説明

カシューナッツ殻液の輸送方法

【課題】 アナカルド酸をアナカルド酸金属塩に改質することによって、輸送中における環境の変化に対して品質を劣化させない。
【解決手段】 アナカルド酸を含有したカシューナッツ殻液にアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の水酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩を添加混合し、カシューナッツ殻液に含まれるアナカルド酸を選択的に改質する。カシューナッツ殻液を輸送後、輸送先において、アナカルド酸金属塩をアナカルド酸に再生する。アナカルド酸金属塩はアナカルド酸の状態と比較し十分安定であるため、品質を保持し安全かつ低コストでの輸送に耐えうるものとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カシューナッツ殻液(Raw−CashewNut Shell Liquid)の輸送方法、特に、産地から生産、加工地域に輸送された後においてカシューナッツ殻液に含まれるアナカルド酸を有効に活用する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カシューナッツ殻液は、インド、ベトナム、ブラジル等の熱帯地域で収穫されるカシューナッツの殻から採取される。カシューナッツ殻液は主成分であるアナカルド酸を熱処理により脱炭酸し、熱的に安定なカルダノールを主成分とする工業用カシューナッツ殻液に加工される。工業用カシューナッツ殻液は、現在、自動車や鉄道車両のブレーキ用摩擦調整材、塗料などの原材料として多用されている。さらに、カシューナッツ殻液の主成分であるアナカルド酸は、多様な生理活性や抗菌性をもつため、医療分野を始め飼料分野などで需要が高まりつつある(特許文献1,2参照)。ただし、アナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液を収穫した地域から自動車や鉄道車両のブレーキ用摩擦調整材、塗料、薬品、飼料などに加工する地域に輸送する場合には下記のような問題がある。
【0003】
すなわち、
(1)輸送中の温度変化の影響によりアナカルド酸のカルボキシル基が脱炭酸してカルダノールに変化し、有効成分であるアナカルド酸が減少したり、なくなったりする、
(2)脱炭酸に伴って炭酸ガスが発生し、発生した炭酸ガスのため、カシューナッツ殻液を収容した梱包容器の内圧が上昇し、容器の膨張、あるいは内容物の吐出や容器が爆発する危険がある、
(3)アナカルド酸を含有するカシューナッツ殻液の融点は、25〜40℃前後であり、アナカルド酸を含有するカシューナッツ殻液の生産国(主に熱帯)では、カシューナッツ殻液を容器に充填する際にこれが液体であっても、熱帯以外の地域に輸送されたときには、固体になって容器から取り出す事ができないという事態が発生する、
(4)もっとも、アナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液を冷蔵もしくは冷凍状態で、輸送または保管することも出来るが、カシューナッツ殻液の温度を低く保つためには、多くのエネルギーが必要であって、コスト高となる。また、たとえ低温であっても、アナカルド酸のカルボキシル基の脱炭酸化が徐々に起こるため長期の保存ができない、
といった問題である。
【特許文献1】特許公開2006−219448
【特許文献2】特許公開平8−231410
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
解決しようとする問題点は、アナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液を多量に輸送するに際し、アナカルド酸のカルボキシル基が外界の温度変化の影響を受けて脱炭酸してカルダノールに変化し、カシューナッツ殻液の有効成分であるアナカルド酸が減少するという点、脱炭酸に伴って炭酸ガスが発生し、梱包容器内圧が上昇し、容器の膨張、内容物の吐出や容器が爆発する危険があるという点、熱帯以外の地域に輸送されたときには、固体になり、容器から取り出す事が出来ないという点、低温に保持しようとすると多くのエネルギーが必要となるうえ、低温でも脱炭酸が徐々に起こるため長期の保存ができないという点である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、カシューナッツ殻液の収穫地から加工地に輸出を含めて目的地に輸送したときに、その輸送先においても、カシューナッツ殻液に含まれるアナカルド酸の有効活用を可能にするものであって、輸送の前に改質処理を行い、輸送先において再生処理とを行うものである。改質処理は、カシューナッツ殻液の輸送に先立ってカシューナッツ殻液に含まれるアナカルド酸を選択的にアナカルド酸金属塩に改質する処理であり、再生処理は、カシューナッツ殻液を輸送後、アナカルド酸金属塩をアナカルド酸に再生する処理である。カシューナッツ殻液にアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を添加し、カシューナッツ殻液に含まれたアナカルド酸と反応させ、アナカルド酸をアナカルド酸金属塩に改質することによって、アナカルド酸のカルボキシル基は、カルダノールに変化することが無く、輸送先において、アナカルド酸金属塩をアナカルド酸に再生させることによって、輸送中にカシューナッツ殻液の有効成分であるアナカルド酸を減少させないことを最も主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によればカシューナッツ殻液のアナカルド酸を選択的に改質してカシューナッツ殻液に含まれるアナカルド酸を上記金属塩類と反応させて安定なアナカルド酸金属塩に改質するため、一定の品質を保ち、輸送中の脱炭酸、炭酸ガスの噴出、容器からの缶出等の問題が生じることがなく、輸送の安全を確保し、輸送中の環境の変化によっても安定を保ち、カシューナッツ殻液の主成分であるアナカルド酸を多様な生理活性や抗菌性を医療分野、飼料分野で大いに活用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に本発明によるカシューナッツ殻液の改質方法の説明に先立ち、本発明の方法に用いるアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液について説明する。カシューナッツは、天然に存在する熱帯性植物であり、その実(カシューナッツ)には、蛋白質と糖質などが含まれており、食用としてミックスナッツなどのスナックや料理に用いられる。カシューナッツは、再生可能な資源である。
【0008】
本発明に用いるアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液は、食用として使用されている天然のカシューナッツの実を採取する際、副生物として得られるカシューナッツの殻に含まれる油状の液体を利用するものである。
【0009】
カシューナッツ殻液には、アナカルド酸、カルドール、2−メチルカルドール、カルダノールなどの成分が含まれている。その含有量はカシューナッツの産地により若干差があるが、アナカルド酸約75重量%、カルドール約20重量%、2−メチルカルドールおよびカルダノールを約5重量%である。
【0010】
本発明は、採取したカシューナッツ殻液を輸送のために保存するに際し、輸送に先だって、カシューナッツ殻液のアナカルド酸を選択的に改質処理を施すものである。改質処理は、アナカルド酸を含有したカシューナッツ殻液に1種類以上のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を添加し、アナカルド酸とアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩とを反応させてアナカルド酸金属塩を生成させる処理である。
【0011】
アナカルド酸とアルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、リン酸水素塩の少なくとも一種類とを室温等で、数時間、反応させると、アナカルド酸金属塩が合成される。使用するアルカリ金属、アルカリ土類金属の水酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、リン酸水素塩としては水酸化カルシウム、水酸化カリウム等が使用できるが、コスト面、安全面では、特に水酸化カルシウムが好ましい。
【0012】
アナカルド酸を金属塩化する際の水酸化カルシウムの仕込み比率は、原料であるアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液に対し、0.1〜2.0モル、好ましくは0.3〜1.5モルである。水酸化カルシウムなどが0.1モル未満であるとアナカルド酸の金属塩化反応が十分に進行しない可能性があり、一方、2.0モルを超えると未反応の水酸化カルシウムなどが残存しコスト高となる可能性があるので好ましくない。
【0013】
改質処理において、アナカルド酸とアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩とを反応させてアナカルド酸金属塩を生成させた後、さらに選択処理として、アナカルド酸金属塩以外の物質であるカシューナッツ殻液に含まれるカルダノール、カルドールおよび2−メチルカルドールの3種類の内、少なくとも1種類以上を分離除去する。これによって、アナカルド酸金属塩の濃度が上がり、後の再生処理において、工業的に分離・精製が困難なアナカルド酸を比較的高濃度で分離再生することができる。
【0014】
なお、アナカルド酸金属塩生成、および/またはアナカルド酸金属塩を分離するに際し、粘度が高いと混合攪拌不足や、ろ過の際の歩留まり低下等の不具合が生じる可能性がある。このような問題を解消するため、改質処理において、その粘度上昇を抑えるための溶剤を添加することが望ましい。カシューナッツ殻液の粘度の上昇を抑えることによって改質処理の作業性を向上できる。使用する溶媒には、特に指定はないが、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール等のアルコール系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒が挙げられる。そのなかでも、特にコスト面でイソプロピルアルコールが適している。
【0015】
アナカルド酸金属塩化の際の反応温度は脱炭酸以下の温度に限定されるが、通常10〜100℃、好ましくは、20〜80℃である。反応温度が10℃未満であると、アナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液の粘性が上がり、一方、100℃を越えると、脱炭酸のおそれがある。
【0016】
カシューナッツ殻液の改質処理及び必要により選択処理を施したカシューナッツ殻液を容器に詰めて船積みあるいは車両に積み込み目的地に向けて輸送する。アナカルド酸は、安定なアナカルド酸金属塩に改質されているため、輸送中の環境変化、特に温度変化の影響を受けない。輸送先に到着後、カシューナッツ殻液の使用に先立って、再生処理を行う。再生処理は、アナカルド酸金属塩をアナカルド酸に戻す処理であるが、その処理は、アナカルド酸金属塩を含むカシューナッツ殻液に酸成分を添加することで済む。
【0017】
酸成分としては特に指定はないが、塩酸、硫酸等が挙げられる。アナカルド酸再生の際の反応温度は脱炭酸以下の温度に限定されるが、通常10〜100℃、好ましくは、20〜80℃である。反応温度が10℃未満であると、アナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液の粘性が上がり、一方、100℃を越えると、脱炭酸のおそれがある。
【実施例】
【0018】
以下に本発明の実施例を説明する。
[実施例1]
(アナカルド酸カルシウム含有カシューナッツ殻液の合成)
ベトナム産ローカシューナッツの実と殻を分離し、殻を圧搾機で搾りアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液を抽出した。磁性乳鉢に抽出したアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液500gと水酸化カルシウム50gと蒸留水50gを仕込みラボミルにセットし室温で約1時間攪拌混合し、アナカルド酸カルシウム含有カシューナッツ殻液を得た。
【0019】
(保存試験)
前記(アナカルド酸カルシウム含有カシューナッツ殻液の合成)によって得たアナカルド酸カルシウム含有カシューナッツ殻液を150℃で1時間加熱処理した。
(アナカルド酸含有カシューナッツ殻液の再生)
温度計、攪拌装置、冷却缶を備えた内容積10リットルの3つ口フラスコに、前記保存試験で処理を行ったアナカルド酸カルシウム含有カシューナッツ殻液400gとn−ヘキサン3000gを入れた後、1%塩酸水溶液2000gを徐々に滴下した。その後、室温、常圧下で約60分混合した。得られた反応液を分液ロートに仕込み水層を除去した。次いでエバポレーターに反応液を仕込み、3mmHgの減圧下、常温でn-ヘキサンを蒸留させ再生したアナカルド酸含有カシューナッツ殻液を得た。
【0020】
その後、処理前のカシューナッツ殻液と再生したアナカルド酸含有カシューナッツ殻液をフーリエ変換型赤外線分光光度計で分析し、3100cm−1と1650cm−1付近のカルボン酸の吸収強度を比較し、変化の無い事を確認した。
【0021】
[実施例2]
(アナカルド酸カルシウムの合成)
ベトナム産ローカシューナッツの実と殻を分離し、殻を圧搾機で搾りアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液を抽出した。温度計、攪拌装置、冷却缶を備えた内容積10リットルの3つ口フラスコに、抽出したアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液810gとイソプロピルアルコール3690gを入れた後、水酸化カルシウム100gと蒸留水100gを仕込んだ。その後、60℃に昇温し、4時間還流させつつ攪拌を継続し、アナカルド酸カルシウム含有カシューナッツ殻液を生成した。次に得られた生成物を濾過し濾布上の残渣を60℃で1時間乾燥し、アナカルド酸カルシウムを得た。
【0022】
(保存試験)
前記(アナカルド酸カルシウムの合成1)によって得たアナカルド酸カルシウム含有カシューナッツ殻液を150℃で1時間加熱処理した。
(アナカルド酸の再生)
温度計、攪拌装置、冷却缶を備えた内容積10リットルの3つ口フラスコに、前記保存試験で処理を行ったアナカルド酸カルシウム400gとn−ヘキサン3000gを入れた後、1%塩酸水溶液2000gを徐々に滴下した。その後、室温、常圧下で約60分混合した。得られた反応液を分液ロートに仕込み水層を除去した。次いでエバポレーターに反応液を仕込み、3mmHgの減圧下、常温でn-ヘキサンを蒸留させ再生したアナカルド酸を得た。
【0023】
その後、処理前のカシューナッツ殻液と再生したアナカルド酸をフーリエ変換型赤外線分光光度計で分析し、3100cm−1と1650cm−1付近のカルボン酸の吸収強度を比較し、変化の無い事を確認した。
【0024】
[比較例1]
実施例1でベトナム産ローカシューナッツから抽出したアナカルド酸を含んだカシューナッツ殻液を150℃で1時間加熱処理した。その後、処理前後のカシューナッツ殻液をフーリエ変換型赤外線分光光度計で分析し、3100cm−1と1650cm−1付近のカルボン酸の吸収強度を比較し、熱処理後のカシューナッツ殻液ではカルボン酸の吸収が消滅していることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0025】
カシューナッツ殻液は、自動車や鉄道車両のブレーキ用摩擦調整材、塗料などの原材料として利用されるほか、特にカシューナッツ殻液の主成分であるアナカルド酸は、多様な生理活性や抗菌性をもつため、医療分野を始め飼料分野などの活用が期待されており、本発明方法によって安定化されたアナカルド酸を含有したカシューナッツ殻液は、輸送に対しては環境の変化、特に輸送中の温度変化に対して変質、劣化がないため、生産地とは環境が違う地域において、カシューナッツ殻液の主成分であるアナカルド酸を医療分野、飼料分野でも有効活用を図ることができ、また、長期間の保存が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
改質処理と再生処理とを有するカシューナッツ殻液の輸送方法であって、
改質処理は、カシューナッツ殻液を輸送に先立ってカシューナッツ殻液に含まれるアナカルド酸を選択的にアナカルド酸金属塩に改質する処理であり、
再生処理は、カシューナッツ殻液を輸送後、輸送先において、アナカルド酸金属塩をアナカルド酸に再生する処理であることを特徴とするカシューナッツ殻液の輸送方法。
【請求項2】
前記改質処理は、カシューナッツ殻液に1種類以上のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を添加し反応させ、アナカルド酸を選択的に改質する処理であることを特徴とする請求項1に記載のカシューナッツ殻液の輸送方法。
【請求項3】
選択処理をさらに有するカシューナッツ殻液の輸送方法であって、
選択処理は、前記改質処理によって生成したアナカルド酸金属塩以外の物質を除去する処理であることを特徴とする請求項1に記載のカシューナッツ殻液の輸送方法。
【請求項4】
前記改質処理は、カシューナッツ殻液に含まれるアナカルド酸を選択的にアナカルド酸金属塩に改質するとともに、溶剤を添加する処理を含み、
溶剤は、引き続く選択処理において、アナカルド酸金属塩以外の物質を除去しやすくするためのものであることを特徴とする請求項2に記載のカシューナッツ殻液の輸送方法。

【公開番号】特開2010−43045(P2010−43045A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209739(P2008−209739)
【出願日】平成20年8月18日(2008.8.18)
【出願人】(000221959)東北化工株式会社 (17)
【Fターム(参考)】