説明

エロンゲーション法の分子軌道演算装置、該方法、該プログラム及び記録媒体

【課題】 本発明は、エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算装置、方法、プログラム及び記録媒体を提供する。
【解決手段】 本発明のエロンゲーション法の分子軌道演算装置は、自己無撞着場法の演算のフォック行列を作成する際に、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−nとすると、r’,s’,t’,u’≦0の範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0の範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0の範囲、t’>0かつr’,u’≦0の範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0の範囲が演算され、アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分はクーロン項及び交換項が演算され、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分はクーロン項が演算される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非経験的分子軌道法により分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算装置に関し、特に、エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算装置、エロンゲーション法の分子軌道演算方法、エロンゲーション法の分子軌道演算プログラム及び該エロンゲーション法の分子軌道演算プログラムを記録した記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
分子の物性は、分子を構成する原子の種類や電子状態と密接に関係している。分子の電子状態が分かれば、例えば、エネルギーの座標による微分を解析的に求めること(所謂エネルギー勾配法)により、分子のエネルギーが極小となる安定構造、遷移状態の構造及び基準振動解析等を行うことができる。また例えば、分子の反応において反応座標に対するポテンシャルエネルギーを計算することにより、その平衡点として反応系、生成系、反応中間体、遷移状態が求められる。その他、振動スペクトル、電子スペクトル、双極子モーメント、イオン化ポテンシャル、分極率及びスピン密度等を求めることができる。このように分子の電子状態が分かれば様々な分子の物性を求めることができる。
【0003】
この分子の電子状態を量子力学に基づいて近似的に求める方法として分子軌道法がある。分子の電子状態は、分子軌道によって表され、この分子軌道は、ハートリー・フォック・ローターン方程式(以下、「HFR方程式」と略記する。)と呼ばれる方程式を解くことによって得られる。このHFR方程式は、系の波動関数を1個のスレーター行列式で近似した場合に、それが基底状態に対する最良の近似となるスピン軌道の組を探し出すための方程式である。
【0004】
また、分子軌道法は、HFR方程式を解く際に利用される近似の程度によって、ヒュッケル法や拡張ヒュッケル法に代表される経験的分子軌道法、2電子積分の特定の項を充分小さな値として無視すると共に計算パラメータに実測値を用いる半経験的分子軌道法、及び、物理定数を除き実測値を用いずに第1原理から全て計算によって求める非経験的分子軌道法の3つに大きく分類される。経験的分子軌道法や半経験的分子軌道法は、計算結果が近似方法やパラメータに依存するなど信頼性に欠けるという欠点を有するが、非経験的分子軌道法は、このような欠点がない点で優れている。このような非経験的分子軌道法を実行するアプリケーションプログラムとして、例えば、Gaussian94/98/03(米国、Gaussian.Inc.製)やGAMESS(米国、NRCC製)等がある。
【0005】
実際に非経験的分子軌道法を用いて分子の電子状態を計算する場合、分子を構成する原子の個数Nの増加に従って計算時間が激増する。この計算時間は、一般に原子の個数Nの3乗から4乗に比例すると言われている。そのため、数個の原子から構成される分子では、実用的な時間内に分子の電子状態を計算することができるが、高分子等の多数の原子から構成される巨大分子では、実用的な時間内に分子の電子状態を計算することができず、実質的に分子の電子状態を計算することが難しかった。
【0006】
そこで、本発明の一部の発明者らは、非周期性高分子の電子状態を計算するエロンゲーション法(Elongation Method)を開発した。このエロンゲーション法は、出発物(出発クラスタ)としてのオリゴマーに対し高分子の重合反応を追跡する如く順次付加物(フラグメント)としてのモノマーを付加することにより目的の高分子まで伸長させるが、そのフラグメントを付加する都度、正準分子軌道(Canonical Molecular Orbitals、以下、「CMOs」と略記する。)基底の代わりに後述の局在化分子軌道(Localized Molecular Orbitals、以下、「LMOs」と略記する。)を用いて電子状態を計算することにより、目的の高分子における電子状態を逐次的に計算する方法である。このエロンゲーション法を用いた分子の電子状態を求める分子軌道法は、例えば、非特許文献1、非特許文献2及び特許文献1等に開示されており、これを以下に概説する。
【0007】
図7は、背景技術におけるエロンゲーション法により分子の電子状態を求める分子軌道演算方法を示すフローチャートである。図8は、エロンゲーション法により分子の電子状態を求める分子軌道演算方法を説明するために各処理における分子軌道を模式的に示す図である。図9は、アクティブLMOにフラグメントを付加する場合の演算を説明するための図である。図10は、エロンゲーション法の逐次計算を説明するための図である。
【0008】
図7乃至図10において、エロンゲーション法により分子の電子状態を求める分子軌道演算方法は、まず、電子状態を計算したい目的の高分子に対する出発クラスタを決定し、この出発クラスタにおける原子軌道(Atomic Orbitals、以下、「AOs」と略記する。)基底によるCMOsを求める(S101)。この初期の出発クラスタは、目的の高分子における一方端から、LMOsが構築可能であって公知の分子軌道演算方法により電子状態が演算可能な長さまで、の原子数から成る目的の高分子における一部分である。LMOsが構築可能であるということは、出発クラスタの一方端における原子による相互作用がその他方端における原子に実質的に及ばないと共に他方端における原子による相互作用が実質的にその一方端における原子に及ばないことである。出発クラスタの長さは、それを構成する原子の種類によって変動するが、例えば、通常、10オングストロームから20オングストロームの長さになる。
【0009】
次に、出発クラスタの分子軌道(Molecular Orbitals、以下、「MOs」と略記する。)におけるAOs基底を混成原子軌道(hybridized Atomic Orbitals、以下、「HAOs」と略記する)基底に変換する(S102)。処理S101で求めたAOs基底によるCMOsは、図8(A)に模式的に示すように出発クラスタ全体に広がっているが、この変換により、図8(B)に模式的に示すように、出発クラスタの各原子間に存在するようになる。この変換は、式21乃至式25を用いることによって演算することができる。
【0010】
【数1】

【0011】
ここで、Saxは、原子aと原子x(x=b、c、d、e)との間における重なり積分であり、Saxは、Saxの転置行列である。以下同様に上付き添え字の+は、転置行列であることを表す。上付きバーのUal(l=1,2,3,4)は、Saxaxの固有関数あり、そして、λalは、その固有値である。b、c、d、eは、sp混成軌道の各軌道である。
【0012】
【数2】

【0013】
ここで、Uxは、変換行列であり、x=a,b,c,d、・・・である。
【0014】
【数3】

【0015】
ここで、Cは、元の原子軌道を基底とした分子軌道係数であり、C’は、混成軌道を基底とした分子軌道係数である。
【0016】
【数4】

【0017】
ここで、ψ’は、同様に混成軌道基底によるj番目の分子軌道であり、χは、原子軌道である。
【0018】
【数5】

【0019】
ここで、F’は、式25−1で表され、S’は、式25−2で表され、C’は、式25−3で表される。
【0020】
【数6】

【0021】
次に、出発クラスタにおけるHAOs基底によるCMOsから、特定の場所に軌道の位相が大きくなるように局在化した出発クラスタのAOs基底によるLMOsを作成する(S103)。このAOs基底によるLMOsの作成では、図8(C)に模式的に示すように、フラグメントが付加されない出発クラスタの一方端側(フローズンLMO領域A、Frozen LMO part)に軌道の位相が大きくなるように局在化したフローズンLMOs(Frozen LMOs)φと、フラグメントが付加される出発クラスタの他方端側(アクティブLMO領域B、Active LMO part)に軌道の位相が大きくなるように局在化したアクティブLMOs(Active LMOs)φとが作成される。このように出発クラスタをフローズンLMO領域とアクティブLMO領域とに分けるのは、出発クラスタとフラグメントとの相互作用は、フラグメントが付加される出発クラスタの他方端(反応末端)側でのみ起こり、フラグメントが付加されない一方端側では実質的に無視し得る程度でしか起こらないと考えられるからである。このAOs基底によるLMOsを作成する局在化処理は、式26乃至式31を用いることによって演算することができる。
【0022】
【数7】

【0023】
【数8】

【0024】
【数9】

【0025】
【数10】

【0026】
【数11】

【0027】
【数12】

【0028】
ここで、αijは、式31−1で表され、βijは、式31−2で表され、γijは、式31−3で表され、θは、式31−4で表され、ωは、式31−5で表される。
【0029】
【数13】

【0030】
次に、出発クラスタにフラグメントを付加した場合におけるMOを演算する(S104)。分子の電子状態は、例えば、フォック行列(F行列)を自己無撞着場法(Self-consistent field、SCF法)によって解くことにより求められる。このSCF法は、まず、初期電子密度を用いたF行列を対角化することによって新しい電子密度を求める。そして、この新しい電子密度を初期電子密度としてF行列を対角化することによって次の新しい電子密度を求める。これを初期電子密度とした電子密度とF行列を対角化することによって求められた電子密度とが略一致するまで繰り返す。このような手順によってSCF法では、F行列を解いている。
【0031】
このSCF法において、通常、図9(C)に示すAO基底のF行列FAOを対角化しなければならないが、LMOs基底とすることにより、このF行列FAOは、図9(A)、(B)に模式的に示すようにフラグメント(Attacking Molecule)がアクティブLMOsとのみ相互作用するので、図9(C)に示すFLMO11、FLMO12、FLMO13、FLMO21及びFLMO31の逆L字形領域部分における各要素が0として扱えることになるから、FLMO22、FLMO23、FLMO32及びFLMO33の右下領域部分のみでSCF法を実行すればよいことになる。従って、全系をまともに扱う分子軌道演算方法に較べて、計算量が軽減され、効率よく高速に演算することができる。
【0032】
ここで、FLMO11は、フローズンLMOsの各軌道が自己の各軌道と作用する相互作用に関する各行列要素であり、FLMO12は、フローズンLMOsの各軌道がアクティブLMOsの各軌道と作用する相互作用に関する各行列要素であり、FLMO13は、フローズンLMOsの各軌道がフラグメントの各軌道と作用する相互作用に関する各行列要素である。FLMO21は、アクティブLMOsの各軌道がフローズンLMOsの各軌道と作用する相互作用に関する各行列要素であり、FLMO22は、アクティブLMOsの各軌道が自己の軌道と作用する相互作用に関する各行列要素であり、FLMO23は、アクティブLMOsの各軌道がフラグメントの各軌道と作用する相互作用に関する各行列要素である。そして、FLMO31は、フラグメントの各軌道がフローズンLMOsの各軌道と作用する相互作用に関する各行列要素であり、FLMO32は、フラグメントの各軌道がアクティブLMOsの各軌道と作用する相互作用に関する各行列要素であり、FLMO33は、フラグメントの各軌道が自己の軌道と作用する相互作用に関する各行列要素である。
【0033】
この出発クラスタにフラグメントを付加した場合におけるMOを演算するフラグメント付加後分子軌道演算処理は、上述のポリエチレンの場合を考えると、式32及び式33になり、式32で破線で区切られた右下部分のみ演算すればよい。
【0034】
【数14】

【0035】
ここで、Hoccij(X,Y)は、式33で表される。
【0036】
【数15】

【0037】
ここで、φ(occ,X)は、領域X(Xはフローズン領域あるいはアクティブ領域)に局在化したj番目の占有軌道である。
【0038】
次に、出発クラスタにフラグメントを付加したものが目的の高分子であるか否かを判断する(S105)。判断の結果、目的の高分子ではない場合には、処理S104で求めた出発クラスタにフラグメントを付加したものを新たな出発クラスタに見なし、処理を処理S102に戻し、一方、判断の結果、目的の高分子である場合には、分子軌道の演算を終了する。
【0039】
このように動作することによって、図10(A)乃至(G)に示すように、出発クラスタにフラグメントが順次に付加されつつ、その付加の都度、電子状態が逐次演算される。図10において、楕円形のシンボルは、フラグメントであり、例えば、電子状態を計算する目的の物質が高分子である場合には、モノマーである。
【0040】
ここで、アクティブLMO領域から遠く離れた末端部分(フローズンAO領域)では、フラグメントとの相互作用に寄与しないので電子状態を固定することができるから、処理S102から処理S105の繰り返し計算において計算対象から外すことができる。従って、処理S102から処理S105の繰り返し計算は、一定の長さの領域(アクティブAO領域)において実行され、しかも、このアクティブAO領域は、フラグメントが付加されるごとに、フラグメントが付加される他方端側へ順次移動(シフト)することになる。このため、計算精度を落とすことなく、効率的に、フラグメントの付加後における電子状態を演算することができる。このフローズンAO領域は、フローズンLMOにおけるフラグメントとの相互作用が所定の閾値(例えば、10−5a.u.や10−6a.u.、a.u.は、原子単位を意味する。)以下である領域である。
【0041】
図10に模式的に示す例では、図10(A)に示すように出発クラスタは、2個のフラグメントから成り、図10(D)で示すように5個のフラグメントでアクティブAO領域が構成されている。そのため、図10(E)に示すように、6個のフラグメントになった場合に1個のフラグメントのフローズンAO領域が発生し、図10(F)及び(G)に示すように、フラグメントが付加されるごとにフラグメントの付加される他方端側へ順次フローズンAO領域が伸長し、そして、アクティブAO領域がフラグメントの付加される他方端側へ順次シフトしている。
【0042】
ここで、図10において、斜線で示す楕円形のシンボルは、アクティブAO領域のフラグメントを示し、白抜きで示す楕円形のシンボルは、フローズンAO領域のフラグメントを示す。また、図10に示す例では、フラグメントの付加される端の2個のフラグメントにおいて軌道が局在化され、フラグメントの付加される他方端側の1個において、軌道が局在化され、それぞれフローズンLMOs及びアクティブLMOsが形成されている。このフローズンLMOs及びアクティブLMOsが形成される領域、即ち、フローズンLMO領域AとアクティブLMO領域Bとから成る領域(図11では3個のフラグメント長の領域)を局在化領域と呼称することとする。
【0043】
このように背景技術に係るエロンゲーション法により分子の電子状態を求める分子軌道演算方法は、電子状態を計算したい巨大分子に対し出発クラスタにフラグメントを順次付加する構造を想定し、出発クラスタ上のMOsに関しては、適当なユニタリ変換によりフラグメントのMOsと強く相互作用するアクティブLMO領域に局在化した出発クラスタ上のLMOsを作成し、フラグメント上のCMOsと併せてSCF法で固有値問題を解くことにより巨大分子全体の電子状態を算出する方法である。
【非特許文献1】Akira Imamura,Yuriko Aoki,and Koji Maekawa“A theoretical synthesis of polymers by using uniform localization of molecular orbirals:Proposal of an elongation method”,J.Chem.Phys.,Vol.95,pp5419-5431(1991)
【非特許文献2】青木百合子、“プロジェクトの研究内容”、[online]、インターネット<http://aoki.cube.Kyushu-u.ac.jp/text/contents/JST_project/JST_content_new.html>、[平成16年8月31日検索]
【特許文献1】特開2003−012567号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0044】
ところで、エロンゲーション法により分子の電子状態を求める場合に、HFR方程式を解く際に、通常、単純にSCF法を用いているため、計算時間を短縮するために改良の余地がある。
【0045】
本発明は、上述の事情に鑑みて為された発明であり、背景技術よりもより高速に解析可能なエロンゲーション法の分子軌道演算装置、エロンゲーション法の分子軌道演算方法、エロンゲーション法の分子軌道演算プログラム及びエロンゲーション法の分子軌道演算プログラムを記録した記録媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0046】
上述の目的を達成するために、本発明の一態様に係る、エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算装置は、前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行することを特徴とする。
【0047】
そして、上述の目的を達成するために、本発明の他の一態様に係る、エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算方法は、前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行することを特徴とする。
【0048】
また、上述の目的を達成するために、本発明の他の一態様に係る、エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求める、コンピュータに実行させるためのエロンゲーション法の分子軌道演算プログラムは、前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行することを特徴とする。
【0049】
さらに、上述の目的を達成するために、本発明の他の一態様に係る、エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求める、コンピュータに実行させるためのエロンゲーション法の分子軌道演算プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体は、前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行することを特徴とする。
【発明の効果】
【0050】
このような構成のエロンゲーション法の分子軌道演算装置、エロンゲーション法の分子軌道演算方法、エロンゲーション法の分子軌道演算プログラム及びエロンゲーション法の分子軌道演算プログラムを記録した記録媒体では、自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行する。そのため、演算結果に実質的に寄与しない計算を省略してSCF法を実行することができるので、背景技術に較べて高速にSCF法を実行することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0051】
本発明に係るカットオフ処理は、エロンゲーション法にSCF法を用いて分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算装置に適用することができ、高速にSCF法を実行することができる。
【0052】
本実施形態は、本発明に係るカットオフ処理を背景技術における処理S104のフラグメント付加後の分子軌道演算処理に適用した実施形態であり、さらに、背景技術における処理S103の局在化処理も工夫し、より一層の高速化を図っている。即ち、エロンゲーション法により分子の電子状態を求める際に、正準分子軌道基底の領域局在化分子軌道に変換する変換行列をYCMORLMOと、領域原子軌道基底の正準分子軌道を表す行列の転置行列をCROCMO+と、領域原子軌道基底の密度行列DROにおいて非対角ブロックにおける要素をヤコビ法によって消去するための変換行列をUと、原子軌道基底の領域局在化分子軌道を表す行列をCAORLMOと、そして、原子軌道基底の正準分子軌道を表す行列をCAOCMOとした場合に、後述の式13及び式14を用いて原子軌道基底の正準分子軌道を領域局在化分子軌道に変換する局在化処理を実行している。そして、SCF法の演算におけるF行列を作成する際に、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、
アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行している。
【0053】
以下、本発明に係るこのような実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、その説明を省略する。
(実施形態の構成)
図1は、実施形態におけるエロンゲーション法の分子軌道演算装置の構成を示すブロック図である。図2は、直交原子軌道基底の密度行列DOAOを領域原子軌道ROに変換する変換行列Tの求め方を説明するための図である。
【0054】
図1において、エロンゲーション法の分子軌道演算装置1は、演算処理部11、入力部12、出力部13、内部記憶部14、補助記憶部16及びバス18を備えて構成される。
【0055】
演算処理部11は、例えば、マイクロプロセッサ及びその周辺回路等を備えて構成され、機能的に、分子軌道演算部111、領域局在化演算部112及び付加後分子軌道演算部113を備えると共に、制御プログラムに従い入力部12、出力部13、内部記憶部14及び補助記憶部16を当該機能に応じてそれぞれ制御する。
【0056】
分子軌道演算部111は、出発クラスタにおけるAO基底によるCMOsを公知の分子軌道演算方法により演算する。この公知の分子軌道演算方法は、例えば、「廣田穣著、“化学新シリーズ 分子軌道法”、裳華房、1999年4月30日第1刷発行」に開示されている。
【0057】
領域局在化演算部112は、出発クラスタにおけるAO基底によるCMOsを後述の変換行列Yを用いて直接的にLMO基底によるCMOsに変換する。
【0058】
この変換行列Yは、次のようにして求めることができる。まず、AO基底の密度行列Dは、式1のように表される。
【0059】
【数16】

【0060】
ここで、Cは、正準分子軌道である。そして、上付き添え字は、新しい状態を示し、下付き添え字は、基底を表す。以下も同様である。従って、CAOCMOは、AO基底の正準分子軌道である。また、dは、対角占有数行列である。そして、AOからCMOへの変換は、式2によって定義される。なお、アルファベットの数が限られていることから、背景技術における文字と発明を実施するための最良の形態における文字とは、同一の意味であるとは限らない。
【0061】
【数17】

【0062】
ここで、φCMOは、i番目の正準軌道であり、χmAOは、m番目の原子軌道である。
【0063】
制限ハートリー・フォック波動関数に対しては、占有数は、二重占有であるか非占有であるかに応じて2及び0の何れかとなる。CMOがAOの重なり積分SAOと共に規格直交条件である式3を満たす場合には、式1は、式4を満たす。
【0064】
【数18】

【0065】
【数19】

【0066】
ここで、非直交原子軌道基底から直交原子軌道基底(OAO)に変換しておくと、計算をスムーズに進めることができる。そのためにオリジナルの基底関数からのズレが一番小さいレフディンの対称直交化の手法を用いる。オリジナルな基底関数とは、一般的に非直交原子軌道基底によって得られた正準軌道である。この非直交原子軌道基底における密度行列DAOを直交原子軌道基底に変換する変換行列Xは、SAOを対角化することによって得られ、式5のように表される。
【0067】
【数20】

【0068】
ここで、Vは、SAOの固有ベクトルであり、eは、SAOの固有値である。従って、直交原子軌道基底による密度行列DOAOは、式6となる。
【0069】
【数21】

【0070】
よって、式1、式6及びXX=XX=SAOから式7が導かれる。
【0071】
【数22】

【0072】
式7から分かるように、結局、DOAOの固有値は、2及び0の何れかでなければならない。固有値が2の場合は二重占有軌道であり、固有値が0の場合は非占有軌道である。
【0073】
次に、フローズン領域及びアクティブ領域に対する占有軌道と非占有軌道とを求める。この軌道を領域局在化分子軌道(Regional Localized molecular Orbitals、以下、「RLMO」と略記する。)と呼称することとする。
【0074】
図2において、フローズンLMO領域及びアクティブLMO領域に対する占有軌道と非占有軌道とを求めるには、まず、図2(A)、(B)に示すように、DOAOのサブブロックであるとフローズンLMO領域におけるDOAO(A)とアクティブLMO領域におけるDOAO(B)に分離し、これを対角化することによって領域原子軌道空間を作成する。対角化に当たって、DOAO(A)の固有ベクトルT及びDOAO(B)の固有ベクトルTは、領域原子軌道(Regional Atomic Orbitals、以下、「ROs」と略記する。)において、二重占有軌道、1重占有軌道及び空(非占有軌道)の各軌道にそれぞれ分けられる。そのため、T及びTは、図2(C)に示すように、図中「occ」で示す二重占有軌道及び1重占有軌道の要素で各行列要素が構成される左側のサブブロックSuboA、SuboBと、図中「vac」で示す非占有軌道の要素で各行列要素が構成される右側のサブブロックSubvA、SubvBとに分けられる。即ち、Tがa行b列の行列であってm列までが二重占有軌道及び1重占有軌道の要素であるとすると、SuboAは、1からm列までとなり、SubvAは、m+1列からb列までとなる。但し、m<b、n<dである。また、Tがc行d列の行列であってn列までが二重占有軌道及び1重占有軌道の要素であるとすると、SuboBは、1からn列までとなり、SubvBは、n+1列からd列までとなる。そして、フローズンLMO領域における1重占有軌道は、結合/反結合の組を成すためにアクティブ領域における1重占有軌道の混成結合軌道と結合する混成結合軌道であるが、この代わりに、フローズンLMO領域における各1重占有軌道からアクティブLMO領域における1重占有軌道に見かけ上移すことにより、近似的に全てのROが二重占有軌道及び非占有軌道の何れかの軌道とすることができる。また、水素結合によって水分子が結合するような非結合系では、当然、二重占有軌道及び非占有軌道である。従って、直交原子軌道基底の密度行列DOAOを領域軌道ROに変換する変換行列Tは、図2(D)に示すように、その1行1列からa行m列までの各要素がSuboAの各要素であり、その1行m+1列からa行m+n列までの各要素が0であり、その1行m+n+1列からa行b+n列までの各要素がSuboAの各要素であり、その1行b+n+1列からa行b+d列までの各要素が0であり、そのa+1行1列からa+c行m列までの各要素が0であり、そのa+1行m+1列からa+c行m+n列までの各要素がSuboBの各要素であり、そのa+1行m+n+1列からa+c行b+n列までの各要素が0であり、そのa+1行b+n+1列からa+c行b+d列までの各要素がSuboBの各要素である行列となる。
【0075】
以上の演算方法によってT及びTからTを求める演算子を“$”で表すこととすると、Tは、式8で表すことができる。
【0076】
【数23】

【0077】
式8からROの密度行列Dは、式9となり、正準分子軌道CMOから領域原子軌道ROへ変換する行列は、式10のTXで与えられる。
【0078】
【数24】

【0079】
【数25】

【0080】
よって、式7及びユニタリ条件TT=TT=1から式11が求められる。
【0081】
【数26】

【0082】
この式11によって与えられるROは、フローズンLMO領域における軌道がアクティブLMO領域に伸びている部分やアクティブLMO領域における軌道がフローズンLMO領域に伸びている部分を除いて、ほぼフローズンLMO領域及びアクティブLMO領域に局在化しているが、完全に占有軌道及び非占有軌道の何れかになされていない。そこで、DROにおいてその占有軌道と非占有軌道との間で、実質的に局在化するように、例えば、演算結果が10−6以下や10−7以下となるように、ユニタリ変換を行う。これは、自然結合軌道(Natural Bond Orbital、NBO)を局在化分子軌道に変換するために例えば下記文献で行われているのと同様のヤコビ(Jacobi)法である。
文献;A.E.Reed and F.Weinhold,J.Chem.Phys.83,pp1736(1985)
【0083】
領域原子軌道基底の密度行列DROにおいて、非対角ブロックにおける要素をヤコビ法によって消去するための変換行列Uを用いて式12を満たすと、領域局在化分子軌道(RLMO)基底の密度行列Dの0ではない要素が2になる。よって、AO基底からRLMO基底への変換は、その変換行列Yが式13のように表されるから、式14によって与えられる。RLMO基底は、LMO基底に当たるが導出方法が背景技術と異なることを示すために、RLMO基底と呼称することとする。
【0084】
【数27】

【0085】
【数28】

【0086】
【数29】

【0087】
付加後分子軌道演算部113は、出発クラスタにフラグメントを付加した場合におけるMOを演算する。この電子状態の演算は、F行列を作成する際に2電子積分(rs|tu)の演算を一部省略するという本発明に係るカットオフ処理を用いて、F行列をSCF法によって解くことにより実行される。このカットオフ処理は、次のように実行される。
【0088】
即ち、アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)において、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、式15−1及び式15−2を満たす範囲では0と近似され、式15−3乃至式15−5を満たす範囲で演算される。
r’,s’,t’,u’≦0 (式15−1)
r’>0 かつ s’,t’,u’≦0 (式15−2)
r’,s’>0 かつ t’,u’≦0 (式15−3)
t’>0 かつ r’,u’≦0 (式15−4)
r’,s’,t’>0 かつ u’≦0 (式15−5)
【0089】
そして、アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)については、クーロン項及び交換項を演算し、フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)については、クーロン項を演算する。
【0090】
カットオフ後におけるAO基底の密度行列DTotalは、式16で表される。
Total=D$D (式16)
ここで、Dは、出発クラスタ(繰り返し計算においてフラグメントが付加され新たなに出発クラスタとみなされた出発クラスタを含む)の密度行列であり、DCurrentはフラグメントが付加されたアクティブAO領域の密度行列であり、δDは、フローズンAO領域における密度行列への寄与分である。図10(E)の場合ではDは、式16−1であり、Dは、式16−2であり、Bは、式16−1、式16−2、式17−2、式17−3では局在化領域の各フラグメントであり、A,A及びAである。
=D(A,A,A,B)
≒D(A,A,A,B,M)
≒D(A,A,A) (式16−1)
D=DCurrent(A,A,B,M)+δD(A) (式16−2)
また、カットオフ後におけるAO基底の全エネルギーETotalは、式17で表される。
Total=0.5×Tr(ETotal1Total) (式17)
ここで、WTotalは、式17−1であり、Wは、出発クラスタ(繰り返し計算においてフラグメントが付加され新たなに出発クラスタとみなされた出発クラスタを含む)の全エネルギーであり、WCurrentはフラグメントが付加されたアクティブAO領域の全エネルギーであり、δWは、フローズンAO領域における全エネルギーへの寄与分である。図10(E)の場合ではWは、式17−2であり、Wは、式17−3である。
Total=W$W (式17−1)
=W(A,A,A,B)+δW(A−M) (式17−2)
W=WCurrent(A,A,B,M)+δD[A−(A,A,B,M)]
(式17−3)
【0091】
入力部12は、本分子軌道演算装置1の演算開始指示等の各種コマンドや構造データ及び初期電子密度等の各種データを分子軌道演算装置1に入力する機器であり、例えば、キーボードやマウス等である。出力部13は、入力部12から入力されたコマンド及びデータや本分子軌道演算装置1の演算結果等を出力する機器であり、例えばCRTディスプレイ、LCD、有機ELディスプレイ又はプラズマディスプレイ等の表示装置やプリンタ等の印字装置等である。
【0092】
内部記憶部14は、演算処理部11が実行する分子軌道演算プログラムや制御プログラムを補助記憶部16から読み込むと共に、分子軌道演算プログラム実行中の各データを一時的に記憶する所謂ワーキングメモリであり、例えば揮発性の記憶素子であるRAM(Random Access Memory)を備えて構成される。
【0093】
補助記憶部16は、例えばROM及びEEPROM等の不揮発性の記憶素子やハードディスク等のデータやプログラムを記憶する装置であり、本発明に係る分子軌道を演算する分子軌道演算プログラムや分子軌道演算装置1を動作させるための制御プログラム等の各プログラム(不図示)、及び、初期電子密度Dinitial等の各プログラムの実行に必要なデータ(不図示)等を記憶する。
【0094】
これら演算処理部11、入力部12、出力部13、内部記憶部14及び補助記憶部16は、データを相互に交換することができるようにバス18にそれぞれ接続される。
【0095】
なお、必要に応じて分子軌道演算装置1は、図1に破線で示す外部記憶部15や通信インターフェース部17をさらに備えてもよい。
【0096】
外部記憶部15は、例えば、フレキシブルディスク、CD−ROM(Compact Disc Read Only Memory)、CD−R(Compact Disc Recordable)及びDVD−R(Digital Versatile Disc Recordable)等の記録媒体との間でデータを読み込み及び/又は書き込みを行う装置であり、例えば、フレキシブルディスクドライブ、CD−ROMドライブ、CD−Rドライブ及びDVD−Rドライブ等である。通信インターフェース部17は、ネットワークに接続され、ネットワークを介して他のサーバやクライアント等との間で通信信号を送受信するための機器である。
【0097】
各プログラムが格納されていない場合には、これらを記録した記録媒体から外部記憶部15を介して補助記憶部16にインストールされるように構成してもよく、また、これらプログラムを管理するサーバ(不図示)からネットワーク及び通信インターフェース部17を介して各プログラムがダウンロードされるように構成してもよい。また、分子軌道の演算に当たって分子軌道演算装置1に入力すべきデータは、このデータを記憶した記録媒体によって外部記憶部15を介して分子軌道演算装置1に入力されるように構成してもよく、また、クライアントからネットワーク及び通信インターフェース部17を介して分子軌道演算装置1に入力されるように構成してもよい。
【0098】
次に、本実施形態の動作について説明する。
(実施形態の動作)
まず、分子軌道を求める演算対象物に対し、座標系を決定し、決定した座標系に基づき、出発クラスタの構造データを作成する。そして、構造データを入力部12を介してエロンゲーション法の分子軌道演算装置1に入力し、分子軌道演算の開始の指示を入力部12を介して分子軌道演算装置1に入力する。構造データは、出発クラスタにおける各原子の、決定した座標系に基づく座標である。
【0099】
図3は、エロンゲーション法の分子軌道演算装置の動作を示すフローチャートである。図4は、カットオフ処理を実行してフラグメント付加後の分子軌道演算処理を示すフローチャートである。
【0100】
図3において、出発クラスタの構造データと演算開始の指示が入力されると、演算処理部11の分子軌道演算部111は、この出発クラスタにおけるAO基底によるCMOsを求め、この求めた結果を局在化処理部112に通知する(S11)。
【0101】
次に、この通知を受けると、演算処理部11の局在化処理部112は、出発クラスタにおけるAO基底のCMOsを上述した式13の変換行列Yを用いてRLMOs基底に変換する領域局在化処理を行い、その結果を付加後分子軌道演算部113に通知する(S12)。このように本実施形態に係るエロンゲーション法の分子軌道演算装置1は、式13の変換行列Yを用いて直接的にAO基底のCMOsをRLMOs基底に変換するので、背景技術のように、CMOsの中から任意に2つ選びこれをフローズンLMO領域及びアクティブLMO領域にそれぞれ局在化したMOに変換しこの変換を収束するまで繰り返し実行する処理を行う必要がない。そのため、背景技術の局在化処理に較べて高速に領域局在化処理を実行することができる。そして、フローズンLMO領域及びアクティブLMO領域それぞれに局在化したMOにCMOsを振り分ける場合における任意性も生じない。
【0102】
次に、この通知を受けると、演算処理部11の付加後分子軌道演算部113は、カットオフ処理を用いたF行列をSCF法によって解くことにより、出発クラスタにフラグメントを付加した場合におけるMOを演算する(S13)。この処理S13を詳述すると、図4において、まず、付加後分子軌道演算部113は、初期密度行列Dinitialを用いてF行列を演算する(S21)。次に、付加後分子軌道演算部113は、フラグメントを付加した場合の正準分子軌道C(B,M)を演算する(S22)。次に、付加後分子軌道演算部113は、密度行列D、例えば式16−2で表される密度行列Dを演算する(S23)。次に、付加後分子軌道演算部113は、この密度行列Dが収束しているか否かを判断する(S24)。判断の結果、収束していない場合(No)には、付加後分子軌道演算部113は、処理を処理S21に戻し、一方、収束している場合(Yes)には、付加後分子軌道演算部113は、このフラグメント付加後の分子軌道演算処理を終了する。
【0103】
図3に戻って、そして、付加後分子軌道演算部113は、出発クラスタにフラグメントを付加したものが演算対象物であるか否かを判断する(S14)。判断の結果、演算対象物ではない場合には、付加後分子軌道演算部113は、処理S13で求めた出発クラスタにフラグメントを付加したものを新たな出発クラスタと見なし、新たな出発クラスタの分子軌道を領域局在化処理部112に通知して処理を処理S12に戻す。一方、判断の結果、演算対象物である場合には、付加後分子軌道演算部113は、処理S21乃至処理S24の結果を用いて、DTotal及びWTotalを演算し、ETotalを演算し、そして、これらを出力部13に出力し、この分子軌道の演算を終了する。もちろん、この処理S13で求めた出発クラスタにフラグメントを付加したものが演算対象物になるまで繰り返す処理S12乃至処理S14の処理において、背景技術と同様に、フラグメントとの相互作用に寄与しないことから電子状態を固定することによって、アクティブLMO領域から遠く離れたフローズンAO領域を計算対象から外し、一定の長さのアクティブAO領域において実行し、そして、このアクティブAO領域をフラグメントが付加されるごとにフラグメントが付加される他方端側へ順次移動(シフト)する。
【0104】
このようにカットオフ処理を導入することにより、本実施形態に係るエロンゲーション法の分子軌道演算装置1は、通常の単純にSCF法を用いる場合よりも、さらに背景技術の方法を用いる場合よりも高速に分子軌道を演算することができる。このため、通常の単純にSCF法を用いる場合や背景技術の方法を用いる場合で実用的な時間内に演算することができなかった巨大分子について実用的な時間内に演算することができる。
【0105】
一例として、20個のグリシン(glycine)から合成されるポリグリシン(polyglycine)の電子状態を演算する場合について、その演算時間の比較結果を示す。この演算は、5個のグリシンを出発クラスタとし、これに1個から15個までグリシンをフラグメントとして順次付加し、本実施形態に係る分子軌道演算方法による場合と、カットオフ処理を実行しないで領域局在化処理のみを実行した場合と、背景技術に係る分子軌道演算方法による場合とでそれぞれ実行した。分子軌道演算装置は、CPUが3GHzのペンティアム(登録商標)4であるパーソナルコンピュータによって構成した。
【0106】
図5は、ポリグリシンの演算時間の比較結果を示すグラフである。図5の横軸は、フラグメントとしてのグリシンの個数を示し、その縦軸は、秒単位のSCFの計算時間を示す。折れ線Xは、本実施形態による場合におけるSCFの演算時間を示し、●は各測定値を示す。折れ線Yは、カットオフ処理を実行しないで領域局在化処理のみを実行した場合におけるSCFの演算時間を示し、▲は各測定値を示す。そして、折れ線Zは、背景技術による場合におけるSCFの演算時間を示し、■は各測定値を示す。
【0107】
図6は、ポリグリシンの分子構造を示す図である。●は水素原子(H)を表し、左斜め斜線模様の○は炭素原子(C)を表し、右斜め斜線模様の○は窒素原子(N)を表し、そして、格子模様の○は酸素原子(O)を表す。
【0108】
図5の折れ線Yと折れ線Zを比較すると分かるように、カットオフ処理を実行しないで領域局在化処理のみを実行したSCFの演算時間は、背景技術による場合におけるSCFの演算時間に較べて短くなっいる。即ち、カットオフ処理を実行しないで領域局在化処理のみを実行した分子軌道演算装置でも背景技術の場合に較べてより高速である。そして、フラグメントの個数の増加に従って本実施形態による場合におけるSCFの演算時間と背景技術による場合におけるSCFの演算時間との差が大きくなっており、巨大分子の電子状態を演算する場合ほど、背景技術の場合に較べて優位である。
【0109】
さらに、図5の折れ線Xと折れ線Z及び折れ線Yを比較すると分かるように、本実施形態のカットオフ処理の導入による場合におけるSCFの演算時間は、背景技術による場合におけるSCFの演算時間に較べて短くなっており、さらに、上述の式13を用いた場合におけるSCFの演算時間に較べても短くなっている。即ち、カットオフ処理を導入した本実施形態に係るエロンゲーション法の分子軌道演算装置1は、背景技術の場合に較べても式13を用いた場合に較べてもより高速である。そして、フラグメントの個数の増加に従って、カットオフ処理を導入した本実施形態による場合におけるSCFの演算時間と背景技術による場合におけるSCFの演算時間との差がかなり大きくなっており、巨大分子の電子状態を演算する場合ほど、背景技術の場合に較べて本実施形態に係るエロンゲーション法の分子軌道演算装置1は、かなり優位である。
【0110】
また、他の一例として、グリシンをフラグメントとしてポリグリシン(CH−[CO−NH−CH−CO−NH)を合成した場合におけるエネルギを出発クラスタを変えて演算した。この演算は、STO−3Gを基底関数系として用い、本実施形態に係る分子軌道演算方法及びカットオフ処理を実行しないで領域局在化処理のみを実行した分子軌道演算方法により、5及び9個のグリシンを出発クラスタとした各場合について、ポリグリシンが20個のグリシンに基づいて構成されるようになるまでグリシンをフラグメントとして順次に付加してそれぞれ実行した。その結果を表1に示す。
【0111】
【表1】

【0112】
ここで、表1の“Exact”の欄は、背景技術による全系に対する通常の分子軌道計算によって得られたエネルギー値であり、“Elongation Nst=5”の欄及び“Elongation Nst=9”の欄は、5個及び9個のグリシンを出発クラスタとした各演算結果であり、そして、これら各欄には、カットオフ処理を実行しないで領域局在化処理のみを実行した分子軌道演算方法の演算結果(No cut−off)、及び、本実施形態に係る分子軌道演算方法の演算結果(cut−off)がそれぞれ示されている。
【0113】
表1から分かるように、出発クラスタの大きさ(長さ)が大きいほど、本実施形態に係る分子軌道演算方法よる演算結果は、正確なエネルギー値と略一致する。そして、本実施形態に係る分子軌道演算方法による演算結果は、カットオフ処理を実行しないで領域局在化処理のみを実行した分子軌道演算方法の演算結果と同等である。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】実施形態におけるエロンゲーション法の分子軌道演算装置の構成を示すブロック図である。
【図2】直交原子軌道基底の密度行列DOAOを領域原子軌道ROに変換する変換行列Tの求め方を説明するための図である。
【図3】エロンゲーション法の分子軌道演算装置の動作を示すフローチャートである。
【図4】カットオフ処理を実行してフラグメント付加後の分子軌道演算処理を示すフローチャートである。
【図5】ポリグリシンの演算時間の比較結果を示すグラフである。
【図6】ポリグリシンの分子構造を示す図である。
【図7】背景技術におけるエロンゲーション法により分子の電子状態を求める分子軌道演算方法を示すフローチャートである。
【図8】エロンゲーション法により分子の電子状態を求める分子軌道演算方法を説明するために各処理における分子軌道を模式的に示す図である。
【図9】アクティブLMOにフラグメントを付加する場合の演算を説明するための図である。
【図10】エロンゲーション法の逐次計算を説明するための図である。
【符号の説明】
【0115】
1 エロンゲーション法の分子軌道演算装置
11 演算処理部
12 入力部
13 出力部
14 内部記憶部
15 外部記憶部
16 補助記憶部
17 通信インタフェース部
111 分子軌道演算部
112 領域局在化演算部
113 付加後分子軌道演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算装置において、
前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、
アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、
アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、
フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行すること
を特徴とするエロンゲーション法の分子軌道演算装置。
【請求項2】
エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求めるエロンゲーション法の分子軌道演算方法において、
前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、
アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、
アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、
フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行すること
を特徴とするエロンゲーション法の分子軌道演算方法。
【請求項3】
エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求める、コンピュータに実行させるためのエロンゲーション法の分子軌道演算プログラムにおいて、
前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、
アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、
アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、
フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行すること
を特徴とするエロンゲーション法の分子軌道演算プログラム。
【請求項4】
エロンゲーション法に自己無撞着場法を用いて分子の電子状態を求める、コンピュータに実行させるためのエロンゲーション法の分子軌道演算プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
前記自己無撞着場法の演算におけるフォック行列を作成する際に、
アクティブAO領域の2電子積分(rs|tu)は、r’=r−n、s’=s−n、t’=t−n、u’=u−n(nはフローズン軌道の末端セグメントの番号)を定義すると、r’,s’,t’,u’≦0を満たす範囲及びr’>0かつs’,t’,u’≦0を満たす範囲が0と近似され、r’,s’>0かつt’,u’≦0を満たす範囲、t’>0かつr’,u’≦0を満たす範囲及びr’,s’,t’>0かつu’≦0を満たす範囲が演算され、
アクティブAO領域の各フラグメントと付加するフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項及び交換項が演算され、
フローズンAO領域と付加するのフラグメントとの間の2電子積分(rs|tu)は、クーロン項が演算されるカットオフ処理を実行すること
を特徴とする記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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