カロテノイド類の生産方法
【課題】
カロテノイド生産性微生物の流加培養において、微生物の呼吸速度、特に炭酸ガスの発生量に比例して炭素源の供給量を変動することにより、培養液中の糖などの炭素源濃度を低い濃度に保ち、Axの生産阻害や有機酸などの副生成物の生産を抑制して、カロテノイド、特にアスタキサンチンを効率良く生産する方法を提供する。
【解決の手段】
カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、前記微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養することを特徴とするカロテノイド類の生産方法を用いる。
カロテノイド生産性微生物の流加培養において、微生物の呼吸速度、特に炭酸ガスの発生量に比例して炭素源の供給量を変動することにより、培養液中の糖などの炭素源濃度を低い濃度に保ち、Axの生産阻害や有機酸などの副生成物の生産を抑制して、カロテノイド、特にアスタキサンチンを効率良く生産する方法を提供する。
【解決の手段】
カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、前記微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養することを特徴とするカロテノイド類の生産方法を用いる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品用色素や抗酸化剤として有用なカロテノイド、特にアスタキサンチンを微生物により製造する方法に関する。詳しくは、炭素源の濃度を微生物に適した条件に保つために醗酵槽からの炭酸ガス発生量をもとに炭素源の流加速度を制御し、低濃度に維持し、かつ枯渇を防ぐことで品質に優れたカロテノイドを高い生産量で得る方法である。
【背景技術】
【0002】
β‐カロチン、リコペンなどに代表されるカロテノイドのうちアスタキサンチン(以下「Ax」と略記する。)は、オキアミ、カニ、エビなどの甲殻類やマダイ、サケ、マスなどの魚類、フラミンゴなどの鳥類、藻類や微生物等に広く分布する天然の化合物である。近年はAxがサケやマス、マダイ等の養殖魚の色揚げ剤や鶏卵の色調改善剤として需要が増加している。またAxには抗酸化活性や抗癌活性などの様々な生理的作用が確認され、医薬品や健康補助食品としての利用も注目されている。
【0003】
Axの製造方法としては、化学合成法、天然物からの抽出法、微生物による発酵生産法などがあるが、現在は主に価格等の要因から化学合成法による製品が広く流通している。しかし、化学合成法では原料に臭素および塩素を含むハロゲン系化合物や重金属類を使用するため安全性に懸念があり(例えば、特許文献1参照)、消費者の自然、天然志向にともない天然物由来のAxへの要求が強くなっている。
【0004】
天然物からの抽出法としてはオキアミ等からの抽出する方法があるが、これらは含量が低く、採取、抽出、精製などに多大な労力を要し、コスト的に問題があった。
【0005】
微生物を利用した製法としては、酵母ではファフィア・ロドチーマ(Phaffia rhodozyma)(例えば、非特許文献1参照)、藻類ではヘマトコッカス・プルビアリス(Hematococcus pluvialis)(例えば、非特許文献2参照)の報告がある。しかしながらファフィア酵母は増殖速度が遅いため培養日数が長く、細胞壁が強固なために抽出効率が低く、含量が少ないためコスト高である。またヘマトコッカス藻類は増殖速度が非常に遅いために非常に培養日数が長く、光を必要とするため立地条件や設備などに制約がある他、クロロフィルなどの夾雑物の除去が必要になりコスト高である。
【0006】
これらの問題を解決する方法として、細菌によるカロテノイド生産法が提案されている。例えば海洋性アグロバクテリウム属細菌N‐81106(受託番号:FERM P−14023)の培養により得る方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。藻類や酵母に比べて細菌は一般的に増殖が速く、また細胞壁が脆弱であり、藻類とことなりクロロフィルなどのカロテノイド以外の色素を含まず、酵母のように副生成物の多糖類を生産しないという利点があるためである。当該発明によればAxを含有した菌体が迅速に得られ、さらに菌体を回収した後、アセトンなどの有機溶媒と菌体を混和・攪拌するだけで容易にAxを抽出できるという利点がある。なお、この微生物は後に16sリボゾーマルRNA遺伝子の配列解析が行われた結果、パラコッカス属細菌と再同定された。海洋バイオテクノロジー研究所においてMBIC01143としても登録され、その諸性質に関する情報の概略は国立遺伝学研究所日本DNAデータバンク(DDBJ)や米国NIHのデーターベース(NCBI)より入手することができる(例えば、非特許文献3、4参照)。また該微生物を用いて変異育種を行ない、Axの生産能が向上したTSUG1C11(受託番号:FERM P−19416)株の取得やTSN18E7(受託番号:FERM P−19746)が報告されている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら本微生物の効率の良い培養方法、特に流加培養の好適な方法は全く知られていなかった。
【0007】
工業的な微生物の培養、特に大腸菌や酵母の培養において、必要な栄養源を一度に仕込んで行う回分培養法に比べて、培養中に培地成分を追加しながら培養する流加培養法により目的物や微生物菌体が高い収率で得られることがあることが知られている。ここで培養中に培地成分を追加することを流加と呼ぶ。流加培養は供給する栄養源の濃度を任意に、多くの場合は低い濃度に、制御ができる利点があり、高濃度基質により目的物の生産や増殖が阻害される場合や、アルコールや有機酸などの副生成物が生産される場合に、それらを抑制できるためである。特に培地成分のうち、グルコースのような糖類を高濃度とした場合に異化物抑制と呼ばれる目的物の生産が抑制されることや、メタノールやアルコール類を高濃度にした場合にはその毒性により微生物の増殖が抑制されることが良く知られている。また、グルコースを高濃度とした場合には、酵母の場合ではエタノールが、大腸菌の場合では酢酸が蓄積し、それらがそれぞれ20g/L又は5g/Lを超えると副生成物により増殖が抑制されることが知られている。また、副生物の生産は増殖を抑制するだけでなく、目的物質の品質を低下させることや精製を困難にさせることになり好ましくないことである。しかしながらこれらの知見は、主に大腸菌や酵母の培養において観察される現象であり、当該発明の対象となるカロテノイド生産性微生物においては、栄養源の濃度が与える影響はこれまでまったく知られていなかった。
【0008】
対象となる栄養源としては消費量が多い糖類などの炭素源があげられるが、その消費速度は微生物の生育状態により一定ではないため、培養中に炭素源の濃度を一定に維持するためには微生物の生育状態を何らかの方法でモニターしつつ、流加量を制御する必要がある。そのために種々の提案がなされている。例えば、酸素消費量を指標として炭素源を流加する方法が知られている。この方法では供給ガスおよび排気ガス中の酸素濃度差より酸素消費量が求められる。しかしながら酸素濃度の測定は比較的誤差が大きく、またレスポンスが遅いという欠点があり、培養中の微生物活性を精度良く推定できないため、予想を越えた変化が起きた場合には制御が困難になるという問題がある。排ガス組成の分析による方法としては呼吸商(RQ)を指標として流加を行う方法も知られている。呼吸商は例えば酵母の培養において醗酵と呼吸の割合を示す指標であり、微生物の代謝状態を大きく反映するという利点がある(例えば、非特許文献5参照)。しかしながら酵母以外の微生物においてはその有効性は明らかではなく、また、呼吸商は供給ガスおよび排気ガスとの酸素濃度及び炭酸ガス濃度差から計算されるため、上記の酸素濃度測定の問題が存在するだけでなく、酸素濃度と炭酸ガス濃度の二つの指標の測定値からの計算が必要であり、データー処理が比較的複雑であるという問題があった。その他の物理化学的指標として、pHの変化や溶存酸素(DO)の変化を利用した方法があるが、これらはセンサーの応答速度等に問題があり、炭素源が枯渇した場合にはその修正へのレスポンスが遅く、枯渇によるストレスが生じて生物代謝活性に変化が生じる問題がある。オンライングルコース分析計による方法では、必要サンプル量、分析時間、精度、安定性、液性等の影響から長時間の安定制御に問題がある。オンラインレーザー濁度計による方法は菌体が高密度になると精度が低下するなどの問題があった(例えば、非特許文献6参照)。
【0009】
以上のことから、新たな方法の提案が求められていただけでなく、これらは酵母や大腸菌を対象として開発された方法であるため、本願発明の対象となるカロテノイド生産性の細菌に対するこれらの指標の有効性は全く知られていないという問題があった。
【0010】
【特許文献1】米国特許第4283559号明細書
【特許文献2】特許第3570741号公報
【特許文献3】特開2005−58216号公報
【非特許文献1】Andrewes,A.G.ら、Phytochemistry,15,1003,1976年
【非特許文献2】Renstrom,Bら、Phytochemistry,20,2561,1981年
【非特許文献3】国立遺伝学研究所日本DNAデータバンクホームページ<URL:http://www.ddbj.nig.ac.jp/>
【非特許文献4】米国National Institute of Health、National Center of Biotechnology Informationホームページ<URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/>
【非特許文献5】村山と竹本、東洋曹達研究報告第28巻49−58頁、1984年
【非特許文献6】Yamane,Tら,J. of Ferment. Bioeng.,75,451,1993年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、カロテノイド生産性微生物、好ましくは細菌、さらに好ましくはパラコッカス属細菌の流加培養において、微生物の呼吸速度、特に炭酸ガスの発生量に比例して炭素源の供給量を変動することにより、培養液中の糖などの炭素源濃度を低い濃度に保ち、Axの生産阻害や有機酸などの副生成物の生産を抑制して、カロテノイド、特にAxを効率良く生産する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題に関し鋭意検討した結果、本微生物の培養においては糖濃度を低濃度かつ枯渇しない条件に維持することで、微生物の生育阻害や有機酸などの副生成物の生産が抑制されることを見出した。また流加量の制御においては微生物の呼吸によって生じる炭酸ガスの発生量に比例して流加量を調節することで、培養液中の炭素源を簡便な方法で枯渇を防ぎつつ低濃度に維持できることを見出し、本発明の完成に到達した。
【0013】
従って本発明は、カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養するカロテノイド類の生産方法である。さらに本発明は、用いる微生物として細菌が好ましく、この内でもパラコッカス属細菌、特にパラコッカス属細菌N−81106株またはその改変株であることが好ましいものである。
【0014】
また本発明は、上記発明に加え、培養液中の炭素源濃度を、10g/L以下に維持するカロテノイド類の生産方法である。
【0015】
また本発明は、上記発明に加え、培養液中の炭素源濃度を、培養中のいずれの時期においても炭素源の枯渇が生じない濃度に維持するカロテノイド類の生産方法であり、さらに当該炭素源の枯渇が培養液中の炭素源濃度として0g/Lであり、かつ培養する微生物の呼吸活性の低下を伴う状態であるものである。
【0016】
また本発明は、上記発明に加え、培養液から発生する炭酸ガス量を測定し、当該測定値に基づき炭素源供給量を制御して培養液中の炭素源濃度を維持するカロテノイド類の生産方法であり、さらに培養液から発生する炭酸ガス量と培養液への炭素源供給量とが比例するように設定して、培養液中の炭素源濃度を制御するものである。
【0017】
すなわち本発明は、カロテノイド類を生産する微生物を用いた培養において、糖などの炭素源の流加速度を、炭酸ガスの生成速度に比例させることにより、培養液中の炭素源濃度を低く維持し、それによりカロテノイドの生産阻害や副生成物の生成を抑制する微生物の培養法、カロテノイド生産性の微生物が細菌である上記の微生物の培養方法、カロテノイド生産性の微生物がパラコッカス属細菌である上記の微生物の培養方法、およびカロテノイド生産性の微生物がパラコッカス属細菌N−81106株またはその変異株である上記の微生物の培養方法、そして炭素源濃度の維持を簡易に行うための指標の提供に関する。以下本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明に用いる微生物としてはカロテノイド類生産能を有する微生物であれば特に限定はないが、この内でも細菌を用いることが好ましく、さらにパラコッカス属細菌が好ましい。その様な細菌としてN−81106株(受託番号:FERM P−14023)やその変異株が知られている。そのような変異株としてTSUG1C11株(受託番号:FERM P−19416)やTSN18E7(受託番号:FERM P−19746)をあげることができる。
【0019】
なお、前記N−81106株は当初その菌学的性質よりアグロバクテリウム アウランティアカム sp. Nov.として同定されて特許出願されたが、後に16SリボゾームRNA遺伝子の配列解析により、パラコッカス属に再同定された(国立遺伝学研究所日本DNAデータバンクホームページ<URL:http:://www.ddbj.nig.ac.jp/>を参照)。
【0020】
N−81106株は細胞中にAxを主なカロテノイドとして蓄積するが、その他にβ−カロテン、β−クリプトキサンチン、3−ヒドロキシエキネノンカンタキサンチン、3’−ヒドロキシエキネノン、シス−アドニキサンチン、アドニルビン、アドニキサンチンなどの多様なカロテノイドを蓄積することも知られている(例えば、Yokoyama & Miki,FEMS Micorilogy Letters 128、139−144,1995年を参照)。
【0021】
本発明に用いる培地としては、細菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであればいずれを使用してもよい。流加に使用する炭素源に特に限定はなく、例えばグルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、粗糖、糖蜜などがあげられる。
【0022】
本発明においては微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養するものであることから、前記した炭素源等の培地成分を任意の濃度に仕込んで培養を開始し、微生物の増殖により消費されて目的の濃度になった後、別途調製した高濃度の溶液をポンプ等で培養液に流加する。このとき炭素源としてグルコースを用いる場合、好ましい開始時の濃度は0〜20g/Lである。また流加用のグルコース溶液の濃度は、培養液の液量の増加が抑えられるため高濃度であることが好ましく、300〜900g/Lの溶液が使用される。
【0023】
培養時の炭素源の濃度は以下の流加式(1)に基づいて流加用の溶液を培養液内に送液することにより、目的の濃度に制御される。
F=A×f×(CCO2out−CCO2in) (1)
式(1)中、Fは炭素源流加速度(単位:g/min)を意味する。Aの値は係数(単位:g/L)であり、使用する醗酵槽やガス分析計の機種、そして微生物の種類や生育状態に応じて設定される定数である。本定数は予備実験で求めた値にもとづき、微生物の生育状態に応じて、適宜適切な値に設定を変更していくことが好ましい。一般的に培養の初期では高い値となり、後期では低い値となる。fは発酵槽に供給する空気の通気量(単位:L/min)であり、1分間あたりの空気の流量を示す通気量fの値も任意に設定されるが、通常0.1〜5.0VVM(培養液1Lに対して0.1〜5.0L/min)が好ましく用いられる。CCO2outは排気ガス中の炭酸ガス濃度(単位:容量%)、CCO2inは供給ガス中の炭酸ガス濃度(単位:容量%)を表す。
【0024】
本発明においては、培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持するものであるが、その濃度としては、流加により制御される目的の濃度は炭素源が枯渇せず、また10g/Lを越えない濃度が好ましく、より好ましくは6g/L以下の濃度である。炭素源濃度が10g/Lを超えた状態で培養を行うと有機酸が副成物として生産されることがあり、目的物であるカロテノイドに混入して品質を低下させるため好ましくないだけでなく、多量に蓄積した場合には微生物の生育やカロテノイドの生産を抑制する可能性がある。特に100g/Lを超えると生育やカロテノイドの生産が大きく阻害される。
【0025】
炭素源の枯渇は、微生物の種類や生育の状態により影響が異なるが、カロテノイド生産菌の培養においてはその培養初期から中期に枯渇が生じると、生育やカロテノイド生産への阻害が生じる可能性がある。枯渇した状態が継続する期間も影響があり、数分間の枯渇であれば大きな影響はないが、10分間以上枯渇してDOが上昇した状態が継続すると、カロテノイドの生産が抑制される。
【0026】
枯渇が生じたことを見分ける方法については特に限定は無いが、呼吸活性の低下により知ることができる。呼吸活性の低下は、例えば培養液の溶存酸素濃度(DO)の上昇、排ガス中の酸素濃度の上昇や炭酸ガス濃度の低下、pHの上昇として現れる。特にDOを好適な指標とすることができる。炭素源の濃度が十分に維持されている場合には、微生物の呼吸により酸素が消費されるためDOは酸素飽和濃度より低い値に維持されるが、炭素源の枯渇により微生物の呼吸活性が低下してDOが急激に上昇するためである。
【0027】
枯渇を防ぐため、DOの急激な上昇に連動させて炭素源を追加することもできる。排ガス組成やpHを枯渇の指標として用いる場合にはDOを指標とした場合に比較して応答が遅い傾向があるのでより注意が必要となる。ここで炭素源濃度が0g/Lの場合でも呼吸活性の低下が生じていない場合は枯渇した状態ではない。かかる状況は菌体の消費速度と炭素源の補給速度が一致している場合に生じる。この場合は炭素源濃度が0g/Lであっても、微生物の代謝状態を良好に維持するために必要な炭素源は補給されており、生育およびカロテノイド生産ともに良好に進行する。
【0028】
本発明においては、培養液から発生する炭酸ガス量を測定し、この測定値に基づき炭素源供給量を制御して培養液中の炭素源濃度を維持してカロテノイド類を効率的に生産することができる。
【0029】
炭素源の流加の指標とする炭酸ガス濃度の分析法には特に限定は無く、例えば培養液から発生する炭酸ガス量を測定するにおいては、通常市販されている培養装置用の排ガス分析計を用いることができる。
【0030】
また、培養液から発生する炭酸ガス量の測定値に基づき炭素源供給量を制御するには、例えばデータ処理用の各種装置等を用い、当該データ処理装置が受けた炭酸ガス量測定値信号を適切な制御式に基づいて送液ポンプへ送液量を決定する信号を転送することで制御する等の方法が例示できる。
【0031】
さらに具体的には、データ処理の効率化のためにパーソナルコンピューター等のデータ処理装置へのデータ転送が可能な装置を例示することができ、また、炭素源の送液量の制御方法にも特に限定はなく、排ガス中の炭酸ガス濃度の分析値より前記した式(1)に基づいて遂次適切な送液量を計算して送液ポンプ流速を修正しつつ連続的に炭素源を供給することもでき、また一定の流速に設定したポンプを間歇的に動作させることにより、任意に設定した期間内の平均送液量が式(1)により求められる目的の送液速度に一致するように制御することもできる。例えば、培養液から発生する炭酸ガス量と培養液への炭素源供給量とが比例するように設定して、培養液中の炭素源濃度を制御する制御方式が例示できる。これらの制御は手動で行うこともでき、パーソナルコンピューターや専用の制御装置を解して自動的に行うこともできる。
【0032】
窒素源には酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、ペプトン、コーンスティープリカー、酵母エキスなどが、無機塩にはリン酸1ナトリウム、リン酸2ナトリウム、リン酸1カリウム、リン酸2カリウム等のリン酸塩や塩化ナトリウムなどが、金属イオンには塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、塩化第1鉄、塩化第2鉄、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム・2水和物、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸銅、塩化銅、硫酸マンガン、塩化マンガンなどが、ビタミン類として酵母エキスやビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシン等が使用できる。
【0033】
本発明における培養の条件については、細菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであれば特に限定はないが、培養温度は15〜40℃が好ましく、pHは6〜8が好ましい。培養時間は任意に設定できるが、カロテノイドが十分に生産される時間であることが好ましく、通常は数時間〜200時間の間に設定される。
【0034】
本発明におけるカロテノイドの分析方法は、菌体または培養液から安定に効率良く回収されれば特に限定はなく、例えば抽出溶媒としてはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルフォキシド等がよい。抽出されたカロテノイドの定量は、各種カロテノイドが分離され定量性に優れる高速液体クロマトグラフィーによる行なうことが好ましい。
【0035】
以上の方法により、カロテノイドの生産阻害による収量の低下や有機酸などの副生物の生産による製品品質の低下が防げるようになっただけでなく培養終了時の液中の炭素源濃度を低く維持することで原料のロスが抑えられ、培養後に残留する糖類による目的物の分離精製の妨害、さらには培養廃液による環境汚染の防止の効果も得られるようになった。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、以下の効果を奏することができる。
【0037】
本発明により、糖などの炭素源の流加量を、微生物の生育により排出される排気ガス中の炭酸ガス濃度に基づいて制御することで、カロテノイド、特にアスタキサンチンを安定的に制御することが可能になった。
【0038】
本発明により、炭素源の枯渇による生産阻害が防止され、また蓄積による炭素源自身による微生物の生育阻害とカロテノイド生産阻害、副生物として生じる有機酸などによる目的物の汚染や微生物の生育阻害とカロテノイド生産阻害が容易に回避されるようにできる。
【0039】
その結果として、カロテノイド、特にアスタキサンチンを効率良く生産することが可能となっただけでなく、過剰の原料による生産コスト上昇が抑制され、製品回収後の培養廃液中の残留有機物が減少するため環境汚染の低減や廃液処理コストの抑制の効果も得ることができる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更が可能であることは言うまでもない。
【0041】
(カロテノイドの抽出と定量法)
適量な培養液を1.5ml容エッペンドルフチューブを用いて、15,000回転、5分間遠心分離を行ない菌体を得た。この菌体に20μlの純水に懸濁し、次いで240μlのジメチルホルムアミドおよび240μlのアセトンを加え約1時間振とうし、カロテノイドを抽出した。この抽出液を15,000回転、5分間遠心分離により残渣を除去後、Tskgel ODS−80TMカラム(東ソー社製)を用いた高速液体クロマトグラフィー(以下「HPLC」と略記する。)でアスタキサンチンを定量した。なおAxの分離はA液として純水とメチルアルコールの5体95の混合溶媒、B液としてメチルアルコールとテトラヒドロフランの7体3の混合溶媒を用い、1ml/minの流速でA液を5分間カラムに通過させた後、同じ流速A液からB液へ5分間の直線濃度勾配を行ない、さらにB液を5分間通過させることにより行なった。Ax濃度は470nmの吸光度をモニターし、既知濃度のAx試薬(シグマ製)で作成した検量線より濃度を算出した。
【0042】
(有機酸の定量)
適量な培養液を1.5ml容エッペンドルフチューブを用いて、15,000回転、5分間遠心分離を行ない上清を得た。この上清を0.75mM硫酸水溶液で希釈し、Tskgel OAPak−AカラムおよびTskgel OAPak−Pカラム(いずれも東ソー社製)を用いたHPLCで定量した。移動相は0.75mM硫酸を使用、カラム温度は40℃、流速0.8ml/minに設定。各種有機酸濃度は電気伝導度計(CM−8020、東ソー社製)をモニターし、既知濃度の特級試薬で作成した検量線より濃度を算出した。
【0043】
(実施例1) 炭酸ガス濃度に比例してグルコース供給量を制御することでグルコースを0〜6g/Lに維持した流加培養
表1に示した組成の培地300mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌後、N−81106株の変異株の一つであるTSTT031株(受託番号:FERM−20689)を植菌し、25℃で1日間、毎分100回転の振とう速度で前々培養を行なった。
【0044】
【表1】
次いで表2に示した組成の培地100mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌し、上記培養液5mlを植菌して25℃で約18時間、毎分100回転の振とう速度で前培養した。
【0045】
【表2】
さらに、表3に示す組成の培地からグルコースと金属塩を除いたもの約1.4Lを3Lの発酵槽に入れ、121℃、20分間で滅菌後、グルコースと金属塩を補充し、さらに前培養の培養液90mlを添加し本培養を開始した。培養温度は22℃、pHは7.0〜7.4とした。培養時pHは微生物の増殖に伴って低下するので10%アンモニア水の添加により所定範囲に制御した。また空気を1.8L/minの速度で通気した。炭素源の流加には700g/Lのグルコースを使用した。培養装置はエイブル社のBMS−03PIを、排ガス分析装置はエイブル社のDEX−2562を使用した。
【0046】
【表3】
グルコース濃度を維持するため、パーソナルコンピューターを解し、エイブル社の培養制御プログラムを用いて、流加式(1)に基づいて流加ポンプを間歇的に動作させることにより行った。流加にはワトソン・モーロー社の定量ポンプ101U(低速型)を使用し、流速は0.3g/minに設定した。また式(1)のAの値は培養開始時から53時間までを3.9、以降は3.3に設定した。培養中はグルコース分析計(装置名;YSI社2700)を用いて定期的にグルコース濃度を測定した。微生物の増殖は培養液の660nmの濁度により測定した。120時間培養を行ったところ、培養液の濁度は420に達した。予め求めた濁度と菌体密度の相関式より、菌体収量は105g/Lと求められた。また、グルコース濃度は培養の期間を通じて0〜6g/Lに維持された。この培養の結果を図1に示した。
【0047】
培養24時間目から培養終了までの期間中、溶存酸素濃度は0%飽和付近に維持された(図2)。このことは、培養中にグルコースの枯渇なく維持されたことを示す。
【0048】
培養期間中の排ガス中の炭酸ガス濃度と流加速度の推移を図11に示した。なお、ここでは流加速度を5分間の平均流速として示した。流加速度はCO2濃度の推移と良好な一致を示した。また、図12にはグルコース消費速度の推移も示した。グルコースの流加速度の推移は消費速度の推移によく一致していた。この結果と図1に示したグルコース濃度の推移より、本方法によるグルコース濃度制御の有効性を確認した。
【0049】
培養終了後のカロテノイドの生成量を分析すると、培養液1LあたりAxが420mg/L生産されていたほか、アドニキサンチンが(101mg/L)、フェニコキサンチン(142mg/L)、カンタキサンチン(71mg/L)、そしてエキネノン(131mg/L)が生成していた。そのほかにもβ−カロテンやゼアキサンチン等と推定されるカロテノイドが検出されたが、少量であり同定・定量できなかった。培養上清中の有機酸生成量を分析すると、0.03 g/Lの乳酸のみが検出されたにすぎなかった。
【0050】
(比較例1) 10g/L前後にグルコース濃度を手動で制御した流加培養
本培養での初期グルコース濃度を12g/Lとし、グルコース濃度が10g/L前後に維持されるように手動により流加量の制御を行ったことを除いて実施例1と同様に実験を行った。手動制御では任意の間隔で培養液中のグルコース濃度を定量し、またその時点までのグルコースの流加量からグルコース消費速度を求め、消費速度と流加速度が一致する様に、グルコース溶液の流加速度を設定した。すなわち、グルコースの消費速度は下式(2)により計算した。
dG/dt=([Glc]n−1−[Glc]n+(Wn−1−Wn)×[Glc]S×SGGS)/(tn−tn−1) (2)
式中、dG/dtはグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、[Glc]は培養液中のグルコース濃度の測定値(単位はg/L)、Wは流加用グルコース溶液の重量の測定値(単位はg)、[Glc]sは流加用グルコース溶液の濃度(単位はg/L)をあらわす(本実施例においては700g/L)。また、SGGSは流加用グルコース水溶液の比重(単位はL/g)をあらわす(本実施例のグルコース溶液では約1)。また、tは培養液中のグルコース濃度や流加用グルコース溶液の重量を測定した時間(単位はhr)を示す。また、右下のnまたはn−1は、培養開始後、任意間隔で測定したうちのn番目のデータまたはn−1番目のデータであることを示す。
【0051】
培養開始後、17時間まではグルコース消費速度の大きな上昇はないものと予測して、初期にはグルコースの流加を行わずに菌を増殖させ、約17時間目より0.57g/L・hの流速(グルコースあたりの流加速度は0.4g/Lに相当する)でグルコースを連続的に流加することを開始した。流加には700g/Lのグルコース水溶液とワトソン・モーロー社の定量ポンプ101U(低速型)を用いた。また、グルコース流加量の測定のため、このグルコース水溶液の重量を流加中の任意の時間に測定した。
【0052】
培養中の流加のパターンを示すため、流加グルコースの積算値を図13に示した。
【0053】
約20時間後に再度グルコース濃度を測定すると、予測したものよりグルコースの消費が早く、培養液中のグルコース濃度は約5g/Lにまで低下していた。そこで、培養液中のグルコース濃度とグルコース流加量を2時間おきに測定しつつ、流加速度を段階的に上昇させた。この操作によりグルコース濃度は約13g/Lにまで上昇したため、消費速度に一致させ、一晩培養を継続した。
【0054】
さらに約48時間後より同様に流加速度の調節を行ったところ、約80時間目までグルコース濃度を12±1g/Lの範囲に維持することができた。しかしながら、80時間以降の夜間にグルコースの消費速度が急激に低下したため、流加速度の調節が行えず、約20g/Lまで蓄積した。その後、流加を中止し、約120時間後、培地中のグルコースがほぼ消費された段階で培養を終了した。
【0055】
すなわち、手動で流加速度を調整したため、夜間のグルコース消費速度の変化に対して修正が行えず、特に消費速度が大きく変動する培養初期と培養後期において、グルコース濃度は目標値から大きく乖離し、前期では5g/L、後期では10g/Lの乖離が生じた。
【0056】
この培養における微生物の増殖のパターンとグルコース濃度の推移を図3に、溶存酸素濃度の推移を図4に示した。また、流加したグルコース量を積算値の推移として図12に示した。また。グルコースの消費速度とグルコースの流加速度の推移を図14に示した。図14中の黒丸はグルコース濃度測定値の2点間の差とその間の流加量(図13)から求めたグルコース消費速度であり、破線は培養終了後にグルコース消費速度の測定値の分布から推測した、真のグルコース消費速度の推移である。グルコース消費速度の測定値は培養初期において特に大きい誤差を含んでいたことが観察された。従って前期において、目的値と実際のグルコース濃度が乖離したことは、この誤差によるものと考えられた。
【0057】
本例において、培養液の濁度は360にまでしか達せず、実施例1に比べて菌体収量は15%ほど低いものだった。
【0058】
また培養終了後のカロテノイドの生成量を分析すると、培養液1LあたりAxが343mg/L、アドニキサンチンが(40mg/L)、フェニコキサンチン(396mg/L)、カンタキサンチン(304mg/L)、エキネノン(212mg/L)、そしてβ−カロテン(12mg/L)が検出され、全体的なカロテノイドの生産量は上昇するものの、魚類への色揚げ剤や健康食品としての需要が高いAxの生産量は低下することが判明した。さらに培養上清の有機酸分析を分析すると、0.12 g/Lの酒石酸量および0.31g/Lのオキサル酢酸の生成が認められた。
【0059】
すなわち高濃度の炭素源存在下で培養した場合には実施例1よりも、目的物であるAxの生産量が低下するだけでなく、回収される製品の品質低下の原因となる副生成物である有機酸の生産量が著しく増加していることが判明した。
【0060】
(実施例2) 手動制御によるグルコース濃度0〜5g/Lでの流加培養
表1に示した組成の培地300mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌後、TSN18E7(受託番号:FERM P−19746)を植菌し、25℃で1日間、毎分100回転の振とう速度にて前々培養を行なった。次いで表2に示した組成の培地100mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌し、その後、前々培養液5mlを植菌して25℃で約18時間、毎分100回転の振とう速度にて前培養を行なった。
【0061】
さらに、表4に示す組成からグルコースと金属塩を除いた培地約1.4Lを3Lの発酵槽に入れ、121℃、20分間で滅菌後、グルコースと金属塩を補充し、前培養液90mlを添加して培養を開始した。培養温度は22℃、pHは7.0〜7.4とした。pHの制御は10%アンモニア水を使用した。また1.8L/minの速度で空気を通気した。炭素源の流加には500g/Lのグルコースを用いた。流加は比較例1と同様に培養開始後17時間目より開始した。0.6g/L・hの流速(グルコース当りの流加速度は0.3g/Lに相当する)で行った。
【0062】
培養開始後、22時間目から32時間目にかけて、2時間おきに培養液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の推移を図5に示した。測定2点間のグルコース濃度の変化とその間に流下したグルコース量から、式2に基づいてグルコース消費速度を求めて、消費速度に一致する様に流加速度を適宜修正した。流加したグルコース量の積算値の推移を図15にグルコース消費速度と流加速度の推移を図16に示した。
【0063】
さらに一晩経過後の46時間目より同様にグルコース消費速度を求めた。しかしながら、グルコース濃度の定量誤差のため消費速度の測定値は測定毎に大きく変動し、流加速度の設定も大きく変動することになった。その影響でグルコース濃度はほぼ0g/Lにまで低下した。この間の平均値から真の消費速度を推定し(図16中の破線)、流加速度をその値に設定することで、グルコース濃度は0g/Lにまで低下したものの、枯渇の状態には至らず、約70時間までグルコース濃度は枯渇することなく0g/Lに維持された。グルコースの枯渇が生じていないことは、この間に溶存酸素濃度が0%に維持され、急激な上昇を示さなかったことから確認された(図6)。
【0064】
しかしながら、さらに一晩経過後、菌の活性低下によりグルコース消費速度が低下したため、グルコース濃度は23g/L付近まで上昇した。そこで流加を停止し、さらに一晩培養し、120時間後、グルコースがほぼ消費しつくされた時点で培養を停止した。この培養の結果を図5に示した。培養液の濁度は140に達した。
【0065】
【表4】
予め求めた濁度と菌体密度の相関式より、菌体収量は42g/Lと求められた。培養終了後のカロテノイドの生成量を分析すると、培養液1LあたりAxが530mg/L生産されていたほか、アドニキサンチン、(97mg/L)、フェニコキサンチン(108mg/L)、カンタキサンチン(93mg/L)、そしてエキネノン(23mg/L)が生成していた。
【0066】
(比較例2) 手動制御によるグルコース濃度0〜5g/Lでの流加培養2
TSN18E7を用いて実施例2と同様に培養をおこなった。この培養の増殖パターンとグルコース濃度の推移を図7に、溶存酸素濃度の推移を図8に流下されたグルコース量の積算値を図17に、また、グルコースの消費速度の変化と流加速度の推移を図18に示した。
【0067】
この培養では実施例2と同様の操作を試みたにもかかわらず、実験操作間のわずかな操作の違いにより、培養開始後一日目のグルコース消費速度が実施例1により大きいものとなった。それに対応するべく流加速度を高めに設定したところ、翌日にはグルコースは約8g/Lまで蓄積していた。そこで流加を一時停止し、菌による消費でグルコースが消費され、目的値である、5g/L以下まで低下させることを試みたが、予測より消費速度が速かったため、10数分間にわたるグルコースの枯渇を生じた。図8において、DOが一時的に上昇している期間がそれに相当する。このグルコース枯渇のストレスにより、微生物の活性低下は実施例2に比較して早期に生じ、80時間目においてグルコースの蓄積とDOの上昇が観察された。
【0068】
その後、120時間まで培養を行った後の培養液の濁度は160であり、菌体収量は実施例2よりむしろ若干良好な値を示した。しかしながらAx収量は334mg/Lであり、実施例1の約60%の収量に留まった。その他のカロテノイドとしてアドニキサンチン、(63mg/L)、フェニコキサンチン(109mg/L)、カンタキサンチン(89mg/L)、そしてエキネノン(68mg/L)が検出され、全体的にカロテノイド収量は低下した。本実験により炭素源の枯渇により目的物の収量が低下することと、手動では実験操作間のわずかな誤差に起因する菌の代謝の変動に対応が困難であり、安定な制御が困難であることが確認された。
【0069】
(比較例3)高濃度グルコース(130g/L)での回分培養
培養開始時のグルコース濃度を130g/Lとし、流加を行わなかったことを除いて、実施例2と同様に培養を行った。この際の微生物の増殖とグルコース濃度の推移を図9に、溶存酸素濃度の推移を図10に示すが、増殖速度が顕著に低下し、150時間の培養後の濁度も100に留まった。また、Ax生産量は75mg/Lに留まり、そのほか、フェニコキサンチン(91mg/L)、カンタキサンチン(67mg/L)、エキネノン(58mg/L)が検出され、いずれのカロテノイドも低収率にしか得られなかった。本結果より、高濃度のグルコースにより、本微生物の生育、カロテノイド生産ともに阻害されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の増殖量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図2】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図3】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の増殖量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図4】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図5】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図6】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図7】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図8】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図9】グルコースを高濃度(130g/L)として回分培養を行った場合の培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図10】回分培養における溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図11】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおける排ガス中の炭酸ガス濃度とグルコース流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、実線(図中の下側)はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)、破線(図中の上側)は炭酸ガス濃度(単位は容量%)を示す。
【図12】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおけるグルコース消費速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)を示す。
【図13】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおける流加されたグルコースの積算値をあらわす図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、○はグルコースの積算値(単位はg)を示す。
【図14】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおけるグルコース消費速度と流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、実線はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)を示す。
【図15】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおける流加されたグルコースの積算値をあらわす図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、○はグルコースの積算値(単位はg)を示す。
【図16】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおけるグルコース消費速度と流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、実線はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)を示す。
【図17】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおける流加されたグルコースの積算値をあらわす図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、○はグルコースの積算値(単位はg)を示す。
【図18】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおけるグルコース消費速度と流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)を示す。また実線はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品用色素や抗酸化剤として有用なカロテノイド、特にアスタキサンチンを微生物により製造する方法に関する。詳しくは、炭素源の濃度を微生物に適した条件に保つために醗酵槽からの炭酸ガス発生量をもとに炭素源の流加速度を制御し、低濃度に維持し、かつ枯渇を防ぐことで品質に優れたカロテノイドを高い生産量で得る方法である。
【背景技術】
【0002】
β‐カロチン、リコペンなどに代表されるカロテノイドのうちアスタキサンチン(以下「Ax」と略記する。)は、オキアミ、カニ、エビなどの甲殻類やマダイ、サケ、マスなどの魚類、フラミンゴなどの鳥類、藻類や微生物等に広く分布する天然の化合物である。近年はAxがサケやマス、マダイ等の養殖魚の色揚げ剤や鶏卵の色調改善剤として需要が増加している。またAxには抗酸化活性や抗癌活性などの様々な生理的作用が確認され、医薬品や健康補助食品としての利用も注目されている。
【0003】
Axの製造方法としては、化学合成法、天然物からの抽出法、微生物による発酵生産法などがあるが、現在は主に価格等の要因から化学合成法による製品が広く流通している。しかし、化学合成法では原料に臭素および塩素を含むハロゲン系化合物や重金属類を使用するため安全性に懸念があり(例えば、特許文献1参照)、消費者の自然、天然志向にともない天然物由来のAxへの要求が強くなっている。
【0004】
天然物からの抽出法としてはオキアミ等からの抽出する方法があるが、これらは含量が低く、採取、抽出、精製などに多大な労力を要し、コスト的に問題があった。
【0005】
微生物を利用した製法としては、酵母ではファフィア・ロドチーマ(Phaffia rhodozyma)(例えば、非特許文献1参照)、藻類ではヘマトコッカス・プルビアリス(Hematococcus pluvialis)(例えば、非特許文献2参照)の報告がある。しかしながらファフィア酵母は増殖速度が遅いため培養日数が長く、細胞壁が強固なために抽出効率が低く、含量が少ないためコスト高である。またヘマトコッカス藻類は増殖速度が非常に遅いために非常に培養日数が長く、光を必要とするため立地条件や設備などに制約がある他、クロロフィルなどの夾雑物の除去が必要になりコスト高である。
【0006】
これらの問題を解決する方法として、細菌によるカロテノイド生産法が提案されている。例えば海洋性アグロバクテリウム属細菌N‐81106(受託番号:FERM P−14023)の培養により得る方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。藻類や酵母に比べて細菌は一般的に増殖が速く、また細胞壁が脆弱であり、藻類とことなりクロロフィルなどのカロテノイド以外の色素を含まず、酵母のように副生成物の多糖類を生産しないという利点があるためである。当該発明によればAxを含有した菌体が迅速に得られ、さらに菌体を回収した後、アセトンなどの有機溶媒と菌体を混和・攪拌するだけで容易にAxを抽出できるという利点がある。なお、この微生物は後に16sリボゾーマルRNA遺伝子の配列解析が行われた結果、パラコッカス属細菌と再同定された。海洋バイオテクノロジー研究所においてMBIC01143としても登録され、その諸性質に関する情報の概略は国立遺伝学研究所日本DNAデータバンク(DDBJ)や米国NIHのデーターベース(NCBI)より入手することができる(例えば、非特許文献3、4参照)。また該微生物を用いて変異育種を行ない、Axの生産能が向上したTSUG1C11(受託番号:FERM P−19416)株の取得やTSN18E7(受託番号:FERM P−19746)が報告されている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら本微生物の効率の良い培養方法、特に流加培養の好適な方法は全く知られていなかった。
【0007】
工業的な微生物の培養、特に大腸菌や酵母の培養において、必要な栄養源を一度に仕込んで行う回分培養法に比べて、培養中に培地成分を追加しながら培養する流加培養法により目的物や微生物菌体が高い収率で得られることがあることが知られている。ここで培養中に培地成分を追加することを流加と呼ぶ。流加培養は供給する栄養源の濃度を任意に、多くの場合は低い濃度に、制御ができる利点があり、高濃度基質により目的物の生産や増殖が阻害される場合や、アルコールや有機酸などの副生成物が生産される場合に、それらを抑制できるためである。特に培地成分のうち、グルコースのような糖類を高濃度とした場合に異化物抑制と呼ばれる目的物の生産が抑制されることや、メタノールやアルコール類を高濃度にした場合にはその毒性により微生物の増殖が抑制されることが良く知られている。また、グルコースを高濃度とした場合には、酵母の場合ではエタノールが、大腸菌の場合では酢酸が蓄積し、それらがそれぞれ20g/L又は5g/Lを超えると副生成物により増殖が抑制されることが知られている。また、副生物の生産は増殖を抑制するだけでなく、目的物質の品質を低下させることや精製を困難にさせることになり好ましくないことである。しかしながらこれらの知見は、主に大腸菌や酵母の培養において観察される現象であり、当該発明の対象となるカロテノイド生産性微生物においては、栄養源の濃度が与える影響はこれまでまったく知られていなかった。
【0008】
対象となる栄養源としては消費量が多い糖類などの炭素源があげられるが、その消費速度は微生物の生育状態により一定ではないため、培養中に炭素源の濃度を一定に維持するためには微生物の生育状態を何らかの方法でモニターしつつ、流加量を制御する必要がある。そのために種々の提案がなされている。例えば、酸素消費量を指標として炭素源を流加する方法が知られている。この方法では供給ガスおよび排気ガス中の酸素濃度差より酸素消費量が求められる。しかしながら酸素濃度の測定は比較的誤差が大きく、またレスポンスが遅いという欠点があり、培養中の微生物活性を精度良く推定できないため、予想を越えた変化が起きた場合には制御が困難になるという問題がある。排ガス組成の分析による方法としては呼吸商(RQ)を指標として流加を行う方法も知られている。呼吸商は例えば酵母の培養において醗酵と呼吸の割合を示す指標であり、微生物の代謝状態を大きく反映するという利点がある(例えば、非特許文献5参照)。しかしながら酵母以外の微生物においてはその有効性は明らかではなく、また、呼吸商は供給ガスおよび排気ガスとの酸素濃度及び炭酸ガス濃度差から計算されるため、上記の酸素濃度測定の問題が存在するだけでなく、酸素濃度と炭酸ガス濃度の二つの指標の測定値からの計算が必要であり、データー処理が比較的複雑であるという問題があった。その他の物理化学的指標として、pHの変化や溶存酸素(DO)の変化を利用した方法があるが、これらはセンサーの応答速度等に問題があり、炭素源が枯渇した場合にはその修正へのレスポンスが遅く、枯渇によるストレスが生じて生物代謝活性に変化が生じる問題がある。オンライングルコース分析計による方法では、必要サンプル量、分析時間、精度、安定性、液性等の影響から長時間の安定制御に問題がある。オンラインレーザー濁度計による方法は菌体が高密度になると精度が低下するなどの問題があった(例えば、非特許文献6参照)。
【0009】
以上のことから、新たな方法の提案が求められていただけでなく、これらは酵母や大腸菌を対象として開発された方法であるため、本願発明の対象となるカロテノイド生産性の細菌に対するこれらの指標の有効性は全く知られていないという問題があった。
【0010】
【特許文献1】米国特許第4283559号明細書
【特許文献2】特許第3570741号公報
【特許文献3】特開2005−58216号公報
【非特許文献1】Andrewes,A.G.ら、Phytochemistry,15,1003,1976年
【非特許文献2】Renstrom,Bら、Phytochemistry,20,2561,1981年
【非特許文献3】国立遺伝学研究所日本DNAデータバンクホームページ<URL:http://www.ddbj.nig.ac.jp/>
【非特許文献4】米国National Institute of Health、National Center of Biotechnology Informationホームページ<URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/>
【非特許文献5】村山と竹本、東洋曹達研究報告第28巻49−58頁、1984年
【非特許文献6】Yamane,Tら,J. of Ferment. Bioeng.,75,451,1993年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、カロテノイド生産性微生物、好ましくは細菌、さらに好ましくはパラコッカス属細菌の流加培養において、微生物の呼吸速度、特に炭酸ガスの発生量に比例して炭素源の供給量を変動することにより、培養液中の糖などの炭素源濃度を低い濃度に保ち、Axの生産阻害や有機酸などの副生成物の生産を抑制して、カロテノイド、特にAxを効率良く生産する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題に関し鋭意検討した結果、本微生物の培養においては糖濃度を低濃度かつ枯渇しない条件に維持することで、微生物の生育阻害や有機酸などの副生成物の生産が抑制されることを見出した。また流加量の制御においては微生物の呼吸によって生じる炭酸ガスの発生量に比例して流加量を調節することで、培養液中の炭素源を簡便な方法で枯渇を防ぎつつ低濃度に維持できることを見出し、本発明の完成に到達した。
【0013】
従って本発明は、カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養するカロテノイド類の生産方法である。さらに本発明は、用いる微生物として細菌が好ましく、この内でもパラコッカス属細菌、特にパラコッカス属細菌N−81106株またはその改変株であることが好ましいものである。
【0014】
また本発明は、上記発明に加え、培養液中の炭素源濃度を、10g/L以下に維持するカロテノイド類の生産方法である。
【0015】
また本発明は、上記発明に加え、培養液中の炭素源濃度を、培養中のいずれの時期においても炭素源の枯渇が生じない濃度に維持するカロテノイド類の生産方法であり、さらに当該炭素源の枯渇が培養液中の炭素源濃度として0g/Lであり、かつ培養する微生物の呼吸活性の低下を伴う状態であるものである。
【0016】
また本発明は、上記発明に加え、培養液から発生する炭酸ガス量を測定し、当該測定値に基づき炭素源供給量を制御して培養液中の炭素源濃度を維持するカロテノイド類の生産方法であり、さらに培養液から発生する炭酸ガス量と培養液への炭素源供給量とが比例するように設定して、培養液中の炭素源濃度を制御するものである。
【0017】
すなわち本発明は、カロテノイド類を生産する微生物を用いた培養において、糖などの炭素源の流加速度を、炭酸ガスの生成速度に比例させることにより、培養液中の炭素源濃度を低く維持し、それによりカロテノイドの生産阻害や副生成物の生成を抑制する微生物の培養法、カロテノイド生産性の微生物が細菌である上記の微生物の培養方法、カロテノイド生産性の微生物がパラコッカス属細菌である上記の微生物の培養方法、およびカロテノイド生産性の微生物がパラコッカス属細菌N−81106株またはその変異株である上記の微生物の培養方法、そして炭素源濃度の維持を簡易に行うための指標の提供に関する。以下本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明に用いる微生物としてはカロテノイド類生産能を有する微生物であれば特に限定はないが、この内でも細菌を用いることが好ましく、さらにパラコッカス属細菌が好ましい。その様な細菌としてN−81106株(受託番号:FERM P−14023)やその変異株が知られている。そのような変異株としてTSUG1C11株(受託番号:FERM P−19416)やTSN18E7(受託番号:FERM P−19746)をあげることができる。
【0019】
なお、前記N−81106株は当初その菌学的性質よりアグロバクテリウム アウランティアカム sp. Nov.として同定されて特許出願されたが、後に16SリボゾームRNA遺伝子の配列解析により、パラコッカス属に再同定された(国立遺伝学研究所日本DNAデータバンクホームページ<URL:http:://www.ddbj.nig.ac.jp/>を参照)。
【0020】
N−81106株は細胞中にAxを主なカロテノイドとして蓄積するが、その他にβ−カロテン、β−クリプトキサンチン、3−ヒドロキシエキネノンカンタキサンチン、3’−ヒドロキシエキネノン、シス−アドニキサンチン、アドニルビン、アドニキサンチンなどの多様なカロテノイドを蓄積することも知られている(例えば、Yokoyama & Miki,FEMS Micorilogy Letters 128、139−144,1995年を参照)。
【0021】
本発明に用いる培地としては、細菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであればいずれを使用してもよい。流加に使用する炭素源に特に限定はなく、例えばグルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、粗糖、糖蜜などがあげられる。
【0022】
本発明においては微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養するものであることから、前記した炭素源等の培地成分を任意の濃度に仕込んで培養を開始し、微生物の増殖により消費されて目的の濃度になった後、別途調製した高濃度の溶液をポンプ等で培養液に流加する。このとき炭素源としてグルコースを用いる場合、好ましい開始時の濃度は0〜20g/Lである。また流加用のグルコース溶液の濃度は、培養液の液量の増加が抑えられるため高濃度であることが好ましく、300〜900g/Lの溶液が使用される。
【0023】
培養時の炭素源の濃度は以下の流加式(1)に基づいて流加用の溶液を培養液内に送液することにより、目的の濃度に制御される。
F=A×f×(CCO2out−CCO2in) (1)
式(1)中、Fは炭素源流加速度(単位:g/min)を意味する。Aの値は係数(単位:g/L)であり、使用する醗酵槽やガス分析計の機種、そして微生物の種類や生育状態に応じて設定される定数である。本定数は予備実験で求めた値にもとづき、微生物の生育状態に応じて、適宜適切な値に設定を変更していくことが好ましい。一般的に培養の初期では高い値となり、後期では低い値となる。fは発酵槽に供給する空気の通気量(単位:L/min)であり、1分間あたりの空気の流量を示す通気量fの値も任意に設定されるが、通常0.1〜5.0VVM(培養液1Lに対して0.1〜5.0L/min)が好ましく用いられる。CCO2outは排気ガス中の炭酸ガス濃度(単位:容量%)、CCO2inは供給ガス中の炭酸ガス濃度(単位:容量%)を表す。
【0024】
本発明においては、培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持するものであるが、その濃度としては、流加により制御される目的の濃度は炭素源が枯渇せず、また10g/Lを越えない濃度が好ましく、より好ましくは6g/L以下の濃度である。炭素源濃度が10g/Lを超えた状態で培養を行うと有機酸が副成物として生産されることがあり、目的物であるカロテノイドに混入して品質を低下させるため好ましくないだけでなく、多量に蓄積した場合には微生物の生育やカロテノイドの生産を抑制する可能性がある。特に100g/Lを超えると生育やカロテノイドの生産が大きく阻害される。
【0025】
炭素源の枯渇は、微生物の種類や生育の状態により影響が異なるが、カロテノイド生産菌の培養においてはその培養初期から中期に枯渇が生じると、生育やカロテノイド生産への阻害が生じる可能性がある。枯渇した状態が継続する期間も影響があり、数分間の枯渇であれば大きな影響はないが、10分間以上枯渇してDOが上昇した状態が継続すると、カロテノイドの生産が抑制される。
【0026】
枯渇が生じたことを見分ける方法については特に限定は無いが、呼吸活性の低下により知ることができる。呼吸活性の低下は、例えば培養液の溶存酸素濃度(DO)の上昇、排ガス中の酸素濃度の上昇や炭酸ガス濃度の低下、pHの上昇として現れる。特にDOを好適な指標とすることができる。炭素源の濃度が十分に維持されている場合には、微生物の呼吸により酸素が消費されるためDOは酸素飽和濃度より低い値に維持されるが、炭素源の枯渇により微生物の呼吸活性が低下してDOが急激に上昇するためである。
【0027】
枯渇を防ぐため、DOの急激な上昇に連動させて炭素源を追加することもできる。排ガス組成やpHを枯渇の指標として用いる場合にはDOを指標とした場合に比較して応答が遅い傾向があるのでより注意が必要となる。ここで炭素源濃度が0g/Lの場合でも呼吸活性の低下が生じていない場合は枯渇した状態ではない。かかる状況は菌体の消費速度と炭素源の補給速度が一致している場合に生じる。この場合は炭素源濃度が0g/Lであっても、微生物の代謝状態を良好に維持するために必要な炭素源は補給されており、生育およびカロテノイド生産ともに良好に進行する。
【0028】
本発明においては、培養液から発生する炭酸ガス量を測定し、この測定値に基づき炭素源供給量を制御して培養液中の炭素源濃度を維持してカロテノイド類を効率的に生産することができる。
【0029】
炭素源の流加の指標とする炭酸ガス濃度の分析法には特に限定は無く、例えば培養液から発生する炭酸ガス量を測定するにおいては、通常市販されている培養装置用の排ガス分析計を用いることができる。
【0030】
また、培養液から発生する炭酸ガス量の測定値に基づき炭素源供給量を制御するには、例えばデータ処理用の各種装置等を用い、当該データ処理装置が受けた炭酸ガス量測定値信号を適切な制御式に基づいて送液ポンプへ送液量を決定する信号を転送することで制御する等の方法が例示できる。
【0031】
さらに具体的には、データ処理の効率化のためにパーソナルコンピューター等のデータ処理装置へのデータ転送が可能な装置を例示することができ、また、炭素源の送液量の制御方法にも特に限定はなく、排ガス中の炭酸ガス濃度の分析値より前記した式(1)に基づいて遂次適切な送液量を計算して送液ポンプ流速を修正しつつ連続的に炭素源を供給することもでき、また一定の流速に設定したポンプを間歇的に動作させることにより、任意に設定した期間内の平均送液量が式(1)により求められる目的の送液速度に一致するように制御することもできる。例えば、培養液から発生する炭酸ガス量と培養液への炭素源供給量とが比例するように設定して、培養液中の炭素源濃度を制御する制御方式が例示できる。これらの制御は手動で行うこともでき、パーソナルコンピューターや専用の制御装置を解して自動的に行うこともできる。
【0032】
窒素源には酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、ペプトン、コーンスティープリカー、酵母エキスなどが、無機塩にはリン酸1ナトリウム、リン酸2ナトリウム、リン酸1カリウム、リン酸2カリウム等のリン酸塩や塩化ナトリウムなどが、金属イオンには塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、塩化第1鉄、塩化第2鉄、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム・2水和物、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸銅、塩化銅、硫酸マンガン、塩化マンガンなどが、ビタミン類として酵母エキスやビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシン等が使用できる。
【0033】
本発明における培養の条件については、細菌が増殖しカロテノイドを生産し得るものであれば特に限定はないが、培養温度は15〜40℃が好ましく、pHは6〜8が好ましい。培養時間は任意に設定できるが、カロテノイドが十分に生産される時間であることが好ましく、通常は数時間〜200時間の間に設定される。
【0034】
本発明におけるカロテノイドの分析方法は、菌体または培養液から安定に効率良く回収されれば特に限定はなく、例えば抽出溶媒としてはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルフォキシド等がよい。抽出されたカロテノイドの定量は、各種カロテノイドが分離され定量性に優れる高速液体クロマトグラフィーによる行なうことが好ましい。
【0035】
以上の方法により、カロテノイドの生産阻害による収量の低下や有機酸などの副生物の生産による製品品質の低下が防げるようになっただけでなく培養終了時の液中の炭素源濃度を低く維持することで原料のロスが抑えられ、培養後に残留する糖類による目的物の分離精製の妨害、さらには培養廃液による環境汚染の防止の効果も得られるようになった。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、以下の効果を奏することができる。
【0037】
本発明により、糖などの炭素源の流加量を、微生物の生育により排出される排気ガス中の炭酸ガス濃度に基づいて制御することで、カロテノイド、特にアスタキサンチンを安定的に制御することが可能になった。
【0038】
本発明により、炭素源の枯渇による生産阻害が防止され、また蓄積による炭素源自身による微生物の生育阻害とカロテノイド生産阻害、副生物として生じる有機酸などによる目的物の汚染や微生物の生育阻害とカロテノイド生産阻害が容易に回避されるようにできる。
【0039】
その結果として、カロテノイド、特にアスタキサンチンを効率良く生産することが可能となっただけでなく、過剰の原料による生産コスト上昇が抑制され、製品回収後の培養廃液中の残留有機物が減少するため環境汚染の低減や廃液処理コストの抑制の効果も得ることができる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更が可能であることは言うまでもない。
【0041】
(カロテノイドの抽出と定量法)
適量な培養液を1.5ml容エッペンドルフチューブを用いて、15,000回転、5分間遠心分離を行ない菌体を得た。この菌体に20μlの純水に懸濁し、次いで240μlのジメチルホルムアミドおよび240μlのアセトンを加え約1時間振とうし、カロテノイドを抽出した。この抽出液を15,000回転、5分間遠心分離により残渣を除去後、Tskgel ODS−80TMカラム(東ソー社製)を用いた高速液体クロマトグラフィー(以下「HPLC」と略記する。)でアスタキサンチンを定量した。なおAxの分離はA液として純水とメチルアルコールの5体95の混合溶媒、B液としてメチルアルコールとテトラヒドロフランの7体3の混合溶媒を用い、1ml/minの流速でA液を5分間カラムに通過させた後、同じ流速A液からB液へ5分間の直線濃度勾配を行ない、さらにB液を5分間通過させることにより行なった。Ax濃度は470nmの吸光度をモニターし、既知濃度のAx試薬(シグマ製)で作成した検量線より濃度を算出した。
【0042】
(有機酸の定量)
適量な培養液を1.5ml容エッペンドルフチューブを用いて、15,000回転、5分間遠心分離を行ない上清を得た。この上清を0.75mM硫酸水溶液で希釈し、Tskgel OAPak−AカラムおよびTskgel OAPak−Pカラム(いずれも東ソー社製)を用いたHPLCで定量した。移動相は0.75mM硫酸を使用、カラム温度は40℃、流速0.8ml/minに設定。各種有機酸濃度は電気伝導度計(CM−8020、東ソー社製)をモニターし、既知濃度の特級試薬で作成した検量線より濃度を算出した。
【0043】
(実施例1) 炭酸ガス濃度に比例してグルコース供給量を制御することでグルコースを0〜6g/Lに維持した流加培養
表1に示した組成の培地300mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌後、N−81106株の変異株の一つであるTSTT031株(受託番号:FERM−20689)を植菌し、25℃で1日間、毎分100回転の振とう速度で前々培養を行なった。
【0044】
【表1】
次いで表2に示した組成の培地100mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌し、上記培養液5mlを植菌して25℃で約18時間、毎分100回転の振とう速度で前培養した。
【0045】
【表2】
さらに、表3に示す組成の培地からグルコースと金属塩を除いたもの約1.4Lを3Lの発酵槽に入れ、121℃、20分間で滅菌後、グルコースと金属塩を補充し、さらに前培養の培養液90mlを添加し本培養を開始した。培養温度は22℃、pHは7.0〜7.4とした。培養時pHは微生物の増殖に伴って低下するので10%アンモニア水の添加により所定範囲に制御した。また空気を1.8L/minの速度で通気した。炭素源の流加には700g/Lのグルコースを使用した。培養装置はエイブル社のBMS−03PIを、排ガス分析装置はエイブル社のDEX−2562を使用した。
【0046】
【表3】
グルコース濃度を維持するため、パーソナルコンピューターを解し、エイブル社の培養制御プログラムを用いて、流加式(1)に基づいて流加ポンプを間歇的に動作させることにより行った。流加にはワトソン・モーロー社の定量ポンプ101U(低速型)を使用し、流速は0.3g/minに設定した。また式(1)のAの値は培養開始時から53時間までを3.9、以降は3.3に設定した。培養中はグルコース分析計(装置名;YSI社2700)を用いて定期的にグルコース濃度を測定した。微生物の増殖は培養液の660nmの濁度により測定した。120時間培養を行ったところ、培養液の濁度は420に達した。予め求めた濁度と菌体密度の相関式より、菌体収量は105g/Lと求められた。また、グルコース濃度は培養の期間を通じて0〜6g/Lに維持された。この培養の結果を図1に示した。
【0047】
培養24時間目から培養終了までの期間中、溶存酸素濃度は0%飽和付近に維持された(図2)。このことは、培養中にグルコースの枯渇なく維持されたことを示す。
【0048】
培養期間中の排ガス中の炭酸ガス濃度と流加速度の推移を図11に示した。なお、ここでは流加速度を5分間の平均流速として示した。流加速度はCO2濃度の推移と良好な一致を示した。また、図12にはグルコース消費速度の推移も示した。グルコースの流加速度の推移は消費速度の推移によく一致していた。この結果と図1に示したグルコース濃度の推移より、本方法によるグルコース濃度制御の有効性を確認した。
【0049】
培養終了後のカロテノイドの生成量を分析すると、培養液1LあたりAxが420mg/L生産されていたほか、アドニキサンチンが(101mg/L)、フェニコキサンチン(142mg/L)、カンタキサンチン(71mg/L)、そしてエキネノン(131mg/L)が生成していた。そのほかにもβ−カロテンやゼアキサンチン等と推定されるカロテノイドが検出されたが、少量であり同定・定量できなかった。培養上清中の有機酸生成量を分析すると、0.03 g/Lの乳酸のみが検出されたにすぎなかった。
【0050】
(比較例1) 10g/L前後にグルコース濃度を手動で制御した流加培養
本培養での初期グルコース濃度を12g/Lとし、グルコース濃度が10g/L前後に維持されるように手動により流加量の制御を行ったことを除いて実施例1と同様に実験を行った。手動制御では任意の間隔で培養液中のグルコース濃度を定量し、またその時点までのグルコースの流加量からグルコース消費速度を求め、消費速度と流加速度が一致する様に、グルコース溶液の流加速度を設定した。すなわち、グルコースの消費速度は下式(2)により計算した。
dG/dt=([Glc]n−1−[Glc]n+(Wn−1−Wn)×[Glc]S×SGGS)/(tn−tn−1) (2)
式中、dG/dtはグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、[Glc]は培養液中のグルコース濃度の測定値(単位はg/L)、Wは流加用グルコース溶液の重量の測定値(単位はg)、[Glc]sは流加用グルコース溶液の濃度(単位はg/L)をあらわす(本実施例においては700g/L)。また、SGGSは流加用グルコース水溶液の比重(単位はL/g)をあらわす(本実施例のグルコース溶液では約1)。また、tは培養液中のグルコース濃度や流加用グルコース溶液の重量を測定した時間(単位はhr)を示す。また、右下のnまたはn−1は、培養開始後、任意間隔で測定したうちのn番目のデータまたはn−1番目のデータであることを示す。
【0051】
培養開始後、17時間まではグルコース消費速度の大きな上昇はないものと予測して、初期にはグルコースの流加を行わずに菌を増殖させ、約17時間目より0.57g/L・hの流速(グルコースあたりの流加速度は0.4g/Lに相当する)でグルコースを連続的に流加することを開始した。流加には700g/Lのグルコース水溶液とワトソン・モーロー社の定量ポンプ101U(低速型)を用いた。また、グルコース流加量の測定のため、このグルコース水溶液の重量を流加中の任意の時間に測定した。
【0052】
培養中の流加のパターンを示すため、流加グルコースの積算値を図13に示した。
【0053】
約20時間後に再度グルコース濃度を測定すると、予測したものよりグルコースの消費が早く、培養液中のグルコース濃度は約5g/Lにまで低下していた。そこで、培養液中のグルコース濃度とグルコース流加量を2時間おきに測定しつつ、流加速度を段階的に上昇させた。この操作によりグルコース濃度は約13g/Lにまで上昇したため、消費速度に一致させ、一晩培養を継続した。
【0054】
さらに約48時間後より同様に流加速度の調節を行ったところ、約80時間目までグルコース濃度を12±1g/Lの範囲に維持することができた。しかしながら、80時間以降の夜間にグルコースの消費速度が急激に低下したため、流加速度の調節が行えず、約20g/Lまで蓄積した。その後、流加を中止し、約120時間後、培地中のグルコースがほぼ消費された段階で培養を終了した。
【0055】
すなわち、手動で流加速度を調整したため、夜間のグルコース消費速度の変化に対して修正が行えず、特に消費速度が大きく変動する培養初期と培養後期において、グルコース濃度は目標値から大きく乖離し、前期では5g/L、後期では10g/Lの乖離が生じた。
【0056】
この培養における微生物の増殖のパターンとグルコース濃度の推移を図3に、溶存酸素濃度の推移を図4に示した。また、流加したグルコース量を積算値の推移として図12に示した。また。グルコースの消費速度とグルコースの流加速度の推移を図14に示した。図14中の黒丸はグルコース濃度測定値の2点間の差とその間の流加量(図13)から求めたグルコース消費速度であり、破線は培養終了後にグルコース消費速度の測定値の分布から推測した、真のグルコース消費速度の推移である。グルコース消費速度の測定値は培養初期において特に大きい誤差を含んでいたことが観察された。従って前期において、目的値と実際のグルコース濃度が乖離したことは、この誤差によるものと考えられた。
【0057】
本例において、培養液の濁度は360にまでしか達せず、実施例1に比べて菌体収量は15%ほど低いものだった。
【0058】
また培養終了後のカロテノイドの生成量を分析すると、培養液1LあたりAxが343mg/L、アドニキサンチンが(40mg/L)、フェニコキサンチン(396mg/L)、カンタキサンチン(304mg/L)、エキネノン(212mg/L)、そしてβ−カロテン(12mg/L)が検出され、全体的なカロテノイドの生産量は上昇するものの、魚類への色揚げ剤や健康食品としての需要が高いAxの生産量は低下することが判明した。さらに培養上清の有機酸分析を分析すると、0.12 g/Lの酒石酸量および0.31g/Lのオキサル酢酸の生成が認められた。
【0059】
すなわち高濃度の炭素源存在下で培養した場合には実施例1よりも、目的物であるAxの生産量が低下するだけでなく、回収される製品の品質低下の原因となる副生成物である有機酸の生産量が著しく増加していることが判明した。
【0060】
(実施例2) 手動制御によるグルコース濃度0〜5g/Lでの流加培養
表1に示した組成の培地300mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌後、TSN18E7(受託番号:FERM P−19746)を植菌し、25℃で1日間、毎分100回転の振とう速度にて前々培養を行なった。次いで表2に示した組成の培地100mlを500ml容のバッフル付き三角フラスコに入れ121℃、20分間で滅菌し、その後、前々培養液5mlを植菌して25℃で約18時間、毎分100回転の振とう速度にて前培養を行なった。
【0061】
さらに、表4に示す組成からグルコースと金属塩を除いた培地約1.4Lを3Lの発酵槽に入れ、121℃、20分間で滅菌後、グルコースと金属塩を補充し、前培養液90mlを添加して培養を開始した。培養温度は22℃、pHは7.0〜7.4とした。pHの制御は10%アンモニア水を使用した。また1.8L/minの速度で空気を通気した。炭素源の流加には500g/Lのグルコースを用いた。流加は比較例1と同様に培養開始後17時間目より開始した。0.6g/L・hの流速(グルコース当りの流加速度は0.3g/Lに相当する)で行った。
【0062】
培養開始後、22時間目から32時間目にかけて、2時間おきに培養液中のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度の推移を図5に示した。測定2点間のグルコース濃度の変化とその間に流下したグルコース量から、式2に基づいてグルコース消費速度を求めて、消費速度に一致する様に流加速度を適宜修正した。流加したグルコース量の積算値の推移を図15にグルコース消費速度と流加速度の推移を図16に示した。
【0063】
さらに一晩経過後の46時間目より同様にグルコース消費速度を求めた。しかしながら、グルコース濃度の定量誤差のため消費速度の測定値は測定毎に大きく変動し、流加速度の設定も大きく変動することになった。その影響でグルコース濃度はほぼ0g/Lにまで低下した。この間の平均値から真の消費速度を推定し(図16中の破線)、流加速度をその値に設定することで、グルコース濃度は0g/Lにまで低下したものの、枯渇の状態には至らず、約70時間までグルコース濃度は枯渇することなく0g/Lに維持された。グルコースの枯渇が生じていないことは、この間に溶存酸素濃度が0%に維持され、急激な上昇を示さなかったことから確認された(図6)。
【0064】
しかしながら、さらに一晩経過後、菌の活性低下によりグルコース消費速度が低下したため、グルコース濃度は23g/L付近まで上昇した。そこで流加を停止し、さらに一晩培養し、120時間後、グルコースがほぼ消費しつくされた時点で培養を停止した。この培養の結果を図5に示した。培養液の濁度は140に達した。
【0065】
【表4】
予め求めた濁度と菌体密度の相関式より、菌体収量は42g/Lと求められた。培養終了後のカロテノイドの生成量を分析すると、培養液1LあたりAxが530mg/L生産されていたほか、アドニキサンチン、(97mg/L)、フェニコキサンチン(108mg/L)、カンタキサンチン(93mg/L)、そしてエキネノン(23mg/L)が生成していた。
【0066】
(比較例2) 手動制御によるグルコース濃度0〜5g/Lでの流加培養2
TSN18E7を用いて実施例2と同様に培養をおこなった。この培養の増殖パターンとグルコース濃度の推移を図7に、溶存酸素濃度の推移を図8に流下されたグルコース量の積算値を図17に、また、グルコースの消費速度の変化と流加速度の推移を図18に示した。
【0067】
この培養では実施例2と同様の操作を試みたにもかかわらず、実験操作間のわずかな操作の違いにより、培養開始後一日目のグルコース消費速度が実施例1により大きいものとなった。それに対応するべく流加速度を高めに設定したところ、翌日にはグルコースは約8g/Lまで蓄積していた。そこで流加を一時停止し、菌による消費でグルコースが消費され、目的値である、5g/L以下まで低下させることを試みたが、予測より消費速度が速かったため、10数分間にわたるグルコースの枯渇を生じた。図8において、DOが一時的に上昇している期間がそれに相当する。このグルコース枯渇のストレスにより、微生物の活性低下は実施例2に比較して早期に生じ、80時間目においてグルコースの蓄積とDOの上昇が観察された。
【0068】
その後、120時間まで培養を行った後の培養液の濁度は160であり、菌体収量は実施例2よりむしろ若干良好な値を示した。しかしながらAx収量は334mg/Lであり、実施例1の約60%の収量に留まった。その他のカロテノイドとしてアドニキサンチン、(63mg/L)、フェニコキサンチン(109mg/L)、カンタキサンチン(89mg/L)、そしてエキネノン(68mg/L)が検出され、全体的にカロテノイド収量は低下した。本実験により炭素源の枯渇により目的物の収量が低下することと、手動では実験操作間のわずかな誤差に起因する菌の代謝の変動に対応が困難であり、安定な制御が困難であることが確認された。
【0069】
(比較例3)高濃度グルコース(130g/L)での回分培養
培養開始時のグルコース濃度を130g/Lとし、流加を行わなかったことを除いて、実施例2と同様に培養を行った。この際の微生物の増殖とグルコース濃度の推移を図9に、溶存酸素濃度の推移を図10に示すが、増殖速度が顕著に低下し、150時間の培養後の濁度も100に留まった。また、Ax生産量は75mg/Lに留まり、そのほか、フェニコキサンチン(91mg/L)、カンタキサンチン(67mg/L)、エキネノン(58mg/L)が検出され、いずれのカロテノイドも低収率にしか得られなかった。本結果より、高濃度のグルコースにより、本微生物の生育、カロテノイド生産ともに阻害されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の増殖量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図2】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図3】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の増殖量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図4】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図5】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図6】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図7】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図8】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおける溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図9】グルコースを高濃度(130g/L)として回分培養を行った場合の培養パターンにおける微生物の増殖とグルコース濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、●は微生物の量を示す660nmにおける吸光度(単位は任意単位)、○はグルコース濃度(単位はg/L)を示す。
【図10】回分培養における溶存酸素濃度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)は溶存酸素濃度(DO)(単位は容量%)を示す。
【図11】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおける排ガス中の炭酸ガス濃度とグルコース流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)の内、実線(図中の下側)はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)、破線(図中の上側)は炭酸ガス濃度(単位は容量%)を示す。
【図12】グルコース濃度を0〜6g/Lに自動制御した培養パターンにおけるグルコース消費速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)を示す。
【図13】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおける流加されたグルコースの積算値をあらわす図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、○はグルコースの積算値(単位はg)を示す。
【図14】グルコース濃度10g/L付近を目標に手動制御した培養パターンにおけるグルコース消費速度と流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、実線はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)を示す。
【図15】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおける流加されたグルコースの積算値をあらわす図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、○はグルコースの積算値(単位はg)を示す。
【図16】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した培養パターンにおけるグルコース消費速度と流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、実線はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)を示す。
【図17】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおける流加されたグルコースの積算値をあらわす図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、○はグルコースの積算値(単位はg)を示す。
【図18】グルコース濃度を0〜5g/Lを目標に手動制御した場合にグルコースの枯渇を生じた場合の培養パターンにおけるグルコース消費速度と流加速度を示す図であり、図中、X軸(横軸)は時間(単位は時間)を示し、Y軸(縦軸)のうち●はグルコース消費速度(単位はg/L・hr)、破線は●の分布から推測された真のグルコース消費速度(単位はg/L・hr)を示す。また実線はグルコースの流加速度(単位はg/L・hr)を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、前記微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養することを特徴とするカロテノイド類の生産方法。
【請求項2】
微生物が、細菌であることを請求項1に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項3】
微生物が、パラコッカス属細菌であることを特徴とする請求項1に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項4】
微生物が、パラコッカス属細菌N−81106株またはその変異株であることを特徴とする請求項1に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項5】
培養液中の炭素源濃度を、10g/L以下に維持することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項6】
培養液中の炭素源濃度を、培養中のいずれの時期においても炭素源の枯渇が生じない濃度に維持することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項7】
炭素源の枯渇が培養液中の炭素源濃度として0g/Lであり、かつ培養する微生物の呼吸活性の低下を伴う状態であることを特徴とする請求項6に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項8】
培養液から発生する炭酸ガス量を測定し、当該測定値に基づき炭素源供給量を制御して培養液中の炭素源濃度を維持することを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項9】
培養液から発生する炭酸ガス量と培養液への炭素源供給量とが比例するように設定して、培養液中の炭素源濃度を制御することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項1】
カロテノイド類生産能を有する微生物を培養してカロテノイド類を製造する方法において、前記微生物を含む培養液中の炭素源濃度を低濃度に維持しつつ培養することを特徴とするカロテノイド類の生産方法。
【請求項2】
微生物が、細菌であることを請求項1に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項3】
微生物が、パラコッカス属細菌であることを特徴とする請求項1に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項4】
微生物が、パラコッカス属細菌N−81106株またはその変異株であることを特徴とする請求項1に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項5】
培養液中の炭素源濃度を、10g/L以下に維持することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項6】
培養液中の炭素源濃度を、培養中のいずれの時期においても炭素源の枯渇が生じない濃度に維持することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項7】
炭素源の枯渇が培養液中の炭素源濃度として0g/Lであり、かつ培養する微生物の呼吸活性の低下を伴う状態であることを特徴とする請求項6に記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項8】
培養液から発生する炭酸ガス量を測定し、当該測定値に基づき炭素源供給量を制御して培養液中の炭素源濃度を維持することを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【請求項9】
培養液から発生する炭酸ガス量と培養液への炭素源供給量とが比例するように設定して、培養液中の炭素源濃度を制御することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のカロテノイド類の生産方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2007−143491(P2007−143491A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−343560(P2005−343560)
【出願日】平成17年11月29日(2005.11.29)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年11月29日(2005.11.29)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】
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