説明

カロテノイド含有粉体およびその製造方法

【課題】
海洋細菌アグロバクテリウム属細菌N−81106株(例えば、特許第3570741号公報参照)の変異株であるTSUG1C11(受託番号:FERM P−19416)、(例えば、特開2005−058216号公報参照)、菌株TSN18E7(受託番号:FERM P−19746)、(例えば、特開2005−058216号公報参照)等の培養液より得られる安定性に優れたカロテノイドを含有する粉体およびその製造方法を提供する。
【解決の手段】
カロテノイド生産性海洋細菌の菌体懸濁液に水溶性抗酸化剤を添加し乾燥して得られるカロテノイド含有粉体およびその製造方法を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の培養により得られる、脂溶性色素である天然アスタキサンチンを含有する粉体に関するものである。アスタキサンチンは養殖サケ・マス・マダイの色揚げ剤や鶏卵の色調改善剤、健康補助食品、医薬品として有用な化合物である。
【背景技術】
【0002】
β‐カロテンやリコペンなどに代表されるカロテノイド類の化合物のうち、アスタキサンチン(以下Axと略記する。)は、オキアミ、カニ、エビなどの甲殻類やマダイ、サケ、マスなどの魚類、フラミンゴなどの鳥類、藻類や微生物等に広く分布する天然の化合物である。近年はサケやマス、マダイ等の養殖魚の色揚げ剤や鶏卵の色調改善剤としてAxの需要が増加している。またAxには抗酸化活性や抗癌活性などの様々な生理的作用が確認され、医薬品や健康補助食品としての利用も注目されている。
【0003】
Axの製造方法としては、化学合成法、天然物からの抽出法、微生物による発酵生産法などがあるが、現在は主に価格等の要因から化学合成法による製品が広く流通している。しかし、化学合成法では原料に臭素および塩素を含むハロゲン系化合物や重金属類を使用するため安全性に懸念があり(例えば、特許文献1参照)、消費者の自然、天然志向にともない天然物由来のAxへの要求が強くなっている。
【0004】
天然物からの抽出法としてはオキアミ等からの抽出法があるが、これらは含量が低く、採取、抽出、精製などに多大な労力を要し、コスト的に問題があった。
【0005】
微生物を利用した製法としては、酵母ではファフィア・ロドチーマ(Phaffia rhodozyma)(例えば、非特許文献1参照)、藻類ではヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pluvialis)(非特許文献2)の報告がある。しかしながらファフィア酵母は増殖速度が遅いため培養日数が長く、細胞壁が強固なために抽出効率が低く、含量が少ないためコスト高である。またヘマトコッカス藻類は増殖速度が非常に遅いために培養日数が長く、光を必要とするため立地条件や設備などに制約がある他、クロロフィルなどの夾雑物の除去が必要になりコスト高である。
【0006】
これらの問題を解決する方法として海洋性アグロバクテリウム属細菌N−81106株(受託番号:FERM P−14023)の培養により得る方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。当該発明によれば、藻類や酵母に比べて細菌は増殖が速く、また細胞壁が脆弱であり、藻類と異なりクロロフィルなどのカロテノイド以外の色素を含まず、酵母のように副生成物の多糖類を生産しないという利点がある。当該発明によればAxを含有した菌体が迅速に得られ、さらに菌体を回収した後、アセトンなどの有機溶媒と菌体を混和・攪拌するだけで容易にAxを抽出できるという利点がある。なお、この微生物は後に16SリボゾーマルRNA遺伝子の配列解析が行われた結果、パラコッカス属細菌と再同定された。海洋バイオテクノロジー研究所においてMBIC01143としても管理され、その諸性質に関する情報の概略は国立遺伝学研究所日本DNAデータバンク(DDBJ)や米国NIHのデーターベース(NCBI)に公開されている(例えば、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5参照)。また該微生物を用いて変異育種を行ない、Axの生産能が向上したTSUG1C11株(受託番号:FERM P−19416)、TSN18E7株(受託番号:FERM P−19746)の取得例(例えば、特許文献3参照)、TSTT001株(受託番号:FERM P−02670)、TSTT031株(受託番号:FERM P−02689)及びTSTT052株(受託番号:FERM P−02690)の取得例が報告されている(例えば、特許文献4参照)。
【0007】
上記N−81106株は細胞中にAxを主なカロテノイドとして蓄積するが、その他にβ−カロテン、エキネノン、β−クリプトキサンチン、3−ヒドロキシエキネノン、カンタキサンチン、3’−ヒドロキシエキネノン、シス−アドニキサンチン、アドニルビン、アドニキサンチンなどの多様なカロテノイドを蓄積し、これらの生成比率は培養条件により変化することも知られている(例えば、非特許文献6参照)。
【0008】
当該微生物のAxの生合成経路は三澤らにより解明されている(例えば、非特許文献7参照)。彼らはβ−カロテンからAxを合成する酵素の遺伝子であるcrtWおよびcrtZを見出し、大腸菌にクローニングして製造した両酵素の性質を解析した。その結果によれば、これらはそれぞれβ−カロテンの3および3’位にケト基を導入する酵素、および4および4’位に水酸基を導入する酵素である。この発見に基づき、Axの生合成経路として1)β−カロテンにcrtZが優先して作用してβ−クリプトキサンチンを経てゼアキサンチンが第一に生産され、次いでcrtWが作用してアドニキサンチン(4−ケトゼアキサンチンとも称される)を経てAxが生産される経路と、2)crtWが優先して作用してエキネノンを経てカンタキサンチンが第一に生産され、次いでcrtZが作用してフェニコキサンチンを経てAxに至る経路の、二つの経路が存在することが解明された。
【0009】
当該微生物、すなわち海洋細菌N−81106株(例えば、特許文献2参照)の変異株であるTSUG1C11(受託番号:FERM P−19416)、(例えば、特許文献3参照)又は菌株TSN18E7(受託番号:FERM P−19746号)、(例えば、特許文献3参照)により魚類を色揚げした例は、例えば特許文献5に報告されている。当該文献によれば、これらの細菌の培養液から固形分を回収し、これを乾燥することにより得られた乾燥物を各種飼料原料と混合してマダイを飼育することにより、同じ飼料原料を用いたが当該乾燥物を混合しなかった場合に比較して、有意に体表の赤色が強く、かつ表皮中のカロテノイド含量の高いマダイが得られることが報告されている。しかしながら当該文献では固形分の回収方法として凍結乾燥を行った例が開示されるのみであり、工業的に有利な乾燥法である噴霧乾燥法等で粉体を調製した例は報告されていなかった。
【0010】
カロテノイドは不安定な化合物であり、酸化分解しやすく、特に噴霧乾燥などの際に加熱することで分解が促進することが知られていた。その解決として、例えばファフィア酵母に由来するカロテノイドの回収においてエトキシキンを添加することや(例えば特許文献6参照)、2つ以上のカルボキシル基を有する有機酸、グリシン、アスコルビン酸、若しくはこれらの塩類を添加すること(例えば、特許文献7参照)により、カロテノイドを安定化する方法が知られていた。しかしながら海洋細菌により生産されるカロテノイドに対するこれらの抗酸化剤の添加効果は全く知られていなかった。
【0011】
類似した細菌により得られたカロテノイドによる色揚げの例としては、フラボバクテリウム属細菌N−81106株より抽出精製された4−ケトゼアキサンチンを用いてワキンを飼育した例が知られている(例えば、特許文献8参照)。この例においては精製した4−ケトゼアキサンチンのアセトン溶液を市販の飼料に噴霧した後に乾燥した飼料を用いて飼育することにより、視認により赤色の良好なワキンが得られることが述べられている。しかしながら当該文献においては、カロテノイド類の安定性については全く触れられていない。
【0012】
またその他の細菌によるものとして土壌細菌であるE−396株またはA−581−1株を培養し、遠心分離により得られた菌体をスプレードライヤーにより乾燥して得た乾燥菌体を用いて白色レグホンおよびマダイを飼育した例が知られている(例えば、特許文献9参照)。しかしながら、本公報においてもカロテノイドの安定性については触れられていなかった。
【0013】
【特許文献1】米国特許第4283559号明細書
【特許文献2】特許第3570741号公報
【特許文献3】特開2005−058216号公報
【特許文献4】特願2005−350225号
【特許文献5】特願2006−067865号
【特許文献6】特表平8−508885号公報
【特許文献7】特開平6−264055号公報
【特許文献8】特開平6−165684号公報
【特許文献9】特許第3278574号公報
【非特許文献1】Andrewes,A.G et al, Phytochemistry, 15, 1003, 1976年
【非特許文献2】Renstrom,B et al, Phytochemistry, 20, 2561, 1981年
【非特許文献3】インターネット(海洋バイオテクノロジー研究所ホームページ)、株式会社 海洋バイオテクノロジー研究所、MBIC(菌株コレクションデータベース)、[online]、掲載年月日不明、9ページ目の「caracteristics」、「strain name」及び「16s」の項、 [平成17年6月8日検索]、インターネット:<URL:http://cod.mbio.co.jp/mbihp/j/index.html>
【非特許文献4】インターネット(国立遺伝学研究所ホームページ)大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 日本DNAデータバンク、”DNA Data Bank of Japan”、[online]、2002年10月8日、3ページ目の「ORIGIN」の項、[平成17年6月8日検索]、インターネット<URL:http://www.ddbj.nig.ac.jp/Welcome−j.html>
【非特許文献5】インターネット(米国National Institute of Healthホームページ)、National Institute of Health、National Center for Biotechnology Information、[online]、2002年10月8日、4頁目の「Source origine」および「Features」の項、[2005年10月18日検索]、インターネット<URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/>
【非特許文献6】A.Yokoyama & W.Miki,FEMS Micorilogy Letters 128,139,1995年
【非特許文献7】Fraser P.D.ら、J.Biol.Chem.,272,6128,1997年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、海洋細菌アグロバクテリウム属細菌N−81106株(例えば、特許第3570741号公報参照)の変異株であるTSUG1C11(受託番号:FERM P−19416)、(例えば、特開2005−058216号公報参照)、菌株TSN18E7(受託番号:FERM P−19746)、(例えば、特開2005−058216号公報参照)等の培養液より得られる安定性に優れたカロテノイドを含有する粉体およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち本発明は、カロテノイド生産性海洋細菌N−81106株(特許生物寄託センターへの受託番号:FERM−14023)またはその育種によって得られた菌株であるTSUG1C11(特許生物寄託センターへの受託番号:FERM P−19416)又はTSN18E7(特許生物寄託センターへの受託番号:FERM P−19746)又はTSTT001株(特許生物寄託センターへの受託番号:FERM P−20670)又はTSTT031株(特許生物寄託センターへの受託番号:FERM P−20689)又はTSTT052株(特許生物寄託センターへの受託番号:FERM P−20690)を培養し、その培養液又はそこから回収された固形分に対し、水溶性抗酸化剤を添加して乾燥して得られるカロテノイド含有粉体に関するものである。
【0016】
また本発明は、上記の水溶性抗酸化剤がアスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩であるカロテノイド含有粉体である。
【0017】
また本発明は、アスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩を、粉体重量当り0.1〜10重量%含有する上記カロテノイド含有粉体である。
【0018】
また本発明は、カロテノイド生産性海洋細菌がN−81106株(受託番号:FERM P−14023号)の変異育種によって得られた菌株又はそれらに遺伝子組換え株である上記カロテノイド含有粉体である。
【0019】
また本発明は、カロテノイド生産性海洋細菌N−81106株(受託番号:FERM P−14023)の変異育種によって得られた菌株がTSUG1C11(受託番号:FERM P−19416)、TSN18E7(受託番号:FERM P−19746)、TSTT001株(受託番号:FERM P−20670)、TSTT031株(受託番号:FERM P−20689)又はTSTT052株(受託番号:FERM P−20690)である上記カロテノイド含有粉体に関するものである。
【0020】
また本発明は、カロテノイド生産性海洋細菌を培養して得られる培養液中の固形分に対し、アスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩を添加した後に乾燥することを特徴とする上記カロテノイド含有粉体の製造方法である。
【0021】
また本発明は、上記のアスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩の添加量がカロテノイド生産性海洋細菌を培養して得られる培養液中の固形分に対し0.1〜10重量%である上記のカロテノイド含有粉体の製造方法である。
【0022】
本発明に用いる細菌N−81106株、またはその変異株であるTSUG1C11株やTSN18E7株の性質については特許第3570741号公報、特開2005−058216号公報および特願2005−350225号に示されている。
【0023】
これらの細菌の培養方法に特に限定はないが、振とう培養や通気撹拌培養等の好気的な条件が好ましく、培養時間としては24時間〜200時間程度、培養温度としては10〜40℃付近が好ましく、pHは6〜8が好ましい。
【0024】
用いられる培地としては、細菌が増殖しカロテノイドを生産しうるものであればいずれを使用してもよく、炭素源には廃糖蜜、グルコース、フルトース、マルトース、ショ糖、デンプン、乳糖、グリセロール、酢酸などが、窒素源にはコーンスチープリカー、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆粕等の天然成分や、酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩、又はアンモニア水や、グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン等のアミノ酸類が、無機塩にはリン酸1ナトリウム、リン酸2ナトリウム、リン酸1カリウム、リン酸2カリウム等のリン酸塩や塩化ナトリウムなどが、金属イオンには塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄、塩化第一鉄、塩化第二鉄、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸銅、塩化銅、硫酸マンガン、塩化マンガンなどが、ビタミン類としては酵母エキスやビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシン等が使用できる。
【0025】
培養後、培養液に水溶性抗酸化剤としてアスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩を添加するが、より好ましくは培養液から固形分を回収したのち、固形分に対して添加することが好ましい。
【0026】
回収の方法に限定はなく、遠心分離法やろ過法等の一般的な方法を適用できる。この際、固形分が回収できる条件であれば、その条件に特に限定は無いが、カロテノイドは熱安定性が低いため低温であることが好ましく、しかし溶液が凍結する温度では固形分の回収が不可能になるため、凍結しない温度であることが好ましい。その様な温度として、−5℃〜100℃の温度領域が挙げられるが、より好ましくは0〜80℃である。
【0027】
得られた固形分にそのまま水溶性抗酸化剤を添加することもできるが、より好ましくは純水を添加して懸濁液とした後に加える。これにより水溶性抗酸化剤を均一に分散させることが容易になる。純水の添加量に特に制限はないが、過剰に加えた場合は乾燥するためにより多くのエネルギーと時間を必要するため好ましくない。また少量である場合は懸濁液の流動性が悪く、均一に乾燥させることが困難になるため好ましくない。例えば噴霧乾燥を行う場合は、100cp程度の粘性に調整して乾燥することが好ましく、その様な懸濁液を得るために必要な水の量は、固形分に対して2倍量〜20倍量、より好ましくは3倍量から10倍量の間で任意に設定される。その他の乾燥法による場合は適宜適切な量に調整して行うことができる。
【0028】
乾燥方法には特に限定はなく、凍結乾燥法、噴霧乾燥法、真空乾燥法等の通常の方法が用いられる。この際の条件は、カロテノイド類がほとんど分解しない条件であれば特に限定は無く、その様な条件は乾燥方法ごとに異なるため、適用する方法に従って、随時実験的に設定される。例えば噴霧乾燥においては、入口温度120℃、出口温度60℃で噴霧乾燥を行うことにより、約90%の回収率で目的物が回収される。
【0029】
このようにして得られた固形分は単独でもちいることもできるが、その目的により様々な他の成分と混合しても用いられる。例えば養殖用の飼料に用いる場合、フィッシュミール、大豆ミール、小麦粉、デンプン、大豆油、肝油などの魚類の生育に好ましい成分を自由に混合することができる。
【0030】
粉体中のカロテノイド類の定量法に特に限定はないが、カロテノイド類を抽出した後に、比色法やクロマトグラフィー等の既存の方法で定量すればよい。例えば抽出溶媒としてメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルフォルムアミド、ジメチルスルフォキシド、酢酸エチル等が用いられる。
【0031】
比色法の場合は抽出液から、遠心分離やろ過などの方法で不溶性物質を除去した後、400〜600nmの吸光度、好ましくは450〜500nmの吸光度、さらに好ましくは、アスタキサンチン等の赤色カロテノイドの定量として480nmの吸光度、そしてゼアキサンチン等の黄色カロテノイドの定量として460nmの吸光度を測定することが好ましい。HPLCによる場合は比色法の場合と同様に試料を調製した後、逆相法や順相法など既存の方法で行うことができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、カロテノイド生産性海洋細菌N−81106株(FERM−14023号)の変異育種によって得られた菌株を培養し、その培養液、又はその培養液から回収した固形分に、アスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩等の水溶性抗酸化剤を添加し、さらに乾燥することでカロテノイドの安定性に優れた粉末が得られる。この粉体は魚類の色調改善剤等として用いることができる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例で説明するが、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更が可能であることは言うまでもない。
【0034】
(カロテノイドの抽出と定量法)
適量の菌体懸濁液を1.5ml容エッペンドルフチューブを用いて、15,000回転、5分間遠心分離を行ない菌体を得た。この菌体に20μlの純水に懸濁し、次いで240μlのジメチルホルムアミドおよび240μlのアセトンを加え約1時間振とうし、カロテノイドを抽出した。この抽出液を15,000回転、5分間遠心分離により残渣を除去後、TSKgel ODS−80TMカラム(東ソー社製)を用いた高速液体クロマトグラフィー(以下HPLCと略記する)でアスタキサンチンを定量した。なおAxの分離はA液として純水とメチルアルコールの5対95の混合溶媒、B液としてメチルアルコールとテトラヒドロフランの7対3の混合溶媒を用い、1ml/minの流速でA液を5分間カラムに通過させた後、同じ流速A液からB液へ5分間の直線濃度勾配を行ない、さらにB液を5分間通過させることにより行なった。Ax濃度は470nmの吸光度をモニターし、既知濃度のAx試薬(シグマ製)で作成した検量線より濃度を算出した。
【0035】
(実施例1)菌体懸濁液の調製
表1に示した組成の培地300mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌後、N−81106株の変異株の一つであるTSTT001株を植菌し、25℃で1日間、毎分100回転の振とう速度で前々培養を行なった。
【0036】
次いで表2に示した組成の培地100mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌し、上記培養液5mlを植菌して25℃で約18時間、毎分100回転の振とう速度で前培養した。
【0037】
さらに、表3に示す組成の培地約14Lを30Lの発酵槽に入れ、121℃、20分間で滅菌後、得られた上記培養液700mlと金属塩を添加し本培養を開始した。培養にはエイブル社の30L自動滅菌培養装置を使用し、排ガス分析装置としてエイブル社のDEX−2562を使用した。培養温度は22℃、pHは7.0〜7.4とした。培養時のpHは2Nの水酸化ナトリウム水溶液と2Nの塩酸水溶液の自動添加で制御した。また培養中20L/minの速度で空気を供給し、毎分400回転の回転速度で撹拌した。
【0038】
約116時間培養を行ったのち、CEPA社製41G型連続遠心分離機を用いて湿菌体を回収した。遠心分離の回転速度は20000rpm、送液速度は10L/hとした。
【0039】
回収した湿菌体の一部を正確に秤量し、105℃の恒温槽中で恒量になるまで加熱をおこなうことで湿菌体中の固形分を測定したところ、45重量%が固形分だった。また湿菌体の粘度は約70000cpだった。この湿菌体2Kgに対し1.6Kgの純水を添加し、固形分濃度26%としたところ、粘度100cpの菌体懸濁液が得られた。
【0040】
その一部を回収してカロテノイドを抽出し、HPLCで組成を分析したところ、固形分1kg当り1.75gのアスタキサンチン、0.59gのアドニキサンチン、1.71gのフェニコキサンチン、1.5gのカンタキサンチン、2.46gのエキネノン、0.36gのβ−カロテンが検出された。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

(実施例2)アスコルビン酸の影響
実施例1の菌体懸濁液に1Lあたり8gの、水溶性抗酸化剤であるアスコルビン酸を添加し(対固形分3.0重量%)した。この溶液10mlを密栓した容器中、80℃で加熱し、一日ごとにその0.5mlを回収してカロテノイドの残存量を測定した。加熱によるアスタキサンチン量の推移を図1に、総カロテノイド量(アスタキサンチン、アドニキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、エキネノン、及びβ−カロテンの総量)を図2に示した。加熱開始時のスラリー1L当りのアスタキサンチンおよび総カロテノイド量を100%とした場合の3日間加熱後のアスタキサンチン残存量は87%、総カロテノイド量は91%だった。
【0044】
(実施例3)クエン酸3ナトリウムの影響
実施例1の菌体懸濁液に1Lあたり26gの、水溶性抗酸化剤であるクエン酸3ナトリウムを添加し(対固形分10重量%)した。この溶液10mlを密栓した容器中、80℃で加熱し、一日ごとにその0.5mlを回収してカロテノイドの残存量を測定した。加熱によるアスタキサンチン量の推移を図1に、総カロテノイド量(アスタキサンチン、アドニキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、エキネノン、及びβ−カロテンの総量)を図2に示した。加熱開始時のスラリー1L当りのアスタキサンチンおよび総カロテノイド量を100%とした場合の3日間加熱後のアスタキサンチン残存量は86%、総カロテノイド量は89%だった。
【0045】
(比較例1)無添加での安定性
実施例1の菌体懸濁液10mlを密栓した容器中、80℃で加熱し、一日ごとにその0.5mlを回収してカロテノイドの残存量を測定した。加熱によるアスタキサンチン量の推移を図1に、総カロテノイド量(アスタキサンチン、アドニキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、エキネノン、及びβ−カロテンの和)を図2に示した。加熱開始時のスラリー1L当りのアスタキサンチンおよび総カロテノイド量を100%とした場合の3日間加熱後のアスタキサンチン残存量は80%、総カロテノイド量は83%だった。すなわち、抗酸化剤を添加せずに過熱した場合のアスタキサンチン残存量は、アスコルビン酸を添加した実施例1およびクエン酸3ナトリウムを添加した実施例2に比較しそれぞれ7%および6%低く、総カロテノイド残存量はそれぞれ8%及び6%低いものであり、アスコルビン酸やクエン酸3ナトリウムの添加によるカロテノイドの安定化効果が確認された。
【0046】
(比較例2)エトキシキンの影響
実施例1の菌体懸濁液に、脂溶性抗酸化剤であるエトキシキンのエタノール溶液(69g/L)を1Lあたり10ml添加し(対固形分約0.3重量%)した。この溶液10mlを密栓した容器中、80℃で加熱し、一日ごとにその0.5mlを回収してカロテノイドの残存量を測定した。加熱によるアスタキサンチン量の推移を図1に、総カロテノイド量(アスタキサンチン、アドニキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、エキネノン、及びβ−カロテンの和)を図2に示した。加熱開始時のスラリー1L当りのアスタキサンチンおよび総カロテノイド量を100%とした場合の3日間加熱後のアスタキサンチン残存量は82%、総カロテノイド量は89%だった。総カロテノイドの残存量は実施例1や実施例2と同等だったが、アスタキサンチン残存量ではアスコルビン酸を添加した実施例1およびクエン酸3ナトリウムを添加した実施例2に比較しそれぞれ5%および4%低いものだった。
【0047】
(比較例3)α−トコフェロールの影響
実施例1の菌体懸濁液に1Lあたり26gの、脂溶性抗酸化剤であるα−トコフェロールを添加し(対固形分10重量%)した。この溶液10mlを密栓した容器中、80℃で加熱し、一日ごとにその0.5mlを回収してカロテノイドの残存量を測定した。加熱によるアスタキサンチン量の推移を図1に、総カロテノイド量(アスタキサンチン、アドニキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、エキネノン、及びβ−カロテンの和)を図2に示した。加熱開始時のスラリー1L当りのアスタキサンチンおよび総カロテノイド量を100%とした場合の3日間加熱後のアスタキサンチン残存量は76%、総カロテノイド量は84%だった。すなわち、抗酸化剤を添加せずに過熱した場合のアスタキサンチン残存量は、アスコルビン酸を添加した実施例1およびクエン酸3ナトリウムを添加した実施例2に比較しそれぞれ11%および10%低く、総カロテノイド残存量はそれぞれ7%及び5%低いものであり、α−トコフェロールにはこの菌体懸濁液中のカロテノイドに対する安定化効果がないことが確認された。
【0048】
(実施例4)アスコルビン酸添加量の影響
アスコルビン酸の添加量を固形分に対して0〜3重量%の間で段階的に変えた他、実施例2と同様の実験を行った。その結果を、アスコルビン酸存在下、67時間加熱後のカロテノイド残存量として、表4に示した。アスコルビン酸添加量が0.1重量%ではアスタキサンチン残存量および総カロテノイド残存量ともに無添加の場合と同等だったが、0.3%添加することで無添加に対してアスタキサンチン残存量および総カロテノイド残存量ともに約5%向上した。すなわちアスコルビン酸によるこの菌体懸濁液中のカロテノイドの安定化には固形分当り0.3重量%の添加が必要であることが判明した。
【0049】
【表4】

(実施例5)クエン酸3ナトリウム添加量の影響
クエン酸3ナトリウムの添加量を固形分に対して0〜10重量%の間で段階的に変えた他、実施例3と同様の実験を行った。その結果を、クエン酸3ナトリウム存在下、67時間加熱後のカロテノイド残存量として、表5に示した。アスコルビン酸添加量が0.1重量%ではアスタキサンチン残存量および総カロテノイド残存量ともに無添加の場合と同等だったが、0.3%添加することで無添加に対して総カロテノイド残存量は約8%向上した。また1%の添加でアスタキサンチン残存量は5%向上した。すなわちクエン酸3ナトリウムによるこの菌体懸濁液中のカロテノイドの安定化には固形分当り0.3〜1重量%の添加が必要であることが判明した。
【0050】
【表5】

(実施例6) 粉体の調製
実施例1の湿菌体1kgに純水1.5kgを加えて菌体スラリーを調製した。この菌体懸濁液の固形分含量は18重量%だった。この懸濁液の1Lにアスコルビン酸10.4gおよびクエン酸3ナトリウム18gを添加してよく撹拌した。
【0051】
この菌体懸濁液1100mlを大川原製作所製LT−8型スプレードライヤーを用いて、入口温度120℃、出口温度75〜80℃、送液速度34ml/minで噴霧乾燥し、230gの粉体を回収した。即ち、懸濁液1L当り210gの粉体が回収された。粉体1g中のカロテノイド組成は表6に示した。
【0052】
比較のため同じ懸濁液100mlを東京理科器械株式会社製EYELA FE−81型凍結乾燥機により凍結乾燥したところ、23gの粉体を回収した。すなわち、懸濁液1L当り230gの粉体が回収された。噴霧乾燥では凍結乾燥に比較して粉体の回収量が約1割低いものだったが、これは噴霧乾燥の際、装置内壁に粉体の一部が吸着したことによるものだった。凍結乾燥粉体1g中のカロテノイド組成も同様に表6に示した。凍結乾燥、噴霧乾燥とも粉体当りのカロテノイド含量及び組成は同等のものであった。すなわち、アスコルビン酸とクエン酸3ナトリウムの添加により噴霧乾燥でも凍結乾燥と同様にカロテノイドを分解することなく回収できることが確認された。
【0053】
(比較例4) 水溶性抗酸化剤無添加での粉体の調製
アスコルビン酸とクエン酸3ナトリウムを添加しなかったことをのぞき、実施例6と同様に噴霧乾燥と凍結乾燥を行った。凍結乾燥による粉体の回収量は1Lの懸濁液当り180gであるのに対し、噴霧乾燥による粉体の回収量は160gだった。噴霧乾燥での粉体回収量の低下は実施例6と同様に装置内壁への粉体の吸着によるものだった。回収した粉体中のカロテノイドの組成を、粉体中のカロテノイド含量として、表6に示した。表中の略号は、Axがアスタキサンチンを、Adがアドニキサンチンを、Pxがフェニコキサンチンを、Cxがカンタキサンチンを、Ecがエキネノンを、βがβ−カロテンを、示す。その結果から、凍結乾燥では組成比、カロテノイド含量ともに実施例6と同様の結果だったが、噴霧乾燥ではいずれのカロテノイドとも、凍結乾燥粉末よりも低い含量となっていた。すなわち、アスコルビン酸とクエン酸3ナトリウムを添加しないことで、噴霧乾燥による加熱によりカロテノイドが分解して含量が低下することが確認された。
【0054】
【表6】

(実施例7) 粉体の安定性
実施例6で調製した噴霧乾燥粉体を80℃で過熱し、一日おきにその一定量を回収してカロテノイドを抽出し、HPLCでその含有量を測定することにより、加熱による残存カロテノイド量の経時変化を追跡した。加熱開始時のアスタキサンチン含量または総カロテノイド含量を100%としたときの、アスタキサンチン残存量を図3に、総カロテノイド残存量を図4に示した。後述する比較例4で調製した粉体を同様に加熱した場合よりもアスタキサンチン、総カロテノイドともに残存量が高く、アスコルビン酸とクエン酸3ナトリウムを添加することで、粉体中のカロテノイドが加熱分解に対して安定化されることが確認された。
【0055】
(比較例5)
比較例4で調製した噴霧乾燥粉体を実施例7と同様に過熱して、残存カロテノイド量の経時変化を追跡した。アスタキサンチン残存量を図3に、総カロテノイド残存量を図4に示したが、実施例7に比較して残存カロテノイドの減少が早く、カロテノイドが不安定であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】80℃において菌体懸濁液を加熱した場合のアスタキサンチン残存量の経時変化の説明図であり、図中、X軸(横軸)は加熱時間(単位は時間(h))を示し、Y軸(縦軸)はアスタキサンチン残存量(単位は%)であり、図中の記号は、無添加(○)、アスコルビン酸添加(●)、クエン酸3ナトリウム添加(▲)、エトキシキン添加(◇)α−トコフェロール添加(△)を示す。
【図2】80℃において菌体懸濁液を加熱した場合の総カロテノイド残存量の経時変化の説明図であり、図中、X軸(横軸)は加熱時間(単位は時間(h))を示し、Y軸(縦軸)は総カロテノイド残存量(単位は%)であり、図中の記号は、無添加(○)、アスコルビン酸添加(●)、クエン酸3ナトリウム添加(▲)、エトキシキン添加(◇)α−トコフェロール添加(△)を示す。
【図3】80℃において菌体懸濁液を加熱した場合の総カロテノイド残存量の経時変化の説明図であり、図中、X軸(横軸)は加熱時間(単位は時間(h))を示し、Y軸(縦軸)はアスタキサンチン残存量(単位は%)であり、図中の記号は、無添加(○)、アスコルビン酸およびクエン酸3ナトリウム添加(●)を示す。
【図4】80℃において菌体懸濁液を加熱した場合の総カロテノイド残存量の経時変化の説明図であり、図中、X軸(横軸)は加熱時間(単位は時間(h))を示し、Y軸(縦軸)は総カロテノイド残存量(単位は%)であり、図中の記号は、無添加(○)、アスコルビン酸およびクエン酸3ナトリウム添加(●)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カロテノイド生産性海洋細菌の菌体懸濁液に水溶性抗酸化剤を添加し乾燥して得られるカロテノイド含有粉体。
【請求項2】
請求項1に記載の水溶性抗酸化剤がアスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩であるカロテノイド含有粉体。
【請求項3】
アスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩を、粉体重量当り0.1〜10重量%含有する請求項2に記載のカロテノイド含有粉体。
【請求項4】
カロテノイド生産性海洋細菌が、N−81106株(受託番号:FERM P−14023)の変異育種によって得られた菌株又はそれらの遺伝子組換え株である請求項1〜3のいずれかに記載のカロテノイド含有粉体。
【請求項5】
カロテノイド生産性海洋細菌を培養して得られる培養液中の固形分に対し、アスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩を添加した後に乾燥することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のカロテノイド含有粉体の製造方法。
【請求項6】
アスコルビン酸、クエン酸又はそれらの塩の添加量がカロテノイド生産性海洋細菌を培養して得られる培養液中の固形分に対し0.1〜10重量%である請求項5に記載のカロテノイド含有粉体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−11825(P2008−11825A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−188823(P2006−188823)
【出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】