説明

カルボン酸含有生体組織接着剤及びその調製方法

【課題】 カルボン酸含有生体組織接着剤及びその調製方法を提供する。
【解決手段】 フィブリノゲン40mgに対して0.05mmol以上の割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、フィブリノゲン組成物及びトロンビン組成物から成る生体組織接着剤、フィブリノゲン組成物又はトロンビン組成物の少なくとも一つが生体吸収性シートに塗布された生体組織接着剤、並びにこれらの生体組織接着剤の製造方法。上記のカルボン酸又はその塩は、酢酸、グルタミン酸、クエン酸、酒石酸、アスパラギン酸、リンゴ酸、コハク酸又はその塩からなる群より選択される一つ又は二つ以上を組合せて用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィブリノゲン及びトロンビンを有効成分として含有する生体組織接着剤及びその調製方法に関する。詳細には、フィブリノゲン量に対して一定割合のカルボン酸を含有することを特徴とする生体組織接着剤及びその調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フィブリノゲン及びトロンビンは血液凝固に関与する因子であり、止血や創傷治癒において重要な役割を担う。例えば、止血は、通常血中では不活性な状態で存在するプロトロンビンが、組織細胞の損傷を引き金として活性化されてトロンビンとなり、これが凝固系カスケードの最終段階において可溶性形態のフィブリノゲンを不溶性形態のフィブリンに変換することにより達成される。トロンビン及びフィブリノゲンは、この原理に基づく止血剤の有効成分として利用されている。
【0003】
このような一例として、フィブリノゲン及び第XIII因子を含有する生体組織接着剤に関する報告がある(例えば、特許文献1参照)。ここで開示された製造方法により得られた生体組織接着剤の有効成分である凍結乾燥フィブリノゲン又はフィブリノゲンを高割合で含有する血漿タンパク質混合物の凍結乾燥物は、溶解液による溶解操作の際、高められた温度においてのみ徐々に溶解することが記載されている。
【0004】
一般に、生体組織接着剤としての接着作用を十分に発揮するためには、高濃度のフィブリノゲン液を使用する必要がある。しかしながら、フィブリノゲン凍結乾燥物を少量の溶解液で溶解しようとした場合、完全に溶解するまでに時間がかかるため高濃度のフィブリノゲン溶液を得るのは容易ではない。溶解までに長時間を要した場合、緊急使用に対応できないだけでなく、患者への悪影響を及ぼすことが危惧される。
【0005】
このような問題を解決するために、フィブリノゲンと第XIII因子を特定の割合で含有し、且つフィブリン溶解活性を抑制するための阻害剤を含む生体組織接着剤の製造方法及び該生体組織接着剤を低温氷結することによりその安定性を高める技術が報告されている(例えば、特許文献2参照)。また、フィブリノゲンの溶解性を高める溶媒(低塩濃度の緩衝液)に着目し、これに種々のフィブリノゲン溶解促進剤(単糖類)を添加した溶媒を用いて6〜10%(W/V)のフィブリノゲン溶液を取得する方法及び当該フィブリノゲン溶液を凍結保存する方法が報告されている(例えば、特許文献3参照)。これらの凍結製剤の使用時における利便性は、凍結乾燥製剤に比較して向上したものの、使用時の融解に時間がかかる、凍結状態で保存するための特別な設備を必要とするなど、なお問題を含むものであった。
【0006】
このような課題に対して、低温下に溶液状態で保存できるフィブリノゲン溶液が開発された。このフィブリノゲン溶液には、低温時のゲル化を抑制することができるアルギニン等のグアニジノ基を有する物質が含まれる(例えば、特許文献4参照)。しかしながら、この物質を添加することにより凝固時間が遅延するなど新たな問題が生じている。
【0007】
【特許文献1】特公昭63−40546号公報
【特許文献2】特公昭63−40547号公報
【特許文献3】特開昭57−149229号公報
【特許文献4】特開平7−173073号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、従来の止血剤や創傷治癒剤には、種々の工夫が行なわれてきたものの、凝固時間や保存方法等において、なお改善の余地がある。
したがって、本発明の目的はフィブリノゲン及びトロンビンを有効成分として含有する、高い利便性を有する生体組織接着剤並びにその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、フィブリノゲン溶液とトロンビン溶液を混合して生体組織接着剤を調製するときに、フィブリノゲンの量に対して一定割合のカルボン酸を含有させることにより、アルギニン等の凝固時間遅延物質の共存に関係なく凝固時間を短縮することができることを発見し、また、該生体組織接着剤を調製する方法はシート製剤にも提供できることを見出し、本願発明を完成するに至った。したがって、本発明は、以下の通りである。
〔1〕フィブリノゲン40mgに対して0.05mmol以上の割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、フィブリノゲン及びトロンビンを有効成分として含有する生体組織接着剤。
〔2〕フィブリノゲン40mgに対して0.05〜0.5mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、〔1〕記載の生体組織接着剤。
〔3〕カルボン酸が炭素数2〜6のカルボン酸であることを特徴とする、〔1〕又は〔2〕記載の生体組織接着剤。
〔4〕カルボン酸が、酢酸、グルタミン酸、クエン酸、酒石酸、アスパラギン酸、リンゴ酸、コハク酸からなる群より選択される一つ又は二つ以上の組合せであることを特徴とする、〔3〕記載の生体組織接着剤。
〔5〕生体組織接着剤が生体吸収性シートに塗布されたものであることを特徴とする、〔1〕ないし〔4〕の何れか一項記載の生体組織接着剤。
〔6〕フィブリノゲン40mgに対して0.05mmol以上の割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、フィブリノゲン組成物及びトロンビン組成物から成る生体組織接着剤。
〔7〕フィブリノゲン40mgに対して0.05〜0.5mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、〔6〕記載の生体組織接着剤。
〔8〕トロンビン組成物にカルボン酸又はその塩が含まれることを特徴とする、〔6〕又は〔7〕記載の生体組織接着剤。
〔9〕フィブリノゲン組成物がフィブリノゲン60〜100mgに対して0.1〜2mmolの割合のアルギニンを含有し、トロンビン組成物がトロンビン30〜10000単位に対して0.075〜1.25mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、〔6〕又は〔7〕記載の生体組織接着剤。
〔10〕フィブリノゲン組成物がフィブリノゲン80mgに対して0.1〜0.5mmolの割合のアルギニンを含有し、トロンビン組成物がトロンビン30〜1500単位に対して0.1〜1mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、〔6〕又は〔7〕記載の生体組織接着剤。
〔11〕フィブリノゲン組成物がフィブリノゲン80mgに対して0.5mmolの割合のアルギニンを含有し、トロンビン組成物がトロンビン30〜1500単位に対して0.1〜1mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、〔6〕又は〔7〕記載の生体組織接着剤。
〔12〕カルボン酸が炭素数2〜6のカルボン酸であることを特徴とする、〔6〕ないし〔11〕の何れか一項記載の生体組織接着剤。
〔13〕カルボン酸が、酢酸、グルタミン酸、クエン酸、酒石酸、アスパラギン酸、リンゴ酸、コハク酸からなる群より選択される一つ又は二つ以上の組合せであることを特徴とする、〔12〕記載の生体組織接着剤。
〔14〕フィブリノゲン組成物又はトロンビン組成物の少なくとも一つが生体吸収性シートに塗布されたものであることを特徴とする、〔6〕ないし〔13〕の何れか一項記載の生体組織接着剤。
〔15〕〔6〕ないし〔14〕の何れか一項記載のフィブリノゲン組成物とトロンビン組成物を配合することを特徴とする、生体組織接着剤の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に従えば、フィブリノゲン及びトロンビンを有効成分として含有する生体組織接着剤及びその調製方法が提供される。本発明の生体組織接着剤には、例えば、フィブリノゲン40mgに対して0.05〜0.5mmolの割合のカルボン酸又はその塩が含まれる。かかる構成により、フィブリノゲンとトロンビンを混合したときに凝固時間が短縮され、且つ接着力が増大するので止血効果や組織閉鎖効果を高めることができる。更に、フィブリノゲンとトロンビンの混合液は瞬時に凝固するので液だれを防止し、利便性の高い生体組織接着剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、フィブリノゲンの量に対して、一定割合のカルボン酸またはその塩を共存させた、フィブリノゲン及びトロンビンを有効成分として含有する生体組織接着剤の調製方法及び当該方法により得られた生体組織接着剤により特徴付けられる。
【0012】
本発明に使用されるトロンビン成分は、一般に試薬として市販されているトロンビン(例えば、Thrombin from human Plasma (Sigma−Aldrich社製 品番T6884 など))、低温エタノール分画やクロマトグラフィー操作等によりヒト又は動物の血液から調製される生体由来のトロンビン(例えば、日局トロンビン(財団法人化学及血清療法研究所))又は遺伝子組み換え技術により得られる組換えトロンビンの何れを使用しても良い。遺伝子組換え技術を利用する場合は、好ましくは、止血を行う対象動物から取得したトロンビン遺伝子が使用される。本発明では、日局トロンビンを使用した。
【0013】
一方、フィブリノゲン成分は、例えば、冷エタノール沈殿法とグリシンによるフィブリノゲンの溶解度低下効果を組み合わせた方法(Blomback, B. and Blomback, M., Arkiv Kemi, 10, p.415-443, 1956)、グリシンを単独で使用するグリシン沈殿法(Kazal, L. A., et al., Proc. Soc. Exp. Biol. Med., 113, p.989-994, 1963)及び遺伝子組み換え技術により作製することができるが、何れの方法により作製されたものを用いても良い。本は発明では、市販の生体組織接着剤(製品名:ボルヒール、財団法人化学及血清療法研究所)のキットに含まれるフィブリノゲン凍結乾燥粉末を使用した。
【0014】
フィブリノゲン及びトロンビンを有効成分として含有する生体組織接着剤は、実際には、フィブリノゲンを主要成分とするフィブリノゲン組成物とトロンビンを主要成分とするトロンビン組成物を混合することにより調製される。使用形態としては、止血を要する場所に二つの組成物を混合するように直接塗布又は噴霧しても良く、また生体吸収性シートの形態で使用しても良い。生体吸収性シートとして使用する場合は、トロンビン又はフィブリノゲンの一方もしくは両方を、例えば、ポリグリコール酸からなる生体吸収性シートに塗布したシートを作製し、使用直前あるいは使用時に両者を配合する方法が取られる。
【0015】
フィブリノゲン溶液は、強力な接着力を得るために高濃度で使用するのが好ましいが、フィブリノゲンは分子量が大きく完全に溶解するまでに時間がかかるので、一般には6-10%(W/V)、好ましくは、8%(W/V)のフィブリノゲン溶液となるように調製し使用される。液状フィブリノゲンの低温保存時のゲル化を抑えるために、フィブリノゲン組成物に0.1〜2Mのアルギニンを添加しても良い(特許文献4)。また、フィブリンゲル-マトリックス内の架橋形成及び線溶阻害の目的で付加的に血液凝固第XIII因子(Curtis, CG., Lorand, L., Methods Enzymol., 45, p.177-191,1976)及びアプロチニンを添加しても良い。フィブリノゲン凍結乾燥粉末を溶解するときには注射用水、アプロチニン溶液などが使用される。
【0016】
トロンビン溶液は、一般に止血作用を発揮する濃度範囲、例えばトロンビン濃度30〜10000単位/mLで使用されるが、好ましくは、30〜1500単位/mLである。トロンビン組成物には、酵素活性を安定させるために、タンパク質(例えば、アルブミン)、アミノ酸(例えば、アルギニン、ヒスチジン、リジン、グルタミン酸、グリシン及びアスパラギン酸)、少糖(例えば、スクロース、トレハロース、ソルビトール、エリスリトール及びマニトール)、界面活性剤(例えば、ポリソルベート80)及び多価アルコール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、ブチレングリコール及びソルビトール)、などの安定剤を添加しても良い。トロンビン組成物の希釈液としては、一般に0.01〜0.05M、pH6.0〜8.0のクエン酸緩衝液、リン酸緩衝液又はトリス緩衝液が使用される。また、上記の生体吸収性シート形態で使用する場合には、浸透化剤(例えば、Tween 80)を含有させることで、トロンビン又はフィブリノゲン成分のシートへの浸透性を高めることができる。
【0017】
本発明では、更にフィブリノゲンの量に対して、一定割合のカルボン酸又はその塩が添加される。好ましくは、フィブリノゲン40mgに対して0.05〜0.5mmolの割合のカルボン酸又はその塩が共存するように調製される。前記カルボン酸は、炭素数2〜6のカルボン酸であることが好ましい。更に好ましくは、本発明に使用されるカルボン酸は、酢酸、グルタミン酸、クエン酸、酒石酸、アスパラギン酸、リンゴ酸及びコハク酸からなる群より選択される。これらは、一つ又は二つ以上を組合せて使用することができる。これらのカルボン酸は、トロンビン組成物及びフィブリノゲン組成物の何れに含有させても良いが、トロンビン組成物に含有させるのが好ましい。
【0018】
したがって、本発明の組織生体接着剤は、フィブリノゲン60〜100mgに対して0.1〜2.0mmolの割合のアルギニンを含有するフィブリノゲン組成物と、トロンビン30〜10000単位に対して0.075〜1.250mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有するトロンビン組成物を混合して調製される。好ましくは、フィブリノゲン80mgに対して0.5mmolの割合のアルギニンを含有するフィブリノゲン組成物と、トロンビン30〜1500単位に対して0.1〜1.0mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有するトロンビン組成物が使用される。本願発明は、このようにして調製された組織生体接着剤を包含する。
【0019】
本発明の生体組織接着剤にカルボン酸又はその塩を含有させることによる効果は、トロンビン組成物とフィブリノゲン組成物を混合してから凝固するまでの凝固時間及び接着力により評価される。より具体的には、凝固時間は、トロンビン組成物を入れた96ウェルU底プレートにフィブリノゲン組成物を滴下し、その直後から両組成物の混合物が凝固するまでの時間として定義される。接着力は、トロンビン組成物とフィブリノゲン組成物の混合物を2枚のブタ皮膚で挟み、一定時間圧着後、片皮膚を垂直方向に牽引して測定される最大抗張力で表示される。または、検体を2枚のブタ皮膚の間に置き、一定時間圧着後、片皮膚を水平方向に牽引して測定される最大抗張力で表示される。
以下、実施例に従い、本発明を更に詳細に説明するが、下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0020】
《実験例》
<生体組織接着剤の凝固時間に与えるアルギニンの影響>
液状フィブリノゲンの低温保存時のゲル化を抑えるためにアルギニンを添加したフィブリノゲン組成物とトロンビン組成物を混和した際の凝固時間を後述の実施例1と同じ方法により測定した。フィブリノゲン組成物として、実施例1で調製した8%(w/v)フィブリノゲン溶液、0.1M、0.3M及び0.5Mのアルギニンを添加した同フィブリノゲン溶液を用い、トロンビン組成物として、実施例1と同様の方法により調製した50単位/mLの活性を有するトロンビン溶液を用いた。その結果、0.1M以上のアルギニン添加により凝固時間の遅延が認められた(図1)。
【実施例1】
【0021】
<生体組織接着剤の凝固時間に与えるカルボン酸の影響>
フィブリノゲン組成物は、市販の生体組織接着剤(製品名:ボルヒール、財団法人化学及血清療法研究所)のキットに含まれるフィブリノゲン凍結乾燥粉末をフィブリノゲン濃度8%となるように注射用水で溶解して調製した。このフィブリノゲン組成物には0.02Mクエン酸ナトリウムが含まれる。
トロンビン組成物は、市販のトロンビン溶液(製品名:日局トロンビン 財団法人化学及血清療法研究所)を、1%(W/V)ヒト血清アルブミン、0.049Mクエン酸ナトリウム、0.001Mクエン酸、0.1%(W/V)ポリソルベート80(日油)、1%グリセロール(ナカライテスク)及び0.028Mマンニトール(和光純薬工業)を含むトロンビン溶解液に種々の濃度のカルボン酸塩を添加した溶液でトロンビン濃度30単位/mLとなるように希釈して調製した。このトロンビン組成物には、トロンビン凍結乾燥粉末由来の0.00012Mクエン酸ナトリウム、トロンビン溶解液由来の0.049Mクエン酸ナトリウム及び0.001Mクエン酸、並びに新たに添加した濃度のカルボン酸が含まれる。コントロールとして、カルボン酸を添加しない同トロンビン組成物を用いた。
トロンビン組成物30μlを96ウェルU底プレートに充填し、これに等量のフィブリノゲン組成物を滴下し、その直後にマイクロチップで4周弧を描くように攪拌した。この攪拌を繰返し、滴下開始から生じたクロットがマイクロチップに付着し、持ち上がるまでの時間を凝固時間として測定した。その結果、カルボン酸の添加により凝固時間は短縮し、その短縮時間は、カルボン酸の濃度に比例した(表1)。表1左1欄の記号A-Fはカルボン酸の種類(A:酢酸ナトリウム、B:グルタミン酸ナトリウム、C:酒石酸カリウムナトリウム、D:アスパラギン酸ナトリウム、E:リンゴ酸二ナトリウム、F:コハク酸一ナトリウム)、同表の最上段は新たに添加した各カルボン酸の二組成物混合後の終濃度、表内の数値は3回測定(コントロールは6回測定)した凝固時間(秒単位)、−は未測定を示す。カルボン酸を添加した群は全て、Mann-WhitneyのU検定によりカルボン酸未添加と比較して有意差が認められた(p<0.05)。
【0022】
【表1】

【実施例2】
【0023】
<生体組織接着剤の接着力に与えるカルボン酸の影響>
実施例1で得たトロンビン組成物200μlとフィブリノゲン組成物200μlを素早く混合し、これを二つの検査治具にそれぞれ貼り付けたブタ皮膚(接着面積6.25cm2)の間に置き、5分間圧着後、直ちに片方の検査治具を垂直方向に牽引して最大抗張力(ニュートン:N)を測定し、その値をフィブリンゲルの接着力として表示した。その結果、カルボン酸の添加による接着力の低下は認められなかった(表2)。表2左1欄の記号A-Cはカルボン酸の種類(A:グルタミン酸ナトリウム、B:酒石酸カリウムナトリウム、C:リンゴ酸二ナトリウム)、同表の最上段は新たに添加した各カルボン酸の二組成物混合後の終濃度、表内の数値は2回測定(コントロールは5回測定)した最大抗張力(N)、−は未測定を示す。
【0024】
【表2】

【実施例3】
【0025】
<アルギニン存在下、生体組織接着剤の凝固時間に与えるカルボン酸の影響>
(1)アルギニン含有フィブリノゲン組成物は、市販の生体組織接着剤(製品名:ボルヒール、財団法人化学及血清療法研究所)のキットに含まれるフィブリノゲン凍結乾燥粉末をフィブリノゲン濃度8%となるように0.5Mアルギニン溶液で溶解して調製した。このフィブリノゲン組成物には0.02Mクエン酸ナトリウムが含まれる。
トロンビン組成物は、トロンビン濃度を1500単位/mLとした以外は、実施例1と同じ方法で調製した。したがって、このトロンビン組成物には、トロンビン凍結乾燥粉末由来の0.006Mクエン酸ナトリウム、トロンビン溶解液由来の0.049Mクエン酸ナトリウム及び0.001Mクエン酸、並びに新たに添加した濃度のカルボン酸が含まれる。
凝固時間は、実施例1と同じ方法で測定した。その結果、アルギニン存在下においてもカルボン酸の添加による凝固時間の短縮効果が認められた(表3)。生体組織接着剤のpHは、6.49-6.78(コントロールは6.75)であった。表3左1欄の記号A-Gはカルボン酸の種類(A:酢酸ナトリウム、B:グルタミン酸ナトリウム、C:クエン酸ナトリウム、D:酒石酸カリウムナトリウム、E:アスパラギン酸ナトリウム、F:リンゴ酸二ナトリウム、G:コハク酸一ナトリウム)、同表の最上段は新たに添加した各カルボン酸の二組成物混合後の終濃度、表内の数値は3回測定(コントロールは6回測定)した凝固時間(秒単位)、−は未測定を示す。カルボン酸を添加した群は全て、Mann-WhitneyのU検定によりカルボン酸未添加と比較して有意差が認められた(p<0.05)。
【0026】
【表3】

【0027】
(2)表4及び表5は、それぞれ酢酸ナトリウムとグルタミン酸ナトリウム及びクエン酸ナトリウムと酒石酸カリウムナトリウムの2種類のカルボン酸を添加したときの凝固時間を測定した結果を示す。トロンビン組成物を調製するときに2種類のカルボン酸を添加した以外は、実施例3-(1)と同じ方法により凝固時間の測定を行なった。その結果、二つのカルボン酸を組み合わせて添加しても一つのカルボン酸を添加した場合と同様に凝固時間の短縮が認められた。生体組織接着剤のpHは、6.56-6.75(コントロールは6.75)であった。表4及び表5の上2段と左2欄は新たに添加した各カルボン酸の二組成物混合後の終濃度、表内の数値は3回測定(コントロールは6回測定)した凝固時間(秒単位)、Naはナトリウム、−は未測定を示す。カルボン酸を添加した群は全て、Mann-WhitneyのU検定によりカルボン酸未添加と比較して有意差が認められた(p<0.05)。
【0028】
【表4】

【0029】
【表5】

【実施例4】
【0030】
<アルギニン存在下、生体組織接着剤の接着力に与えるカルボン酸の影響>
実施例3-(1)で得たトロンビン組成物を、2.0x2.5cmのサイズのポリグリコール酸フェルト(以下、「PGAシート」という)に50μL/cm2で充填し、凍結乾燥してトロンビン固定化PGAシートを作製した。このシートに実施例3-(1)で得たフィブリノゲン組成物250μlを滴下したものを、二つの検査治具にそれぞれ貼り付けたブタ皮膚(接着面積2.5cm2)の間に置き、30秒間圧着後、直ちに片方の検査治具を水平方向に牽引して最大抗張力(N)を測定し、その値をフィブリンゲルの接着力として表示した。その結果、カルボン酸の添加による接着力は、カルボン酸未添加の接着力に比べて有意に高くなることが認められた(表6)。表6左1欄の記号A-Fはカルボン酸の種類(A:グルタミン酸ナトリウム、B:クエン酸ナトリウム、C:酒石酸カリウムナトリウム、D:アスパラギン酸ナトリウム、E:リンゴ酸二ナトリウム、F:コハク酸一ナトリウム)、同表の最上段はトロンビン固定化PGAシートにフィブリノゲン組成物を浸潤させたときの新たに添加した各カルボン酸の終濃度、表内の数値は3回測定(コントロールは8回測定)した最大抗張力(N)、−は未測定を示す。カルボン酸を添加した群は全て、Mann-WhitneyのU検定によりカルボン酸未添加と比較して有意差が認められた(p<0.05)。
【0031】
【表6】

【実施例5】
【0032】
<アルギニン存在下、生体組織接着剤の凝固時間に与える既存カルボン酸の影響>
実施例3-(1)で得たフィブリノゲン組成物を分画分子量12000-14000の透析膜で0.5Mアルギニン溶液に対して透析し、カルボン酸を含まないフィブリノゲン組成物を作製した。
トロンビン組成物は、市販のトロンビン溶液(製品名:日局トロンビン 財団法人化学及血清療法研究所)を、注射用水に種々の濃度のカルボン酸塩を添加した溶液でトロンビン濃度1500単位/mLとなるように希釈して調製した。このトロンビン組成物には、トロンビン凍結乾燥粉末由来の0.006Mクエン酸ナトリウム及び新たに添加した濃度のカルボン酸が含まれる。コントロールとして、カルボン酸を添加しない同トロンビン組成物を用いた。
上記のトロンビン組成物及びフィブリノゲン組成物を用いて、実施例1と同様の方法により生体組織接着剤の凝固時間を測定した。その結果、本発明の生体組織接着剤中に0.053M以上のカルボン酸を含有させることにより凝固時間の短縮が認められた(表7)。すなわち、実施例1及び3から算出される既存のカルボン酸(終濃度0.035-0.038M)の存在如何に係らず、二組成物混合後の終濃度0.05M以上で新たにカルボン酸を添加することにより凝固時間は短縮されることが示された。
表7左1欄の記号A-Fはカルボン酸の種類(A:グルタミン酸ナトリウム、B:クエン酸ナトリウム、C:酒石酸カリウムナトリウム、D:アスパラギン酸ナトリウム、E:リンゴ酸二ナトリウム、F:コハク酸一ナトリウム)、同表の最上段は新たに添加した各カルボン酸の二組成物混合後の終濃度、表内の数値は3回測定(コントロールは6回測定)した凝固時間(秒単位)、−は未測定を示す。カルボン酸を添加した群は全て、Mann-WhitneyのU検定によりカルボン酸未添加と比較して有意差が認められた(p<0.05)。
【0033】
【表7】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の生体組織接着剤の調製方法は、迅速かつ強固なフィブリンを形成するので利便性の高い止血剤を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1は、アルギニン含有フィブリノゲン組成物とトロンビン組成物を混和したときの凝固時間を測定した結果を示す図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブリノゲン40mgに対して0.05mmol以上の割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、フィブリノゲン及びトロンビンを有効成分として含有する生体組織接着剤。
【請求項2】
フィブリノゲン40mgに対して0.05〜0.5mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、請求項1記載の生体組織接着剤。
【請求項3】
カルボン酸が炭素数2〜6のカルボン酸であることを特徴とする、請求項1又は2記載の生体組織接着剤。
【請求項4】
カルボン酸が、酢酸、グルタミン酸、クエン酸、酒石酸、アスパラギン酸、リンゴ酸、コハク酸からなる群より選択される一つ又は二つ以上の組合せであることを特徴とする、請求項3記載の生体組織接着剤。
【請求項5】
生体組織接着剤が生体吸収性シートに塗布されたものであることを特徴とする、請求項1ないし4の何れか一項記載の生体組織接着剤。
【請求項6】
フィブリノゲン40mgに対して0.05mmol以上の割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、フィブリノゲン組成物及びトロンビン組成物から成る生体組織接着剤。
【請求項7】
フィブリノゲン40mgに対して0.05〜0.5mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、請求項6記載の生体組織接着剤。
【請求項8】
トロンビン組成物にカルボン酸又はその塩が含まれることを特徴とする、請求項6又は7記載の生体組織接着剤。
【請求項9】
フィブリノゲン組成物がフィブリノゲン60〜100mgに対して0.1〜2mmolの割合のアルギニンを含有し、トロンビン組成物がトロンビン30〜10000単位に対して0.075〜1.25mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、請求項6又は7記載の生体組織接着剤。
【請求項10】
フィブリノゲン組成物がフィブリノゲン80mgに対して0.1〜0.5mmolの割合のアルギニンを含有し、トロンビン組成物がトロンビン30〜1500単位に対して0.1〜1mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、請求項6又は7記載の生体組織接着剤。
【請求項11】
フィブリノゲン組成物がフィブリノゲン80mgに対して0.5mmolの割合のアルギニンを含有し、トロンビン組成物がトロンビン30〜1500単位に対して0.1〜1mmolの割合のカルボン酸又はその塩を含有することを特徴とする、請求項6又は7記載の生体組織接着剤。
【請求項12】
カルボン酸が炭素数2〜6のカルボン酸であることを特徴とする、請求項6ないし11の何れか一項記載の生体組織接着剤。
【請求項13】
カルボン酸が、酢酸、グルタミン酸、クエン酸、酒石酸、アスパラギン酸、リンゴ酸、コハク酸からなる群より選択される一つ又は二つ以上の組合せであることを特徴とする、請求項12記載の生体組織接着剤。
【請求項14】
フィブリノゲン組成物又はトロンビン組成物の少なくとも一つが生体吸収性シートに塗布されたものであることを特徴とする、請求項6ないし13の何れか一項記載の生体組織接着剤。
【請求項15】
請求項6ないし14の何れか一項記載のフィブリノゲン組成物とトロンビン組成物を配合することを特徴とする、生体組織接着剤の製造方法。

【図1】
image rotate