オーステナイト系ステンレス鋼
【課題】高温でのクリープ強度及び耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:15〜25%、Ni:20〜40%、及び、Nb:2.3〜5.0%を含有し、かつ、Zr:0.001〜0.50%、及び/又は、Nd:0.001〜0.30%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、700℃以上の高温域で時効処理において、結晶粒30の粒内にNi3NbないしはFe2Nb40が析出し、粒界10にFe2Nb20が析出する。さらに、Zr及び/又はNdが含有される。そのため、700℃以上の高温域におけるクリープ強度が向上し、耐水蒸気酸化性も向上する。
【解決手段】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:15〜25%、Ni:20〜40%、及び、Nb:2.3〜5.0%を含有し、かつ、Zr:0.001〜0.50%、及び/又は、Nd:0.001〜0.30%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、700℃以上の高温域で時効処理において、結晶粒30の粒内にNi3NbないしはFe2Nb40が析出し、粒界10にFe2Nb20が析出する。さらに、Zr及び/又はNdが含有される。そのため、700℃以上の高温域におけるクリープ強度が向上し、耐水蒸気酸化性も向上する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼に関し、さらに詳しくは、高温圧力容器や、ボイラ、発電用タービンのブレード、化学工業プラントの設備等に利用されるオーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
化学工業プラントの設備や高温圧力容器、ボイラ、発電用タービン等は、高温及び高圧の流体を扱う。これらの設備の構成部材は、耐熱鋼材が利用される。耐熱鋼材はたとえば、鋼管、鋼板、棒鋼、鍛鋼品、鋳鋼品等である。
【0003】
耐熱鋼材として、従来、18−8系オーステナイトステンレス鋼が利用されている。18−8系オーステナイトステンレス鋼はたとえば、JIS規格におけるSUS304H、SUS316H、SUS321H及びSUS347Hである。
【0004】
化学工業プラント設備や高温圧力容器、ボイラ、タービン用の耐熱鋼材は、高温強度の改善が求められ、特に、700℃以上の高温におけるクリープ強度の向上が求められる。
【0005】
特開昭62−133048号公報(特許文献1)、特開平7−138708号公報(特許文献2)、特開平8−13102号公報(特許文献3)、特開2004−323937号公報(特許文献4)及び特開2004−323937号公報(特許文献5)は、高温強度の改善を目的としたオーステナイト系ステンレス鋼を開示する。これらの文献に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼は、Nbと、Cと、Nとを含有する。これらの元素は、炭化物、窒化物及び炭窒化物を形成し、鋼の高温強度を向上する。これらの文献に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Cuを含有する。高温において、Cuはオーステナイト母相に析出し、鋼の高温強度を向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭62−133048号公報
【特許文献2】特開平7−138708号公報
【特許文献3】特開平8−13102号公報
【特許文献4】特開2004−323937号公報
【特許文献5】特開2004−3000号公報
【特許文献6】特開2005−2929号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】高田尚記、松尾孝、竹山雅夫、「Fe2Nb Laves相の構造とそのオーステナイト系耐熱鋼の強化相としての役割」、日本学術振興会耐熱金属材料第123委員会研究報告Vol.50 No.3(2009)、p.389〜400
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
最近では、火力発電プラントの発電効率を向上するため、高温におけるクリープ強度がさらに改善された耐熱鋼材が求められる。また、耐熱鋼材には、耐水蒸気酸化性も求められる。
【0009】
本発明の目的は、高温におけるクリープ強度及び耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:15〜25%、Ni:20〜40%、及び、Nb:2.3〜5.0%を含有し、かつ、Zr:0.001〜0.50%、及び/又は、Nd:0.001〜0.30%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。
【0011】
本発明の実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、700℃以上の高温において優れたクリープ強度を有し、優れた耐水蒸気酸化性を有する。
【0012】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼において、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.030%以下を含有してもよい。
【0013】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼において、Feの一部に代えて、質量%で、sol.Al:0.10%以下、Mg:0.010%以下、及び、Ca:0.010%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0014】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼において、不純物としてのC、Si、Mn、P、S、Mo、W、Nのうちの1種又は2種以上を、質量%で、C:0.030%未満、Si:1.0%未満、Mn:1.0%未満、P:0.020%未満、S:0.005%未満、Mo:0.10%未満、W:0.10%未満、及びN:0.030%未満で含有してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、オーステナイト系ステンレス鋼の化学成分において、Nb含有量と、Fe2Nb及びNi3Nbの析出量との関係を示す図である。
【図2A】図2Aは、ジルコニウムを含有しないオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像である。
【図2B】図2Bは、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像である。
【図3A】図3Aは、図2Aの模式図である。
【図3B】図3Bは、図2Bの模式図である。
【図4】図4は、Fe2Nbの粒界被覆率を説明するための模式図である。
【図5】図5は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃における応力−クリープ破断時間線図である。
【図6】図6は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃におけるクリープ歪みと試験時間との関係を示す図である。
【図7】図7は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃におけるクリープ速度と試験時間との関係を示す図である。
【図8A】図8Aは、ボロンを含有しないオーステナイト系ステンレス鋼の断面写真である。
【図8B】図8Bは、ボロンを含有したオーステナイト系ステンレス鋼の断面写真である。
【図9】図9は、ボロンを含有したオーステナイト系ステンレス鋼における、Zr含有量と酸化スケールの平均厚さとの関係を示す図である。
【図10】図10は、ボロン及びジルコニウムを含有したオーステナイト系ステンレス鋼と、ボロン、ジルコニウム及びネオジムを含有したオーステナイト系ステンレス鋼の酸化スケールの平均厚さを示す図である。
【図11】図11は、図7と異なる、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃におけるクリープ速度と試験時間との関係を示す図である。
【図12】図12は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の破断絞りを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。また、以下の説明において、元素に関する%は質量%を意味する。
【0017】
本発明者らは、研究の結果、以下の知見を得た。
(A)耐熱鋼材に用いられる従来のオーステナイト系ステンレス鋼は、炭化物や、NbCrN複合窒化物に代表される窒化物や、炭窒化物により、クリープ強度を向上する。しかしながら、炭化物、窒化物及び炭窒化物は、高温での長時間クリープ強度を改善しにくい。より具体的には、炭化物、窒化物及び炭窒化物は、700℃以上における10万時間クリープ破断強度の向上に寄与しにくい。
【0018】
(B)従来の耐熱鋼材用オーステナイト系ステンレス鋼はさらに、整合析出されたCu相により強度を向上する。Cu相は、短時間の高温強度を改善できる。しかしながら、高温での長時間クリープ強度の向上には寄与しにくい。
【0019】
(C)従来のオーステナイト系ステンレス鋼では、主として、Fe2W型Laves相が析出する。Fe2Wは、高温での短時間クリープ強度を向上する。しかしながら、高温で長時間加熱されると、Fe2Wは凝集粗大化する。そのため、Fe2Wは、高温での長時間クリープ強度の向上に寄与しにくい。
【0020】
(D)炭化物、窒化物及び炭窒化物の代わりに、Ni3Nbと、Fe2Nb型Laves相とが鋼中に析出すれば、高温での長時間クリープ強度が改善される。より具体的には、Ni3Nbは、結晶粒の粒内に析出して、粒内の強度を向上する。一方、Fe2Nbは、粒界に析出して、粒界の強度を向上する。
【0021】
(E)さらに、Zr及びNdは、オーステナイト系ステンレス鋼の高温での長時間クリープ強度を向上する。具体的には、Zrは、結晶粒内に微細なNi3Nbからなるガンマダブルプライム相(γ”相ともいう)を生成する。Zrはさらに、粒界を被覆するFe2Nbの析出を促進する。したがって、Zrは、オーステナイト系ステンレス鋼の粒内及び粒界の強度を向上し、高温での長時間クリープ強度を向上する。Ndは、Fe2Nbで被覆されたオーステナイト粒界の破壊抵抗を高め、加速クリープ域におけるクリープ破断絞りを向上させる。その結果、高温での長時間クリープ強度が向上する。
【0022】
(F)Zr及びNdはさらに、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を向上する。Bを含有するオーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性は低い。しかしながら、Bを含有するオーステナイト系ステンレス鋼に、Zr及び/又はNdを含有すれば、耐水蒸気酸化性が顕著に向上する。
【0023】
(G)Al、Mg、Caは、オーステナイト系ステンレス鋼の熱間加工性を改善する。
【0024】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、以上の知見に基づく。以下、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の詳細を説明する。
【0025】
[化学組成]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、以下の化学組成を有する。
【0026】
Cr:15〜25%
クロム(Cr)は、鋼の耐酸化性と、耐水蒸気酸化性と、耐高温腐食性とを向上する。Cr含有量が少なすぎれば、700℃以上の高温域において、有効な耐酸化性、耐水蒸気酸化性及び耐高温腐食性が得られない。一方、Cr含有量が多すぎれば、クリープ強度が低下し、延性が低下する。したがって、Cr含有量は15〜25%である。好ましいCr含有量は16〜23%であり、さらに好ましくは、17〜21%である。
【0027】
Ni:20〜40%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト相を安定化する。つまり、Niはオーステナイト生成元素である。さらに、Ni3Nb及びFe2Nbの析出量は、Ni含有量と関係する。Ni含有量が少なすぎれば、Ni3Nbの析出量は少ない。一方、Ni含有量が多すぎれば、Ni3Nbの析出量が過剰に多くなるため、Fe2Nbの析出量が減少する。Fe2Nbの析出量が減少すれば、高温での長時間クリープ強度が低下する。
したがって、Ni含有量の範囲は、オーステナイト相、Fe2Nb(Laves相)及びNi3Nbの3相が共存する範囲にする。具体的には、Ni含有量は20〜40%である。好ましいNi含有量は、25〜35%であり、さらに好ましくは、29〜33%である。
【0028】
Nb:2.3〜5.0%
ニオブ(Nb)は、Niと結合してNi3Nbを形成する。ニオブはさらに、Feと結合してFe2Nbを形成する。これらの金属間化合物(Ni3Nb及びFe2Nb)の生成量は、Nb含有量に依存する。
上述のとおり、Ni3Nbは結晶粒内に析出して粒内を強化し、Fe2Nbは粒界に優先的に析出して粒界を強化する。したがって、700℃以上の高温域において、結晶粒内及び結晶粒界を強化するには、高温域において、鋼中にNi3Nbが析出しているとともに、Fe2Nbが析出しているのが好ましい。より好ましくは、700℃以上の高温域において、Fe2Nbの析出量が、Ni3Nbの析出量の0.5〜2倍程度の範囲で収まるのが好ましい。
【0029】
図1は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成のうち、Nb含有量を変化した場合の700℃におけるNi3Nb及びFe2Nbの析出量を示す図である。図1を参照して、横軸は、Nb含有量(質量%)である。縦軸は、Ni3Nb及びFe2Nbの析出量(体積%)を示す。図中の実線L1はFe2Nbの析出量を示す。図中の実線L2は、Ni3Nbの析出量を示す。
【0030】
図1を参照して、Ni3Nb(実線L2)は、Nb含有量が0%から増加するに従い、急速に増加する。しかしながら、Nb含有量が1.5%を超えると、Nb含有量が増加しても、Ni3Nbはそれほど析出しない。一方、Fe2Nb(実線L1)は、Nb含有量が1.5%を超えるまでは析出しない。そして、Nb含有量が1.5%を超えると、Nb含有量の増加に伴い、Fe2Nbの析出量も増加する。
【0031】
Nb含有量が2.3%以上であれば、Fe2Nbの析出量がNi3Nbの析出量の0.5倍以上となる。一方、Nb含有量が5.0%以下であれば、Fe2Nbの析出量がNi3Nbの析出量の2倍以下になる。したがって、Nb含有量は2.3〜5.0%である。好ましいNb含有量は、2.5〜4.0%であり、さらに好ましくは、2.7〜3.5%である。
【0032】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Zr及び/又はNdを含有する。つまり、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、Zr及びNdのうちの少なくとも1種以上を含有する。Zr及びNdはともに、高温での長時間クリープ強度を向上し、耐水蒸気酸化性を向上する。
【0033】
Zr:0.001〜0.50%
ジルコニウム(Zr)は、結晶粒内において、微細なNi3Nbからなるγ”相の相安定性を向上し、結晶粒内の強度を向上する。Zrはさらに、Fe2Nb(Laves相)の粒界への生成を促進し、粒界の強度を向上する。その結果、Zrは、オーステナイト系ステンレス鋼の高温での長時間クリープ強度を向上する。
【0034】
Zrはさらに、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を向上する。オーステナイト系ステンレス鋼がボロン(B)を含有する場合、耐水蒸気酸化性が低下する。Zrは特に、Bを含有するオーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を顕著に向上する。その理由としては、以下が推定される。Zrは、酸素との親和力が高いため、加熱初期におけるFe等の酸化物の形成を抑制する。その結果、鋼の表面に酸化スケールとしてクロミア(Cr2O3)スケールの生成を促進する。クロミアスケールは緻密な構造を有するため、酸素イオンがクロミアスケールを通って鋼内に侵入しにくい。そのため、酸化スケールが成長しにくい。一方、Zrが過剰に含有されると、クロミアスケールにFeやNi、Zrが固溶し易くなり、酸化スケールがスピネル構造になる。スピネル構造中での酸素イオンの拡散は速いため、酸化スケールが成長しやすくなる。
【0035】
Zr含有量が0.001%以上であれば、オーステナイト系ステンレス鋼の高温でのクリープ強度が向上し、かつ、耐水蒸気酸化性が向上する。一方、Zrが過剰に含有されれば、鋼の靭性が低下し、熱間加工性も低下する。さらに、上述のとおり、酸化スケールが成長しやすくなり、耐水蒸気酸化性が低下する。したがって、Zr含有量は0.001%〜0.50%である。好ましいZr含有量は、0.001〜0.35%であり、より好ましくは、0.001〜0.20%である。さらに好ましいZr含有量は、0.001〜0.13%である。
【0036】
Nd:0.001〜0.30%
ネオジム(Nd)は、長時間クリープにおける粒界破壊抵抗を高め、クリープ脆化を抑制する。その結果、Ndは、クリープ強度を向上する。Ndはさらに、耐水蒸気酸化性を向上する。Ndは特に、ボロン(B)を含んだオーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を顕著に向上する。一方、Ndが過剰に含有されれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Nd含有量は、0.001〜0.30%である。好ましいNd含有量は0.01〜0.20%であり、さらに好ましくは0.01〜0.10%である。
【0037】
残部はFe及び不純物である。不純物は、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石あるいはスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって鋼に混入される。
【0038】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、不純物としての複数の元素(C、Si、Mn、P、S、Mo、W、N)のうちの1種又は2種以上を含有してもよい。しかしながら、不純物の含有量は少ない方が好ましい。したがって、上述の不純物の含有量は、以下のとおり制限されるのが好ましい。
【0039】
C:0.030%未満
本実施の形態において、炭素(C)は不純物である。CはFeやNb、Crと結合して炭化物を形成する。鋼が高温で長時間加熱されると、炭化物は凝集粗大化する。粗大化した炭化物により、結晶粒内及び粒界の強度が低下する。
【0040】
Cはさらに、CrやNbと結合することにより、Ni3Nb及びFe2Nbの生成を阻害する。特に、C含有量が多ければ、Fe2Nbの生成が阻害され、結晶粒界の高温強度が低下する。
【0041】
以上より、Cは、高温での長時間クリープ強度を低下する。そのため、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、C含有量は少ない方が好ましい。C含有量は0.030%未満である。好ましいC含有量は、0.020%未満、より好ましくは0.005%未満である。
【0042】
Si:1.0%未満
本実施の形態において、Siは不純物である。Siは、Niと結合してシリサイドを形成する。シリサイドは非常に脆い金属間化合物である。そのため、シリサイドは鋼を脆化する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、Si含有量は少ない方が好ましい。Si含有量は1.0%未満である。
【0043】
Mn:1.0%未満
本実施の形態において、マンガン(Mn)は不純物である。Mnはσ相の生成を促進する。σ相は脆い金属間化合物であるため、鋼を脆化する。したがって、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼では、Mn含有量は少ない方が好ましい。Mn含有量は、1.0%未満である。
【0044】
P:0.02%未満
リン(P)は不純物である。Pは熱間加工性及び延性を低下する。したがって、P含有量は少ない方が好ましい。P含有量は0.02%未満である。
【0045】
S:0.005%未満
硫黄(S)は不純物である。Sは熱間加工性を低下する。したがって、S含有量は少ない方が好ましい。S含有量は0.005%未満である。
【0046】
Mo:0.10%未満
本実施の形態において、モリブデン(Mo)は、不純物である。Moは、Fe2Mo型Laves相を形成し、Fe2Nbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、Mo含有量は少ない方が好ましい。Mo含有量は0.10%未満である。
【0047】
W:0.10%未満
本実施の形態において、タングステン(W)は、不純物である。上述のとおり、WはFe2W型Laves相を形成する。鋼を高温で長時間加熱した場合、Fe2Wは粗大化し、クリープ強度を低下する。Wはさらに、Fe2Nbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、W含有量は少ない方が好ましい。W含有量は0.10%未満である。
【0048】
N:0.030%未満
窒素(N)は、Nbと結合してNb窒化物を形成する。鋼を高温で長時間加熱したとき、窒化物は、凝集粗大化する。粗大化した窒化物は鋼のクリープ強度を低下する。Nはさらに、Nbと結合するため、Ni3Nb及びFe2Nbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、N含有量は少ない方が好ましい。N含有量は、0.030%未満であり、さらに好ましくは、0.005%未満である。
【0049】
他の不純物として酸素(O)がある。Oは、熱間加工性を低下する。したがって、O含有量はなるべく少ない方が好ましい。
【0050】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、Bを含有してもよい。
【0051】
B:0.030%以下
ボロン(B)は、粒界へのFe2Nbの生成を促進し、Fe2Nbの析出量を増加する。そのため、Bは、高温での長時間クリープ強度を向上する。一方、ボロン含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。ボロンが過剰に含有されると、製造工程中に生成されるボライドの溶体化温度が上がる。そのため、溶体化処理後に未固溶のボライドが残存する。未固溶ボライドは鋼の靭性を低下する。したがって、ボロン含有量は0.030%以下である。ボロン含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0052】
Bが含有されると、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性が低下する。しかしながら、上述のとおり、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、Zr及び/又はNdを含有する。そのため、Bを含有していても、優れた耐水蒸気酸化性が得られる。
【0053】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、sol.Al、Mg及びCaから選択される1種又は2種以上を含有する。Al、Mg及びCaは、鋼の熱間加工性を向上する。
【0054】
sol.Al(酸可溶性Al):0.10%以下
アルミニウム(Al)、は、鋼を脱酸する。Zr及びNdは酸素との親和力が高い。Alは鋼を脱酸するため、Zr及びNdが酸素と結合するのを抑制できる。Alはさらに、OやSを固着して、鋼の熱間加工性を向上する。一方、Al含有量が多すぎれば、靭性が低下する。したがって、Sol.Alの含有量は0.10%以下である。Sol.Al含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0055】
Mg:0.010%以下
マグネシウム(Mg)、は、Alと同様に、鋼を脱酸し、鋼の熱間加工性を向上する。Mg含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Mgの含有量は0.010%以下である。Mg含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0056】
Ca:0.010%以下
カルシウム(Ca)は、Al及びMgと同様に、鋼を脱酸し、鋼の熱間加工性を向上する。一方、これらの元素の含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Ca含有量は0.010%以下である。Ca含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0057】
[製造方法]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例を説明する。
【0058】
上述の化学組成を有する溶鋼を高炉又は電炉溶解により製造する。製造された溶鋼に対して必要に応じて周知の脱ガス処理を施す。
【0059】
次に、溶鋼を連続鋳造法により連続鋳造材にする。連続鋳造材とはたとえばスラブやブルームやビレットである。又は、溶鋼を造塊法によりインゴットにする。連続鋳造材又はインゴットを周知の方法により熱間加工して、オーステナイト系ステンレス鋼材にする。オーステナイト系ステンレス鋼材はたとえば、鋼管、鋼板、棒鋼、鍛鋼等である。
【0060】
製造されたオーステナイト系ステンレス鋼材に対して溶体化処理を施す。溶体化処理は、周知の方法により行われる。溶体化処理の温度(溶体化温度)はたとえば、1000〜1300℃である。溶体化処理の時間はたとえば、0.1時間〜2時間である。
【0061】
溶体化処理されたオーステナイトステンレス鋼に対して、周知の時効処理を施してもよい。また、所望の鋳型を用いて、溶鋼を鋳込むことにより、鋳鋼品が製造される。
【0062】
以上の工程により、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼が製造される。
【0063】
[組織]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼を、700℃以上の高温で所定時間加熱した場合、鋼中の結晶粒界にはFe2Nbが析出する。また、結晶粒内には、Ni3Nbが析出する。
【0064】
特に、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼がZrを含有する場合、その組織は、次に示す特徴を有する。
【0065】
図2Aは、表1に示す鋼MT1を700℃で1200時間時効処理した場合の鋼のSEM画像(反射電子像)である。図2Bは、表1に示す鋼MT2を鋼MT1と同じ条件で時効処理した場合の鋼のSEM画像である。図2Aの画像の表示倍率は、図2Bの画像の表示倍率と同じである。図3Aは、図2Aの模式図であり、図3Bは図2Bの模式図である。
【表1】
【0066】
表1を参照して、鋼MT1は、Zr及びNdを含有していない。しかしながら、鋼MT1のそれ以外の化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内である。図2A及び図3Aを参照して、鋼MT1の粒界10上には、複数のFe2Nb20が生成される。Fe2Nb20は粒界10の一部を覆う。さらに、結晶粒30内には、Ni3Nbからなる複数のδ相ないしはFe2Nb40が生成される。
【0067】
表1を参照して、鋼MT2は、Zrを含有し、その化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内である。図2B及び図3Bを参照して、鋼MT2では、粒界10上には、複数のFe2Nb20が生成される。さらに、結晶粒30内には、Ni3Nbからなり、δ相よりも微細なγ”相50が生成される。
【0068】
ここで、結晶粒界の長さに対する、Fe2Nbに覆われた粒界の長さの比を、粒界被覆率(%)と定義する。粒界被覆率は、以下の方法で算出される。
【0069】
オーステナイト系ステンレス鋼の任意の場所からサンプルを採取する。採取されたサンプルから、30μm2の領域を5視野観察する。観察には走査型電子顕微鏡(SEM)を用いる。図4は、観察された領域の模式図である。領域中の結晶粒界の全長Lを測定する。そして、Fe2Nbに覆われた各粒界部分(総計n個)の長さA1〜Anを測定する。
【0070】
得られたL及びA1〜Anに基づいて、各領域(合計5つ)における粒界被覆率(%)を、以下の式(1)に基づいて求める。
【0071】
粒界被覆率=(A1+A2+A3+・・・+An)/L (1)
得られた5つの粒界被覆率の平均を、本実施の形態におけるFe2Nbの粒界被覆率ρ(%)と定義する。
【0072】
式(1)に基づいて算出された、鋼MT1の粒界被覆率ρは39.3%である。一方、鋼MT2の粒界被覆率ρは62.0%である。鋼MT2は、鋼MT1よりも粒界被覆率が大きい。さらに、上述のとおり、鋼MT2では、δ相よりも微細なγ”相が安定化する。したがって、鋼MT2の結晶粒内及び結晶粒界の強度は鋼MT1よりも高く、高温での長時間クリープ強度が高くなる。
【0073】
以上のとおり、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、Zrを含有する場合、高い粒界被覆率を有し、かつ、安定したγ”相を有する。そのため、高温での長時間クリープ強度が高くなる。
【0074】
一方、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼がZrを含有せず、Ndを含有する場合も、高温で時効処理することにより、鋼MT1及び鋼MT2と同様に、粒界にFe2Nbが生成され、粒内にNi3Nbが生成される。したがって、Fe2Nb及びNi3Nbにより、結晶粒内及び粒界の強度が向上する。さらに、Ndにより粒界破壊抵抗が高められる。そのため、高温での優れた長時間クリープ強度が得られる。
【実施例1】
【0075】
表1に示す化学組成を有する複数のオーステナイト系ステンレス鋼MT1、MT2及び鋼T3とを用いて、複数の鋼板を製造した。そして、各鋼板の高温での長時間クリープ強度を調査した。T3は、Zrを含有しなかった。また、Mn含有量及びP含有量が本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲外であった。
【0076】
[調査方法]
表1に示す化学組成を有する鋼MT1、鋼MT2及び鋼T3を高周波真空溶解炉により溶製し、円柱状のインゴットを製造した。各マークのインゴットの外径は180mmであり、重量は50kgであった。
【0077】
各インゴットを1100℃で2時間均熱した。均熱されたインゴットを熱間加工し、50mmの厚さと100mmの幅とを有する板材を製造した。得られた板材を1100℃で加熱した。加熱された板材を熱間圧延し、15mmの厚さを有する鋼板を製造した。製造された鋼板に対して、クリープ破断試験を実施した。クリープ破断試験はJIS Z2271に基づいて実施した。試験温度は700℃であった。
【0078】
[調査結果]
図5は、鋼MT1、MT2及びT3の応力−クリープ破断時間線図である。図5の横軸は破断時間を示し、縦軸は、試験時に試験片に与えた応力を示す。図中の線分CT1は、鋼MT1の試験結果である。線分CT2は、鋼MT2の試験結果であり、線分CT3は、鋼T3の試験結果である。図5を参照して、線分CT2は、線分CT1及び線分CT3よりも高かった。したがって、Zrを含有する鋼MT2は、高温において、優れた長時間クリープ強度を有した。
図6は、試験温度700℃、荷重120MPaでクリープ試験を行ったときの鋼MT1と鋼MT2との歪み量と時間(h)との関係を示す図である。図中の曲線CT1が鋼MT1の試験結果であり、曲線CT2は鋼MT2の試験結果である。図6を参照して、同じ荷重を与えた場合、鋼MT2の破断時間の方が、鋼MT1の破断時間よりも顕著に大きかった。本発明におけるオーステナイト系ステンレス鋼においては、クリープ強度はクリープ破断時間と共に破断延性(絞り)が両立できることが必須であり、そのためには(クリープ破断時間)×(破断絞り)の値の大きな材料がクリープ強度に優れると評価される。Zrを含有した鋼MT2は、破断時間が顕著に増大するため、クリープ強度が向上すると考えられる。
【0079】
図7は、図6と同じ条件でクリープ試験を実施したときの、鋼MT1と鋼MT2とにおける、クリープ速度(h−1)と時間(h)との関係を示す図である。図7中の曲線CT1は、鋼MT1の試験結果であり、曲線CT2は、鋼MT2の試験結果である。
【0080】
クリープ試験開始時のクリープ速度は鋼MT1及び鋼MT2ともに同程度である。しかしながら、試験時間が30時間を超えると、鋼MT2のクリープ速度は、鋼MT1のクリープ速度よりも顕著に低くなる。鋼MT2の結晶粒内にγ”相が生成され、かつ、γ”相が安定化することにより、クリープ抵抗が高くなる。その結果、クリープ速度が低くなったと推定される。
【0081】
さらに、試験時間が1000時間を超えると、鋼MT1及び鋼MT2ともにクリープ速度が増大した。しかしながら、鋼MT2のクリープ速度の単位時間当たりの増大量は、鋼MT1よりも少なかった。特に1000〜3000時間の範囲で、この傾向が顕著であった。このとき、鋼MT2内でFe2Nbが生成され、粒界を被覆するため、粒界の強度が維持され、その結果、クリープ速度の急速な増大が抑えられたと推定される。
【実施例2】
【0082】
表2に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造し、各鋼板の耐水蒸気酸化性を調査した。
【0083】
【表2】
[調査方法]
表2を参照して、鋼Aは、Zr及びBを含有しなかった。その他の化学組成は、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。鋼Bは、Zrを含有せず、Bを含有した。その他の化学組成は、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の範囲内であった。鋼C〜Fの化学組成は、Zr及びBを含有する本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。鋼MT2及びT8、T9及びT11の化学組成は、Zrを含有し、かつ、Bを含有しない本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。
【0084】
表2に示す各鋼を高周波真空溶解炉により溶製し、円柱状のインゴットを製造した。各鋼のインゴットの外径は180mmであり、重量は50kgであった。
【0085】
各インゴットを1100℃で2時間均熱した。均熱されたインゴットを熱間加工し、50mmの厚さと100mmの幅とを有する板材を製造した。得られた板材を1100℃で加熱した。加熱された板材を熱間圧延し、15mmの厚さを有する鋼板を製造した。
【0086】
各鋼板から3mm厚×10mm幅×20mm長さの試験片を採取した。試験片を治具に吊り下げて加熱炉に挿入した。そして、700℃で500時間、溶存酸素量100ppbの水蒸気雰囲気中で水蒸気酸化試験を実施した。
【0087】
試験後、各試験片を樹脂に埋め込み、切断した。そして、断面を鏡面研磨した。鏡面研磨された断面を500倍で光学顕微鏡観察した。さらに、試験片の酸化スケールの平均厚さを求めた。具体的には、500倍の光学顕微鏡観察において、試験片の表面近傍の任意の5視野(各視野における試験片の表面の幅は200μm)において、内層酸化スケールの厚みを測定した。ここで、内層酸化スケールとは、元の試験片表面より内部に形成された酸化物を示す。測定された内層酸化スケールの厚さの平均値を酸化スケールの平均厚みと定義した。
【0088】
[調査結果]
表2に各鋼の酸化スケールの平均厚み(μm)を示す。また、図8Aに鋼Aの表面近傍の断面写真を示し、図8Bに、鋼Bの表面近傍の断面写真を示す。表2及び図8Aを参照して、鋼Aは、ボロン(B)を含有しなかった。そのため、表面には酸化スケール60があまり生成されなかった。試験片表面に形成された酸化スケール60の平均厚みは、10μmであった。一方、表3及び図8Bを参照して、鋼Bは、ボロン(B)を含有した。そのため、表面には酸化スケール60が多く生成された。酸化スケールの平均厚みは25μmであった。
【0089】
一方、鋼C〜鋼Fは、Bを含有するものの、Zrを含有した。そのため、酸化スケールの平均厚みは20μm未満であった。さらに、鋼MT2、T8、T9及びT11は、Bを含有せず、Zrを含有した。そのため、酸化スケールの平均厚みが10μm未満であった。鋼T11は、Zrを含有するとともに、Cr含有量が多かったために、酸化スケールの平均厚さが非常に薄かった。
【0090】
図9は、同程度の量のCrを含有し、(具体的には、Cr含有量が18.0〜18.4%)かつ、Bを含有する鋼C〜鋼Fにおける、Zr含有量と酸化スケールの平均厚さとの関係を示す図である。図9を参照して、上述のとおり、鋼C〜鋼Fの酸化スケールの平均厚みは20μm未満であった。つまり、鋼C〜Fの酸化スケールの平均厚みは、同程度のCr含有量を有する鋼Bの酸化スケールの平均厚みよりも薄かった。したがって、Zrを含有することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性が向上することが確認された。特に、Zr含有量が0.001〜0.13%の範囲内では、酸化スケールの平均厚みは10μm未満となった。曲線CC−Fは、Zr含有量=0.10%で下に凸のピークを示し、Zr含有量=0.10%における酸化スケールの平均厚みは5.5μmにまで減少した。
【0091】
表2に戻って、鋼T8及びT9は、鋼Aと同程度のCr量を含有し、かつ、鋼Aと同じく、Bを含有しなかった。しかしながら、鋼T8及びT9は、Zrを含有した。そのため、鋼T8及びT9の酸化スケールの平均厚みは、鋼Aよりも薄く、10μm未満であった。
【実施例3】
【0092】
表3に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造し、各鋼板の耐水蒸気酸化性を調査した。
【0093】
【表3】
[調査方法]
表3を参照して、鋼G〜I、T16及びT17はいずれも、Zr、Nd及びBを含有する本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。
【0094】
表3に示す各鋼を用いて、実施例2と同じ方法により、鋼板を製造した。そして、製造された鋼板を用いて、実施例2と同じ条件で水蒸気酸化試験を実施し、各鋼の酸化スケールの平均厚みを求めた。
【0095】
[調査結果]
表3に、各鋼の酸化スケールの平均厚みを示す。表3を参照して、各鋼の酸化スケールの平均厚みは15μm未満であり、Zr及びNdを含有せずBを含有する鋼Bの酸化スケールの平均厚みよりも薄かった。
【0096】
図10は、同程度の量のCrを含有し(具体的には、Cr含有量が18.0〜18.4%)、かつ、Bを含有する鋼C〜鋼Iにおける、Zr含有量と酸化スケールの平均厚さとの関係を示す図である。
【0097】
図10を参照して、Ndを含有する鋼G〜Iの酸化スケールの平均厚みの方が、Zrを含有し、Ndを含有しない鋼C〜Fの酸化スケールの平均厚みよりも薄かった。
鋼T16は、ZrおよびNdを含有するとともに、Cr含有量が多かったために、酸化スケールの平均厚みが非常に薄かった。鋼T17は、Cr含有量が16%であるにも関わらず、ZrおよびNdを含有しているため、鋼Bと比較して酸化スケールの平均厚みは非常に薄かった。
【実施例4】
【0098】
表4に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造し、各鋼板の高温での長時間クリープ強度を調査した。
【表4】
【0099】
表4を参照して、鋼T19は、Zrを含有せず、Ndを含有した。その他の化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。一方、鋼T2は、Zr及びNdを含有しなかった。その他の化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。
【0100】
[調査方法]
表4に示す化学組成を有する鋼を用いて、実施例1と同じ製造方法により、鋼板を製造した。製造された鋼板に対して、実施例1と同様に、クリープ破断試験を実施した。試験温度は700℃、試験荷重は300MPaとした。
【0101】
[調査結果]
図11は、鋼T19及びT2のクリープ速度(h−1)と時間(h)との関係を示す図である。図中の「□」印が、鋼T19の試験結果であり、「●」印が鋼T2の試験結果である。鋼T19及び鋼T2ともに、最小クリープ速度とクリープ破断時間とはほぼ同じであった。
【0102】
図12は、鋼T19と鋼T2の破断絞りを示す棒グラフである。図12を参照して、Ndを含有した鋼T19の破断絞りは、Ndを含有しない鋼T2の破断絞りの2倍程度であった。
【0103】
上述のとおり、クリープ強度は、破断時間と破断絞りとの積で評価される。鋼T19の破断時間は、鋼T2とほぼ同じであるものの、鋼T19の破断絞りは、鋼T2よりも顕著に大きい。したがって、鋼T19の高温におけるクリープ強度は、鋼T2よりも高いと考えられる。
【0104】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0105】
10 粒界
20 Fe2Nb型Laves相
30 結晶粒
40 δ相ないしはFe2Nb
50 γ”相
60 酸化スケール
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼に関し、さらに詳しくは、高温圧力容器や、ボイラ、発電用タービンのブレード、化学工業プラントの設備等に利用されるオーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
化学工業プラントの設備や高温圧力容器、ボイラ、発電用タービン等は、高温及び高圧の流体を扱う。これらの設備の構成部材は、耐熱鋼材が利用される。耐熱鋼材はたとえば、鋼管、鋼板、棒鋼、鍛鋼品、鋳鋼品等である。
【0003】
耐熱鋼材として、従来、18−8系オーステナイトステンレス鋼が利用されている。18−8系オーステナイトステンレス鋼はたとえば、JIS規格におけるSUS304H、SUS316H、SUS321H及びSUS347Hである。
【0004】
化学工業プラント設備や高温圧力容器、ボイラ、タービン用の耐熱鋼材は、高温強度の改善が求められ、特に、700℃以上の高温におけるクリープ強度の向上が求められる。
【0005】
特開昭62−133048号公報(特許文献1)、特開平7−138708号公報(特許文献2)、特開平8−13102号公報(特許文献3)、特開2004−323937号公報(特許文献4)及び特開2004−323937号公報(特許文献5)は、高温強度の改善を目的としたオーステナイト系ステンレス鋼を開示する。これらの文献に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼は、Nbと、Cと、Nとを含有する。これらの元素は、炭化物、窒化物及び炭窒化物を形成し、鋼の高温強度を向上する。これらの文献に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Cuを含有する。高温において、Cuはオーステナイト母相に析出し、鋼の高温強度を向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭62−133048号公報
【特許文献2】特開平7−138708号公報
【特許文献3】特開平8−13102号公報
【特許文献4】特開2004−323937号公報
【特許文献5】特開2004−3000号公報
【特許文献6】特開2005−2929号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】高田尚記、松尾孝、竹山雅夫、「Fe2Nb Laves相の構造とそのオーステナイト系耐熱鋼の強化相としての役割」、日本学術振興会耐熱金属材料第123委員会研究報告Vol.50 No.3(2009)、p.389〜400
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
最近では、火力発電プラントの発電効率を向上するため、高温におけるクリープ強度がさらに改善された耐熱鋼材が求められる。また、耐熱鋼材には、耐水蒸気酸化性も求められる。
【0009】
本発明の目的は、高温におけるクリープ強度及び耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:15〜25%、Ni:20〜40%、及び、Nb:2.3〜5.0%を含有し、かつ、Zr:0.001〜0.50%、及び/又は、Nd:0.001〜0.30%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。
【0011】
本発明の実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、700℃以上の高温において優れたクリープ強度を有し、優れた耐水蒸気酸化性を有する。
【0012】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼において、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.030%以下を含有してもよい。
【0013】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼において、Feの一部に代えて、質量%で、sol.Al:0.10%以下、Mg:0.010%以下、及び、Ca:0.010%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0014】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼において、不純物としてのC、Si、Mn、P、S、Mo、W、Nのうちの1種又は2種以上を、質量%で、C:0.030%未満、Si:1.0%未満、Mn:1.0%未満、P:0.020%未満、S:0.005%未満、Mo:0.10%未満、W:0.10%未満、及びN:0.030%未満で含有してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、オーステナイト系ステンレス鋼の化学成分において、Nb含有量と、Fe2Nb及びNi3Nbの析出量との関係を示す図である。
【図2A】図2Aは、ジルコニウムを含有しないオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像である。
【図2B】図2Bは、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像である。
【図3A】図3Aは、図2Aの模式図である。
【図3B】図3Bは、図2Bの模式図である。
【図4】図4は、Fe2Nbの粒界被覆率を説明するための模式図である。
【図5】図5は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃における応力−クリープ破断時間線図である。
【図6】図6は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃におけるクリープ歪みと試験時間との関係を示す図である。
【図7】図7は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃におけるクリープ速度と試験時間との関係を示す図である。
【図8A】図8Aは、ボロンを含有しないオーステナイト系ステンレス鋼の断面写真である。
【図8B】図8Bは、ボロンを含有したオーステナイト系ステンレス鋼の断面写真である。
【図9】図9は、ボロンを含有したオーステナイト系ステンレス鋼における、Zr含有量と酸化スケールの平均厚さとの関係を示す図である。
【図10】図10は、ボロン及びジルコニウムを含有したオーステナイト系ステンレス鋼と、ボロン、ジルコニウム及びネオジムを含有したオーステナイト系ステンレス鋼の酸化スケールの平均厚さを示す図である。
【図11】図11は、図7と異なる、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃におけるクリープ速度と試験時間との関係を示す図である。
【図12】図12は、実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の破断絞りを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。また、以下の説明において、元素に関する%は質量%を意味する。
【0017】
本発明者らは、研究の結果、以下の知見を得た。
(A)耐熱鋼材に用いられる従来のオーステナイト系ステンレス鋼は、炭化物や、NbCrN複合窒化物に代表される窒化物や、炭窒化物により、クリープ強度を向上する。しかしながら、炭化物、窒化物及び炭窒化物は、高温での長時間クリープ強度を改善しにくい。より具体的には、炭化物、窒化物及び炭窒化物は、700℃以上における10万時間クリープ破断強度の向上に寄与しにくい。
【0018】
(B)従来の耐熱鋼材用オーステナイト系ステンレス鋼はさらに、整合析出されたCu相により強度を向上する。Cu相は、短時間の高温強度を改善できる。しかしながら、高温での長時間クリープ強度の向上には寄与しにくい。
【0019】
(C)従来のオーステナイト系ステンレス鋼では、主として、Fe2W型Laves相が析出する。Fe2Wは、高温での短時間クリープ強度を向上する。しかしながら、高温で長時間加熱されると、Fe2Wは凝集粗大化する。そのため、Fe2Wは、高温での長時間クリープ強度の向上に寄与しにくい。
【0020】
(D)炭化物、窒化物及び炭窒化物の代わりに、Ni3Nbと、Fe2Nb型Laves相とが鋼中に析出すれば、高温での長時間クリープ強度が改善される。より具体的には、Ni3Nbは、結晶粒の粒内に析出して、粒内の強度を向上する。一方、Fe2Nbは、粒界に析出して、粒界の強度を向上する。
【0021】
(E)さらに、Zr及びNdは、オーステナイト系ステンレス鋼の高温での長時間クリープ強度を向上する。具体的には、Zrは、結晶粒内に微細なNi3Nbからなるガンマダブルプライム相(γ”相ともいう)を生成する。Zrはさらに、粒界を被覆するFe2Nbの析出を促進する。したがって、Zrは、オーステナイト系ステンレス鋼の粒内及び粒界の強度を向上し、高温での長時間クリープ強度を向上する。Ndは、Fe2Nbで被覆されたオーステナイト粒界の破壊抵抗を高め、加速クリープ域におけるクリープ破断絞りを向上させる。その結果、高温での長時間クリープ強度が向上する。
【0022】
(F)Zr及びNdはさらに、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を向上する。Bを含有するオーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性は低い。しかしながら、Bを含有するオーステナイト系ステンレス鋼に、Zr及び/又はNdを含有すれば、耐水蒸気酸化性が顕著に向上する。
【0023】
(G)Al、Mg、Caは、オーステナイト系ステンレス鋼の熱間加工性を改善する。
【0024】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、以上の知見に基づく。以下、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の詳細を説明する。
【0025】
[化学組成]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、以下の化学組成を有する。
【0026】
Cr:15〜25%
クロム(Cr)は、鋼の耐酸化性と、耐水蒸気酸化性と、耐高温腐食性とを向上する。Cr含有量が少なすぎれば、700℃以上の高温域において、有効な耐酸化性、耐水蒸気酸化性及び耐高温腐食性が得られない。一方、Cr含有量が多すぎれば、クリープ強度が低下し、延性が低下する。したがって、Cr含有量は15〜25%である。好ましいCr含有量は16〜23%であり、さらに好ましくは、17〜21%である。
【0027】
Ni:20〜40%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト相を安定化する。つまり、Niはオーステナイト生成元素である。さらに、Ni3Nb及びFe2Nbの析出量は、Ni含有量と関係する。Ni含有量が少なすぎれば、Ni3Nbの析出量は少ない。一方、Ni含有量が多すぎれば、Ni3Nbの析出量が過剰に多くなるため、Fe2Nbの析出量が減少する。Fe2Nbの析出量が減少すれば、高温での長時間クリープ強度が低下する。
したがって、Ni含有量の範囲は、オーステナイト相、Fe2Nb(Laves相)及びNi3Nbの3相が共存する範囲にする。具体的には、Ni含有量は20〜40%である。好ましいNi含有量は、25〜35%であり、さらに好ましくは、29〜33%である。
【0028】
Nb:2.3〜5.0%
ニオブ(Nb)は、Niと結合してNi3Nbを形成する。ニオブはさらに、Feと結合してFe2Nbを形成する。これらの金属間化合物(Ni3Nb及びFe2Nb)の生成量は、Nb含有量に依存する。
上述のとおり、Ni3Nbは結晶粒内に析出して粒内を強化し、Fe2Nbは粒界に優先的に析出して粒界を強化する。したがって、700℃以上の高温域において、結晶粒内及び結晶粒界を強化するには、高温域において、鋼中にNi3Nbが析出しているとともに、Fe2Nbが析出しているのが好ましい。より好ましくは、700℃以上の高温域において、Fe2Nbの析出量が、Ni3Nbの析出量の0.5〜2倍程度の範囲で収まるのが好ましい。
【0029】
図1は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成のうち、Nb含有量を変化した場合の700℃におけるNi3Nb及びFe2Nbの析出量を示す図である。図1を参照して、横軸は、Nb含有量(質量%)である。縦軸は、Ni3Nb及びFe2Nbの析出量(体積%)を示す。図中の実線L1はFe2Nbの析出量を示す。図中の実線L2は、Ni3Nbの析出量を示す。
【0030】
図1を参照して、Ni3Nb(実線L2)は、Nb含有量が0%から増加するに従い、急速に増加する。しかしながら、Nb含有量が1.5%を超えると、Nb含有量が増加しても、Ni3Nbはそれほど析出しない。一方、Fe2Nb(実線L1)は、Nb含有量が1.5%を超えるまでは析出しない。そして、Nb含有量が1.5%を超えると、Nb含有量の増加に伴い、Fe2Nbの析出量も増加する。
【0031】
Nb含有量が2.3%以上であれば、Fe2Nbの析出量がNi3Nbの析出量の0.5倍以上となる。一方、Nb含有量が5.0%以下であれば、Fe2Nbの析出量がNi3Nbの析出量の2倍以下になる。したがって、Nb含有量は2.3〜5.0%である。好ましいNb含有量は、2.5〜4.0%であり、さらに好ましくは、2.7〜3.5%である。
【0032】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Zr及び/又はNdを含有する。つまり、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、Zr及びNdのうちの少なくとも1種以上を含有する。Zr及びNdはともに、高温での長時間クリープ強度を向上し、耐水蒸気酸化性を向上する。
【0033】
Zr:0.001〜0.50%
ジルコニウム(Zr)は、結晶粒内において、微細なNi3Nbからなるγ”相の相安定性を向上し、結晶粒内の強度を向上する。Zrはさらに、Fe2Nb(Laves相)の粒界への生成を促進し、粒界の強度を向上する。その結果、Zrは、オーステナイト系ステンレス鋼の高温での長時間クリープ強度を向上する。
【0034】
Zrはさらに、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を向上する。オーステナイト系ステンレス鋼がボロン(B)を含有する場合、耐水蒸気酸化性が低下する。Zrは特に、Bを含有するオーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を顕著に向上する。その理由としては、以下が推定される。Zrは、酸素との親和力が高いため、加熱初期におけるFe等の酸化物の形成を抑制する。その結果、鋼の表面に酸化スケールとしてクロミア(Cr2O3)スケールの生成を促進する。クロミアスケールは緻密な構造を有するため、酸素イオンがクロミアスケールを通って鋼内に侵入しにくい。そのため、酸化スケールが成長しにくい。一方、Zrが過剰に含有されると、クロミアスケールにFeやNi、Zrが固溶し易くなり、酸化スケールがスピネル構造になる。スピネル構造中での酸素イオンの拡散は速いため、酸化スケールが成長しやすくなる。
【0035】
Zr含有量が0.001%以上であれば、オーステナイト系ステンレス鋼の高温でのクリープ強度が向上し、かつ、耐水蒸気酸化性が向上する。一方、Zrが過剰に含有されれば、鋼の靭性が低下し、熱間加工性も低下する。さらに、上述のとおり、酸化スケールが成長しやすくなり、耐水蒸気酸化性が低下する。したがって、Zr含有量は0.001%〜0.50%である。好ましいZr含有量は、0.001〜0.35%であり、より好ましくは、0.001〜0.20%である。さらに好ましいZr含有量は、0.001〜0.13%である。
【0036】
Nd:0.001〜0.30%
ネオジム(Nd)は、長時間クリープにおける粒界破壊抵抗を高め、クリープ脆化を抑制する。その結果、Ndは、クリープ強度を向上する。Ndはさらに、耐水蒸気酸化性を向上する。Ndは特に、ボロン(B)を含んだオーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性を顕著に向上する。一方、Ndが過剰に含有されれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Nd含有量は、0.001〜0.30%である。好ましいNd含有量は0.01〜0.20%であり、さらに好ましくは0.01〜0.10%である。
【0037】
残部はFe及び不純物である。不純物は、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石あるいはスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって鋼に混入される。
【0038】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、不純物としての複数の元素(C、Si、Mn、P、S、Mo、W、N)のうちの1種又は2種以上を含有してもよい。しかしながら、不純物の含有量は少ない方が好ましい。したがって、上述の不純物の含有量は、以下のとおり制限されるのが好ましい。
【0039】
C:0.030%未満
本実施の形態において、炭素(C)は不純物である。CはFeやNb、Crと結合して炭化物を形成する。鋼が高温で長時間加熱されると、炭化物は凝集粗大化する。粗大化した炭化物により、結晶粒内及び粒界の強度が低下する。
【0040】
Cはさらに、CrやNbと結合することにより、Ni3Nb及びFe2Nbの生成を阻害する。特に、C含有量が多ければ、Fe2Nbの生成が阻害され、結晶粒界の高温強度が低下する。
【0041】
以上より、Cは、高温での長時間クリープ強度を低下する。そのため、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、C含有量は少ない方が好ましい。C含有量は0.030%未満である。好ましいC含有量は、0.020%未満、より好ましくは0.005%未満である。
【0042】
Si:1.0%未満
本実施の形態において、Siは不純物である。Siは、Niと結合してシリサイドを形成する。シリサイドは非常に脆い金属間化合物である。そのため、シリサイドは鋼を脆化する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、Si含有量は少ない方が好ましい。Si含有量は1.0%未満である。
【0043】
Mn:1.0%未満
本実施の形態において、マンガン(Mn)は不純物である。Mnはσ相の生成を促進する。σ相は脆い金属間化合物であるため、鋼を脆化する。したがって、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼では、Mn含有量は少ない方が好ましい。Mn含有量は、1.0%未満である。
【0044】
P:0.02%未満
リン(P)は不純物である。Pは熱間加工性及び延性を低下する。したがって、P含有量は少ない方が好ましい。P含有量は0.02%未満である。
【0045】
S:0.005%未満
硫黄(S)は不純物である。Sは熱間加工性を低下する。したがって、S含有量は少ない方が好ましい。S含有量は0.005%未満である。
【0046】
Mo:0.10%未満
本実施の形態において、モリブデン(Mo)は、不純物である。Moは、Fe2Mo型Laves相を形成し、Fe2Nbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、Mo含有量は少ない方が好ましい。Mo含有量は0.10%未満である。
【0047】
W:0.10%未満
本実施の形態において、タングステン(W)は、不純物である。上述のとおり、WはFe2W型Laves相を形成する。鋼を高温で長時間加熱した場合、Fe2Wは粗大化し、クリープ強度を低下する。Wはさらに、Fe2Nbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、W含有量は少ない方が好ましい。W含有量は0.10%未満である。
【0048】
N:0.030%未満
窒素(N)は、Nbと結合してNb窒化物を形成する。鋼を高温で長時間加熱したとき、窒化物は、凝集粗大化する。粗大化した窒化物は鋼のクリープ強度を低下する。Nはさらに、Nbと結合するため、Ni3Nb及びFe2Nbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼において、N含有量は少ない方が好ましい。N含有量は、0.030%未満であり、さらに好ましくは、0.005%未満である。
【0049】
他の不純物として酸素(O)がある。Oは、熱間加工性を低下する。したがって、O含有量はなるべく少ない方が好ましい。
【0050】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、Bを含有してもよい。
【0051】
B:0.030%以下
ボロン(B)は、粒界へのFe2Nbの生成を促進し、Fe2Nbの析出量を増加する。そのため、Bは、高温での長時間クリープ強度を向上する。一方、ボロン含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。ボロンが過剰に含有されると、製造工程中に生成されるボライドの溶体化温度が上がる。そのため、溶体化処理後に未固溶のボライドが残存する。未固溶ボライドは鋼の靭性を低下する。したがって、ボロン含有量は0.030%以下である。ボロン含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0052】
Bが含有されると、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性が低下する。しかしながら、上述のとおり、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、Zr及び/又はNdを含有する。そのため、Bを含有していても、優れた耐水蒸気酸化性が得られる。
【0053】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、sol.Al、Mg及びCaから選択される1種又は2種以上を含有する。Al、Mg及びCaは、鋼の熱間加工性を向上する。
【0054】
sol.Al(酸可溶性Al):0.10%以下
アルミニウム(Al)、は、鋼を脱酸する。Zr及びNdは酸素との親和力が高い。Alは鋼を脱酸するため、Zr及びNdが酸素と結合するのを抑制できる。Alはさらに、OやSを固着して、鋼の熱間加工性を向上する。一方、Al含有量が多すぎれば、靭性が低下する。したがって、Sol.Alの含有量は0.10%以下である。Sol.Al含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0055】
Mg:0.010%以下
マグネシウム(Mg)、は、Alと同様に、鋼を脱酸し、鋼の熱間加工性を向上する。Mg含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Mgの含有量は0.010%以下である。Mg含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0056】
Ca:0.010%以下
カルシウム(Ca)は、Al及びMgと同様に、鋼を脱酸し、鋼の熱間加工性を向上する。一方、これらの元素の含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Ca含有量は0.010%以下である。Ca含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0057】
[製造方法]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例を説明する。
【0058】
上述の化学組成を有する溶鋼を高炉又は電炉溶解により製造する。製造された溶鋼に対して必要に応じて周知の脱ガス処理を施す。
【0059】
次に、溶鋼を連続鋳造法により連続鋳造材にする。連続鋳造材とはたとえばスラブやブルームやビレットである。又は、溶鋼を造塊法によりインゴットにする。連続鋳造材又はインゴットを周知の方法により熱間加工して、オーステナイト系ステンレス鋼材にする。オーステナイト系ステンレス鋼材はたとえば、鋼管、鋼板、棒鋼、鍛鋼等である。
【0060】
製造されたオーステナイト系ステンレス鋼材に対して溶体化処理を施す。溶体化処理は、周知の方法により行われる。溶体化処理の温度(溶体化温度)はたとえば、1000〜1300℃である。溶体化処理の時間はたとえば、0.1時間〜2時間である。
【0061】
溶体化処理されたオーステナイトステンレス鋼に対して、周知の時効処理を施してもよい。また、所望の鋳型を用いて、溶鋼を鋳込むことにより、鋳鋼品が製造される。
【0062】
以上の工程により、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼が製造される。
【0063】
[組織]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼を、700℃以上の高温で所定時間加熱した場合、鋼中の結晶粒界にはFe2Nbが析出する。また、結晶粒内には、Ni3Nbが析出する。
【0064】
特に、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼がZrを含有する場合、その組織は、次に示す特徴を有する。
【0065】
図2Aは、表1に示す鋼MT1を700℃で1200時間時効処理した場合の鋼のSEM画像(反射電子像)である。図2Bは、表1に示す鋼MT2を鋼MT1と同じ条件で時効処理した場合の鋼のSEM画像である。図2Aの画像の表示倍率は、図2Bの画像の表示倍率と同じである。図3Aは、図2Aの模式図であり、図3Bは図2Bの模式図である。
【表1】
【0066】
表1を参照して、鋼MT1は、Zr及びNdを含有していない。しかしながら、鋼MT1のそれ以外の化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内である。図2A及び図3Aを参照して、鋼MT1の粒界10上には、複数のFe2Nb20が生成される。Fe2Nb20は粒界10の一部を覆う。さらに、結晶粒30内には、Ni3Nbからなる複数のδ相ないしはFe2Nb40が生成される。
【0067】
表1を参照して、鋼MT2は、Zrを含有し、その化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内である。図2B及び図3Bを参照して、鋼MT2では、粒界10上には、複数のFe2Nb20が生成される。さらに、結晶粒30内には、Ni3Nbからなり、δ相よりも微細なγ”相50が生成される。
【0068】
ここで、結晶粒界の長さに対する、Fe2Nbに覆われた粒界の長さの比を、粒界被覆率(%)と定義する。粒界被覆率は、以下の方法で算出される。
【0069】
オーステナイト系ステンレス鋼の任意の場所からサンプルを採取する。採取されたサンプルから、30μm2の領域を5視野観察する。観察には走査型電子顕微鏡(SEM)を用いる。図4は、観察された領域の模式図である。領域中の結晶粒界の全長Lを測定する。そして、Fe2Nbに覆われた各粒界部分(総計n個)の長さA1〜Anを測定する。
【0070】
得られたL及びA1〜Anに基づいて、各領域(合計5つ)における粒界被覆率(%)を、以下の式(1)に基づいて求める。
【0071】
粒界被覆率=(A1+A2+A3+・・・+An)/L (1)
得られた5つの粒界被覆率の平均を、本実施の形態におけるFe2Nbの粒界被覆率ρ(%)と定義する。
【0072】
式(1)に基づいて算出された、鋼MT1の粒界被覆率ρは39.3%である。一方、鋼MT2の粒界被覆率ρは62.0%である。鋼MT2は、鋼MT1よりも粒界被覆率が大きい。さらに、上述のとおり、鋼MT2では、δ相よりも微細なγ”相が安定化する。したがって、鋼MT2の結晶粒内及び結晶粒界の強度は鋼MT1よりも高く、高温での長時間クリープ強度が高くなる。
【0073】
以上のとおり、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、Zrを含有する場合、高い粒界被覆率を有し、かつ、安定したγ”相を有する。そのため、高温での長時間クリープ強度が高くなる。
【0074】
一方、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼がZrを含有せず、Ndを含有する場合も、高温で時効処理することにより、鋼MT1及び鋼MT2と同様に、粒界にFe2Nbが生成され、粒内にNi3Nbが生成される。したがって、Fe2Nb及びNi3Nbにより、結晶粒内及び粒界の強度が向上する。さらに、Ndにより粒界破壊抵抗が高められる。そのため、高温での優れた長時間クリープ強度が得られる。
【実施例1】
【0075】
表1に示す化学組成を有する複数のオーステナイト系ステンレス鋼MT1、MT2及び鋼T3とを用いて、複数の鋼板を製造した。そして、各鋼板の高温での長時間クリープ強度を調査した。T3は、Zrを含有しなかった。また、Mn含有量及びP含有量が本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲外であった。
【0076】
[調査方法]
表1に示す化学組成を有する鋼MT1、鋼MT2及び鋼T3を高周波真空溶解炉により溶製し、円柱状のインゴットを製造した。各マークのインゴットの外径は180mmであり、重量は50kgであった。
【0077】
各インゴットを1100℃で2時間均熱した。均熱されたインゴットを熱間加工し、50mmの厚さと100mmの幅とを有する板材を製造した。得られた板材を1100℃で加熱した。加熱された板材を熱間圧延し、15mmの厚さを有する鋼板を製造した。製造された鋼板に対して、クリープ破断試験を実施した。クリープ破断試験はJIS Z2271に基づいて実施した。試験温度は700℃であった。
【0078】
[調査結果]
図5は、鋼MT1、MT2及びT3の応力−クリープ破断時間線図である。図5の横軸は破断時間を示し、縦軸は、試験時に試験片に与えた応力を示す。図中の線分CT1は、鋼MT1の試験結果である。線分CT2は、鋼MT2の試験結果であり、線分CT3は、鋼T3の試験結果である。図5を参照して、線分CT2は、線分CT1及び線分CT3よりも高かった。したがって、Zrを含有する鋼MT2は、高温において、優れた長時間クリープ強度を有した。
図6は、試験温度700℃、荷重120MPaでクリープ試験を行ったときの鋼MT1と鋼MT2との歪み量と時間(h)との関係を示す図である。図中の曲線CT1が鋼MT1の試験結果であり、曲線CT2は鋼MT2の試験結果である。図6を参照して、同じ荷重を与えた場合、鋼MT2の破断時間の方が、鋼MT1の破断時間よりも顕著に大きかった。本発明におけるオーステナイト系ステンレス鋼においては、クリープ強度はクリープ破断時間と共に破断延性(絞り)が両立できることが必須であり、そのためには(クリープ破断時間)×(破断絞り)の値の大きな材料がクリープ強度に優れると評価される。Zrを含有した鋼MT2は、破断時間が顕著に増大するため、クリープ強度が向上すると考えられる。
【0079】
図7は、図6と同じ条件でクリープ試験を実施したときの、鋼MT1と鋼MT2とにおける、クリープ速度(h−1)と時間(h)との関係を示す図である。図7中の曲線CT1は、鋼MT1の試験結果であり、曲線CT2は、鋼MT2の試験結果である。
【0080】
クリープ試験開始時のクリープ速度は鋼MT1及び鋼MT2ともに同程度である。しかしながら、試験時間が30時間を超えると、鋼MT2のクリープ速度は、鋼MT1のクリープ速度よりも顕著に低くなる。鋼MT2の結晶粒内にγ”相が生成され、かつ、γ”相が安定化することにより、クリープ抵抗が高くなる。その結果、クリープ速度が低くなったと推定される。
【0081】
さらに、試験時間が1000時間を超えると、鋼MT1及び鋼MT2ともにクリープ速度が増大した。しかしながら、鋼MT2のクリープ速度の単位時間当たりの増大量は、鋼MT1よりも少なかった。特に1000〜3000時間の範囲で、この傾向が顕著であった。このとき、鋼MT2内でFe2Nbが生成され、粒界を被覆するため、粒界の強度が維持され、その結果、クリープ速度の急速な増大が抑えられたと推定される。
【実施例2】
【0082】
表2に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造し、各鋼板の耐水蒸気酸化性を調査した。
【0083】
【表2】
[調査方法]
表2を参照して、鋼Aは、Zr及びBを含有しなかった。その他の化学組成は、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。鋼Bは、Zrを含有せず、Bを含有した。その他の化学組成は、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の範囲内であった。鋼C〜Fの化学組成は、Zr及びBを含有する本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。鋼MT2及びT8、T9及びT11の化学組成は、Zrを含有し、かつ、Bを含有しない本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。
【0084】
表2に示す各鋼を高周波真空溶解炉により溶製し、円柱状のインゴットを製造した。各鋼のインゴットの外径は180mmであり、重量は50kgであった。
【0085】
各インゴットを1100℃で2時間均熱した。均熱されたインゴットを熱間加工し、50mmの厚さと100mmの幅とを有する板材を製造した。得られた板材を1100℃で加熱した。加熱された板材を熱間圧延し、15mmの厚さを有する鋼板を製造した。
【0086】
各鋼板から3mm厚×10mm幅×20mm長さの試験片を採取した。試験片を治具に吊り下げて加熱炉に挿入した。そして、700℃で500時間、溶存酸素量100ppbの水蒸気雰囲気中で水蒸気酸化試験を実施した。
【0087】
試験後、各試験片を樹脂に埋め込み、切断した。そして、断面を鏡面研磨した。鏡面研磨された断面を500倍で光学顕微鏡観察した。さらに、試験片の酸化スケールの平均厚さを求めた。具体的には、500倍の光学顕微鏡観察において、試験片の表面近傍の任意の5視野(各視野における試験片の表面の幅は200μm)において、内層酸化スケールの厚みを測定した。ここで、内層酸化スケールとは、元の試験片表面より内部に形成された酸化物を示す。測定された内層酸化スケールの厚さの平均値を酸化スケールの平均厚みと定義した。
【0088】
[調査結果]
表2に各鋼の酸化スケールの平均厚み(μm)を示す。また、図8Aに鋼Aの表面近傍の断面写真を示し、図8Bに、鋼Bの表面近傍の断面写真を示す。表2及び図8Aを参照して、鋼Aは、ボロン(B)を含有しなかった。そのため、表面には酸化スケール60があまり生成されなかった。試験片表面に形成された酸化スケール60の平均厚みは、10μmであった。一方、表3及び図8Bを参照して、鋼Bは、ボロン(B)を含有した。そのため、表面には酸化スケール60が多く生成された。酸化スケールの平均厚みは25μmであった。
【0089】
一方、鋼C〜鋼Fは、Bを含有するものの、Zrを含有した。そのため、酸化スケールの平均厚みは20μm未満であった。さらに、鋼MT2、T8、T9及びT11は、Bを含有せず、Zrを含有した。そのため、酸化スケールの平均厚みが10μm未満であった。鋼T11は、Zrを含有するとともに、Cr含有量が多かったために、酸化スケールの平均厚さが非常に薄かった。
【0090】
図9は、同程度の量のCrを含有し、(具体的には、Cr含有量が18.0〜18.4%)かつ、Bを含有する鋼C〜鋼Fにおける、Zr含有量と酸化スケールの平均厚さとの関係を示す図である。図9を参照して、上述のとおり、鋼C〜鋼Fの酸化スケールの平均厚みは20μm未満であった。つまり、鋼C〜Fの酸化スケールの平均厚みは、同程度のCr含有量を有する鋼Bの酸化スケールの平均厚みよりも薄かった。したがって、Zrを含有することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水蒸気酸化性が向上することが確認された。特に、Zr含有量が0.001〜0.13%の範囲内では、酸化スケールの平均厚みは10μm未満となった。曲線CC−Fは、Zr含有量=0.10%で下に凸のピークを示し、Zr含有量=0.10%における酸化スケールの平均厚みは5.5μmにまで減少した。
【0091】
表2に戻って、鋼T8及びT9は、鋼Aと同程度のCr量を含有し、かつ、鋼Aと同じく、Bを含有しなかった。しかしながら、鋼T8及びT9は、Zrを含有した。そのため、鋼T8及びT9の酸化スケールの平均厚みは、鋼Aよりも薄く、10μm未満であった。
【実施例3】
【0092】
表3に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造し、各鋼板の耐水蒸気酸化性を調査した。
【0093】
【表3】
[調査方法]
表3を参照して、鋼G〜I、T16及びT17はいずれも、Zr、Nd及びBを含有する本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。
【0094】
表3に示す各鋼を用いて、実施例2と同じ方法により、鋼板を製造した。そして、製造された鋼板を用いて、実施例2と同じ条件で水蒸気酸化試験を実施し、各鋼の酸化スケールの平均厚みを求めた。
【0095】
[調査結果]
表3に、各鋼の酸化スケールの平均厚みを示す。表3を参照して、各鋼の酸化スケールの平均厚みは15μm未満であり、Zr及びNdを含有せずBを含有する鋼Bの酸化スケールの平均厚みよりも薄かった。
【0096】
図10は、同程度の量のCrを含有し(具体的には、Cr含有量が18.0〜18.4%)、かつ、Bを含有する鋼C〜鋼Iにおける、Zr含有量と酸化スケールの平均厚さとの関係を示す図である。
【0097】
図10を参照して、Ndを含有する鋼G〜Iの酸化スケールの平均厚みの方が、Zrを含有し、Ndを含有しない鋼C〜Fの酸化スケールの平均厚みよりも薄かった。
鋼T16は、ZrおよびNdを含有するとともに、Cr含有量が多かったために、酸化スケールの平均厚みが非常に薄かった。鋼T17は、Cr含有量が16%であるにも関わらず、ZrおよびNdを含有しているため、鋼Bと比較して酸化スケールの平均厚みは非常に薄かった。
【実施例4】
【0098】
表4に示す化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板を製造し、各鋼板の高温での長時間クリープ強度を調査した。
【表4】
【0099】
表4を参照して、鋼T19は、Zrを含有せず、Ndを含有した。その他の化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。一方、鋼T2は、Zr及びNdを含有しなかった。その他の化学組成は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。
【0100】
[調査方法]
表4に示す化学組成を有する鋼を用いて、実施例1と同じ製造方法により、鋼板を製造した。製造された鋼板に対して、実施例1と同様に、クリープ破断試験を実施した。試験温度は700℃、試験荷重は300MPaとした。
【0101】
[調査結果]
図11は、鋼T19及びT2のクリープ速度(h−1)と時間(h)との関係を示す図である。図中の「□」印が、鋼T19の試験結果であり、「●」印が鋼T2の試験結果である。鋼T19及び鋼T2ともに、最小クリープ速度とクリープ破断時間とはほぼ同じであった。
【0102】
図12は、鋼T19と鋼T2の破断絞りを示す棒グラフである。図12を参照して、Ndを含有した鋼T19の破断絞りは、Ndを含有しない鋼T2の破断絞りの2倍程度であった。
【0103】
上述のとおり、クリープ強度は、破断時間と破断絞りとの積で評価される。鋼T19の破断時間は、鋼T2とほぼ同じであるものの、鋼T19の破断絞りは、鋼T2よりも顕著に大きい。したがって、鋼T19の高温におけるクリープ強度は、鋼T2よりも高いと考えられる。
【0104】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0105】
10 粒界
20 Fe2Nb型Laves相
30 結晶粒
40 δ相ないしはFe2Nb
50 γ”相
60 酸化スケール
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Cr:15〜25%、
Ni:20〜40%、及び、
Nb:2.3〜5.0%を含有し、かつ、
Zr:0.001〜0.50%、及び/又は、Nd:0.001〜0.30%を含有し、
残部はFe及び不純物からなる、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であってさらに、
前記Feの一部に代えて、質量%で、
B:0.030%以下を含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であってさらに、
前記Feの一部に代えて、質量%で、
sol.Al:0.10%以下、
Mg:0.010%以下、及び、
Ca:0.010%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記不純物としてのC、Si、Mn、P、S、Mo、W、Nのうちの1種又は2種以上を、質量%で、C:0.030%未満、Si:1.0%未満、Mn:1.0%未満、P:0.020%未満、S:0.005%未満、Mo:0.10%未満、W:0.10%未満、及びN:0.030%未満で含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項1】
質量%で、
Cr:15〜25%、
Ni:20〜40%、及び、
Nb:2.3〜5.0%を含有し、かつ、
Zr:0.001〜0.50%、及び/又は、Nd:0.001〜0.30%を含有し、
残部はFe及び不純物からなる、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であってさらに、
前記Feの一部に代えて、質量%で、
B:0.030%以下を含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であってさらに、
前記Feの一部に代えて、質量%で、
sol.Al:0.10%以下、
Mg:0.010%以下、及び、
Ca:0.010%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記不純物としてのC、Si、Mn、P、S、Mo、W、Nのうちの1種又は2種以上を、質量%で、C:0.030%未満、Si:1.0%未満、Mn:1.0%未満、P:0.020%未満、S:0.005%未満、Mo:0.10%未満、W:0.10%未満、及びN:0.030%未満で含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【図1】
【図2A】
【図2B】
【図3A】
【図3B】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2A】
【図2B】
【図3A】
【図3B】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−46796(P2012−46796A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−190483(P2010−190483)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
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