説明

カルシウムの石灰化抑制剤

【課題】 ヒトの体内でのカルシウムの石灰化を効果的に抑えるカルシウムの石灰化抑制剤を提供する。
【解決手段】 オメガ9系不飽和脂肪酸、特に5,8,11−シス−エイコサトリエン酸(ミード酸)を有効成分とする。カルシウムの石灰化は、ヒトの体内における腎結石、胆嚢結石、膵管結石、軟骨の石灰化である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ヒトの骨や臓器内で生じるカルシウムの石灰化や結石の形成に対して、それらを抑制する機能を備えたカルシウムの石灰化抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ヒトの骨の形成メカニズムには、骨を作る骨芽細胞と、骨を壊す破骨細胞が関わっており、骨粗鬆症の原因としては、これらの細胞のバランスが崩れることによるものと考えられている。骨の形成メカニズムとしては、種々の学説があるが、現在有力なものとして、基質小胞説が一般的に受け入れられている。
【0003】
基質小胞は、骨芽細胞により分泌され、内軟骨性骨化開始部位の基質内に多く認められ、初期石灰化課程では硬組織形成細胞から生じた多数の基質小胞が基質内に移動した後、この内部に非晶性リン酸カルシウムの蓄積が見られ、次第に、これらがハイドロキシアパタイト結晶に変換するとともに、増加・拡大し石灰化が進行する。この基質小胞中に強いアルカリフォスファターゼ活性が存在することから、局所的にカルシウム或いはリン酸の濃度が高まり、一定の溶解濃度を超えることにより無機塩が析出することになり、石灰化が生じると考えられている。
【0004】
一方、特許文献1,2に開示されているように、オメガ9系不飽和脂肪酸を有効成分とした、ロイコトリエンBによる症状の予防または改善剤や、軟骨組織の異常に起因する疾患の予防または治療薬が提案されている。
【特許文献1】特開平7−41421号公報
【特許文献2】WO97/5863号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来、オメガ9系不飽和脂肪酸が抗炎症作用を有することは、実験的に知られていたが、上記特許文献2においても、オメガ9系不飽和脂肪酸がどのようなメカニズムで軟骨に作用しているのかは明らかにはしていない。また、前述の軟骨組織の炎症等の異常とは全く異なるものであるヒトの体内で骨形成や結石形成のメカニズムは、十分に解明されていないために、これらの疾患に対する予防薬や治療薬も対症療法的なものとなりがちであり、根本的な治療薬の登場が望まれていた。
【0006】
この発明は上記従来の問題点に鑑みてなされたもので、ヒトの体内でのカルシウムの石灰化のメカニズムに基づいた、軟骨の石灰化や体内での結石形成を抑制するカルシウムの石灰化抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の不飽和脂肪酸の研究を行い、優れた石灰化抑制作用を有し、ヒトの体内での石灰化の予防又は阻止に極めて有用なオメガ9系不飽和脂肪酸を見出し、本発明を完成した。
【0008】
この発明は、オメガ9系不飽和脂肪酸、特に5,8,11−シス−エイコサトリエン酸(ミード酸)を有効成分とするカルシウムの石灰化抑制剤である。カルシウムの石灰化は、腎結石、胆嚢結石、膵管結石、軟骨の石灰化を指す。
【発明の効果】
【0009】
この発明のカルシウムの石灰化抑制剤は、摂取が容易で副作用がなく、効果的に体内での不要な石灰化を阻止し、それに起因する種々の疾患の予防または治療に利用することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。本発明の有効成分である5,8,11−シス−エイコサトリエン酸(ミード酸)は、オメガ9系不飽和脂肪酸であり、オメガ9系不飽和脂肪酸とは、脂肪酸のメチル端に最も近い二重結合が、メチル基から数えて第9番目の炭素と第10番目の炭素の間にあり、2つ以上の二重結合を有し、好ましくは炭素数18〜22を有するものである。例えば、6,9−オクタデカジエン酸や、8,11−エイコサジエン酸、5,8,11−エイコサトリエン酸などを挙げることができ、これらはそれぞれ単独でまたは組み合わせて使用することができる。天然に存在するオメガ9系不飽和脂肪酸は、全てシス型であるため、本発明においてもシス型のオメガ9系不飽和脂肪酸であるミード酸を使用することが好ましい。
【0011】
また、本発明のオメガ9系不飽和脂肪酸は遊離脂肪酸の形態で用いることができるが、薬剤として許容され得る塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、又は他のアルカリ金属塩、亜鉛塩、カルシウム塩、マグネシウム塩のような他の金属の塩の形態や、モノ、ジ、トリグリセライド、低級アルコールのエステル、リン脂質、糖脂質、アミド等の種々の形態で使用してもよく、とくにエチルエステルやトリグリセリドが好ましい。
【0012】
また、本発明に使用するオメガ9系不飽和脂肪酸の供給源は、何であっても構わない。オメガ9系不飽和脂肪酸を生成することができる微生物や、必須脂肪酸欠乏に陥った動物組織、必須脂肪酸欠乏に陥った動物培養細胞によって産生されたものであっても良く、化学的又は酵素的に合成されたものであっても、また天然物、例えば動物の軟骨から抽出・分離・精製されたものであってもよい。
【0013】
ここで、オメガ9系不飽和脂肪酸を生成することができる微生物とは、具体的にはΔ5不飽和化酵素活性及びΔ6不飽和化酵素活性を有し、かつΔ12不飽和化酵素活性の低下または欠失した微生物、例えばモルティエレラ・アルピナSAM1861(FERM BP−3590)を使用することができる。
【0014】
これらの微生物から遊離のオメガ9系不飽和脂肪酸又はそのエステルの抽出・分離精製は、先ず常法通り、菌体から例えばn−ヘキサンなどによる有機溶媒抽出や超臨界炭酸ガス抽出処理により得られた油脂に、加水分解及びエステル化操作を行い、遊離脂肪酸混合物、又は脂肪酸エステル混合物とする。この後、尿素分画法、液々分配クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー等により、目的とするオメガ9系不飽和脂肪酸である、5,8,11−シス−エイコサトリエン酸等の遊離脂肪酸又は脂肪酸エステルを、純度80%以上で得ることができる。
【0015】
また、本発明の有効成分であるオメガ9系不飽和脂肪酸は、必ずしも高純度精製品に限ったことはなく、オメガ9系不飽和脂肪酸を含有する油脂(該油脂中にはオメガ9系不飽和脂肪酸のトリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、糖脂質や、遊離のオメガ9系不飽和脂肪酸が存在する)や、オメガ9系不飽和脂肪酸を含有する遊離脂肪酸混合物又は脂肪酸エステル混合物を使用することができる。オメガ9系不飽和脂肪酸を含有する油脂は、上述のように、オメガ9系不飽和脂肪酸を生成することができる微生物の培養菌体から、菌体を破壊し得ることができる。また該油脂に加水分解及びエステル化操作を行うことにより、オメガ9系不飽和脂肪酸を含有する遊離脂肪酸混合物又は脂肪酸エステル混合物を得ることができる。
【0016】
本発明のオメガ9系不飽和脂肪酸を医薬品として用いる場合、投与形態は、経口投与または非経口投与等、どのような剤形のものであってもよく、例えば注射液、輸液、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、腸溶剤、トローチ、内用液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、外用液剤、湿布剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、吸入剤、軟膏剤、ローション剤、坐剤等を挙げることができ、これらを症状に応じてそれぞれ単独で、または組み合わせて使用することができる。
【0017】
これら各種製剤は、常法に従って目的に応じて主薬に賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、矯味剤などの医薬の製剤技術分野において通常使用しうる既知の補助剤を用いて製剤化することができる。またその投与量は、投与の目的や投与対象者の状況(性別、年齢、体重等)により異なるが、通常、成人に対して経口投与の場合、1日あたり1〜1000mg、好ましくは1〜500mgさらに好ましくは1〜200mgの範囲で、また非経口投与の場合、1日あたり0.1〜100mg、好ましくは0.1〜50mgさらに好ましくは0.1〜20mgの範囲で適宜調節して投与することができる。
【0018】
本発明の有効成分であるオメガ9系不飽和脂肪酸は、生体内で必須脂肪酸欠乏状態時に生合成されることが知られており、また7週令のIRC雄性マウスに対し、2g/day
/Kgを2週間連投(経口投与)した実験によっても、何ら異常な症状は認められなかったという結果があり、安全性の面で優れているのは明らかである。
【0019】
本発明の脂肪酸を飲食品の形態で使用する場合には、上記製剤の形態でもよいが、所要量のオメガ9系不飽和脂肪酸を飲食品原料、特に本発明のオメガ9系不飽和脂肪酸を本来実質的に含有しない飲食品原料に加えて、一般の製造法により加工製造することができる。その配合量は剤形、食品の形態性状により異なるが、一般には食品全量に対して0.001〜50重量%が好ましいが特に限定されるものではない。
【0020】
特に健康食品、機能性食品としての摂取は、例えば蛋白質(蛋白質源としてはアミノ酸バランスのとれた栄養価の高い乳蛋白質、大豆蛋白質、卵アルブミン等の蛋白質が最も広く使用されるが、これらの分解物、卵白のオリゴペプチド、大豆加水分解物等の他、アミノ酸単体の混合物も使用される)、糖類、脂肪、微量元素、ビタミン類、乳化剤、香料等に本発明の脂肪酸が配合された自然流動食、半消化態栄養食および成分栄養食や、ドリンク剤等の加工形態が挙げられる。また医師の食事箋に基づく栄養士の管理の下に、病院給食の調理の際に任意の食品に本発明の脂肪酸を加え、その場で調整した機能性食品の形態で患者に与えることもできる。
【0021】
また飲食品の形態としては、固形、あるいは液状の食品ないしは嗜好品、例えばパン、めん類、ごはん、菓子類(ビスケット、ケーキ、キャンデー、チョコレート、和菓子)、豆腐およびその加工品などの農産食品、清酒、薬用酒、みりん、食酢、醤油、味噌、ドレッシング、などの発酵食品、ヨーグルト、ハム、ベーコン、ソーセージ、マヨネーズなどの畜農食品、かまぼこ、揚げ天、はんぺんなどの水産食品、果汁飲料、清涼飲料、スポーツ飲料、アルコール飲料、茶などの飲料等を挙げることができる。
【実施例1】
【0022】
この発明のオメガ9系不飽和脂肪酸の石灰化に関する実験結果を以下に示す。
【0023】
この実験ではキンギョのウロコを用いた。ウロコは、破骨細胞と骨芽細胞が同時に存在し、魚は脊椎骨からではなくウロコからカルシウムを出し入れして、血液中のカルシウム濃度を調節している。このウロコのカルシウムも、ヒトのカルシウムと同じハイドロアパタイトの形で存在している。従って、ウロコはヒトの骨を薄切りしたと同様のものであり、ヒトの骨のモデルとして、ウロコを利用することが出来る。そこで、この実施例では、入手しやすいキンギョを用いて、そのウロコにより以下の実験を行った。また、この実験で用いたミード酸は、Cayman
Chemical, MI, USAの純度98%以上のものである。
【0024】
キンギョのメス(体重30g前後)をMS222(Aldrich)で麻酔し、ウロコを所要枚数剥離する。そのウロコを1%の抗生物質を含むイーグルスの最少培地(大日本製薬)で2度洗浄する。その培地を24穴のプレートにそれぞれ1mlずつ入れ、上記ウロコを複数枚ずつ(通常8枚)それぞれ入れるとともに、各穴に10−4、10−5、10−6、10−7、10−8M(mol)のミード酸をそれぞれ添加する。なお、無添加のコントロールも設け、骨細胞に対する作用を比較する。この時、破骨細胞用と骨芽細胞用の2群設ける。
【0025】
従って、無添加のコントロール、10−4、10−5、10−6、10−7、10−8Mのミード酸(それぞれ2穴)の合計12穴作成する。
【0026】
脂肪酸添加による影響を比較するため、同様にオレイン酸においても、無添加のコントロール、10−4、10−5、10−6、10−7、10−8Mのオレイン酸添加群(合計12穴)を設ける。さらに培養時間を6時間及び18時間設けるため、24穴のプレートを2枚用意する。すなわち、1枚を6時間培養用とし、片方を18時間培養用とする。なお、オレイン酸に加えて、パルミチン酸においても同様の実験を行った。
【0027】
そして、各々について15℃で培養後、培地を取り除き、10%ホルマリンの入った0.05Mカコジル酸緩衝液(pH7.4)を加え、固定する。このウロコは、酵素活性の測定まで、0.05Mカコジル酸緩衝液中に4℃で保管する。
【0028】
(1)破骨細胞の受ける影響:Tartrate-resistant acid
phosphatase(TRAP)(酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ)の活性測定
上記固定処理を施したウロコを取り出し、ウロコの重量を測定する。測定後、ウロコを96穴のマイクロプレートに入れ、それぞれの穴に20mM酒石酸及び10mMパラニトロフェノールリン酸(基質)の入った100mM酢酸緩衝液を200μl加え、20-25℃で1時間反応させ、ついで2N水酸化ナトリウム(50μl)で反応を止める。その後、150μlを別のマイクロプレートに移し、TRAPにより生じたニトロフェノール(pNPと略記)の量を分光光度計(405nm)により測定する。破骨細胞の活性は、ウロコ1mg当り、1時間にパラニトロフェノールリン酸を分解し、パラニトロフェノールを産生させた量として表示する。
【0029】
この結果を、図1に示す。これにより、破骨細胞の活性を示すTRAPは、ミード酸、オレイン酸の両群で有意差は認められず、これらの脂肪酸は、破骨細胞に対する影響を及ぼさないことが確認された。
【0030】
同様にして、オレイン酸の代わりに、パルミチン酸を用いた場合のミード酸との比較を図2に示す。この場合も、ミード酸とパルミチン酸に有意な差は認められず、破骨細胞に対する影響は及ぼさないことが確認された。
【0031】
(2)骨芽細胞の受ける影響:Alkaline phosphatase (ALP)(アルカリフォスファターゼ)活性測定
上記固定処理を施したウロコを取り出し、ウロコの重量を測定する。測定後、ウロコを96穴のマイクロプレートに入れ、それぞれの穴に10mMパラニトロフェノールリン酸(基質)および1mM塩化マグネシウム及び0.1mM塩化亜鉛の入った100mMトリス-塩酸緩衝液(pH9.5)を200μl加えて20-25℃で1時間反応させ、2N水酸化ナトリウム(50μl)で反応を止める。その後、150μlを別のマイクロプレートに移し、ALPにより生じたニトロフェノール(pNPと略記)の量を分光光度計(405nm)により測定し、活性を求めた。
【0032】
この結果、6時間後・18時間後において骨芽細胞の活性を示すALP は、それぞれ10−6、10−5、10−4Mの濃度において、オレイン酸に比較してミード酸で有意に低下し、骨芽細胞の活性を抑制したことが確認された。
【0033】
同様にして、オレイン酸の代わりに、パルミチン酸を用いた場合のミード酸との比較を図4に示す。この場合も、それぞれ10−5、10−4Mの濃度において、パルミチン酸と比較してミード酸で有意に低下し、骨芽細胞の活性を抑制したことが確認された。
【0034】
本実験において、ミード酸投与により、アルカリフォスファターゼ活性が抑制されていることが確かめられた。このことから、ミード酸のヒトへ投与が、石灰化の抑制につながることが分かった。そして、石灰化が関与する疾患への治療薬としての応用が可能であり、具体的には、腎結石、胆嚢結石、膵管結石、軟骨での石灰化による各種疾患の予防薬、治療薬として利用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】ミード酸とオレイン酸を各濃度で添加した培養液におけるウロコの、破骨細胞の活性を示すTRAPの活性測定結果を示し、6時間培養と18時間培養したウロコの、1時間当たりのパラニトロフェノール産生量を示すグラフである。
【図2】ミード酸とパルミチン酸を各濃度で添加した培養液におけるウロコの、破骨細胞の活性を示すTRAPの活性測定結果を示し、6時間培養と18時間培養したウロコの、1時間当たりのパラニトロフェノール産生量を示すグラフである。
【図3】ミード酸とオレイン酸を各濃度で添加した培養液におけるウロコの、骨芽細胞の活性を示すALPの活性測定結果を示し、6時間培養と18時間培養したウロコの、1時間当たりのパラニトロフェノール産生量を示すグラフである。
【図4】ミード酸とパルミチン酸を各濃度で添加した培養液におけるウロコの、骨芽細胞の活性を示すALPの活性測定結果を示し、6時間培養と18時間培養したウロコの、1時間当たりのパラニトロフェノール産生量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オメガ9系不飽和脂肪酸を有効成分とするカルシウムの石灰化抑制剤。
【請求項2】
前記オメガ9系不飽和脂肪酸は、5,8,11−シス−エイコサトリエン酸であることを特徴とするカルシウムの石灰化抑制剤。
【請求項3】
前記カルシウムの石灰化は、ヒトの体内における腎結石、胆嚢結石、膵管結石、または軟骨の石灰化を指すことを特徴とするカルシウムの石灰化抑制剤。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2006−104152(P2006−104152A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−294909(P2004−294909)
【出願日】平成16年10月7日(2004.10.7)
【出願人】(503134387)ポリエン・プロジェクト有限会社 (2)
【出願人】(502184264)
【Fターム(参考)】