説明

エイジング装置

【課題】木製楽器は、製造後に木部、接着材及びニス等の乾燥や変質が緩やかに進行するエイジング現象があることが知られている。一般にその期間は長く、また奏かれる曲想や音質の履歴の影響があるといわれている。使用者が新品を購入後このエイジング効果を手に入れるには、かなりの奏き込みと時間を要するのが現状である。
【解決手段】木製楽器等のエイジング効果を引き出すエイジング装置を提案するもので、よく制御されていないエイジングはかならずしも楽器に良い影響を与えるとは限らない。ここでは、楽器等の自然に近い乾燥、変質の促進のための透湿性と断熱・遮音・吸音性が期待できる複合壁に囲まれた内部空間に対象物を入れ、具体的な音楽による音響加振による乾燥や変質への促進効果を加味する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
木製楽器又は自然系植物・動物の素材を持つ物体や製品等は、その組織として細胞等の小室を持ち、経時変化により、小室内の液体の乾燥や変質によりその素材の特性が変化する。また、これらの素材には、表面処理として用いるニス類等の塗装材や素材間を接着する膠等の接着材の経時変化や残留応力の緩和が加わる。これらの経時変化を制御し、推進するエイジングに関する技術の分野である。
【背景技術】
【0002】
特に、木製楽器の場合、その経時変化は、残留応力の緩和、緩やかな乾燥と共に、弾性係数の向上や減衰特性の減少により、楽器としての音質を決める固有振動数や減衰特性、更に振動伝達特性等の変化を引き起こす。よって、音の豊かさや響き、音量に変化を起こし、一般には、好ましい方向に向かう傾向が大きいとされている。この現象を楽器のエイジングと呼び、長年楽器を奏き込むとその効果が期待される。
【0003】
今までの技術として、ここで述べている木製楽器だけでなく、金属製楽器や電子回路を組み込まれている電子楽器においても、製造後、ならし演奏を行うことで音質の改善があるとしている報告は存在する。ただし、周知のレベルでは、その検証は聴覚によるものの範囲にとどまっており、その理由に関する工学的なアプローチでの明確な成果は無い。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
主たるエイジング効果の因子としては、第一に、接着、組立時における締付固定作業による内部残留応力の緩和があり、弦の張力のように、構造内部の内部応力の大小は振動特性に影響を与える。第二の因子としては、含水率を低下させること及び経時変化等により、木材組織及びにかわ接着材での振動減衰特性の低減及び変質(結晶化推進等)による弾性率向上等が上げられる。
【0005】
この楽器等のエイジング効果は、楽器であれば音を出す時に励振される振動パターン又は振動モードに依存する場合が多いと考えられている。よく振動する箇所は、乾燥や材質の変質の促進が行われる事例がある。一般には、楽器等の本体に直接振動を加える加振法があるが、楽器等に傷等が付きやすい、局部的な加振で加振箇所が偏在する可能性がある等の問題点がある。
【0006】
音楽的でない演奏では、いわゆるきたない音質が目立つようになる。また、あまり奏き込まれていない場合は、音の豊かさや響きに経時変化が見られず、いわゆる鳴らない楽器等になってしまうといわれている。楽器等の演奏に関する回数や演奏の「うまい、下手」の影響があり、楽器としてのばらつきが拡大してしまう傾向がある。
【0007】
また、狭い内部空間(17)における定在波は、常に特有な振動数での強制的な加振を行い、その音に敏感なエイジングが行われ、音楽的なバランスを欠くエイジングと鳴る可能性がある。
【0008】
エイジング効果の進行に関しては、奏き込むエイジング期間が長期にわたり、なかなか良い状態になりにくい楽器等が、作り方によって生じる場合がある。また、時間を極端に省略する急激な乾燥は楽器等にひずみを生じさせる可能性が大きい。一般的な加熱の手法としてやや急激な乾燥を行うと、局部的なストレスが加わり、場合によってはひび割れ等のダメージに至ることもある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
エイジング効果のメカニズムは、上述の通り、第一に残留応力のリリースであり、第二に含水量の低減、経時変化等の乾燥・変質に関するものである。これらに係る物質は、木質のヘミセルロースや膠のゼラチンであり、水分や温度により変化する。
【0010】
膠はゾル(液体)⇔ゲル(固体)の変化を利用して固定する接着剤であるが、温度が高くなると軟化する特性がある。製品組立て後の内部応力をリリースするために振動による発熱等の影響で徐々に局部的なひずみの修正が行われると考えている。
【0011】
これらが落ち着くと、含水率の低下や木質での緩衝成分であるヘミセルロースが落ち着き、セルロースの結晶化が進むことで弾性率が向上し、減衰特性が下がり、音量の感度や音の響きが向上する。しかし、やりすぎると、高音部の減衰の少ない音が多くなり騒がしい音質等に陥る可能性がある。
【0012】
音響加振は非接触による振動加振が可能であり、エイジングの推進を組み合わせることができる。すなわち、加振場所を特定する必要がなく、特定の音響加振スピーカーを設置することで単独でも複数の対象物への加振でも適用が可能となる。加振により、その振動パターンによって確率的によく振動する箇所は、振動によってエイジングが進み、より振動しやすくなる。すなわち、音が出やすくなる。ここでは、原則として、弦楽器の場合は、弦を張らないか、振動しないように弦を拘束することが好ましい。特定の音階のみが強調される可能性がある。
【0013】
対象となる楽器等にふさわしい曲や名演奏を自由に選択し、音響加振を行うことができる。場合によっては、ある程度広いジャンヌの音楽や特定のジャンヌに絞り込むために、具体的な曲ではなく、音響加振のために設定される曲を新たに用意する手段も可能である。
【0014】
また、これらの大音響を含む音響加振が内部空間で行われても、複合の断熱材による積層の遮音、吸音能力(図7)は大きく、装置の設置周りの音場での音の洩れは、問題のないレベルとすることができる。
【0015】
また、乾燥に関する時間を短縮するためには、実際の奏者による履歴に近い状態で、振動と高温・低湿状態による適切な条件を設定し、無人状態で連続的に効率よくエイジングを行うことが可能である。
【0016】
また、内部空間の定在波を低減するために、第一として、内壁材が適宜吸音性を持ち、定在波を減衰する効果を持たせる手段がある。第二に、内壁面に曲面や傾斜面を設けられることで場所によって定在波の波長が変化するように、面の法線方向が一致する対面となる内壁面がないようなレイアウトにする手段がある。第三として、細分化された片状反射板を内壁面に設置されている又は反射方向が乱反射するように内壁面の凸凹を加える手段がある。第四には、内壁面の内側に大きな吸音効果のある吸音材を設置する手段で、吸音材(8)は適宜空間内に設置され、できれば定在波の音圧の振幅の大きい箇所に吸音材があることが好ましい。場合によっては、不織布のシートを内部空間の中に暖簾状に配置することが効果的である。
【0017】
内部空間(17)での高温低湿の雰囲気中に置かれる楽器等は、加えられる振動と連成して乾燥等のエイジングが進行する。この際の適切なる乾燥機能には、自然界に存在する素材による吸放湿性・透湿性及び保湿性(図5)を活用する。すなわち、充填断熱材(1)としては、防腐、防カビ、撥水等の付与のためホウ酸等を組み合わせる木材パルプ材等のセルロースファイバー(図6)やそれに準じる材質の素材を用い、内壁材(2)と外壁材(3)でサンドイッチ上の積層となる構造(7)を採用する。更に、充填断熱材(1)は、遮音・吸音性や保湿も有することが求められる。
【0018】
内壁材(2)は、透湿性及び内部寸法による定在波が強調されない程度の吸音率を持つ構造とし、外壁材(3)は、防水透湿性と遮音性のある木質系又は同等な特性を持つものとする。また、内部空間(17)に対象物を出し入れする扉を設けて、同様な積層の構造又はそれに準じる構造材を使用する。
【0019】
内部空間(17)での比較的高温(雰囲気温度に対し摂氏数十度程度の高温)低湿(25〜60%程度の湿度)の状態での乾燥により抽出される水分は、水蒸気状態(6)で、内壁(2)から充填断熱材(1)を経て外壁材(3)の表面から内外温度差分の湿度上昇分として放出される。場合によっては、内部空間(17)の圧力を若干高くし、水蒸気(6)の透湿性を補助することも行うことができる。
【0020】
また、放出される水分が多いと、断熱材層での結露が生じる場合がある。この場合では、中央の充填断熱材(1)と外壁材(3)の間に隙間を設け、外気との循環をさせる空気の通路(5)を設けることが有効的である。空気の循環は一般には自然対流方式とするが、機械的な強制循環方式も可能である。
【発明の効果】
【0021】
適切なる高温低湿の雰囲気下で、同時にその対象物にふさわしい加振が加えられることによる振動は、乾燥や変質へのエイジングが推進される効果がある。通常、約1〜10年近くの時間を要するエイジング期間が、数週間から数ヶ月で可能となる。
【0022】
また、上述の充填断熱材(1)と内外壁(2),(3)で構成される複合壁(7)は透湿性を持ち、内外の温度差等により内部空間におかれる対象物のエイジングを行うが、その際の対象物の含水率は、水分の乾燥の機能により箇条の場合は吸水が行われ、適切な値となるように調整する機能を有している。すなわち、乾燥しすぎている楽器等のリハビリテーションにも有効である。
【0023】
楽器等の音質へのこだわりを実現するために、演奏する音楽のジャンヌや曲想等に適合するエイジングのカスタマイズが可能となる。また、単独での持ち運びの可能なケース方式の装置(図8)により、エイジング過程での演奏との両立を可能とする。
【実施例】
【0024】
図1に、エイジング装置の代表例を示す。箱状の複合壁(7)に囲まれる内部空間(17)に、エイジングの対象物である木製楽器、ここではギター(13)を入れ、外部より温度が高く、所定の温度差となるようヒータ(9)が設置されている。また、内部空間(17)の温度を均一にするため、ファン(10)を設置しても良い。更に、内部空間(17)に定在波ができないように、いくつかの吸音率の高い部材を配置させ、スピーカー(11)により、所望の音楽ジャンヌに適合する音楽流し、音響加振を行う。
【0025】
図2に示す複合壁では結露が生じる場合は、図3に示すように、外壁材(3)と充填断熱材(1)の間に空気の通路(5)を設けて、水蒸気(6)の結露を防止する構造を示している。その際に図4に示すような温度分布と水蒸気量のバランスにより、結露が生じない。
【0026】
図8に、単体の楽器等を対象とする保存又は運搬用の楽器を入れるケース状のエイジング装置を示す。ここでは、持ち運びを行うため、バッテリー(14)を搭載する。
【産業上の利用可能性】
【0027】
木製楽器は、製造直後よりもしっかりと奏き込むことにより、よりよい音が出るといわれている。良い楽器はほしいが、エイジング効果がでるまで奏き込むには多大な努力が必要で購入に二の足を踏む人も多い。では中古の楽器はとなるが、その履歴は不明であり、傷等の有無も有り決定的な優位性は無い。また、最近は、高齢者の楽器演奏が認知症対策にもなり注目されるが、長い期間のエイジングは体力的にも難しく、すぐに良い音が出ることが求められている。楽器の製造元での完成楽器の在庫を兼任する倉庫形、楽器販売店での在庫、購入客へのサービスとしての大型ボックス又は在庫室形、個人所有者やプロの演奏家用の持ち運び可能なケース形等が提供可能であり、その需要が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】エイジング装置
【図2】複合壁の構造その1
【図3】複合壁の構造その2
【図4】複合壁温度分布と水蒸気量
【図5】充填断熱材の吸放湿性
【図6】断熱材の熱伝達率比較
【図7】セルロースファイバーの吸音特性
【図8】単体ケース型エイジング装置
【符号の説明】
【0029】
1充填断熱材
2内壁材
3外壁材
4透湿中間壁材
5空気の通路
6水蒸気
7複合壁
8吸音材
9ヒーター
10ファン
11スピーカー
12不織布吸音シート
13木製楽器(ギター)
14バッテリー
15ケース本体
16ケース蓋体
17内部空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に小さな空隙部を持つファイバー及び粒状素材よりなるセルロースファイバー又は同等の特性を持つ材料により構成される吸放湿性及び遮音・吸音性のある充填断熱材を、透湿性及び内部寸法による定在波が強調されない程度の吸音率を持つ内壁材と防水透湿性と遮音性のある木質系又は同等な特性を持つ外壁材で積層された複合壁により周辺を形成され且つ同複合壁と同等な特性の壁材よりなる開閉可能な扉を持つ箱状の収納空間を構成する構造物において、内部空間を外部より高温に維持する加熱器を備え、木製楽器又は自然系植物・動物の素材を持つ物体や製品等を入れ、同時に、内部空間にて音響装置による音楽を演奏し、音響加振を行う装置
【請求項2】
請求項1の装置において、内部空間の温度、音響加振の大きさのための音量又は音響加振のための曲を選択、調整することができる機能を備えている装置
【請求項3】
請求項1,2の装置において、内部空間での定在波を低減するために、内壁面に曲面を設けられている又は細分化された片状反射板を内壁面に設置されている又は内壁面の内側に大きな吸音効果のある吸音材を設置されている装置
【請求項4】
請求項1,2,3の装置において、内部の空気を循環させる送風機を備える装置
【請求項5】
請求項1,2,3,4の装置において、回転ファンによる送風装置、小型空気圧縮機等にて内部の圧力を若干高くする装置
【請求項6】
請求項1,2,3,4,5の装置において、充填断熱材の外側表面部に網目状のシート、透湿性のあるシート又は外壁と同様な板材を配置し、その外面と外壁のあいだに隙間を設け、外部との空気の循環を行う装置
【請求項7】
請求項1,2,3の装置において、対象の楽器の単独の収納又は運搬用ケースで、ほとんど楽器と内壁との空間が少ない場合において、その楽器の主要な発音部位に対比するケース側にひとつ又は複数の小型の音響加振用スピーカーを設置し、ケースの開閉で、音響加振のオンオフができる機能持つ装置
【請求項8】
請求項1,2,3,7の装置において、電池を内蔵し、単独又は充電又は外部電源からの直接の電力供給、パネルによる太陽光発電等の機能を有する装置
【請求項9】
請求項1,2,3,7,8の装置において、内部加熱器のオンオフの機能を有する又は内部加熱器が省略されている装置

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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