説明

カルボン酸ビニルの重合抑制方法

【課題】 酢酸ビニルなどのカルボン酸ビニルの重合抑制方法において、重合抑制剤の添加量を低減する。
【解決手段】 カルボン酸ビニルに対して、0.1ppm以上300ppm以下のピペリジン−1−オキシル化合物を添加し、系内の酸素濃度を10ppm以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酢酸ビニルなどのカルボン酸ビニルの製造や精製、貯蔵、輸送時において、カルボン酸ビニルの重合を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カルボン酸ビニル、例えば酢酸ビニルは、ポリ酢酸ビニル、エチレン−酢酸ビニル共重合体、これらのケン化物であるポリビニルアルコール、エチレン−ビニルアルコール共重合体の原料モノマーとして工業的に重要である。酢酸ビニルは、通常、エチレン、酸素、酢酸を触媒の存在下で反応させ、得られた粗生成物を蒸留等によって精製することによって製品化される。酢酸ビニルは反応性が極めて高いので、熱や金属イオン、過酸化物によってラジカル重合し易い。その結果、酢酸ビニルの製造や貯蔵、輸送時において、重合生成物が製造タンクや蒸留塔、移送管の壁面に付着、堆積することで、熱効率が低下したり、移送管を閉塞させたりする場合がある。そこで、酢酸ビニルの重合抑制方法が種々提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、酢酸ビニルなどのビニル化合物中に2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシル−ピペリジン類などを添加することを特徴とするビニル化合物の重合抑制方法が記載されている(特に、請求項1、段落番号[0008]を参照)。
【0004】
また、酢酸ビニルを対象とするものではないが、特許文献2には、スチレンなどのビニル芳香族化合物の早期重合を防止するために、酸素または空気の有効量と共に、1−オキシル−2,2,6,6−テトラメチルピペリジンなどのニトロキシル化合物を使用することが記載されている(特に、請求項1,7を参照)。しかしながら、特許文献1の段落番号[0004]に記載されているように、酢酸ビニル等のビニル化合物は系内の酸素により生じる過酸化物ラジカルによって重合する場合があるので、特許文献2に記載された酸素または空気の併用を酢酸ビニル等のビニル化合物に適用することは通常考えられるものではなかった。
【0005】
【特許文献1】特開2001−247491号公報
【特許文献2】特許第2818977号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
酢酸ビニルに代表されるカルボン酸ビニルの製造や精製、貯蔵、輸送時において、充分な重合抑制効果を得るには300ppmを超える量の重合抑制剤が必要となるので、多量の重合抑制剤の使用による経済的な負担が大きい。さらに、カルボン酸ビニルを重合モノマーとして使用する前の蒸留工程において、重合抑制剤の除去に対する負荷が大きく、経済的にも問題である。
【0007】
本発明は、酢酸ビニルなどのカルボン酸ビニルの重合抑制方法において、重合抑制剤の添加量の低減を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、重合抑制剤によるカルボン酸ビニルの重合抑制方法を開発する途上において、所定濃度の酸素を併用することによって、特定の重合抑制剤による抑制効果が顕著に向上すること、また重合抑制剤の添加量を低減しても充分な抑制効果が得られることを見いだし、さらに鋭意研究の結果、本発明を完成させるに至った。
【0009】
本発明は、カルボン酸ビニルに対して、所定濃度のピペリジン−1−オキシル化合物と、所定濃度の酸素とを併用することを特徴とするカルボン酸ビニルの重合抑制方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、重合抑制剤の添加量を低減することができるので、重合抑制剤の使用および除去に要する負担が軽減され、経済的にも有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を説明する。本発明では、カルボン酸ビニルに対して、所定濃度のピペリジン−1−オキシル化合物を添加し、系内の酸素濃度を所定濃度とすることによって、カルボン酸ビニルの重合を抑制する。
【0012】
本発明において重合抑制の対象となるカルボン酸ビニルは、酢酸に代表される各種のカルボン酸にビニル基を導入したエステルであり、下記の一般式(1)で表される。
【0013】
−COO−CR=CH (1)
【0014】
一般式(1)において、Rはハロゲン(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子など)を有することのあるメチル、エチル、炭素鎖3〜20の直鎖状、分岐状もしくは環状の飽和もしくは不飽和の脂肪族炭化水素基及び炭素数6〜10の芳香族炭化水素基からなる群より選ばれる炭化水素基を示す。具体的には、メチル、モノクロロメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、プロペニル、イソプロペニル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、イソペンチル、t−ペンチル、ネオペンチル、1,3−ペンタジエニル、ヘキシル、イソヘキシル、1−エチルブチル、シクロヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、トリデシル、ペンタデシル、ヘプタデシル、フェニル、スチリル、シンナミルなどである。Rは水素原子、メチルまたはエチルを示す。
【0015】
具体的なカルボン酸ビニルを例示すれば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、カプロン酸ビニル、カプリル酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ミリスチン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、シクロヘキサンカルボン酸ビニル、ピバリン酸ビニル、オクチル酸ビニル、モノクロロ酢酸ビニル、メタクリル酸ビニル、クロトン酸ビニル、ソルビン酸ビニル、安息香酸ビニル、桂皮酸ビニル、酢酸イソプロペニルなどが挙げられる。
【0016】
本発明におけるピペリジン−1−オキシル化合物は、4位に置換基を有することのある2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルである。置換基としては、カルボン酸、エステル、アミド、ケトン、アルコールなどが挙げられる。4位に置換基を有する4−置換−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルとしては、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−エトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−フェノキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−カルボキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−カルバモイル−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルなどが挙げられる。これらピペリジン−1−オキシル化合物からからなる群より選ばれる少なくとも1の化合物を用いることができる。特に、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルを好適に用いることができる。
【0017】
カルボン酸ビニルに対するピペリジン−1−オキシル化合物の添加量は、充分な重合抑制効果を達成するうえで、0.1ppm以上、好ましくは0.5ppm以上、さらに好ましくは1ppm以上に設定する。但し、多すぎると作業上および経済上の負担が過大となるので、300ppm以下、好ましくは100ppm以下、さらに好ましくは30ppm以下、殊に好ましくは10ppm以下に設定するのが望ましい。
【0018】
系内の酸素の濃度は、充分な重合抑制効果を達成するうえで、10ppm以上、好ましくは20ppm以上、さらに好ましくは50ppm以上に設定する。但し、濃度が高すぎると見合った効果の向上がみられないだけでなく、装置の安全運転、装置の腐食等の障害を招く可能性があるので、2000ppm以下、好ましくは1000ppm以下、さらに好ましくは500ppm以下に設定するのが望ましい。
【0019】
本発明において、カルボン酸ビニルの重合を抑制する工程は、カルボン酸ビニルの製造工程、製造後の粗酢酸ビニルの精製工程、製造および精製したカルボン酸ビニルを貯蔵・保管する貯蔵工程、製造、精製および貯蔵・保管したカルボン酸ビニルを移送・輸送する輸送工程を包含する。さらに、各工程のカルボン酸ビニルを含有する工程液に接する周辺設備・機器などの循環系や回収系においても、重合抑制の対象となり得る。例えば、製造工程における反応後の反応物排出ラインや回収循環ライン、精製工程における蒸留塔へのカルボン酸ビニルのフィード配管や予熱ライン、冷却ライン、循環ライン、貯蔵工程における保管タンクや貯蔵タンク、輸送工程における移送タンクや輸送タンク、移送ラインなどが挙げられる。
【0020】
本発明の重合抑制方法におけるピペリジン−1−オキシル化合物および酸素の添加箇所は、カルボン酸ビニルの製造工程や精製工程の運転状況、カルボン酸ビニルの重合の程度、汚れの程度等を考慮して適宜選択される。典型的には、障害が発生している箇所やカルボン酸ビニルの重合が生じる箇所よりも上流部、カルボン酸ビニルの重合により生じた重合物が付着して汚れとなる箇所よりも上流部である。具体的には、カルボン酸ビニル製造工程における循環ライン液、精製工程における蒸留塔のフィード液、貯蔵時や輸送時における保管タンク、貯蔵タンク、移送タンク等の貯蔵設備に添加される。
【0021】
ピペリジン−1−オキシル化合物は、そのままカルボン酸ビニルに添加しても良いが、カルボン酸ビニルや溶剤に予め溶解させた溶液にて添加することが好ましい。添加方法は特に限定されず、通常の薬液注入ポンプを用いて、ある箇所に一括添加する、あるいはいくつかの箇所に分けて分散添加するなどの方法が採られる。酸素の添加も、添加箇所はピペリジン−1−オキシル化合物と同様であり、例えば蒸留塔の原料供給ラインもしくは蒸留塔の塔底部から連続的あるいは間欠的に供給することができる。酸素添加は、酸素をそのまま、あるいは窒素などで希釈して行なっても良く、また空気を用いて行なっても良い。酸素の供給は、例えば系から液を抜き出して液中の酸素濃度を測定する、あるいは系の配管中に酸素測定センサを設置して酸素濃度を常時測定し、その酸素濃度を参照しつつ制御することができる。なお、本発明による効果を損なわない限りにおいて、公知の他の重合抑制剤や重合禁止剤、分散剤などを併せて用いることもできる。
【0022】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態に記載の範囲に限定されない。上記実施形態が例示であって、本発明の要旨から逸脱することなく、種々の改変および変更が行われ得ることは当業者に理解されるところである。
【実施例】
【0023】
下記に実施例および比較例を挙げて本実施形態をさらに具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り下記の実施例の記載に限定されるものではない。なお、下記の実施例および比較例では、重合抑制の効果を短時間で検証するために、重合触媒を添加した系で実験を行なった。
【0024】
(実施例)予め蒸留精製し、酸素含有量を60ppmに調整した酢酸ビニル10mLを試験管に入れ、これに重合触媒であるラウロイルパーオキシド130mgと、所定量の4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルを加え、65℃のウオーターバス中で加温した。重合反応熱によって気泡が発生するまでの時間を測定した。対照として、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルを含まない酢酸ビニルでも同様の測定を行い、その時間差を重合抑制時間とした。その結果を表1に示す。
【0025】
(比較例)酸素含有量を7ppmに調整した酢酸ビニルを用いた以外は実施例と同様にして、重合抑制時間を求めた。その結果を同じく表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
表1に示すように、系内の酸素を所定濃度以上にすることによって、酢酸ビニルの重合が顕著に抑制されることが分かる。また、この重合抑制効果は、ピペリジン−1−オキシル化合物の添加量が少ないほど顕著であることも分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボン酸ビニルに対して、0.1ppm以上300ppm以下のピペリジン−1−オキシル化合物を添加し、系内の酸素濃度を10ppm以上とすることを特徴とするカルボン酸ビニルの重合抑制方法。
【請求項2】
前記カルボン酸ビニルが、一般式(1)
−COO−CR=CH (1)
(式中、Rはハロゲンを有することのあるメチル、エチル、炭素鎖3〜20の直鎖状、分岐状もしくは環状の飽和もしくは不飽和の脂肪族炭化水素基及び炭素数6〜10の芳香族炭化水素基からなる群より選ばれる炭化水素基を示し、Rは水素原子、メチルまたはエチルを示す。)
で表されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ピペリジン−1−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、およびヒドロキシ、メトキシ、エトキシ、カルボキシ、カルバモイルまたはフェノキシを4位に有する4−置換−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルからなる群より選ばれる少なくとも1の化合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。

【公開番号】特開2007−284355(P2007−284355A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−109927(P2006−109927)
【出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【出願人】(000004101)日本合成化学工業株式会社 (572)
【Fターム(参考)】