説明

ウラン化合物の抽出分離方法

【課題】本発明は、超臨界状態の二酸化炭素を媒体として核燃料廃棄物等からウラン化合物を抽出分離する方法であって、従来方法によれば良好な結果が得られない場合であっても効率的に抽出分離できる方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係るウラン化合物の抽出分離方法は、ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを測定する工程;ウラン化合物含有物質を乾燥することにより、その水分含有率(質量%):yと上記pH:xが、0<x≦5.3の場合にはy≦7.5、5.3<x≦8.9の場合にはy≦−2.1x+18.7を満たす様に水分含有率を調節する工程;および水分含有率を調節したウラン化合物含有物質から、硝酸−リン酸トリブチル錯体を含む超臨界二酸化炭素によりウラン化合物を抽出分離する工程;を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核燃料工場や核燃料サイクル処理施設、研究機関等で発生するウラン廃棄物などのウラン化合物含有物質から、ウラン化合物を抽出分離する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウラン廃棄物に含まれるウラン化合物は、硝酸などの鉱酸に溶解し易いため、ウラン廃棄物を鉱酸で処理することによりウラン化合物を抽出分離することが可能である。しかし、ウラン廃棄物等を鉱酸で処理してウラン化合物を抽出分離することにより除染する方法には、鉱酸に由来する二次廃棄物の発生や、分離後におけるウラン化合物の安定化処理が必要であるなどの問題がある。
【0003】
そこで、ウラン化合物を含有する物質(以下、「ウラン化合物含有物質」という)からウラン化合物を抽出分離する方法としては、液/液抽出法が主に用いられている。この方法は、硝酸−リン酸トリブチル錯体などの有機性抽出剤を含むドデカンやケロシンなどの有機溶剤と、処理すべきウラン化合物含有物質の水溶液とを混合し、ウラン化合物を有機溶剤中へ抽出するものである。しかしこの液/液抽出法には、特に核燃料工場からの廃棄物を処理する場合等に、放射性を帯びた有機溶剤が大量に生じるという問題がある。
【0004】
この様な問題を解決する方法として、有機溶剤の代わりに超臨界状態の二酸化炭素を媒体とする抽出分離方法が提案されている(特許文献1〜3)。この方法によれば、人体に有害で可燃性の有機溶剤を使用する必要がないことから安全性を保て、有機溶剤の処理工程も必要ない。また、ウラン化合物を抽出した後に、超臨界二酸化炭素を大気圧まで減圧することによって、ウラン化合物を容易に回収できるという利点もある。
【特許文献1】特開平8−82696号公報
【特許文献2】特開平8−220291号公報
【特許文献3】特開2002−303694号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように、ウラン化合物の抽出能に優れた硝酸−リン酸トリブチル錯体を含む超臨界二酸化炭素を媒体として、核燃料廃棄物等からウラン化合物を抽出分離する方法は従来から知られていた。しかし、同じ条件で処理した場合であっても処理すべき対象によって抽出効率が異なり、一定の結果が得られないことがあった。
【0006】
そこで、本発明が解決すべき課題は、超臨界状態の二酸化炭素を媒体として核燃料廃棄物等からウラン化合物を抽出分離する方法であって、従来方法によれば良好な結果が得られない場合であっても効率的に抽出分離できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、ウラン化合物の抽出分離条件について鋭意研究を重ねた。その結果、特に吸湿性で且つ強いアルカリ性を呈するウラン化合物含有物質を処理する場合に抽出効率が低下することから、その溶液または分散液のpHを測定した上で水分含有率を調節すれば効率的に抽出分離できることを見出して、本発明を完成した。
【0008】
本発明に係るウラン化合物の抽出分離方法は、
ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを測定する工程;
ウラン化合物含有物質を乾燥することにより、その水分含有率(質量%):yと上記pH:xが下記式を満たす様に水分含有率を調節する工程
0<x≦5.3の場合 y≦7.5
5.3<x≦8.9の場合 y≦−2.1x+18.7;および
水分含有率を調節したウラン化合物含有物質から、硝酸−リン酸トリブチル錯体を含む超臨界二酸化炭素によりウラン化合物を抽出分離する工程;
を含むことを特徴とする。
【0009】
上記乾燥工程においては、ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHが8.9を超える場合、さらに当該pHを8.9以下に調節することが好ましい。本発明者らが見出した知見によれば、当該pHが8.9を超える場合にはいかに水分含有率を調節しても効率的なウラン化合物の抽出分離は困難であることによる。
【0010】
また、上記乾燥工程においては、ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを5.3以下に調節してから、水分含有率を調節することが好ましい。この場合、ウラン化合物含有物質の水分含有率を7.5質量%以下に調節すれば、ウラン化合物の効率的な抽出分離が可能になるからである。
【0011】
上記方法においては、ウラン化合物含有物質として焼却灰を処理するに当たり、抽出分離工程において、ウラン化合物含有物質に含まれるウラン化合物と硝酸−リン酸トリブチル錯体とを反応させる際における二酸化炭素に対する硝酸−リン酸トリブチル錯体の量を0.001〜0.045モル倍とすることが好ましい。また、焼却灰に対する硝酸−リン酸トリブチル錯体の量を0.01〜1質量倍とすることも好ましい。焼却灰からウラン化合物を抽出分離する際において、効率を高めるために硝酸−リン酸トリブチル錯体の使用量を増やすと、焼却灰が凝集して大きな塊となりかえって抽出効率が低下する場合があった。しかし、上記規定範囲内で硝酸−リン酸トリブチル錯体を用いれば、斯かる凝集を抑制しつつ効率的な抽出を行なうことができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るウラン化合物の抽出分離方法は、従来知られている知見のみによれば効率的な抽出分離ができなかった被処理対象物に対しても、良好な結果を得ることができる。従って、本発明のウラン化合物抽出分離方法は、核燃料廃棄物等の処理方法として、産業上極めて有用なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明方法は、ウラン化合物を含有する物質からウラン化合物を抽出分離する方法であって、
ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを測定する工程(pH測定工程);
ウラン化合物含有物質を乾燥することにより、その水分含有率(質量%):yと上記pH:xが下記式を満たす様に水分含有率を調節する工程(水分含有率調節工程)
0<x≦5.3の場合 y≦7.5
5.3<x≦8.9の場合 y≦−2.1x+18.7;および
水分含有率を調節したウラン化合物含有物質から、硝酸−リン酸トリブチル錯体を含む超臨界二酸化炭素によりウラン化合物を抽出分離する工程(抽出分離工程);
を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明では、ウラン廃棄物等のウラン化合物含有物質からウラン化合物を抽出分離することにより除染することを目的としている。斯かるウラン化合物の種類は特に制限されないが、例えば八酸化三ウラン(U38)や三酸化ウラン(UO3)等のウラン酸化物、六フッ化ウラン等のウランフッ化物、重ウラン酸塩、ウラン水酸化物や、金属ウラン等を挙げることができる。また、抽出除去すべきウラン化合物を含むウラン化合物含有物質も、特に制限されない。例えば、核燃料工場や核燃料サイクル処理施設、研究機関等で発生するウラン廃棄物や、可燃性廃棄物を焼却炉などで燃焼させた後の焼却灰、構造物等に使用されているコンクリートなどを例示することができる。
【0015】
本発明では、先ず、ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを測定する。本発明者らが見出した知見によれば、当該pHが高いほどウラン化合物の抽出効率は低下し、当該pHに合わせてウラン化合物含有物質の水分含有率を調節する必要がある。
【0016】
当該pHの測定方法は特に制限されないが、例えば、50gのウラン化合物含有物質を250gの蒸留水に溶解または分散させ、pHが安定した後に、通常のpHメーター等で測定すればよい。なお、当該pHの測定は、処理対象であるウラン化合物含有物質の全てで行う必要はなく、勿論、その一部につき行えばよい。
【0017】
上記pHが8.9を超える場合、さらに、処理対象であるウラン化合物含有物質を酸性液で処理し、当該pHを8.9以下に調節することが好ましい。本発明者らが見出した知見によれば、当該pHが8.9を超える場合にはいかに水分含有率を調節しても効率的なウラン化合物の抽出分離は困難であることによる。
【0018】
また、上記pHが8.9を超えるか否かに関わらず、処理対象であるウラン化合物含有物質を酸性液で処理し、当該pHを5.3以下に調節することが好ましい。この場合、ウラン化合物含有物質の水分含有率を7.5質量%以下に調節すれば、ウラン化合物の効率的な抽出分離が可能になるからである。
【0019】
本発明方法で使用する酸性液は、ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを低下させ得るものであれば特にその種類等は問わないが、硝酸、塩化水素および硫酸よりなる酸群から選択される1または2以上を水および/またはアルコールに溶解した溶液を好適に使用できる。この酸性液は、市販のもの或いは市販のものから調製すればよい。また、本発明の目的を逸脱しなければ、他成分が含まれるものであってもよい。例えば、発煙硝酸中にはHNO3以外にN23等が含まれるが、これを水やアルコールに溶解したものも使用できる。
【0020】
本発明で使用できるアルコールは、室温で液体のものであれば特に制限されないが、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等を挙げることができる。
【0021】
本発明で用いる酸性液の種類や濃度は、特に制限されないが、ウラン化合物含有物質に応じたものを採用する。即ち、後述する実施例によれば、酸性液により事前処理した後における溶液または懸濁液のpHが低いほど、ウラン化合物の抽出分離効率は向上する。従って、酸性液の濃度は高く、その使用量は多いほど効率的に抽出分離できるともいえるが、処理対象には焼却灰の様に吸湿性の高いものがあったり、また、過剰に酸を添加すると廃液処理に手間がかかったりするので、予備実験により被処理対象に適したものを決定すればよい。
【0022】
具体的なpHの調節方法としては、アルカリ性を呈するウラン化合物含有物質が塊状のものであれば適度に粉砕した上で、酸性液に溶解または懸濁し、溶液のpHを調整する。
【0023】
pH調節に要する時間は、溶液または懸濁液のpHが安定するまでとすることが好ましい。また、pHが安定するまでの時間を短縮するために、40〜90℃程度まで加熱してもよい。
【0024】
本発明では、処理すべきウラン化合物含有物質を事前に乾燥することによって、その水分含有率(質量%):yと上記pH:xが下記式を満たす様に水分含有率を調節する。
0<x≦5.3の場合 y≦7.5
5.3<x≦8.9の場合 ≦−2.1x+18.7
【0025】
本発明者らが見出した知見によれば、ウラン化合物含有物質に含まれる水分がウラン化合物の抽出効率を低下せしめる原因の一つであった。斯かる観点からは、当該水分含有率はできる限り低減することが好ましいが、上記式が満たされる条件であれば、ウラン化合物を効率的に抽出することができる。また、焼却灰などの強アルカリ性物質を事前に酸で処理する場合には、水分含量が過剰に高くなることから、乾燥工程は重要である。
【0026】
ウラン化合物含有物質を乾燥する手段は、特に問わない。例えば、圧搾、吸引濾過、真空乾燥、加熱乾燥等を単独で或いは適宜組合わせて実施すればよい。加熱乾燥手段としては、一般的な乾燥炉を用いて120〜250℃程度で30分〜5時間程度で乾燥すればよい。また、乾燥時には減圧してもよい。減圧度合いは特に問わないが、例えば5〜10kPa程度とすることができる。
【0027】
また、ウラン化合物含有物質を、アルコールを溶媒とする酸性液で処理した場合には、抽出分離工程前に超臨界二酸化炭素により処理することによって、水分をアルコールと共に超臨界二酸化炭素へ効率的に抽出することが可能になる。アルコールは超臨界状態の二酸化炭素に対する溶解性が高いことによる。例えば、後述するように乾燥工程前にウラン化合物含有物質を酸性液で処理する場合には、酸性液の溶媒としてアルコールやアルコールと水との混合溶媒を使用した上で、超臨界二酸化炭素により乾燥することも可能である。
【0028】
水分含有率の測定方法は一般的なものを用いることができる。例えば、カールフィッシャー法が好適である。水分含有率の定量的測定を簡便に行うことができ、また、カールフィッシャー法を実施できる水分計が種々市販されており、それらを利用できるからである。
【0029】
乾燥したウラン含有化合物は、そのまま空気中に放置すると水分を吸収することがあるので、直ぐに抽出分離工程へ進むことが好ましい。例えば、焼却灰を硝酸で処理した場合には硝酸カルシウムや硝酸マグネシウム等の硝酸塩が生成するが、これらは潮解性を有するので注意が必要である。
【0030】
次いで、水分含有率を調節したウラン化合物含有物質から、硝酸−リン酸トリブチル錯体(以下、「HNO3−TBP錯体」という)を含む超臨界二酸化炭素によりウラン化合物を抽出分離する。
【0031】
本発明方法で、HNO3−TBP錯体を含む超臨界二酸化炭素を用いるのは、ウラン化合物の効果的な抽出分離が期待できるからである。即ち、抽出分離工程でウラン化合物とHNO3−TBP錯体が反応してできたHNO3−TBP−ウラニル錯体は、超臨界二酸化炭素により抽出できる。また、二酸化炭素の臨界温度は31.3度,臨界圧力は72.9atm(約7.39MPa)であることから、比較的容易に超臨界状態へ導くことができる。
【0032】
以下、図面に基づいて抽出分離工程を更に説明するが、当業者であれば、被処理対象等に応じて実施態様を適宜変更することができる。具体的な条件は、公知のものを採用すればよい。
【0033】
先ず、乾燥したウラン化合物含有物質を高圧耐性の抽出分離容器3に挿入した後、恒温水槽2に入れる。次に、所定量のHNO3−TBP錯体を送液ポンプ1aから、二酸化炭素を送液ポンプ1bから抽出分離容器3へ導入し、昇温昇圧することにより二酸化炭素を超臨界状態とする。詳細な条件は適宜調節すればよいが、例えば50〜70℃、10〜25MPa程度まで昇温昇圧し、HNO3−TBP錯体とウラン化合物を5分から5時間程度反応させることによって、超臨界二酸化炭素に溶解し易いHNO3−TBP−ウラニル錯体とする。反応後、さらに超臨界二酸化炭素を導入することによって、圧力調節弁4を通じてHNO3−TBP−ウラニル錯体と未反応のHNO3−TBP錯体を回収瓶5へ導入し、二酸化炭素から分離して回収する。
【0034】
本発明においては、ウラン化合物含有物質として焼却灰を処理する場合には、抽出分離工程において、ウラン化合物含有物質に含まれるウラン化合物とHNO3−TBP錯体とを反応させる際における二酸化炭素に対するHNO3−TBP錯体の量を0.001〜0.045モル倍とすることが好ましく、0.001〜0.03モル倍がさらに好ましい。抽出効率を高めるにはHNO3−TBP錯体の量を増やすとよいが、焼却灰を処理する場合には、HNO3−TBP錯体の量が多過ぎると焼却灰が凝集してかえって抽出効率が低下したり装置の閉塞トラブルが生じる場合がある。しかし二酸化炭素に対するHNO3−TBP錯体の量を当該範囲内にすれば、トラブルを生じることなく効率的な抽出が可能になる。なお、この規定における二酸化炭素の量は、ウラン化合物とHNO3−TBP錯体とを反応させる際における二酸化炭素の量である。即ち、上述した通り反応後にはさらに超臨界二酸化炭素を導入することにより生成したウラン−TBP錯体を抽出分離容器3から排出するが、この際に用いる二酸化炭素の量は含めない。
【0035】
また、焼却灰に対するHNO3−TBP錯体の量は、0.01〜1質量倍とすることが好適である。やはり、トラブルを生じない範囲で効率的な抽出を行なうためである。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0037】
実施例1
ウラン抽出における事前処理の効果を確認するために、焼却灰を種々の条件で処理した。用いた焼却灰の主な成分と組成は、SiO2(32%)、CaO(29%)、Al23(19%)、MgO(7%)、Fe23(1%)、TiO2(2%)、Na2O(1%)、K2O(1%)であった。この焼却灰50gを蒸留水250gに分散させ、表1に示す量の70%硝酸を添加し、攪拌しながら50℃で保持した。水溶液のpHが安定した後、200℃、8.0kPaで60分間乾燥した。各焼却灰分散液のpH値を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
上記乾燥焼却灰の常温での水分含有率をカールフィッシャー水分計(京都電子工業社製、MKA−520)で測定し、必要に応じて水を添加して表2に示す水分含有率に調整した後、焼却灰7.0gに対してウランの初期濃度が5600ppmとなるように八酸化三ウラン(U38)を添加した。得られたウラン化合物含有物質に対し、図1に示す処理装置を使用してウラン化合物の抽出分離処理を行った。具体的には、上記ウラン化合物含有物質を内容積が約25cm3の高圧セルである抽出分離容器に挿入した。HNO3−TBP錯体は、表2に示す通り硝酸の含有割合を変えたもの2.0gを使用した。二酸化炭素は、50℃で処理する場合には9.1g、60℃で処理する場合には7.8g、70℃で処理する場合には6.5gを供給した。処理圧力は15MPa、処理時間は30分とした。表2に各処理条件を要約する。
【0040】
【表2】

【0041】
処理後、抽出分離容器から焼却灰を回収した。この焼却灰に特級エタノール20mLを加えた後、孔径10μmのメンブレンフィルターを用いて減圧濾過した。さらに残渣に対して特級エタノール10mLによる洗浄と減圧濾過とを4回繰り返し、各濾液を最初の濾液と合わせた。これを「濾液A」とし、得られた残渣を「残渣B」とする。濾液Aを孔径が3μmのメンブレンフィルターでさらに減圧濾過し、「濾液C」と「残渣D」とに分別した。この濾液Cには、エタノールに可溶なウラン(VI)−TBP錯体(UO2・2NO3・2TBP)が抽出されている。残渣Bと残渣Dを混合し、加熱乾固後、残渣の合計重量に対して2倍量の35%硝酸を加えて1時間加熱した後、No.5Bの濾紙でろ過することにより「濾液E」を得た。この濾液Eには、抽出分離されなかった残留ウラン化合物(U38)が溶解している。この濾液Eに含まれるウランの量をICP−MS(セイコーインスツルメンツ製、SPQ8000)で定量分析した。結果を表3に示す。
【0042】
【表3】

【0043】
表3のデータを基に、残留U38が1000ppm未満に抑制できた場合を合格:○、残留U38が1000ppmを超えていた場合を不合格:×とし、水分含有率と焼却灰分散液のpHとの関係を、図2にまとめた。
【0044】
図2の結果の通り、ウラン化合物を含む焼却灰の水分含有率が低いほど、ウラン化合物の抽出効率は高いことが分かる。これは、水分含有率が低い場合、ウラン化合物含有物質の細孔内に存在する水分量が少ないため、当該細孔内のウラン化合物が硝酸−リン酸トリブチル錯体と良好に接触することができることによると考えられる。
【0045】
但し、ウラン化合物含有物質の分散液のpHが高いほど、その水分含有率を低減する必要があり、当該pHが8.9を超える場合には、たとえ水分含有率をゼロにしてもウラン化合物を効率的に抽出できない傾向がある。これは、当該pHが高い場合には、硝酸−リン酸トリブチル錯体が中和に消費されることによると考えられる。よって、図2より、上記pHが高い場合には、酸により当該pHを5.3以下に調節するのがよい。
【0046】
また、図2の結果より、ウラン化合物を効率的に抽出できる境界点として、pH=2.8で水分含有率:7.5質量%、pH=5.3で水分含有率:7.5質量%、pH=7.2で水分含有率:3.5質量%である点を設定し、0<x≦5.3の場合にはy≦7.5(xはpH、yは水分含有率を示す。以下同じ)、5.3<x≦8.9の場合にはy<−2.1x+18.7の関係を満たせば、ウラン化合物を効率的に抽出できることが見出された。
【0047】
実施例2
上記実施例1と同様に、焼却灰50gを蒸留水250gに分散させ、70%硝酸40gを添加した後に攪拌しながらpHが安定するまで50℃で保持した。次いで、200℃、8.0kPaで60分間乾燥した。得られた乾燥焼却灰を空気中に放置し、吸湿による重量の経時的変化を測定した。結果を図3に示す。
【0048】
当該結果より、焼却灰は経時的に吸湿するのでその水分含有率が高まる。従って、ウラン化合物含有物質を事前処理した後は、速やかに抽出工程に移ることが重要であることが明らかにされた。
【0049】
実施例3
上記実施例1で用いた焼却灰を表4の通り秤量し、同表のウラン濃度となるようにU38を添加した。得られたウラン化合物含有物質を図1中の抽出分離容器3に挿入し、さらに二酸化炭素とHNO3−TBP錯体を導入して、60℃、15MPaでHNO3−TBP錯体とウラン化合物を15分間反応させた。その後、さらに二酸化炭素を導入して20MPaまで昇圧し、上記反応の生成物であるHNO3−TBP−ウラニル錯体を超臨界二酸化炭素に溶解させて抽出除去した。次いで、残った焼却灰を回収し、その性状を観察し、また、残留ウラン濃度をICP−AES(島津製作所製、IPS−8000)またはIPC−MS(セイコーインスツルメンツ製、SPQ8000)で測定した。U38とHNO3−TBP錯体とを反応させた際に使用した二酸化炭素の量(生成したウラニル錯体を溶解するためにさらに加えた二酸化炭素を除く。以下、「反応二酸化炭素」という。)、HNO3−TBP錯体の量、HNO3−TBP錯体/焼却灰(g/g)、HNO3−TBP錯体/反応二酸化炭素(mol/mol)と共に、測定結果を表4に示す。
【0050】
【表4】

【0051】
表4中、「錯体/焼却灰」と「錯体/CO2」の値における下線は、本発明における好適範囲外であることを示す。
【0052】
上記残留ウランの他、処理後における焼却灰の外観は、No.10、11と13〜16はさらさらの状態で塊は観察されなかった。また、N0.12では焼却灰の小塊ができていたものの、高圧容器の閉塞トラブルは生じなかった。一方、No.17と18では、用いたHNO3−TBP錯体が多過ぎたために抽出処理中に大きな塊が生じ、高圧容器の閉塞トラブルが発生した。従って、二酸化炭素に対するHNO3−TBP錯体の量は0.001〜0.045モル倍が好適であり、特に0.001〜0.03モル倍が好ましく、また、焼却灰に対するHNO3−TBP錯体の量は0.01〜1質量倍が好適であることが実証された。
【0053】
実施例4
試料等として表5に示すものを用い、装置として、図1において抽出分離容器3に超音波発生装置と圧力変調装置(フリーピストン)が付帯されたものを使用した以外は上記実施例3と同様のウラン化合物抽出処理を行った。結果を表5に示す。
【0054】
【表5】

【0055】
当該結果の通り、HNO3−TBP錯体の使用量が多過ぎるNo.19と23では、抽出処理中に大きな塊が生じ、高圧容器の閉塞トラブルが発生した。一方、本発明の好適な規定範囲内にあるNo.20〜22では、処理後における焼却灰はさらさらの状態で抽出処理中におけるトラブルがなかった。従って、焼却灰に対するHNO3−TBP錯体の量は0.01〜1質量倍が好適であることが実証された。
【0056】
実施例5
ウラン抽出の事前処理の効果を確認するために、焼却灰を種々の条件で処理した。先ず、ビーカーに模擬試料として焼却灰50gをとり、表6に示す量の70%硝酸と蒸留水を添加し、表6の温度で処理を行った。なお、No.31では、比較のために硝酸を加えず蒸留水のみで処理した。
【0057】
【表6】

【0058】
表中の「到達pH」は、pHを経時的に測定した結果、その安定が確認された時点での値であり、「安定時間」は安定するまでの時間である。但し、夜間のpH測定は行わなかったため、「安定時間」については実際にはもう少し早くなると考えられる。
【0059】
当該結果より、蒸留水のみで処理した場合(No.31)のpHは13であったことから、硝酸の添加によって、強アルカリ性である焼却灰のpHを低下できることが明らかになった。また、No.24〜27の結果より到達pHは硝酸の量に比例して低下し、更に、No.28〜30の結果よりpHが安定するまでの時間は処理温度が高いほど短縮できることが分かった。
【0060】
実施例6
上記実施例5のNo.24〜26の条件で処理した焼却灰を吸引ろ過した後、170℃,真空下で約2日間乾燥したもの12gを母剤として用い、これに50mgのウラン化合物(U)を混合した。また、比較のために、硝酸による前処理を行っていないNo.31の焼却灰も、同様に処理した。これら各焼却灰に対して、反応剤として2gの硝酸−リン酸トリブチルを加えた60℃、15MPaの超臨界二酸化炭素雰囲気下で、150分間錯体形成反応を行った。次いで、20MPaまで昇圧し、60℃、20MPaの超臨界二酸化炭素を約600g流通させることによって、HNO3−TBP−ウラニル錯体を抽出除去した。
【0061】
抽出除去処理後、抽出器内に残存した焼却灰に含まれるウラン濃度を、ICP−AES(島津製作所製、IPS−8000)またはIPC−MS(セイコーインスツルメンツ製、SPQ8000)により分析した。結果を表7に示す。
【0062】
【表7】

【0063】
当該結果より、アルカリ性の焼却灰中からウラン化合物を抽出するに当たっては、事前処理によりpHを下げておくことが有効であり、また、pHが低いほど効率的に抽出できることが実証された。
【0064】
実施例7
10%塩化水素メタノール溶液を用いて上記実施例5と同様の事前処理を実施した。結果を表8に示す。
【0065】
【表8】

【0066】
当該結果より、水を用いず酸性アルコールを用いた場合であっても、同様に事前処理できることが明らかになった。
【0067】
実施例8
上記実施例7で処理した焼却灰を吸引ろ過してケーキ状態にしたもの10gと濾液5gとを抽出容器に入れ、60℃、20MPaの超臨界二酸化炭素を流通し、乾燥を行った。結果を表9に示す。
【0068】
【表9】

【0069】
当該結果より、事前処理に酸性アルコールを用いた場合には、超臨界二酸化炭素により容易に乾燥できることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明に係るウラン化合物の抽出分離方法を実施するための装置の一例を表す模式図である。
【図2】ウラン化合物含有物質の分散液のpHと、ウラン化合物含有物質の水分含有率を調節した場合におけるウラン化合物の抽出効率を示す図である。○はウラン化合物を1000ppm未満に低減できた場合を示し、×は1000ppm超のウラン化合物が残留した場合を示し、▲はこれら結果の境界点を示す。
【図3】乾燥焼却灰を空気中に放置した場合における吸湿による重量の経時的変化を示す図である。
【符号の説明】
【0071】
1a : HNO3−TBP錯体送液ポンプ, 1b : 二酸化炭素ポンプ
2 : 恒温水槽
3 : 抽出分離容器
4 : 圧力調節弁
5 : 回収瓶
6 : 流量計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウラン化合物を含有する物質からウラン化合物を抽出分離する方法であって、
ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを測定する工程;
ウラン化合物含有物質を乾燥することにより、その水分含有率(質量%):yと上記pH:xが下記式を満たす様に水分含有率を調節する工程
0<x≦5.3の場合 y≦7.5
5.3<x≦8.9の場合 y≦−2.1x+18.7;および
水分含有率を調節したウラン化合物含有物質から、硝酸−リン酸トリブチル錯体を含む超臨界二酸化炭素によりウラン化合物を抽出分離する工程;
を含むことを特徴とするウラン化合物の抽出分離方法。
【請求項2】
ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHが8.9を超える場合、当該pHを8.9以下に調節する工程を含む請求項1に記載のウラン化合物の抽出分離方法。
【請求項3】
ウラン化合物含有物質の溶液または懸濁液のpHを5.3以下に調節する工程を含む請求項1に記載のウラン化合物の抽出分離方法。
【請求項4】
ウラン化合物含有物質として焼却灰を処理するに当たり、抽出分離工程において、ウラン化合物含有物質に含まれるウラン化合物と硝酸−リン酸トリブチル錯体とを反応させる際における二酸化炭素に対する硝酸−リン酸トリブチル錯体の量を0.001〜0.045モル倍とする請求項1〜3の何れかに記載のウラン化合物の抽出分離方法。
【請求項5】
抽出分離工程において、焼却灰に対する硝酸−リン酸トリブチル錯体の量を0.01〜1質量倍とする請求項4に記載のウラン化合物の抽出分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−116275(P2008−116275A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−298666(P2006−298666)
【出願日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度文部科学省「SFL応用技術による放射性廃棄物の低減に関する技術開発」(委託研究)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】