説明

エステルイミド樹脂の合成方法

【課題】酸成分、アルコール成分、およびイミド酸形成成分を無溶剤下で反応させてポリエステルイミド樹脂を合成する方法を提供する。
【解決手段】酸成分及びアルコール成分を、無溶剤下で混合し、140℃〜180℃に昇温する工程;並びに140〜180℃で、前記イミド酸形成成分として、4、4’−ジアミノジフェニルメタン及びトリメリット酸無水物を添加し、反応させる工程を含む。前記イミド酸形成成分の反応工程を行った後、さらに200〜250℃に昇温する工程を含むことが好ましく、前記イミド酸形成成分の反応工程を行った後、エステル化触媒を添加することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステルイミド樹脂の無溶剤下での合成方法に関し、マグネットワイヤなどの絶縁被覆に用いられるポリエステルイミドワニスに好適なポリエステルイミド樹脂の合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐熱性が要求される絶縁電線としては、ポリエステルイミド樹脂を焼きつけた絶縁層を有する絶縁電線が、従来より多用されている。
【0003】
ここで、ポリエステルイミド樹脂とは、分子内にエステル結合とイミド結合を有する樹脂で、酸無水物とアミンから形成されるイミド、アルコールとカルボン酸から形成されるポリエステル、そして、イミドの遊離酸基または無水基がエステル形成反応に加わることで形成される。
【0004】
従って、このようなポリエステルイミド樹脂は、イミド化、エステル化、エステル交換反応が生じるような条件で合成される。
例えば、特開平7−316425号(特許文献1)の段落番号0026、0027に、(1)酸成分とアルコール成分とを反応させてポリエステルを合成してから、イミド酸形成成分又はイミド酸を投入し反応させる方法;(2)有機溶剤中でイミド酸形成成分を反応させてイミド酸とし、その後にアルコール成分および酸成分を投入し反応させる方法;(3)反応系の温度を上げながら全成分を順番に投入し、反応させる方法などが開示されている。この他、ポリエステルイミド樹脂原料を一括投入して反応させる方法もある。
【0005】
ポリエステルイミドの合成系において、イミドジカルボン酸が生成されると、合成系の粘度が高くなり、系内の制御が困難になる。このため、通常、ポリエステルイミドの合成反応は、有機溶剤共存下で行われる。
【0006】
例えば、特開昭61−136550号(特許文献2)や特開昭61−44946号(特許文献3)の実施例においては、ポリエステルイミド樹脂原料としてのジアミノジフェニルメタン、無水トリメリット酸、ジメチルテレフタレート、エチレングリコール、及びトリス−2−ヒドロキシエチルイソシアヌレートに、溶剤となるクレゾールを添加し、トルエンを還流させながら170〜210℃程度で加熱反応させて、ポリエステルイミド樹脂を合成している。
【0007】
前記特許文献1の実施例においても、ポリエステルイミド樹脂原料であるジアミノジフェニルメタン、無水トリメリット酸、ジメチルテレフタレート、エチレングリコール、トリス−2−ヒドロキシエチルイソシアヌレート、および溶剤としてのクレゾール酸を配合し、200℃で加熱反応させて、ポリエステルイミド樹脂を合成している。
【0008】
【特許文献1】特開平7−316425号公報
【特許文献2】特開昭61−136550号公報
【特許文献3】特開昭61−44946号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、溶剤存在下でポリエステルイミド樹脂を合成する場合、反応が遅くなるため、高分子量のポリエステルイミドが得られにくい。分子量を上げようとすると、投入する原料化合物のカルボキシル基に対する水酸基のモル比率(OH/COOH)を低く設定する必要があり、ポリエステルイミド樹脂の構成、合成に用いるポリエステルイミド形成成分の量、比率などの自由度が限定的なものとなってしまう。さらにこれらのことは、耐熱性に寄与するイミド結合の効率的な形成を阻害すると考えられる。
【0010】
一方、無溶剤でのポリエステルイミド樹脂の合成によれば、系内におけるポリエステルイミド樹脂原料が高濃度に存在することになるため、反応の高速度化、高分子量化を期待できる。しかしながら、特許文献1の段落番号0027において、「注意深く反応を進めれば溶媒を用いなくてもよいが、反応系の粘性の高い場合は有機溶剤を用いる方がよい」と説明されているように、ポリエステルイミド樹脂を工業的レベルで合成しようとする場合、ポリエステル形成成分の高濃度化に伴い、さらには生成される合成途中で生成されるイミド酸が析出してくるなど、ひどい場合には、反応系内が固化してしまうこともある。このように、無溶剤系では反応系の制御が難しいことから、結局、上記文献の実施例のように、溶剤存在下で行っているのが実情である。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、無溶剤系でポリエステルイミド樹脂を合成できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明のポリエステルイミド樹脂の合成方法は、酸成分、アルコール成分、およびイミド酸形成成分を無溶剤下で反応させてポリエステルイミド樹脂を合成する方法であって、前記酸成分及びアルコール成分を、無溶剤下で混合し、140℃〜180℃に昇温する工程;並びに140〜180℃で、前記イミド酸形成成分として、4、4’−ジアミノジフェニルメタン及びトリメリット酸無水物を添加し、反応させる工程を含む。
【0013】
前記アルコール成分はエチレングリコール及びトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートであり、前記酸成分はテレフタル酸及びジメチルテレフタレートであることが好ましい。
【0014】
前記イミド酸形成成分の反応工程を行った後、さらに200〜250℃に昇温する工程を含むことが好ましく、前記イミド酸形成成分の反応工程を行った後、エステル化触媒を添加することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のポリエステルイミド樹脂の合成方法は、イミド酸形成成分の添加時期、エステル反応時期を調節することで、無溶剤系であってもイミド酸形成反応を液相で行わせることができ、反応制御が容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0017】
本発明のポリエステルイミド樹脂の合成方法は、ポリエステルイミド樹脂原料を反応系に一括投入するのではなく、2工程(昇温工程及びイミド酸形成工程)に分けて投入するところに特徴がある。
以下、各工程について順に説明する。
【0018】
第1段階の工程(昇温工程)は、ポリエステルイミド樹脂原料のうち、酸成分及びアルコール成分を無溶剤下で混合し、140℃〜180℃に昇温する。
【0019】
前記酸成分は、ポリエステルイミド樹脂のポリエステル部分の構成成分となるもので、ジカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルが用いられる。
ジカルボン酸成分としては、テレフタル酸、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸、またはそれらのアルキルエステルであるジメチルテレフタレート、ジメチルイソフタレート等を用いることができ、これらのうち、テレフタル酸(TPA)又はジメチルテレフタレートが好ましく用いられる。
【0020】
前記アルコール成分は、前記酸成分と反応して、ポリエステルイミド樹脂のポリエステル部分を構成するもので、多価アルコールが用いられる。
多価アルコールとしては、例えば、エチレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,6−シクロヘキサンジメタノール等の2価アルコール;グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の3価以上のアルコール;イソシアヌレート環を有するアルコールなどが挙げられる。イソシアヌレート環を有するアルコールとしては、トリス(ヒドロキシメチル)イソシアヌレート、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、トリス(3−ヒドロキシプロピル)イソシアヌレート等が挙げられる。
【0021】
これらの多価アルコールは単独でも2種以上組み合わせて用いてもよいが、耐熱性付与の観点から、イソシアヌレート環を有するアルコールと、無溶剤の系内において、溶剤としての役割を果たすことができる低級アルコールとの組み合わせを用いることが好ましい。より好ましくはTHEICとエチレングリコールの組み合わせである。特に、エチレングリコール(EG)に対するTHEICのOH基モル比率(THEIC/EG)が0.5〜4.0となる割合で配合することが好ましい。なお、エチレングリコールは、1分子に2個のOH基を有することから2モル、THEICは1分子中に3個のOH基を有することから3モルで計算される。
【0022】
各成分の配合量は、特に限定しないが、カルボキシル基に対する水酸基のモル比率である水酸基過剰率(OH/COOH)は、1.5以上、好ましくは2.0以上であり、2.7以下、好ましくは2.5以下である。ここでいうカルボキシル基量は、上記配合成分のうち、ジカルボン酸又はそのアルキルエステル、さらにイミド酸形成成分の酸無水物(後述)にフリーカルボキシル基が含まれている場合には、酸無水物の配合量との総量をいう。ジカルボン酸は2モルで計算され、カルボキシル基がエステルとなっていても、ジカルボン酸と同等に扱って計算される。また、酸無水物の場合には、フリーのカルボキシル基の量のみが酸として、上記カルボキシル基のモル比率に計算される。
【0023】
以上のような酸成分及びアルコール成分を所定割合で混合し、140〜180℃に昇温する。
【0024】
当該温度の昇温工程において、酸成分とアルコール成分の反応は起こらない一方、常温で固体であった成分も液体状態となる。
【0025】
酸成分及びアルコール成分が液体となった状態で、イミド酸形成成分として、4、4’−ジアミノジフェニルメタン(MDA)及びトリメリット酸無水物(TMA)を添加する。
140〜180℃に保持した状態では、MDA及びTMAが反応して、ジイミド酸が生成される。生成物であるジイミド酸は、高融点物質であるため、系内に析出するが、アルコール成分及び酸成分が溶媒として働くことで、系内の固化を防止できる。
【0026】
この点、ポリエステルイミド樹脂原料(酸成分、アルコール成分、イミド酸形成成分)を、反応系内に一括投入して、昇温した場合、MDAとTMAとのイミド化反応が40℃程度から起こることから、昇温過程でイミド化反応が先行し、生成物たるジイミド酸の析出による粘度上昇、ひいては、反応系内が固化してしまうといった問題があったが、本発明の方法では、イミド化反応が液相で行われているので、生成物たるジイミド酸が析出しても、系内固化という状態を回避できる。
【0027】
イミド酸形成成分の添加量は、ジカルボン酸又はそのアルキルエステルに対する、酸無水物とジアミンから合成されるイミド酸のモル比(イミド酸/ジカルボン酸)が0.2〜0.8となる量とすることが好ましい。また、形成されるポリエステルイミドのエステル結合に対するイミド結合のモル比(イミド/エステル)が0.2〜0.6となる範囲で配合することが好ましい。合成されるポリエステルイミドにおけるイミドの含有割合が大きくなりすぎると、作製される電線の可とう性、電線外観が悪くなり、イミドの含有割合が小さくなりすぎると、耐熱性が低下する。
【0028】
イミド酸形成成分を添加して、140〜180℃に保持する工程、すなわちイミド化反応工程は、反応系内に投入されるポリエステルイミド樹脂原料中のイミド酸形成成分含有割合にもよるが、通常、1〜5時間保持すればよい。
【0029】
次いで、200〜250℃に昇温する。かかる温度範囲では、酸成分及びアルコール成分が反応して、ポリエステルを生成するとともに、ジイミド酸のカルボキシル基もアルコール成分と反応、あるいはエステル交換反応して、ポリエステルイミドが生成される。
【0030】
ジイミド酸は、200〜250℃では、溶融して、エステル反応、エステル交換反応に参与することができる。
【0031】
エステル反応、エステル交換反応後、降温する。降温は、通常、有機溶剤を添加することで行うことが好ましい。特に、本発明の合成方法で合成したポリエステルイミド樹脂を、絶縁ワニスとして利用する場合、ワニスに用いられる有機溶剤を、この段階で添加すればよい。降温の開始は、ポリエステルイミド樹脂原料組成にもよるが、昇温時間及び降温時間を含めた反応時間が、8〜20時間となるようにすることが好ましい。
【0032】
有機溶剤としては、具体的には、N−メチルピロリドン、クレゾール酸、m−クレゾール、p−クレゾール、フェノール、キシレノール、キシレン、セロソルブ類などのポリエステルイミド樹脂を溶解できる有機溶剤が用いられる。有機溶剤による希釈は、不揮発分(固形分)が、40〜50質量%となるようにする。
【0033】
本発明の合成方法において、反応触媒を添加することが好ましい。触媒としては、テトラブチルチタネート(TBT)、テトラプロピルチタネート(TPT)等のチタン系が用いられる。テトラプロピルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラメチルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネート等のチタンアルコキシドが好ましく用いられる。触媒は、ポリエステルイミド樹脂原料100質量部あたり2〜10質量部配合することが好ましい。
【0034】
反応触媒は、イミド酸形成成分の反応後、具体的には200〜250℃への昇温前、昇温途中、昇温後のいずれかに添加することが好ましい。これにより、イミド酸形成反応時に、エステル化反応がおこることを防止できる。
【0035】
本発明の合成方法は、以上のように、無溶剤系でポリエステルイミド樹脂を合成する方法であるが、粘度増加、反応系内固化の原因となるイミド化反応を液相で行えるように、アルコール成分及び酸成分を完溶させてから、イミド酸形成成分を添加して、イミド化反応を行っているので、反応系内の固化を回避できる。しかも、無溶剤系であるから、高分子量のポリエステルイミド樹脂を合成することができ、さらに、スタックロスも少なくて済むことが期待できる。
【0036】
本発明の方法で合成されたポリエステルイミド樹脂の用途は特に限定しないが、絶縁ワニスに利用することができる。
例えば、イソシアネート、フェノール系樹脂、その他の成分を必要に応じて添加して、ポリエステルイミド系絶縁ワニスを製造することができる。
【実施例】
【0037】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0038】
〔エステルイミド樹脂の合成〕
エステルイミド樹脂原料として、無水トリメリット酸(TMA)104.7g、テレフタル酸(TPA)119.0g、4,4’−ジアミノジフェニルメタン(MDA)54g、エチレングリコール(EG)60.5g、トリス(2−ヒドロキシエチル)シアヌレート(THEIC)157.2g、および触媒としてテトラプロピルチタネート(TPT)を0.45gを配合した。
【0039】
すなわち、THEIC/EG(OH基モル比率)が0.93となるように配合し、さらに理論上形成されるイミド酸(DIDC)のTPAに対するカルボキシル基モル比率(DIDC/TPA)が0.38となるように配合し、合成されるポリエステルイミド樹脂のイミド結合とエステル結合の含有モル比率(イミド/エステル)が0.28となるように配合した。また、エステルイミド樹脂合成のために仕込んだ成分の水酸基過剰率(OH/COOH)は1.90とした。水酸基過剰率(OH/COOH)は、配合成分のうちのカルボン酸成分量(TMAとTPAの配合量合計)に対するアルコール成分量(EGとTHEICの配合量合計)として求められる値である。
【0040】
合成方法No.1では、上記エステルイミド樹脂原料の全てを、最初に一括投入した後、昇温した。
合成方法No.2〜6では、まず、TPA、EG、THIECを投入し、表1に示す温度まで昇温し、当該温度に到達した時点で、MDA及びTMAを添加し、140〜180℃に4時間保持した後、触媒を添加し、250℃まで昇温した。
【0041】
以上のような合成方法において、反応溶液の様子を目視で観察し、反応溶液表面が攪拌により砕けるほどに固まった場合、固化有り(×)と判定し、反応溶液の粘度は大幅に上昇したものの、反応溶液表面は割れることなく、スムーズに攪拌できた場合は、固化なし(○)と判定した。合成状況の結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1からわかるように、同じ配合組成のエステルイミド合成系であっても、140℃以上に昇温させてから、MDA及びTMAを後添加した場合には、固化することなく、合成できた。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のポリエステルイミド樹脂の合成方法は、ポリエステルイミド樹脂原料を無溶剤系で仕込んだ系であるにもかかわらず、合成終了時まで、固化することなく合成することができるので、高濃度のポリエステルイミド樹脂、高分子量のポリエステルイミドを合成したい場合に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸成分、アルコール成分、およびイミド酸形成成分を無溶剤下で反応させてポリエステルイミド樹脂を合成する方法であって、
前記酸成分及びアルコール成分を、無溶剤下で混合し、140℃〜180℃に昇温する工程;並びに
140〜180℃で、前記イミド酸形成成分として、4、4’−ジアミノジフェニルメタン及びトリメリット酸無水物を添加し、反応させる工程;
を含むポリエステルイミド樹脂の合成方法。
【請求項2】
前記アルコール成分はエチレングリコール及びトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートであり、前記酸成分はテレフタル酸及びジメチルテレフタレートである請求項1に記載の合成方法。
【請求項3】
前記イミド酸形成成分の反応工程を行った後、さらに200〜250℃に昇温する工程を含む請求項1又は2に記載の合成方法。
【請求項4】
前記イミド酸形成成分の反応工程を行った後、エステル化触媒を添加する請求項1〜3のいずれかに記載のポリエステルイミド樹脂の合成方法。

【公開番号】特開2010−106140(P2010−106140A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−279245(P2008−279245)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【Fターム(参考)】