説明

エイ革の縫製方法及びその縫製物

【課題】ミシンによるエイ革の縫製を可能にすると共に、エイ革の扱いを安全にすることで、エイ革を使用した製品を容易に作成することができ、エイ革の利用範囲や用途などを未開拓の分野にまで広げることが可能なエイ革の縫製方法及びその縫製物を提供する。
【解決手段】エイ革Pを所定形状に切り抜いて切抜材10を形成する。切抜材10の裏面にシート状の補強材3を仮接着する。ドリルQの刃Q1の先端部を下向きにして固定する。補強された切抜材10の表面を刃Q1に接触させる。該切抜材10を水平移動してビーズ状粒P1を研削し、一定幅の縫製ライン1を形成する。該縫製ライン1に沿ってミシン掛けすることによりエイ革Pを縫着する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バッグや財布等に用いられるエイ革の縫製方法及びその縫製物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エイ革は、別名スティングレーやガルーシャともよばれ、装飾性と耐久性とを兼ね備えた皮革素材として知られている。このエイ革の革表面は、光沢のあるビーズ状の粒が敷き詰められたような硬い構造を成している。しかも、皮革表面はビーズ状粒のサイズや分布状態で硬さにばらつきが生じるため、ミシン掛けは極めて困難な作業になっていた。
【0003】
仮に、エイ革をミシンで縫製すると、表面硬度のばらつきによりミシン目が不揃いになり、また、ビーズ状の粒の端部が縫製時に糸を傷付けるおそれもある。このため、エイ革を使用する場合は、古くから丹念な手縫い作業か、あるいは接着作業によるものとされており、このような作業は現在でも変わっていない。
【0004】
特許文献1に、皮製品を縫製する縫製ミシンが記載されている。この特許文献1によると、加熱作用と加圧作用を利用して縫製ライン上に凹みを設けると共に、この凹みに沿って縫製することで、この凹みに縫い込まれた糸が表面に突出しないので縫製後擦り切れるなどの不都合を回避し、耐久性が向上するというものである。
【特許文献1】特公昭56-6312号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、特許文献1は、皮革表面を電気鏝の加熱した加圧体で押圧して凹みを形成するものであるから、エイ革の表面に凹みを形成することは困難である。すなわち、エイ革表面のビーズ状粒は、人間の骨や歯と同じ成分のリン酸カルシウムが主成分であるから、エイ革表面は硬く耐熱性に優れた性質がある。したがって、特許文献1の如き加熱作用や押圧作用ではエイ革の表面に凹みを形成することができないのである。
【0006】
しかも、エイ革を切断すると、ビーズ状粒の断面が硬く鋭利な状態になるので、極めて危険な状態になっている。したがって、切断したエイ革を手で把持して縫製するミシンの縫製作業は、安全性の上からも問題が生じることになる。このように、エイ革の縫製作業は現在でも熟練した手縫い作業に頼らざるを得ないものであった。この結果、エイ革の製品は自ずと小物の製品に偏ってしまい、エイ革の利用範囲や用途などは縫製物のごく一部に制限される不都合があった。
【0007】
そこで本発明は上述の課題を解消すべく創出されたもので、ミシンによる縫製を可能にすると共に、エイ革の扱いを安全にすることで、エイ革を使用した製品を容易に作成することができ、エイ革の利用範囲や用途などを新たな分野にまで広げることが可能なエイ革の縫製方法及びその縫製物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の目的を達成すべく本発明における第1の手段の縫製方法は、エイ革Pを縫製する縫製方法において、エイ革Pの縫製位置に沿ってエイ革P表面のビーズ状粒P1を研削することで一定幅の縫製ライン1を形成する縫製ライン形成工程400と、該縫製ライン1に沿ってミシン掛けすることによりエイ革Pを縫着する縫製工程500とを有することにある。
【0009】
第2の手段の縫製方法によると、前記縫製ライン形成工程400は、エイ革Pを所定形状に切り抜いて切抜材10を形成する切抜工程100と、切抜材10の裏面にシート状の補強材3を仮接着する補強工程200との後で、下向きに固定されたドリルQの刃Q1の先端部に、補強された切抜材10の表面を接触させて該切抜材10を水平移動することでビーズ状粒P1を研削するようにしたものである。
【0010】
第3の手段の縫製方法では、前記補強工程200の後で、前記切抜材10の表面縁部にグラインダーRを当接してビーズ状粒P1を研磨する研磨工程300を行い、該研磨工程300後、前記縫製工程500を行うようにするものである。
【0011】
第4の手段の縫製方法において、前記縫製工程500は、前記切抜工程100、前記補強工程200、前記研磨工程300、前記縫製ライン形成工程400の後、切抜材10の裏面に仮接着された補強材3を剥がしてから行うことにある。
【0012】
第5の手段は、エイ革Pを使用した縫製物において、エイ革P素材を所定形状に切り抜いて切抜材10が設けられ、該切抜材10の表面縁部に位置するビーズ状粒P1が研磨されると共に、切抜材10の縫製位置に沿ってビーズ状粒P1を研削して縫製ライン1を形成した縫製材20が設けられ、該縫製材20の縫製ライン1に沿って縫着されることを課題解消のための手段とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の請求項1により、縫製ライン形成工程400により形成された縫製ライン1に沿ってエイ革Pをミシン掛けすることができるので、従来、熟練した手縫い作業に頼っていたエイ革Pの縫製作業を誰でも容易に行うことが可能になった。しかも、例えば多数のエイ革Pを縫い合わせることも可能になるので、エイ革Pの用途も鞄や財布等の小物に限られず、より大きな皮革製品にも利用することができる。
【0014】
請求項2により、定位置に固定されたドリルQの刃Q1の先端部に、補強された切抜材10の表面を接触させて該切抜材10を水平移動することでビーズ状粒P1を研削するので、リン酸カルシウムを主成分とする硬いビーズ状粒P1が不均一な状態にあっても、縫製ライン1を正確に形成することができる。また、切抜材10は補強材3にて補強されているから、薄いエイ革Pでもビーズ状粒P1の研削作業を安全且つ正確に行うことができる。
【0015】
また、切抜材10を水平移動させてビーズ状粒P1を研削することで、エイ革P表面に自由な縫製ライン1を形成することができる。しかも、固定されたドリルQの刃Q1に接触させてビーズ状粒P1を研削するから、ビーズ状粒P1の研削端面がフラットになるので、鋭利な角部を生じさせずに縫製ライン1を形成することができる。この結果、縫製ライン1に沿ってミシン掛けする場合でも、ミシン糸がビーズ状粒P1の角部によって傷付くおそれも解消した。また、固定された刃Q1で研削するとビーズ状粒P1の飛び跳ね等を少なくすることも可能である。
【0016】
請求項3によると、補強材3で補強した切抜材10の表面縁部にグラインダーRを当接してビーズ状粒P1を研磨する研磨工程300を行い、該研磨工程300後、縫製工程500を行うので、エイ革Pの扱いを安全にすることが可能になった。この結果、誰でもエイ革Pを容易に扱えるようになり、革素材として特殊なエイ革Pの利用範囲や用途などを新たな分野にも広げることが可能になった。
【0017】
請求項4によると、縫製工程500は、補強工程200、研磨工程300、縫製ライン形成工程400の後、切抜材10の裏面に仮接着された補強材3を取り外してから行うので各工程を安全且つ正確に行うことができる。
【0018】
請求項5の縫製物によると、エイ革P素材から切抜材10が設けられ、該切抜材10の表面縁部に位置するビーズ状粒P1が研磨されると共に、切抜材10の縫製位置に沿ってビーズ状粒P1を研削して縫製ライン1を形成した縫製材20を設け、この縫製材20の縫製ライン1に沿って縫着されているので、鞄や財布などの縫製物はもちろん、従来の手縫いでは困難とされていた大型の縫製物の提供も可能になった。
【0019】
このように本発明によると、ミシンによる縫製を可能にすると共に、エイ革の扱いを安全にすることで、誰でも容易に縫製することができ、革素材として特殊なエイ革の利用範囲や用途などを未開拓の分野にまで広げることが可能になるなどといった産業上有益な種々の効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の最良の形態は、エイ革Pを所定形状に切り抜いて切抜材10を形成する切抜工程100と、切抜材10の裏面にシート状の補強材3を仮接着する補強工程200と、切抜材10の表面縁部にグラインダーRを当接してビーズ状粒P1を研磨する研磨工程300と、下向きに固定されたドリルQの刃Q1の先端部に、補強された切抜材10の表面を接触させて該切抜材10を水平移動することでビーズ状粒P1を研削し、エイ革Pの縫製ラインに沿って一定幅の縫製ライン1を形成する縫製ライン形成工程400と、切抜材10の裏面に仮接着された補強材3を取り除いてから縫製ライン1に沿ったミシン掛けにより切抜材10を縫着する縫製工程500と、により当初の目的を達成する。
【実施例】
【0021】
本発明は、表面に、光沢のあるビーズ状粒P1が敷き詰められたような極めて硬い構造を有するエイ革Pを使用する(図1参照)。このエイ革Pは、鋏では切断が困難なことから、抜き型Tで所定の形状に切り抜いて切抜材10を形成しこれを縫製するものである。本発明縫製方法における切抜工程100は、この切抜材10を切り抜く工程である。また抜き型Tでは細かい形状等の形成が困難な場合は、抜き型Tに変えて小刀等を用いてエイ革Pを切断し、切抜材10を形成してもよい。
【0022】
補強工程200は、切抜材10の裏面にシート状の補強材3を仮接着する工程である。図示例では、切抜材10を切り抜いた抜き型Tを使用して補強シートSを切り抜いて補強材3を形成している(図2参照)。このように同じ抜き型Tを使用することで切抜材10と補強材3とが細部まで形状が一致するので切抜材10を確実に補強することができる。このとき、補強材3は、紙又は合成樹脂等の厚みのあるシート材の使用が好ましく、この補強材3に剥離容易な接着剤を塗布して切抜材10に仮接着するほか、予め剥離容易な接着面に剥離紙を貼り付けているシート材を補強シートSに使用すると、仮接着作業が容易になる。尚、補強材3を仮接着するエイ革Pの裏面はスウェード状を成している。このため、皮革用の特殊な接着剤を除き、シート材を紙などに接着する一般の接着剤は、エイ革P裏面に対して全て剥離容易な接着剤になる。
【0023】
研磨工程300は、記切抜材10の表面縁部にグラインダーRを当接してビーズ状粒P1を研磨する工程である(図3参照)。図示の工程では、回転する帯状のグラインダーRに切抜材10の表面縁部を接することで研磨(面取り)しているが、図示例に限定されるものではなく、固定した切抜材10に円盤状のグラインダーRを持って研磨することも可能である。いずれにしても、切抜材10は、補強材3によって一定の強度を有するものになっているので、ビーズ状粒P1の面取り作業を安全且つ正確に行うことができる。このとき、ビーズ状粒P1の部分のみを面取りするだけでなく、エイ革Pの厚み全体に面取りを施すことも可能である。
【0024】
縫製ライン形成工程400は、エイ革Pの縫製ラインに沿ってエイ革P表面のビーズ状粒P1を研削することで一定幅の縫製ライン1を形成する工程である(図4参照)。この工程では、ドリルQの刃Q1を下向きにして固定し、この刃Q1の先端部に、補強された切抜材10の表面を接触させて該切抜材10を水平移動することでビーズ状粒P1を研削するものである。図示例では、ドリルQを支持固定すると共に、エイ革Pの切抜材10を載置するテーブルUの上面に、切抜材10の側縁を当接する略T字形状の支持突起Vを設けている。この支持突起Vは、刃Q1の近傍にスライド自在に固定できるように装着されており、この支持突起VにテーブルU上の切抜材10の一側縁を当てながら切抜材10をスライドすると、正確な縫製ライン1が形成される。支持突起Vの固定位置を調整することで、縫製ライン1の形成位置を自由に変更することができる。
【0025】
ドリルQの刃Q1の径は任意の選択が可能である。例えば、細い刃Q1の側面を利用すると縫製ライン1の側面を略垂直状に研削することができる。また、径の太い刃Q1の先端部のテーパー形状を利用して研削すると、縫製ライン1の断面形状をテーパー形状に形成することも可能である。どちらの状態もビーズ状粒P1の研削端面に危険な突起は形成されず、縫製時のミシン糸を傷付けるおそれはない。更に、縫製ライン1の深さも任意に選択できるもので、ビーズ状粒P1の層のみを研削した縫製ライン1のほか、より深い縫製ライン1やより浅い縫製ライン1を形成しても良く、縫製目的や縫製物の種類等に応じて任意に選択することができる。
【0026】
縫製工程500は、縫製ライン1に沿ってミシン掛けすることによりエイ革Pを縫着する工程である。この工程では、切抜材10の裏面に仮接着された補強材3を取り外してから行うものであり、切抜材10に他の切抜材10や他の材質を重ねて縫い合わせる。
【0027】
図6は、本発明縫製工程を示すブロック図である。本発明では、全ての縫製工程を採用することで、エイ革Pの縫製を最も安全且つ正確に行うことができる。しかしながら、常に全ての縫製工程を採用しなくてもよい。例えば、縫製ライン形成工程400と縫製工程500に従来技術を組み合わせる縫製方法や、これに補強工程200を加えた縫製方法などでもよい。また、研磨工程300を縫製ライン形成工程400や縫製工程500の後にしてもよい。このように、縫製目的や縫製物の種類等に応じて各工程の選択や工程の順序を適宜変更することも可能である。
【0028】
図5は、既に研磨工程300によって切抜材10のビーズ状粒P1縁部に面取り2が成されると共に、縫製ライン形成工程400によって切抜材10の表面に縫製ライン1が形成された縫製材20を示している。本発明縫製物は、このような縫製材20から補強材3を取り外した後に、縫製ライン1に沿って縫い合わせた縫製物である。
【0029】
尚、本発明の縫製方法及び縫製物は図示例に限定されるものではなく、各工程の具体的手段や他の縫製手法との組み合わせなどは任意に行えるものであり、本発明の要旨を変更しない範囲において自由に変更できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の切抜工程の一実施例を示す分解斜視図である。
【図2】本発明の補強工程で用いる補強材切抜く一実施例を示す分解斜視図である。
【図3】本発明の研磨工程の一実施例を示す斜視図である。
【図4】本発明の縫製ライン形成工程の一実施例を示す斜視図である。
【図5】本発明の縫製材の一実施例を示す斜視図である。
【図6】本発明の縫製工程の一実施例を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0031】
P エイ革
P1 ビーズ状粒
Q ドリル
Q1 刃
R グラインダー
S 補強シート
T 抜き型
U テーブル
V 支持突起
1 縫製ライン
2 面取り
3 補強材
10 切抜材
20 縫製材
100 切抜工程
200 補強工程
300 研磨工程
400 縫製ライン形成工程
500 縫製工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エイ革を縫製する縫製方法において、エイ革の縫製位置に沿ってエイ革表面のビーズ状粒を研削することで一定幅の縫製ラインを形成する縫製ライン形成工程と、該縫製ラインに沿ってミシン掛けすることによりエイ革を縫着する縫製工程とを有することを特徴とするエイ革の縫製方法。
【請求項2】
前記縫製ライン形成工程は、エイ革を所定形状に切り抜いて切抜材を形成する切抜工程と、切抜材の裏面にシート状の補強材を仮接着する補強工程との後で、下向きに固定されたドリルの刃の先端部に、補強された切抜材の表面を接触させて該切抜材を水平移動することでビーズ状粒を研削する請求項1記載のエイ革の縫製方法。
【請求項3】
前記補強工程の後で、前記切抜材の表面縁部にグラインダーを当接してビーズ状粒を研磨する研磨工程を行い、該研磨工程後、前記縫製工程を行う請求項1又は2記載のエイ革の縫製方法。
【請求項4】
前記縫製工程は、前記切抜工程、前記補強工程、前記研磨工程、前記縫製ライン形成工程の後、切抜材の裏面に仮接着された補強材を取り除いてから行う請求項1乃至3いずれか記載のエイ革の縫製方法。
【請求項5】
エイ革を使用した縫製物において、エイ革素材を所定形状に切り抜いた切抜材が設けられ、該切抜材の表面縁部に位置するビーズ状粒が研磨されると共に、切抜材の縫製位置に沿ってビーズ状粒を研削して縫製ラインを形成した縫製材が設けられ、該縫製材の縫製ラインに沿って縫着したことを特徴とするエイ革の縫製物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−219793(P2009−219793A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−69920(P2008−69920)
【出願日】平成20年3月18日(2008.3.18)
【出願人】(503072595)
【Fターム(参考)】