説明

オーステナイト系鋳鉄とその製造方法およびオーステナイト系鋳鉄鋳物

【課題】Niの含有量の少ないオーステナイト系鋳鉄であって、熱疲労強度等に優れるのみならず耐酸化性にも優れるオーステナイト系鋳鉄を提供する。
【解決手段】C、Si、Cr、Ni、MnおよびCuからなる基本元素と、残部がFeと不可避不純物および/または特性改善に有効な微量の微量改質元素と、からなるオーステナイト系鋳鉄であって、鋳鉄全体を100質量%(以下単に「%」と表示する。)としたとき、次の条件を満足する組成範囲内にある。C:2.1〜3.1%、Si:4.4〜5.7%、Cr:0.8〜2.2%、Mn:2.0〜5.5%、Ni:11〜14%、Cu:0.8〜1.8%。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐酸化性に優れるオーステナイト系鋳鉄およびそれからなる鋳物およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
複雑な形状をした部材や比較的大型の部材は鋳造により製造されることが多く、しかも、比較的安価な鋳鉄製鋳物(以下単に「鋳物」という。)が多用される。
【0003】
鋳鉄は、鉄−炭素を主成分とする合金中の炭素(C)がγ鉄中の最大固溶限(約2質量%)を超え、共晶凝固を伴うものである。通常は、機械的特性、耐食性、耐熱性等の特性改善のため、種々の合金元素が加えられる。このような鋳鉄を合金鋳鉄といい、特に、合金元素量の多い鋳鉄を高合金鋳鉄という。この高合金鋳鉄には、通常、晶出する基地の結晶構造の相違により、フェライト系鋳鉄とオーステナイト系鋳鉄に大別される。
【0004】
なかでもオーステナイト系鋳鉄は、高温域はもちろん常温域でも主にオーステナイト相(γ相)からなるため、耐熱性、耐酸化性、耐食性等に優れ、また、延性や靱性等に優れる。このため、高温雰囲気等の過酷な環境下で使用される部材にオーステナイト系鋳鉄が多用される。たとえば、自動車分野でいえば、ターボチャージャーハウジング、エキゾーストマニホルド、触媒ケースなどである。いずれの部材も、高温の排気ガスに曝され、長期耐久性が要求される部品等である。
【0005】
ところで、オーステナイト系鋳鉄にも種々あり、代表的なものは、ニレジスト、ニモル、ニクロシラル、モネル、ミノーバー、ノーマグ等である。また、日本工業規格(JIS)にも、片状黒鉛(FCA)系鋳鉄が9種、球状黒鉛(FCDA)系鋳鉄が14種規定されている。
【0006】
従来のオーステナイト系鋳鉄は、オーステナイト安定化元素であるニッケル(Ni)を多量含有させることで(たとえばNi:18〜36%)、常温域でもオーステナイト相が得られるようにしていた。このNiは、母材の鉄(Fe)や他の合金元素と比較して非常に高価であり、従来のオーステナイト系鋳鉄からなる鋳物は非常に高コストであった。
【0007】
確かに、ニレジスト(JIS FCDA NiMn137相当)のように、Ni含有量が比較的少ないオーステナイト系鋳鉄も公知となっている。しかし、ニレジストは、耐酸化性が劣る。また、ニレジストは、X線回折(XRD)測定によればオーステナイト率100%となるが、実際には、Fe基地中にオーステナイト組織の他に層状炭化物が存在する層状組織(細長い棒状の構造物が複数並び、縞模様が見える組織構造)となっている。したがって、ニレジストはもはやオーステナイト相が単相とは言えない組織構造をしている。
【0008】
ちなみに、オーステナイト組織の他に層状(若しくは針状)炭化物が存在していると、加熱された際に、オーステナイトよりも熱膨張係数の大きいそれら炭化物がオーステナイトよりも膨張することで、オーステナイトに引張応力が生じる。このため、ニレジストが自動車の排気系部品のような、高温と常温に繰り返し曝される部材に用いられた場合、オーステナイト組織に引張応力が繰り返し発生することで、オーステナイト組織にクラックが発生するおそれがある。さらに、フェライト相に比べオーステナイト相は炭素固溶量が大きい。このため、フェライト→オーステナイトの変態の際にオーステナイト化に伴って周囲の黒鉛を溶解・固溶するようになり、黒鉛部分に空隙を作りやすくなり、鋳物の強度の劣化を促進する。さらに、冷却時には再びフェライト相に戻ることで過飽和なCによるチル化が促進され、冷熱サイクルに伴いチル相の増大、それに伴う脆化、体積膨張が懸念される。
【0009】
また、オーステナイト組織の他に層状炭化物等が存在する不安定な組織構造であると、切削加工時に非常に硬い加工誘起マルテンサイトが現れ、加工性が悪くなるとういう欠点も有している。
【0010】
また、上記のニレジストよりもさらにNi量を少なくする一方で珪素(Si)量を増やしたオーステナイト系鋳鉄が、特許文献1に開示されている。特許文献1は、オーステナイト系鋳鉄に関する耐熱性の一指標である耐酸化性に関して、Si量が増大する程、単位面積あたりの酸化増量が少なくなることを開示している(特許文献1の第6図参照)。しかし、本発明者の研究によれば、Si量が過多になると、オーステナイト系鋳鉄の伸びの低下や被削性の悪化を招く。このため、オーステナイト系鋳鉄からなる耐熱部材の信頼性や量産性等を考慮すると、Si量の調整だけでその耐酸化性を実用上充分なレベルにまで高めることは現実的ではない。
【0011】
そこで、本発明者は、Niの含有量が少なく、熱疲労強度等に優れるのみならず耐酸化性にも優れるオーステナイト系鋳鉄を、特許文献2に開示している。特許文献2に記載のオーステナイト系鋳鉄では、Ni量が鋳鉄全体としてかなり少量(上限が15%)になっている。従来の技術常識からすれば、常温域で安定したオーステナイト相を主相とする基地が得られないようにも思われる。しかし、それ以外の合金元素であるC(特に、固溶炭素量Cs)、Si、クロム(Cr)、マンガン(Mn)および銅(Cu)の各含有量を適切な範囲とすることで、Ni含有量が通常よりも少量であってもオーステナイト相を得ることに成功した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭58−27951号公報
【特許文献2】国際公開WO2009/028736号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、特許文献2に実施例として記載されているオーステナイト系鋳鉄は、いずれも850℃の高温下における耐酸化性が十分ではないことがわかった。また、特許文献2に実施例として記載されているオーステナイト系鋳鉄のなかには、そのような高温下であっても優れた耐酸化性を示すものもあるが、熱疲労強度に劣ることがわかった。つまり、特許文献2には、高いレベルで熱疲労強度と耐酸化性とを両立するオーステナイト系鋳鉄は、明記されていない。特許文献2に記載の発明をさらに発展させる必要がある。
【0014】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものである。すなわち、Niの含有量の少ないオーステナイト系鋳鉄であって、熱疲労強度に優れるのみならず耐酸化性にも優れるオーステナイト系鋳鉄を提供することを目的とする。また、そのオーステナイト系鋳鉄からなるオーステナイト系鋳物およびその製造方法もあわせて提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、少量のNi量を前提としつつ、C、Si、Cr、MnおよびCuのうち、特にSi量とMn量を適切な範囲とすることで、熱疲労強度と耐酸化性をと両立するオーステナイト系鋳鉄を得ることに成功した。すなわち、本発明のオーステナイト系鋳鉄は、
炭素(C)、ケイ素(Si)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)および銅(Cu)からなる基本元素と、
残部が鉄(Fe)と不可避不純物および/または特性改善に有効な微量の微量改質元素と、
からなり、常温域でオーステナイト相を主相とするFe合金からなる基地で組織された鋳鉄であるオーステナイト系鋳鉄であって、
前記基本元素は、前記鋳鉄全体を100質量%(以下単に「%」と表示する。)としたとき、下記の条件を満足する組成範囲内にあることを特徴とする。
【0016】
C : 2.1〜3.1 %
Si : 4.4〜5.7 %
Cr : 0.8〜2.2 %
Mn : 2.0〜5.5 %
Ni : 11〜14 %
Cu : 0.8〜1.8 %
【発明の効果】
【0017】
Si含有量が多いほど耐酸化性が向上することは知られているが、前述のように、Si量が過多になると、オーステナイト系鋳鉄の伸びの低下や被削性の悪化を招く。これは、Si量の増加にともなってオーステナイト系鋳鉄の硬さが上昇するからである。そして、本発明者のさらなる研究によれば、硬さが熱疲労強度に大きく影響することがわかった。たとえば、図1は、種々のオーステナイト系鋳鉄の常温でのビッカース硬さに対する熱疲労強度を示すグラフである。なお、熱疲労寿命およびビッカース硬さの測定方法は、後述の方法と同様である。図1に示すオーステナイト系鋳鉄の組成は、全体を100%としたとき、C:2.5〜3.5%、Si:3.5〜6.0%、Cr:1.0〜3.0%、Mn:1.5〜6.0%、Ni:9.0〜15.0%、Cu:0〜2.5%、である。図1のグラフは、その縦軸が対数目盛となっているため、常温でのビッカース硬さが高くなるほど、熱疲労寿命は大きく低下する。つまり、耐酸化性を向上させることを目的としてSi含有量を多くすると、熱疲労強度は低下する。
【0018】
本発明のオーステナイト系鋳鉄では、Si量を増量しつつMn量を低減させることで、耐酸化性を向上させつつ熱疲労強度を高く維持させることに成功した。
【0019】
ここで、図2は、Si、Cr、Mn、NiまたはCuにおける各元素の添加重量%を変数とした多変量解析を行った際の偏回帰係数を示すグラフである。なお、酸化減量の測定方法は、後述の方法と同様である。各試験片の酸化減量の方が多い場合(つまり酸化しやすい場合)はプラス、少ない場合(つまり酸化しにくい場合)はマイナスの値で表される。図2からわかるように、Si量が増加することで、耐酸化性、特に850℃における耐酸化性が顕著に向上する。しかし、Mnの添加は、耐酸化性にほとんど影響がない。
【0020】
また、図3は、Si、Cr、Mn、NiまたはCuにおける各元素の添加重量%を変数とした多変量解析を行った際の偏回帰係数に基づいて、厚さ25mm、12mm、5mmおよび3mmの試験片毎に、それぞれの試験片の硬さの上昇値と試験片の板厚との相関を示すグラフである。なお、硬さの測定方法は、後述の方法と同様である。硬さの上昇値は、Fe−3%C−4%Siの硬さを基準とし、より硬い場合にはプラス、硬さが低い場合にはマイナス、の値で表される。図3からわかるように、Mnの添加は、オーステナイト系鋳鉄の硬さを上昇させる。換言すれば、Mn含有量を低減させることで、オーステナイト系鋳鉄の硬さを低減させられる。
【0021】
すなわち、Mnの添加は、耐酸化性にはほとんど影響が無いが、硬さには大きく影響し、Mn量を低減させることで、Si量の増加により引き起こされる硬さの上昇を抑制できる。そのため、本発明のオーステナイト系鋳鉄では、Si含有量が比較的多くても、Mn含有量を抑えて硬さを低減させ、高いレベルで熱疲労強度と耐酸化性とを両立させられるのである。
【0022】
また、上記の組成範囲内にある本発明のオーステナイト系鋳鉄は、耐力、引張強さ、伸びなどの機械的特性も、十分に発揮される。
【0023】
なお、本発明者等は、上記の組成範囲内にある本発明のオーステナイト系鋳鉄は、Ni含有量が鋳鉄全体としてかなりの少量であっても、オーステナイト相が得られることを既に確認している(特許文献2参照)。ところで、本発明において「オーステナイト相」は、完全にオーステナイト単相である必要はない。つまり、本発明でいう「オーステナイト相を主相とする」とは、X線回折(XRD)でオーステナイト100%となり、かつ、オーステナイト中にマルテンサイトやパーライトといったものからなる層状組織を含んでいないオーステナイト単相のみからなる場合はもちろん、その他、若干のマルテンサイト相などを含む場合も許容し得る趣旨である。あえて規定するのであれば、基地全体を100体積%としたときに、オーステナイト単相が50体積%超、60体積%以上、70体積%以上、80体積%以上、90体積%以上さらには95体積%以上であればよい。
【0024】
また、本発明は、上述したオーステナイト系鋳鉄としてのみならず、そのオーステナイト系鋳鉄からなるオーステナイト系鋳物としても把握できる。本発明のオーステナイト系鋳物の一例として、排気系部品などの高温環境下に曝される部材が挙げられる。
【0025】
さらに本発明は、そのオーステナイト系鋳物の製造方法としても把握できる。すなわち、本発明は、前述した組成範囲の溶湯を調製する溶湯調製工程と、
該溶湯を鋳型に注湯する注湯工程と、
該鋳型に注湯された溶湯を冷却して凝固させる凝固工程と、
からなり、上述した本発明のオーステナイト系鋳鉄からなる鋳物が得られることを特徴とするオーステナイト系鋳物の製造方法であっても良い。
【0026】
ところで、本発明のオーステナイト系鋳鉄(または鋳物)の用途を拡大する上で、鋳造時に種々の改質元素を添加することも多い。たとえば、基地組織中に晶出する黒鉛の粒数を増加させ、また、その形状を球状化するために、助剤が添加されることが多い。
【0027】
そこで、本発明のオーステナイト系鋳物の製造方法は、前述した組成範囲の溶湯からなる元湯を調製する元湯調製工程と、
晶出または析出する黒鉛の核となる接種剤と該黒鉛の球状化を促進する球状化剤との少なくとも一種を含む助剤を該元湯に直接または間接に添加する助剤添加工程と、
該助剤添加工程後または該助剤添加工程中の溶湯を鋳型に注湯する注湯工程と、
該鋳型に注湯された溶湯を冷却して凝固させる凝固工程と、
からなり、基地中に略球状の黒鉛が晶出または析出した前述のオーステナイト系鋳鉄からなる鋳物が得られることを特徴とするものであっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】種々のオーステナイト系鋳鉄の常温でのビッカース硬さと熱疲労強度との関係を示すグラフである。
【図2】Si、Cr、Mn、NiまたはCuにおける各元素の添加重量%を変数とした多変量解析を行った際の偏回帰係数を示すグラフであって、耐酸化性を酸化減量の変化値で評価した結果である。
【図3】Si、Cr、Mn、NiまたはCuにおける各元素の添加重量%を変数とした多変量解析を行った際の偏回帰係数に基づく硬さの上昇値と試験片の板厚の相関を示すグラフである。
【図4】本発明のオーステナイト系鋳鉄および従来から汎用されている鋳鉄のX線回折ピークを示す。
【図5】本発明のオーステナイト系鋳鉄および従来から汎用されている鋳鉄のX線回折ピークであって、主要ピークを部分的に示す。
【図6】本発明のオーステナイト系鋳鉄の金属組織を示す図面代用写真である。
【図7】マルテンサイトが発生した鋳放しのオーステナイト系鋳鉄の金属組織を示す図面代用写真である。
【図8】マルテンサイトが発生した熱応力試験後の破断面のオーステナイト系鋳鉄の金属組織を示す図面代用写真である。
【図9】種々のオーステナイト系鋳鉄の炭素当量(Ceq値)と湯流れ性との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明のオーステナイト系鋳鉄とその製造方法およびオーステナイト系鋳鉄鋳物を実施するための最良の形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「x〜y」は、下限xおよび上限yをその範囲に含む。そして、これらの上限値および下限値、ならびに実施例中に列記した数値も含めてそれらを任意に組み合わせることで数値範囲を構成し得る。
【0030】
<オーステナイト系鋳鉄>
<組成>
本発明のオーステナイト系鋳鉄は、基本元素と残部であるFeとからなり、基本元素はC、Si、Cr、Mn、NiおよびCuの6種の元素よりなる。以下、これらの各元素の作用または機能と、好適な組成について説明する。
【0031】
Cは、Feの溶融温度を下げ、溶湯(元湯を含む)の流動性を高める。このため、鉄系鋳造には不可欠な元素である。鋳鉄は、Fe−C系合金中のCがγ鉄中の最大固溶限を超えて共晶凝固を伴うものであるから、C量の下限は基本的に1%であり、固溶限を超えるCが黒鉛として晶出する。ただし、C量が過少では、溶湯の流動性が低下して好ましい鋳造性が得られない。C量が過多では、基地組織が減少してオーステナイト系鋳鉄の機械的特性等が低下する。また、鋳造時に引け巣などの鋳造欠陥が発生し易くなる。そこで、C量は2.1%以上、好ましくは2.3%以上さらに好ましくは2.5%以上、3.1%以下好ましくは3.0%以下さらに好ましくは2.9%以下、であると好ましい。
【0032】
なお、溶湯の流動性は、C含有量(%)およびSi含有量(%)から算出される炭素当量(%):Ceq=C+Si/3により規定することもできる。ここで、図9は、Ceq値と湯流れ性との関係を示したグラフである。また、晶出が開始する温度(初晶温度)も併せて示す。図9に示すオーステナイト系鋳鉄の組成は、全体を100%としたとき、C:2.1〜3.1%、Si:4.4〜5.7%、Cr:0.8〜2.2%、Mn:2.0〜5.5%、Ni:11〜14%、Cu:0.8〜1.8%、である。Ceqが4.0〜5.0%さらには4.2〜4.5%であれば、湯流れが良く鋳巣の形成も抑制される。
【0033】
Siは、準安定系共晶温度を下げ、γFe−黒鉛の共晶を促進し、黒鉛の晶出に寄与する。またSiは、晶出する黒鉛の表面付近にケイ素酸化物からなる不働態皮膜を形成し鋳鉄の耐酸化性を高める。しかし、Si量が過少であると、耐酸化性の向上効果が十分に得られない。そのため、Si量は4.4%以上とする。さらに高い耐酸化性が必要であれば、4.5%以上、4.7%以上さらには4.9%以上とするとよい。Siが過多であるとマルテンサイトが生成されやすいため、Si量の上限は基本的に6%である。また、Si量が多いほど硬くなるため、Si量過多では、Mn量を減少させても熱疲労強度の低下を抑制することが困難になる。また、伸びの低下、被削性の悪化などを招く。そこで、Si量は5.7%以下、好ましくは5.6%以下さらに好ましくは5.5%以下であると好ましい。
【0034】
Crは、鋳鉄基地中で炭素と結合して炭化物を析出させ、基地の析出強化により鋳鉄の高温耐力を向上させる。また、鋳鉄の表面付近に緻密なクロム酸化物からなる不働態皮膜を形成して耐酸化性を向上させ得る。そのため、Cr量は0.8%以上とする。さらなる耐酸化性が求められる場合には、1.0%以上さらには1.1%以上、1.2%以上とするとよい。しかし、Crが過多になると、熱疲労強度が低下するだけでなく、炭化物が増加して靱性や加工性が低下して好ましくない。そこで、Cr量は2.2%以下とし、2.0%以下さらには1.9%以下、1.8%以下であると好ましい。
【0035】
Mnは、オーステナイト組織の安定化に有効な他、流動性悪化、脆化の原因となるSの除去等にも有効な元素である。また、Siが過少であるとマルテンサイトが生成されやすいため、Mn量の下限は基本的に1.5%である。しかし、1.5%を超えてMnを含んでも、Mn量が過少であると、応力によりマルテンサイト変態が誘起されて、強度低下を引き起こす。そのため、Mn量は、2%以上さらには2.3%以上、2.5%以上であるとよい。特に、Mn量を2.5%以上さらには3.0%以上とすることで、高温で保持してもマルテンサイトが生じにくくなるため好ましい。Mn量が過多であると、Mn炭化物が増加して、鋳鉄の靱性等の低下や耐熱性の低下を招く。また、ブローホール等のガス欠陥も発生し易くなり好ましくない。また、前述のように、本発明のオーステナイト系鋳鉄では、Mn量を5.5%以下に低減することで、熱疲労強度を維持する。Mn量は、4.5%以下さらには4.3%以下、4.1%以下であるのが好ましい。
【0036】
Niは、基地組織のオーステナイト化に有効な元素である。Niが過少であると安定したオーステナイト相を得ることが難しい。そのため、Ni量は、11%以上とする。Niの添加により、硬さを低減して熱疲労強度を向上させることができるため、Ni量は、11.5%以上さらには12%以上であると好ましい。しかし、本発明のオーステナイト系鋳鉄では、Ni量を低減することで、オーステナイト系鋳鉄の低廉化を図る。Ni量は、14%以下さらには13.5%以下、13%以下であると好ましい。
【0037】
Cuは、前述のようにNiと同様に基地に固溶してオーステナイト組織を安定化させるとともに、基地組織の結晶粒を微細化して高温耐力を向上させる。また、耐酸化性や耐食性の向上のみならず、熱疲労強度の向上にも有効な元素である。そのため、Cu量は0.8%以上、好ましくは1%以上さらに好ましくは1.2%以上であるとよい。しかし、Cuが過多になるとCuの包晶組織が出現して黒鉛球状化が妨げられ、鋳鉄の強度等を低下させる。また、Cuが過多になるとCuの包晶組織が出現し、高温時の伸び性能が悪化するので好ましくない。そこで、Cu量は1.8%以下、好ましくは1.6%以下さらに好ましくは1.5%以下であるとよい。
【0038】
なお、本発明のオーステナイト系鋳鉄は、Si含有量およびMn含有量を適切な範囲とすることで、適度な硬度を有する。オーステナイト系鋳鉄の硬さを規定するのであれば、ビッカース硬さでHv130〜250さらにはHv140〜220、Hv150〜200であるのが好ましい。Hvが250を超えると、熱疲労強度のみならず伸びや引張り強さが低下するため好ましくない。
【0039】
<微量改質元素>
オーステナイト系鋳鉄(鋳物)の金属組織、耐酸化性、耐腐食性、常温域または高温域における強度、靱性等の機械的特性、電気的特性等、種々の特性を改善するために、微量な元素を含有させると好ましい。このような改質元素を含むオーステナイト系鋳鉄も、基本元素が上述した範囲内にある限り、当然に本発明の範囲内である。
【0040】
微量改質元素は、たとえば、マグネシウム(Mg)、希土類元素(R.E.)、アルミニウム(Al)、カルシウム(Ca)、バリウム(Ba)、ビスマス(Bi)、アンチモン(Sb)、スズ(Sn)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)または窒素(N)等である。これら各元素の含有量は、オーステナイト系鋳鉄に要求される特性によって適宜調整される。もっとも、コストや基本元素の組成への影響等の観点から、微量改質元素は含有総量で1%以下、0.8%さらには0.6%以下程度が好ましい。
【0041】
添加した微量改質元素は、融点がFeより低いために鋳造中に消失等することもある。このため各元素の含有量は必ずしもその元素の添加総量とは一致しない。従って、鋳造組織の改善等に有効である限り、その微量改質元素の含有量は検出可能な最低レベルでも良い。
【0042】
代表的な微量改質元素は、Fe基地中における黒鉛の晶出を促進する接種剤やその晶出した黒鉛の球状化を促進する球状化剤に含まれる各元素である。接種剤や球状化剤等の助剤は、溶湯調製時に配合されたり、鋳造時に適宜添加されたりする。しかし、その含有元素や各元素の含有量は一定ではなく、多種多様である。すなわち、所望する鋳造組織(特に、晶出する黒鉛形状やその粒数)等を得るために試行錯誤されているのが実情である。従って、微量改質元素の種類やその含有量を明確に特定することは困難である。そして、微量改質元素の種類や含有量に拘ることは本発明の本旨に沿わない。
【0043】
もっとも、MgやR.E.(特に、セリウム(Ce))は、晶出する黒鉛の球状化剤として周知である。そこで本発明のオーステナイト系鋳鉄の場合でも、鋳鉄全体を100%として、微量改質元素として0.01〜0.1%のMgおよび/または0.005〜0.05%のCeを含むと好ましい。
【0044】
ここでMgは、高温の溶湯中から消失し易いため、鋳鉄全体を100%として、その下限が0.02%さらには0.03%となる程度に添加量が調整されると好ましい。Mg含有量の上限は、基本元素の組成に影響しない限り特に限定されないが、事実上、鋳鉄全体を100%として、0.07%さらには0.06%である。
【0045】
R.E.であるCeは高価であり、また、少量でも球状化の効果が得られるので、Ceの上限は、鋳鉄全体を100%として0.03%さらには0.01%であると好ましい。Ceの下限は、球状化剤としての効果が得られる範囲であれば特に限定されないが、事実上、その下限は鋳鉄全体を100%として0.007%さらには0.008%である。
【0046】
<不可避不純物>
不可避的不純物として、たとえば、リン(P)や硫黄(S)がある。Pは黒鉛の球状化に有害であり、また、結晶粒界に析出して耐酸化性と室温伸びを低下させる。Sも黒鉛球状化に有害である。従って、これらの各不可避不純物は0.02%以下さらには0.01%とするのが好ましい。
【0047】
<オーステナイト系鋳鉄鋳物の製造方法>
本発明は、オーステナイト系鋳物の製造方法であるから、前述したような溶湯調製工程、注湯工程および凝固工程を備える。もっとも、自動車部品等の高い信頼が要求される部材を鋳物で製造する場合、本発明のオーステナイト系鋳鉄が球状黒鉛鋳鉄であることが要求される。そこで、オーステナイト相からなる基地中に、多数の球状黒鉛を微細に晶出させることが望まれ、接種剤や球状化剤等の助剤の配合や添加がされる。
【0048】
これらの助剤は、たとえば、溶湯調製工程の段階から予め配合される。しかし、それら助剤の消失や時間の経過に伴い助剤の効果が低減するフェイディング現象を防ぎ、助剤を有効に機能させるために、基本元素からなる元湯を先ず調製しておき(元湯調製工程)、その元湯に助剤を直接または間接に配合または添加する助剤添加工程を備えるとより好適である。
【0049】
ここで「直接」に添加する場合とは、鋳型への注湯前の元湯に助剤を添加する場合等である。また、「間接」に添加等する場合とは、予め鋳型のキャビティへ助剤を投入しておく場合等である。たとえば、接種の場合であれば、取鍋接種、鋳型内接種、ワイヤー接種等のいずれでも良い。球状化処理の場合も同様である。
【0050】
結局、通常の鋳物は、溶解炉、保持炉から溶湯(元湯)を取鍋へ注入し、その溶湯を鋳型へ注湯して鋳造されるから、助剤の添加はそれらいずれの段階で行われても良いし、また、助剤は粉末状、粒状、ワイヤー状等のいずれでも良い。なお、助剤は、接種剤や球状化剤が代表的であるが、それ以外の添加剤であっても良い。
【0051】
接種剤は、構成元素的に観て、たとえば、Si、Ca、Bi、Ba、Al、Sn、CuまたはR.E.の一種以上からなると好ましい。具体的には、Si−Ca−Bi−Ba−Al系、Si−Ca−Bi−Al−R.E.系、Si−Ca−Al−Ba系、Si−Sn−Cu系などの接種剤がある。接種剤の添加量または配合量は、消失やフェイディング現象等を考慮して決定される。そこでたとえば、元湯全体を100%としたときの添加総量が0.05〜1%となるようにすると好ましい。
【0052】
黒鉛球状化剤は、構成元素的に観て、たとえば、MgおよびR.E.の一種以上からなると好ましい。具体的には、Mg−R.E.系、Mg単体、ミッシュメタル(Mm)等のR.E.単体、Ni−Mg系、Fe−Si−Mg系などの球状化剤がある。球状化剤の添加量または配合量も、消失やフェイディング現象等を考慮して決定される。たとえば、元湯全体を100%としたときのMg残留量(作成された鋳鉄中に残存しているMg量)が0.01〜0.1%、より好ましくは0.03〜0.08%となるように添加されると好ましい。
【0053】
なお、晶出する黒鉛の形状や粒数が所望範囲内である限り、いずれの接種剤や球状化剤をどの程度添加するかは任意である。
【0054】
<オーステナイト系鋳鉄鋳物>
本発明のオーステナイト系鋳物は、上述した本発明のオーステナイト系鋳鉄からなる所望形状の部材であるが、その形状や肉厚等を問わないことはいうまでもない。
【0055】
ここで、鋳物の肉厚、形状、大きさ、方案等が、オーステナイト系鋳物の組織や鋳造欠陥等に影響を及ぼすことも考えられるが、本発明のオーステナイト系鋳物の場合、基地が安定したオーステナイト相となることが確認されている。また、鋳物の肉厚が薄くて溶湯が部分的に急冷凝固されるような場合でも、助剤の添加方法や時期を適宜調整することで、所望の球状黒鉛鋳鉄が得られることを本発明者は確認済みである。
【0056】
オーステナイト系鋳物の組織は、基地組織と共晶組織に大別される。本発明の基地組織はFeのオーステナイト相からなる。本発明の共晶組織は黒鉛である。
【0057】
一般的に、晶出する黒鉛の形態により鋳鉄は種々分類されるが、球状黒鉛鋳鉄であれば、他の鋳鉄と比較して機械的特性等、あらゆる特性に優れるので好ましい。そこで本発明のオーステナイト系鋳物も、球状黒鉛鋳鉄からなると好適である。
【0058】
球状黒鉛鋳鉄の組織は、黒鉛の球状化率と黒鉛の粒数によって一般的に指標される。特性に優れた実用的なオーステナイト系鋳物は、先ず、基地中に晶出または析出した黒鉛の球状化率が70%以上、75%以上さらには80%以上である。次に、晶出または析出した黒鉛の粒数が多い方が望ましい。たとえば、鋳物の肉厚が5mm以下の部分において、粒径10μm以上の黒鉛粒数が50個/mm以上、75個/mm以上さらには100個/mm以上であると好適である。なお、球状黒鉛は基地中に微細分散しているのが好ましい。また、鋳物の肉厚が5mm以下の部分において、粒径5μm以上の黒鉛粒数が150個/mm以上、200個/mm以上、250個/mm以上さらには300個/mm以上であると好適である。なお、球状黒鉛は基地中に微細分散しているのが好ましい。
【0059】
なお、黒鉛の球状化率は、JIS G550210.7.4や旧JIS5502(NIK法)の黒鉛球状化率判定試験法により測定される。また、黒鉛の粒数は単位面積あたりの黒鉛の粒数を計測することにより測定される。
【0060】
本発明のオーステナイト系鋳物は従来よりも低廉であることから、現在、オーステナイト系鋳鉄が使用されている部材等に使用することで、低コストでの作製が可能となる。したがって、利用分野も自動車分野やエンジン分野には限られず、多種多様な部材に本発明のオーステナイト系鋳物が利用され得る。特に、本発明のオーステナイト系鋳物は、上述のように、熱疲労強度および耐酸化性に優れる。そのため、本発明のオーステナイト系鋳鉄の具体的な用途としては、たとえば、自動車等の排気系部品、より具体的には、ターボチャージャーのハウジング、エキゾーストマニホルド、触媒ケース等である。これらの部品は、高温の排気ガスにより高温環境下に常に曝されるのみならず、排気ガス中の硫黄酸化物、窒素酸化物等にも曝されるからである。なお、常温域および温間域で使用される部材にも利用され得ることは当然である。
【0061】
以上、本発明のオーステナイト系鋳鉄とその製造方法およびオーステナイト系鋳鉄鋳物の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0062】
以下に、本発明のオーステナイト系鋳鉄とその製造方法およびオーステナイト系鋳鉄鋳物の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
【0063】
<試験片の製造方法>
C、Si、Cr、Mn、NiおよびCu(基本元素)と残部Feを含む原料を種々配合、混合し、それを高周波炉で大気溶解して47kgの溶湯を得た(溶湯調製工程)。この溶湯を予め用意しておいた鋳型(砂型)に注湯した(注湯工程)。このとき、約1550℃で出湯し、約1450℃で注湯した。また、注湯後の溶湯は、自然冷却で(すなわち鋳放しの状態で)凝固させ、所定の形状の試験片(鋳物)を得た(凝固工程)。
【0064】
なお、各試験片を鋳造する際、接種剤および球状化剤等の助剤の添加も行った。接種材の添加は、大阪特殊合金製カルバロイ(Si−Ca−Al−Ba含有)または東洋電化社製トヨバロンBIL(Si−Ca−Ba−Bi−Al含有)を元湯に対して0.2質量%添加して行った。いずれの接種剤を添加しても、後述の結果に大きな違いは見られなかった。球状化剤の添加は、元湯100%に対して、Mg単体4質量%、R.E.(ミッシュメタル)1.8質量%およびSb単体0.005質量%を、元湯に添加して行った。なお、Mg量が多いのは消失等を考慮したためである。
【0065】
ここで用いた鋳型は、幅50mm×全長180mmで、高さ(厚み)が〔1〕50mm(長さ50mm)→〔2〕25mm(長さ45mm)→〔3〕12mm(長さ40mm)→〔4〕5mm(長さ25mm)→〔5〕3mm(長さ20mm)の5段階で順に変化する段付板状の鋳物が得られる砂型である。また、これとは別に、JISB号およびJISD号のYブロックを鋳込みにより作製した。
【0066】
上記製造方法により、配合組成が異なるA1〜A8およびB1〜B6の試験片を製造した。配合組成を表1に示した。A1〜A8は、Si:4%、Mn:5.5%で一定であるB1〜B6に対して、Si含有量を増加およびMn含有量を減少させた、あるいはMn含有量を減少させたものである。
【0067】
なお、C1〜C4は、従来から汎用されている鋳鉄から作製した試験片であり、C1はD−5S(ASTM)、C2はD−2(ASTM)、C3はHiSiMoFCD、C4はJIS FCD450である。C1およびC2はオーステナイト系鋳鉄、C3およびC4はフェライト系鋳鉄である。
【0068】
<試験片の測定>
<1.合金組成の分析>
各試料の厚さ25mmの部分から採取した試料について、湿式分析により組成分析して、鋳鉄全体の分析組成を得た。こうして得た基本元素組成を表1に「分析組成」として示した。なお、表1には示されていないが、助剤として添加されたMg等も微量であるが検出された。
【0069】
なお、表1中の「−」は、未配合、未分析もしくは未測定、分析不可もしくは測定不可のいずれかを示す。これは、表2〜表4についても同様である。
【0070】
<2.組織評価>
はじめに、試験片A8の厚さ25mmの部分から採取した試料について、X線回折(XRD)測定を行った。比較のために、試験片C1〜C3についても、同様の測定を行った。結果を図4に示す。さらに、試験片A8については、種々の厚さの部分から採取した試料についても、XRD測定を行った。結果を図5に示す。
【0071】
また、同様の試料について、鋳物の熱疲労強度の指標となる硬度を常温にて測定した。硬度は、ビッカース硬さ(Hv20kgf)とした。
【0072】
さらに、顕微鏡写真により組織観察を行った。顕微鏡観察は、各試験片の断面を研磨して行った。光学顕微鏡写真により、共晶黒鉛の晶出形態を調べ、黒鉛の球状化率を測定した。黒鉛球状化率は、旧JIS G5502(NIK法)の判定試験法により求めた。また、種々の厚さの部分から採取した試料の断面について、走査電子顕微鏡(SEM)を用いてマルテンサイトの有無を確認した。マルテンサイトが確認されなかった試験片A8(厚さ25mm)のSEM像を図6に、マルテンサイトが確認された試験片A7(厚さ25mm)のSEM像を図7に、それぞれ示す。なお、SEM観察は、鋳放しの試験片に加え、下記の耐酸化試験(850℃)または熱応力試験で分離破断した試料についても行った。熱応力試験後の破断面にマルテンサイトが確認された試験片A2のSEM像を図8に示す。
【0073】
以上説明した、硬さ、球状化率、およびマルテンサイトの有無を、表2に示した。
【0074】
<3.耐酸化試験>
耐酸化性は、JIS Z 2282に基づき、酸化減量を測定することで評価した。具体的には、先ず、鋳込みにより作製したJISB号およびJISD号のYブロックからそれぞれ採取したφ20mm×20mmの各試験片を750℃、800℃または850℃の大気雰囲気中に100時間保持した。この加熱処理後の試験片の表面に、ショット球径が0.4mmの鉄球を、表面の酸化皮膜が無くなるまで投射した。ここで、酸化減量は、単位面積あたりの試験片の質量減少量である。酸化減量は上記加熱処理直後(ショット前)の試験片の質量から、ショット後の試験片の質量を差し引いたものである。こうして求めた酸化減量(2つの数平均値)を表2に示した。
【0075】
なお、各試験片から落とされた酸化被膜を観察すると、試験片A3〜A6およびA8は、酸化被膜が粉末状になって試験片表面から除去された。しかし、耐酸化性の低い試験片A2などは、酸化被膜が塊のまま剥がれ落ちた。
【0076】
<4.引張試験>
耐力、引張強さおよび伸びの測定は、JISG0567に準じて室温(RT:25℃)、600℃、750℃、800℃または850℃において試験を行い、その結果を表3に示した。なお、試料には、鋳込んだJISB号Yブロックの垂直断面長方形の部分からφ6mmの丸棒試験片を作製して使用した。
【0077】
<5.熱応力試験>
熱疲労強度または熱疲労寿命については、鋳込んだJISB号Yブロックから採取したφ8mmの丸棒試験片を用いて測定した。この試験は、所定の拘束率の試験片の温度を800℃と200℃に繰り返し変更して、応力が10%低下するサイクル数と、応力が25%低下するサイクル数と、応力が50%低下するサイクル数と、分離破断するサイクル数(破断サイクル数)と、を調べた。この結果を表4に示した。なお、応力の低下する割合は、引張側のピーク応力がサイクル数=2の時のピーク応力を基準とした。
【0078】
<評価>
<組織について>
図4のXRDピークから、試験片A8は、従来のオーステナイト系鋳鉄である試験片C1およびC2と同様に、オーステナイト相(γ相)が現れていることがわかった。すなわち、Ni量が13%であっても、オーステナイト相を主相とするオーステナイト系鋳鉄であることがわかった。また、図5のXRDピークからは、いずれの厚さの試験片A8を測定しても、オーステナイト相が確認できることがわかった。なお、図示しないが、試験片A1〜A7についても、A8と同様の回折ピークが得られた。つまり、試験片A1〜A7も、オーステナイト相を主相とするオーステナイト系鋳鉄であった。
【0079】
A1〜A8およびB1〜B6のいずれの試験片においても黒鉛球状化率が70%以上、特に、A3〜A8では80%以上であった。
【0080】
鋳放しの試験片A1〜A6およびA8は、SEM観察によりマルテンサイトは確認されなかった。XRDの結果も考慮すると、これらの試験片は、オーステナイト単相からなる基地をもつと考えられる。しかし、Ni含有量が10%であった試験片A7は、鋳放しの状態であっても、厚さ25mmの部分でマルテンサイトが確認されたとともに、その部分に割れが生じた。
【0081】
また、試験片A3〜A5では、850℃における耐酸化試験後の試験片(厚さ25mm)にマルテンサイトが確認されたが、鋳物に割れが生じるまでには至らなかった。試験片A2では、Mn量が過少(1.5%)であったために、熱応力試験で負荷された応力によりマルテンサイト変態が誘起されたのだと考えられる。
【0082】
<機械的強度について>
A1〜A8およびB1〜B6のいずれの試験片においても、耐力および引張り強さについては、基本元素の添加量に関わらず、ほぼ一定の強度を示した。また、伸びについても、基本元素の添加量にかかわらず、5%以上を示した。
【0083】
<耐酸化性および熱疲労強度について>
試験片A1〜A8のうち、A3〜A6およびA8は、酸化減量が80g/cm以下であり、耐酸化性に優れた。また、ビッカース硬さがHv200を超えず、低い値であった。そのため、表4に示すように、試験片A3およびA4では、熱応力試験において1500サイクルを超えるまで分離破断が発生しなかった。図1より、A5、A6およびA8の試験片についても、1500サイクル程度まで分離破断は発生しないと予測できる。つまり、試験片A3〜A6およびA8は、高い耐酸化性と高い熱疲労強度とを両立するオーステナイト系鋳鉄であることがわかった。一方、Si含有量が過少(4%)のA1およびA2の試験片は、耐酸化性が低かった。
【0084】
試験片B1〜B6のうち、B1およびB3は、酸化減量がそれぞれ82g/cmおよび40g/cmであり、優れた耐酸化性を示した。しかし、ビッカース硬さが200を超えた。そのため、たとえば、試験片B1では、熱応力試験において1000サイクル未満で分離破断が発生した。図1より、試験片B3についても、1000サイクル未満で分離破断が発生すると予測できる。
【0085】
なお、上記の熱応力試験では、拘束率を30%として試験を行った。拘束率を100%とすると、硬さの違いにより熱疲労寿命の差がより顕著になることが、図1から予測される。したがって、試験片A3〜A6およびA8と試験片B1およびB3との熱疲労強度の差はさらに顕著になると考えられる。
【0086】
【表1】

【0087】
【表2】

【0088】
【表3】

【0089】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素(C)、ケイ素(Si)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)および銅(Cu)からなる基本元素と、
残部が鉄(Fe)と不可避不純物および/または特性改善に有効な微量の微量改質元素と、
からなり、常温域でオーステナイト相を主相とするFe合金からなる基地で組織された鋳鉄であるオーステナイト系鋳鉄であって、
前記基本元素は、前記鋳鉄全体を100質量%(以下単に「%」と表示する。)としたとき、下記の条件を満足する組成範囲内にあることを特徴とするオーステナイト系鋳鉄。
C : 2.1〜3.1 %
Si : 4.4〜5.7 %
Cr : 0.8〜2.2 %
Mn : 2.0〜5.5 %
Ni : 11〜14 %
Cu : 0.8〜1.8 %
【請求項2】
前記Siは、4.5〜5.5%である請求項1に記載のオーステナイト系鋳鉄。
【請求項3】
前記Mnは、3.0〜4.5%である請求項1または2に記載のオーステナイト系鋳鉄。
【請求項4】
前記基地中に前記晶出または析出した黒鉛の球状化率が70%以上である請求項1〜3のいずれかに記載のオーステナイト系鋳鉄。
【請求項5】
前記基地は、オーステナイト単相からなる請求項1〜4のいずれかに記載のオーステナイト系鋳鉄。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載した組成範囲の溶湯を調製する溶湯調製工程と、
該溶湯を鋳型に注湯する注湯工程と、
該鋳型に注湯された溶湯を冷却して凝固させる凝固工程と、
からなり、請求項1〜3のいずれかに記載のオーステナイト系鋳鉄からなる鋳物が得られることを特徴とするオーステナイト系鋳物の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載した組成範囲の溶湯からなる元湯を調製する元湯調製工程と、
晶出または析出する黒鉛の核となる接種剤と該黒鉛の球状化を促進する球状化剤との少なくとも一種を含む助剤を該元湯に直接または間接に添加する助剤添加工程と、
該助剤添加工程後または該助剤添加工程中の溶湯を鋳型に注湯する注湯工程と、
該鋳型に注湯された溶湯を冷却して凝固させる凝固工程と、
からなり、基地中に略球状の黒鉛が晶出または析出した請求項4または5に記載のオーステナイト系鋳鉄からなる鋳物が得られることを特徴とするオーステナイト系鋳物の製造方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の製造方法により得られることを特徴とするオーステナイト系鋳物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図9】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−68921(P2011−68921A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−218753(P2009−218753)
【出願日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(594156880)三重県 (58)