オートタキシン測定による妊娠および妊娠高血圧症候群の検査方法および検査薬
【課題】本発明はヒト検体中のオートタキシン濃度の測定による妊娠および妊娠高血圧症候群の検査方法および検査薬を提供することを課題とする。
【解決手段】ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が非妊娠健常者測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に妊娠と判断し、また、その値が正常妊娠群の測定値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする、妊娠及び妊娠高血圧症候群の検査方法。
【解決手段】ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が非妊娠健常者測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に妊娠と判断し、また、その値が正常妊娠群の測定値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする、妊娠及び妊娠高血圧症候群の検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒト検体中のオートタキシン濃度の測定による妊娠および妊娠高血圧症候群の検査方法および検査薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトオートタキシンは、1992年M.L.StrackeらによってA2058ヒト黒色腫細胞培養培地から細胞運動性を惹起する物質として単離された分子量約125kDaの糖蛋白質である(非特許文献1)。その後、1994年にJ.MurataらによるcDNAクローニングにより構造解析が進められアミノ末端側で単一膜貫通部分を有すること、細胞外ドメインに2つのソマトメジンB領域、I型ホスホジエステラーゼ活性VおよびEFハンドのループ領域を含み、ホスホジエステラーゼ活性を有することなどが明らかとなった(非特許文献2)。オートタキシンのmRNAは脳、胎盤、卵巣、小腸など広域で発現している(非特許文献3)。オートタキシンはそのリゾホスホリパーゼD活性によりリゾホスファチジルコリンを基質としてリゾホスファチジン酸(LPA)を産生し、LPAを介し癌の増殖、転移に関与していることが多くの研究者により示されている(非特許文献4から6)。この様にヒトオートタキシンを測定することにより各種疾患等との因果関係の証明などが期待されたが、簡便なオートタキシン測定方法がなかったことより生体試料中のオートタキシン濃度と各種疾病との関連は定量的に明らかにされていなかった。
【0003】
オートタキシン測定方法としては、オートタキシンが有するリゾホスフォリパーゼD活性の評価による間接的な定量方法があるが、かかる活性測定は手法が煩雑であり、また酵素活性を発揮させるために通常数時間にも及ぶ基質とのインキュベーション時間を要する。また、ヒト検体中にはオートタキシンとは異なるリゾホスフォリパーゼD活性を有する酵素が存在することが予想されること、酵素活性測定におけるリゾホスファチジルコリン基質分解により生じるリゾホスファチジン酸およびコリンがヒト検体中に内在すること、などいった妨害因子が存在する。酵素活性測定におけるこれら内在性因子はヒトオートタキシンの特異的定量に少なからず影響を及ぼすため、酵素活性測定は精度の高いヒトオートタキシン定量法とはいえない。実際、ヒト精漿中には数十mM程度の濃度のコリンが含まれており、リゾホスファチジルコリンを基質としたコリン生成量による精漿の活性測定は困難である。
【0004】
また、ヒトオートタキシンの合成部分ペプチドや部分配列を大腸菌により発現させた可溶性ヒトオートタキシンを免疫することにより多数のモノクローナル抗体が樹立されている(非特許文献7)。これら抗体を利用したウェスタンブロッティングによりヒトオートタキシンを検出することはできるが、やはり操作は煩雑である。さらに現在、ヒト検体を対象としたELISA測定法などの免疫学的測定方法は実用には至っていないのが実情である。
【0005】
妊娠により妊婦血清中のリゾホスホリパーゼD活性が上昇することが報告されており(非特許文献8)、妊娠においてもオートタキシンとの関連性が示唆されている。しかし、オートタキシン抗原濃度に関する報告、さらには定量的な報告はない。妊娠において、絨毛外栄養膜細胞(extravillous trophoblast;EVT)は母体の子宮内膜(脱落膜)に浸潤していく細胞であり、EVTが母体の子宮ラセン動脈血管に沿って子宮筋層内まで浸潤し血管がEVTで置き換わることにより初めて十分量の胎児への胎盤血流が保たれる。EVTの子宮内への浸潤は妊娠の維持に必須の現象であり、この浸潤機構の障害が妊娠高血圧症候群などの周産期疾患の発症に深く関わっていると考えられている。正常妊娠ではEVTの浸潤は妊娠初期には子宮内膜の脱落膜内に止まっているが、妊娠15週頃までには子宮筋層の1/3に達し、子宮ラセン動脈の再構築をする。一方で、妊娠高血圧症候群症例では、EVTの浸潤が脱落膜内に止まって子宮筋層内まで達しないため、子宮ラセン動脈の再構築とそれに伴う血管拡張が十分に起こらないとされている。その後胎盤は子宮ラセン動脈の拡張不全による胎盤虚血の状態に反応して炎症性サイトカインを産生し、これらが母体血中の白血球の活性化と血管内皮細胞障害を起こし、高血圧、蛋白尿、浮腫を3主徴とする妊娠高血圧症候群が発症すると考えられている(非特許文献9及び10)。すなわち、オートタキシンを発現しているEVTの発育不良は妊娠高血圧症候群の原因のひとつである。妊娠高血圧症候群は全妊婦の5〜10%に診られるが、妊娠中のEVT発育のモニターは実質不可能であることから、非侵襲的な血清診断による妊娠高血圧症候群の診断、モニターあるいはそれらに用いる予知マーカーが切望されている。
【0006】
【非特許文献1】J.Biol.Chem.,256,2524,1992
【非特許文献2】J.Biol.Chem.,269,30479,1994
【非特許文献3】Biochem.Biophys.Res.Commun.,218,714,1996
【非特許文献4】Nat.Rev.Cancer,3,582,2003
【非特許文献5】Int.J.Cancer,109,833,2004
【非特許文献6】Blood,106,2138,2005
【非特許文献7】FEBS letter 571,197−204,2004
【非特許文献8】Ann.N.Y.Acad.Sci.,905,347,2000
【非特許文献9】日本産科婦人科学会雑誌55巻9号(2003年9月)N265−268
【非特許文献10】日本産科婦人科学会雑誌58巻5号(2006年5月)N59−73
【発明の開示】
【0007】
オートタキシンのヒト組織あるいは体液中の存在濃度が様々な疾病により変動することを示唆する報告がなされているが、これまでその定量方法がないことにより様々な疾病との因果関係の解析がなされてこなかった。しかしながら、ヒト検体中の天然形態ヒトオートタキシンと特異的に反応するモノクローナル抗体を使用したELISA法あるいは酵素免疫測定試薬などの汎用的なヒトオートタキシン定量測定系をもちいることにより、簡便、短時間かつ信頼性高く、血液、血清などに含まれるヒトオートタキシンを定量することを可能にした。そして、この測定方法、測定試薬を用いることによりこれまで明らかにされていなかった様々な疾患とオートタキシン濃度の関係を明らかにすることが可能となった。この測定系を使用し鋭意検討を行なったところ、妊娠に伴い血清中のオートタキシン濃度が上昇すること、その上昇は妊娠の週令に比例して上昇することを見出した。さらに妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)においては正常妊娠群に比較し血清中のオートタキシン濃度の上昇が有意に低いことを見出した。本知見は、血清オートタキシン濃度をモニターすることにより、妊娠経過が順調であるかの確認が可能であること、さらに正常妊娠時に比較し血清オートタキシン濃度の上昇が有意に低い場合に、妊娠高血圧症候群であると判断することが可能であることを示している。さらに、オートタキシン抗体を用いて胎盤の免疫組織染色を行なったところ、EVT細胞ならびに絨毛性栄養膜細胞でオートタキシンの発現を確認した。これは、本現象が栄養膜細胞の発育不良によるものであることを強く示唆する。すなわち、正常妊娠群と比較した場合における、妊娠高血圧症候群でのオートタキシン濃度の低下は、栄養膜細胞の発育不良に起因する。
【0008】
ヒト検体中の天然形態ヒトオートタキシンと特異的に反応するモノクローナル抗体を用いたELISA法等によれば、検体の前処理を必要とすることなくヒトオートタキシンを精度良く定量可能である。この測定法を用い鋭意検討を重ねた結果、妊娠によりオートタキシン抗原濃度が上昇すること、さらに妊娠週令に比例して上昇することを見出した。また、正常妊娠群に比較し妊娠高血圧症候群においてオートタキシン濃度の上昇が低いことを見出し、妊娠高血圧症候群の判断が可能なことを見出した。これにより妊娠経過の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能な検査試薬の提供が可能となった。
【0009】
詳しくは、本願は下記の発明を包含する:
(1)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が非妊娠健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に妊娠と判断することを特徴とする妊娠の検査方法
(2)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、妊娠週令に比例して上昇するオートタキシン濃度をモニターすることを特徴とする正常妊娠の検査方法
(3)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値をモニターすることを特徴とする正常妊娠の検査方法
(4)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が正常妊娠群の測定値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする妊娠高血圧症候群の検査方法
(5)ヒト検体が、妊娠週令第三期の妊婦の検体である、(4)の検査方法
(6)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする妊娠高血圧症候群の検査方法
(7)ヒト検体が、妊娠週令第一期又は妊娠週令第三期の妊婦の検体である、(6)の検査方法
(8)妊娠週令第一期もしくは第二期から第三期のヒト検体中のオートタキシン濃度の濃度変動を該日数差で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値の場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする検査方法
(9)前記オートタキシンが完全長のオートタキシン、部分的に切断を受けたオートタキシン、一部遺伝子の変異を受けたオートタキシンであることを特徴とする(1)から(8)の検査方法
(10)前記検体が、全血、血球、血清、血漿などのヒト血液成分あるいはヒト細胞、組織の抽出液であることを特徴とする(1)から(8)の検査方法
(11)前記方法が、抗体を用いた免疫化学的方法であることを特徴とする(1)から(8)の検査方法
(12)前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする(11)の検査方法
(13)(11)の抗体を検体と接触させ、検体に結合あるいは結合しなかった抗体を検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする(11)又は(12)の検査方法
(14)(11)の抗体を検体と接触させ、抗体に結合あるいは結合しなかったオートタキシンを検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする(11)又は(12)の検査方法
(15)前記方法が酵素標識、アイソトープ標識、蛍光標識などを利用した競合法、サンドイッチ法あるいは蛍光偏光法等を利用したホモジニアス測定法、表面プラズモン共鳴分析法を利用した結合測定等であることを特徴とする(1)から(14)の検査方法
(16)(1)から(15)の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬
(17)オートタキシンの有するリゾホスホリパーゼD活性を測定することにより、オートタキシン濃度を測定することを特徴とする(1)から(10)の検査方法
(18)(17)の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬。
【0010】
本発明によれば、ヒト検体中のオートタキシン濃度を定量することにより妊娠経過の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能である。本発明によれば検体中に含まれる内在性の測定妨害因子や競合酵素の影響を受けることなく、かつ短時間でヒトオートタキシンを定量可能な検査薬を提供することが可能である。また、本発明によれば、リゾホスフォリパーゼD酵素活性測定によっても、前記免疫化学的定量方法に煩雑さ、精度は劣るものの妊娠経過の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能であり、その検査薬の提供も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
ヒトオートタキシン定量試薬に用いる抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体は、特願2006-212275記載の方法により取得可能である。具体的には、cDNAライブラリーよりクローニングしたヒトオートタキシンcDNAを用い、昆虫細胞などの蛋白質発現系を用い蛋白質発現を行う。cDNAライブラリーは、公知の方法を利用して組織からRNAを単離することにより容易に調製可能であり、また市販のものを利用してもかまわない。発現蛋白質は、ポリヒスチジンタグやc−mycタグなどを付加し発現を行えば、それらに特異的なアフィニティーカラムなどにより精製が可能である。これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
【0012】
抗体は上記精製抗原を動物に免疫することで取得が可能であり、例えばラットを用いる場合、精製ヒトオートタキシン抗原とフロイント完全アジュバントのエマルジョンを足底球(footpad)に免疫する。必要に応じ、精製抗原とフロイント不完全アジュバントにより繰り返し追加免疫を行ない、細胞融合の数日前に、最終免疫としてアジュバントとエマルジョン化することなく抗原のみを動物に投与する。ラットリンパ節を回収しミエローマ細胞と融合することにより、ハイブリドーマ細胞の作製が可能であり、これらの技術は充分確立されている。
【0013】
上記方法により樹立したハイブリドーマ細胞産生抗体を、必要に応じて硫酸アンモニウム沈殿により濃縮した後、プロテインAやプロテインG固相化担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、モノクローナル抗体の精製を行うことが可能である。また、精製した抗体は、ビオチンあるいはアルカリ性ホスファターゼ等の酵素により標識を施すことにより、ヒトオートタキシン2抗体サンドイッチ免疫測定系構築の検証に使用することが可能であり、これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
【0014】
抗体を用いたヒトオートタキシン定量方法は、ヒトオートタキシンを特異的に捕捉し、その結果、精製した抗体−ヒトオートタキシン複合体が検出可能な方法であれば手法を選ばない。好ましくは、イムノアッセイで汎用されている標識抗原と検体中のヒトオートタキシンの抗体に対する競合を利用した競合法、エピトープの異なる2抗体を用いてヒトオートタキシンとの3者の複合体を形成させるサンドイッチ法が簡便かつ汎用しやすい。特異性、感度、汎用性などの点から、エピトープの異なる2抗体サンドイッチ免疫測定方法が優れている。
【0015】
本発明において使用した、抗体を使用したオートタキシン測定試薬を以下に記載する。使用したヒトオートタキシンモノクローナル抗体はクローン名R10.21およびR10.23である。本抗体の組み合わせを用い、ヒトオートタキシン測定試薬の調製を行う。2ステップサンドイッチ測定試薬の場合、2種の抗体の一方を、イムノプレート、磁性粒子などB/F分離可能な担体に結合させる。結合方法は、疎水結合を利用した物理的結合、2物質間を架橋可能なリンカー試薬などを用いた化学的結合、いずれでもかまわない。非特異的結合を避けるため、担体表面を牛血清アルブミン、スキムミルクあるいは市販のイムノアッセイ用ブロッキング剤などでブロッキング処理を行ない、1次試薬とする。2次試薬として、標識を施したもう一方の抗体を含む溶液を準備する。抗体標識は、ペルオキシダーゼ、アルカリ性ホスファターゼなどの酵素、蛍光物質、化学発光物質、ラジオアイソトープなどの検出可能な物質、ビオチン、アビジンなどの特異的結合パートナーが存在する物質などでの標識が好ましい。また、2次試薬溶液は抗原抗体反応が良好に行える緩衝液、例えばリン酸緩衝液、Tris−HCl緩衝液などが好ましい。実検体の測定は、1次試薬と実検体を一定時間、一定温度のもと接触させることにより行う。反応条件に関しては4〜40℃の温度で5分〜3時間の反応が好ましい。未反応物質をB/F分離により除去し、続いて2次試薬と一定時間、一定温度のもと接触させサンドイッチ複合体を形成させる。反応条件に関しては4〜40℃の温度で5分〜3時間の反応が好ましい。未反応物質をB/F分離により除去し、標識抗体の標識物質を定量し、既知濃度のヒトオートタキシンを標準として作成した検量線により、実検体中のヒトオートタキシン濃度を定量する。1ステップサンドイッチ測定試薬の場合、2ステップサンドイッチ測定試薬と同様、担体に抗体を結合させブロッキング処理を行ったものを準備する。本抗体固相化担体に標識抗体を含む緩衝液を添加し試薬とする。必要に応じ、試薬を凍結乾燥品とすることも可能である。1ステップ試薬では、抗原−抗体の使用量バランスにより抗原あるいは抗体の過不足が生じ、測定系構築が困難であることが多い。本発明では、ELISA法の場合、担体に結合させる抗体量を96穴イムノプレート1ウェルあたり5〜500ng、好ましくは100ng、標識抗体1〜100ng、好ましくは10ngを使用することにより良好な結果が得られる。測定に用いるヒト検体は、血清、血漿、尿、精漿、脳脊椎液などがあるが、用いる検体の希釈倍率は無希釈〜100倍希釈が好ましく、特に血清、血漿においては5倍希釈検体を100μL、精漿においては無希釈検体を100μL用いることにより良好な結果が得られる。
【0016】
この測定試薬を用い、被験者検体中のヒトオートタキシンを測定することにより、妊娠中の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能である。
【実施例】
【0017】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に記載された例に限られるものではない。
実施例1:オートタキシン測定試薬の調製
水不溶性担体(内部にフェライトを練り込んだ粒子径約1.5mmのエチレンビニルアルコール)に抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体(R10.23)を100ng/担体になるように37℃にて一昼夜物理的に吸着させ、その後1%BSAを含む100mMトリス緩衝液(pH8.0)にて40℃、4時間ブロッキングを行ない抗体固定化担体とした。抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体(R10.21)をペプシン処理によりF(ab)2化した後、SPDP(N-スクシニミジル3-[2-ピリジルジチオ]プロピオネート)を用いアルカリ性ホスファターゼと結合させ酵素標識抗体とした。磁力透過性の容器(容量1.2mL)に12個の抗体固定化担体を入れた後、1μg/mLの標識抗体を含む緩衝液(3%BSAを含むトリス緩衝液、pH8.0)50μLを容器に添加し凍結乾燥を施しオートタキシン測定試薬とした。オートタキシン測定試薬は窒素充填下密閉封印シールを施し測定まで4℃にて保管した。
【0018】
実施例2:ヒトオートタキシン標準品の調製
抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体(R10.23)を用い抗体固定化担体を作製し、抗原を精製し、ならびにヒト血清から抗原の除去を行なったヒトオートタキシンゼロ血清の調製を行った。これらを材料として用いヒトオートタキシン免疫測定に用いる標準品(ヒトオートタキシン既知濃度サンプル)の調製を行った。具体的にはR10.23をHiTrap NHS−活性化5mLカラム(GEヘルスサイエンス,Cat.No.17−0717−01)に対し25mgの抗体をマニュアルに従い結合させた。本R10.23結合カラムを用い、0.8μmのフィルターにより不純物を除去したヒト血清200mLを1mL/minの流速で送液しカラム素通り画分を回収した。本素通り画分中のヒトオートタキシンは実施例1記載の測定試薬にて反応性を示さないことを確認した。本品を標準品作製用のベース血清とし、さらに、ゼロ濃度標準品とした。精製抗原の調製は昆虫細胞・バキュロウイルス系で発現させた全長ヒトオートタキシンを材料として用いて行った。培養上清1LをR10.23結合カラムに流速1mL/minの流速にて送液し、続いてPBSにより未結合蛋白質の洗浄を行った。カラムを通過したPBSの280nmの吸光度が0.01以下になったことを確認し、続いて100mMグリシン緩衝液pH3.5を用い結合蛋白質を溶出させた。溶出液は1/10容量の1M−Tris pH8.0を添加することにより中性に戻した後、TBSにより速やかに透析処理を行なった。精製全長ヒトオートタキシンをBCA蛋白定量キット(Pierce Bioctechnology,Inc.,Cat.No.23225)により濃度測定した。本精製ヒトオートタキシン抗原を上記ヒトオートタキシン除去ヒト血清に添加し、既知濃度標準品を調製した。
【0019】
実施例3:オートタキシン測定試薬の評価
実施例1にて作製したオートタキシン測定試薬を用い、実施例2で作製した標準品を用い試薬性能評価を実施した。評価用装置として全自動エンザイムイムノアッセイ装置 AIA-1800(東ソー株式会社製:製造販売届出番号13B3X90002000002)を用いた。標準品濃度は0、0.313、0.625、1.25、2.5及び5.0μg/mLの6濃度標準品を使用した。全自動エンザイムイムノアッセイ装置 AIA-1800を用いた測定では、標準品あるいはヒト血清検体20μLと界面活性剤を含む希釈液130μLが、実施例1で作製したオートタキシン測定試薬容器に自動で分注される。37℃恒温下10分間の抗原抗体反応を経て、界面活性剤を含む緩衝液にて8回の洗浄を行った後、4−メチルウンベリフェリルリン酸塩を添加し、単位時間当たりの4−メチルウンベリフェロン生成濃度をもって測定値(nmol/L・sec)とする。標準品測定時の測定値を表1に、そしてそれを用いた検量線を図1に示す。また、本検量線およびゼロ濃度標準品の(平均値+2×標準偏差)より算出した最小検出感度は110ng/mLであった。
【0020】
【表1】
【0021】
実施例4:オートタキシン測定試薬の再現性試験
オートタキシン測定試薬で得られる結果の再現性を検証するため、実施例3で作成した検量線を用いてコントロール検体3例について再現性試験を実施した。同時再現性試験では、検体を10重測定し変動係数(%CV:coefficient variation = 標準偏差/平均値×100)を算出し、その結果を表2に示す。また、日差再現性試験では、数日おきに検体を測定し0日目測定値からの変動ならびに全測定値の変動係数を算出し、その結果を表3に示す。
【0022】
【表2】
【0023】
【表3】
【0024】
いずれの変動係数も10%以下を示しており、オートタキシン測定試薬にて得られる結果は信頼しうるものであることが証明された。
【0025】
実施例5:非妊娠健常者ならびに正常妊娠経過を経た妊婦検体の測定
全自動エンザイムイムノアッセイ装置AIA−600II(医療用具許可番号35BZ0019号)を使用し、非妊娠健常者46例、妊娠被験者検体40検体の測定を実施した。各妊娠被験者からは、妊娠9カ月を3分割した、第一期(first trimester、妊娠から第14週まで)、第二期(second trimester、第14週から第28週まで)、第三期(third or last trimester、第28週から出産まで)、出産後検体として最大1件を対象とした。非妊娠健常者オートタキシン濃度平均0.852μg/mL(標準偏差0.184μg/mL、最小値0.621μg/mL、最大値1.590μg/mL)に対し、第一期、第二期、第三期の妊娠被験者のオートタキシン濃度は、Mann−Whitney有意差検定試験において、各々P=0.0001、P<0.0001、P<0.0001と非常に強い有意差を示し、妊娠の判断が可能であることを示している(図2)。また、出産後(after delivery)におけるオートタキシン濃度は、速やかに非妊娠健常者濃度に収束していることも示された。本試験の実施により得られた測定値と妊娠からの経過日の相関性を検証した結果、オートタキシン濃度は妊娠からの経過日数に比例し、相関係数0.829と良好な相関性を示した(図3)。
【0026】
実施例6:妊娠高血圧症候群患者検体の測定
実施例5と同様の方法にて妊娠高血圧症候群患者検体23検体のオートタキシン濃度を測定した。実施例5同様、各妊娠被験者からは第一期、第二期、第三期、出産後検体として最大1件を対象とした。妊娠高血圧症候群患者検体は、非妊娠健常者に対し、第一期、第二期、第三期において、Mann−Whitney有意差検定試験において各々P=0.0009、P=0.0349、P<0.001と第二期を除き非常に強い有意差を示した(図4)。また、出産後(after delivery)において速やかにオートタキシン濃度の低下が認められた(検体数が少ないため参考値)。本試験の実施により得られた測定値と妊娠からの経過日の相関性を検証した結果、オートタキシン濃度は妊娠からの経過日数に比例し、相関係数0.769と良好な相関性を示した(図5)。正常妊娠被験者および妊娠高血圧症候群患者の相関性を比較すると、相関の傾きが各々0.01585、0.009315と、妊娠高血圧症候群では妊娠経過に伴うオートタキシン濃度の上昇が低いことが示された(図6)。
【0027】
実施例7:オートタキシン濃度による妊娠高血圧症候群の判断
各妊娠周期(第一期、第二期、第三期)における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較し、Mann−Whitneyによる有意差検定を実施した。その結果、正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者間において、妊娠第一期では、オートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数での有意差は各々p=0.1812、p=0.0426、p=0.0426と、オートタキシン濃度では有意差が認められなかったものの、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数において有意差が認められ、妊娠早期での妊娠高血圧症候群の判断の可能性を示した(図7)。妊娠第二期においての有意差は各々p=0.8084、p=0.7160、p=0.7160と、いずれにおいても有意差が認めらなかった(図8)。妊娠第三期においての有意差は各々p=0.0147、p=0.0229、p=0.0284と、いずれにおいても有意差が認められた(図9)。妊娠第一期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/日数を用いたROC曲線(受信者動作特性曲線)分析の結果、AUC(Area Under Curve)は各々0.729、0.833、感度は各々37.5%、100%、特異性は各々100%、66.7%であり、オートタキシン濃度/日数による妊娠高血圧症候群の判断が可能な結果を得た(図10)。
【0028】
実施例8:妊娠週令に伴うオートタキシン濃度変動と妊娠高血圧症候群の判断
妊娠第一期および第三期の正常妊娠を経た妊婦5検体、妊娠高血圧症候群の妊婦5検体、ならびに妊娠第二期および第三期の正常妊娠を経た妊婦2検体、妊娠高血圧症候群の妊婦2検体のオートタキシン濃度の変動を検討した。正常妊娠、妊娠高血圧症候群での第一期から第三期でのオートタキシン濃度変動は、正常妊娠での濃度上昇に比較し妊娠高血圧症候群で濃度上昇が低いことが示された(図11)。同様に正常妊娠、妊娠高血圧症候群での第二期から第三期でのオートタキシン濃度変動においても、正常妊娠での濃度上昇に比較し妊娠高血圧症候群で濃度上昇が低いことが示された(図12)。オートタキシン濃度変動を妊娠週令で除した値[(第三期オートタキシン濃度−第一期もしくは第二期オートタキシン濃度)/(第三期妊娠週令日数−第一期もしくは第二期週令日数)]を正常妊娠、妊娠高血圧症候群で比較した結果、第一期から第三期での変動比(Slope)は、各々0.0278mg/L/day、0.0076mg/L/dayであり、Mann−Whitneyによる検定でp=0.0159と強い有意差を示した。第二期から第三期においては、正常妊娠、妊娠高血圧症候群間で例数2であり、統計上の有意差検定はできないものの変動比の差は大きいことが示された(図13)。
【0029】
実施例9:早産におけるオートタキシン濃度の検証
実施例5と同様の方法にて早産被験者14検体のオートタキシン濃度を測定した。各妊娠周期(第二期、第三期)における正常妊娠被験者、早産被験者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較し、Mann−Whitneyによる有意差検定を実施した。その結果、いずれの統計解析においても有意差を認めず、早産においては正常妊娠とオートタキシン濃度変動は差がないことが明らかとなった(図14及び15)。
【0030】
実施例10:胎盤組織におけるオートタキシン発現解析
妊娠高血圧症候群における胎盤発育不良とオートタキシン濃度の正常妊娠に対する低値の因果関係解析のため、胎盤病理組織を用い免疫組織染色によるオートタキシンの発現確認を行った。病理組織は正常妊娠より得られた胎盤組織であり、本組織のパラフィン切片を作製し、キシレン、エタノール、過酸化水素−メタノール−煮沸による脱パラフィン処理を常法に従い実施し、アビジン、ビオチン、ウサギ血清ブロッキングによる処理後、抗オートタキシン抗体による免疫組織染色を実施した。その結果、胎盤組織において絨毛外栄養膜細胞(EVT)細胞質ならびに絨毛性栄養膜細胞細胞質特異的にオートタキシンの特異的発現を確認した(図16)。本結果は妊娠高血圧症候群における胎盤発育不良と血清オートタキシン濃度の低値化を結びつける一つの証拠である。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、ヒト検体中に含まれるヒトオートタキシンの濃度を免疫学的に定量する方法によって測定することにより、妊娠の判断はもとより妊娠中の母体管理のモニターを可能にし、さらに妊婦の約1割で認められる妊娠高血圧症候群の判断、モニターを可能にする測定方法、測定試薬である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】6濃度標準品を用いた際の検量線を示す。回帰式はLog(Rate)=aLog(Conc)3+bLog(Conc)2+cLog(Conc)+dで示され、表示している検量線の各定数は、a=−0.12278770、b=−0.30068255、c=1.26861618、d=1.56201600である。Rateは単位時間当たりの4−メチルウンベリフェロンの生成量(nmol/L・sec)を示す。
【図2】非妊娠健常者および正常妊娠を経た妊娠各期の妊婦の血清オートタキシン濃度の分布図を示す。
【図3】正常妊娠を経た妊婦の血清オートタキシン濃度と妊娠週令(日数)の相関性を示す。
【図4】非妊娠健常者および妊娠各期の妊娠高血圧症候群患者の血清オートタキシン濃度の分布図を示す。
【図5】妊娠高血圧症候群患者の血清オートタキシン濃度と妊娠週令(日数)の相関性を示す。
【図6】図4および図5で得られた、正常妊娠を経た妊婦と妊娠高血圧症候群患者での血清オートタキシン濃度と妊娠週令(日数)の相関性の比較を示す。Open Circle(○)は正常妊娠を経た妊婦の結果、Closed Triangle(黒正三角)は妊娠高血圧症候群の結果を示す。
【図7】妊娠周期第一期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者の、オートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図8】妊娠周期第二期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図9】妊娠周期第三期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図10】妊娠周期第一期におけるオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/日数を用いた妊娠高血圧症候群の判断効率をROCカーブ分析により比較した結果を示す。
【図11】正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者の第一期から第三期でのオートタキシン濃度変動を示す。
【図12】正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者の第二期から第三期でのオートタキシン濃度変動を示す。
【図13】オートタキシン濃度変動を妊娠週令で除した値[(第三期オートタキシン濃度−第一期もしくは第二期オートタキシン濃度)/(第三期妊娠週令日数−第一期もしくは第二期週令日数)]を正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者で比較した結果を示す。
【図14】妊娠周期第二期における正常妊娠被験者、早産を経た妊婦のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図15】妊娠周期第三期における正常妊娠被験者、早産を経た妊婦のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図16】胎盤組織を用いた免疫組織染色結果を示す。上図が抗オートタキシン抗体を使用した染色像、下図は2次抗体のみの対照像を示す。図中記載の絨毛性栄養膜細胞、ならびに矢印で示した絨毛外栄養膜細胞(EVT)の染色像を示している。
【技術分野】
【0001】
本発明はヒト検体中のオートタキシン濃度の測定による妊娠および妊娠高血圧症候群の検査方法および検査薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトオートタキシンは、1992年M.L.StrackeらによってA2058ヒト黒色腫細胞培養培地から細胞運動性を惹起する物質として単離された分子量約125kDaの糖蛋白質である(非特許文献1)。その後、1994年にJ.MurataらによるcDNAクローニングにより構造解析が進められアミノ末端側で単一膜貫通部分を有すること、細胞外ドメインに2つのソマトメジンB領域、I型ホスホジエステラーゼ活性VおよびEFハンドのループ領域を含み、ホスホジエステラーゼ活性を有することなどが明らかとなった(非特許文献2)。オートタキシンのmRNAは脳、胎盤、卵巣、小腸など広域で発現している(非特許文献3)。オートタキシンはそのリゾホスホリパーゼD活性によりリゾホスファチジルコリンを基質としてリゾホスファチジン酸(LPA)を産生し、LPAを介し癌の増殖、転移に関与していることが多くの研究者により示されている(非特許文献4から6)。この様にヒトオートタキシンを測定することにより各種疾患等との因果関係の証明などが期待されたが、簡便なオートタキシン測定方法がなかったことより生体試料中のオートタキシン濃度と各種疾病との関連は定量的に明らかにされていなかった。
【0003】
オートタキシン測定方法としては、オートタキシンが有するリゾホスフォリパーゼD活性の評価による間接的な定量方法があるが、かかる活性測定は手法が煩雑であり、また酵素活性を発揮させるために通常数時間にも及ぶ基質とのインキュベーション時間を要する。また、ヒト検体中にはオートタキシンとは異なるリゾホスフォリパーゼD活性を有する酵素が存在することが予想されること、酵素活性測定におけるリゾホスファチジルコリン基質分解により生じるリゾホスファチジン酸およびコリンがヒト検体中に内在すること、などいった妨害因子が存在する。酵素活性測定におけるこれら内在性因子はヒトオートタキシンの特異的定量に少なからず影響を及ぼすため、酵素活性測定は精度の高いヒトオートタキシン定量法とはいえない。実際、ヒト精漿中には数十mM程度の濃度のコリンが含まれており、リゾホスファチジルコリンを基質としたコリン生成量による精漿の活性測定は困難である。
【0004】
また、ヒトオートタキシンの合成部分ペプチドや部分配列を大腸菌により発現させた可溶性ヒトオートタキシンを免疫することにより多数のモノクローナル抗体が樹立されている(非特許文献7)。これら抗体を利用したウェスタンブロッティングによりヒトオートタキシンを検出することはできるが、やはり操作は煩雑である。さらに現在、ヒト検体を対象としたELISA測定法などの免疫学的測定方法は実用には至っていないのが実情である。
【0005】
妊娠により妊婦血清中のリゾホスホリパーゼD活性が上昇することが報告されており(非特許文献8)、妊娠においてもオートタキシンとの関連性が示唆されている。しかし、オートタキシン抗原濃度に関する報告、さらには定量的な報告はない。妊娠において、絨毛外栄養膜細胞(extravillous trophoblast;EVT)は母体の子宮内膜(脱落膜)に浸潤していく細胞であり、EVTが母体の子宮ラセン動脈血管に沿って子宮筋層内まで浸潤し血管がEVTで置き換わることにより初めて十分量の胎児への胎盤血流が保たれる。EVTの子宮内への浸潤は妊娠の維持に必須の現象であり、この浸潤機構の障害が妊娠高血圧症候群などの周産期疾患の発症に深く関わっていると考えられている。正常妊娠ではEVTの浸潤は妊娠初期には子宮内膜の脱落膜内に止まっているが、妊娠15週頃までには子宮筋層の1/3に達し、子宮ラセン動脈の再構築をする。一方で、妊娠高血圧症候群症例では、EVTの浸潤が脱落膜内に止まって子宮筋層内まで達しないため、子宮ラセン動脈の再構築とそれに伴う血管拡張が十分に起こらないとされている。その後胎盤は子宮ラセン動脈の拡張不全による胎盤虚血の状態に反応して炎症性サイトカインを産生し、これらが母体血中の白血球の活性化と血管内皮細胞障害を起こし、高血圧、蛋白尿、浮腫を3主徴とする妊娠高血圧症候群が発症すると考えられている(非特許文献9及び10)。すなわち、オートタキシンを発現しているEVTの発育不良は妊娠高血圧症候群の原因のひとつである。妊娠高血圧症候群は全妊婦の5〜10%に診られるが、妊娠中のEVT発育のモニターは実質不可能であることから、非侵襲的な血清診断による妊娠高血圧症候群の診断、モニターあるいはそれらに用いる予知マーカーが切望されている。
【0006】
【非特許文献1】J.Biol.Chem.,256,2524,1992
【非特許文献2】J.Biol.Chem.,269,30479,1994
【非特許文献3】Biochem.Biophys.Res.Commun.,218,714,1996
【非特許文献4】Nat.Rev.Cancer,3,582,2003
【非特許文献5】Int.J.Cancer,109,833,2004
【非特許文献6】Blood,106,2138,2005
【非特許文献7】FEBS letter 571,197−204,2004
【非特許文献8】Ann.N.Y.Acad.Sci.,905,347,2000
【非特許文献9】日本産科婦人科学会雑誌55巻9号(2003年9月)N265−268
【非特許文献10】日本産科婦人科学会雑誌58巻5号(2006年5月)N59−73
【発明の開示】
【0007】
オートタキシンのヒト組織あるいは体液中の存在濃度が様々な疾病により変動することを示唆する報告がなされているが、これまでその定量方法がないことにより様々な疾病との因果関係の解析がなされてこなかった。しかしながら、ヒト検体中の天然形態ヒトオートタキシンと特異的に反応するモノクローナル抗体を使用したELISA法あるいは酵素免疫測定試薬などの汎用的なヒトオートタキシン定量測定系をもちいることにより、簡便、短時間かつ信頼性高く、血液、血清などに含まれるヒトオートタキシンを定量することを可能にした。そして、この測定方法、測定試薬を用いることによりこれまで明らかにされていなかった様々な疾患とオートタキシン濃度の関係を明らかにすることが可能となった。この測定系を使用し鋭意検討を行なったところ、妊娠に伴い血清中のオートタキシン濃度が上昇すること、その上昇は妊娠の週令に比例して上昇することを見出した。さらに妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)においては正常妊娠群に比較し血清中のオートタキシン濃度の上昇が有意に低いことを見出した。本知見は、血清オートタキシン濃度をモニターすることにより、妊娠経過が順調であるかの確認が可能であること、さらに正常妊娠時に比較し血清オートタキシン濃度の上昇が有意に低い場合に、妊娠高血圧症候群であると判断することが可能であることを示している。さらに、オートタキシン抗体を用いて胎盤の免疫組織染色を行なったところ、EVT細胞ならびに絨毛性栄養膜細胞でオートタキシンの発現を確認した。これは、本現象が栄養膜細胞の発育不良によるものであることを強く示唆する。すなわち、正常妊娠群と比較した場合における、妊娠高血圧症候群でのオートタキシン濃度の低下は、栄養膜細胞の発育不良に起因する。
【0008】
ヒト検体中の天然形態ヒトオートタキシンと特異的に反応するモノクローナル抗体を用いたELISA法等によれば、検体の前処理を必要とすることなくヒトオートタキシンを精度良く定量可能である。この測定法を用い鋭意検討を重ねた結果、妊娠によりオートタキシン抗原濃度が上昇すること、さらに妊娠週令に比例して上昇することを見出した。また、正常妊娠群に比較し妊娠高血圧症候群においてオートタキシン濃度の上昇が低いことを見出し、妊娠高血圧症候群の判断が可能なことを見出した。これにより妊娠経過の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能な検査試薬の提供が可能となった。
【0009】
詳しくは、本願は下記の発明を包含する:
(1)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が非妊娠健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に妊娠と判断することを特徴とする妊娠の検査方法
(2)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、妊娠週令に比例して上昇するオートタキシン濃度をモニターすることを特徴とする正常妊娠の検査方法
(3)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値をモニターすることを特徴とする正常妊娠の検査方法
(4)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が正常妊娠群の測定値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする妊娠高血圧症候群の検査方法
(5)ヒト検体が、妊娠週令第三期の妊婦の検体である、(4)の検査方法
(6)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする妊娠高血圧症候群の検査方法
(7)ヒト検体が、妊娠週令第一期又は妊娠週令第三期の妊婦の検体である、(6)の検査方法
(8)妊娠週令第一期もしくは第二期から第三期のヒト検体中のオートタキシン濃度の濃度変動を該日数差で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値の場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする検査方法
(9)前記オートタキシンが完全長のオートタキシン、部分的に切断を受けたオートタキシン、一部遺伝子の変異を受けたオートタキシンであることを特徴とする(1)から(8)の検査方法
(10)前記検体が、全血、血球、血清、血漿などのヒト血液成分あるいはヒト細胞、組織の抽出液であることを特徴とする(1)から(8)の検査方法
(11)前記方法が、抗体を用いた免疫化学的方法であることを特徴とする(1)から(8)の検査方法
(12)前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする(11)の検査方法
(13)(11)の抗体を検体と接触させ、検体に結合あるいは結合しなかった抗体を検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする(11)又は(12)の検査方法
(14)(11)の抗体を検体と接触させ、抗体に結合あるいは結合しなかったオートタキシンを検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする(11)又は(12)の検査方法
(15)前記方法が酵素標識、アイソトープ標識、蛍光標識などを利用した競合法、サンドイッチ法あるいは蛍光偏光法等を利用したホモジニアス測定法、表面プラズモン共鳴分析法を利用した結合測定等であることを特徴とする(1)から(14)の検査方法
(16)(1)から(15)の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬
(17)オートタキシンの有するリゾホスホリパーゼD活性を測定することにより、オートタキシン濃度を測定することを特徴とする(1)から(10)の検査方法
(18)(17)の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬。
【0010】
本発明によれば、ヒト検体中のオートタキシン濃度を定量することにより妊娠経過の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能である。本発明によれば検体中に含まれる内在性の測定妨害因子や競合酵素の影響を受けることなく、かつ短時間でヒトオートタキシンを定量可能な検査薬を提供することが可能である。また、本発明によれば、リゾホスフォリパーゼD酵素活性測定によっても、前記免疫化学的定量方法に煩雑さ、精度は劣るものの妊娠経過の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能であり、その検査薬の提供も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
ヒトオートタキシン定量試薬に用いる抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体は、特願2006-212275記載の方法により取得可能である。具体的には、cDNAライブラリーよりクローニングしたヒトオートタキシンcDNAを用い、昆虫細胞などの蛋白質発現系を用い蛋白質発現を行う。cDNAライブラリーは、公知の方法を利用して組織からRNAを単離することにより容易に調製可能であり、また市販のものを利用してもかまわない。発現蛋白質は、ポリヒスチジンタグやc−mycタグなどを付加し発現を行えば、それらに特異的なアフィニティーカラムなどにより精製が可能である。これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
【0012】
抗体は上記精製抗原を動物に免疫することで取得が可能であり、例えばラットを用いる場合、精製ヒトオートタキシン抗原とフロイント完全アジュバントのエマルジョンを足底球(footpad)に免疫する。必要に応じ、精製抗原とフロイント不完全アジュバントにより繰り返し追加免疫を行ない、細胞融合の数日前に、最終免疫としてアジュバントとエマルジョン化することなく抗原のみを動物に投与する。ラットリンパ節を回収しミエローマ細胞と融合することにより、ハイブリドーマ細胞の作製が可能であり、これらの技術は充分確立されている。
【0013】
上記方法により樹立したハイブリドーマ細胞産生抗体を、必要に応じて硫酸アンモニウム沈殿により濃縮した後、プロテインAやプロテインG固相化担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、モノクローナル抗体の精製を行うことが可能である。また、精製した抗体は、ビオチンあるいはアルカリ性ホスファターゼ等の酵素により標識を施すことにより、ヒトオートタキシン2抗体サンドイッチ免疫測定系構築の検証に使用することが可能であり、これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
【0014】
抗体を用いたヒトオートタキシン定量方法は、ヒトオートタキシンを特異的に捕捉し、その結果、精製した抗体−ヒトオートタキシン複合体が検出可能な方法であれば手法を選ばない。好ましくは、イムノアッセイで汎用されている標識抗原と検体中のヒトオートタキシンの抗体に対する競合を利用した競合法、エピトープの異なる2抗体を用いてヒトオートタキシンとの3者の複合体を形成させるサンドイッチ法が簡便かつ汎用しやすい。特異性、感度、汎用性などの点から、エピトープの異なる2抗体サンドイッチ免疫測定方法が優れている。
【0015】
本発明において使用した、抗体を使用したオートタキシン測定試薬を以下に記載する。使用したヒトオートタキシンモノクローナル抗体はクローン名R10.21およびR10.23である。本抗体の組み合わせを用い、ヒトオートタキシン測定試薬の調製を行う。2ステップサンドイッチ測定試薬の場合、2種の抗体の一方を、イムノプレート、磁性粒子などB/F分離可能な担体に結合させる。結合方法は、疎水結合を利用した物理的結合、2物質間を架橋可能なリンカー試薬などを用いた化学的結合、いずれでもかまわない。非特異的結合を避けるため、担体表面を牛血清アルブミン、スキムミルクあるいは市販のイムノアッセイ用ブロッキング剤などでブロッキング処理を行ない、1次試薬とする。2次試薬として、標識を施したもう一方の抗体を含む溶液を準備する。抗体標識は、ペルオキシダーゼ、アルカリ性ホスファターゼなどの酵素、蛍光物質、化学発光物質、ラジオアイソトープなどの検出可能な物質、ビオチン、アビジンなどの特異的結合パートナーが存在する物質などでの標識が好ましい。また、2次試薬溶液は抗原抗体反応が良好に行える緩衝液、例えばリン酸緩衝液、Tris−HCl緩衝液などが好ましい。実検体の測定は、1次試薬と実検体を一定時間、一定温度のもと接触させることにより行う。反応条件に関しては4〜40℃の温度で5分〜3時間の反応が好ましい。未反応物質をB/F分離により除去し、続いて2次試薬と一定時間、一定温度のもと接触させサンドイッチ複合体を形成させる。反応条件に関しては4〜40℃の温度で5分〜3時間の反応が好ましい。未反応物質をB/F分離により除去し、標識抗体の標識物質を定量し、既知濃度のヒトオートタキシンを標準として作成した検量線により、実検体中のヒトオートタキシン濃度を定量する。1ステップサンドイッチ測定試薬の場合、2ステップサンドイッチ測定試薬と同様、担体に抗体を結合させブロッキング処理を行ったものを準備する。本抗体固相化担体に標識抗体を含む緩衝液を添加し試薬とする。必要に応じ、試薬を凍結乾燥品とすることも可能である。1ステップ試薬では、抗原−抗体の使用量バランスにより抗原あるいは抗体の過不足が生じ、測定系構築が困難であることが多い。本発明では、ELISA法の場合、担体に結合させる抗体量を96穴イムノプレート1ウェルあたり5〜500ng、好ましくは100ng、標識抗体1〜100ng、好ましくは10ngを使用することにより良好な結果が得られる。測定に用いるヒト検体は、血清、血漿、尿、精漿、脳脊椎液などがあるが、用いる検体の希釈倍率は無希釈〜100倍希釈が好ましく、特に血清、血漿においては5倍希釈検体を100μL、精漿においては無希釈検体を100μL用いることにより良好な結果が得られる。
【0016】
この測定試薬を用い、被験者検体中のヒトオートタキシンを測定することにより、妊娠中の母体管理が可能であり、特に妊娠高血圧症候群の判断、モニターが可能である。
【実施例】
【0017】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に記載された例に限られるものではない。
実施例1:オートタキシン測定試薬の調製
水不溶性担体(内部にフェライトを練り込んだ粒子径約1.5mmのエチレンビニルアルコール)に抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体(R10.23)を100ng/担体になるように37℃にて一昼夜物理的に吸着させ、その後1%BSAを含む100mMトリス緩衝液(pH8.0)にて40℃、4時間ブロッキングを行ない抗体固定化担体とした。抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体(R10.21)をペプシン処理によりF(ab)2化した後、SPDP(N-スクシニミジル3-[2-ピリジルジチオ]プロピオネート)を用いアルカリ性ホスファターゼと結合させ酵素標識抗体とした。磁力透過性の容器(容量1.2mL)に12個の抗体固定化担体を入れた後、1μg/mLの標識抗体を含む緩衝液(3%BSAを含むトリス緩衝液、pH8.0)50μLを容器に添加し凍結乾燥を施しオートタキシン測定試薬とした。オートタキシン測定試薬は窒素充填下密閉封印シールを施し測定まで4℃にて保管した。
【0018】
実施例2:ヒトオートタキシン標準品の調製
抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体(R10.23)を用い抗体固定化担体を作製し、抗原を精製し、ならびにヒト血清から抗原の除去を行なったヒトオートタキシンゼロ血清の調製を行った。これらを材料として用いヒトオートタキシン免疫測定に用いる標準品(ヒトオートタキシン既知濃度サンプル)の調製を行った。具体的にはR10.23をHiTrap NHS−活性化5mLカラム(GEヘルスサイエンス,Cat.No.17−0717−01)に対し25mgの抗体をマニュアルに従い結合させた。本R10.23結合カラムを用い、0.8μmのフィルターにより不純物を除去したヒト血清200mLを1mL/minの流速で送液しカラム素通り画分を回収した。本素通り画分中のヒトオートタキシンは実施例1記載の測定試薬にて反応性を示さないことを確認した。本品を標準品作製用のベース血清とし、さらに、ゼロ濃度標準品とした。精製抗原の調製は昆虫細胞・バキュロウイルス系で発現させた全長ヒトオートタキシンを材料として用いて行った。培養上清1LをR10.23結合カラムに流速1mL/minの流速にて送液し、続いてPBSにより未結合蛋白質の洗浄を行った。カラムを通過したPBSの280nmの吸光度が0.01以下になったことを確認し、続いて100mMグリシン緩衝液pH3.5を用い結合蛋白質を溶出させた。溶出液は1/10容量の1M−Tris pH8.0を添加することにより中性に戻した後、TBSにより速やかに透析処理を行なった。精製全長ヒトオートタキシンをBCA蛋白定量キット(Pierce Bioctechnology,Inc.,Cat.No.23225)により濃度測定した。本精製ヒトオートタキシン抗原を上記ヒトオートタキシン除去ヒト血清に添加し、既知濃度標準品を調製した。
【0019】
実施例3:オートタキシン測定試薬の評価
実施例1にて作製したオートタキシン測定試薬を用い、実施例2で作製した標準品を用い試薬性能評価を実施した。評価用装置として全自動エンザイムイムノアッセイ装置 AIA-1800(東ソー株式会社製:製造販売届出番号13B3X90002000002)を用いた。標準品濃度は0、0.313、0.625、1.25、2.5及び5.0μg/mLの6濃度標準品を使用した。全自動エンザイムイムノアッセイ装置 AIA-1800を用いた測定では、標準品あるいはヒト血清検体20μLと界面活性剤を含む希釈液130μLが、実施例1で作製したオートタキシン測定試薬容器に自動で分注される。37℃恒温下10分間の抗原抗体反応を経て、界面活性剤を含む緩衝液にて8回の洗浄を行った後、4−メチルウンベリフェリルリン酸塩を添加し、単位時間当たりの4−メチルウンベリフェロン生成濃度をもって測定値(nmol/L・sec)とする。標準品測定時の測定値を表1に、そしてそれを用いた検量線を図1に示す。また、本検量線およびゼロ濃度標準品の(平均値+2×標準偏差)より算出した最小検出感度は110ng/mLであった。
【0020】
【表1】
【0021】
実施例4:オートタキシン測定試薬の再現性試験
オートタキシン測定試薬で得られる結果の再現性を検証するため、実施例3で作成した検量線を用いてコントロール検体3例について再現性試験を実施した。同時再現性試験では、検体を10重測定し変動係数(%CV:coefficient variation = 標準偏差/平均値×100)を算出し、その結果を表2に示す。また、日差再現性試験では、数日おきに検体を測定し0日目測定値からの変動ならびに全測定値の変動係数を算出し、その結果を表3に示す。
【0022】
【表2】
【0023】
【表3】
【0024】
いずれの変動係数も10%以下を示しており、オートタキシン測定試薬にて得られる結果は信頼しうるものであることが証明された。
【0025】
実施例5:非妊娠健常者ならびに正常妊娠経過を経た妊婦検体の測定
全自動エンザイムイムノアッセイ装置AIA−600II(医療用具許可番号35BZ0019号)を使用し、非妊娠健常者46例、妊娠被験者検体40検体の測定を実施した。各妊娠被験者からは、妊娠9カ月を3分割した、第一期(first trimester、妊娠から第14週まで)、第二期(second trimester、第14週から第28週まで)、第三期(third or last trimester、第28週から出産まで)、出産後検体として最大1件を対象とした。非妊娠健常者オートタキシン濃度平均0.852μg/mL(標準偏差0.184μg/mL、最小値0.621μg/mL、最大値1.590μg/mL)に対し、第一期、第二期、第三期の妊娠被験者のオートタキシン濃度は、Mann−Whitney有意差検定試験において、各々P=0.0001、P<0.0001、P<0.0001と非常に強い有意差を示し、妊娠の判断が可能であることを示している(図2)。また、出産後(after delivery)におけるオートタキシン濃度は、速やかに非妊娠健常者濃度に収束していることも示された。本試験の実施により得られた測定値と妊娠からの経過日の相関性を検証した結果、オートタキシン濃度は妊娠からの経過日数に比例し、相関係数0.829と良好な相関性を示した(図3)。
【0026】
実施例6:妊娠高血圧症候群患者検体の測定
実施例5と同様の方法にて妊娠高血圧症候群患者検体23検体のオートタキシン濃度を測定した。実施例5同様、各妊娠被験者からは第一期、第二期、第三期、出産後検体として最大1件を対象とした。妊娠高血圧症候群患者検体は、非妊娠健常者に対し、第一期、第二期、第三期において、Mann−Whitney有意差検定試験において各々P=0.0009、P=0.0349、P<0.001と第二期を除き非常に強い有意差を示した(図4)。また、出産後(after delivery)において速やかにオートタキシン濃度の低下が認められた(検体数が少ないため参考値)。本試験の実施により得られた測定値と妊娠からの経過日の相関性を検証した結果、オートタキシン濃度は妊娠からの経過日数に比例し、相関係数0.769と良好な相関性を示した(図5)。正常妊娠被験者および妊娠高血圧症候群患者の相関性を比較すると、相関の傾きが各々0.01585、0.009315と、妊娠高血圧症候群では妊娠経過に伴うオートタキシン濃度の上昇が低いことが示された(図6)。
【0027】
実施例7:オートタキシン濃度による妊娠高血圧症候群の判断
各妊娠周期(第一期、第二期、第三期)における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較し、Mann−Whitneyによる有意差検定を実施した。その結果、正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者間において、妊娠第一期では、オートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数での有意差は各々p=0.1812、p=0.0426、p=0.0426と、オートタキシン濃度では有意差が認められなかったものの、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数において有意差が認められ、妊娠早期での妊娠高血圧症候群の判断の可能性を示した(図7)。妊娠第二期においての有意差は各々p=0.8084、p=0.7160、p=0.7160と、いずれにおいても有意差が認めらなかった(図8)。妊娠第三期においての有意差は各々p=0.0147、p=0.0229、p=0.0284と、いずれにおいても有意差が認められた(図9)。妊娠第一期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/日数を用いたROC曲線(受信者動作特性曲線)分析の結果、AUC(Area Under Curve)は各々0.729、0.833、感度は各々37.5%、100%、特異性は各々100%、66.7%であり、オートタキシン濃度/日数による妊娠高血圧症候群の判断が可能な結果を得た(図10)。
【0028】
実施例8:妊娠週令に伴うオートタキシン濃度変動と妊娠高血圧症候群の判断
妊娠第一期および第三期の正常妊娠を経た妊婦5検体、妊娠高血圧症候群の妊婦5検体、ならびに妊娠第二期および第三期の正常妊娠を経た妊婦2検体、妊娠高血圧症候群の妊婦2検体のオートタキシン濃度の変動を検討した。正常妊娠、妊娠高血圧症候群での第一期から第三期でのオートタキシン濃度変動は、正常妊娠での濃度上昇に比較し妊娠高血圧症候群で濃度上昇が低いことが示された(図11)。同様に正常妊娠、妊娠高血圧症候群での第二期から第三期でのオートタキシン濃度変動においても、正常妊娠での濃度上昇に比較し妊娠高血圧症候群で濃度上昇が低いことが示された(図12)。オートタキシン濃度変動を妊娠週令で除した値[(第三期オートタキシン濃度−第一期もしくは第二期オートタキシン濃度)/(第三期妊娠週令日数−第一期もしくは第二期週令日数)]を正常妊娠、妊娠高血圧症候群で比較した結果、第一期から第三期での変動比(Slope)は、各々0.0278mg/L/day、0.0076mg/L/dayであり、Mann−Whitneyによる検定でp=0.0159と強い有意差を示した。第二期から第三期においては、正常妊娠、妊娠高血圧症候群間で例数2であり、統計上の有意差検定はできないものの変動比の差は大きいことが示された(図13)。
【0029】
実施例9:早産におけるオートタキシン濃度の検証
実施例5と同様の方法にて早産被験者14検体のオートタキシン濃度を測定した。各妊娠周期(第二期、第三期)における正常妊娠被験者、早産被験者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較し、Mann−Whitneyによる有意差検定を実施した。その結果、いずれの統計解析においても有意差を認めず、早産においては正常妊娠とオートタキシン濃度変動は差がないことが明らかとなった(図14及び15)。
【0030】
実施例10:胎盤組織におけるオートタキシン発現解析
妊娠高血圧症候群における胎盤発育不良とオートタキシン濃度の正常妊娠に対する低値の因果関係解析のため、胎盤病理組織を用い免疫組織染色によるオートタキシンの発現確認を行った。病理組織は正常妊娠より得られた胎盤組織であり、本組織のパラフィン切片を作製し、キシレン、エタノール、過酸化水素−メタノール−煮沸による脱パラフィン処理を常法に従い実施し、アビジン、ビオチン、ウサギ血清ブロッキングによる処理後、抗オートタキシン抗体による免疫組織染色を実施した。その結果、胎盤組織において絨毛外栄養膜細胞(EVT)細胞質ならびに絨毛性栄養膜細胞細胞質特異的にオートタキシンの特異的発現を確認した(図16)。本結果は妊娠高血圧症候群における胎盤発育不良と血清オートタキシン濃度の低値化を結びつける一つの証拠である。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、ヒト検体中に含まれるヒトオートタキシンの濃度を免疫学的に定量する方法によって測定することにより、妊娠の判断はもとより妊娠中の母体管理のモニターを可能にし、さらに妊婦の約1割で認められる妊娠高血圧症候群の判断、モニターを可能にする測定方法、測定試薬である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】6濃度標準品を用いた際の検量線を示す。回帰式はLog(Rate)=aLog(Conc)3+bLog(Conc)2+cLog(Conc)+dで示され、表示している検量線の各定数は、a=−0.12278770、b=−0.30068255、c=1.26861618、d=1.56201600である。Rateは単位時間当たりの4−メチルウンベリフェロンの生成量(nmol/L・sec)を示す。
【図2】非妊娠健常者および正常妊娠を経た妊娠各期の妊婦の血清オートタキシン濃度の分布図を示す。
【図3】正常妊娠を経た妊婦の血清オートタキシン濃度と妊娠週令(日数)の相関性を示す。
【図4】非妊娠健常者および妊娠各期の妊娠高血圧症候群患者の血清オートタキシン濃度の分布図を示す。
【図5】妊娠高血圧症候群患者の血清オートタキシン濃度と妊娠週令(日数)の相関性を示す。
【図6】図4および図5で得られた、正常妊娠を経た妊婦と妊娠高血圧症候群患者での血清オートタキシン濃度と妊娠週令(日数)の相関性の比較を示す。Open Circle(○)は正常妊娠を経た妊婦の結果、Closed Triangle(黒正三角)は妊娠高血圧症候群の結果を示す。
【図7】妊娠周期第一期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者の、オートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図8】妊娠周期第二期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図9】妊娠周期第三期における正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図10】妊娠周期第一期におけるオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/日数を用いた妊娠高血圧症候群の判断効率をROCカーブ分析により比較した結果を示す。
【図11】正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者の第一期から第三期でのオートタキシン濃度変動を示す。
【図12】正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者の第二期から第三期でのオートタキシン濃度変動を示す。
【図13】オートタキシン濃度変動を妊娠週令で除した値[(第三期オートタキシン濃度−第一期もしくは第二期オートタキシン濃度)/(第三期妊娠週令日数−第一期もしくは第二期週令日数)]を正常妊娠被験者、妊娠高血圧症候群患者で比較した結果を示す。
【図14】妊娠周期第二期における正常妊娠被験者、早産を経た妊婦のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図15】妊娠周期第三期における正常妊娠被験者、早産を経た妊婦のオートタキシン濃度、オートタキシン濃度/週数、オートタキシン濃度/日数を各々比較した分布図を示す。
【図16】胎盤組織を用いた免疫組織染色結果を示す。上図が抗オートタキシン抗体を使用した染色像、下図は2次抗体のみの対照像を示す。図中記載の絨毛性栄養膜細胞、ならびに矢印で示した絨毛外栄養膜細胞(EVT)の染色像を示している。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が非妊娠健常者測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に妊娠と判断することを特徴とする妊娠の検査方法。
【請求項2】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、妊娠週令に比例して上昇するオートタキシン濃度をモニターすることを特徴とする正常妊娠経過の検査方法。
【請求項3】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値をモニターすることを特徴とする正常妊娠経過の検査方法。
【請求項4】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が正常妊娠群の測定値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする妊娠高血圧症候群の検査方法。
【請求項5】
ヒト検体が、妊娠週令第三期の妊婦の検体である、請求項4に記載の検査方法。
【請求項6】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする検査方法。
【請求項7】
ヒト検体が、妊娠週令第一期又は妊娠週令第三期の妊婦の検体である、請求項6に記載の検査方法。
【請求項8】
妊娠週令第一期もしくは第二期から第三期のヒト検体中のオートタキシン濃度の濃度変動を該日数差で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値の場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする検査方法。
【請求項9】
前記オートタキシンが、完全長のオートタキシン、部分的に切断を受けたオートタキシン、一部遺伝子の変異を受けたオートタキシンであることを特徴とする請求項1から8に記載の検査方法。
【請求項10】
前記検体が、全血、血球、血清、血漿などのヒト血液成分あるいは、ヒト細胞、組織の抽出液であることを特徴とする請求項1から8に記載の検査方法。
【請求項11】
前記方法が、抗体を用いた免疫化学的方法であることを特徴とする請求項1から8に記載の検査方法。
【請求項12】
前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする請求項11に記載の検査方法。
【請求項13】
請求項11記載の抗体を検体と接触させ、検体に結合あるいは結合しなかった抗体を検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする請求項11又は12に記載の検査方法。
【請求項14】
請求項11記載の抗体を検体と接触させ、抗体に結合あるいは結合しなかったオートタキシンを検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする請求項11又は12に記載の検査方法。
【請求項15】
前記方法が酵素標識、アイソトープ標識、蛍光標識などを利用した競合法、サンドイッチ法あるいは蛍光偏光法等を利用したホモジニアス測定法、表面プラズモン共鳴分析法を利用した結合測定等であることを特徴とする請求項1から14に記載の検査方法。
【請求項16】
請求項1から15に記載の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬。
【請求項17】
オートタキシンの有するリゾホスホリパーゼD活性を測定することにより、オートタキシン濃度を測定することを特徴とする請求項1〜10記載の検査方法。
【請求項18】
請求項17記載の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬。
【請求項1】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が非妊娠健常者測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に妊娠と判断することを特徴とする妊娠の検査方法。
【請求項2】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、妊娠週令に比例して上昇するオートタキシン濃度をモニターすることを特徴とする正常妊娠経過の検査方法。
【請求項3】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値をモニターすることを特徴とする正常妊娠経過の検査方法。
【請求項4】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、その値が正常妊娠群の測定値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする妊娠高血圧症候群の検査方法。
【請求項5】
ヒト検体が、妊娠週令第三期の妊婦の検体である、請求項4に記載の検査方法。
【請求項6】
ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定し、オートタキシン濃度を妊娠からの週令あるいは日数で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値を示した場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする検査方法。
【請求項7】
ヒト検体が、妊娠週令第一期又は妊娠週令第三期の妊婦の検体である、請求項6に記載の検査方法。
【請求項8】
妊娠週令第一期もしくは第二期から第三期のヒト検体中のオートタキシン濃度の濃度変動を該日数差で除した値が、正常妊娠群からの値に対し有意差をもって低値の場合に妊娠高血圧症候群と判断することを特徴とする検査方法。
【請求項9】
前記オートタキシンが、完全長のオートタキシン、部分的に切断を受けたオートタキシン、一部遺伝子の変異を受けたオートタキシンであることを特徴とする請求項1から8に記載の検査方法。
【請求項10】
前記検体が、全血、血球、血清、血漿などのヒト血液成分あるいは、ヒト細胞、組織の抽出液であることを特徴とする請求項1から8に記載の検査方法。
【請求項11】
前記方法が、抗体を用いた免疫化学的方法であることを特徴とする請求項1から8に記載の検査方法。
【請求項12】
前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする請求項11に記載の検査方法。
【請求項13】
請求項11記載の抗体を検体と接触させ、検体に結合あるいは結合しなかった抗体を検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする請求項11又は12に記載の検査方法。
【請求項14】
請求項11記載の抗体を検体と接触させ、抗体に結合あるいは結合しなかったオートタキシンを検出することにより検体中のオートタキシン濃度の測定を行なうことを特徴とする請求項11又は12に記載の検査方法。
【請求項15】
前記方法が酵素標識、アイソトープ標識、蛍光標識などを利用した競合法、サンドイッチ法あるいは蛍光偏光法等を利用したホモジニアス測定法、表面プラズモン共鳴分析法を利用した結合測定等であることを特徴とする請求項1から14に記載の検査方法。
【請求項16】
請求項1から15に記載の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬。
【請求項17】
オートタキシンの有するリゾホスホリパーゼD活性を測定することにより、オートタキシン濃度を測定することを特徴とする請求項1〜10記載の検査方法。
【請求項18】
請求項17記載の測定方法を原理とすることを特徴とする検査薬。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2009−162616(P2009−162616A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−525(P2008−525)
【出願日】平成20年1月7日(2008.1.7)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年1月7日(2008.1.7)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】
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