説明

オキセタン−2−オンのエナンチオ選択的な開環法

本発明はCandida antarticaもしくはBurkholderia plantarii由来のリパーゼの存在下、一般式(I)のラセミ体のオキセタン-2-オンと一般式(II)の化合物R3-OHを反応させること、および得られた式(III)と式(IV)の生成物をそれぞれ分離することにより実質的にエナンチオピュアな一般式(III)の3-ヒドロキシカルボン酸もしくはエステルを合成する方法に関し、基R1、R2およびR3はお互い独立して水素、C1-C10-置換または無置換アルキル、置換または無置換アリールもしくはヘタリールを意味し、R1およびR2は同時に同じ基ではない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はラセミ体のオキセタン-2-オンから始まり、実質的にエナンチオピュアな3-ヒドロキシカルボン酸もしくはそのエステルを合成する方法に関する。
【0002】
光学活性な3-ヒドロキシカルボン酸およびそれらのエステルは医薬用の活性成分を合成するために必要とされる中間体である。
【背景技術】
【0003】
ルテニウム-ジホスフィン錯体を用いたケトンおよびケトエステルの触媒的水素化は周知である(例えば、Burk et. al. J. Am. Chem. Soc 1995, 117, 4423; A. Mortreux et. al. Tetrahedron: Asymmetry, 7(2), 379-82, 1996; Noyori et. al. Angew. Chem., Int. Ed. Engl., 36(3), 285-288, 1997; WO 9713763 A1;)。
【0004】
同様に、還元剤としてギ酸/トリメチルアミン複合体、およびルテニウム触媒を用いたケトンの触媒的移動水素化も知られている(P. Knochel et. al. Tetrahedron Lett., 37(45), 8165-8168, 1996; Sammakia et. al. J. Org. Chem., 62(18), 6104-6105, 1997 (還元剤としてイソプロパノール)。
【0005】
調製することが非常に複雑な触媒と配位子を使用することがこれらの方法に共通している。さらに移動水素化においては、安価な水素ではなく、イソプロパノールもしくはギ酸/3級アミンを使用する。これは反応の後処理を阻害し、アセトンまたは二酸化炭素が必然的に生成する。
【0006】
その上、一般的に非常に大量の触媒が前記の研究において使用され、このため従来の方法は非経済的である。
【0007】
Sakaiらは様々に置換されたオキセタン-2-オンのリパーゼ触媒立体選択的エステル交換を記載している(J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 2000, 71-77)。しかしながら、記載の条件下におけるその反応は未だ化学収率および光学収率に関して全体的に満足できるわけではない。
【特許文献1】WO 9713763 A1
【特許文献2】EP 1069183
【非特許文献1】Burk et. al. J. Am. Chem. Soc 1995, 117, 4423
【非特許文献2】A. Mortreux et. al. Tetrahedron: Asymmetry, 7(2), 379-82, 1996
【非特許文献3】Noyori et. al. Angew. Chem., Int. Ed. Engl., 36(3), 285-288, 1997
【非特許文献4】P. Knochel et. al. Tetrahedron Lett., 37(45), 8165-8168, 1996
【非特許文献5】Sammakia et. al. J. Org. Chem., 62(18), 6104-6105, 1997
【非特許文献6】J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 2000, 71-77
【非特許文献7】Gupta et al. Review: Lipase assays for conventional and molecular screening
【非特許文献8】Biotechnol. Appl. Biochem. (2003) 37, 63-71
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、従来法の欠点を取り除き、特に化学収率および光学純度を確実に改善する、エナンチオ選択的なオキセタン-2-オンの開環法を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、Candida antarticaもしくはBurkholderia plantarii由来のリパーゼの存在下、一般式(I)のラセミ体のオキセタン-2-オンと一般式(II)の化合物R3-OHを反応させること、および、得られた式(III)と式(IV)の生成物を互いに分離することにより実質的にエナンチオピュアな一般式(III)の3-ヒドロキシカルボン酸もしくはそのエステルを合成する方法に関する。
【化1】

【0010】
式中、基R1、R2および R3は互いに独立して水素、C1-C10-置換または無置換アルキル、置換または無置換アリールもしくはヘタリールを意味し、R1およびR2は同時に同じ基ではない。なお、Lipaseはリパーゼを表す。「置換または無置換C1-C10-アルキル」という用語はシクロアルキル(例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロペンチルメチル、シクロペンチルエチル、シクロヘキシルメチルもしくはシクロヘキシルエチル)も含む。
【0011】
ここで、式(III)および式(IV)はいずれも片方のエナンチオマーを表す。しかし、本発明はそれぞれのもう片方のエナンチオマー(対掌体)である(III)および(IV)も含む。所望のエナンチオマーの生成は、どのリパーゼを選択するかにより影響を受け得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
一般式(I)のラセミ体のオキセタン-2-オンは文献公知であり、周知の方法(例えば、Sakaiらにより記載された例(J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 2000, 71-77.))により容易に得られる。
【0013】
化合物(II)は当業者に周知のアルコールもしくは水である。所望の3-ヒドロキシカルボン酸(III)が遊離の酸であるか直接エステルであるかによって、(II)は水もしくはアルコールが選択される。
【0014】
本発明の方法に適切なリパーゼは微生物のCandida antarticaおよびBurkholderia plantarii由来のリパーゼである。微生物種Burkholderia plantariiは現在Pseudomonas plantariiとも呼ばれている。
【0015】
そのような微生物は周知であり、公共の菌寄託機関から入手可能である(例えば、DSM No. 9509、DSM No. 7128、DSM No. 9510、ATCC No. 51545、NCPPB No. 3676、ATCC No. 43733、ICMP No. 9424、JCM No. 5492もしくはLMG No. 9035)。
【0016】
特に適切なリパーゼは微生物DSM No. 8246(1993年 4月28日寄託)から入手可能である。この微生物からリパーゼを得るには、EP 1069183の特に実施例1を参照されたい。この特許の内容全体を本明細書に組み入れる。
【0017】
Candida antarctica種の微生物は公的に利用可能な菌寄託機関から入手可能である(例えば、DSM No. 70725)。微生物種Candida antarcticaはまたPseudozyme aphidisとも呼ばれる(例えば、DSM No. 70725、ATCC No. 32657、CBS No. 6821もしくはNRRL No. Y-7954)。
【0018】
Candida antartica由来の特に適切なリパーゼはNovozymesから市販されているリパーゼNovozym(登録商標)435である。
【0019】
本発明の反応においてBurkholderia plantarii由来のリパーゼはCandida antartica由来のリパーゼとは逆の立体化学で反応し、その結果、理想的に合成範囲を広げる。正確な立体化学は実施例1および実施例2から明らかである。
【0020】
粗抽出物もしくは高度に精製された形態までの様々な純度の調製品として、どちらのリパーゼも本反応に使用できる。好ましい実施形態において、リパーゼは0.1〜1000、好ましくは10〜400、特に好ましくは20〜200(単位/mg)の触媒活性を有している(トリブチリン単位として測定)。
【0021】
リパーゼ活性は周知の方法(Gupta et al. Review: Lipase assays for conventional and molecular screening: an overview., Biotechnol. Appl. Biochem. (2003) 37, 63-71)で測定され得る(例えば、滴定トリブチリン分析)。
【0022】
特に好ましい実施形態は担体結合(固定化)リパーゼの使用である。そのようなリパーゼおよびそれらの固定化のための方法は例えばEP 1069183およびその引用文献に記載されている。
【0023】
式(I)〜(IV)における基R1、R2およびR3は水素、置換または無置換C1-C10-アルキル、置換または無置換アリールもしくはヘテロアリールである。ここで無置換アルキルは特にメチル、エチル、n-およびイソプロピル、n-, iso-, tert-ブチル、直鎖および分岐ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシルもしくは分岐アルキル(例えば、シクロブタン、シクロペンタンもしくはシクロヘキサン)を意味する。ここで置換アルキルは対応する無置換アルキル基と比較し、1つ以上の水素原子が他の原子もしくは分子基(例えば、NH2, N(アルキル)H, N(アルキル)2, OH, O-アルキル, SH, S-アルキル, CN, NO2, I, Cl, Br, F, カルボニル、カルボキシル、エステル、アリールもしくはヘタリール)によって置換された基を意味する。置換アルキルは定義からモノ‐もしくはポリ不飽和アルキル(例えば、アルケンもしくはアルキン)も含む。不飽和アリールは特にフェニルおよびナフチルであり、不飽和ヘタリールはいわゆるヘテロ原子(例えば、O、NもしくはS)により少なくとも1つの炭素原子が置換された芳香族化合物である。好ましいヘタリールはピリル、フリル、チオフェニル、ピリジルまたはピリミジルである。
【0024】
しかし、R1およびR2は同時に同じ基ではない。すなわち、そうでなければ(同じ基であると)光学活性炭素原子が生じないので、ラセミ体(I)の分留が使用できないからである。
【0025】
本発明の方法は溶媒を用いて、もしくは用いずに行える。しかし、好ましくは溶媒が使用され、特にアルキルエーテルの群が好ましく使用され、または、前駆体(II)が溶媒ととしても使用される。メチルtert-ブチルエーテルおよびジイソプロピルエーテルは溶媒として特に好ましく使用される。
【0026】
オキセタン-2-オン(I)のアルコール(II)による開環に競合する反応は、(III)による(I)の開環、もしくは2分子の(III)がトランスエステル化することにより(III)の2量体を形成するものである。これらの不要な競合反応を出来る限り抑えるためには、溶媒を用いて、適切であれば溶媒としてアルコール(II)を用いて反応させることが推奨される。溶媒は特に好ましくは(I)を基準として25重量%までの量で使用する。
【0027】
100%の立体選択性で作用するリパーゼが無いため、適切な長さの反応時間においても3-ヒドロキシカルボン酸もしくはそのエステルとして不要なエナンチオマーがある割合で常に生成する。そのため生成物の反応収率および光学純度の関係を考慮して本反応における反応時間を決める。たいてい反応時間を長くすることにより光学純度が低下し収率が向上する、それに対し、反応時間を短くすることにより生成物の光学純度が高まるが、全体の収率は低下する。したがって、反応物質の種類および選択条件に応じて、予備試験において反応速度論を記録し、そこから最適な反応時間を推測することが推奨される。
【0028】
酵素触媒反応の反応時間は選択温度にも大きく依存する。本反応は幅広い温度範囲で行うことができ、好ましくは使用するリパーゼが十分に活性である温度において行われる。好ましい温度は5〜70℃、特に10〜50℃である。
【0029】
本反応は連続的もしくはバッチ式で行うことができる。特に担持リパーゼを使用した連続合成は工業規模での実施に推奨される。
【0030】
前駆体(I)および前駆体(II)が反応した後、生成物(III)および生成物(IV)が共に存在する。化学構造の違いにより、生成物(III)および生成物(IV)の分離は常法により可能である。蒸留法や抽出法が分離に好ましく使用される。もし(III)が酸(R3=H)の形であるならば、(IV)から(III)をそのアルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩の形で分離することが可能であり、好ましい。
【0031】
不要なエナンチオマー(IV)はラセミ化の後、反応混合物内に再び戻すことも可能である。しかしながら、加水分解により光学活性中心を維持したまま(IV)から対応する3-ヒドロキシカルボン酸もしくはそのエステル(III)を得ることも可能である。
【0032】
本発明は実質的にエナンチオピュアな一般式(IV)のオキセタン-2-オンを合成するために使用することも可能である。
【0033】
したがって、本反応はさらにCandida antarticaもしくはBurkholderia plantarii由来のリパーゼの存在下、一般式(I)のラセミ体のオキセタン-2-オンと一般式(II)の化合物R3-OHを反応させること、および式(III)および式(IV)の生成物をそれぞれ分離することにより実質的にエナンチオピュアな一般式(IV)のオキセタン-2-オンを合成する方法に関する。
【化2】

【0034】
式中、基R1、R2および R3は互いに独立して水素、C1-C10-置換または無置換アルキル、置換または無置換アリールもしくはヘタリールを意味し、R1およびR2は同時に同じ基ではない。なお、Lipaseはリパーゼを表す。「置換または無置換C1-C10-アルキル」という用語はシクロアルキル(例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロペンチルメチル、シクロペンチルエチル、シクロヘキシルメチルもしくはシクロヘキシルエチル)も含む。
【実施例1】
【0035】
Candida antarcticaリパーゼを使用した反応
【化3】

【0036】
装置
4000ml BSAF-Miniplant撹拌槽、撹拌機(金属製プロペラ3枚、邪魔板4枚、d=10cm)、164回転/分、内部温度管理用の温度自動調節機。
【0037】
混合物
3-ブチル-オキセタン-2-オン(6) 121 g (0.95 mol)
メチルtert-ブチルエーテル 1200 ml (反応用)
4300 ml (抽出用)
Novozym 435 1.94 g (1.6%)
脱イオン水 10.05 ml (0.56 mol)
炭酸水素ナトリウム溶液(10%) 795 ml (0.95 mol)
硫酸 (50%) 111.3 g (0.57 mol)。
【0038】
手順
121 g (0.95 mol)のラセミ体ラクトン6を1200 mlのメチルtert-ブチルエーテルに加え、1.94 g (1.6%)のNovozym(登録商標)435を加え、続いて10.05 ml (0.56 mol)の脱イオン水を加えた。25.0℃で17時間撹拌後、酵素をろ過し、pH 8.65の炭酸水素ナトリウム溶液(10%) 795 mlを用いて有機層を洗浄し、分液した。800 ml×2のメチルtert-ブチルエーテルで逆抽出および分液し、3つの有機層(ラクトン)を全て合わせた。水層を硫酸(pH <3.0)を用いて酸性とし、900 ml×3のメチルtert-ブチルエーテルを用いて3回抽出し、3つの有機層(酸)を全て合わせた。硫酸ナトリウムで乾燥し、ろ過し、溶媒をロータリーエバポレーターを用いて除去した。
【0039】
収率: 酸 = 58.2 g (0.40 mol), 42% キラルHPLC (GKA): >99%ee
ラクトン = 70.0 g (0.55 mol), 58% キラルGC (GVF-C): 80.03%
キラル転換率 = 44.7%
【実施例2】
【0040】
Burkholderia plantariiリパーゼ(DSM 8246)を使用した反応
実施例1と同一条件下、Novozym(登録商標)435 (40 mg, 75 U/mg (トリブチリン単位))の代わりにBurkholderia plantarii由来のリパーゼを使用したところ、逆の立体化学を持つ生成物が得られた。ラセミ体1 (2 g; 15.60 mmol)から(S)-2 (0.85 g; 5.6 mmol; 37%; 94ee)および(R)-1 (1.08 g; 8.2 mmol; 54%; 95ee)が得られた。
【化4】

【実施例3】
【0041】
Candida antarcticaおよびBurkholderia plantariiリパーゼを使用した様々な置換オキセタン-2-オンの反応
次の表で示される一般式(I)の基質を実施例1および実施例2と同様に反応させ、一般式(III)の対応する酸(RまたはSの酸)および一般式(IV)の対応するオキセタン-2-オン(RまたはSのラクトン)を記載の立体化学で得た。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Candida antarticaもしくはBurkholderia plantarii由来のリパーゼの存在下、一般式(I)のラセミ体のオキセタン-2-オンと一般式(II)の化合物R3-OHを反応させること、および得られた一般式(III)と一般式(IV)の生成物を互いに分離することにより実質的にエナンチオピュアな一般式(III)の3-ヒドロキシカルボン酸もしくはそのエステルを製造する方法。
【化1】

[式中、基R1、R2および R3は互いに独立して水素、C1-C10-置換または無置換アルキル、置換または無置換アリールもしくはヘタリールを意味し、R1およびR2は同時に同じ基ではない。なお、Lipaseはリパーゼを表す。]
【請求項2】
Candida antarticaもしくはBurkholderia plantarii由来のリパーゼの存在下、一般式(I)のラセミ体のオキセタン-2-オンと一般式(II)の化合物R3-OHを反応させること、および得られた一般式(III)と一般式(IV)の生成物を互いに分離することにより実質的にエナンチオピュアな一般式(IV)のオキセタン-2-オンを製造する方法。
【化2】

[式中、基R1、R2および R3は互いに独立して水素、C1-C10-置換または無置換アルキル、置換または無置換アリールもしくはヘタリールを意味し、R1およびR2は同時に同じ基ではない。なお、Lipaseはリパーゼを表す。]
【請求項3】
R1が水素であり、R2がn-ブチル、メチル、エチル、イソプロピルもしくはフェニルである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
メチルtert-ブチルエーテルを反応の溶媒として使用する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
担体結合リパーゼを使用する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
反応を連続的に行う、請求項1または2に記載の方法。
【請求項7】
生成物(III)および生成物(IV)の分離を蒸留もしくは抽出またはこれらを組み合わせた方法により行う、請求項1または2に記載の方法。

【公表番号】特表2008−507984(P2008−507984A)
【公表日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−524236(P2007−524236)
【出願日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【国際出願番号】PCT/EP2005/008190
【国際公開番号】WO2006/015727
【国際公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【出願人】(595123069)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (847)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】