説明

カルボニルストレス改善剤

【課題】腎不全患者の腹膜透析において、腹膜透析液中に蓄積したカルボニル化合物を迅速に消去することができる、カルボニルストレス改善剤の提供。
【解決手段】グリオキサラーゼI活性を備える酵素、およびカルボニル化合物還元剤を有効成分とする3−デオキシグルコソン消去剤。腹膜透析液のカルボニルストレス状態を改善することにより、腹腔内のタンパク質のカルボニル修飾による腹膜の機能(除水能)の低下や腹膜硬化症の進展の抑制につながる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボニルストレスの改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内において、糖・脂質由来の様々なカルボニル化合物の非酵素的生化学反応による生成が亢進し、その結果タンパク修飾が亢進した状態をカルボニルストレスと呼ぶ(Miyata et al. Kidney Int. 55: 389-399, 1999; Miyata et al. J. Am. Soc. Nephrol., 11:1744-1752,2000)。カルボニル化合物は、メイラード反応を通じて老化、糖尿病、あるいは動脈硬化などの成人病との関連性が指摘されている。メイラード反応とは、グルコースなどの還元糖とアミノ酸やタンパク質との間に生じる非酵素的な糖化反応である。1912年にメイラード(Maillard)がアミノ酸と還元糖の混合物を加熱すると褐色に着色する現象に注目して報告した(Maillard,L. C., Compt. Rend. Soc. Biol., 72: 599, 1912)。メイラード反応は、食品の加熱処理や貯蔵の間に生じる褐変化、芳香成分の生成、呈味、タンパク質変性などに関与していることから、食品化学の分野で研究が進められてきた。
【0003】
ところが、1968年ヘモグロビンの微小画分であるグリコシルヘモグロビン(HbA1c)が生体内で同定され、さらにこれが糖尿病患者において増加することが明らかにされた(Rahbar. S., Clin. Chim. Acta, 22: 296, 1968)。この報告を契機に生体内におけるメイラード反応の意義並びに糖尿病合併症、動脈硬化などの成人病の発症や老化の進行との関係が注目されるようになってきた。たとえば、アマドリ化合物以降の反応で生成するピラリンやペントシジンに代表される後期段階生成物(Advanced glycation end products、以下AGEsと省略する)は、老化や糖尿病の指標になりうると考えられている。実際に慢性腎不全の患者においては、高血糖の有無に関わらず血中や組織中に反応性の高いカルボニル化合物やAGEsが著しく蓄積している(Miyata,T.et al., Kidney Int., 51: 1170-1181, 1997、Miyata,T.et al.,J.Am.Soc.Nephrol., 7: 1198-1206, 1996、Miyata,T.et al., Kidney Int. 55: 389-399, 1999、Miyata,T. et al., J.Am.Soc.Nephrol. 9: 2349-2356, 1998)。これは腎不全においては、カルボニルストレスが存在しており、糖や脂質に由来するカルボニル化合物がアミノ基とメイラード反応を起こし、タンパク質を修飾するためであると考えられる(Miyata,T.et al., Kidney Int. 55: 389-399, (1999))。近年、腎不全の合併症である透析アミロイドーシス、動脈硬化の発症進展におけるカルボニルストレスの関与が報告され(Miyata et al. J.Clin.Invest., 92: 1243-1252, 1993, Miyata et al. Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 93, 2353-2358, 1996, Miyata et al. FEBS Lett., 437, 24-28, 1998, Miyata et al. FEBS Lerr., 445, 202-206, 1999)、腎不全におけるカルボニルストレスの病態生理学的意義が注目されている。
【0004】
したがって、生体内において生成されるカルボニル化合物を除去することによってカルボニルストレス状態を改善することは、腎不全におけるAGEsの生成を抑制し、組織障害の軽減さらには合併症の進展の抑制につながると考えられる。
【0005】
更に腹膜透析の場合、血中の老廃物は腹膜を通して腹膜透析液中に排泄される。高浸透圧の腹膜透析液(グルコース、イコデキストリンまたはアミノ酸等を含有する)は、腎不全患者の血中に蓄積した反応性の高いカルボニル化合物を、腹膜を介して腹腔内の腹膜透析液中に集める作用がある。そのため腹膜透析液中のカルボニル化合物濃度は上昇し、カルボニルストレスの状態がもたらされる。その結果、腹腔内のタンパク質がカルボニル修飾を受けて腹膜の機能が低下し、除水能の低下や腹膜硬化症の進展に関与すると考えられる(Miyata, T. et al., Kidny Int., 58:425-435, 2000、Inagi R., et al., FEBS Lett., 463:260-264, 1999、Ueda, Y., et al., Kidny Int. (in press)、Combet, S., et al., J. Am. Soc. Nephrol., 11:717-728, 2000)
【0006】
加えて腹膜透析患者においては、腹膜透析液中に含まれるグルコースによって腹腔内がカルボニルストレス状態となっていることが、内皮および中皮の免疫組織学的検討から証明された(Yamada, K. et al., Clin.Nephrol., 42: 354-361, 1994、Nakayama,M. et al., Kidney Int., 51: 182-186, 1997、Miyata, T. et al., Kidny Int., 58:425-435, 2000、Inagi R., et al., FEBS Lett., 463:260-264, 1999、Combet, S., et al., J. Am. Soc. Nephrol., 11:717-728, 2000)。また、腹膜透析液中に含まれるメチルグリオキサールが、内皮および中皮細胞に作用して、腹膜機能の低下に重要な役割を演ずると考えられる血管内皮由来増殖因子(VEGF: vascular endothelial growth factor)の産生を、亢進することも明らかとなった(Combet et al. J.Am.Soc.Nephrol., 11:717-728,2000; Inagi et al. FEBS Let, 463:260-264,1999)。このように、透析患者においてもカルボニルストレスが腹膜の形態学的変化およびこれに伴う機能(除水能)の低下の原因となっていることが推測されており、その改善方法の提供が求められている。
【0007】
近年、生体内におけるカルボニル化合物の消去・代謝系の仕組みが明らかになってきた。カルボニル化合物の消去には、いくつかの酵素や酵素経路の関与が報告されている。アルドース還元酵素、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、あるいはグリオキサラーゼ経路等はこれに含まれる。これらのカルボニル化合物消去系の活性低下は、同時に多数のカルボニル化合物の上昇につながる。グルタチオン(GSH)およびNAD(P)Hなどのレドックス補酵素は、これらの経路の活性にとって重要な要素である(Thornalley P. J. Endocrinol Metab 3: 149-166, 1996)。メチルグリオキサール、グリオキサールなどのカルボニル化合物は、GSHのチオール基と非酵素的に反応し、結果的にグリオキサラーゼにより代謝される。NAD(P)Hはグルタチオン還元酵素を活性化し、GSHレベルを上昇させる。すなわち細胞内レドックス機構の不均衡によるGSH、およびNAD(P)Hの低下によりカルボニル化合物消去系が阻害され、AGEsの蓄積につながる。実際に糖尿病患者の血液中GSHレベルは低下しており、カルボニル化合物であるメチルグリオキサールのレベルは上昇していることが報告されている。
【0008】
このようにGSHおよびNAD(P)等のレドックス補酵素濃度の低下が、カルボニル化合物の消去機能の低下につながり、結果としてAGEs形成の原因になっているものと考えれる。従って、チオールレベルを上昇させることによりカルボニルストレスを軽減できるものと推察された。この推察を基に、GSHおよびシステイン等のチオール化合物を直接投与する試みがなされた。実際、これらの物質を正常および糖尿病の血清に加えてインキュベーションしたところ、AGEsの生成が抑制された。しかし、この抑制効果が現れるまでには長時間のインキュベーションが必要であり、実用的な面で問題があった。
【0009】
また、AGEsはカルボニル化合物とタンパク質のcarbonyl amino chemistryにより生成されることが知られている。従って、化学的にこれらを捕捉する化合物を用いることによりカルボニルストレスを軽減できる可能性が考えられた。このような化合物にはヒドラジン基を有するアミノグアニジン(Brownlee M. et al. Science 232: 1629-1632, 1986)、および2-isopropylidenehydrazono-4-oxo-thiazolidin-5-ylacetanilide(Nakamura S. et al. Diabetes 46: 895-899, 1997)が挙げられる。これらの他にも、メトホルミンおよびブホルミン等のビグアナイドもカルボニル化合物を捕捉することができる。In vitroの実験では、これらの化合物はいずれも、カルボニル化合物であるメチルグリオキサール、およびグリオキサールを効率よく捕捉した(Miyata T. J. Am. Soc. Nephrol. 11:1719-1725,2000)。しかし、これらの化合物は、効率よくAGEsの形成は阻害するが、カルボニル化合物に対する特異性が低く、全てのカルボニル化合物に反応するため、生体にとって有害な糖や脂質由来カルボニル化合物のみならず、生体にとって必要なピリドキサールなどのカルボニル基も捕捉してしまう可能性が予測された。
【0010】
このような状況から、カルボニルストレスに対し短時間で改善効果がみられ、かつ有害な糖・脂質由来のカルボニル化合物に特異的なカルボニルストレス改善剤の開発が強く望まれていた。
【0011】
有害なカルボニル化合物の一つであるメチルグリオキサールが、生体内において乳酸に変換されるシステムが明らかにされている。GSH、およびグリオキサールIとグリオキサールIIとで構成されるグリオキサール系は、メチルグリオキサールを乳酸に変換する。グリオキラーゼIは、メチルグリオキサール以外のケトアルデヒド化合物にも作用することが知られている。しかし、このシステムの生理的な役割は未だに明らかでない。また、生体のカルボニルストレス状態の改善に応用する報告もない。
【発明の概要】
【0012】
本発明は、カルボニル化合物を速やかに消去することができるカルボニルストレス改善剤の提供を課題とする。
【0013】
本発明者らは、溶液中のカルボニル化合物を効率的に消失、無毒化させる方法について鋭意研究を行った。そして、カルボニル化合物の解毒反応において、グリオキサラーゼ系と呼ばれる解毒反応系に着目した。グリオキサラーゼ系は、グリオキサラーゼI(ラクトイルGSHリアーゼ)およびグリオキサラーゼII(ヒドロキシアシルGSHヒドラーゼ)の2つの酵素から成る解毒反応系である。この解毒反応により、カルボニル化合物であるメチルグリオキサールがGSHの存在下で乳酸に転換されることが知られている。
【0014】
本発明者は、メチルグリオキサール溶液中のグルタチオンによる、メチルグリオキサールのトラップ作用において、新たに反応溶液中へグリオキサラーゼIを添加することにより、速やかにメチルグリオキサールが消失することを見出した。更に、グルタチオンおよびグリオキサラーゼI存在下においては、腹膜透析液中のメチルグリオキサール以外のカルボニル化合物についても速やかに消去されることを確認し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち本発明は、次のカルボニルストレス改善剤、並びにこれを利用した腹膜透析液に関する。
〔1〕グリオキサラーゼI活性を備える酵素、およびカルボニル化合物還元剤を有効成分とするカルボニルストレス改善剤。
〔2〕有効成分として更にグリオキサラーゼII活性を備える酵素を含む〔1〕に記載のカルボニルストレス改善剤。
〔3〕カルボニル化合物還元剤が、還元型グルタチオン、および/またはその誘導体である〔1〕に記載のカルボニルストレス改善剤。
〔4〕還元型グルタチオンのカルボニル化合物を消去すべき媒体中における最終濃度が、0.1〜50mMとなるように配合された〔3〕に記載のカルボニルストレス改善剤。
〔5〕2-オキソアルデヒドの消去によってカルボニルストレスを改善する〔1〕に記載のカルボニルストレス改善剤
〔6〕2-オキソアルデヒドが、グリオキサール、メチルグリオキサール、および3−デオキシグルコソンから構成される群から選択されたいずれかの化合物である〔5〕に記載のカルボニルストレス改善剤。
〔7〕グリオキサラーゼI活性を備える酵素が担体に固定化されている〔1〕に記載のカルボニルストレス改善剤。
〔8〕〔7〕に記載の担体を、カルボニル化合物還元剤の存在下で、患者血液、または腹膜透析液と接触させる工程を含むカルボニル化合物の除去方法。
〔9〕〔1〕に記載のカルボニルストレス改善剤を含む腹膜透析液。
〔10〕カルボニル化合物還元剤の存在下で、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を腹膜透析液と接触させる工程を含む、腹膜透析液におけるカルボニルストレスの改善方法。
【0016】
あるいは本発明は、グリオキサラーゼI活性を備える酵素、およびカルボニル化合物還元剤の、カルボニルストレス改善剤の製造における使用に関する。また本発明は、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体の、カルボニル化合物の吸着剤の製造における使用に関する。
【0017】
本発明によるカルボニルストレス改善剤は、グリオキサラーゼI活性を備える酵素、およびカルボニル化合物還元剤を有効成分として含有する。本発明においてカルボニルストレスの改善とは、生体に接触する媒体中のカルボニル化合物を消去し、タンパク質の修飾作用を低減する作用を言う。カルボニル化合物の消去とは、カルボニル基の反応性を不可逆的に消失させることを意味する。生体に接触する媒体とは、具体的には腹膜透析液(以下CAPD液と省略する)や血液他の体液を言う。
【0018】
本発明に利用することができるカルボニル化合物還元剤とは、カルボニル化合物を還元してグリオキサラーゼI活性を備える酵素の基質となる化合物を生成する化合物を意味する。この条件を満たす化合物であれば、カルボニル化合物還元剤として任意の化合物を用いることができる。このような化合物としては、たとえば還元型グルタチオン(GSH)やその誘導体を示すことができる。これらの化合物は、薬理学的に許容し得る塩であってもよい。たとえば還元型GSHは、カルボニル化合物であるメチルグリオキサールに結合してヘミチオアセタールを生成する。この反応は非酵素的な反応である。生成するヘミチオアセタールは、グリオキサラーゼI活性を備える酵素の基質となる。また、本発明におけるグルタチオン誘導体は、カルボニル化合物を還元してグリオキサラーゼI活性を備える酵素の基質となりうる化合物を生成する機能を有していれば、どのような誘導体でも利用することができる。より好ましくは、カルボニル化合物と反応し、チオールエステル化合物を生成するためのチオール基を有するグルタチオン誘導体である。具体的には、アセチルグルタチオン、アスパルタチオン、およびイソグルタチオン等を例示することができる。
【0019】
カルボニル化合物還元剤は、消去すべきカルボニル化合物との反応を確実に行える量で使用する。具体的には、たとえばGSHをCAPD液中のカルボニル化合物の消去を目的として利用する場合には、カルボニル化合物を消去すべき媒体(この例ではCAPD液)中におけるGSHの最終濃度を0.1〜50mM、より望ましくは、1〜10mMとすることができる。この程度の濃度範囲でGSHを用いることによって、一般的なCAPD液中に存在するカルボニル化合物の大部分を、速やかにグリオキサラーゼI活性を備える酵素の基質に転換することができる。透析中のCAPD液に存在するカルボニル化合物の量を予め予測することは難しい。したがって、カルボニルストレス状態の亢進が心配される患者においては、より十分な濃度でGSHを用いることもできる。
【0020】
次に本発明におけるグリオキサラーゼI活性を備える酵素は、グリオキサラーゼIと機能的に同等な触媒作用を備える酵素を意味する。グリオキサラーゼIは、ラクトイルGSHリアーゼ(EC.4.4.1.5)とも呼ばれる酵素である。グリオキラーゼIは、ケトアルデヒド(2-オキソアルデヒド)化合物におけるアルデヒド基に、還元型グルタチオンのようなカルボニル化合物還元剤が結合した化合物を基質とする。たとえばメチルグリオキサールに還元型グルタチオンが結合したヘミメルカプタール(ヘミチオアセタール)は、グリオキサラーゼIの代表的な基質化合物である。グリオキサラーゼI活性を備える酵素は、このような化合物を基質として、チオールエステル化合物へ転換する反応を触媒する。本発明においては、ケトアルデヒド化合物のアルデヒドを、カルボニル化合物還元剤の存在下でチオールエステルへ転換しうるものであれば、任意の酵素、および還元剤を利用することができる。この酵素反応を、以下に示す。

【0021】
この反応式では、カルボニル化合物であるメチルグリオキサールとGSHが結合して生成するヘミチオアセタールが、グリオキサラーゼI活性を備える酵素によってS-ラクトイルグルタチオンとなり無害化されることを示している。この反応は不可逆的な反応である。したがって、いったん無害化されたS-ラクトイルグルタチオンは安定であり、再びメチルグリオキサールとなる逆反応は実質的に生じない。
【0022】
本発明者は、グリオキサラーゼI活性を備える酵素をGSHと組み合わせることによって、メチルグリオキサラーゼのみならず、生体内でカルボニルストレス状態を生じる原因となる幅広い物質に対しても、速やかに消去しうることを見出し、カルボニルストレスの改善剤としての有効性を見出した。
【0023】
グリオキサラーゼI活性を備える酵素としては、次のような由来の酵素が公知である。
哺乳動物の組織(Methods Enzymol.90,536-541,1982, Methods Enzymol.90,542-546,1982)
酵母(FEBS Lett.85,275-276,1978, Biochem.J.183,23-30,1979)
細菌(Biochem.Biophys.Res.Commun.,141,993-999,1986)
ヒト(J.Biol.chem.268,11217-11221,1993)
【0024】
中でもヒトに由来するグリオキサラーゼIは、ヒトに投与する場合に高い安全性が期待できる。これらのグリオキサラーゼIを精製する方法も公知である。本発明に用いるグリオキサラーゼI活性を備える酵素は、天然のものであることもできるし、遺伝子組み換えによって得られたものであっても良い。たとえば、ヒト・グリオキサラーゼIの遺伝子の構造は既に明らかにされている(J.Biol.chem. 268, 11217-11221, 1993)。したがって、この遺伝子を用いて、組み換え体を得ることは自明である。更に、本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素は、天然の酵素と同じアミノ酸配列を持つもののみならず、安定性や活性等の改善を目的として、アミノ酸配列に変異を導入したものであることもできる。アミノ酸配列に人為的な変異を導入する方法は公知である。たとえば、目的とする改変をコードする合成オリゴヌクレオチドからなるプライマーを利用した部位特異的変異導入法(sitespecific mutagenesis)[Mark, D.F. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81,5662 (1984)]等にしたがって、これら核酸配列のコドンを一部改変することができる。
【0025】
本発明におけるグリオキサラーゼI活性を備える酵素は、アミノ酸配列の変異体に加え、化学的な修飾を施すことができる。たとえば、ポリエチレングリコールなどとの結合によって、酵素の安定性が改善される場合のあることは公知である。あるいは、酵素タンパク質の回収を容易とするために、固相担体に酵素タンパク質を固定化する方法も広く行われている。このような、化学的な修飾を本発明におけるグリオキサラーゼI活性を備える酵素に応用することができる。
【0026】
グリオキサラーゼI活性を備える酵素は、カルボニル化合物とカルボニル化合物還元剤との反応によって生成する基質化合物を迅速に消去することができる濃度で用いる。たとえばCAPD液におけるカルボニル化合物の消去を目的とする場合には、CAPD液1L当たり、10〜104U、望ましくは10〜103UのグリオキサラーゼIを用いることにより、カルボニル化合物の迅速な消去が達成される。なお、グリオキサラーゼIの1Uは、メチルグリオキサールと還元型グルタチオンからS-ラクトイルグルタチオンを1分間に1μmol生成させるのに必要な酵素の量である。
【0027】
本発明のカルボニルストレス改善剤には、更にグリオキサラーゼII活性を備える酵素を加えることができる。グリオキサラーゼIIは、ヒドロキシアシルGSHヒドラーゼ(EC.3.1.2.6)とも呼ばれる加水分解酵素である。生体内においては、グリオキサラーゼIの作用によって生成するS-D-ラクトイルグルタチオンを加水分解して乳酸を生じるとともに、還元型グルタチオンを再生する反応を触媒する。グリオキサラーゼI、グルタチオン(GSH)、およびグリオキサラーゼIIによって構成されるグリオキサラーゼ系を以下に示す。

【0028】
グリオキサラーゼIIについても、ヒトに由来する酵素(J.Biol.Chem. 271, 319-323, 1996)等が既に単離されている。これらの公知のグリオキサラーゼIIはいずれも本発明に利用することができる。グリオキサラーゼI活性を備える酵素と同様に、天然のものに加えて遺伝子組み換え体を利用することができる。また、アミノ酸配列に変異を含むものも利用しうる。
【0029】
グリオキサラーゼII活性を備える酵素を、本発明によるカルボニルストレス改善剤に組み合わせるには、予め両者を配合してしまう方法の他、使用時に両者を接触させることにより組み合わせることもできる。また、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化酵素として用いる場合には、グリオキサラーゼII活性を備える酵素についても固定化酵素とすることができる。酵素の固定化は、両者を混合して固定化する方法、あるいは別々に固定化した後に混合する方法の、いずれを採用することもできる。グリオキサラーゼII活性を備える酵素は、グリオキサラーゼI活性を備える酵素の反応生成物を速やかに消去することができる酵素量で用いるのが望ましい。具体的には、1UのグリオキサラーゼIに対して、0.5〜10U、より望ましくは、1〜5Uで用いるのが望ましい。グリオキサラーゼIIの1Uは、1分間でS-D-ラクトイルグルタチオンから1μmolの乳酸を生成するのに必要な酵素量と定義される。
【0030】
本発明において、消去の対象となるカルボニル化合物とは、基本構造としてオキソアルデヒド(R-CO-CHO)を含み、生体にカルボニルストレスを与える化合物である。このような化合物には、例えば、腎不全患者の血中に酸化ストレスにともなって蓄積する以下のような化合物が含まれる。
炭水化物に由来するカルボニル化合物:
・グリオキサール
・メチルグリオキサール
・3-デオキシグルコソン
【0031】
本発明のカルボニルストレス改善剤は、カルボニルストレスを生じている生体に適用することができる。具体的には、たとえば、非経口的に、あるいは血液透析や腹膜透析における循環回路中に投与することができる。またCAPD液中に予め本発明によるカルボニルストレス改善剤を添加しておくこともできる。この場合、本発明のカルボニルストレス改善剤は、加熱滅菌後のCAPD液に無菌的に添加される。本発明のカルボニルストレス改善剤は、使用時に添加することもできる。
【0032】
カルボニルストレス改善剤を無菌的に添加するには、公知の複室容器やプレフィルドシリンジにカルボニルストレス改善剤を無菌的に充填し、使用時に混合すればよい。複室容器の例としては、連通可能な隔壁で仕切られた分画バッグ容器や両頭針などの連通手段を装置したキット容器などを挙げることができる。複室容器の一方の室に腹膜透析液を充填し、他方の室に本発明のカルボニルストレス改善剤を収容し、使用時に連通する。
【0033】
固定化した本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素と還元型GSHのようなカルボニル化合物還元剤を加えたCAPD液(以下、本明細書において、単にCAPD液と記載するときは、予めカルボニル化合物還元剤を加えたものであることを意味する)を接触させる方法も、カルボニルストレス状態の改善においては有効である。たとえば腹膜透析においては、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を内部に固定化した容器、あるいは粒子や繊維のような担体に固定したグリオキサラーゼI活性を備える酵素入りの容器にCAPD液を収容し、保存中に生成・蓄積するカルボニル化合物を消去することができる。後者においては、不溶性担体をろ過などによって腹膜透析液から分離することができる。
【0034】
またグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化したビーズ状、または繊維状等の担体をカラムに充填してカルボニル化合物消去用カートリッジとし、このカートリッジにCAPD液を接触させた後に腹腔内に導入することもできる。カルボニル化合物の消去に必要なカルボニル化合物還元剤は、予めCAPD液に添加しておくことができる。腹腔導入時にカルボニル化合物消去用カートリッジに接触させる場合、透析中に蓄積する患者由来のカルボニル化合物を除去することはできないが、透析液中のカルボニル化合物の除去は可能である。あるいは腹膜透析液を小型の循環ポンプを使用して閉鎖系回路内で循環させるような腹膜透析法の場合にあっては、循環回路中にカルボニルストレス改善剤を固定化した前記カルボニル化合物消去用カートリッジを設置することにより、腹膜透析液のみならず、透析中に腹腔内に蓄積するカルボニル化合物の除去をも達成することができる。
【0035】
本発明のカルボニルストレス改善剤として、グリオキサラーゼII活性を備える酵素を組み合わせる場合には、グリオキサラーゼI活性を備える酵素とともに予め配合することができる。あるいはグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化酵素として用いる場合には、グリオキサラーゼII活性を備える酵素も固定化した状態で用いることができる。すなわち、グリオキサラーゼI活性を備える酵素とグリオキサラーゼII活性を備える酵素との混合カラム、あるいはグリオキサラーゼI活性を備える酵素の下流にグリオキサラーゼII活性を備える酵素を配置することもできる。この他、いずれか一方の酵素のみを固定化酵素とし、他方を遊離の状態で使用してもカルボニル化合物の消去を行うことができる。
【0036】
本発明によるカルボニル化合物の除去方法は、生体外における血液や透析液等との接触を通じてカルボニルストレスを改善する方法に適用することもできる。このような利用形態においてもグリオキサラーゼI活性を備える酵素を担体に固定化して用いるのが有利である。
【0037】
本発明におけるグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化するための担体としては、人体に対して無害なもの、血液や透析液に直接接触する材料として安全性および安定性を有するものであれば、その素材は制限されない。例えば、合成または天然の有機高分子化合物や、ガラスビーズ、シリカゲル、アルミナ、活性炭などの無機材料、およびこれらの表面に多糖類、合成高分子などをコーティングしたものなどが挙げられる。
【0038】
高分子化合物からなる担体としては、例えば、ポリメチルメタクリレート系重合体、ポリアクリロニトリル系重合体、ポリスルフォン系重合体、ビニル系重合体、ポリオレフィン系重合体、フッ素系ポリマー系重合体、ポリエステル系重合体、ポリアミド系重合体、ポリイミド系重合体、ポリウレタン系重合体、ポリアクリル系重合体、ポリスチレン系重合体、ポリケトン系重合体、シリコン系重合体、セルロース系重合体、キトサン系重合体などがあげられる。具体的には、アガロース、セルロース、キチン、キトサン、セファロース、デキストラン等の多糖類およびそれらの誘導体、ポリエステル、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、ポリアリルエーテルスルフォン、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリカーボネート、アセチル化セルロース、ポリアクリロニトリル、ポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、シリコン樹脂、フッ素樹脂、ポリウレタン、ポリエーテルウレタン、ポリアクリルアミド、それらの誘導体などが挙げられる。これらの高分子材料は単独、あるいは2種以上を組み合わせて使用され得る。2種以上組み合わせる場合は、そのうち少なくとも1種に本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素が固定化される。固定化されるグリオキサラーゼI活性を備える酵素は、単独で固定化するほか、グリオキサラーゼII活性を備える酵素とともに固定化することもできることは、既に述べたとおりである。
【0039】
担体の形状に制限はなく、例えば膜状、繊維状、顆粒状、中空糸状、不織布状、多孔形状、ハニカム形状などがあげられる。これらの担体は、厚さ、表面積、太さ、長さ、形状、および/または大きさを種々変えることにより、血液や透析液との接触面積を制御することができる。
【0040】
上記担体に本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化するには、公知の方法、例えば、物理的吸着法、生化学的特異結合法、イオン結合法、共有結合法、グラフト化などを用いればよい。また必要によりスペーサーを担体とグリオキサラーゼI活性を備える酵素の間に導入してもよい。両者を共有結合によって結合すれば、グリオキサラーゼI活性を備える酵素の溶出量をできるだけ少なくすることができるので好ましい。グリオキサラーゼI活性を備える酵素を担体に共有結合するには、担体に存在する官能基を用いることができる。官能基としては、例えば、水酸基、アミノ基、アルデヒド基、カルボキシル基、チオール基、ヒドロキシル基、シラノール基、アミド基、エポキシ基、サクシニルイミド基等が挙げられるが、これらに制限されない。共有結合の例としてエステル結合、エーテル結合、アミノ結合、アミド結合、スルフィド結合、イミノ結合、ジスルフィド結合等が挙げられる。
【0041】
本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体は、公知の方法によって滅菌することができる。具体的にはガンマ線照射滅菌やガス滅菌などが挙げられる。
【0042】
本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体と血液との接触には、種々の形態が考えられる。例えば、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体が充填された血液バッグに、カルボニル化合物還元剤とともに採血した患者の血液を入れ、この中で患者血液のカルボニル化合物を消去する方法、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化したビーズ状、または繊維状等の担体をカラムに充填してカートリッジとし、これにカルボニル化合物還元剤とともに血液を循環させる方法、などが挙げられる。血液は、全血を用いることもできるし、血漿を処理してもよい。処理された血液は患者に戻されるか、必要に応じて血液バッグ中などに保存することもできる。血液バッグ内にグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体を含めておくことにより、保存中に生成・蓄積するカルボニル化合物を消去することも可能である。
【0043】
本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体、血液、そしてカルボニル化合物還元剤との接触は、血液透析や血液濾過、血液濾過透析、血液吸着、血漿分離を含む血液浄化の過程で行うことができる。
【0044】
例えば、血液透析患者に対しては、血液透析回路内に本発明のグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体を配置させカルボニル化合物還元剤の存在下で透析を実施することにより、血液透析とカルボニル化合物の消去とを同時に行うことができる。この場合、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を血液透析膜に固定化しておくことが好ましい。担体として用いられる透析膜の種類は公知のものを使用することができる。例えば、再生セルロース、セルローストリアセテート等のセルロース誘導体、ポリメチルメタクリレート、ポリオレフィン、ポリスルフォン、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリアミド、ポリイミド、ポリエーテルナイロン、シリコン、ポリエステル系共重合体等が挙げられ、特に限定されない。もちろん透析膜を担体とせず、上記のように、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体を充填したカラムを血液透析回路中に配置させてもよい。このように患者血液をカルボニル化合物還元剤の存在下でグリオキサラーゼI活性を備える酵素を固定化した担体に接触させることにより、血中由来のカルボニル化合物が消去され、その生体に対する障害活性がうばわれ、無害化される。体外循環時に血液の凝固を防ぐため、抗凝固剤を併用することもできる。抗凝固剤としては、例えば、ヘパリン、低分子ヘパリン、フサン(メシル酸ナファモスタット)等が挙げられる。これらは、担体に固定化されていてもよい。
【0045】
血液や透析液との接触時に用いる本発明のカルボニルストレス改善剤が少ないと、透析時に患者血中の一部のカルボニル化合物を処理することができなくなるケースが予想される。特に患者血中のカルボニル化合物の量をあらかじめ予測することは困難なので、患者に対する安全性を保障できる範囲内でできるだけ多量のカルボニルストレス改善剤が活性を維持できるようにするのが効果的である。カルボニルストレス改善剤の用量は、担体へのグリオキサラーゼI活性を備える酵素の固定化量、またはグリオキサラーゼI活性を備える酵素が固定化された担体の使用量を変更して調整することができる。
【0046】
本発明のカルボニルストレス改善剤は、生理学的に許容される担体、賦形剤、あるいは希釈剤等と混合し、医薬組成物として非経口的に投与することができる。非経口剤としては、注射剤や点滴剤等の剤型を選択することができる。注射剤には、皮下注射剤、筋肉注射剤、あるいは腹腔内注射剤等を示すことができる。
【0047】
注射剤は、主成分であるグリオキサラーゼI活性を備える酵素、およびカルボニル化合物還元剤を適当な分散剤とともに溶解、分散媒に溶解、あるいは分散させることにより得ることができる。分散媒の選択により、水性溶剤と油性溶剤のいずれの剤型とすることもできる。水性溶剤とするには、蒸留水、生理食塩水、あるいはリンゲル液等を分散媒とする。油性溶剤では、各種植物油やプロピレングリコール等を分散媒に利用する。このとき、必要に応じてパラベン等の保存剤を添加することもできる。また注射剤中には、塩化ナトリウムやブドウ糖等の公知の等張化剤を加えることができる。更に、塩化ベンザルコニウムや塩酸プロカインのような無痛化剤を添加することができる。
【0048】
本発明のカルボニルストレス改善剤の投与量は、投与方法(剤型)や投与対象の状態(体格、年齢、性別、症状)に応じて適宜選択される。一般的には、経口投与で通常成人1日用量として体重1kg当たり0.001〜10mg、より望ましくは0.01〜1mgとすることにより、カルボニルストレスの改善効果を得ることができる。また投与回数は、たとえば1日1〜5回の範囲で適宜選択することができる。
【0049】
本発明のカルボニルストレス改善剤の効果は、血中のカルボニル化合物濃度やAGEs濃度を追跡することにより確認することができる。生体内における効果を見るには、本発明によるカルボニルストレス改善剤を投与した群と、対照の間で、血中のAGEs濃度を比較する。対照には、無処理群、あるいはこの改善剤から主剤であるカルボニルストレス改善剤のみを除いた対照薬剤や生理食塩水を投与した群を置くと良い。カルボニル化合物としては、グリオキサール(GO)、メチルグリオキサール(MGO)、および3-デオキシグルコソン(3DG)等を指標とすることができる。これらのカルボニル化合物は、実施例に示すようにHPLC等を用いて容易に測定することができる。(Ohmori S. et al. J.Chromatogr. 414: 149-155, 1987. Yamada H., J.Biol.Chem. 269: 20275-20280, 1994)あるいは、2,4-ジニトロフェニルヒドラジン(2,4-DNPH)を酸性下でカルボニル化合物と反応させ、生成する発色生成物を360nmにおける吸光度で測定することもできる。またAGEsとしては、ペントシジン等を指標として利用することができる。ペントシジンの逆相HPLCによる定量方法は公知である(Miyata T, et al. J Am Soc Nephrol 7: 1198-1206, 1996)。生体外における本発明のカルボニルストレス改善剤の作用を確認するには、血液や透析液中におけるカルボニル化合物やAGEsの濃度を確認すれば良い。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、メチルグリオキサールのグルタチオンによるトラップ効果を示すグラフ。横軸は反応時間(時間)、縦軸は反応前(0時間)を100とした時のメチルグリオキサールの残存率(%)を表す。
【図2】図2は、グリオキサラーゼI添加によるメチルグリオキサールの消失効果を示すグラフ。横軸はグリオキサラーゼIの濃度(unit/ml)を、縦軸はグリオキサラーゼIを添加しないときを100とした時の、メチルグリオキサールの残存率(%)を表す。
【図3】図3は、グリオキサラーゼI添加によるジカルボニル化合物の消失効果を示すグラフ。
【図4】図4は、3種のジカルボニル化合物混合溶液中のグルタチオンによるトラップ作用を示すグラフ。上から順にグリオキサール、メチルグリオキサール、3-デオキシグルコソンの場合を示す。
【図5】図5は、個別のジカルボニル化合物溶液中のグルタチオンによるトラップ作用を示すグラフ。上から順にグリオキサール、メチルグリオキサール、3-デオキシグルコソンの場合を示す。
【図6】図6は、グリオキサラーゼI添加による3種のジカルボニル化合物の消失効果を示すグラフ。横軸はグリオキサラーゼIの濃度(unit/ml)を、縦軸はグリオキサラーゼIを添加しないときを100とした時の、ジカルボニル化合物の残存率(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0051】
以下、実施例に基づいて本発明を更に具体的に説明する。
〔実施例1〕 グルタチオンによるメチルグリオキサール溶液中のメチルグリオキサールのトラップ作用
(1) 実験方法
メチルグリオキサールのPBS(-)溶液とグルタチオンのPBS(-)溶液(pH7.4)を混合し、メチルグリオキサール濃度が400μM、グルタチオン濃度が0、1、2、4、8mMの溶液を調製し、37℃でインキュベートした。0、2、4、8、24時間後にサンプリングし、各々のサンプル100μlに2M過塩素酸40μl、1% o-フェニレンジアミン40μl、200μMグリオキサール100μlを加え攪拌後、25℃で1時間反応させた。Ohmoriらの方法(Ohmori S. et at. J. Chromatogr. 414: 149-155, 1987)によりメチルグリオキサールとo-フェニレンジアミンとの反応で生成するキノキサリン誘導体を逆相カラムを用いたHPLCにより分離し定量した。
(2) 実験結果
グルタチオン濃度および37℃におけるインキュベート時間とともに、グルタチオンによりメチルグリオキサールがトラップされた(図1)。
【0052】
〔実施例2〕グルタチオン、グリオキサールI存在下におけるメチルグリオキサール溶液中のメチルグリオキサールの消去作用
(1) 実験方法
メチルグリオキサール濃度が400μM、グルタチオン濃度が4mM、グリオキサラーゼI活性を備える酵素濃度が8、16、40、80 unit/mlのPBS(-)溶液を調製し、37℃でインキュベートした。グリオキサラーゼIとして、酵母に由来する市販の酵素(シグマ製)を用いた。1時間後にサンプリングし、実施例1と同様の方法でメチルグリオキサールを定量した。
(2) 実験結果
グリオキサラーゼIの添加により約99%のメチルグリオキサールが消失した(図2)。このことから、グリオキサラーゼIを添加することにより、メチルグリオキサールの消失が促進されることが分かった。
【0053】
〔実施例3〕グルタチオン、グリオキサラーゼI存在下におけるCAPD液中のジカルボニル化合物の消去作用
(1) 実験方法
CAPD液(バクスター製、PD-4、1.5)にグルタチオン、グリオキサラーゼI(実施例2と同じもの)を添加し、グルタチオン濃度が0、1、4mM、グリオキサラーゼI濃度が0、1.3、5.2 unit/mlの溶液を調製し、37℃でインキュベートした。1時間後にサンプリングし、各々のサンプル100μlに2M過塩素酸40μl、1% o-フェニレンジアミン40μl、20μMの2,3-ブタンジオン100μlを加え攪拌後、25℃で1時間反応させた。Ohmoriらの方法(Ohmori S. et al. J. Chromatogr. 414: 149-155, 1987)により3-デオキシグルコソン、グルオキサール、メチルグリオキサールとo-フェニルレンジアミンとの反応で生成するキノキサリン誘導体を逆相カラムを用いたHPLCにより分離し定量した。
(2) 実験結果
グリオキサラーゼIおよびグルタチオンの添加により、CAPD液中の3-デオキシグルコソン、グリオキサール、メチルグリオキサールなどのジカルボニル化合物の消去が認められた(図3)。以上のことから、CAPD液中にグリオキサラーゼI、およびグルタチオンを添加することにより、効率的にジカルボニル化合物を除去することが可能であると言える。
【0054】
〔実施例4〕グルタチオンによるジカルボニル化合物混合溶液中のジカルボニル化合物のトラップ作用
(1)実験方法
グリオキサール、メチルグリオキサール、3-デオキシグルコソンの各濃度が200μM、グルタチオン濃度が0、0.5、1、5mM、グリオキサラーゼI濃度が0、0.05、0.1、0.5、1、2 unit/mlのPBS(-)(pH7.4)溶液を調製し、37℃で1時間インキュベートした。各々のサンプル100μlに2M過塩素酸40μl、1% o-フェニレンジアミン40μl、内部標準として50μMの2,3-ブタンジオン100μlを加え攪拌後、25℃で1時間反応させた。Ohmoriらの方法(Ohmori S. et al. J. Chromatogr. 414: 149-155, 1987)によりグリオキサールとo-フェニレンジアミンとの反応で生成するキノキサリン誘導体を逆相カラムを用いたHPLCにより分離し定量した。
(2)実験結果
グリオキサール、メチルグリオキサール、3-デオキシグルコソンを含むジカルボニル化合物混合溶液と、グルタチオンを含む溶液にグリオキサラーゼIの添加により、ジカルボニル化合物濃度の減少が認められた。また、グルタチオン濃度およびグリオキサラーゼIの増加とともに、ジカルボニル化合物の消去率の増加が認められた。(図4)。3種の混合液中では、反応性の低い3-デオキシグルコソンのの消失が低下した。この理由として、反応性の高い他のジカルボニルであるメチルグリオキサールが存在するためと考えられる。そこで次に、個別のジカルボニル化合物溶液について実験を行った。
【0055】
〔実施例5〕グルタチオンによる各ジカルボニル化合物溶液中のジカルボニル化合物のトラップ作用
(1)実験方法
グリオキサール濃度が100μM、グルタチオン濃度が0、0.1、1、10mM、グリオキサラーゼI濃度が0、0.01、0.1、1、10 unit/mlのPBS(-)(pH7.4)溶液を調製し、37℃で1時間インキュベートした。各々のサンプル100μlに2M過塩素酸40μl、1% o-フェニレンジアミン40μl、内部標準として50μMの2,3-ブタンジオン100μlを加え攪拌後、25℃で1時間反応させた。Ohmoriらの方法(Ohmori S. et al. J. Chromatogr. 414: 149-155, 1987)によりグリオキサールとo-フェニレンジアミンとの反応で生成するキノキサリン誘導体を逆相カラムを用いたHPLCにより分離し定量した。メチルグリオキサール、3-デオキシグルコソンについても同様に行った。
(2)実験結果
グリオキサール、メチルグリオキサールまたは3-デオキシグルコソンを含む溶液と、グルタチオンを含む溶液にグリオキサラーゼIの添加により、ジカルボニル化合物濃度の減少が認められた。また、グルタチオン濃度およびグリオキサラーゼIの増加とともに、ジカルボニル化合物の消去率の増加が認められた(図5)。各カルボニル化合物の消去は、混合状態でインキュベートした場合よりも、単独で反応させた場合の方が、より迅速に進む傾向が見られた。このことから、カルボニル化合物が混合された状態では、まず反応性の高い(すなわち毒性の高い)メチルグリオキサールが優先的に消去され、次いで反応性の高い順に消去が進行するものと考えられた。
【0056】
〔実施例6〕グルタチオンにおけるCAPD排液中のジカルボニル化合物のトラップ作用
(1)実験方法
同意を得た腹膜透析患者から採取したCAPD排液(バクスター製、PD-4、1.5使用、腹腔内貯留時間1時間)にグルタチオン、グリオキサラーゼIを添加し、グルタチオン濃度が5mM、グリオキサラーゼI濃度が0、5、10、20 unit/mlの溶液を調製し、37℃でインキュベ−トした。1時間後にサンプリングし、各々のサンプル100μlに2M過塩素酸40μl、1% o-フェニレンジアミン40μl、内部標準品として20μMの2,3-ブタンジオン100μlを加え撹拌後、25℃で1時間反応させた。Ohmoriらの方法(Ohmori S, et al. J. Chromatogr. 414: 149-155, 1987)により3-デオキシグルコソン、グリオキサール、メチルグリオキサールとo-フェニレンジアミンとの反応で生成するキノキサリン誘導体を逆相カラムを用いたHPLC分離し定量した。
(2)実験結果
グリオキサラーゼIおよびグルタチオンの添加により、CAPD排液中の3-デオキシグルコソン、グリオキサール、メチルグリオキサールなどのジカルボニル化合物濃度の減少が認められた(図6)。このことから、グリオキサラーゼIおよびグルタチオンの添加により、CAPD患者腹腔内のCAPD液中のジカルボニル化合物の消去が可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のカルボニルストレス改善剤によって、カルボニル化合物の速やかな消去を達成することができる。しかもその作用は、メチルグリオキサールのみならず、その他の主要なカルボニル化合物である、3-デオキシグルコソンやグリオキサールにも及ぶ。つまり、生体にカルボニルストレスを与える主要なカルボニル化合物の迅速な消去が可能であることを確認し、カルボニルストレスの改善剤として応用した点に本発明の大きな意義がある。本発明のカルボニルストレス改善剤は、もともと生体内で機能している酵素反応を利用していることがら、CAPD液のような生体に直接導入する場合にも高度な安全性を期待できる。
【0058】
また、酵素反応を利用することからその作用が特異的であることも、本発明の特徴である。公知のカルボニルストレス改善剤に用いられた化合物は、化学的な反応に基づいていたので特異性が低く、全てのカルボニル化合物に反応していた。そのため、生体にとって有害な糖や脂質由来カルボニル化合物のみならず、生体にとって必要なピリドキサールなどのカルボニル基も捕捉してしまう可能性が予測された。本発明では、酵素反応を利用したことから、生体にとって有害なカルボニル化合物に対する高度な特異性を期待することができる。
【0059】
更に実施例において確認されたように、本発明のカルボニルストレス改善剤は、カルボニル化合物の中でも反応性が高いといわれる化合物を優先的に消去する。すなわち、メチルグリオキサールに3-デオキシグルコソンやグリオキサールが共存するときは、まず生体に対する影響の大きいメチルグリオキサールを消去した後に、他の化合物の消去が進む。したがって本発明のカルボニルストレス改善剤は、単にカルボニル化合物の消去速度に優れるのみならず、カルボニルストレス状態を改善するという目的に対して、合理的な反応を進めているということができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリオキサラーゼI活性を備える酵素、およびカルボニル化合物還元剤を有効成分とする3−デオキシグルコソン消去剤。
【請求項2】
有効成分として更にグリオキサラーゼII活性を備える酵素を含む請求項1に記載の3−デオキシグルコソン消去剤。
【請求項3】
カルボニル化合物還元剤が、還元型グルタチオン、および/またはその誘導体である請求項1または2に記載の3−デオキシグルコソン消去剤。
【請求項4】
還元型グルタチオンのカルボニル化合物を消去すべき媒体中における最終濃度が、0.1〜50mMとなるように配合された請求項3に記載の3−デオキシグルコソン消去剤。
【請求項5】
カルボニル化合物を消去すべき媒体中におけるグリオキサラーゼI活性を備える酵素の最終濃度が少なくとも10 units/ml、およびカルボニル化合物還元剤が少なくとも1 mMとなるように配合された、請求項1から4のいずれかに記載の3−デオキシグルコソン消去剤
【請求項6】
グリオキサラーゼI活性を備える酵素が担体に固定化されている請求項1から6のいずれかに記載の3−デオキシグルコソン消去剤。
【請求項7】
請求項に記載の担体を、カルボニル化合物還元剤の存在下で、患者血液、または腹膜透析液と接触させることに用いる、請求項1から6のいずれかに記載の3−デオキシグルコソン消去剤
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載のカルボニルストレス改善剤を含む腹膜透析液。
【請求項9】
カルボニル化合物還元剤の存在下で、グリオキサラーゼI活性を備える酵素を腹膜透析液と接触させる工程を含む、腹膜透析液における3−デオキシグルコソン消去方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−173904(P2011−173904A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−94578(P2011−94578)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【分割の表示】特願2001−546672(P2001−546672)の分割
【原出願日】平成12年12月15日(2000.12.15)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(597142376)
【出願人】(597142387)
【Fターム(参考)】