明確に確認される電気泳動パターンを有している。このNPVは、16kbpより長いDNA断片(本発明者らの測定によれば約19kbp)が明確に認められることに最も大きな特徴があり、この特徴により前記AタイプのNPVと容易に区別される。次に、このNPVは、4.7〜6.4kbpのDNA断片が認められない(検出できない)ことに大きな特徴があり、続いて全体にDNA断片の長さが分散していることに特徴がある。即ち、このCタイプのNPVは、4.7〜5.9kbpのDNA断片が認められない(検出できない)という特徴により前記BタイプのNPVと容易に区別される。また、このCタイプに属するNPVの電気泳動パターンにも、クローン間での若干の個体差が存在する。
【0017】
これらA〜CタイプのNPVはいずれも、宿主としてのハスモンヨトウに感染するウイルスであり、該宿主の生体内で増殖した後に宿主を死滅させる殺虫能力を有している。前記ハスモンヨトウは、大豆葉等を食い荒らす農作物の害虫である。このハスモンヨトウは、卵から幼虫、蛹、成虫と変態を繰り返すライフサイクルに従って成長する昆虫であり、幼虫の時期に最も大きな農業被害を引き起こす。前記幼虫としては、脱皮を重ねる毎に発育齢が1つずつ加齢するようになっており、1齢から6齢までの各ステージが存在する。このハスモンヨトウは、4齢以降の老齢幼虫に生育するに従ってNPV等の病原性ウイルスに対する抵抗性が増大して感染されにくくなる。さらに、4齢以降では摂食量が急激に増加して農業被害を飛躍的に拡大させる。また、野外のハスモンヨトウは、休眠することなく活動するとともに、環境温度に依存しながら昆虫独自のライフサイクルを繰り返す。そのため、野外のハスモンヨトウは、発育齢が揃っている場合が極めて少なく、農業被害を軽減させるためには大量の害虫防除資材の散布が必要である。
【0018】
また、このハスモンヨトウの近縁種としてはスポドプテラ・リトラリス(Spodoptera littoralis)が挙げられ、同じスポドプテラ属の昆虫としてはスポドプテラ・エクシグア(Spodoptera exigua)、スポドプテラ・フルギペルダ(Spodoptera frugiperda)が挙げられる。A〜CタイプのNPVは、スポドプテラ・リトラリスに対する感染致死能力を備えている。また、Aタイプ及びBタイプのNPVは、スポドプテラ・エクシグア及びスポドプテラ・フルギペルダ由来の培養細胞内にインビトロ(in vitro)で多角体を形成させることが確認されている。
【0019】
次に、データは示さないが本発明者らが行った予備試験結果より把握されるA〜CタイプのNPVの特徴について記載する。
AタイプのNPVは、Bタイプ及びCタイプのNPVと比べて、ハスモンヨトウ幼虫の体腔内に侵入しやすい性質、つまり感染が成立しやすい性質を有している。CタイプのNPVは、AタイプのNPVと比べて、ハスモンヨトウ幼虫の体腔内に若干侵入しにくいが、ある一定量が一旦幼虫の体腔内に侵入した後には該体腔内で著しく高い増殖能力を発揮する。即ち、このCタイプのNPVは、感染成立後のハスモンヨトウ幼虫に対する高い感染拡大能力を備えている。
【0020】
また、AタイプのNPVは、Bタイプ及びCタイプのNPVと比べて、3齢以前のハスモンヨトウ幼虫(比較的免疫系の働きが弱い幼虫)に対する感染が著しく成立しやすいうえ、該幼虫に対して致死させる作用が最も強い。しかしながら、このAタイプのNPVでは、4齢以降の幼虫(比較的免疫系の働きが強い幼虫)に対して感染は成立しやすいと考えられるが、宿主体腔内の免疫系の働きによって致死期間が長くなり、宿主を致死させる作用はCタイプのNPVと比べて遅れる。また、CタイプのNPVは、感染成立後の増殖能力が格段に優れていることから、3齢及び4齢幼虫の宿主免疫系によって排除される以上に侵入すれば、4齢幼虫を致死させる作用はAタイプ及びBタイプよりも明らかに速く優れている。即ち、このCタイプのNPVは、3齢以前の幼虫ばかりでなく、4齢ハスモンヨトウ幼虫に対しても致死効果が高いことから、野外圃場等において発育齢の不揃いなハスモンヨトウ幼虫集団に対する致死率を容易に高めることができ、生物的防除効果に優れている。
【0021】
一方、AタイプのNPVは、Bタイプ及びCタイプのNPVと比べて、宿主に対する感染の成立後は、該宿主の細胞内で多量のポリヘドリン(polyhedrin)蛋白質を発現することから、核内に多数の包埋体を形成させる能力に優れていると考えることができる。CタイプのNPVは、AタイプのNPVと比べて、宿主に対する感染の成立後、該宿主の細胞核内での包埋体の形成作用が弱い。このCタイプのNPVは、Aタイプ及びBタイプのNPVと比べて、宿主に対する感染の成立後は、該宿主の体細胞全体に素早く感染を拡大させて宿主の摂食活動を始めとする活動全般を停止させる作用が顕著に高い。
【0022】
これらのNPVは、ハスモンヨトウに対する生物的防除を行うための害虫防除資材(農薬)として用いられ、ハスモンヨトウの摂食活動に伴って発生する農業被害を抑える効果に優れている。この害虫防除資材は、ハスモンヨトウに対する生物的防除を行う有効成分としてウイルス包埋体が含有されている。ウイルス包埋体は、NPVをハスモンヨトウ幼虫に感染させ、その幼虫の生体内で前記NPVを大量に増殖させることによって得られるものであり、前記NPVのウイルス粒子が感染細胞中に包埋されたハスモンヨトウ罹患虫の死骸、又は該死骸の破砕物を濾過した濾過物により構成される。また、この害虫防除資材中には、必要に応じて、前記ウイルス包埋体以外の成分(非ウイルス成分)が同時に含有されていても構わない。非ウイルス成分としては、ハスモンヨトウ幼虫に対する経口感染の成立を増進させるための経口感染増進剤(スチルベン系の蛍光漂白剤等)や展着剤、紫外線によるNPVの不活化を防ぐための添加剤等が挙げられる。
【0023】
実施形態の第1のウイルス包埋体は、AタイプのNPVのウイルス粒子が包埋されたウイルス包埋体(以下、Aタイプのウイルス包埋体と記載する)から構成される。即ち、この第1のウイルス包埋体は、AタイプのNPVをハスモンヨトウ幼虫に感染させ、その幼虫の生体内で前記NPVを大量に増殖させることによって得られる。この第1のウイルス包埋体には、BタイプのNPVのウイルス粒子が包埋されたウイルス包埋体(以下、Bタイプのウイルス包埋体と記載する)及びCタイプのNPVのウイルス粒子が包埋されたウイルス包埋体(以下、Cタイプのウイルス包埋体と記載する)は含有されていない。
【0024】
この第1のウイルス包埋体を有効成分とする害虫防除資材は、複数のタイプのウイルス包埋体を有効成分とする害虫防除資材と比較して、ハスモンヨトウ幼虫、特に3齢以前の幼虫に対する致死能力(致死率)が飛躍的に向上している。さらに、この害虫防除資材は、他のタイプのNPVが含有されていないため、害虫防除資材として利用する際にその品質が安定しているうえ、前記AタイプのNPVによる感染致死能力が著しくシャープに発揮されることから、ハスモンヨトウの生物的防除(特に完全駆除)に極めて高い効果を発揮する。またこのとき、他のタイプのNPVが感染することにより瀕死状態ではあるが致死を免れ得る害虫の個体数を減らす効果も発揮され得る。
【0025】
実施形態の第2のウイルス包埋体は、Cタイプのウイルス包埋体から構成される。即ち、この第2のウイルス包埋体は、CタイプのNPVをハスモンヨトウ幼虫に感染させ、その幼虫の生体内で前記NPVを大量に増殖させることによって得られる。この第2のウイルス包埋体には、Aタイプ及びBタイプのウイルス包埋体は含有されていない。この第2のウイルス包埋体を有効成分とする害虫防除資材は、発育齢が不揃いなハスモンヨトウ幼虫集団全体に対してその活動を鈍化させやすくなっており、農作物の摂食被害を抑える働きが高い。
【0026】
実施形態の第3のウイルス包埋体は、Cタイプのウイルス包埋体と、その他のタイプ(Aタイプ及び/又はBタイプ)のウイルス包埋体とから構成される。この第3のウイルス包埋体を有効成分とする害虫防除資材は、前記その他のタイプのNPVの利点を発揮させつつ、CタイプのNPVの利点を発揮させるようになっている。前記CタイプのNPVの利点としては、上述したように、感染成立後のハスモンヨトウ幼虫に対する高い感染拡大能力等が挙げられる。
【0027】
この第3のウイルス包埋体としては、Aタイプのウイルス包埋体と、Cタイプのウイルス包埋体とから構成されるのが好ましい。このAタイプ及びCタイプのウイルス包埋体を有効成分とする害虫防除資材は、AタイプのNPVがハスモンヨトウ幼虫に対する感染の成立を促進させた後、CタイプのNPVが同幼虫の生体内での感染の拡大を促進させる作用を有している。そして、前記CタイプのNPVによる感染の拡大は、前記AタイプのNPVの感染によって極めて容易となる。その結果、この害虫防除資材では、散布後速やかにCタイプのNPVによるハスモンヨトウ幼虫の摂食活動を停止させるとともに、所定期間経過後にはAタイプのNPVによってハスモンヨトウの完全駆除をほぼ達成することができ、農業被害を著しく効果的に抑えることが容易である。
【0028】
次に、上記ウイルス包埋体の製造方法について説明する。
第1のウイルス包埋体は、AタイプのNPVを含有するウイルス含有液をハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造される。第2のウイルス包埋体は、CタイプのNPVを含有するウイルス含有液をハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造される。第3のウイルス包埋体は、害虫防除資材の品質を安定化させやすくなることから、第1及び第2のウイルス包埋体をそれぞれ別々に製造した後、それらウイルス包埋体を所定の配合割合で配合することにより製造されるのが好ましい。なお、この第3のウイルス包埋体は、複数のタイプのNPVを同時に含有するウイルス含有液をハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造しても構わない。
【0029】
前記ウイルス含有液には、ウイルス成分と、該ウイルス成分を分散させるための分散媒(水や緩衝液等の溶媒)とが含まれている。前記ウイルス成分としては、NPVの出芽ウイルスを用いるのが特に好ましい。さらに、前記ウイルス成分としては、害虫防除資材の品質を安定化させるために、NPVの単一クローンから構成されているのが最も好ましいが、例えば天然のハスモンヨトウ罹患虫から採取されたNPVから構成されていても構わない。前記NPVの単一クローンは、インビトロクローニング法にてクローニングすることにより得られる。インビトロクローニング法は、単層培養された昆虫由来の培養細胞に対してNPVを感染させた後、プラーク法等の公知のクローニング技術を用いて単一のNPVクローンを単離するものである。前記プラーク法としては、例えば、Hink and Vail(Journal of Invertebrate Pathology, 22, P158-174, 1983)の方法が挙げられる。
【0030】
前記感染工程は、前記ウイルス含有液をハスモンヨトウ幼虫の体内に注射(インジェクション法)又は接触させることにより、当該ウイルス含有液中に含まれるNPVをハスモンヨトウに感染させる工程である。この感染工程において、ハスモンヨトウ幼虫の体内に注射又は接触させるべきウイルス含有液の量は、出芽ウイルスの濃度にもよるが、1μl以上あれば感染が成立し得ることを本発明者らが確認している。前記ウイルス含有液をハスモンヨトウ幼虫の体内に注射する場合には、前記ウイルス含有液を注射器(注射針)にてハスモンヨトウの体内(体腔内)に注入することにより実施され、その注入されたウイルス含有液中のNPVがハスモンヨトウ幼虫に感染して増殖するようになっている。
【0031】
一方、前記ウイルス含有液をハスモンヨトウの体内に接触させる場合には、前記ハスモンヨトウの表皮よりも硬質の体内挿入部を備えた体内挿入部材を用い、該体内挿入部の表面に前記ウイルス含有液が付着した状態でその体内挿入部をハスモンヨトウの体内(体腔内)に挿入することにより実施される。具体的には、先端部に略針状をなす体内挿入部が設けられた体内挿入部材を幼虫の体内に挿入する第1の方法、又は略粒状をなす体内挿入部材(体内挿入部)をパーティクルガンにて幼虫の体内に挿入する第2の方法が用いられる。前記体内挿入部は、ハスモンヨトウ幼虫の表皮よりも硬質の材料(例えば金属、鉱物、樹脂、結晶化された炭素等)により針状に形成されており、ハスモンヨトウ幼虫の表皮を貫通してその幼虫の体内(体腔内)に挿入されるようになっている。
【0032】
第1の方法は、体内挿入部の表面に前記ウイルス含有液を付着させた状態で、該体内挿入部をハスモンヨトウ幼虫の表皮を貫通させてその体内に挿入することにより行われる。この第1の方法では、体内挿入部の表面に付着しているウイルス含有液がハスモンヨトウ幼虫の体内に挿入されることによって当該幼虫の体内に移行し、NPVの感染が成立して増殖するようになっている。この第1の方法において、前記体内挿入部には、表面張力等の物理的な作用によってウイルス含有液を一時的に保持するための貫通孔、微細孔、凹部(窪み)又は凸部が設けられているのが好ましい。このとき、体内挿入部に多量(μl以上のオーダー)のウイルス含有液を保持することが容易となることから、ハスモンヨトウ幼虫の体内に多量のウイルス含有液を接触させることが可能となり感染を成立させやすくすることができる。
【0033】
体内挿入部材は、ハスモンヨトウの表皮よりも硬質の材料により略針状に形成された体内挿入部と、当該体内挿入部を支持するための支持部(図示略)とを備えている。支持部の形状は特に限定されないが、例えば錐や千枚通しの持ち手、或いは剣山の台座のような形状が挙げられる。図2(a)〜(e)は、ハスモンヨトウ幼虫の表皮を貫いて該幼虫の体内に挿入される体内挿入部10の先端部を示している。
【0034】
図2(a)に示される体内挿入部10は、針状に形成されるとともに、その先端部には体内挿入部10の長手方向と直交方向に延びる複数の貫通孔11が貫設されている。貫通孔11は、体内挿入部10をウイルス含有液中に浸漬させると、その内部に所定量(例えば1μl以上)のウイルス含有液の侵入を許容し、同体内挿入部10をハスモンヨトウ幼虫の体内に挿脱する際には当該貫通孔11内のウイルス含有液を幼虫の体内に移行させるようになっている。なお、前記複数の貫通孔11は、互いに同じ方向に延びるように形成されている必要はなく、また体内挿入部10の長手方向と直交方向に延びている必要もない。
【0035】
図2(b)に示される体内挿入部10は、針状に形成されるとともに、その先端部外周面には体内挿入部10の長手方向と直交方向に延びる複数の凹部12が凹設されている。凹部12は、図2(a)に示される体内挿入部10と同様に、体内挿入部10をウイルス含有液中に浸漬させると、その内部に所定量のウイルス含有液の侵入を許容し、同体内挿入部10をハスモンヨトウ幼虫の体内に挿脱する際には当該凹部12内のウイルス含有液を幼虫の体内に移行させるようになっている。
【0036】
図2(c)に示される体内挿入部10は、針状に形成されるとともに、その先端部外周面には縦横に延びる複数の凹溝13が形成されている。凹溝13は、体内挿入部10をウイルス含有液中に浸漬させると、その内部に所定量のウイルス含有液を表面張力等によって付着(収容)させ、同体内挿入部10をハスモンヨトウ幼虫の体内に挿脱する際には当該凹溝13内のウイルス含有液を幼虫の体内に移行させるようになっている。なお、前記凹溝13は、縦横に延びるように形成されている必要はなく、縦方向、横方向及び斜め方向から選ばれる少なくとも1種の方向に延びるように形成されていてもよい。
【0037】
図2(d)に示される体内挿入部10は、針状に形成されるとともに、その先端部外周面には複数の凸部14が突設されている。凸部14は、体内挿入部10をウイルス含有液中に浸漬させると、体内挿入部10の先端部外表面と協働してその表面に所定量のウイルス含有液を表面張力等によって付着させ、同体内挿入部10をハスモンヨトウ幼虫の体内に挿脱する際には当該凸部14表面のウイルス含有液を幼虫の体内に移行させるようになっている。なお、前記複数の凸部14は、互いに狭い間隔(例えば凸部14の基端部における外径よりも狭い間隔)で体内挿入部10の先端部外周面上に突設されているのが好ましい。
【0038】
図2(e)に示される体内挿入部10は、注射針をその長手方向に2分割したような平断面略C字状に形成されている。このため、この体内挿入部10の一側面側には、体内挿入部10をウイルス含有液中に浸漬させると、その内部に所定量のウイルス含有液を表面張力等によって付着(収容)させやすくするための凹所15が形成されている。なお、体内挿入部10の先端部には、上記貫通孔11、凹部12、凹溝13、凸部14及び凹所15から選ばれる2種以上の構成の組み合わせが形成されていてもよい。
【0039】
第2の方法は、ハスモンヨトウ幼虫の表皮よりも硬質の金やタングステン等の微粒子の表面に前記ウイルス含有液を付着させた状態で、当該微粒子をパーティクルガンにてハスモンヨトウ幼虫の体内に打ち込む(挿入する)ことにより行われる。なおこのとき、前記微粒子は体内挿入部及び体内挿入部材を構成している。この第2の方法では、前記微粒子の表面に付着しているウイルス含有液がハスモンヨトウ幼虫の体内に挿入されることによって当該幼虫の体内に移行し、NPVの感染が成立して増殖するようになっている。なお、前記微粒子の表面には、前記貫通孔、微細孔、凹部(窪み)又は凸部が設けられていてもよい。
【0040】
この感染工程で用いられるハスモンヨトウは、5齢0日目の幼虫であるのが最も好ましいが、4齢後半〜5齢のステージの幼虫であっても構わない。ハスモンヨトウ幼虫は、脱皮にて区切られた発育齢が1齢から6齢までの6ステージ存在する。このハスモンヨトウ幼虫は、脱皮に伴って身体が段階的に巨大化するとともに、1齢から5齢までの各ステージにおいては日毎に身体が大きくなる。また、このハスモンヨトウ幼虫は、6齢の後期までは日毎に身体が大きくなるが、6齢の終期(前蛹期)では若干身体が小さくなって蛹化へとステージを進行させる。従って、感染工程においてNPVが感染したハスモンヨトウ罹患虫は、6齢の後期で死滅する(身体が動かなくなる)場合に最も多量のウイルス包埋体を含有することになる。6齢の後期でウイルス包埋体を高含有するハスモンヨトウ幼虫を死滅させるためには、4齢の末日又は5齢0日目に前記感染工程が実施される必要がある。さらに、このハスモンヨトウ幼虫は、NPV感染に対する感受性が脱皮直後に最も高くなっていることから、5齢0日目の幼虫に対して感染工程が実施されるのが最も好ましい。また、この感染工程で用いられるハスモンヨトウは、ウイルス未感染の幼虫であるのが好ましい。これら第1から第3のウイルス包埋体を有効成分として含有する害虫防除資材は、野外圃場等において散布することにより、当該ウイルス包埋体中のNPVが害虫(ハスモンヨトウ幼虫)に経口感染してその摂食被害を軽減させるとともに害虫を死滅させる作用を有する。
【0041】
前記の実施形態によって発揮される効果について、以下に記載する。
・ 実施形態のウイルス包埋体の製造方法は、特定のタイプのNPVを含有するウイルス含有液をハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造される。このため、このウイルス包埋体の製造方法では、経口感染及び経皮感染によりウイルス包埋体を製造する場合と比べて、ハスモンヨトウ幼虫に対し高い効率でNPVの感染を成立させることができるうえ作業も容易である。さらに、本実施形態の製造方法では、昆虫生体の表皮に微細孔を形成する工程と、微細孔を有する表皮にウイルスを含む液を塗布する工程との2つの工程を実施する感染方法と比べても、工程数が少ないうえ、ウイルス包埋体をより一層多量に得ることができる。
【0042】
・ 実施形態のウイルス包埋体の製造方法では、5齢0日目のハスモンヨトウ幼虫に対して感染工程が行われる。このステージの幼虫は、経口感染ではNPVの感染効率が激減しており、所望とする量のウイルス包埋体を得ることが極めて困難であるが、本実施形態の製造方法によれば、幼虫の体内にNPVを直接注射又は接触させることから、NPVの感染を成立させる効率が極めて高くなり、ウイルス包埋体を多量に得ることが極めて容易である。さらにこのとき、最も身体が大きな6齢後期でハスモンヨトウ罹患虫が死滅することから、大量のウイルス包埋体を得ることが極めて容易となる。なお、前記ハスモンヨトウ罹患虫は、大半の細胞がウイルス包埋体に占拠されることよって細胞機能が停止して身体の動きが停止することから、前記6齢後期における罹患虫内に含まれているウイルス包埋体の量は身体のサイズの大きさと相まってほぼ最大となっている。
【実施例1】
【0043】
<NPVのクローニング及び同定>
NPVのクローニングには、農林水産省、大学及び公立試験場等で保存されていた株(岐阜県以外の日本各地で採取されたもの)、並びに岐阜県内の圃場で採集した野外ハスモンヨトウ感染罹病虫より分離した病原ウイルスからなる18種類のサンプルを用いた。これら各サンプルは、通常複数種類のNPVクローンが混在していることから、Hink and Vailのプラーク法を取り入れたインビトロクローニング法を用いて単一のクローンとなるように分離(クローニング)した。
【0044】
即ち、まず、1×106個のTUAT-SpLi-221細胞を直径35mmの培養シャーレで単層培養した。なお、前記TUAT-SpLi-221細胞は、10%の牛胎児血清(FBS)を添加したIPL-41培地(Weissら、In Vitro, 17, P495-502, 1981)にて28℃で培養された。次に、前記培養シャーレ内の培養液を取り除いた後、上記各サンプル(サンプル液)を1シャーレあたり400ml加え、室温で1時間攪拌しサンプル液中のNPVを昆虫細胞に吸着させた。その後、前記培養シャーレ内のサンプル液を取り除き、0.75%のアガロースと10%のFBSとを含むIPL-41培地を3ml重層した。5日後、生じたプラークをパスツールピペットで採取して少量のIPL-41培地に懸濁させた。以上の操作を3回繰り返すことにより、228個のNPVクローンがクローニングされた。
【0045】
これらNPVクローンからLavinaら(Biological Control, 20, P39-47, 2001)の方法によりゲノムDNAを抽出し、EcoRIによって制限酵素処理した後にアガロースゲル電気泳動を行ったところ、33種類の遺伝子型に分類された。その一部を図1に示す。これら33種類の遺伝子型は、その電気泳動パターンの特徴から大きく3種類のタイプ(A〜Cタイプ)に分類され得ることが判明し、日本国内には少なくとも3タイプのNPVが存在することが明らかになった。
【0046】
前記Aタイプは、その電気泳動パターンより、Cherry and Summers(Journal of Invertebrate Pathology,46,P289-295,1985)の報告にある、主に地中海沿岸地域に分布する近縁種のスポドプテラ・リトラリス核多角体病ウイルスと極めて高い類似性があることが判明した。前記Bタイプは、その電気泳動パターンより、非特許文献1及びLavinaら(Biological Control, 20, P39-47, 2001)の報告にある、アジアで分離報告されたNPVと極めて高い類似性があることが判明した。一方、前記Cタイプは、これまで報告されているNPVの電気泳動パターンとは全く異なる新しいタイプのウイルスであることが判明した。また、このCタイプのクローンは、岐阜県内の罹病虫からのみ分離された。そして、Aタイプに属するクローンをA−1〜A−20、Bタイプに属するクローンをB−1〜B−10、Cタイプに属するクローンをC−1〜C−3と命名した。
【0047】
<ウイルス包埋体の作製>
前記33種類のNPVのクローンは、ゲノム変異の可能性を最小限に止めるため、前記培養細胞系にて最小限の回数で小規模に増殖させた後、該細胞を含む培養液を3,000rpmで遠心分離して沈澱を回収し、少量の水に懸濁させた。この懸濁液を人工飼料に加え、4齢程度のハスモンヨトウ幼虫に食下し、感染致死した個体を回収した。さらに、前記致死個体をホモゲナイズし、100メッシュ程度のナイロンメッシュにより濾過して頭部や体毛等の大きな夾雑物を取り除いた後、3,000rpmの遠心上清を得ることにより粗精製した後、少量の界面活性剤(0.02%程度のTween 80)を含む滅菌水に懸濁することによって包埋体を得た。最後に、前記包埋体の濃度(個包埋体/ml)を、顕微鏡を用いて血球計算盤によりカウントした。
【0048】
<ウイルス包埋体の大量生産方法の検討>
ウイルス包埋体の大量生産方法の検討は、経口感染法(包埋体人工飼料混入法)及びインジェクション法(出芽ウイルス注入法)の2種類の方法を比較するべく行った。
【0049】
経口感染法によるウイルス包埋体の生産は、前記<ウイルス包埋体の作製>で得た各タイプ(A−9、C−3)のウイルス包埋体を所定の濃度に調製した溶液を人工飼料に加え混合したものを5齢0日目のハスモンヨトウ幼虫に2日間与えて25℃で個別飼育し、その後清浄な人工飼料を与えて個別飼育した。なお、前記5齢0日目の幼虫に与えた人工飼料中の包埋体濃度は、いずれのタイプのウイルスでも同じになるように調整した。そして、感染7日、9日又は14日後までの死亡個体数をカウントして死亡率を求めた。結果を表2(上2段)に示す。
【0050】
一方、インジェクション法によりウイルス包埋体を大量生産するために、まず、前記<ウイルス包埋体の作製>に用いた各タイプ(A−9、C−3)の出芽ウイルスから注入原液(ウイルス含有液)を作製した。これらの注入原液は、培養細胞系又は幼虫生体を用いて生産することが可能であるが、本試験ではTUAT-SpLi-221細胞培養系に前記出芽ウイルスを感染させた後、数日後に培養上清を遠心分離して回収したものを注入原液とした。これらの注入原液を、5齢0日目のハスモンヨトウ幼虫の体腔内に1匹当たり数μlずつ注射器(テルモ社製の注射針 27G x 3/4" (0.40x19mm)を使用)にて注入した。そして、各注入原液が注入された幼虫に人工飼料を与えて25℃で個別飼育し、接種7日、9日又は14日後までの死亡個体数をカウントして死亡率を求めた。結果を表2(下2段)に示す。なお、前記注射器にて注入した注入原液の量は、各注入原液中に含まれる出芽ウイルスのタイターに基づいて、いずれのタイプのウイルスでも同量の出芽ウイルスが幼虫に注入されるように調整した。また、前記注入原液中の出芽ウイルスのタイターは、培養細胞系によるin vitroでのプラーク法によりそれぞれ計測された。
【0051】
【表2】

表2は、人工飼料に包埋体を混入して感染(接種)させる方法と、出芽ウイルスを含む溶液を幼虫体内にインジェクションする方法とについて感染致死率(死亡率)を比較した結果を示している。5齢期以降の幼虫に対してCタイプの包埋体を経口感染させた場合、致死率が低いために生産効率が悪かった。一方、インジェクションによる出芽ウイルスの接種では、ほぼ100%に近い死亡率が得られ生産効率は高かった。Aタイプは経口感染でも感染致死率は高いが、9日以降に死亡する個体が認められ、致死時期がインジェクション法に比べ不揃いとなっていた。
【0052】
<ウイルス包埋体の大量生産に適した幼虫発育齢の検討>
上記各注入原液を、5齢前日から5齢2日目までの幼虫発育齢のハスモンヨトウ幼虫に対し上記<ウイルス包埋体の大量生産方法の検討>と同様に注入した後に人工飼料にて25℃で個別飼育した。その後、接種7日又は9日後までの致死幼虫を回収するとともに各致死幼虫の体重を計測し、死亡率及び死亡幼虫平均体重を求めた。
【0053】
次に、致死幼虫にTween 80等の界面活性剤を少量含む蒸留水を加えてミキサー等でホモジナイズした後、100メッシュ程度のナイロンメッシュにより比較的大きな夾雑物を取り除いた。その後、3,500rpmの遠心分離により粗精製を複数回行い、体液等の幼虫由来成分を取り除き、包埋体を精製した。得られた包埋体を適量の界面活性剤を少量含む蒸留水に懸濁した後、血球計算盤を用いて包埋体濃度を計測し、死虫1匹あたりに含まれる包埋体の収率(多角体収率)を求めた。これらの結果を表3に示す。
【0054】
【表3】

表3は、異なる発育齢のハスモンヨトウ幼虫に出芽ウイルスを含む溶液をインジェクションした場合の包埋体の収率を比較した結果を示している。Aタイプを5齢2日目以降に接種するとハスモンヨトウ幼虫の感染致死率が下がった。罹病致死幼虫の重さに関しては、Aタイプの場合で5齢0日目に処理した場合最も大きくなったが、Cタイプの場合には5齢1日目に接種した致死幼虫が最も大きくなった。これらの接種試験の結果得られた罹病致死幼虫から分離可能な包埋体の1匹当たりの収率は、Aタイプ、Cタイプともに5齢0日目に接種した場合に最も高くなった。
【0055】
さらに、前記実施形態より把握できる技術的思想について以下に記載する。
・ 前記ウイルス含有液にはインビトロクローニング法によりクローニングされたハスモンヨトウ核多角体病ウイルスが含有されていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のウイルス包埋体の製造方法。 前記ウイルス含有液にはインビトロクローニング法によりクローニングされたハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの単一クローンからなるウイルス成分が含有されていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のウイルス包埋体の製造方法。
【0056】
・ 前記感染工程は前記ウイルス含有液を注射器を用いて前記ハスモンヨトウの体内に注入することにより実施されることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のウイルス包埋体の製造方法。 前記感染工程は、前記ハスモンヨトウの表皮よりも硬質の体内挿入部を備えた体内挿入部材を用い、該体内挿入部の表面に前記ウイルス含有液が付着した状態でその体内挿入部をハスモンヨトウの体内に挿入することにより実施されることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のウイルス包埋体の製造方法。 前記感染工程は、前記ハスモンヨトウ幼虫の表皮よりも硬質の微粒子の表面に前記ウイルス含有液を付着させた状態で、当該微粒子をパーティクルガンにてハスモンヨトウの体内に打ち込むことにより実施されることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のウイルス包埋体の製造方法。
【0057】
なお、本発明を応用した技術として、次のようなものが挙げられる。
・ BタイプのNPVの単一クローンからなる第4のウイルス包埋体を製造してもよい。即ち、この第4のウイルス包埋体は、BタイプのNPVをハスモンヨトウ幼虫に感染させ、その幼虫の生体内で前記NPVを大量に増殖させることによって得られる。この第4のウイルス包埋体には、Aタイプのウイルス包埋体及びCタイプのウイルス包埋体は含有されていない。このように構成した場合、Bタイプのウイルス包埋体を効率よく製造することができるうえ、BタイプのNPVの特徴を生かした害虫防除資材を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスのゲノムDNAをEcoRI切断したときの電気泳動パターンを示すアガロースゲル電気泳動像。
【図2】(a)〜(e)はいずれも実施形態の体内挿入部の先端部を模式的に示す斜視図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの包埋体を製造するウイルス包埋体の製造方法であって、
前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスは、ゲノムDNAをEcoRI制限酵素にて切断したとき、16kbpより長いDNA断片が認められること、及び4.7〜5.9kbpの長さのDNA断片が認められないウイルスを含み、
前記包埋体は前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスを含有するウイルス含有液を前記ハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造されることを特徴とするウイルス包埋体の製造方法。
【請求項2】
ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの包埋体を製造するウイルス包埋体の製造方法であって、
前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスは、ゲノムDNAをEcoRI制限酵素にて切断したとき、16kbpより長いDNA断片が認められないウイルスからなり、
前記包埋体はウイルス含有液を前記ハスモンヨトウの体内に注射又は接触させて感染させる感染工程を経て製造され、
前記ウイルス含有液は前記ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスのみからなるウイルス成分が含有されていることを特徴とするウイルス包埋体の製造方法。
【請求項3】
前記ハスモンヨトウは5齢0日目の幼虫であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のウイルス包埋体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−87386(P2006−87386A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−278891(P2004−278891)
【出願日】平成16年9月27日(2004.9.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月 エルゼビア インク.(ELSEVER INK.)発行の「バイオロジカル コントロール(Biological Control)第31巻 第1号」に発表
【出願人】(391016842)岐阜県 (70)
【出願人】(591043950)揖斐川工業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】