説明

エシェリヒア属に属するL−スレオニン生産菌及びL−スレオニンの製造法

アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性が増強するように改変されたエシェリヒア属に属する細菌を用いるL-スレオニンの製造方法を開示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵によるL-アミノ酸の製造方法に関し、詳しくは、この発酵を促進するエシェリヒア・コリ由来の遺伝子に関する。本遺伝子は、L-アミノ酸生産、具体的には例えばL-スレオニン生産の改良に有用である。
【背景技術】
【0002】
従来、L-アミノ酸は、天然から得られた微生物株、又は、L-アミノ酸の生産収率が増強するように改変されたその変異体を用いる発酵法により工業的に生産されている。
組換えDNAによる微生物の形質転換(例えば、米国特許 4,278,765参照)などの、L-アミノ酸の生産収率を増強するための多くの技術が報告されている。生産収率を増強する他の技術には、アミノ酸生合成に関与する酵素の活性を上昇させること、及び/又は、生じるL-アミノ酸によるフィードバック阻害に関し目的酵素を非感受性にすることがある(例えば、WO 95/16042又は米国特許4,346,170; 5,661,012及び6,040,160)。
【0003】
発酵によるL-スレオニンの生産に有用な株としては、L-スレオニン生合成に関与する酵素の活性が上昇した株(米国特許5,175,107; 5,661,012; 5,705,371; 5,939,307; EP0219027)、L-スレオニン及びそのアナログなどの化学物質に耐性の株(WO0114525A1, EP301572A2, US 5,376,538)、生産されるL-アミノ酸又はその副生物によるフィードバック阻害が解除された目的酵素を有する株(米国特許5,175,107; 5,661,012)、不活性化されたスレオニン分解酵素を有する株(米国特許5,939,307; 6,297,031)などが知られている。
【0004】
既知のスレオニン生産株VKPM B-3996 (米国特許5,175,107及び5,705,371)が、現在知られている最も優れたスレオニン生産株である。VKPM B-3996の構築のため、下記に記載するように、いくつかの変異及びプラスミドが、親株のE. coli K-12 (VKPM B-7)に導入された。変異thrA遺伝子 (変異thrA442)は、スレオニンによるフィードバック阻害に非感受性のアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする。変異ilvA遺伝子 (変異ilvA442) は、活性の低下したスレオニンデアミナーゼをコードし、その結果、イソロイシン生合成の速度が低下し、イソロイシン飢餓に対しリーキー(leaky)な表現型を示す。ilvA442変異を有する細菌では、thrABCオペロンの転写がイソロイシンで抑制されず、従って、スレオニン生産に極めて効率がよい。tdh遺伝子の不活性化は、スレオニン分解を防止する。サッカロース資化の遺伝決定因子(scrKYABR遺伝子)が前記株に移された。スレオニン生合成を調節する遺伝子の発現を上昇させるため、変異スレオニンオペロンthrA442BCを含むプラスミドpVIC40が中間体TDH6株に導入された。この株の発酵中に蓄積するL-スレオニンの量は85 g/lにもなり得る。
【0005】
本発明者らは、E. coli K-12に関し、最少培地において高濃度のスレオニン又はホモセリンに耐性の変異体thrR (以下、rhtA23ともいう)を得た(Astaurova, O.B. et al., Appl. Bioch. and Microbiol., 21, 611-616 (1985))。その変異は、VKPM B-3996株のような、E. coliの生産菌によるL-スレオニン(SU特許974817)、ホモセリン、及び、グルタミン酸(Astaurova, O.B. et al., Appl. Bioch. and Microbiol., 27, 556-561, 1991, EP 1013765 A)の生産を改善する。さらに、本発明者らは、rhtA遺伝子が、E. coliの染色体の18分に、グルタミン輸送系の構成要素をコードするglnHPQオペロンに近接して存在すること、及び、rhtA遺伝子が、pexB遺伝子とompX遺伝子との間に位置するORF1(ybiF遺伝子, GenBankアクセッション番号AAA218541における764〜1651, gi:440181)と同一であることを明らかにした。ORF1によりコードされるタンパク質を発現する単位は、rhtA (rht: ホモセリン及びスレオニンに耐性)遺伝子と名づけられた。また、本発明者らは、rhtA23変異
がATG開始コドンに対し-1の位置のG→A置換であることを見い出した(ABSTRACTS of 17th International Congress of Biochemistry and Molecular Biology in conjugation with
1997 Annual Meeting of the American Society for Biochemistry and Molecular Biology, San Francisco, California August 24-29, 1997, abstract No. 457; EP 1013765 A)。
【0006】
主流のスレオニン生合成経路が最適化された条件下におけるスレオニン生産株の改良は、アスパラギン酸のような、スレオニンから離れた前駆体の量を増加させることによってなし得る。
【0007】
アスパラギン酸は、アスパラギン酸ファミリーのアミノ酸(スレオニン、メチオニン、リジン)、及び、細菌細胞壁の構成成分であるジアミノピメリン酸の炭素の供与体であることが知られている。これらの合成は、いくつかの分岐点及び極めて感受性の調節機構を有する複雑な経路により行われる。分岐点(アスパラギン酸、アスパラギン酸セミアルデヒド、ホモセリン)では、この生合成段階から誘導されるアミノ酸と同数のアイソザイムが存在する。thrABCオペロンの一部によりコードされるアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIは、スレオニン生合成の第1及び第3の反応を生じさせる。スレオニン及びイソロイシンは、アスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIの発現を調節し、スレオニンは、上記反応を触媒する活性を共に阻害する(Escherichia coli and Salmonella, Second Edition, Editor in Chief: F.C.Neidhardt, ASM Press, Washington D.C., 1996)。
【0008】
asd遺伝子は、リジン、メチオニン、スレオニン及びジアミノピメリン酸の生合成経路のキー酵素であるアスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ (Asd; EC 1.2.1.11)をコードする。アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼは、NADPの還元を伴って、L-アスパルチル-4-PをL-アスパラギン酸セミアルデヒドに可逆的に変換する。アスパラギン酸ファミリーのアミノ酸であるL-リジンの生産に対するasd遺伝子の増幅の効果が知られている (米国特許6,040,160)。アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼが、コリネ型細菌によりL-リジン、L-スレオニン及びL-イソロイシンの生産に有用なことも知られている (EP 0219027 A)。
【0009】
しかし、L-スレオニンの生産のために、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性が増強されたエシェリヒア属に属する細菌を用いることは現在まで報告されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、L-スレオニン生産株の生産性を増強すること、及び、これらの株を用いるL-スレオニンの製造法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的は、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするasd遺伝子を低コピープラスミドにクローニングしたときに、L-スレオニン生産が増強されることを見出し達成された。このようにして、本発明は完成した。
【0012】
本発明では、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性が増強するように改変された、エシェリヒア属に属するL-スレオニン生産細菌を提供する。
【0013】
また、本発明では、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性が、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の発現を上昇させることにより
増強している上記細菌が提供される。
【0014】
また、本発明では、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性が、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子のコピー数を増加させること、又は、前記遺伝子の発現調節配列を遺伝子発現が上昇するように改変することにより増強している上記細菌が提供される。
【0015】
また、本発明では、前記遺伝子を含むベクターにより前記細菌を形質転換することによりコピー数が増加している上記の細菌が提供される。
【0016】
また、本発明では、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子が、エシェリヒア属細菌に由来する上記細菌が提供される。
【0017】
また、本発明では、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子が下記の群から選択されるタンパク質をコードする上記細菌が提供される。
(A) 配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質、及び、
(B) 配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸の欠失、置換、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を含み、かつ、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質。
【0018】
また、本発明では、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子が下記の群から選ばれるDNAを含む上記細菌が提供される。
(a) 配列番号1における塩基番号1〜1196の塩基配列を含むDNA、及び、
(b) 配列番号1における塩基番号1〜1196の塩基配列、又は、同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【0019】
また、本発明では、ストリンジェントな条件が、60℃で、1×SSC及び0.1%SDSの塩濃度で15分洗浄を行うことを含む上記細菌が提供される。
【0020】
また、本発明では、さらに、下記の群から選ばれる1以上の遺伝子の発現が上昇するように改変されている上記細菌が提供される。
スレオニンによるフィードバック阻害に耐性のアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする変異thrA遺伝子、
ホモセリンキナーゼをコードするthrB遺伝子、
スレオニンシンターゼをコードするthrC遺伝子、及び、
推定膜貫通タンパク質をコードするrhtA遺伝子。
【0021】
また、本発明では、変異thrA遺伝子、thrB遺伝子、thrC遺伝子及びrhtA遺伝子の発現が上昇するように改変されている上記細菌が提供される。
【0022】
また、本発明では、上記細菌を培地で培養し、培地中にL-スレオニンを蓄積せしめ、培養培地からL-スレオニンを採取することを含むL-スレオニンの製造法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明において、「L-スレオニン生産細菌」とは、培地で培養したときに培地中にL-スレオニンを蓄積する能力を有する細菌を意味する。L-スレオニン生産能は、育種により付与又は増強できる。本明細書における「L-スレオニン生産細菌」の語は、また、培地中に、E. coli K-12株などの野生型株又は親株と比べて多量のL-スレオニンを生産し、蓄積させることのできる細菌を意味する。
【0024】
「エシェリヒア属に属する細菌」の語は、当業者に知られた微生物学の分類により細菌がエシェリヒア属に分類されることを意味する。本発明で使用されるエシェリヒア属に属する微生物の例としては、エシェリヒア・コリ(E. coli)が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0025】
本発明で使用できるエシェリヒア属に属する細菌は、特に限定されるものではないが、例えば、Neidhardt, F.C. et al. (Escherichia coli and Salmonella typhimurium, American Society for Microbiology, Washington D.C., 1208, Table 1)に記載の細菌が含まれる。
【0026】
「アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性」の語は、リン酸又はヒ酸の存在下で可逆的なNADPの基質依存性還元を触媒する活性を意味する。アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性は、例えば、Preiss, J. et al (Curr. Microbiol., 7: 263-268 (1982))に記載の方法により測定することができる。
【0027】
「アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を増強するように改変された」とは、細胞あたりの活性が非改変株例えば野生型株より高いことを意味する。このような改変の例としては、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの細胞あたりの分子数を増加させること、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ分子あたりの比活性を上昇させることなどがある。比較の目的に用いる野生型株は、例えば、エシェリヒア・コリK-12である。アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの細胞内活性の増強の結果、培地におけるL-スレオニン蓄積量が増加する。
【0028】
細菌細胞中のアスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の増強は、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現の上昇によって達成することができる。アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子としては、エシェリヒア属に属する細菌に由来する遺伝子、及び、コリネ型細菌などの他の細菌に由来する遺伝子を用いることができる。
【0029】
エシェリヒア・コリのアスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子については、asd遺伝子が既に解明されている(GenBankアクセッション番号NC#000913.1の配列における塩基番号3572511〜3571408, gi:16131307)。従って、asd遺伝子は、その遺伝子の塩基配列に基づいて調製したプライマーを用いるPCR(ポリメラーゼ連鎖反応; White, T.J. et al., Trends Genet., 5, 185 (1989)参照)によって得ることができる。他の微生物に由来するアスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子も同様にして得ることができる。
【0030】
エシェリヒア・コリ由来のasd遺伝子の例は、下記(A)又は(B)のタンパク質をコードするDNAである。
(A) 配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質、又は、
(B) 配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸の欠失、置換、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を含み、かつ、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質。
【0031】
「数個」のアミノ酸の数は、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なる。タンパク質(A)については、2から30個、好ましくは、2から15個、より好ましくは2から5個となり得る。アミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加は、タンパク質の、その機能に重要でない領域に生じ得る。これは、いくつかのアミノ酸は互いに高い類似性を有するため、その変化により立体構造や活性が影響されないためである。
従って、タンパク質変異体(B)は、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性が維持される限り、配列番号2に示すアスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列全体に対し、70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、もっとも好ましくは95%以上の相同性を有するものであり得る。二つのアミノ酸配列の間のホモロジーは、周知の方法、例えば、スコア、同一性及び類似性の三つのパラメーターを算出するコンピュータープログラムBLAST 2.0を用いて求めることができる。
【0032】
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加は、酵素活性が維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換であり、保存的置換とみなされる置換としては、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからAsn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。
【0033】
上述のアスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼと実質的に同じタンパク質をコードするDNAは、例えば、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするDNAの塩基配列(配列番号1)を、部位特異的変異誘発などによって、特定の部位の1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入又は付加となるように改変することにより得ることができる。上述のように改変されたDNAは、従来知られている変異処理により得ることができる。このような処理には、本発明のタンパク質をコードするDNAのヒドロキシアミン処理、該DNAを有する細菌の、UV照射やN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン又は亜硝酸などの試薬による処理がある。
【0034】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼと実質的に同じタンパク質をコードするDNAは、上述のような変異を有するDNAを適切な細胞で発現させ、発現産物の活性を調べることにより得ることができる。アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼと実質的に同じタンパク質をコードするDNAは、また、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードする変異DNA又は変異体を含む細胞から、例えば配列番号1の塩基配列を含む塩基配列を有するプローブとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAを単離することによって得ることができる。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を数値で明確に示すことは困難であるが、一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば50%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件である。あるいは、通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度でハイブリダイズする条件である。洗浄の時間は、ブロッティングに用いるメンブランの種類によるが、通常は、製造者により推奨された条件である。例えば、HybondTM N+ナイロンメンブラン(Amersham)のストリンジェントな条件での推奨される洗いの時間は15分である。
【0035】
配列番号1の塩基配列の部分配列は、プローブとしても使用できる。プローブは、配列番号1の塩基配列に基づくプライマー、及び、テンプレートとして配列番号1の塩基配列を含むDNAフラグメントを用いるPCRにより調製できる。約300 bpの長さのDNAフラグメントをプローブとして用いる場合、洗いのためのハイブリダイゼーション条件は、例えば、
50℃で、2×SSC、0.1%SDSである。
【0036】
上述のヌクレオチドの置換、欠失、挿入又は付加は、また、例えば、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼを含む細菌の種間や属間での相違による、天然に存在する変異(ミュータント又はバリアント)も含む。
【0037】
「タンパク質をコードするDNAによる細菌の形質転換」とは、例えば、従来の方法による、DNAの細菌への導入を意味する。このDNAの形質転換は、本発明のタンパク質をコードする遺伝子の発現の上昇をもたらし、細菌細胞中のタンパク質の活性を増強させる。
【0038】
遺伝子発現上昇の方法としては、遺伝子コピー数を増加させることが挙げられる。遺伝子を、エシェリヒア属に属する細菌で機能できるベクターに導入することにより遺伝子のコピー数が増加する。好ましくは、低コピーベクターが使用される。低コピーベクターの例としては、pSC101、pMW118、pMW119などが挙げられるが、これらに限定されない。「低コピーベクター」とは、コピー数が細胞あたり5コピーまでのベクターである。形質転換の方法としては、これまでに報告されている既知の方法が挙げられる。例えば、レシピエント細胞を塩化カルシウムで処理し、細胞のDNAに対する透過性を増加させる方法が、エシェリヒア・コリK-12について報告されており(Mandel, M. and Higa, A., J. Mol. Biol., 53, 159 (1970))、これを使用できる。
【0039】
遺伝子発現上昇は、例えば、相同組換え、Muインテグレーション等により、複数コピーの遺伝子を細菌染色体に導入することによっても達成できる。例えば、1回のMuインテグレーションで、細菌染色体に3コピーまでの遺伝子を導入することができる。
【0040】
遺伝子発現上昇は、また、本発明のDNAを強力なプロモーターの制御下に置くことによっても達成できる。例えば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、ラムダファージのPR及びPLプロモーターが強力なプロモーターとして知られている。強力なプロモーターの使用は、遺伝子コピーの複数化と組み合わせることができる。
【0041】
あるいは、プロモーターの効果を、例えば、プロモーターに変異を導入してプロモーターの下流に位置する遺伝子の転写レベルを増加させることによって増強させることができる。さらに、リボソーム結合部位(RBS)と開始コドンとの間のスペーサー、特に開始コドンの直ぐ上流における配列におけるいくつかの塩基の置換がmRNAの翻訳性に大きく影響することが知られている。例えば、開始コドンに先行する3つの塩基の性質により20倍の範囲の発現レベルが見出されている(Gold et al., Annu. Rev. Microbiol., 35, 365-403, 1981; Hui et al., EMBO J., 3, 623-629, 1984)。以前に、rhtA23変異がATG開始コドンに対し-1位置のG→A置換であることが示された(ABSTRACTS of 17th International Congress of Biochemistry and Molecular Biology in conjugation with 1997 Annual Meeting of the American Society for Biochemistry and Molecular Biology, San Francisco,
California August 24-29, 1997, abstract No. 457)。従って、rhtA23変異は、rhtA遺伝子の発現を上昇させ、その結果、スレオニン、ホモセリン及びその他のいくつかの、細胞の外へ輸送される物質に対する耐性を増加させていることが示唆される。
【0042】
さらに、細菌染色体上のアスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーター領域に塩基置換を導入し、プロモーター機能を高めることが可能である。発現調節配列の改変は、例えば、国際公開WO00/18935及び特公平1-215280に開示されているように、温度感受性プラスミドを用いる遺伝子置換と同様に行うことができる。
【0043】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子のコピー数の増加は、また、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の複数コピーを細菌の染色
体DNAに導入することにより達成できる。アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の複数コピーを細菌染色体に導入するには、染色体DNA中にターゲットとして複数コピー存在する配列を用いて相同組換えを行う。染色体DNAに複数コピーある配列としては、反復DNAや転移可能因子の末端に存在する逆方向反復配列が挙げられるが、これらに限定されない。また、米国特許5,595,889に開示されているように、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼをトランスポゾンに組み込み、転移させることで、遺伝子の複数コピーを染色体DNAに導入することができる。
【0044】
プラスミドDNAの調製方法については、DNAの消化及び連結、形質転換、プライマーとしてのオリゴヌクレオチドの選択等やその他の当業者に周知の方法が挙げられるが、これらに限定されない。これらの方法は、例えば、Sambrook, J., Fritsch, E.F., and Maniatis, T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition", Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)に記載されている。
【0045】
本発明の細菌は、上記のDNAを、L-スレオニン生産能を元々有する細菌に導入することにより得ることができる。あるいは、本発明の細菌は、上記DNAを既に含む細菌にL-スレオニン生産能を付与することにより得ることができる。
【0046】
本発明に含まれる親株の例としては、E. coli TDH-6/pVIC40 (VKPM B-3996) 株(米国特許5,175,107, 米国特許5,705,371), E. coli NRRL-21593株 (米国特許5,939,307), E. coli FERM BP-3756株 (米国特許5,474,918), E. coli FERM BP-3519及びFERM BP-3520 株(米国特許5,376,538), E. coli MG442株 (Gusyatiner et al., Genetika (in Russian), 14, 947-956 (1978)), E. coli VL643及びVL2055株 (EP 1149911 A)等のエシェリヒア属に属するスレオニン生産菌が挙げられるが、これらに限定されない。
【0047】
TDH-6株は、thrC遺伝子を欠損し、スクロース資化性で、ilvA遺伝子がリーキー変異を有する。この株は、rhtA遺伝子に、高濃度のスレオニン又はホモセリンに対する耐性を付与する変異を有する。B-3996株は、スレオニンによりフィードバック阻害が実質的に解除されたアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする変異thrA遺伝子を含むthrA*BCオペロンを、RSF1010由来ベクターに挿入することにより得られたプラスミドpVIC40を含む。B-3996は、All-Union Scientific Center of Antibiotics (Nagatinskaya
Street 3-A, 113105 Moscow, Russian Federation)に、1987年11月19日に寄託され、受託番号RIA1867が付与されている。また、同株は、Russian National Collection of Industrial Microorganisms (VKPM) (Dorozhny proezd. 1, Moscow 113545, Russian Federation)にも1987年4月7日に寄託され、受託番号B-3996が付与されている。
【0048】
好ましくは、本発明の細菌は、asd遺伝子に加えて、さらに、下記の群から選ばれる1以上の遺伝子の発現が上昇するように改変されている。
スレオニンによるフィードバック阻害に耐性のアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする変異thrA遺伝子、
ホモセリンキナーゼをコードするthrB遺伝子、
スレオニンシンターゼをコードするthrC遺伝子、及び、
推定膜貫通タンパク質をコードするrhtA遺伝子。
【0049】
本発明の好ましい態様は、asd遺伝子の増強に加えて、推定膜貫通タンパク質をコードするrhtA遺伝子が増強するように改変された細菌である。最も好ましい態様は、asd遺伝子、変異thrA遺伝子、thrB遺伝子、thrC遺伝子及びrhtA遺伝子の発現が上昇するように改変されている細菌である。
【0050】
本発明のL-スレオニンの製造方法は、本発明の細菌を培地で培養し、培地中にL-スレオ
ニンを蓄積せしめ、培養培地からL-スレオニンを採取することを含む。
【0051】
本発明では、培養、培地からのL-スレオニンの採取及び精製などは、微生物を用いてL-スレオニンを生産する従来の発酵法と同様に行うことができる。
【0052】
培養に用いる培地は、炭素源、窒素源、無機物、及び、必要により、微生物が生育に必要とする栄養素を適当量含む限り、合成培地でも、天然培地でもよい。炭素源としては、グルコース及びスクロースなどの種々の炭水化物、種々の有機酸が挙げられる。選択した微生物の資化形態により、エタノールやグリセロールなどのアルコールを使用してもよい。窒素源については、アンモニアや硫酸アンモニウムなどの種々のアンモニウム塩、アミンなどのその他の窒素化合物、ペプトン、大豆加水分解物、発酵微生物消化物などの天然窒素源が挙げられる。無機物については、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウムなどが使用される。ビタミンについては、チアミン、イーストエキストラクトなどが使用される。必要であれば、付加的な栄養素を培地に添加できる。例えば、微生物が生育にイソロイシンを要求する場合(イソロイシン要求性)には、十分な量のイソロイシンを培養培地に添加し得る。
【0053】
培養は、20〜40℃、好ましくは30〜38℃で、好ましくは、振盪培養、通気による撹拌培養のような好気的条件で行う。培養pHは、通常には5〜9、好ましくは6.5〜7.2である。培養pHは、アンモニア、炭酸カルシウム、種々の酸、種々の塩基、緩衝液で調整できる。通常には、1〜5日の培養で、液体培地にL-スレオニンが蓄積する。
【0054】
培養後、細胞などの固形物を液体培地から遠心分離や膜濾過により除くことができ、次いで、L-スレオニンを、イオン交換、濃縮、結晶化の方法により採取及び精製することができる。
【実施例】
【0055】
本発明を下記の非限定的な実施例によりさらに具体的に説明する。
【0056】
実施例1:pMベクターへのE. coli由来asd遺伝子のクローニング
asd遺伝子は、Russian National Collection of Industrial Microorganisms (VKPM) (Dorozhny proezd. 1, Moscow 113545, Russian Federation)から得たE. coli株 (K12 Mu cts62 Mud5005) (VKPM B-6804)の染色体DNAからクローニングした。まず、E. coli株(K12
Mu cts62 Mud5005) (VKPM B-6804)中mini-Muファージを誘導した。次いで、染色体の一部を含むプラスミドpMud5005の得られた誘導体のセットを、asd-のSH 309株の形質転換に用いた。Russian National Collection of Industrial Microorganisms (VKPM) (Dorozhny proezd. 1, Moscow 113545, Russian Federation)より得られるSH 309 株(VKPM B-3899)は、F- araD139 rpsL150 deoC1 ptsF25 relA1 feb5301 rbsR ugpA704::Tn10 Del (argF - lac) U169 Del (mal - asd) TetR StrRの表現型を有している。asd-のSH 309株は、L培地では生育できず、生育にジアミノピメリン酸(DAPA)を要求する。プラスミドpMud5005-asd を保持するSH 309のasd+クローンをL培地で選択した。プラスミドpMud5005-asdを単離し、asd遺伝子を含むBamHI-PstI DNA フラグメント(1646 bp)を、予め改変してプロモーターPlacをプロモーターPRで置換したプラスミドpMW119中に再クローニングした。このようにして、プロモーターPRの調節を受けるasd遺伝子を有するプラスミドpMW-asdが構築された。プラスミドpMW-asdは、プラスミドpVIC40 (レプリコンpRSF1010)と和合性であり、二つのプラスミドpVIC40及びpMW-asdを同時に細菌に保持させることができた。
【0057】
プラスミドpMW-asdをストレプトマイシン耐性スレオニン生産E. coli B-3996株に導入した。このようにして、B-3996(pMW-asd)株が得られた。
【0058】
実施例2:スレオニン生産におけるasd遺伝子増幅の効果
E. coli B-3996及びB-3996(pMW-asd)株を、ストレプトマイシン(100 μg/ml)又はアンピシリン(100 μg/ml)を含むL寒天プレート上で37℃で18〜24時間培養した。種培養を取得するため、株を、ロータリーシェイカー(250 rpm)を用いて、4%スクロースを添加した2mlのL培地を含む20x200 mm試験管中、32℃で18時間培養した。次いで、発酵培地に0.1 ml(5%)の種培養を接種した。発酵を、20x200 mm試験管中、2mlの発酵用最少培地で行った。細胞は、250 rpmで振盪しながら32℃で24時間培養した。
【0059】
培養後、培地中のL-スレオニン蓄積量をTLCで測定した。Sorbfilプレート(Stock Company Sorbopolymer, Krasnodar, Russia)を、プロパン-2-オール:アセトン:水:25%アンモニア水 = 25 : 25 : 7 : 6 (v/v)の移動相で展開した。ニンヒドリン酢酸溶液(2%)を、可視化試薬として用いた。結果を表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
発酵培地の組成(g/l)は以下の通りである。
【0062】
【表2】

【0063】
スクロース及び硫酸マグネシウムは、別に滅菌する。CaCO3は180℃で2時間乾熱滅菌する。pHは7.0に調整する。滅菌後、抗生物質を培地に加える。
【0064】
好ましい態様について、本発明を詳細に説明したが、当業者にとって、本発明の範囲内で様々な改変を行い、等価物を用いることができることは明らかである。上記の文献は、参照により全体を本明細書に含める。
【産業上の利用可能性】
【0065】
L-スレオニンを効率よく生産できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性が増強するように改変された、エシェリヒア属に属するL-スレオニン生産細菌。
【請求項2】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性が、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の発現を上昇させることにより増強している請求項1記載の細菌。
【請求項3】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性が、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子のコピー数を増加させること、又は、前記遺伝子の発現調節配列を遺伝子発現が上昇するように改変することにより、増強している請求項1記載の細菌。
【請求項4】
前記遺伝子を含むベクターにより前記細菌を形質転換することによりコピー数が増加している請求項3記載の細菌。
【請求項5】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子が、エシェリヒア属細菌に由来する請求項2記載の細菌。
【請求項6】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子が下記の群から選択されるタンパク質をコードする請求項5記載の細菌。
(A) 配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質、及び、
(B) 配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸の欠失、置換、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を含み、かつ、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質。
【請求項7】
アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子が下記の群から選ばれるDNAを含む請求項5記載の細菌。
(a) 配列番号1における塩基番号1〜1196の塩基配列を含むDNA、及び、
(b) 配列番号1における塩基番号1〜1196の塩基配列、又は、同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、アスパラギン酸-β-セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項8】
ストリンジェントな条件が、60℃で、1×SSC及び0.1%SDSの塩濃度で15分洗浄を行うことを含む請求項7記載の細菌。
【請求項9】
さらに、下記の群から選ばれる1以上の遺伝子の発現が上昇するように改変されている請求項1記載の細菌。
スレオニンによるフィードバック阻害に耐性のアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする変異thrA遺伝子、
ホモセリンキナーゼをコードするthrB遺伝子、
スレオニンシンターゼをコードするthrC遺伝子、及び、
推定膜貫通タンパク質をコードするrhtA遺伝子。
【請求項10】
変異thrA遺伝子、thrB遺伝子、thrC遺伝子及びrhtA遺伝子の発現が上昇するように改変されている請求項9記載の細菌。
【請求項11】
請求項1記載の細菌を培地で培養し、培地中にL-スレオニンを蓄積せしめ、培養培地からL-スレオニンを採取することを含むL-スレオニンの製造法。

【公表番号】特表2007−513601(P2007−513601A)
【公表日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−520460(P2006−520460)
【出願日】平成16年12月3日(2004.12.3)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018436
【国際公開番号】WO2005/054490
【国際公開日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】