説明

オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料

【課題】本発明は、ホップ又はホップ成分由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ又はホップ成分由来のフルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料、及び、その製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ホップ又はホップ成分を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料において、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量が、GC/MSによる以下の(a)〜(e)の定量値の数値範囲を充足するように調整することによって、ホップ又はホップ成分由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ又はホップ成分由来のフルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料を製造する。
(a)内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値に対する、ミルセンのイオン93m/zのレスポンス値の比率が146.4%未満であり、かつ、
(b)リナロール濃度が3.8ppb以上であり、かつ、
(c)ネロール濃度が0.4ppbより高く、かつ、
(d)リナロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が5.2661以下であり、かつ、
(e)ネロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が59.7692以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料、及び、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の低アルコール発泡麦芽飲料は、通常のビール飲料同様、酵母による発酵を行うことで香味をビール風味に近づける一方で、発酵抑制又は発酵後のアルコール除去といった、単一もしくは複数の方法を用いてアルコール含有量を低減させて製造するのが一般的であった(例えば特許文献1参照)。すなわち、従来の低アルコール発泡麦芽飲料の製造は、いずれも酵母による発酵を行うことが一般的であった。
【0003】
発酵を伴う製造方法の場合、厳密な制御を行ってアルコール生成量を抑制したとしても、その抑制の程度には限界があり、アルコール含量0.00%(W/W)を達成するのは困難であった。そこで酵母による発酵を止め、麦芽により生成された麦汁にホップ香気を添加したものを最終製品とし、アルコール含量0.00%(W/W)の発泡麦芽飲料を達成した。
【0004】
ホップは、ビールなどの発酵アルコール麦芽飲料に爽快な苦味と香りを付与することが知られている。ホップに由来する香りはビールのキャラクター形成に大きな影響を与えている。ホップ由来の香気の特徴を表現する言葉として、フローラル、スパイシー、シトラス、フルーティー、ホッピー、マスカット等が一般的に用いられている(以下、非特許文献1〜5)。しかし、これらはいずれも酵母による発酵後の香気特徴であり、未発酵飲料での官能評価ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平05−068528号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Comparison of the Odor-Active Compounds in Unhopped Beer and Beers Hopped with Different Hop Varieties;TORU KISHIMOTO, AKIRA WANIKAWA, KATSUNORI KONO, AND KAZUNORI SHIBATA;J. Agric. Food Chem., 54, 8855-8861 8855, 2006
【非特許文献2】Comparison of Odor-Active Compounds in the Spicy Fraction of Hop (Humulus lupulus L.) Essential Oil from Four Different Varieties;GRAHAM T. EYRES, PHILIP J. MARRIOTT, AND JEAN-PIERRE DUFOUR;J. Agric. Food Chem., 55, 6252-6261, 2007
【非特許文献3】Hop Aroma in American Beer;Val E. Peacock, Max L. Deinzer, Lois A. McGill, and Ronald E. Wrolstad;J. Agric. Food Chem., 28, 774-777, 1980
【非特許文献4】Aging of Hops and Their Contribution to Beer Flavor;Kai C. Lam, Robert T. Foster 11, and Max L. Deinzer;J. Agric. Food Chem., 34, 763-770 763, 1986
【非特許文献5】Floral Hop Aroma in Beer;Val E. Peacock, Max L. Deinzer, Sam T. Likens, Gail B. Nickerson, and Lois A. McGill;J. Agric. Food Chem., 29, 1265-1269, 1981
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料、及び、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、未発酵の麦汁を用いたアルコール含量0.00%(W/W)のビール風味発泡性飲料において、ホップでフルーツ様香気を付与しようと試みたところ、ビール風味には程遠いアルコールゼロ発泡性飲料が得られる結果となった。すなわち、ホップの樹脂様、あるいはオイル様のオフフレーバーが顕在化してしまい、その飲料からフルーツ様香気を感じることはできなかった。本発明者らは、このオフフーレバーを低減させ、より好ましい風味に調整するために、ホップを多数の品種の中から厳選し、その使用方法を詳細に検討した結果、特定のホップ由来香気成分のガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(以下、「GC/MS」とも表示する。)による定量値が特定の5つの数値範囲を充たしていると、ホップ由来のオフフレーバー(特に樹脂様臭)を抑制しつつ、ホップ由来のフルーツ様香気を付与し得ることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、(1)ホップ又はホップ成分を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料において、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量が、GC/MSによる以下の(a)〜(e)の定量値の数値範囲を充足するように調製されていることを特徴とする、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料:
(a)内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値に対する、ミルセンのイオン93m/zのレスポンス値の比率が146.4%未満であり、かつ、
(b)リナロール濃度が3.8ppb以上であり、かつ、
(c)ネロール濃度が0.4ppbより高く、かつ、
(d)リナロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が5.2661以下であり、かつ、
(e)ネロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が59.7692以下である:
に関する。
【0010】
また、本発明は、(2)ホップ又はホップ成分を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の製造において、ホップ又はホップ成分を、原料液中で煮沸することにより、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量をGC/MSによる以下の(a)〜(e)の定量値の数値範囲を充足するように調整することを特徴とする、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の製造方法:
(a)内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値に対する、ミルセンのイオン93m/zのレスポンス値の比率が146.4%未満であり、かつ、
(b)リナロール濃度が3.8ppb以上であり、かつ、
(c)ネロール濃度が0.4ppbより高く、かつ、
(d)リナロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が5.2661以下であり、かつ、
(e)ネロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が59.7692以下である:や、
(3)ホップ又はホップ成分が、マチュエカ種のホップ又はホップ成分であることを特徴とする、上記(2)に記載のビール風味発泡性飲料の製造方法や、
(4)ホップ又はホップ成分の煮沸時間が、5分間〜20分間の範囲内であることを特徴とする、上記(2)又は(3)に記載のビール風味発泡性飲料の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ホップ又はホップ成分由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ又はホップ成分由来のフルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料、及び、その製造方法を提供することができる。かかるフルーツ様香気は、従来のアルコールゼロのビール風味発泡性飲料にはなかった香気である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の製造方法
本発明のオフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の製造方法(以下、単に「本発明の製造方法」と表示する。)は、ホップ又はホップ成分(以下、併せて「ホップ等」とも表示する。)を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の製造において、ホップ又はホップ成分を、原料液中で煮沸することにより、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量をGC/MSによる以下の(a)〜(e)の定量値の数値範囲(以下、5つの数値範囲をまとめて「5数値範囲」とも表示する。)を充足するように調整することを特徴とする。
(a)内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値に対する、ミルセンのイオン93m/zのレスポンス値の比率が146.4%未満であり、かつ、
(b)リナロール濃度が3.8ppb以上であり、かつ、
(c)ネロール濃度が0.4ppbより高く、かつ、
(d)リナロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率(以下、単に「ミルセン/リナロール」とも表示する。)が5.2661以下であり、かつ、
(e)ネロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率(以下、単に「ミルセン/ネロール」とも表示する。)が59.7692以下である。
【0013】
詳細なメカニズムは不明であるが、上記5数値範囲を充足するように調整すると、ホップ等由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料を製造することができる。本明細書における「オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料」とは、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与され、かつ、ホップ等由来のオフフレーバー(好適には樹脂様臭、オイル様臭、より好適には樹脂様臭)が前述のフルーツ様香気を妨げるほど強くはないアルコールゼロのビール風味発泡性飲料を意味し、中でも、フルーツ様香気及び樹脂様臭の強度をそれぞれ5段階のスコア(1:「感じない」、2:「僅かに感じる」、3:「感じる」、4:「やや強く感じる」、5:「強く感じる」)で表現した場合に、フルーツ様香気の強度のスコアが3以上であり、かつ、樹脂様臭の強度のスコアが3以下であるアルコールゼロのビール風味発泡性飲料を好適に例示することができる。
【0014】
本明細書における「フルーツ様香気」としては、ホップ等由来のフルーツ様香気である限り特に制限されないが、爽快でみずみずしいフルーツ様香気を好適に例示することができ、中でも、マスカット様香気をより好適に例示することができる。なお、これらのフルーツ様香気などの香気や、オフフレーバーなどの臭いの有無や程度は、パネラーによる官能評価によって評価することができ、中でも、後述の実施例2に示すように、香気や臭いの強度を5段階で表現したスコアを用いた官能評価を好適に例示することができる。なお、本明細書における「アルコールゼロ」とは、アルコール分を含まないことを意味する。
【0015】
上記の5数値範囲における各定量値には、GC/MSで分析・測定した値を好適に用いることができる。かかるGC/MSによる分析・測定の方法や条件、あるいは好適な方法や条件は、後述するとおりであるが、後述の表3の条件を特に好適に例示することができる。
【0016】
上記の数値範囲(a)としては、内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値に対する、ミルセンのイオン93m/zのレスポンス値の比率が146.4%未満であればよいが、樹脂様臭の強度をより低下させるなどの観点から、54.4%以下であることを好適に例示することができ、36.5%以下であることをより好適に例示することができ、9.1%以上36.5%以下の範囲内であることをさらに好適に例示することができる。
【0017】
上記の数値範囲(b)としては、リナロール濃度が3.8ppb以上であればよいが、オフフレーバー(特に樹脂様臭)に対してフルーツ様香気を相対的に向上させる観点から、7.6ppb以上であることを好適に例示することができ、18.7ppb以上であることをより好適に例示することができる。
【0018】
上記の数値範囲(c)としては、ネロール濃度が0.4ppbより高ければよいが、オフフレーバー(特に樹脂様臭)に対してフルーツ様香気を相対的に向上させる観点から、0.6ppb以上であることを好適に例示することができ、0.9ppb以上であることをより好適に例示することができる。
【0019】
上記の数値範囲(d)としては、リナロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率(ミルセン/リナロール)が5.2661以下であればよいが、オフフレーバー(特に樹脂様臭)に対してフルーツ様香気を相対的に向上させる観点から、3.7731以下であることを好適に例示することができ、2.9054以下であることをより好適に例示することができる。
【0020】
上記の数値範囲(e)としては、ネロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率(ミルセン/ネロール)が59.7692以下であればよいが、オフフレーバー(特に樹脂様臭)に対してフルーツ様香気を相対的に向上させる観点から、29.1071以下であることを好適に例示することができ、25.9750以下であることをより好適に例示することができる。
【0021】
本発明に用いるホップ等におけるホップの種類としては、本発明のビール風味発泡性飲料の製造に用い得るものである限り特に制限されないが、リナロール及び/又はネロールを高含有するホップ種を好適に例示することができ、中でも、マチュエカ種のホップや、カスケード種のホップをより好適に例示することができ、中でも、より好適なフルーツ様香気を得る観点から、マチュエカ種のホップをさらに好適に例示することができ、中でも、ニュージーランド産のマチュエカ種のホップを特に好適に例示することができる。前述のカスケード種のホップとしては、アメリカ産のカスケード種のホップを好適に例示することができる。本発明の製造方法において用いるホップ等は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。なお、上記のホップ成分とは、ホップ由来の香気成分を意味し、かかるホップ成分としては、ホップ抽出物やホップ精油を好適に例示することができる。
【0022】
本明細書における「リナロール及び/又はネロールを高含有するホップ」とは、そのホップを単独で用い、以下の条件で調製して得られる試飲用サンプル中のミルセン/リナロールが5.2661以下となり、及び/又は、ミルセン/ネロールが59.7692以下となるホップを意味する。
【0023】
[試飲用サンプルの調製]
試飲用サンプルの調製は、1.5Lスケールの装置を用いて行うことができる。まず、仕込麦汁糖度13.5度に調整した仕込麦汁(仕込時の麦芽使用比率67%,副原料(米・コーングリッツ・コーンスターチ)使用比率33%)をサンプル麦汁として用意することができる。このサンプル麦汁を電気ヒーターで加温煮沸することができる。その際、煮沸強度は一定で、60分間で蒸発率が10%となるようにコントロールして行うことができる。サンプル麦汁の煮沸終了5〜30分前にそのホップを0.39g/L〜0.55g/L添加することができる。煮沸終了後、蒸発量と同量の水をサンプル麦汁に追加した上で、95℃で60分間麦汁静置させることができる。ろ紙ろ過後のサンプルを試飲用サンプルとすることができる。
【0024】
本発明の製造方法は、上記5数値範囲を充足するように調整すること以外は、ホップ又はホップ成分を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の従来の製法と特に異なることはなく、かかるビール風味発泡性飲料の原材料のうち、ホップ由来成分以外の原材料の一部又は全部を含む原料液でホップ等を抽出することができる。原料液としては、麦芽を含んだ麦汁を好適に例示することができるが、麦芽を含まない原料液(例えば麦芽エキスを含む原料液)であってもよい。
【0025】
本発明の製造方法において、ホップ等を原料液中に添加する時期としては、かかるホップ等の香気成分が原料液中に溶出される限り特に制限されないが、煮沸中の原料液に添加することを好適に例示することができ、好適なフルーツ様香気を得る観点から、ホップ等の煮沸時間が5分間〜30分間(好ましくは5分間〜20分間)の範囲内となるように添加することをより好適に例示することができる。ホップ等の適切な煮沸時間は、ホップ等の種類や年産等によって異なるが、当業者は、GC/MSによる定量値を指標として、適宜適切な煮沸時間を選択することができる。なお、本発明においては、ホップ等を原料液中で煮沸した場合と同等のホップ等抽出条件であれば特に制限なく用いることができ、例えば、ホップ等を原料液とは別に煮沸して、その煮沸物を原料液と混合する等の方法も採用することができる。
【0026】
本発明の製造方法において、上記5数値範囲を充足するように調整する方法としては、特に制限されないが、用いるホップ等の種類、添加量や、原料液中でのホップ等の煮沸時間等の製造条件を選択することにより、上記5数値範囲を充足するように調整する方法を好適に例示することができる。どのような製造条件を選択することにより、上記5数値範囲を充足するように調整し得るかは、用いるホップ等の種類、添加量や、原料液中でのホップ等の煮沸時間等の製造条件を適宜調整することにより、当業者であれば容易に理解することができる。
【0027】
本発明の製造方法において、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量の調整は、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量を、GC/MSで分析・測定した値を指標にして行うことができる。かかるGC/MSとしては、市販の装置であれば問題なく使用可能である。また、GC/MSによる分析・測定方法としては、GC/MSの公知の分析・測定方法を用いることができるが、中でも、ボルネオール(Borneol)を内部標準物質とした分析・測定方法を好適に例示することができ、中でも、後述の表3に記載した条件を用いた分析・測定方法をより好適に例示することができる。また、ビール風味発泡性飲料中の各成分をGC/MSで分析・測定する際には、かかるビール風味発泡性飲料を固相カラムで抽出した香気成分をGC/MSに供することを好適に例示することができ、かかる固相カラムとしては、C18固相カラムを特に好適に例示することができる。
【0028】
本発明において、ビール風味発泡性飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量をGC/MSで分析・測定する際の特に好適な方法は以下のとおりである。ビール風味発泡性飲料中の香気成分をC18固相カラムで抽出し、それをGC/MSに供する。成分の定量には内部標準法を用い、内部標準物質としてボルネオール(Borneol)を試料中25ppbになるよう添加する。分析条件として、後述の表3の条件を用いる。
【0029】
2.オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料
本発明のオフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料(以下、単に「本発明のビール風味発泡性飲料」とも表示する。)は、ホップ等を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料において、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量が、上記の5数値範囲を充足するように調製されていることを特徴とする。詳細なメカニズムは不明であるが、上記5数値範囲を充足するように調製されたビール風味発泡性飲料は、ホップ等由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与されたビール風味発泡性飲料となる。
【0030】
本発明のビール風味発泡性飲料において、上記5数値範囲を充足するように調製する方法としては、特に制限されないが、用いるホップ等の種類、添加量や、原料液中でのホップ等の煮沸時間等の製造条件を選択することにより、上記5数値範囲を充足するように調製する方法を好適に例示することができる。かかる製造条件については、本発明の製造方法に関して前述した製造条件と同様の条件を選択することができる。なお、本発明のビール風味発泡性飲料としては、本発明の製造方法により製造されたビール風味発泡性飲料を好適に例示することができる。
【0031】
また、本発明のビール風味発泡性飲料において、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量の調製は、ビール風味発泡性飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量を、GC/MSで分析・測定した値を指標にして行うことができる。GC/MSによる分析・測定方法については、本発明の製造方法に関して前述したとおりである。
【0032】
本発明のビール風味発泡性飲料としては、麦芽を含んでいるビール風味発泡性麦芽飲料を好適に例示することができる。また、本発明のビール風味発泡性飲料は、ホップ等由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与されている限り、香料等が添加されていてもよい。
【0033】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
[ホップの品種の選定]
フルーツ様香気を付与するのに好適なホップの品種を選定するために、試飲用サンプルの調製及びその官能評価を行った。試飲用サンプルの調製は、1.5Lスケールの装置を用いて行った。まず、仕込麦汁糖度13.5度に調整した仕込麦汁(仕込時の麦芽使用比率67%,副原料(米・コーングリッツ・コーンスターチ)使用比率33%)をサンプル麦汁として用意した。このサンプル麦汁を電気ヒーターで加温煮沸した。その際、煮沸強度は一定で、60分間で蒸発率が10%となるようにコントロールして行った。サンプル麦汁の煮沸終了5分前にホップを0.5g/L添加した。煮沸終了後、蒸発量と同量の水をサンプル麦汁に追加した上で、95℃で60分間麦汁静置させた。ろ紙ろ過後のサンプルを試飲用サンプルとした。ホップの品種は、チェコ産ザーツ種、ドイツ産ヘルスブルッカー種、ドイツ産ノーザンブルワー種、ニュージーランド産マチュエカ種、アメリカ産カスケード種を使用し、より詳細には、後述の表1に記載のホップ品種を表1に記載の添加量で用いて試飲用サンプルを調製した。なお、ホップはいずれの試験区でも、サンプル麦汁の煮沸終了5分前に添加した。3名の官能評価パネルが試飲用サンプルを試飲し、その香気特徴を定性的に評価した。その結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
ニュージーランド産マチュエカ種のホップを用いた試飲サンプルからは、爽快でみずみずしいフルーツ様香気、特にマスカット様香気が感じられた。アメリカ産カスケード種のホップを用いた試飲サンプルからもフルーツ様香気が感じられたものの、前述のマチュエカ種のホップを用いた試飲サンプルと比べるとやや重い香りを連想するフルーツ様香気であった。その他の品種のホップを用いた試飲サンプルからは、目的としたフルーツ様の香りは確認できなかった。このように、フルーツ様香気を持つ未発酵ビール風味発泡性飲料の製造では、マチュエカ種とカスケード種のホップが適していることが判明した。中でも、マチュエカ種のホップを用いた場合は、そのフルーツ様香気が爽快でみずみずしく、マスカット様香気が感じられる点で特に好適であると評価した。
【実施例2】
【0037】
[フルーツ様香気等の官能評価と関連したホップ香気成分指標の探索]
上記実施例1において、マチュエカ種のホップを用いた際に得られたフルーツ様香気が、どのようなホップ香気成分に由来するか等を調べるために、ロット番号(年産)が異なるマチュエカ種のホップを用意し、ホップの添加量を0.39g/Lから0.55g/Lまで、煮沸時間を5分間から10分間まで条件を振って試飲用サンプルを調製し(表2)、その試飲用サンプルの官能評価を行った。官能評価は、3名の官能評価パネルが試飲用サンプルを試飲して、「フルーツ様香気の強度」、「樹脂様臭の強度」、及び、両強度の総合評価としての「好ましさ」を評価することにより行った。フルーツ様香気(フルーツ香)の強度、及び、樹脂様臭の強度の評価結果は、それぞれの強度をスコアし、1:「感じない」、2:「僅かに感じる」、3:「感じる」、4:「やや強く感じる」、5:「強く感じる」の5段階で表現した。また、フルーツ様香気と樹脂様臭の両強度の総合評価(すなわち、ホップ等由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与されていることの総合評価)としての「好ましさ」の評価結果は、1:「好ましくない」、2:「やや好ましい」、3:「好ましい」の3段階で表現した。この官能評価の結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
ホップの年産(ロット番号)、添加量、煮沸時間によってフルーツ様香気の強度、樹脂様臭の強度、総合評価(好ましさ)に差異が認められた。最も高い総合評価3を得た、試験区#7、#8、#9は、いずれもフルーツ様香気の強度が3であり、樹脂様臭の強度が3であった。これらの試験区では、樹脂様臭も感じられたが、その強度はフルーツ様香気を妨げる程強くはなかったため、総合評価は最も高い3となった。試験区#1、#2は、フルーツ様香気の強度が5と高かったものの、樹脂様臭の強度も5と高く、フルーツ様香気が妨げられていたため、総合評価は2にとどまった。試験区#3、#4、#5では、いずれもフルーツ様香気の強度は3であったが、樹脂様臭の強度が5と高く、フルーツ様香気が強く妨げられていたため、総合評価は最も低い1となった。試験区#6は、フルーツ様香気の強度が4とやや高かったものの、樹脂様臭の強度も5と高く、フルーツ様香気が妨げられていたため、総合評価は2にとどまった。
【0040】
次に、前述の表2の試験区#1〜#9の試飲用サンプルの官能評価と化学成分との関係を調べるために、まず、マススペクトロメーター検出器付きガスクロマトグラフィー(GC/MS)を用いて、表2の試験区#1〜#9の試飲用サンプルの解析を行った。GC/MSによる分析は、各試験区の試飲用サンプル中の香気成分をC18固相カラムで抽出し、それをGC/MSに供することによって行った。成分の定量には内部標準法を用いた。内部標準物質にはボルネオール(Borneol)を用い、試料中で25ppbになるように添加した。GC/MSによる分析条件を表3に記載する。
【0041】
【表3】

【0042】
GC/MSによる各成分の定量の単位は基本的にはppbで行ったが、ミルセン(Myrcene)、α−フムレン(α-Humulene)、及び、β−カリオフィレン(β-Caryophyllene)については、それらの各成分の定量イオンのレスポンス値を、内部標準ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値で除した比率(%)を定量値とした。試験区#1〜#9のそれぞれの成分の定量値を前述の表2に示す。
【0043】
前述の表2の試験区#1〜#9の試飲用サンプルの各官能評価と化学成分との関係を調べるために、これらの試飲用サンプルにおけるフルーツ様香気(フルーツ香)の強度のスコア、樹脂様臭の強度のスコア、総合評価のスコアと、表2記載の各成分値との間の相関係数を算出した。その結果を表4に示す。
【0044】
【表4】

【0045】
フルーツ様香気の強度スコアは、リナロール(Linalool)の成分値(ppb)との間で0.9724、ネロール(Nerol)の成分値(ppb)との間で0.9570と高い相関係数が得られたことから、リナロールとネロールは、フルーツ様香気の好適な指標になり得る事が示された。一方、樹脂様臭の強度スコアは、ミルセン(Myrcene)の成分値(%)との間で最も高い0.8523という相関係数が得られた。また、総合評価(好ましさ)のスコアに関しては、絶対値が0.8以上となるような高い相関係数は、いずれの成分値との間でも得られなかった。そこで、総合評価は、フルーツ様香気の強度と樹脂様臭の強度のバランスから成り立っていると考え、成分比率との相関関係を調べた。成分比率に用いる成分としては、上述の相関が認められたフルーツ様香気の指標候補成分リナロールとネロール、樹脂様臭指標候補成分ミルセンを選択した。ミルセンの定量値(%)をリナロールの定量値(ppb)で除した比率(Myrcene/Linalool)、及び、ミルセンの定量値(%)をネロールの定量値(ppb)で除した比率(Myrcene/Nerol)を算出し、それらの比率と総合評価スコアとの相関係数を調べた。その結果を表5に示す。
【0046】
【表5】

【0047】
総合評価スコアは、ミルセン/リナノール、及び、ミルセン/ネロールのいずれとの間でも、−0.9台の高い負の相関係数が得られた。このことから、これらの成分比率が、総合評価(すなわち、ホップ等由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与されていることの総合評価)の好適な指標となり得ることが示された。
【実施例3】
【0048】
[指標成分の有効性の検証、及び、指標成分の数値範囲の設定]
上記実施例2で得られた成分と官能評価の関係をさらに検証すべく、試飲用サンプルの調製とその官能評価をさらに行った。マチュエカ種のホップの添加量を0.53g/Lとし、煮沸時間を後述の表6に示すようにしたこと以外は、上記実施例1と同じ方法で試飲用サンプル(試験区#10から#14)を調製した。表2の試験との比較では、ホップの煮沸時間を延長し、成分値を変化させた。かかる試飲用サンプルの各成分値をGC/MSによって解析した定量値を表6に示す。なお、GC/MSによる解析は、上記実施例2と同じ方法を用いた。
【0049】
【表6】

【0050】
その結果、試験区#11、#13、#14では、フルーツ様香気の強度が3、樹脂様臭強度が2又は3であり、総合評価が3となった。一方、試験区#10と#12では、樹脂様臭は2又は3とそれほど高くはなかったが、フルーツ様香気強度は最も低い1であったため、総合評価は最も低い1となった。
【0051】
前述の表2、表5及び表6に記載された官能評価と各成分値(ppb又は%)と成分比率をまとめて、それらを総合評価スコアが高い順に試験区を上から並べ替えて、ホップ等由来のオフフレーバーを抑制させつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気を付与させるための成分値の範囲、成分比の範囲を調べた(表7)。
【0052】
【表7】

【0053】
最も高い総合評価である3を得た試験区は、太枠の範囲内の試験区(#7〜9、#11、#13、#14)である。総合評価が3である試験区を、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されている試験区と評価した。総合評価が3である太枠の範囲内の試験区では、フルーツ様香気が全て3であり、かつ樹脂様臭が2又は3であった。以下にまず総合評価と、フルーツ様香気強度、樹脂様臭強度との関係を考察した。総合評価とした好ましさは、異臭となる樹脂様臭が一定の強度以下で、かつ目的としたフルーツ様香気が一定の強度以上存在することで構成されていると考える。したがって表7から「好ましさ」を、樹脂様臭強度及びフルーツ様香気強度で定義すると、樹脂様臭強度が3以下であり、かつフルーツ様香気強度が3以上であることが望ましい、ということになる。実際、総合評価が2又は1の試験区では、この条件を満たしていない(表7)。
【0054】
この定義を、表4で得られた樹脂様臭指標候補成分ミルセン、フルーツ様香気指標候補成分リナロールとネロールの定量値(ppb又は%)で定義し直すと次のようになる。すなわち、(A)樹脂様臭強度が3以下:ミルセンの定量値が146.4%(試験区#3)未満、好ましくは54.4%(試験区#7)以下、より好ましくは36.5%(試験区#14)以下であって、かつ、(B)フルーツ様香気強度が3以上:リナロールの定量値が3.8ppb(試験区#13)以上、好ましくは7.6ppb(試験区#11)以上、より好ましくは18.7ppb(試験区#7)以上であり、かつ、ネロールの定量値が0.4ppb(試験区#10や#13)より高く、好ましくは0.6ppb(試験区#8)以上、より好ましくは0.9ppb(試験区#7)以上である、という数値範囲を得た。
【0055】
一方、総合評価「好ましさ」を、表5で得られた成分組成比で表現すると、ミルセン/リナノール、及び、ミルセン/ネロールはある上限値以下であることが望ましいということになる。前述の表7において、最も高い総合評価である3を得た試験区(#7〜9、#11、#13、#14)のミルセン/リナノールやミルセン/ネロールを踏まえた上で、総合評価「好ましさ」をより詳細に定義すると以下のようになる。すなわち、(C)総合評価「好ましさ」が3:ミルセン/リナノールが5.2661(試験区#13)以下、好ましくは3.7731(試験区#11)以下、より好ましくは2.9054(試験区#7)以下であり、かつ、ミルセン/ネロールが59.7692(試験区#7)以下、好ましくは29.1071(試験区#11)以下、より好ましくは25.9750(試験区#14)以下、という組成比の数値範囲を得た。
【実施例4】
【0056】
[市販品の分析結果]
現状のアルコール含量0.00%(w/w)のビール風味発泡性飲料の市販品について官能検査を行ったが、本発明において新たに見いだされたような香気、すなわち、ホップ等由来のフルーツ様香気を明確に感じる市販品はなく、さらには、ホップ等由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与された市販品もなかった。したがって、市販品の定量値は、上記実施例3で特定した5種類すべての指標の数値範囲を同時に充たすことはないはずである。表8に3種類の市販品の各定量値を示した。市販品の各定量値のうち、上記実施例3で特定した数値範囲を充たしている種類の指標の定量値を太字かつ下線で示した。
【0057】
【表8】

【0058】
表8から分かるように、現状のアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の市販品の中には、上記実施例で特定した5種類すべての指標の数値範囲を充たす市販品は無かった。この試験結果から、本発明における「ホップ等由来のオフフレーバーが抑制されつつ、ホップ等由来のフルーツ様香気が付与された香気」を有する市販品がないことが、化学成分値からも裏付けられた。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、ホップ又はホップ成分を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の分野に利用することができる。より詳細には、本発明は、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の分野に好適に例示することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホップ又はホップ成分を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料において、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量が、GC/MSによる以下の(a)〜(e)の定量値の数値範囲を充足するように調製されていることを特徴とする、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料:
(a)内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値に対する、ミルセンのイオン93m/zのレスポンス値の比率が146.4%未満であり、かつ、
(b)リナロール濃度が3.8ppb以上であり、かつ、
(c)ネロール濃度が0.4ppbより高く、かつ、
(d)リナロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が5.2661以下であり、かつ、
(e)ネロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が59.7692以下である。
【請求項2】
ホップ又はホップ成分を用いたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の製造において、ホップ又はホップ成分を、原料液中で煮沸することにより、飲料中のミルセン、リナロール及びネロールの含量をGC/MSによる以下の(a)〜(e)の定量値の数値範囲を充足するように調整することを特徴とする、オフフレーバーが抑制されつつ、フルーツ様香気が付与されたアルコールゼロのビール風味発泡性飲料の製造方法:
(a)内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zのレスポンス値に対する、ミルセンのイオン93m/zのレスポンス値の比率が146.4%未満であり、かつ、
(b)リナロール濃度が3.8ppb以上であり、かつ、
(c)ネロール濃度が0.4ppbより高く、かつ、
(d)リナロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が5.2661以下であり、かつ、
(e)ネロール濃度の値(ppb)に対する上記(a)における比率の値(%)の比率が59.7692以下である。
【請求項3】
ホップ又はホップ成分が、マチュエカ種のホップ又はホップ成分であることを特徴とする、請求項2に記載のビール風味発泡性飲料の製造方法。
【請求項4】
ホップ又はホップ成分の煮沸時間が、5分間〜20分間の範囲内であることを特徴とする、請求項2又は3に記載のビール風味発泡性飲料の製造方法。

【公開番号】特開2013−42675(P2013−42675A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180608(P2011−180608)
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【Fターム(参考)】