説明

カルバミン酸エステル加水分解酵素

【課題】カルバミン酸エステル化合物を中性付近かつ室温付近の温和な条件で副反応なく特異的な加水分解を行うことのできる酵素を提供する。
【解決手段】一般式(1)
【化1】


(式中、Rは置換されていてもよい炭素数2から12のアルキル基、Rは置換されていてもよい炭素数1から12のアルキル基、又は置換されていてもよい炭素数6から14のアリール基を表す。)で表わされるカルバミン酸エステルを、pH5から9の範囲内かつ温度10℃から80℃の範囲内の条件において加水分解しうる酵素であって、かつ微生物由来であることを特徴とする、微生物由来カルバミン酸エステル加水分解酵素。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物工学的な手段によりカルバミン酸エステルを温和な条件において加水分解する新規な酵素を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
カルバミン酸エステル(カルバメートあるいはカーバメートとも呼ばれる)はカルボン酸のエステルとは異なり、通常生体に含まれない化合物群であるが、医薬や農薬の中にはしばしば見出される。例えば医薬としてはアルツハイマー症治療薬であるリバスティグミン{(−)−S−N−ethyl−3−[1−(dimethylamino)ethyl]−N−methylphenylcarbamate}がある。この化合物の作用機序は脳におけるアセチルコリンエステラーゼの特異的な阻害であることが知られている(例えば非特許文献1参照)。一方農薬としてはカルバリル{1−naphthyl N−methylcarbamate}やカルボフラン{2,3−dihydro−2,2−dimethyl−7−benzofuranyl methylcarbamate}などN−メチルカルバミン酸エステル構造を有する多くの殺虫剤が開発されており、世界中で大量に用いられている。これらの作用機序もアセチルコリンエステラーゼなどのエステラーゼ活性阻害であると考えられている(例えば非特許文献2参照)。さらにジエトフェンカルブ{isopropyl N−3,4−diethoxyphenylcarbamate}などのN−アリールカルバミン酸エステル構造を有する殺菌剤があるが、これらの薬剤はカビ菌の細胞分裂阻害に働くと考えられている(例えば非特許文献3参照)。
【0003】
一般にカルバミン酸エステルにはアセチルコリンエステラーゼをはじめとしてリパーゼやエポキシド加水分解酵素など種々の加水分解酵素を阻害する活性があることが知られており(例えば非特許文献4参照)、特に高等動物のアセチルコリンエステラーゼに対する阻害様式については人体に及ぼす影響が大きいことから詳しく研究されている(例えば非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながらカルバミン酸エステルの代謝、特に多くの場合に初発反応になると考えられる加水分解反応に関する知見は乏しい。殺虫剤として大量に使用されているカルバリルやカルボフランなどについては加水分解酵素の存在が知られているが、これは土壌残留性を調べる目的で資化細菌が分離されたことによる(例えば特許文献1及び非特許文献5、6参照)。これらの酵素は一般のエステラーゼやアミダーゼに類縁の酵素であると推測されるが、基質特異性が高く、N−メチルカルバミン酸エステルにのみ作用する。同様にN−アリールカルバミン酸エステル系殺菌剤を資化できる細菌から分離された加水分解酵素の報告もあるが(例えば非特許文献7)、これはN−メチルカルバミン酸エステルには作用しない。またウレタン化合物を資化する微生物についての報告もあるが(例えば特許文献2、3)、基質として用いている化合物はN−アリールカルバミン酸エステルであることから、N−アルキルカルバミン酸エステルに作用するかどうかは明らかでなく、その可能性は低い。また資化性のみを指標にしているため、加水分解反応についての知見は得られていない。
【0005】
カルバミン酸エステルはアルカリ条件下において、さらに加熱することによって化学的に加水分解することができる。ただしこうした条件においてはアルカリや熱に不安定な官能基に害を与える、及び/又はカルバミン酸エステル結合以外の共有結合を切断する可能性があることから、温和な条件で反応させる方法が望まれている。
【0006】
【特許文献1】特開平4−104784号公報
【特許文献2】特開平9−192633号公報
【特許文献3】特開2004−261103号公報
【非特許文献1】Bar−On P.ら、Biochemistry、2002、41、(3555−3564頁)
【非特許文献2】Bull D.L.ら、Journal of Economical Entomology、1991、84(4)、(1145−1153頁)
【非特許文献3】Fujimura M.ら、Current Genetics、1994、25、(418−422頁)
【非特許文献4】Lin G.ら、Biochemistry、1999、38、(9971−9981頁)
【非特許文献5】Hayatsu M.ら、Applied and Environmental Microbiology、1993、59(7)、(2121−2125頁)
【非特許文献6】Feng X.ら、Applied and Environmental Microbiology、1997、63(4)、(1332−1337頁)
【非特許文献7】Pohlenz H.−D.ら、Journal of Bacteriology、1992、174(20)、(6600−6607頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、カルバミン酸エステル化合物を中性付近かつ室温付近の温和な条件で副反応なく特異的な加水分解を行うことのできる酵素を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題について鋭意検討した結果、本発明に到達した。即ち本発明は、一般式(1)
【0009】
【化1】

(式中、Rは置換されていてもよい炭素数2から12のアルキル基、Rは置換されていてもよい炭素数1から12のアルキル基、又は置換されていてもよい炭素数6から14のアリール基を表す。)で表わされるカルバミン酸エステルを、pH5から9の範囲内かつ温度10℃から80℃の範囲内の条件において加水分解しうる酵素であって、かつ微生物由来であることを特徴とする、微生物由来カルバミン酸エステル加水分解酵素である。以下に本発明を更に詳細に説明する。
【0010】
一般式(1)において、Rで表される置換されていてもよい炭素数2から12のアルキル基としては、直鎖状、分枝状、又は環状のいずれであってもよく、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、2−ペンチル基、3−ペンチル基、ネオペンチル基、tert−ペンチル基、ヘキシル基、2−ヘキシル基、3−ヘキシル基、オクチル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等のアルキル基を例示することができる。
【0011】
これらのアルキル基はハロゲン原子、炭素数3から8のシクロアルキル基、炭素数1から6のアルキルチオ基、炭素数1から6のアルコキシ基等で一個以上置換されていてもよく、さらに具体的には2−クロロエチル基、3−クロロプロピル基、ジフルオロメチル基、3−フルオロプロピル基、シクロプロピルメチル基、シクロペンチルメチル基、シクロヘキシルメチル基、2−メチルチオエチル基、メトキシメチル基、エトキシメチル基、2−メトキシエチル基等を例示することができる。
【0012】
またRで表される環状アルキル基としては、置換していてもよい炭素数3から8のシクロアルキル基が好ましく、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基等のシクロアルキル基を例示することができる。また、これらのシクロアルキル基はハロゲン原子、炭素数1から4のアルキル基、炭素数1から4のアルコキシカルボニル基等で置換されていてもよく、さらに具体的には、1−メチルシクロプロピル基、2,2−ジメチルシクロプロピル基、2−クロロシクロプロピル基、2,2−ジクロロシクロプロピル基、2−メトキシカルボニルシクロプロピル基、2−メチルシクロペンチル基、2−フルオロシクロプロピル基、3−メチルシクロペンチル基等を例示することができる。
【0013】
一般式(1)において、Rで表される置換されていてもよい炭素数1から12のアルキル基としては、直鎖状、分枝状、又は環状のいずれであってもよく、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、2−ペンチル基、3−ペンチル基、ネオペンチル基、tert−ペンチル基、ヘキシル基、2−ヘキシル基、3−ヘキシル基、オクチル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等のアルキル基を例示することができる。
【0014】
これらのアルキル基はハロゲン原子、炭素数3から8のシクロアルキル基、炭素数1から6のアルキルチオ基、炭素数1から6のアルコキシ基等で一個以上置換されていてもよく、さらに具体的には2−クロロエチル基、3−クロロプロピル基、ジフルオロメチル基、3−フルオロプロピル基、シクロプロピルメチル基、シクロペンチルメチル基、シクロヘキシルメチル基、2−メチルチオエチル基、メトキシメチル基、エトキシメチル基、2−メトキシエチル基等を例示することができ、中でも炭素数2から6の低級アルキル基が高活性を与える点で好ましい。
【0015】
またRで表される環状アルキル基としては置換していてもよい炭素数3から8のシクロアルキル基が好ましく、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基等のシクロアルキル基を例示することができる。また、これらのシクロアルキル基はハロゲン原子、炭素数1から4のアルキル基、炭素数1から4のアルコキシカルボニル基等で置換されていてもよく、さらに具体的には、1−メチルシクロプロピル基、2,2−ジメチルシクロプロピル基、2−クロロシクロプロピル基、2,2−ジクロロシクロプロピル基、2−メトキシカルボニルシクロプロピル基、2−メチルシクロペンチル基、2−フルオロシクロプロピル基、3−メチルシクロペンチル基等を例示することができる。
【0016】
で表される置換されていてもよい炭素数6〜14のアリール基としては置換または無置換のフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、1−アンスリル基、2−アンスリル基、9−アンスリル基などをあげることができる。これらの芳香環上の置換基としては、炭素数1から6までの直鎖あるいは分枝状アルキル基、フェニル基、ビフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、1−アンスリル基、2−アンスリル基、9−アンスリル基などのようなアリール基、ビニル基、プロペニル基、ブテニル基のようなアルケニル基、メトキシ基、エトキシ基、ブトキシ基、ヘプチルオキシ基、オクチルオキシ基のようなアルコキシル基、アセトキシル基、ブトキシル基のようなアシルオキシル基、メトキシメチルオキシ基、メトキシエトキシメチルオキシ基のようなアルコキシメチルオキシル基、フェニルオキシル基、ナフトキシル基のようなアリールオキシル基、2−オキサ−3−ヒドロキシメチル−4,5,6−トリヒドロキシシクロヘキシルオキシ基のような糖骨格を有する基、ハロゲン原子などをあげることができ、また、これらの、芳香環に置換する置換基上にはさらにアルキル基、アリール基、アルケニル基、ニトロ基、シアノ基、アルコキシカルボニル基、アルコキシル基、ヒドロキシル基、ハロゲン、スルホニル基、エポキシドのような環状エ−テル構造や糖骨格を有する基などが置換していてもよい。
【0017】
で表される置換していてもよいフェニル基としては、ベンゼン環上の置換基として、ハロゲン原子、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のハロアルキル基、炭素数1から6のアシル基、炭素数1から4のアルコキシイミノ基で置換された炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシカルボニル基、カルボキシ基、シアノ基、炭素数1から6のアルコキシ基、アリールオキシ基、炭素数1から6のハロアルキルオキシ基、炭素数1から6のアルキルチオ基、炭素数1から6のアルキルスルフィニル基、炭素数1から6のアルキルスルホニル基、炭素数1から6のハロアルキルチオ基、炭素数1から6のハロアルキルスルフィニル基、炭素数1から6のハロアルキルスルホニル基、ニトロ基等を有する、置換していてもよいフェニル基を例示することができる。
【0018】
さらに具体的には、2−フルオロフェニル基、2−クロロフェニル基、2−ブロモフェニル基、3−フルオロフェニル基、3−クロロフェニル基、4−フルオロフェニル基、4−クロロフェニル基、4−ブロモフェニル基、2,4−ジフルオロフェニル基、2,4−ジクロロフェニル基、3,5−ジフルオロフェニル基、3,5−ジクロロフェニル基、3−クロロ−2,4−ジフルオロフェニル基、2,4,5−トリクロロフェニル基、2,4−ジクロロ−3−メチルフェニル基、2,4−ジクロロ−5−メトキシフェニル基、2,4−ジクロロ−5−イソプロピルオキシフェニル基、2−フルオロ−4−クロロ−5−メトキシフェニル基、2−フルオロ−4−クロロ−5−イソプロピルオキシフェニル基、2−フルオロ−4−クロロ−5−シクロペンチルオキシフェニル基、2−フルオロ−4−クロロ−5−プロパルギルオキシフェニル基、2−フルオロ−4−クロロ−5−(1−ブチン−3−イルオキシ)フェニル基等を例示することができる。
【0019】
また、2−フルオロ−4−トリフルオロメチルフェニル基、2−クロロ−4−トリフルオロメチルフェニル基、2−クロロ−5−トリフルオロメチルフェニル基、4−フルオロ−3−フェノキシフェニル基、2−フルオロ−5−ニトロフェニル基、2,4−ジフルオロ−5−ニトロフェニル基、2−メチルフェニル基、3−メチルフェニル基、4−メチルフェニル基、2,4−ジメチルフェニル基、4−エチルフェニル基、4−イソプロピルフェニル基、4−tert−ブチルフェニル基、2−トリフルオロメチルフェニル基、3−トリフルオロメチルフェニル基、4−トリフルオロメチルフェニル基、2,4−ビス(トリフルオロメチル)フェニル基、3,5−ビス(トリフルオロメチル)フェニル基、2−アセチルフェニル基、4−アセチルフェニル基、4−イソバレリルフェニル基、2−メトキシカルボニルフェニル基、2−エトキシカルボニルフェニル基等を例示することができる。
【0020】
また、3−メトキシカルボニルフェニル基、4−メトキシカルボニルフェニル基、2−カルボキシフェニル基、4−カルボキシフェニル基、2−シアノフェニル基、4−シアノフェニル基、2−メトキシフェニル基、3−メトキシフェニル基、4−メトキシフェニル基、3,4−ジメトキシフェニル基、4−イソプロピルオキシフェニル基、4−tert−ブチルオキシフェニル基、3−トリフルオロメトキシフェニル基、4−トリフルオロメトキシフェニル基、3−フェノキシフェニル基、4−フェノキシフェニル基、2−メチルチオフェニル基、4−メチルチオフェニル基、2−メチルスルフィニルフェニル基、4−メチルスルフィニルフェニル基、2−メチルスルホニルフェニル基、4−メチルスルホニルフェニル基、4−トリフルオロメチルチオフェニル基、4−トリフルオロメチルスルフィニルフェニル基、4−トリフルオロメチルスルホニルフェニル基、2−ニトロフェニル基、4−ニトロフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基等を例示することができる。
【0021】
本発明の酵素は微生物由来のものであるが、微生物としてはグラム陽性細菌またはグラム陰性細菌が好ましい。本発明で示される微生物は、本目的を達成するために好適であれば良く特に限定されないが、操作上また培養の容易さなどからRhodococcus属細菌、Mycobacterium属細菌、Janibacter属細菌、Nocardia属細菌、Burkholderia属細菌、Cupriavidus属細菌、Pseudomonas属細菌、Hydrogenophaga属細菌、Comamonas属細菌、およびRalstonia属が好ましい。特にJanibacter terrae DSM13953が好ましい。
【0022】
また多くの種類の酵素あるいは微生物試料に含まれる加水分解活性を容易に検出するため、式(2)および式(3)で示されるような、加水分解生成物が可視領域に吸収帯を有する化合物(式(2)で表される化合物を以下、化合物(2)とする:N−sec−ブチルカルバミン酸4−ニトロフェニル。式(3)で表される化合物を以下、化合物(3)とする:N−(2−メチルシクロヘキシル)カルバミン酸4−ニトロフェニル。)を用いることができる。
【0023】
【化2】

【0024】
【化3】

これらの化合物を用いて、反応温度及びpHを本発明の範囲内に設定し、加水分解活性の有無を調べることにより、本発明の酵素を容易に検出することができる。
【0025】
またカルバミン酸エステルを資化する微生物を獲得するために、上記化合物(2)、(3)に加えて、式(4)で示される化合物(以下、化合物(4)とする。N−sec−ブチルカルバミン酸エチル)を用いることもできる。化合物(4)は4−ニトロフェニル基に比べて脱離しにくいエチル基を有しており、数日間から数週間におよぶ微生物スクリーニングの期間中において自然加水分解の進行を抑えるのに好適である。
【0026】
【化4】

なお、本発明の酵素は微生物に由来するものであるが、それを加水分解に使用する際にはその酵素を含有する微生物自体をそのままもしくは適宜破砕して用いてもよく、又は微生物から酵素を抽出して用いてもよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明の酵素によって、通常酵素的な加水分解が困難であると考えられているカルバミン酸エステルが、中性付近かつ室温付近の温和な反応条件で加水分解することができる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【0029】
実施例1 各種微生物培養物を用いた加水分解反応
微生物保存機関より入手可能な微生物菌株として表1に示すものを用いた。
【0030】
【表1】

上記微生物をLB培地(1%Bactotrypon、0.5%Yeast Extract、0.5%NaCl)中30℃で好気的に振とう培養し、初期静止期まで培養を行った。培養終了後菌体を遠心分離によって回収し、蒸留水で洗浄する操作を2回行った後、培養時の28倍濃度になるように菌体を蒸留水に懸濁した。反応液組成として0.1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)、0.18%NaCl、20%上記菌懸濁液、0.5mM化合物(2)あるいは(3)とし、総量0.9mlとなるように調製し、キャップ付き試験管を用いて30℃において化合物(2)を用いた場合には30分間、化合物(3)を用いた場合には60分間反応させた。反応後にメタノール/クロロホルム/ヘプタン(10:9:7)の混合溶媒を3ml加え、激しく攪拌した後、試験管を遠心分離(4000rpm、5分間、室温)にかけて相分離を行い、分取した上層(有機相)の400nmにおける吸光度(A400)を測定した。反応時間ゼロ分間のA400との値の変化(ΔA400)を加水分解に伴うA400変化とした。また自然加水分解にともなう変化を菌懸濁液の代わりに蒸留水を用いたもので同様に測定し、30分間反応での自然加水分解に相当する吸光度変化を上記ΔA400から減じた値を酵素反応によるものとして算出した(ΔΔA400)。
【0031】
【表2】

表2に示すように用いた菌株のいずれからも活性が検出され、化合物(2)と(3)に対する反応性は異なっていた。
【0032】
また反応生成物をHPLC(カラムODS−80TM、東ソー製)により分析して標準標品と保持時間を比較することにより、4−ニトロフェノールの生成が確かめられた。
【0033】
実施例2 Janibacter terrae DSM13953菌体抽出物の調製
Janibacter terrae DSM13953をLB培地1L中30℃で36時間培養し、600nmにおける濁度が12.2である培養物を得た。この培養物から7000rpm、20分間の遠心により菌体を集め、これを50mMTris−HCl(pH7.0)、5mM EDTAの組成を有する緩衝液(以下緩衝液Aと表記)120mlに懸濁した。同様の操作を2回繰り返し、200mlの緩衝液Aに懸濁した。この懸濁液に卵白リゾチームを100mg含む緩衝液A20mlを添加し、30℃で90分間ゆっくり攪拌させて溶菌を行った。次に最終濃度10mMになるように2M MgCl溶液を1ml添加した後、デオキシリボヌクレアーゼIを2mg含む緩衝液A1mlを添加し、30℃で90分間ゆっくり攪拌させて菌体抽出物の粘性を低下させた。この抽出物を9krpm、30分間の遠心にかけ、上清を回収し、粗抽出物標品とした。
【0034】
この粗抽出物標品を緩衝液Aで10倍希釈し、実施例1に記載した方法と同様の操作により化合物(3)を反応基質とした加水分解反応を行った。その結果反応30分間でのΔΔA400は0.041、60分間でのΔΔA400は0.060であった。
【0035】
実施例3 Janibacter terrae DSM13953菌体抽出物からの加水分解酵素の部分精製
実施例2に記載したように調製した粗抽出物標品に対して60%飽和になるように硫酸アンモニウムを加え、4℃で30分間静置した後、9000rpm、15分間の遠心により沈殿物を集めた。これに実施例2に記載した緩衝液A20mlを加えて溶解し、緩衝液Aに対して透析して標品中の硫酸アンモニウムを除去した。これに飽和硫酸アンモニウム水溶液を1/4容添加し、生じた沈殿を9krpm、15分間の遠心操作で除去した後、60%飽和硫安を含む緩衝液Aで平衡化したBUTYL−TOYOPEARL650M樹脂(東ソー製)を充填したカラムを用いて疎水クロマトグラフィーを行った。60%飽和硫安を含む緩衝液Aでカラムの洗浄を行った後、硫酸アンモニウムを含まない緩衝液Aを用いて溶出を行った。溶出した各フラクションの280nmにおける吸光度(A280)を測定し、またいくつかのフラクションについては化合物(3)を反応基質とした加水分解活性を測定した。図1に各フラクションのA280を表わす。フラクション番号1から16は素通り画分、フラクション番号23から40は洗浄操作によって溶出された画分を表わす。フラクション番号43以降は硫酸アンモニウムを含まない上記緩衝液によって溶出された部分を表わす。活性測定の結果は表3のようになり、フラクション番号45付近に加水分解活性が濃縮された。
【0036】
【表3】

実施例4 新規微生物の単離と簡易同定
100ml容の三角フラスコに10gの農地土壌と化合物(3)あるいは(4)を2mg添加して25〜30℃の室温に静置し、湿度を保ちながら2mgの化合物(3)あるいは(4)を1週間おきに添加する操作を6回繰り返した。このような処理を施した土壌0.5gを100mlのMM2培地(表4に組成を示す)に加えて30℃で3日間振とうさせた後、懸濁液を希釈してから化合物(3)あるいは(4)を含むMM2寒天培地に展開した。数日後に生じた微生物コロニーをMM2培地で懸濁し、上記寒天培地を用い定法に従って微生物の単離を行い、実施例1に記載したLB培地を用いて増殖させ、保存した。化合物(3)を用いた操作により9種の菌株(3−1、3−2、3−4、3−5、3−6、3−7、3−13、3−15、3−18)、化合物(4)を用いた操作により5種の菌株(4−1、4−4、4−12、4−18、4−19)を取得した。このうち3−5は化合物(3)を含むMM2寒天培地上で黄緑色の呈色を示した。
【0037】
【表4】

上記14菌株のうち9株(3−2、3−5、3−6、3−7、3−15、3−18、4−1、4−12、4−18)について微生物の簡易同定法である16SリボゾームDNAの約500塩基部分にわたる配列分析(例えばHall L.ら、Journal of Clinical Microbiology、2003、41(4)、(1447−1453頁)参照)を行った。3−2、3−6、3−15は同一の配列を有することが明らかになり、データベース上最も高い相同性を示したものはBurkholderia sp. S4.9であることから(一致率99.8%)、Burkholderia属細菌と推定された。以下同様に3−5についてはRalstonia eutropha JMP134であり(一致率98.5%)、Cupriavidus属細菌と推定された。3−6についてはStenotrophomonas maltophilia A1Y15であり(一致率98.4%)、Cupriavidus属細菌と推定された。3−7についてはRalstonia eutropha JMP134であり(一致率98.5%)、Cupriavidus属細菌と推定された。3−18についてはBurkholderia glathei ATCC29195であり(一致率98.4%)、Burkolderia属細菌と推定された。4−1についてはRalstonia eutropha JMP134であり(一致率99.8%)、Cupriavidus属細菌もしくはRalstonia属細菌と推定された。4−12と4−18は同一の配列を有し、これらと最も高い相同性を示したものはFrateuria aurantia IFO3247であり(一致率97.0%)、Frateuria属を含むXanthomonadaceae科の細菌と推定された。
【0038】
実施例5 新たに単離した微生物を用いた反応
実施例4に記載した微生物のうち6株(3−2、3−5、3−6、3−15、3−18、4−19)について実施例1に記載したのと同様の方法を用いて化合物(3)を基質とした加水分解反応を行った。その結果を表5に示す。
【0039】
【表5】

これらのうち最も高い活性を示した3−5は実施例2において黄緑色の呈色を示したものであり、菌株単離の過程で活性の有無を推測することができた。
【0040】
参考例1 N−sec−ブチルカルバミン酸4−ニトロフェニル(化合物(2))の合成
sec−ブチルアミン(2.02ml,20.0mmol)のクロロホルム(20ml)溶液に氷冷下で水酸化ナトリウム(880mg,22.0mmol)の水(8ml)溶液とクロロギ酸4−ニトロフェニル(4.43g,22.0mmol)のクロロホルム(20ml)溶液を順次滴下し、室温で4時間攪拌した。反応終了後、有機相を分離し、水相をクロロホルム(80ml×3回)で抽出した。有機相を合わせ、1N塩酸(50ml)、水(50ml)、ならびに飽和食塩水(50ml)で順次洗浄した。有機相を無水硫酸マグネシウムで乾燥後、乾燥剤をろ過し、溶媒を減圧下で留去した。得られた残渣をクロロホルムから再結晶することにより、N−sec−ブチルカルバミン酸4−ニトロフェニルの無色固体(2.44g、収率51%)を得た。
【0041】
H−NMR(500MHz,CDCl):δ8.23(d,J=9.2Hz,2H),7.31(d,J=9.2Hz,2H),4.89(brs,1H),3.69−3.76(m,1H),1.54−1.60(m,2H),1.23(d,J=6.6Hz,3H),0.98(t,J=7.4Hz,3H);13C−NMR(125MHz,CDCl):δ156.13,152.49,144.63,125.08(2C),121.92(2C),49.15,29.68,20.46,10.28。
【0042】
参考例2 N−(2−メチルシクロヘキシル)カルバミン酸4−ニトロフェニル(化合物(3))の合成
2−メチルシクロヘキシルアミン(8.00ml、80.0mmol)のクロロホルム(80ml)溶液に氷冷下で水酸化ナトリウム(3.5g、88.0mmol)の水(112ml)溶液を滴下した後、クロロギ酸4−ニトロフェニル(17.7g、88.0mmol)のクロロホルム(80ml)溶液を滴下し、室温で4時間攪拌した。反応終了後、有機相を分離し、水相をクロロホルム(200ml×3回)で抽出した。有機相を合わせ、1N塩酸(100ml)、水(100ml)、ならびに飽和食塩水(100ml)で順次洗浄した。有機相を無水硫酸マグネシウムで乾燥後、乾燥剤をろ過し、溶媒を減圧下で留去した。得られた残渣をクロロホルムから再結晶することにより、N−(2−メチルシクロヘキシル)カルバミン酸4−ニトロフェニルの無色固体(5.60g、収率29%)を得た。
【0043】
H−NMR(500MHz,CDCl):δ8.23−8.27(m,2H),7.30−7.34(m,2H),4.90(d,J=8.8Hz,1H),3.20−3.27(m,1H),2.05−2.08(m,1H),1.06−1.81(m,8H),1.03(d,J=6.5Hz,3H);13C−NMR(125MHz,CDCl):δ156.18,152.71,144.61,125.08(2C),121.88(2C),56.71,38.53,34.25,33.71,25.58,25.41,19.08。
【0044】
参考例3 N−sec−ブチルカルバミン酸エチル(化合物(4))の合成
sec−ブチルアミン(4.04ml、40mmol)のクロロホルム(40ml)溶液に氷冷下で水酸化ナトリウム(1.76g、44.0mmol)の水(6ml)溶液を滴下した後、クロロギ酸エチル(4.2ml、44.0mmol)のクロロホルム(40ml)溶液を滴下し、室温で4時間攪拌した。反応終了後、有機相を分離し、水相をクロロホルム(100ml×3回)で抽出した。有機相を合わせ、1N塩酸(50ml)、水(50ml)、ならびに飽和食塩水(50ml)で順次洗浄した。有機相を無水硫酸マグネシウムで乾燥後、乾燥剤をろ過し、溶媒を減圧下で留去することにより、N−sec−ブチルカルバミン酸エチルの無色液体(6.08g、収率>98%)を得た。
【0045】
H−NMR(500MHz,CDCl):δ4.42(brs,1H),4.10(q,J=7.1Hz,2H),3.61−3.64(m,1H),1.45(qn,J=7.4Hz,2H),1.24(t,J=7.1Hz,3H),1.12(d,J=6.6Hz,3H),0.91(t,J=7.4Hz,3H);13C−NMR(125MHz,CDCl):δ156.16,60.47,48.29,29.94,20,74,14.67,10.30。
【0046】
参考例4 ブタ肝臓エステラーゼを用いた加水分解反応
0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)、0.9%NaCl、0.5mM化合物(2)あるいは(3)、0.5mg/mlブタ肝臓エステラーゼ(Sigma社製、20unit/mg)の反応液組成で総量0.9mlとなるように調製し、キャップ付き試験管を用いて30℃において60分間反応させた。反応後にメタノール/クロロホルム/ヘプタン(10:9:7)の混合溶媒を3ml加え、激しく攪拌した後、試験管を遠心分離(4000rpm、5分間、室温)にかけて相分離を行い、分取した上層(有機相)の400nmにおける吸光度(A400)を測定した。反応時間ゼロ分間のA400との値の変化(ΔA400)を加水分解に伴うA400変化とした。また自然加水分解にともなう変化を酵素水溶液の代わりに蒸留水を用いたもので同様に測定し、30分間の反応での自然加水分解に相当する吸光度変化を上記ΔA400から減じた値を酵素反応によるものとして算出した(ΔΔA400)。これにより化合物(2)に対してΔΔA400=0.091、化合物(3)に対してΔΔA400=0.171の値が得られた。それぞれの値はpH6.0におけるモル吸光係数を3.2×10−1cm−1とすると28μM、53μMであり、酵素の比活性としては0.003unit/mg、0.005unit/mgと算出された。この結果からブタ肝臓エステラーゼは通常のエステル化合物と比較してカルバミン酸エステル化合物を加水分解する活性がきわめて低いことが示された。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】実施例3で行ったカラムクロマトグラフィーの結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中、Rは置換されていてもよい炭素数2から12のアルキル基、Rは置換されていてもよい炭素数1から12のアルキル基、又は置換されていてもよい炭素数6から14のアリール基を表す。)で表わされるカルバミン酸エステルを、pH5から9の範囲内かつ温度10℃から80℃の範囲内の条件において加水分解しうる酵素であって、かつ微生物由来であることを特徴とする、微生物由来カルバミン酸エステル加水分解酵素。
【請求項2】
微生物がグラム陽性細菌又はグラム陰性細菌であることを特徴とする、請求項1に記載の微生物由来カルバミン酸エステル加水分解酵素。
【請求項3】
微生物がRhodococcus属細菌、Mycobacterium属細菌、Janibacter属細菌、Nocardia属細菌、Burkholderia属細菌、Cupriavidus属細菌、Pseudomonas属細菌、Hydrogenophaga属細菌、Comamonas属細菌、およびRalstonia属細菌よりなる群から選ばれることを特徴とする、請求項1または2に記載の微生物由来カルバミン酸エステル加水分解酵素。
【請求項4】
微生物がJanibacter terrae DSM13953であることを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の微生物由来カルバミン酸エステル加水分解酵素。

【図1】
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