説明

エナメル被覆絶縁電線およびその製造方法

【課題】金属導体と絶縁被覆との密着性が高く、かつ高温でも金属導体と絶縁被膜との密着性が低下しにくいエナメル被覆絶縁電線とその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るエナメル被覆絶縁電線の製造方法は、金属導体上に絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして絶縁被膜を形成するエナメル被覆絶縁電線の製造方法であって、金属成分が亜鉛(Zn)または錫(Sn)である有機金属化合物を含有する処理溶液を前記金属導体の直上に塗布する工程と、塗布した前記有機金属化合物に熱処理を施して前記金属成分の酸化物を含む中間層を前記金属導体に密着形成する工程と、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリウレタンのいずれかを主成分として含む樹脂組成物からなる前記絶縁被膜塗料を前記中間層上に塗布する工程とを含み、前記有機金属化合物が有機カルボン酸金属錯体またはβ―ジケトン金属錯体であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属導体上に絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして形成したエナメル被覆絶縁電線に関し、特に高温でも金属導体と絶縁被膜との密着性が低下しにくいエナメル被覆絶縁電線およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エナメル被覆絶縁電線は、回転電機や変圧器などの電機機器のコイル用電線として広く用いられており、コイルの用途・形状に合致した断面形状(例えば、丸型や平角)に成形された金属導体の外層に単層または複数層の絶縁被膜が形成された構成をしている。該エナメル被覆絶縁電線(単に絶縁電線と言う場合もある)は、一般的にポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド等の樹脂を有機溶剤に溶解させた絶縁被膜塗料(絶縁塗料と言う場合もある)を金属導体に塗布・焼付けして作製される。
【0003】
近年、上記電機機器のコストダウンのために、製造工程では種々の自動化・高速化が進み、コイル巻線加工にも自動巻線機が導入されている。また、該電気機器の小型化のために、コイル巻線工程ではエナメル被覆絶縁電線を従来よりも高い張力の下で小径のコアに高密度で巻くようになってきた。このとき、エナメル被覆絶縁電線は強い屈曲や摩擦等にさらされるため、絶縁被覆が損傷する可能性が増大してきている。絶縁被覆の損傷はレアーショートやアース不良を引き起こしコイルの製品歩留まりを低下させることから、耐加工性により優れたエナメル被覆絶縁電線の開発が求められている。
【0004】
エナメル被覆絶縁電線における耐加工性の向上は、絶縁被覆の機械的強度を向上させたり、絶縁被覆の表面に潤滑性を付与したりする等して改良が重ねられているが、コイル巻線加工における最近の厳しい要求には十分応えきれていない。そこで、更なる耐加工性向上の手段として、金属導体と絶縁被膜との密着性向上が検討されている。これは、エナメル被覆絶縁電線に外力が加わった際、金属導体と絶縁被膜との剥離を防止することにより耐加工性を向上させるものである。
【0005】
金属導体と絶縁被膜との密着性向上の代表的な方法として、絶縁被膜塗料の改質がある。例えば、特許文献1には、銅導体上にポリイミド系絶縁塗料を塗布し焼き付けた絶縁電線において、ポリイミド系絶縁塗料が、ポリイミド系樹脂100重量部に対して、メラミン0.1〜20重量部を添加してなるポリイミド系絶縁塗料であることを特徴とする絶縁電線が開示されている。特許文献1によると、機械的強度、耐熱性、耐薬品性などに優れると共に、銅導体との密着性が顕著に優れたポリイミド系絶縁皮膜が形成された絶縁電線が提供されるとしている。これは、水酸基やアミノ基などの極性の高い末端基を絶縁被膜の樹脂に導入して、銅導体との相互作用を高める方法と考えられる。
【0006】
また、密着性向上の別の方法として、金属導体に表面処理を行い、中間層を介して絶縁被膜との密着性を高める方法が知られている。例えば、特許文献2には、芯線を予めアルコキシシラン化合物でコートした後、熱可塑性ポリエステル系樹脂またはその組成物で表面を被覆することを特徴とする電線が開示されている。これは、メルカプトアルコキシシランのメルカプト基やアミノアルコキシシランのアミノ基が銅と結合を作り易く、またシラノール基は縮合により金属や樹脂とも高い接着性を確保できることによる効果と考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−334735号公報
【特許文献2】特開2001−93340号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、電気機器に対する小型化の要求に加えて省エネ化・高出力化なども要求されており、その要求を満たすため、回転電機におけるインバータ制御の普及と共にインバータ制御における高電圧・大電流化(すなわち大電力化)がどんどん進展している。その結果、コイルの運転温度が従来よりも上昇する傾向にある。
【0009】
従来技術における樹脂の改質は、ベースとなる樹脂の特性のうちいずれかの特性を伸張させる代わりに犠牲となる特性が存在する場合があった。また、全ての特性を伸張させようとした場合、量産品の規格から外れる新規な樹脂に近づくため高コストになりやすい問題がある。一方、シランカップリング剤を用いて形成した中間層は、高温(例えば、150℃以上の温度)で熱劣化が進みやすい。特に長時間(例えば、1時間以上)高温にさらされた場合において中間層の熱劣化が顕著となり、金属導体と絶縁被膜との接着性が低下するという危惧があった。言い換えると、耐熱信頼性(長時間の耐熱性)の問題があった。
【0010】
したがって本発明の目的は、金属導体と絶縁被覆との密着性が高く、かつ高温でも金属導体と絶縁被膜との密着性が低下しにくいエナメル被覆絶縁電線とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記目的を達成するため、金属導体上に絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして絶縁被膜を形成するエナメル被覆絶縁電線の製造方法であって、金属成分が亜鉛(Zn)または錫(Sn)である有機金属化合物を含有する処理溶液を前記金属導体の直上に塗布する工程と、塗布した前記有機金属化合物に熱処理を施して前記金属成分の酸化物を含む中間層を前記金属導体に密着形成する工程と、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリウレタンのいずれかを主成分として含む樹脂組成物からなる前記絶縁被膜塗料を前記中間層上に塗布する工程とを含み、前記有機金属化合物が有機カルボン酸金属錯体またはβ―ジケトン金属錯体であることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線の製造方法を提供する。
【0012】
また、本発明は上記目的を達成するため、上記の本発明に係るエナメル被覆絶縁電線の製造方法において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記熱処理は非酸化性雰囲気中300℃以上500℃以下の温度で行われる。
(2)前記熱処理は酸化性雰囲気中150℃以上200℃以下の温度で紫外線を照射しながら行われる。
(3)前記処理溶液中の前記金属成分の濃度が0.001質量%以上1.0質量%以下である。
【0013】
また、本発明は上記目的を達成するため、金属導体の外周に絶縁被膜が形成されたエナメル被覆絶縁電線であって、前記金属導体と前記絶縁被覆との間に金属酸化物粒子を含有する中間層が形成され、前記金属酸化物粒子は亜鉛もしくは錫の金属酸化物および/または亜鉛もしくは錫と導体金属(前記金属導体の金属種)との複合金属酸化物からなり、前記金属酸化物粒子の平均粒子径が1 nm以上50 nm以下であることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線を提供する。
【0014】
また、本発明は上記目的を達成するため、上記の本発明に係るエナメル被覆絶縁電線において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(4)前記中間層は有機非晶質マトリックス中に前記金属酸化物粒子が分散した構造を有する。
(5)前記中間層の平均厚さが20 nm以上2000 nm以下である。
(6)前記絶縁被膜がポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリウレタンのいずれかを主成分とする樹脂組成物からなる。
(7)前記金属導体が銅(Cu)、銅合金、アルミニウム(Al)またはアルミニウム合金からなる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、金属導体と絶縁被覆との密着性が高く、かつ高温でも金属導体と絶縁被膜との密着性が低下しにくいエナメル被覆絶縁電線を提供することができる。また、本発明に係るエナメル被覆絶縁電線の製造方法は、低コストな原材料を用いることができるとともに生産性に優れており、その結果、高性能なエナメル被覆絶縁電線を低コストで提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るエナメル被覆絶縁電線の1例を示す横断面模式図である。
【図2】本発明に係るエナメル被覆絶縁電線の製造方法の1例を示すフロー図である。
【図3】実施例1における中間層の表面を観察した走査型電子顕微鏡像(SEM像)の1例である。
【図4】実施例1における導体金属と中間層との界面領域を観察した透過型電子顕微鏡像(TEM像)の1例と該TEM像のスケッチである。
【図5】実施例2における中間層の表面を観察した走査型電子顕微鏡像(SEM像)の1例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されるものではない。
【0018】
(エナメル被覆絶縁電線の構造)
図1は、本発明に係るエナメル被覆絶縁電線の1例を示す横断面模式図である。図1に示すように、本発明に係るエナメル被覆絶縁電線1は、金属導体2の外周に金属酸化物粒子を含有する中間層3が設けられ、その中間層3の外周に絶縁被覆4が設けられたものである。金属酸化物粒子は、亜鉛(Zn)もしくは錫(Sn)の金属酸化物、および/または亜鉛もしくは錫と導体金属(金属導体2の金属種)との複合金属酸化物からなり、金属酸化物粒子の平均粒子径は1 nm以上50 nm以下である。
【0019】
導体金属(金属導体2の金属種)としては、銅(Cu)、銅合金、アルミニウム(Al)またはアルミニウム合金を好ましく用いることができる。中間層3に含まれるZnやSnはCuよりも酸素(O)との結合力が強いことから、Cu上でそれ自身の酸化物やCuとの複合酸化物を形成するのに好適である。一方、Al自体はZnやSnよりも酸化しやすいが、表面に不動体の酸化皮膜を作るためにそれ以上の酸化が進みにくく、Al上でもZnやSnの酸化物を好適に形成できる。なお、ZnやSnの金属酸化物は、ZnOやSnOのように金属原子と酸素原子が1:1の化学量論比である必要は無く、化学量論比がずれていてもよい(例えば、金属原子が酸素原子より多くてもよい)。
【0020】
中間層3は、金属酸化物粒子の集合体であってもよいし、有機非晶質マトリックス中に金属酸化物粒子が分散した構造であってもよい。有機非晶質マトリックス中に金属酸化物粒子が分散した構造の場合、有機非晶質マトリックスが絶縁電線の屈曲時の応力を吸収することから、より高い耐屈曲性を有する利点がある。
【0021】
中間層3の平均厚さは、20 nm以上2000 nm以下が好ましく、20 nm以上500 nm以下がより好ましい。規定よりも薄いと、金属導体2と絶縁被覆4との密着性向上の効果がほとんど得られない。一方、規定よりも厚いと中間層3での内部応力が大きくなり、中間層3が金属導体2から剥離する要因となる。
【0022】
絶縁被膜4としては、極性官能基を持ったものが特に好ましく、例えば、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリウレタンなどを主成分とする樹脂組成物が好適である。これは、それら樹脂組成物の極性官能基が中間層3中の金属酸化物粒子との化学的相互作用により密着性を向上させる効果があるためである。なお、絶縁被覆4は単層でもよく、2層や3層などの複層でもよい。
【0023】
(エナメル被覆絶縁電線の製造方法)
図2は、本発明に係るエナメル被覆絶縁電線の製造方法の1例を示すフロー図である。はじめに、金属導体2の表面に付着している有機物等を除去して清浄化する。表面清浄化の方法に特段の限定はないが、製造の自動化や製造速度を考慮すると(例えば、インラインで表面清浄化工程を行う場合を想定すると)、陰極電解脱脂洗浄や紫外線照射などにより有機付着物を分解除去する方法が好ましい。
【0024】
次に、金属成分がZnまたはSnである有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体2を浸漬し、金属導体2の外周に該処理溶液を塗布する。該処理溶液は、有機金属化合物と溶媒とからなる。有機金属化合物としては、熱分解性を高め、かつ不要な分解生成物の形成を防止するため、炭素(C)、水素(H)、酸素(O)と、ZnまたはSnとからのみ構成されたものが好ましい。具体的には、例えば、2エチルヘキサン酸金属やネオデカン酸金属などの有機カルボン酸金属錯体、またはアセチルアセトン金属錯体などのβ―ジケトン金属錯体を好ましく用いることができる。これらの化合物は、原料が安価であり、かつ熱分解性が良好であるカルボキシル基やカルボニル基を有していることから次工程において容易に中間層3を形成できるという利点がある。
【0025】
処理溶液の溶媒としては、アルコール、アセトン、トルエンなどの有機溶媒(非水溶媒)を用いることが好ましい。非水溶液系の処理溶液を用いることで浸漬される金属導体2の腐食・酸化を抑制することが可能となる。なお、溶媒に有機金属化合物を溶解するにあたって処理溶液中の金属成分濃度に特段の制限は無いが、浸漬塗布における制御性の観点から、金属成分濃度は0.001質量%以上5.0質量%以下が好ましく、0.001質量%以上1.0質量%以下がより好ましい。
【0026】
次に、塗布した処理溶液を加熱・焼成し、金属導体2の外周に中間層3を密着形成する。加熱焼成により、有機成分は熱分解・燃焼して散逸し、金属成分は金属酸化物粒子(平均粒子径が1〜50 nm程度)を形成する。2エチルヘキサン酸金属やネオデカン酸金属などの金属錯体は、300℃程度以上の温度で熱分解を行うことが可能である。ただし、銅系(純銅や銅合金)の導体では、酸化性雰囲気中(例えば大気中)で200℃より高い温度(例えば250℃)に加熱すると厚い銅酸化皮膜が表面に形成され、外力が加わった場合、機械的最弱層として該銅酸化皮膜で剥離が生じ金属導体と絶縁被膜との密着性が損なわれる問題がある。そこで、本発明者らは、有機金属化合物の分解を熱エネルギーのみで行うのではなく、光エネルギーを併用する方法を検討した。その結果、低圧水銀ランプ光のような紫外線を用いれば、150〜200℃程度の低温で分解することが十分可能であり、形成される銅酸化膜も100 nm程度以下の厚さに抑制できることを見出した。また、希ガスハライドエキシマレーザーのような発振波長が紫外域にあるレーザーも有機金属化合物の低温分解に有効であることが判った。
【0027】
一方、非酸化性雰囲気中(例えば窒素中)で加熱焼成する場合は、300〜500℃程度の温度で熱処理してもよい。この場合、有機成分の一部を非晶質状態で残存させ、有機非晶質マトリックス中に金属酸化物粒子が分散した構造を有する中間層3を形成することができる。また、熱処理条件が金属導体を焼鈍するのに十分な条件である場合、「中間層形成のための熱処理」をもって「金属導体の焼鈍熱処理」を代用することができる。これは、製造工程の短縮につながり、コスト低減に寄与する。上記の酸化性雰囲気中の加熱焼成および非酸化性雰囲気中の加熱焼成のいずれにおいても、本工程により、金属酸化物粒子に起因する表面凹凸が顕著に存在する中間層3が金属導体2の外周に形成される。
【0028】
中間層3を形成した後、中間層3の外周に絶縁塗料を塗布し焼き付ける工程を行う。これにより、エナメル被覆絶縁電線1が得られる。絶縁塗料を塗布・焼付する方法に特段の制限は無く、従前の方法を利用することができる。絶縁塗料としては、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリウレタンのいずれかを主成分として含む樹脂組成物からなるものを用いることが好ましい。前述したように、それら樹脂組成物の極性官能基が中間層3中の金属酸化物粒子との化学的相互作用により密着性を向上させる効果があるためである。
【0029】
(本発明に係る中間層の意義と形成メカニズムに関する考察)
一般的に滑らかな状態の金属表面(特に、良導電体である銅、銀、金などの場合)は、高分子樹脂との接着力が低いことから、シランカップリング剤処理などによる中間層を金属表面上に形成して高分子樹脂との接合が行われていた。しかしながら、シランカップリング剤等から形成された従来の中間層は、有機官能基を介して高分子樹脂と化学結合しているため、高温(例えば、150℃以上)で数時間(例えば、1時間以上)の加熱を受けると有機官能基自体が構造変化したり分解したりして結合力(接着性)が低下する場合があった。
【0030】
これに対し、本発明に係る中間層3は、金属酸化物粒子を主要構成要素とすることから、従来と同様に高温(例えば、150℃以上)で数時間(例えば、1時間以上)の加熱を受けても構造変化したり分解したりしないため、長時間高温にさらされても導体と絶縁被膜との結合力(接着力)が低下せず、本質的に耐熱信頼性(長時間の耐熱性)に優れる利点がある。また、中間層3はその表面に該金属酸化物粒子に起因する凹凸を有し、接触面積の増大(いわゆるアンカー効果)等によって絶縁被膜4との密着性を向上させることができる。加えて、絶縁被膜4中の極性官能基と金属酸化物粒子との化学的相互作用により密着性を更に向上させることができる。
【0031】
一方、金属酸化物粒子を含有する層を形成する方法としては、スパッタリングや化学気相堆積法(CVD)といった気相法が他に考えられるが、それらの方法は真空プロセスであるため生産性が低かったり、設備・原料が高価であったりするなどの問題がある。また、液相法においても、陽極酸化のような電解質水溶液を用いる方法は、導体金属の腐食が起きやすいという問題がある。別の液相法として金属アルコキシドを原料とするゾル−ゲル法も考えられるが、原理上、前駆体の重縮合に多大な時間を要し、製造の高速化が要求されるエナメル被覆絶縁電線の製造工程には利用しにくい。
【0032】
これらに対し、本発明に係る製造方法は、有機金属化合物を含む処理溶液を金属導体上に塗布し所定の熱処理を施すだけであるため、製造の高速化・自動化に好適である。また、有機金属化合物の使用量がわずかでよいため材料コストも安く抑えられる利点がある。
【0033】
本発明に係る製造方法における中間層形成のメカニズムは以下のように推測される。一般的には、金属導体上に塗布した有機金属化合物を酸化性雰囲気中で加熱すると、該化合物が分解するのと同時に金属原子が酸化物となり、金属導体表面に金属酸化物の微粉末が堆積した状態になると考えられる。この場合、酸化物粉末の状態で下地の金属導体と接触しても強い結合力は生まれないため、このプロセスでは下地との密着力は得られない。
【0034】
しかしながら、本発明においては下地の金属導体と強固に密着した中間層が形成されることが確認された。この要因の1つとして金属成分濃度の低い処理溶液と厚さの薄い塗布膜が考えられる。具体的には、処理溶液中(塗布膜中)の金属成分原子の周りには多量の有機成分が存在し、有機金属化合物が熱分解した際に有機成分から還元性のH、CO、CH系物質が多量に生成される。その還元性物質によって、化合物中の金属成分は一時的に活性な金属原子として振る舞うことが許容され、金属導体の表面と強固に金属結合した(例えば、部分的に合金化した)粒子を形成するものと考えられる。その後、還元性物質の減少に伴って該金属粒子が酸化したものと考えられる。
【0035】
実際、本発明に係る絶縁電線の接合界面を詳細に調査したところ反応層のような領域が観察された。そのような構造を有する中間層は、他の一般的なめっきや蒸着の手法では形成困難で、本発明による有機金属化合物の焼成プロセスの手法において特有な微細構造と言える。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
(密着特性の試験評価方法)
後述する手順で作製したエナメル被覆絶縁電線(実施例1〜9および比較例1〜8)に対して次のような密着特性試験を行った。各エナメル被覆絶縁電線を250 mm離れた2つのクランプに固定し、電線長手方向と平行になるように2片の絶縁被膜を全長にわたって除去した。その後、室温環境において、一方のクランプを回転させ(他方は固定)、除去していない絶縁被膜が金属導体から浮いた時点(部分的な剥離が生じた時点)の回転回数を初期密着性として評価した。また、耐熱信頼性の評価として加熱後の密着性を調べた。各エナメル被覆絶縁電線に対して160℃の恒温槽中で6時間の加熱処理を行った後、上述と同様の密着特性試験を行った。
【0038】
(実施例1の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、はじめに陰極電解脱脂洗浄による表面清浄化を行った。電解洗浄液は10%水酸化ナトリウム水溶液を用いた。電解脱脂条件は、電流密度を5 A/dm2とし、洗浄時間を約2秒とし、温度を40〜50℃とした。その後、水洗・乾燥を行った。
【0039】
有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸亜鉛をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Zn濃度=0.5質量%)を用いた。熱処理条件は、窒素雰囲気中500℃で1分間保持とした。なお、本熱処理条件は金属導体を焼鈍するのに十分な条件であることから、本実施例では「中間層形成のための熱処理」をもって「焼鈍熱処理」を代用した(「中間層形成のための熱処理」と「焼鈍熱処理」とを同時に行った)。
【0040】
図3は、実施例1における中間層の表面を観察した走査型電子顕微鏡像(SEM像)の1例である。図3に示したように、中間層の表面には数nmオーダーの凹凸が確認され、この表面凹凸によってアンカー効果が発揮されるものと考えられる。また、図4は、実施例1における導体金属と中間層との界面領域を観察した透過型電子顕微鏡像(TEM像)の1例と該TEM像のスケッチである。なお、TEM像において粒子が重なって粒子形状が確認しにくい部分はスケッチから省き簡素化して示した。図4に示したように、有機金属化合物(実施例1では2エチルヘキサン酸亜鉛)に由来する非晶質マトリックスが金属導体と密着しており、その非晶質マトリックス中に金属酸化物粒子(実施例1ではZnO粒子)が分散している様子が確認された。また、該粒子を拡大して観察したところ結晶格子による等間隔のパターンが見られ、結晶化していることが確認された。この粒径5 nm程度の結晶粒子によって、図3のような表面凹凸が生じていると考えられた。
【0041】
絶縁塗料としてポリエステルイミド樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例1)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0042】
(実施例2の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:35 mW/cm、照射距離:10 cm)による紫外線照射を10分間行った後、該紫外線を照射しながら窒素雰囲気中500℃で1分間保持する表面清浄化 兼 焼鈍熱処理を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸亜鉛をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Zn濃度=0.5質量%)を用いた。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中200℃で30分間保持とした。紫外線照射は、熱処理炉に取り付けた低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:40 mW/cm、照射距離:10 cm)により行った。
【0043】
図5は、実施例2における中間層の表面を観察した走査型電子顕微鏡像(SEM像)の1例である。実施例2では紫外線照射と大気中熱処理の併用であることから有機成分の分解が進行しやすいと考えられ、図5に示したように、中間層における有機物残渣が少なく20〜30 nmの粒径を有するZnO粒子が全面に観察された。また、数十〜数百nmオーダーの表面凹凸が確認され、この表面凹凸によってアンカー効果が発揮されるものと考えられた。
【0044】
次に、絶縁塗料としてポリエステルイミド樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例2)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0045】
(実施例3の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸錫をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Sn濃度=0.5質量%)を用いた。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中200℃で30分間保持とした。紫外線照射は、5 HzのArFレーザー(波長:193 nm、出力:50 mJ/cm2)をビームスプリッタで2分割し、ミラーで方向を調節して被熱処理体の左右から行った。
【0046】
次に、絶縁塗料としてポリエステルイミド樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例3)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0047】
(実施例4の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、アセチルアセトン亜鉛をメタノール溶媒で希釈した処理溶液(Zn濃度=0.5質量%)を用いた。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中200℃で30分間保持とした。紫外線照射は、熱処理炉に取り付けた低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:40 mW/cm、照射距離:10 cm)により行った。
【0048】
次に、絶縁塗料としてポリエステルイミド樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例4)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0049】
(比較例1の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。次に、絶縁塗料としてポリエステルイミド樹脂組成物塗料を用い、金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例1)を作製した。すなわち、比較例1は、実施例2と比較して中間層を具備しないエナメル被覆絶縁電線である。
【0050】
(比較例2の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、メルカプトシラン化合物を用いて金属導体の表面にシランカップリング処理を行った。次に、絶縁塗料としてポリエステルイミド樹脂組成物塗料を用い、シランカップリング処理した金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例2)を作製した。すなわち、比較例2は、実施例2と比較して従来の有機中間層を具備するエナメル被覆絶縁電線である。
【0051】
(比較例3の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、ゾル−ゲル法による処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。ゾル−ゲル法による処理溶液としては、亜鉛イソプロポキシドをイソプロパノールに加え、更にジエタノールアミンを加えて室温で10時間撹拌したもの(Zn濃度=0.5 mol/L)を用いた。アミンは安定化のために加えており、亜鉛イソプロポキシドとジエタノールアミンは等モル量とした。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中200℃で100分間保持とした。紫外線照射は、熱処理炉に取り付けた低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:40 mW/cm、照射距離:10 cm)により行った。
【0052】
次に、絶縁塗料としてポリエステルイミド樹脂組成物塗料を用い、金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例3)を作製した。すなわち、比較例3は、本発明に規定する製造方法でない製造方法によって形成した中間層を具備するエナメル被覆絶縁電線である。
【0053】
(実施例5の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例1と同様の手順により表面清浄化工程を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸亜鉛をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Zn濃度=0.1質量%)を用いた。熱処理条件は、窒素雰囲気中300℃で20分間保持とした。本実施例では「中間層形成のための熱処理」をもって「焼鈍熱処理」を代用した。
【0054】
次に、絶縁塗料としてポリアミドイミド樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例5)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0055】
(実施例6の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸亜鉛をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Zn濃度=0.1質量%)を用いた。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中150℃で40分間保持とした。紫外線照射は、熱処理炉に取り付けた低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:40 mW/cm、照射距離:10 cm)により行った。
【0056】
次に、絶縁塗料としてポリアミドイミド樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例6)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0057】
(比較例4の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。次に、絶縁塗料としてポリアミドイミド樹脂組成物塗料を用い、金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例4)を作製した。すなわち、比較例4は、実施例5と比較して中間層を具備しないエナメル被覆絶縁電線である。
【0058】
(比較例5の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、メルカプトシラン化合物を用いて金属導体の表面にシランカップリング処理を行った。次に、絶縁塗料としてポリアミドイミド樹脂組成物塗料を用い、シランカップリング処理した金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例5)を作製した。すなわち、比較例5は、実施例5と比較して従来の有機中間層を具備するエナメル被覆絶縁電線である。
【0059】
(実施例7の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸亜鉛をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Zn濃度=0.01質量%)を用いた。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中200℃で30分間保持とした。紫外線照射は、熱処理炉に取り付けた低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:40 mW/cm、照射距離:10 cm)により行った。
【0060】
次に、絶縁塗料としてポリイミド樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例7)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0061】
(比較例6の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。次に、絶縁塗料としてポリイミド樹脂組成物塗料を用い、金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例6)を作製した。すなわち、比較例6は、実施例7と比較して中間層を具備しないエナメル被覆絶縁電線である。
【0062】
(実施例8の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸亜鉛をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Zn濃度=1.0質量%)を用いた。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中200℃で30分間保持とした。紫外線照射は、熱処理炉に取り付けた低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:40 mW/cm、照射距離:10 cm)により行った。
【0063】
次に、絶縁塗料としてポリエステル樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例8)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0064】
(比較例7の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。次に、絶縁塗料としてポリエステル樹脂組成物塗料を用い、金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例7)を作製した。すなわち、比較例7は、実施例8と比較して中間層を具備しないエナメル被覆絶縁電線である。
【0065】
(実施例9の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。その後、有機金属化合物を含有する処理溶液中に金属導体を浸漬して該処理溶液を塗布し、溶媒乾燥後、中間層形成のための熱処理を行った。有機金属化合物を含有する処理溶液中に処理溶液としては、2エチルヘキサン酸錫をアセトンとトルエンとの1対1混合溶媒で希釈した処理溶液(Sn濃度=0.1質量%)を用いた。熱処理条件は、紫外線を照射しながら大気中200℃で30分間保持とした。紫外線照射は、熱処理炉に取り付けた低圧水銀ランプ(主波長:254 nm、ランプ強度:40 mW/cm、照射距離:10 cm)により行った。
【0066】
次に、絶縁塗料としてポリウレタン樹脂組成物塗料を用い、中間層の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(実施例8)を作製した。本工程は従前の方法により行った。
【0067】
(比較例8の作製)
金属導体として線径1.0 mmの銅線を用い、実施例2と同様の手順により表面清浄化工程と焼鈍熱処理を行った。次に、絶縁塗料としてポリウレタン樹脂組成物塗料を用い、金属導体の外周に該絶縁塗料を塗布・焼き付けする工程を行って厚さ30μmの絶縁被膜を有するエナメル被覆絶縁電線(比較例8)を作製した。すなわち、比較例8は、実施例9と比較して中間層を具備しないエナメル被覆絶縁電線である。
【0068】
上記のエナメル被覆絶縁電線(実施例1〜9および比較例1〜8)に対して、前述した密着特性試験を行った。結果を表1に示す。なお、表1には併せて中間層の平均厚さを示した。この平均厚さは次のような方法で求めた。作製した絶縁電線を互いに離れた3か所で切断・研磨して、横断面のSEM像から中間層の厚さを計測し、該3か所での測定値を平均して中間層の平均厚さとした。
【0069】
【表1】

【0070】
表1から判るように、本発明に係る実施例1〜9のエナメル被覆絶縁電線は、それぞれ同じ絶縁被膜を用いた比較例のエナメル被覆絶縁電線と比べて、初期密着性および加熱後密着性が向上することが確認された。具体的には、中間層を具備しない絶縁電線に比して、初期密着性が9〜14回の向上を示した。なお、本密着特性試験(捻回剥離試験)では捻回回数の増加に伴って負荷が急激に増大することから、今回の回数向上の試験結果は大きな有意差であると言える。
【0071】
また、シランカップリング処理による絶縁電線(比較例2と比較例5)は良好な初期密着性を有するが、加熱後密着性が大きく劣化した。これに対し、本発明に係る絶縁電線は、シランカップリング処理による絶縁電線と同等の初期密着性を有し、かつ高い耐熱信頼性を有することが実証された。
【0072】
さらに、伸びや曲げに対する追随性(可撓性や耐久性)に関しては、有機非晶質マトリックス中に金属酸化物粒子が分散した中間層の方が、屈曲時の応力を吸収し易いことから、より高い特性を有すると考えられる。この観点を考慮して表1の結果を見ると、初期密着性において、有機非晶質マトリックス中に金属酸化物粒子が分散した中間層の方が金属酸化物粒子のみからなる中間層よりも若干高い特性が得られる傾向が見られた。
【0073】
一方、比較例3の絶縁電線は、初期密着性と加熱後密着性のいずれも劣化していた。これは、ゾル−ゲル法による処理溶液を用いて中間層を形成しようとした場合、200℃程度の温度域ではエネルギー的に結晶粒子の形成(すなわち核生成と粒成長)が困難であったことを示唆している。その結果、金属酸化物粒子に起因する機械的効果(アンカー効果)や化学的効果(極性官能基と金属酸化物粒子との化学的相互作用)が得られなかったものと考えられる。また、中間層における残存有機物がかえって加熱後密着性を低下させたものと考えられる。この結果を勘案すると、本発明に係る製造方法は、製造工程における温度マージンが大きい優れた製造方法であると言える。
【符号の説明】
【0074】
1…エナメル被覆絶縁電線、2…金属導体、3…中間層、4…絶縁被覆。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属導体上に絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして絶縁被膜を形成するエナメル被覆絶縁電線の製造方法であって、
金属成分が亜鉛または錫である有機金属化合物を含有する処理溶液を前記金属導体の直上に塗布する工程と、
塗布した前記有機金属化合物に熱処理を施して前記金属成分の酸化物を含む中間層を前記金属導体に密着形成する工程と、
ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリウレタンのいずれかを主成分として含む樹脂組成物からなる前記絶縁被膜塗料を前記中間層上に塗布する工程とを含み、
前記有機金属化合物が有機カルボン酸金属錯体またはβ―ジケトン金属錯体であることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のエナメル被覆絶縁電線の製造方法において、
前記熱処理は非酸化性雰囲気中300〜500℃の温度で行われることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のエナメル被覆絶縁電線の製造方法において、
前記熱処理は酸化性雰囲気中150〜200℃の温度で紫外線を照射しながら行われることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のエナメル被覆絶縁電線の製造方法において、
前記処理溶液中の前記金属成分の濃度が0.001〜1.0質量%であることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線の製造方法。
【請求項5】
金属導体の外周に絶縁被膜が形成されたエナメル被覆絶縁電線であって、
前記金属導体と前記絶縁被覆との間に金属酸化物粒子を含有する中間層が形成され、
前記金属酸化物粒子は亜鉛もしくは錫の金属酸化物および/または亜鉛もしくは錫と導体金属との複合金属酸化物からなり、
前記金属酸化物粒子の平均粒子径が1〜50 nmであることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線。
【請求項6】
請求項5に記載のエナメル被覆絶縁電線において、
前記中間層は、有機非晶質マトリックス中に前記金属酸化物粒子が分散した構造を有することを特徴とするエナメル被覆絶縁電線。
【請求項7】
請求項5または請求項6に記載のエナメル被覆絶縁電線において、
前記中間層の平均厚さが20〜2000 nmであることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線。
【請求項8】
請求項5乃至請求項7のいずれかに記載のエナメル被覆絶縁電線において、
前記絶縁被膜がポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリウレタンのいずれかを主成分とする樹脂組成物からなることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線。
【請求項9】
請求項5乃至請求項8のいずれかに記載のエナメル被覆絶縁電線において、
前記金属導体が銅、銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなることを特徴とするエナメル被覆絶縁電線。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−29100(P2011−29100A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−175944(P2009−175944)
【出願日】平成21年7月29日(2009.7.29)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】