説明

カンチレバーセンサ、センサシステム及び検体液中の検出対象物質の検出方法

【課題】 ウイルスや細菌などの検出対象物質を簡便な構成により高感度に短時間で検出する。
【解決手段】 検出対象物質を検出するためのカンチレバーセンサ3を、カンチレバー5とカンチレバー5に固定化された検出対象物質と相互作用しうる糖鎖とを有し、検出対象物質と糖鎖とが相互作用した場合にはたわみを生じるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カンチレバーセンサ並びにそれを用いたセンサシステム及び検体液中の検出対象物質の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体分析や医療の分野においては、ウイルスや細菌の検出を行なう場合がある。このようにウイルスや細菌等の検出対象物質を検出する際、従来は、イムノクロマト法やPCR(Polymerase chain reaction)法などが用いられてきた。
ここで、イムノクロマト法は、抗原抗体反応を利用した簡便な診断方法である(特許文献1)。また、PCR法は、遺伝子の任意の部分を増幅することにより検出を行なうという、高感度な診断方法である(特許文献2)。
【0003】
【特許文献1】国際公開第WO2002/088737号パンフレット
【特許文献2】特開2004−201679号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これら従来の検出方法は、ウイルスや細菌を直接検出するものではない為、簡便性、検出までに要する時間、検出感度等の点において、その性能は充分満足のいくものではなかった。
例えば、イムノクロマト法は簡便ではあるものの、検出感度が低かった。具体例を挙げると、ウイルスへの感染初期や治癒期の被験者に対してイムノクロマト法によるウイルスの検出を行なった場合、擬陰性が出る、即ち、実際にはウイルスが存在する場合においてもウイルスが検出されないことがあった。
また、PCR法は検出感度は高いものの、前処理時間が長かったり、コンタミネーションによる誤診断の可能性があったりするため、操作が煩雑且つ難解であった。さらに、特にPCR法は検出対象とするウイルスや細菌等の遺伝子の塩基配列がある程度特定されていないと適用できないという制限があり、適用範囲が限定されることがあった。
【0005】
本発明は上記の課題に鑑みて創案されたもので、ウイルスや細菌などの検出対象物質を、簡便な構成により、高感度に短時間で検出することを可能とするカンチレバーセンサ、並びに、それを用いたセンサシステム、及び、検体液中の検出対象物質の検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、糖鎖を固定化したカンチレバーを用い、糖鎖とウイルスや細菌などの検出対象物質とを相互作用させることによりカンチレバーにたわみを生じさせ、このたわみ量を測定することにより検出対象物質を直接検出することが可能となり、これにより、検出対象物質を簡単な構成により高感度に短時間で検出できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明の要旨は、検出対象物質を検出するためのカンチレバーセンサであって、カンチレバーと、該カンチレバーに固定化された上記検出対象物質と相互作用しうる糖鎖とを有し、上記検出対象物質と該糖鎖とが相互作用した場合にはたわみを生じることを特徴とする、カンチレバーセンサに存する。(請求項1)。これにより、検出対象物質を簡単な構成により高感度に短時間で検出することができる。なお、この際糖鎖はカンチレバーに直接固定化されていても良く、間接的に固定化されていても良い。
【0008】
このとき、上記検出対象物質は該糖鎖と相互作用しうる部位を2つ以上有するものが好ましい(請求項2)。このような検出対象物質は、2以上の部位でカンチレバー上の糖鎖と相互作用できるため、1つの検出対象物質が糖鎖と相互作用した場合には、多数の反応点において相互作用が生じ、このため、相互作用により生じる応力も大きくなる。これにより、カンチレバーセンサのたわみ量は大きくなるため、検出感度を向上させることができる。
【0009】
また、好ましい検出対象物質の例としては、ウイルスや細菌が挙げられる(請求項3)。ウイルスや細菌は、通常2以上の点で糖鎖と相互作用できるため、糖鎖と相互作用した場合に生じる応力も大きくなり、カンチレバーセンサのたわみ量も大きくなるため、検出感度を向上させることが可能となる。
【0010】
なお、上記のウイルスの具体例としては、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、レオウイルス、脳心筋炎ウイルス、エイズウイルス、ロタウイルス、コロナウイルス、パルボウイルス、センダイウイルス、ニューカッスル病ウイルス、ヘルペス1型ウイルス、テングウイルス、インフルエンザウイルスなどが挙げられる(請求項4)。
【0011】
さらに、該糖鎖はシアル酸又は置換シアル酸を含むことが好ましい。
また、該糖鎖はフッ素化シアル酸を含むことが好ましい。
【0012】
さらに、該糖鎖は、該カンチレバーの片面のみに形成されていることが好ましい(請求項5)。これにより、上記相互作用によるたわみのたわみ量を大きくすることができる。
また、該カンチレバーの上記片面のみに金属膜を形成することが好ましい(請求項6)。これにより、該糖鎖を容易に片面のみに固定化することができるようになる。
【0013】
さらに、該カンチレバーセンサは、該カンチレバーの表面に設けられた金属膜と、該金属膜上に固定された有機分子とを有し、該糖鎖は、該有機分子に固定化されていることが好ましい(請求項7)。これにより、糖鎖をカンチレバーに簡単かつ確実に固定化することができる。
【0014】
また、該カンチレバーセンサは、該カンチレバーの表面に設けられた金属膜と、該金属膜上に固定された有機分子と、該有機分子上に結合された多孔質マトリックスとを有し、該糖鎖は、該多孔質マトリックスに固定化されていても好ましい(請求項8)。多孔質マトリックスを用いて糖鎖を固定化することで、糖鎖をより高密度に固定化することが可能となる。
このような多孔質マトリックスとしては、ヒドロゲルを用いることが好ましい(請求項9)。ヒドロゲルを用いれば、糖鎖を簡単且つ高密度に固定化することができる。
【0015】
また、該糖鎖は、共有結合によって固定化されることが好ましく、さらに、例えば、エステル結合、アミド結合、−C=N−結合、エーテル結合、チオエーテル結合及び炭素−炭素結合よりなる群から選ばれる少なくとも1種の結合を介して固定化されることが好ましい。これにより、糖鎖をカンチレバーに強固に固定化することが可能となる。
【0016】
さらに、該有機分子は、該金属膜に対して「硫黄−金属結合」で固定されていることが好ましい(請求項10)。これにより、該有機分子を金属膜上に容易に固定することができる。
また、該金属膜の最外層は金により形成されていることが好ましい(請求項11)。これによっても、該有機分子を金属膜上に容易に固定することができる。
【0017】
さらに、該金属膜の表面には、凹凸パターンが形成されていることが好ましい(請求項12)。また、該カンチレバーの表面に凹凸パターンが形成されていることも好ましい(請求項13)。これにより、検出対象物質と糖鎖とをより多くの点において相互作用させることができるようになるため、カンチレバーセンサの検出感度を更に向上させることができる。
【0018】
また、該凹凸パターンは、周期的に形成されていることが好ましい。これにより、凹凸パターンの形成を容易とすることができる。
さらに、該凹凸パターンの幅は10nm以上100μm以下とすることが好ましい。
また、該凹凸パターンの深さは、10nm以上100μm以下とすることが好ましい。
【0019】
さらに、該糖鎖の固定化密度は、1.0×10-10mol/cm2以上1.0×10-2mol/cm2以下であることが好ましい(請求項14)。
【0020】
また、本発明の別の要旨は、検出対象物質を検出するセンサシステムであって、上述したカンチレバーセンサ、即ち、カンチレバー及び該カンチレバーに固定化された上記検出対象物質と相互作用しうる糖鎖を有し、上記検出対象物質と該糖鎖とが相互作用した場合にはたわみを生じるカンチレバーセンサと、該糖鎖に検体液を接触させる検体液接触部と、該カンチレバーセンサのたわみ量を測定するたわみ量測定部とを備えることを特徴とする、センサシステムに存する(請求項15)。これにより、検出対象物質を簡単な構成により高感度に短時間で検出することができる。
【0021】
このとき、該センサシステムは、補正用カンチレバーと、該補正用カンチレバーのたわみ量を測定する補正用たわみ量測定部と、該カンチレバーセンサのたわみ量と該補正用カンチレバーのたわみ量との差を出力するたわみ量差出力部とを備えることが好ましい(請求項16)。これにより、外部環境などによるたわみの影響を排除し、上記相互作用によるたわみ量の正確な測定が可能となる。
【0022】
また、該補正用カンチレバーは、該糖鎖が固定化されていない非固定部を表面全体に有していることが好ましい(請求項17)。これにより、該補正用カンチレバーには上記相互作用によるたわみが生じることがなくなるため、外部環境などによるたわみの影響を排除する補正を確実に行なうことができる。
さらに、該補正用カンチレバーは、金属膜が設けられていない非成膜部を表面全体に有していることが好ましい(請求項18)。これにより、該補正用カンチレバーの作製や取り扱いが容易になる。
【0023】
また、該補正用カンチレバーは、最外層が金以外の金属で形成された金属膜を片面に有することも好ましい(請求項19)。これにより、容易にカンチレバーセンサの片面のみに糖鎖を固定化することができるようになり、また、より精密な補正を行なうことができるようになる。なお、上記の金以外の金属としては、アルミニウム、銅及び銀からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属を用いることが好ましい(請求項20)。
【0024】
さらに、該補正用カンチレバーには、上記検出対象物質に対する相互作用の大きさが該糖鎖とは異なる補正用糖鎖が固定化された補正用糖鎖固定部を形成することも好ましい(請求項21)。これによっても、外部環境などによるたわみの影響を排除する補正を確実に行なうことができる。
【0025】
さらに、該センサシステムは、該カンチレバーを振動させるカンチレバー振動部を備えることが好ましい(請求項22)。これにより、糖鎖と相互作用させる検出対象物質の選択性を向上させることができ、より正確な分析を行なうことが可能となる。
【0026】
また、本発明の更に別の要旨は、上述したカンチレバーセンサ、即ち、カンチレバー及び上記カンチレバーに固定化された検出対象物質と相互作用しうる糖鎖を有し、上記検出対象物質と上記糖鎖とが相互作用した場合にはたわみを生じるカンチレバーセンサの上記糖鎖に検体液を接触させ、該カンチレバーセンサのたわみ量を測定することを特徴とする、検体液中の検出対象物質の検出方法に存する(請求項23)。これにより、これにより、検出対象物質を簡単な構成により高感度に短時間で検出することができる。
【0027】
このとき、検体液の検出を行なうたびに上記カンチレバーセンサを交換することが好ましい。これにより、検出精度を高めることが可能になる。
また、使用済みの上記カンチレバーセンサに検出液を除去する洗浄処理を行ない、洗浄した上記カンチレバーセンサを用いて検出を行なうことも好ましい(請求項24)。これにより、検出コストを低下させることが可能となる。
【0028】
また、このようにして該カンチレバーセンサを繰り返し検出に用いた後、使用限界に達したところで、該カンチレバーセンサを交換することが好ましい(請求項25)。繰り返し使用するにつれてカンチレバー上に固定化されている糖鎖のうち、検出対象物質と相互作用可能なものの数が減少し、ある時点で充分な検出が行なえなくなってしまうため、その前にカンチレバーセンサの交換を行なうようにする。これにより、検出を効率的に行なうことができる。
【0029】
さらに、使用済みの上記カンチレバーセンサに上記糖鎖を除去して再び上記糖鎖を固定化する再生処理を行なった後、上記糖鎖を再度固定化した上記カンチレバーセンサを用いて検出を行なうようにしても好ましい。これによっても、検出コストを低下させることが可能となる。
【発明の効果】
【0030】
本発明のカンチレバーセンサ、センサシステム、及び、検体液中の検出対象物質の検出方法によれば、ウイルスや細菌などの検出対象物質を、簡便な構成により、高感度に短時間で検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の一実施形態について図面を用いて説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変形して実施することができる。
[I.カンチレバーセンサ]
本発明のカンチレバーセンサは、検出対象物質を検出するためのセンサであり、カンチレバーと、カンチレバーに固定化された、上記検出対象物質と相互作用しうる糖鎖とを有する。これにより、糖鎖に検出対象物質を含む検体液が接触し、上記の検出対象物質と糖鎖とが相互作用した場合には、カンチレバーセンサの表面に表面応力の変化が生じてカンチレバーセンサがたわむようになっている。したがって、このたわみの大きさ(以下適宜、「たわみ量」という)を測定すれば、検出対象物質の量、濃度、種類などを測定することが可能となる。
【0032】
[1.検出対象物質]
検出対象物質は、カンチレバーセンサを用いて検出しようとする対象となる物質である。その種類や状態に特に制限は無いが、通常は、検体液中に溶解又は分散した状態で検出に用いられる。また、検出対象物質は、1種を単独で検出するようにしてもよいし、2種以上を任意の組み合わせで検出するようにしても良い。
【0033】
ただし、検出対象物質のうちでも、糖鎖と相互作用しうる部位を2以上有するものは、高い検出感度で検出を行なうことが可能であるため、本発明のカンチレバーセンサで検出を行なうのに適している。即ち、糖鎖に対して相互作用できる部位を2以上有している検出対象物質の場合、1つの検出対象物質が2以上の部位において相互作用をすることができる。ここで、カンチレバー表面の表面応力の変化は、相互作用による表面自由エネルギーの変化に由来するため、相互作用する点(部位)が多いほど大きくなる。このため、2以上の部位で相互作用する検出対象物質の検出においては、表面応力の変化により生じるたわみが大きくなる。したがって、本発明のカンチレバーセンサにおいては、糖鎖と2以上の部位で相互作用できる検出対象物質は、通常、糖鎖と単独の部位のみで相互作用する検出対象物質よりも高い検出感度で検出を行なうことができる。また、多数の部位において相互作用を生じうるものの方が相互作用によって生じる表面応力の変化も大きくなるため、糖鎖と相互作用しうる部位を5以上有しているものが好ましく、10以上有するものがより好ましい。
【0034】
このように2以上の部位で糖鎖と相互作用できる検出対象物質の例としては、ウイルスや細菌が挙げられる。一般に、ウイルスや細菌の表面には、感染する細胞表面の糖鎖と結合するタンパク質(以下適宜、「結合タンパク質」という)が存在していて、この結合タンパク質が細胞表面の糖鎖と結合することにより、細胞がウイルスや細菌に感染する。したがって、検出対象物質としてウイルスや細胞を検出する場合には、上記の結合タンパク質を相互作用する部位とし、上記の感染時の結合を相互作用として用いて、検出を行なうようになっている。
【0035】
図1はウイルスについて説明するための模式図である。図1に示すように、通常、ウイルス1の結合タンパク質2は、ウイルス1の表面に多数分布して存在している。したがって、カンチレバーセンサ3上の糖鎖4とウイルス1とが結合した場合、カンチレバーセンサ3の糖鎖4と結合したウイルス1の数よりも、ウイルス1と結合している糖鎖4の数の方が多くなる。即ち、カンチレバーセンサ3上の糖鎖4とウイルス1とは2以上の部位において結合することができるため、表面応力の変化を大きくすることができる。このことは、細菌の場合についても同様である。
【0036】
検出対象物質の一例である細菌の具体例としては、大腸菌、コレラ菌、ブドウ球菌、炭疽菌、淋菌、ペスト菌、レジオネラ菌、赤痢菌、チフス菌、ピロリ菌、結核菌、ボツリヌス菌、破傷風菌、ジフテリア菌などが挙げられる。
【0037】
また、検出対象物質の一例であるウイルスの具体例としては、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、レオウイルス、脳心筋炎ウイルス、エイズウイルス、ロタウイルス、コロナウイルス、パルボウイルス、センダイウイルス、ニューカッスル病ウイルス、ヘルペス1型ウイルス、テングウイルス、インフルエンザウイルスなどが挙げられる。なお、インフルエンザウイルスとしては、ヒトインフルエンザウイルス、トリインフルエンザウイルスなどが挙げられる。
【0038】
ところで、特定物質と検出対象物質との「相互作用」とは特に限定されるものではないが、通常は、共有結合、疎水結合、水素結合、ファンデルワールス結合、及び静電力による結合のうち少なくとも1つから生じる分子間に働く力による作用を示す。ただし、本明細書に言う「相互作用」との用語は最も広義に解釈すべきであり、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。
【0039】
[2.カンチレバー]
図2は、本実施形態のカンチレバーセンサの要部を表わす模式的な斜視図である。図2に示すように、本実施形態のカンチレバーセンサ3は、カンチレバー5と、カンチレバー5に固定された糖鎖4とを有する。なお、カンチレバー5の糖鎖4が固定された部位を糖鎖固定部6と呼ぶ。なお、図2において図1と同様のものは同様の符号を用いて示す。また、図2においては糖鎖4の図示は省略してある。
【0040】
本発明において用いるカンチレバー5に制限はなく、公知のカンチレバーを任意に用いることができる。
カンチレバー5の材料に制限は無く任意の材料を用いることができるが、通常は、可撓性を有するものを用いる。カンチレバー5の材料の具体例としては、例えば、シリコン、窒化シリコンなどが挙げられる。
【0041】
また、カンチレバー5の形状にも制限は無いが、通常は、カンチレバー5は自由端と固定端とを有する直方体形状の部材として形成される。また、他の例としては、三角形の一辺を固定端とした形状や、更にその三角形の内側を打ち抜いた形状も可能である。本実施形態においては、カンチレバー5は、図2に示したように、支持部材7から直方体形状に延在して形成された部材であるとして説明する。
【0042】
さらに、カンチレバー5の寸法にも制限は無いが、通常は、長さL(即ち、自由端から固定端までの距離)が、糖鎖4と検出対象物質との相互作用により生じるたわみを確実に測定できるだけ充分に長く形成されていることが好ましい。寸法の一例を挙げれば、カンチレバー5を直方体形状に形成した場合、長さLは10μm〜1000μm、幅Wは5μm〜500μm、厚さTは0.1μm〜5μmの範囲にそれぞれ設定することが好ましい。
【0043】
また、カンチレバー5の作製方法にも制限はなく、公知の方法を任意に用いることができる。例えば、既存の半導体プロセスなどにより、AFM(原子間力顕微鏡)中で使用されるようなカンチレバーと同様にして作製することができる。
さらに、カンチレバー5表面には、糖鎖4が固定化された糖鎖固定部6に凹凸が形成されるよう、凹凸パターン8を形成することが好ましい。カンチレバーセンサ3の検出感度を高めるためである。詳細については、糖鎖固定部6の説明と共に後述する。
【0044】
なお、カンチレバーセンサ3のたわみ量を測定する方法の一例として、電気式の方法がある。この電気式のたわみ量を測定する場合、カンチレバー5の表面(通常は片面)には圧電抵抗素子部がパターニングされることがある。圧電抵抗素子部の材料、パターン形状、寸法などに制限は無く任意であるが、たわみ量を有効に測定する観点からは、圧電抵抗素子部のカンチレバー5の長さ方向の長さLができるだけ長いこと、又は、カンチレバー5自体の長さLに近い方が好ましい。電気式のたわみ量測定を行なう場合、圧電抵抗素子部が形成されていない部分のたわみ量を測定することができないので、たわみが生じるカンチレバー5の長さ方向のより広い範囲に圧電抵抗素子部をパターニングすることが好ましいためである。具体的には、カンチレバー5の長さLに対する圧電抵抗素子部の長さの割合が、通常50%以上、好ましくは70%以上であることが望ましい。
本実施形態においては、金属膜9の下のカンチレバー5表面に圧電抵抗素子部(図示省略)が設けられ、また、支持部材7表面には金属膜9と絶縁されるよう圧電抵抗素子部の配線として機能する金属膜パターン(図示省略)が形成されているとして説明する。
【0045】
[3.糖鎖]
カンチレバー5の表面には、上記の相互作用が生じた場合にカンチレバーセンサ3にたわみが生じるよう糖鎖4が固定化されている。この際、糖鎖4はカンチレバー5に対して直接固定化されていても良く、間接的に固定化されていても良い。
【0046】
糖鎖4の種類に制限は無く、公知の糖鎖から検出対象物質の種類に応じて適当な糖鎖を採用して用いることができる。ただし、中でもウイルスや細菌のような検出対象物質の検出を行なう場合には、1つの検出対象物質が2以上の部位において相互作用しうる糖鎖4を用いることが好ましい。これにより、上述したように、より大きな表面応力の変化を生じさせ、カンチレバーセンサの検出感度を高めることが可能となるためである。
【0047】
また、糖鎖4を構成する単糖の置換基部分を除いた炭素数は、通常4以上、好ましくは6以上、また、通常12以下、好ましくは10以下が望ましい。この範囲外では、検出対象物質表面にある糖鎖と相互作用できる部位(結合タンパク質等)との結合が有効に行なわれない虞があるためである。
さらに、糖鎖4を構成する単糖は、1種を単独で用いても良く、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用しても良い。
【0048】
また、糖鎖4を構成する単糖の数は、通常1以上、好ましくは3以上、また、通常20以下、好ましくは10以下であることが望ましい。この範囲の上限を上回ると糖鎖の合成コストが大きくなり、実用的でなくなる虞があるためである。
【0049】
さらに、糖鎖4は、グルコース、ガラクトース、マンノース、フコース、キシロース、N−アセチルグルコサミン、N−アセチルガラクトサミン、シアル酸などの単糖及びその誘導体により構成される。この際、糖鎖4を構成する少なくとも1つの単糖の中に、シアル酸又は置換シアル酸が含まれることが好ましい。置換シアル酸の例としてはフッ素化シアル酸が挙げられ、具体例としては3−フルオロシアル酸が挙げられる。これにより、検体中に含まれる酵素などによる糖鎖の分解が起き難くなるという利点がある。
また、糖のグルコシド結合部が、酸素原子の代わりに、窒素原子、炭素原子、硫黄原子のいずれかであることが好ましい。これにより、検体中に含まれる酵素などによる糖鎖の分解が起き難くなるという利点がある。
【0050】
糖鎖4の具体例としては、[NeuAcα2−6(3)Galβ1−4(3)GlcNAcβ1−]構造を有するシアリルラクト系I型及びII型糖鎖、[NeuAcα2−6(3)Galβ1−4(3)GalNAcβ1−]構造を有するシアリルガングリオ系糖鎖、[NeuAcα2−6(3)Galβ1−4(3)Glcβ1−]構造を有するシアリルラクトース糖鎖などがを挙げることができるが、これらに限定はされない。
【0051】
また、カンチレバー5に固定化する糖鎖4の密度に制限は無いが、糖鎖固定部6における面積当たりの糖鎖4の密度(固定化密度)は、通常1.0×10-10mol/cm2以上、好ましくは1.0×10-9mol/cm2以上、より好ましくは1.0×10-8mol/cm2以上、また、通常1.0×10-2mol/cm2以下、好ましくは1.0×10-3mol/cm2以下、より好ましくは1.0×10-4mol/cm2以下である。固定化された糖鎖4の表面密度が低すぎると検出感度が低下する虞があり、一方、糖鎖4の表面密度が高すぎると、糖鎖4と検出対象物質との相互作用が阻害される虞があるためである。
【0052】
なお、糖鎖4は、用途に応じて、1種を単独で用いても良く、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用しても良い。
また、通常、糖鎖は、人工的に合成することが可能である為に、目的とする検出対象物質への選択性の高い構造を設計、合成することが可能である。
【0053】
[4.糖鎖の固定化法]
カンチレバー5表面に糖鎖4を固定して糖鎖固定部6を形成する手法に制限は無いが、通常は、以下の第1の固定化手法及び第2の固定化手法のうちのいずれかの手法により固定化を行なう。
[4−1.第1の固定化手法]
図3は、第1の固定化手法により糖鎖4を固定化した場合の糖鎖固定部6近傍を拡大して模式的に示す断面図である。なお、図3においては、説明のためにカンチレバー5表面の凹凸パターン8の平面部について示している。また、図3において図1,図2と同符号のものは、図1,図2と同様のものを表わす。
【0054】
第1の固定化手法によりカンチレバー5表面に糖鎖4を固定化する場合は、図3に示すように、カンチレバー5表面に金属膜9を成膜し、成膜した金属膜9上に有機分子10を固定して、この有機分子10上に糖鎖4を固定化する。これにより、糖鎖固定部6は、カンチレバー5の表面に成膜された金属膜9と、金属膜9上に固定された有機分子10と、有機分子10上に固定化された糖鎖4とを有する部分として形成される。なお、図3においては、説明のためにカンチレバー5表面の凹凸パターン7の平面部について示している。また、有機分子10は説明のため、有機分子10を個々に描くのではなく有機分子10が集合した層として描いてある。
【0055】
金属膜9は、その表面に有機分子10を固定することができれば他に制限は無く、任意の材料で形成することができる。
また、金属膜9は1層のみを単独で形成した単層構造の膜としてもよく、2以上の層を任意の組み合わせ及び厚みで積層した構造の膜としても良い。
【0056】
ただし、金属膜9の最外層は、金で形成されていることが好ましい。即ち、金属膜9が単層構造を有している場合は金属膜9自体を金で形成し、積層構造を有している場合は有機分子10が固定される最も外側の層が金で形成されることが好ましい。これにより、金属膜9に有機分子10を簡単に固定することができる。
さらに、金属膜9が積層構造を有している場合は、金属膜9は、カンチレバー5の表面と金属膜9の最外層との間にクロムからなる層を有していることが好ましい。これにより、金属膜9とカンチレバー5表面との接着力が向上するという利点が得られる。
【0057】
また、金属膜9の膜厚に制限は無く任意であるが、通常1nm以上、好ましくは10nm以上、また、通常10μm以下、好ましくは5μm以下である。この範囲の下限を下回ると有機分子10の固定が不十分になってしまう虞があり、上限を上回ると良好な金属膜を成膜できなくなるの虞があるためである。
【0058】
さらに、上記の金属膜9の形成方法に制限は無く、公知の方法を任意に用いることができるが、通常は、スパッタリング、蒸着などにより形成する。
なお、カンチレバー5自体が金属により形成されている場合、カンチレバー5の表面を金属膜9として利用することも可能である。
【0059】
上記の金属膜9上には、有機分子10が固定される。この有機分子10は、金属膜9に対して固定することができ、また、この有機分子10上に糖鎖4を固定化することができるものであればその種類に制限は無く、公知の有機分子から固定化する糖鎖4の種類等に応じて適当なものを任意に用いることができる。
【0060】
ただし、上記の有機分子10は、その末端にメルカプト基(−SH基)を有していることが好ましい。この場合、有機分子10は金属膜9に対して、安定な「硫黄−金属結合」で固定されるため、有機分子10を金属膜9に強固に固定することが可能となる。
有機分子10の具体例を挙げると、16−メルカプトヘキサデカノイック・アシッドなどが挙げられる。
【0061】
なお、有機分子10は1種を単独で用いても良く、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用しても良い。
さらに、有機分子10の固定量は任意であるが、通常は高密度に固定することが好ましい。これにより、固定化されている有機分子層の膜厚が均一化することができるという利点がある。
【0062】
また、有機分子10は金属膜9表面に2次元的に固定してもよいが、3次元的に積層して構成するようにしても良い。さらに、有機分子10を層として形成する場合、単層構造であっても積層構造であっても良い。ただし、通常は単層構造とすることが望ましい。複数層であるよりも、単層構造である方が、有機分子層の膜厚を制御することが容易であるためである。なお、図3においては有機分子が単層に形成されたものを例として示した。
【0063】
さらに、有機分子の固定方法に制限は無く、公知の方法を任意に用いることができるが、通常は、「硫黄−金属結合」により固定化される。
【0064】
また、上記の有機分子10上には糖鎖4が固定化され、これにより、金属膜9及び有機分子10を介して糖鎖4がカンチレバー5表面に固定化されて、糖鎖固定部6が形成されている。
ここで、糖鎖4はどのような結合により有機分子10に固定化されていてもよいが、通常は、共有結合によって固定化されていることが望ましい。これにより、糖鎖4を有機分子10に強固に固定化することができる。このような場合、糖鎖4は、例えばエステル結合、アミド結合、−C=N−結合、エーテル結合、チオエーテル結合、炭素原子による結合などを介して固定化されていることが望ましい。なお、糖鎖4は1種の結合により固定化されていても良く、任意の2種以上の結合により固定化されていても良い。
また、糖鎖4には、固定化するための官能基が結合していても良い。さらに、上記の官能基は、別の官能基を介して糖鎖4を構成する単糖に結合していても良い。
【0065】
また、有機分子10上に糖鎖4を固定化する場合、その具体的な操作は任意である。通常は、糖鎖4の溶液を有機分子10に接触させることにより、有機分子10上に糖鎖4を固定化する。
【0066】
[4−2.第2の固定化手法]
図4は、第2の固定化手法により糖鎖4を固定化した場合の糖鎖固定部6近傍を拡大して模式的に示す断面図である。なお、図4においては、説明のためにカンチレバー5表面の凹凸パターン8の平面部について示している。また、図4において図1〜図3と同符号のものは、図1〜図3と同様のものを表わす。また、有機分子10は説明のため、有機分子10を個々に描くのではなく有機分子10が集合した層として描いてある。
【0067】
第2の固定化手法によりカンチレバー5表面に糖鎖4を固定化する場合は、図4に示すように、カンチレバー5表面に金属膜9を成膜し、成膜した金属膜9上に有機分子10を固定し、有機分子10上に糖鎖4を含む多孔質マトリックス11を結合させ、この多孔質マトリックス11中において糖鎖4を固定化する。これにより、糖鎖固定部6は、カンチレバー5の表面に成膜された金属膜9と、金属膜9上に固定された有機分子10と、有機分子10上に結合された多孔質マトリックス11とを有し、多孔質マトリックス11に固定化された糖鎖4を有する部分として形成される。
【0068】
第2の固定化手法においても、第1の固定化手法と同様に、カンチレバー5の表面に金属膜9が形成され、この金属膜9上に有機分子10が固定される。
第2の固定化手法における金属膜9は、第1の固定化手法で説明した金属膜9と同様である。
また、第2の固定化手法における有機分子10は、その上に糖鎖4が固定化される代わりに多孔質マトリックス11が結合されることの他は、第1の固定化手法で説明した有機分子10と同様である。
【0069】
上記の有機分子10上には多孔質マトリックス11が結合される。ここで多孔質マトリックス11とは、糖鎖4と他の分子12とのコンジュゲートを有機分子10上に固定したゲル状構造体のことであり、糖鎖4と他の分子12とが構成する骨格により多孔質のマトリックスとして構成されるものである。この多孔質マトリックス11を用いれば、糖鎖4を高密度に固定化することができるため、カンチレバーセンサ3の感度を高めることができる。
【0070】
多孔質マトリックス11の作製方法に制限は無いが、通常は、多孔質マトリックス11を構成する糖鎖4と他の分子12とを含む溶液又は分散液を調製し、この溶液又は分散液をカンチレバー5上の有機分子10に接触させて作製する。この際、溶媒又は分散媒として、通常は水を用いる。これにより、多孔質マトリックス11をヒドロゲルとして作製することができる。
【0071】
また、多孔質マトリックス11中において、糖鎖4と他の分子12との結合は、通常、糖鎖4と有機分子10との結合として第1の固定化手法で例示した結合と同様である。したがって、糖鎖4は多孔質マトリックス11に共有結合で固定化されていることになり、また、その際に固定化に用いられる結合の具体例も第1の固定化手法で例示したものと同様である。
【0072】
さらに、糖鎖4とともに多孔質マトリックス11を構成する他の分子12に制限は無いが、通常は有機分子を用いる。具体例としては、アガロース、デキストラン、カラゲナン、アルギン酸、デンプン、セルロース等の多糖類、及びこれらのカルボキシメチル誘導体等の誘導体、並びに、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリエチレングリコール等の水膨潤性有機ポリマーなどが挙げられる。
【0073】
[4−3.その他の固定化方法]
糖鎖4は、上記第1及び第2の固定化方法によらず、その他の固定化方法により固定化するようにしても良い。したがって、糖鎖4の固定化方法としては、糖に限らず有機化合物をセンサー表面に固定化する方法として既に知られている方法を任意に用いることもできる。
例えば、ビオチン化された糖を固定化する方法は国際公開第WO01/40796号パンフレットに示されており、また、例えばディールスアルダー反応による固定化方法は「Chemistry&Biology,vol.9,443−454,2002」に例示されている。さらに、例えば、疎水相互作用による固定化方法は、「Biomacromolecules,2002,3,411−414」に示されている。また、他にも例えば糖の還元アミノ化後にニトロセルロース膜に固定化する方法が、「Nature Biotechnol.,20,1011−1017,2002」に例示されている。糖鎖4の固定化方法は、糖鎖4の種類や、糖鎖4に結合した官能基、また固定化するカンチレバー5の表面の性質に起因する化学的要因や、経済的要因などにより最適なものを選ぶことができる。
【0074】
なお、本実施形態においては、第1の固定化手法により糖鎖4をカンチレバー5の図中上面全体に固定化したものとして説明するが、第2の固定化手法をはじめ、その他の固定化手法により糖鎖4を固定化した場合も同様に本発明の効果を得ることができる。
【0075】
[5.凹凸パターン]
図2に示すように、糖鎖固定部6には適宜凹凸パターン8を形成することが好ましい。これにより、検出対象物質が検出対象物質と相互作用しうる部位を2以上有するものである場合に、より多くの部位において相互作用を生じさせることができ、したがって、カンチレバーセンサ3の検出感度を高めること可能となる。即ち、図5に示すように、凹凸パターン8が形成された糖鎖固定部6に検出対象物質13が来て糖鎖4との相互作用が生じた場合、検出対象物質13は複数方向(図5では図中下方及び右方)に存在するより多くの部位において相互作用することができるため、相互作用によって生じる表面応力の変化量が大きくなり、それに伴ってたわみ量も大きくなる。
なお、図5は検出対象物質13が糖鎖固定化部6において糖鎖4と相互作用している様子を表わす模式図であるが、簡単のため、図3,図4で描いた金属膜9及び有機分子10は図示を省略してある。
【0076】
凹凸パターン8の形状は任意である。滑らかな凹凸を形成するようにしてもよいし、不連続な段差を有する凹凸を形成しても良い。また、溝状に連続する凹凸を形成してもよいし、窪みや山部のような断続的な凹凸を形成しても良い。本実施形態においては、多数の溝が幅方向に並列して形成された凹凸パターン8が設けられているものとする。
【0077】
また、凹凸パターン8の寸法についても制限は無く任意であるが、検出対象物質や糖鎖4などの種類や量に応じて検出感度が高くなるよう任意に設定することが好ましい。
具体的には、凹凸パターン8の幅は通常10nm以上、好ましくは50nm以上、より好ましくは100nm以上、また、通常100μm以下、好ましくは50μm以下、より好ましくは10μm以下が望ましい。この範囲の下限を下回ると検出対象物質が凹凸パターン8内に入り込めなくなる虞があり、上限を上回ると凹凸パターン8が無い場合に比べて特に効果が認められなくなる虞があるためである。
【0078】
一方、凹凸パターン8の深さは通常10nm以上、好ましくは50nm以上、より好ましくは100nm以上、また、通常100μm以下、好ましくは50μm以下、より好ましくは10μm以下が望ましい。この範囲の下限を下回ると検出対象物質が凹凸パターン8内に入り込めなくなる虞があり、上限を上回ると凹凸パターン8が無い場合に比べて特に効果が認められなくなる虞があるためである。
【0079】
さらに、凹凸パターン8は周期的に形成されていることが好ましい。凹凸パターン8の形成が簡単になること、糖鎖4と検出対象物質との相互作用をより厳密に制御できることなどの利点が得られるためである。
【0080】
凹凸パターン8を形成する形成方法にも制限は無いが、例えば、カンチレバー5表面の糖鎖4を固定化する部位に直接凹凸パターン8をパターニングして形成することができる。この際用いる具体的方法に制限は無く公知の方法を用いれば良いが、例えば、カンチレバー5表面に直接凹凸パターン8をパターニングする場合、レジストで部分的に表面を保護した状態でエッチングする方法などが挙げられる。
【0081】
また、例えば糖鎖4を固定化するためにカンチレバー5表面に金属膜9が形成されている場合には、金属膜9の膜厚を変化させることにより金属膜9において凹凸パターン8を形成することもできる。この際用いる具体的方法に制限は無く公知の方法を用いれば良いが、例えば、金属コロイド粒子を予め形成した金属膜9の表面に吸着させる方法や、金属膜9表面をレジスト等により部分的に保護した状態でエッチングする方法などが挙げられる。
なお、本実施形態においては、凹凸パターン8はカンチレバー5表面に直接凹凸パターン8がパターニングされることで形成されたものとして説明する。
【0082】
[6.その他]
カンチレバーセンサ3のたわみは、カンチレバー5の両面の表面応力の差によって生じる。したがって、カンチレバー5は、糖鎖4と検出対象物質との相互作用が生じた場合にカンチレバー5の両面間(図2中の上面と下面)で表面応力に差が生じるように構成する。具体的な構成は任意であるが、通常は、カンチレバー5の両面のうちの片面にのみ糖鎖4を固定化し、反対側の面には糖鎖4を固定化しないようにする。その際、金属膜9を用いて糖鎖4の固定化を行なう場合には、金属膜9を糖鎖4を固定化する片面にのみ形成して反対側の面には形成しないようにすると、一方の面(上記片面)にだけ簡単に糖鎖4を固定化することができる。また、両面に金属膜9を設ける場合でも、糖鎖4を固定化する片面の金属膜9(第1の金属膜)の最外層を糖鎖4を固定化しやすい金属(例えば、金など)で形成し、反対側の面の金属膜(第2の金属膜)の最外層を糖鎖4を比較的固定化しにくい金属(例えば、アルミニウム、銅、銀などの、金以外の金属)で形成するようにすれば、一方の面(上記片面)にだけ簡単に糖鎖固定部6を形成することができる。
【0083】
また、カンチレバー5の両面間で表面応力に差を生じさせるには、例えば、カンチレバー5の両面のうちの一方の面と他方の面とに固定化される糖鎖4の量を異なるようにしてもよい。さらに、例えば、カンチレバー5の両面のうちの一方の面と他方の面とで固定化する糖鎖4の種類を異なるようにしてもよい。
本実施形態においては、カンチレバー5の図2中上面5Aにのみ糖鎖4を固定化し、カンチレバー5の図2中下面5B及び側面5Cには糖鎖4を固定化しないようにして、これにより、カンチレバー5の両面間で表面応力に差が生じるようになっているとして説明する。
【0084】
また、カンチレバーセンサ3のたわみ量を光学式で測定する場合、通常はカンチレバー5の表面に反射膜を形成する。この際、カンチレバー5上に糖鎖4を固定化するために設けた金属膜9を、反射膜として利用することも可能である。
さらに、カンチレバーセンサ3のたわみ量を電気式で測定する場合には、通常は圧電抵抗素子部を設けるが、金属膜9を圧電抵抗素子部として利用することも可能である。ただし、この場合、金属膜9はカンチレバー5の長さ方向において、少なくとも圧電抵抗素子部が設けられている範囲に亘って形成されることが望ましい。これは、圧電抵抗素子部のたわみが信号として検出される一方、圧電抵抗素子部以外のたわみは検出されないからである。
【0085】
また、カンチレバー5上の金属膜9は、糖鎖4を固定する機能を有していることから、カンチレバー5の支持部材7上には金属膜9を設けないことが好ましい。このことにより、検出には関係のない位置に糖鎖4を固定化することを避けることができる。ただし、本実施形態においては、製造を簡単にするため、支持部材7上にもカンチレバー5の図中上面5Aの上面から連続して金属膜9を形成してあるものとして説明する(図8参照)。
【0086】
[II.センサシステム]
上述したカンチレバーセンサ3を用いて検出対象物質の検出を行なう場合、上記カンチレバーセンサ3のたわみ量を測定することができればどのようなセンサシステム(測定系)を用いても良いが、通常は、上述したカンチレバーセンサ3と、糖鎖固定部6に検体液を接触させる検体液接触部と、カンチレバー5のたわみ量を測定するたわみ量測定部とを備えたセンサシステムを用いる。以下、図6にセンサシステムの一例の要部の概要を模式的に示して説明するが、本発明のセンサシステムは以下の例に限定されるものではない。なお、図6において図1〜図5で用いた符号と同様の符号で示す部分は、図1〜図5と同様のものを表わす。
【0087】
図6に示すように、このセンサシステムは、上記の糖鎖4を固定化されたカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14を取り付けたカンチレバーホルダ15と、検体液接触部である検出ユニット16と、たわみ量測定部及び補正用たわみ量測定部である測定器17と、たわみ量差出力部及び使用限界検出部である計算装置18と、カンチレバー振動部であるアーム19とを備えている。
【0088】
カンチレバーホルダ15は、下方に向けて開口した中空を内部に有する筐体であり、内部の中空にはカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14が取り付けられている。
また、カンチレバーホルダ15の側壁には、使用時にカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14が検体液に接触できるよう、カンチレバーホルダ15内に検体液を導入するための導入口15Aが設けられている。カンチレバーホルダ15は使用時には、図6に矢印で示すように検出ユニット16内の流路20を流れる検体液中に浸されるが、導入口15Aにより、検体液はカンチレバーホルダ15内をも流通し、その流通過程でカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14それぞれの表面に接触するようになっている(図7参照)。
【0089】
さらに、カンチレバーホルダ15の上部のカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14が取り付けらえれる部分には電極(図示省略)が形成されていて、この電極を通じてカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14のたわみ量が信号として測定器17に送られるようになっている。
【0090】
本センサシステムにおいて、カンチレバーホルダ15に取り付けられているカンチレバーセンサ3は、糖鎖固定部6を片面に形成されてものとして上述したカンチレバーセンサ3である。また、このカンチレバーセンサ3においては、上記のように、糖鎖4の固定化に用いた金属膜9の下に圧電抵抗素子部(図示省略)を設けてあり、この圧電抵抗素子部に、支持部材7上の金属膜9とは絶縁されるようにパターニングされた金属膜パターンと、カンチレバーホルダ15に設けられた電極とを介して、計測器17に接続された配線がつなげられている。
【0091】
一方、補正用カンチレバー14は、環境変化等によるたわみ量を影響を排除するべく、カンチレバーセンサ3のたわみ量に補正を加えるための補正値を測定する目的で使用するカンチレバーである。
カンチレバーセンサ3には、検出対象物質と糖鎖4とが相互作用することにより生じる表面応力の変化以外にも、温度や圧力等の環境の変化によっても、そのたわみ量が変化する。したがって、たわみ量の測定を行なう場合、環境変化によるたわみの影響を排除して、目的とする検出対象物質と糖鎖4とが相互作用したことにより生じたたわみ量のみを測定することが望ましい。補正用カンチレバー14は、上記の環境変化によるたわみ量を排除するために用いられる。
【0092】
補正用カンチレバー14は、通常、表面全体に糖鎖4が固定化されていないことが好ましい。この場合、補正用カンチレバー14の全表面14Aが、糖鎖4を固定化されていない非固定化部として機能する。
さらに、補正用カンチレバー14は、糖鎖4を固定化しないこと以外は、補正対象であるカンチレバーセンサ3と可能な限り同様に形成することがより好ましい。具体的には、寸法及び材質等ができるだけ等しいことが好ましい。これにより、カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14それぞれに同様の環境変化が加わったとき、両者には環境変化によるたわみが同じ量だけ生じる。したがって、カンチレバーセンサ3のたわみ量は相互作用によるたわみ量と環境変化によるたわみ量との和となり、一方、補正用カンチレバー14のたわみ量は環境変化によるたわみ量のみとなるため、両者の差を算出することによって相互作用によるたわみ量を正確に測定することが可能となる。
【0093】
ただし、補正用カンチレバー14には、金属膜を形成しないようにしても好ましい。即ち、補正用カンチレバー14の全表面14Aを、金属膜を設けない非成膜部としてもよい。このことにより、補正用カンチレバー14には金属膜を介した糖鎖4の固定化を行なうことが出来なくなるため、カンチレバーセンサ3と同様の処理を行なっても補正用カンチレバー14表面に糖鎖4が固定化されず、したがって、補正用カンチレバーの作製や取り扱いが容易になるからである。
【0094】
また、補正用カンチレバー14に、アルミニウム、銅、銀等の、金以外の金属が最外層になるように金属膜を設けてもよい。通常、これらの金以外の金属を用いた場合、有機分子10と金属との結合力は金を用いた場合に比べて小さくなるため、補正用カンチレバー14の糖鎖4を固定化する能力は、カンチレバーセンサ3の糖鎖4を固定化する能力よりも小さくなる。したがって、カンチレバーセンサ3と同様の処理を行なっても補正用カンチレバー14表面に糖鎖4が固定化されず、したがって、補正用カンチレバーの作製や取り扱いが容易になる。
【0095】
また、補正用カンチレバー14に、カンチレバーセンサ3に固定した糖鎖4とは検出対象物質に対する相互作用の大きさが異なる別の補正用の糖鎖(以下適宜、「補正用糖鎖」という)を固定化しておいても良い。この場合、補正用糖鎖が固定化された部位は補正用糖鎖固定化部として機能する。例えば検出対象物質と全く相互作用を生じない適当な補正用糖鎖を補正用カンチレバー14に固定化した場合には、カンチレバーセンサ3に生じる環境変化によるたわみに非常に近いたわみを補正用カンチレバー14に生じさせ、カンチレバーセンサ3に生じる相互作用によるたわみ量をより正確に測定することが可能となる。
【0096】
補正用カンチレバー14の作製方法に制限はなく任意である。しかしながら、例えばカンチレバーセンサ3の説明において一製造方法として例示した半導体形成プロセスを利用してカンチレバーを作製した場合、同一条件で作製した場合であっても、作製ロット間、ウエファ間、さらには同一ウエファ内の場所間で、膜厚や材質に差異が生じてしまうことがある。これには、半導体形成プロセス以外の技術においても生じうる。
【0097】
上記の膜厚や材質の差異は、同一製造ロット同士であれば小さくなり、さらに同一ウエファ内から取り出したもの同士であればより小さくなる。さらに、同一ウエファ内でも、取り出した場所が近いところであればあるほど、その違いはさらに小さくなる。これを利用して、カンチレバーセンサ3用のカンチレバー5と補正用カンチレバー14とは、同一のウエファから作製されることが好ましく、ウエファ上でも隣り合った位置で作製されることがより好ましい。
【0098】
また、カンチレバーセンサ3と補正用カンチレバー14とは互いに切り離さずに一体にのまま用いることも好ましい。切り離さないことによって、これら2つを組み合わせて測定を行なうことが明示されるとともに、両カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14の取り付け作業も簡易化される。さらに、カンチレバーセンサ3と補正用カンチレバー14とを互いに切り離さず用いる場合、補正用カンチレバー14の作製を簡単にする観点からは、補正用カンチレバー14の表面には金属膜9を成膜しないことが好ましい。これにより、切り離されていない2つの両カンチレバー5,14の一方(即ち、カンチレバー5)にだけに糖鎖4を固定化し、他方(即ち、補正用カンチレバー14)には糖鎖4を固定化しないでおくことが容易になる。これは、金属膜9を用いて糖鎖4を固定化する場合には、金属膜9の成膜されていない補正用カンチレバー14には糖鎖4は固定化されない為である。
【0099】
ただし、測定器17として光学式の測定器を用いる場合には、補正用カンチレバー14にも光源からの光を反射するための反射膜を金属で形成する場合がある。この様な場合、補正用カンチレバー14の反射膜として糖鎖4を固定化しにくい金属、具体的には、アルミニウム、銅、銀等の金属が最外層となるように反射膜を成膜すればよい。通常、金以外の金属を用いた場合、有機分子10と金属との結合力は、金を用いた場合に比べて弱くなるため、補正用カンチレバー14の糖鎖4を固定化する能力は、カンチレバーセンサ3の糖鎖4を固定化する能力よりも小さくなる。
【0100】
なお、本センサシステムにおいては、補正用カンチレバー14として、糖鎖4が固定化されていない以外はカンチレバーセンサ3と同様に成形したカンチレバー、即ち、カンチレバー5と、金属膜9と、有機分子10とを有して構成されたカンチレバーを用いるものとする。また、補正用カンチレバー14においても、カンチレバーセンサ3と同様、金属膜9の下に圧電抵抗素子部(図示省略)を設けてあり、この圧電抵抗素子部に、補正用カンチレバー14の支持部材7上の、金属膜9とは絶縁されるようにパターニングされた金属膜パターン(図示省略)と、カンチレバーホルダ15に設けられた電極とを介して、計測器17に接続された配線がつなげられている。
【0101】
さらに、カンチレバーホルダ15は、可動に設けられたアーム19の先端に着脱可能に構成されていて、使用時にはアーム19に取り付けられるようになっている。アーム19は昇降操作が可能であり、カンチレバーホルダ15、カンチレバーセンサ3、補正用カンチレバー14等の装着、取り外し、交換などをするときには昇操作してアーム19を上げ、検出対象物質の検出時には降操作してアーム19を下げて流路20にカンチレバーホルダ15を挿入するようになっている。
【0102】
また、アーム19は、その支持部に振動発生用の圧電抵抗素子部(以下適宜、「振動用圧電素子」という;図示省略)を備えていて、この振動用圧電素子が振動することによりアーム19も振動を生じさせることができるようになっている。ここで、振動用圧電素子は、印加電圧によって伸び縮みする部材であり、この伸び縮みを利用して振動を生じるようになっている。なお、カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14に設けられた圧電抵抗素子は素子の伸び縮みに応じてその抵抗値が変化する素子であり、振動用圧電素子とは素子の構成自体は同様であるが、用途が異なるものとなっている。
【0103】
アーム19が振動すると、アーム19に取り付けられたカンチレバーホルダ15も振動し、それに伴い内部のカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14も振動することになる。検出対象物質の検出中にカンチレバーセンサ3を振動させることにより、検出対象物質と糖鎖4とを相互作用させる際の選択性を向上させることも可能である。即ち、検出時に検出対象物質以外の物質が糖鎖4と相互作用し、それによる信号が検出対象物質と糖鎖4との相互作用による信号の読み取りの障害になる虞がある場合でも、振動力により、相互作用の大きさが小さい物質はカンチレバーセンサ3から乖離してしまうので、これにより、相互作用が大きい検出対象物質のみを糖鎖4と相互作用させて、検出感度を高めることが可能となるのである。この際、振動の振幅を大きくすることによって、この選択性を向上させることが可能となる。また、具体的な測定の手順としては、まずカンチレバーセンサ3を振動させて検出対象物質以外の物質を乖離させた後、振動を停止し、カンチレバーセンサ3のたわみ量を測定することとなる。
【0104】
検出ユニット16は、カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14を検体液に接触させる場となる部材である。
本センサシステムにおいて、検出ユニット16は流路20を有する容器として形成されていて、検体は、ポンプ(図示省略)によって流路20内に導入され、カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14に接触した後、検出ユニット16外部に排出されるようになっている。
【0105】
また、検出ユニット16の上部には、流路20にカンチレバーホルダ15を挿入するための開口部21が形成されていて、カンチレバーホルダ15を開口部21を通じて流路20に挿入することにより、カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14が流路20内の検体液に接触できるようになっている。
【0106】
さらに、開口部21は、カンチレバーホルダ15を挿入した場合に検出ユニット16との間に所定の遊び部分を有するよう、カンチレバーホルダ15よりも大きく形成されている。これは、アーム19によってカンチレバーホルダ15を振動させた場合、検出ユニット16にカンチレバーホルダ15が接触してしまうことを避けるためである。
【0107】
測定器17は、カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14それぞれのたわみ量を検出するたわみ量測定器である。
本発明においてたわみ量を測定する測定機器に制限はなく、公知のものを任意に用いることができる。カンチレバーのたわみ量を測定する測定機器としては、一般には、光学式の測定器と電気式の測定器とがある。
【0108】
光学式の測定器では、光源からの光をカンチレバーに照射し、その光をカンチレバー上で反射させ、反射光を検出して、その反射光の反射角度を測定することにより、たわみ量を測定する(J.Vac.Sci.Technol.B,vol.14,pp.1383−1385,1996参照)。したがって、光学式の測定器を用いる場合には、カンチレバーの反射面側には反射膜を設けることになる。
【0109】
一方、電気式の測定器では、圧電抵抗素子が片面にパターニングされたカンチレバーを用い、たわみが生じた場合の圧電抵抗素子の抵抗値変化を測定することにより、たわみ量を測定する(Ultramicroscopy,vol.97,pp.371−376,2003参照)。この電気式の測定器の場合、圧電抵抗素子部分のたわみが信号として検出されることになる。
【0110】
本実施形態においては、測定器17として電気式のものを用い、カンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14それぞれに設けられた圧電抵抗素子により、たわみ量の測定を行なうようになっているとして説明する。また、測定器17で測定されたカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14それぞれのたわみ量は、計算装置18に送られるようになっている。なお、本実施形態では測定器17がカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14の両方のたわみ量を測定するものとして説明するが、両者のたわみ量を別々の測定器を用いて測定するようにしても良い。
【0111】
計算装置18では、送られた測定結果から、カンチレバーセンサ3のたわみ量と補正用カンチレバー14のたわみ量との差を算出し、プリンタ、ディスプレイ等の出力装置(図示省略)へ出力するようになっている。
また、計算装置18は、測定されたたわみ量から、カンチレバーセンサ3の使用限界を検出するようになっている。ここでいう使用限界とは、カンチレバーセンサ3に固定化された糖鎖4のうち、検出対象物質と相互作用できるものがなくなって、もうそれ以上検出対象物質が相互作用できない限界のことをいう。この使用限界は、例えば、使用限界に対応したたわみ量を予め実験的に求め、その限界値を計算装置18のメモリ等の記憶部に記録しておき、測定されたたわみ量と記録部の限界値とを比較することにより検出されるようにすることができる。
【0112】
ところで、本センサユニットが対象とする検体液とは、検出対象物質の検出を行なう対象となる任意の液体を指し、特に制限はなく任意の液体を用いることができる。例えばインフルエンザウイルスを検出対象物質として検出する場合には、検体液として、鼻腔吸引液、鼻腔拭い液、咽頭拭い液などを用いることができる。この場合、これらの検体液について検出することにより、被験者の感染の有無を診断することができる。
【0113】
鼻腔吸引液は、例えば、鼻腔に挿入したチューブからポンプ等による吸引で採取される。また、鼻腔拭い液は、例えば、綿棒を鼻腔に挿入し粘膜表皮を擦り取ることなどにより採取される。さらに、咽頭拭い液は、例えば、綿棒を咽頭に挿入し粘膜表皮を擦り取ることなどによって採取される。
【0114】
これらの検体液は、緩衝液、生理食塩水、エタノール、水等の溶媒で希釈してから測定を行なうようにしてもよい。また、綿棒で拭った液については、その綿棒を溶媒中に浸し、綿棒から拭い液を搾り出すことによって、溶媒中に採取した液を溶解させて検体液とするようにしてもよい。
【0115】
図7は、本センサシステムの使用時の検出ユニット16近傍を模式的に示す断面図である。なお、図7において、図1〜図6と同様のものは同様の符号を用いて示す。本センサシステムは以上のように構成されているので、このセンサシステムで検出対象物質の検出を行なう場合、図7に示すように、アーム19を降操作してカンチレバーホルダ15を流路20に挿入した状態で、流路20に検体液を流通させる。また、それとともにアーム19の振動を開始させる。
【0116】
検体液を流路20に流通させると、カンチレバーセンサ3に検体液が接触する。このとき、検体液に検出対象物質が含まれていれば、図8に示すように、カンチレバーセンサ3上の糖鎖4と検出対象物質とが相互作用し、カンチレバーセンサ3にたわみが生じる。なお、図8はカンチレバーセンサ3に検出対象物質13が相互作用した場合にたわみが生じる様子について説明する模式図であるが、簡単のため、凹凸パターン8の図示は省略してある。
また、このとき、アーム19の振動によってカンチレバーセンサ3を振動させた後、振動を止めてから測定を行なえば、検出対象物質以外の物質が糖鎖4と相互作用して検出感度が低下することは防がれる。
【0117】
一方、補正用カンチレバー14では、検出時のなんらかの環境変化が生じた場合、カンチレバーセンサ3に生じる全たわみ量のうち環境変化に起因する分のたわみ量と同量だけ、たわみが生じる。
上記のカンチレバーセンサ3及び補正用カンチレバー14のたわみ量は、計測部17でそれぞれ計測され、その計測結果は計算部18に送られる。
計算部18では、送られてきた測定結果から、カンチレバーセンサ3のたわみ量と補正用カンチレバー14のたわみ量との差を算出する。算出された値は、環境変化によるたわみ量の影響を排除した、検出対象物質と糖鎖4との相互作用によるたわみ量であり、このたわみ量の差により検出対象物質の検出を正確に行なうことができる。なお、算出されたたわみ量の差は、出力装置(図示省略)へ出力される。
【0118】
この際、計算部18では、カンチレバーセンサ3の使用限界の検出も行なっている。したがって、使用限界が検出されれば、その旨が出力装置(図示省略)に出力される。このように使用限界を検出するようにすれば、カンチレバーセンサ3を複数回繰り返して使用する場合などにおいて、カンチレバーセンサ3を交換する時期を適切に把握することができるため、検出を効率的に行なうことが可能となる。
また、流路20を流れ終わった検体液は、検出ユニット16の外部に排出される。
【0119】
なお、検出対象物質の検出を行なう際、測定条件に特に制限は無いが、ウイルスや細菌糖を検出対象物質とする場合、通常は0℃以上50℃以下の温度範囲内で検出を行なうことが望ましい。
また、振動や騒音、温度変化の少ない環境で行なうことも望ましい。
【0120】
以上のように、上記のセンサシステムを用いて検出対象物質の検出を行なえば、検出対象物質を簡単な構成により高感度に短時間で検出することができる。
従来、カンチレバーを用いたセンサについては開発がなされており、例えば、DNAハイブリダイゼーション検出センサ(Science,Vol.288(2000),pp.316−318)、抗原抗体反応検出センサ(Sensors and Actuators B,Vol.79(2001),pp.115−126)、マイクロカンチレバー・バイオセンサ(特許番号:WO9850773)などが挙げられる。しかし、ここで例示したような従来のセンサは、検出感度が充分でなく、例えばウイルスや細菌などを、実用的な感度で検出することはできなかった。しかし、本発明のカンチレバーセンサは充分な感度を有しているため、従来では検出が困難であった検出対象物質をも高感度に検出することが可能である。
【0121】
また、検出対象物質として糖鎖4と相互作用しうる部位を2以上有するものを検出する場合、検出感度を向上させることができる。
さらに、カンチレバーセンサ3に凹凸パターン8を形成したため、検出感度を更に向上させることができる。
【0122】
また、補正用カンチレバー14を用いて補正を行なうようにしたため、環境変化によるたわみの影響を排除し、相互作用によるたわみ量の正確な測定が可能となる。したがって、カンチレバーセンサ3の検出感度を更に高めることが可能となる。
さらに、カンチレバーセンサ3を振動させる機構を設けることにより、糖鎖4と相互作用させる検出対象物質の選択性を向上させることができ、より正確な分析を行なうことが可能となる。
【0123】
ただし、本発明のカンチレバーセンサ及びセンサシステムは上述したものに限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変形して実施することができる。
例えば、上記のセンサシステムでは流路20を流通した検体液は検出ユニット16の外部に排出されるが、この排出液を再度検出ユニット16内に戻し、循環させるようにしてもよい。これにより、より効率的にカンチレバーセンサ3上の糖鎖4と検出対象物質とを相互作用させて、検出感度をさらに向上させることができるようになる。
さらに、例えば、流路20を設けずに、直接検出ユニット16にピペット等で検体液を直接導入、排出するようにしても良い。
【0124】
また、例えば、上記実施形態のセンサシステムにおいてはたわみ量を電気式の測定器を用いて測定するようにしたが、光学式の測定器を用いてたわみ量を測定するようにしても良い。例えば、カンチレバーセンサ3のたわみ量を光学式の測定器で測定する場合には、たわみ量測定部として、センサシステムに、カンチレバーセンサ3に光を照射する光源と、光源から発せされた光がカンチレバーセンサ3に当たって反射した反射光を検出する光検出器とを備えさせ、また、カンチレバーセンサ3の表面には光源からの光を反射できるように表面処理(例えば、反射膜を形成する等)を施すようにすればよい。これにより、光源からカンチレバーセンサ3に光を照射し、カンチレバーセンサ3で反射した反射光を光検出器で検出して反射光の反射角度を測定するようにして、カンチレバーセンサ3のたわみ量を測定することができる。これと同様にして、補正用たわみ量測定部を光学式のものとして構成することも可能である。
【0125】
さらに、例えば、カンチレバーセンサ3を振動させるためのカンチレバー振動部の構成も、上記の例に限定されず任意である。例えば、振動用圧電素子をアーム19の支持部に設ける代わりに、図9に示すようにカンチレバーホルダ15とアーム19との間に振動用圧電素子19Aを設けるようにしてもよい。即ち、アーム19の先端のカンチレバーホルダ15を取り付ける部分に、振動用圧電素子19Aを設けるようにしてもよい。これによっても、振動用圧電素子19Aが生じる振動によりカンチレバーホルダ15が振動し、カンチレバーセンサ3を振動させることが可能となる。ただし、図9の構成において、振動用圧電素子19Aは図示しない電源から電力を供給され、また、図示しない制御装置によりその振動を制御されているものとする。なお、この場合、振動用圧電素子19A自体がカンチレバー振動部として機能する。また、図9において、図1〜図8と同様の部分は、同様の符号で示す。
【0126】
また、例えば、振動用圧電素子をカンチレバーセンサ3自体に設けるようにしてもよい。この場合にも、カンチレバーセンサ3に振動を発生させることが可能になる。ただし、カンチレバーセンサ3の作製プロセスが複雑化してコスト高を招く可能性があるため、現実的には、カンチレバーセンサ3の外部に振動用圧電抵抗素子などのカンチレバー振動部を用意し、カンチレバーセンサ3のベース部を振動させた方が、安価であり、また、構造が簡易であるため、故障しにくいという利点がある。
なお、もちろん、振動用圧電抵抗素子以外の部材を用いて振動を発生させるようにしても良い。
【0127】
ところで、上記の例で述べたカンチレバー振動部のような振動部を、検出対象物質と特異的に相互作用する特定物質(例えば、本発明における糖鎖4)を用いて検出対象物質を検出するセンサに用いることは、極めて有用である。即ち、本発明のカンチレバーセンサやセンサーシステム以外のセンサにおいても、検出対象物質と特定物質との特異的な相互作用を検出する際に、検出対象物質以外の物質と特定物質とが非特異的に相互作用し、それによる信号が検出対象物質と特定物質との相互作用による信号の読み取りの障害になる虞がある場合がある。このような場合でも、上記の例のように、振動力によって、検出対象物質以外の物質が特定物質から乖離して相互作用(非特異的な相互作用)を生じなくするようにすれば、相互作用(特異的な相互作用)が大きい検出対象物質のみを特定物質と相互作用させて、検出感度を高めることが可能となるのである。また、この際に振動を生じさせる部材は任意であるが、通常は、上記のような振動用圧電素子を用いることが、非特異的な相互作用を効果的に除外する点で、好ましい。
【0128】
また、例えば、検出終了後に使用済みのカンチレバーセンサ3を廃棄し、検出を行なうたびに、糖鎖4が固定化された新しいカンチレバーセンサ3に交換して検出操作を行なうようにしてもよい。これにより、正確な検出を行なうことができる。
【0129】
さらに、例えば、検出に用いたカンチレバーセンサ3を、再度検出に用いることによって、検出コストを低減させることも可能である。具体例としては、エタノール等の検体物質除去液を用いた洗浄処理により付着していた検体液を除去し、それにより糖鎖4と相互作用した検出対象物質を除去した後、洗浄したカンチレバーを再度検出に用いれば良い。
【0130】
ただし、相互作用の中でも反応などにより糖鎖4に強固に結合した検出対象物質については、通常は、カンチレバーセンサ3の糖鎖4にダメージが生じない程度の洗浄処理では除去しきれないことがある。しかし、前回検出までの相互作用によりカンチレバーセンサ3上に残留した検出対象物質がある場合でも、検出開始時(このとき、既に前回までの検出の影響でカンチレバーセンサ3にたわみが生じていても良い)のたわみ量を初期オフセット値として処理し、初期値からの変動値を当該検出操作において測定されたたわみ量の測定値として用いれば、残留していた検出対象物質の影響を排除することができる。
【0131】
さらに、このようにしてカンチレバーセンサ3を繰り返し検出に用いた後、使用限界に達したところで、カンチレバーセンサ3を交換することが好ましい。繰り返し使用するにつれて、カンチレバーセンサ3上に固定化されている糖鎖4のうち、検体中の検出対象物質と相互作用可能なものの数が次第に減少している。これは、洗浄処理後もカンチレバーセンサ3上に残留している検出対象物質と相互作用を続けている糖鎖4の数が次第に増えていくからである。その結果、ある時点で充分な検出が行なえなくなるカンチレバーセンサ3の使用限界に達してしまう。したがって、そのような使用限界に達した際にカンチレバーセンサ3の交換を行なうようにすることが好ましい。また、上記の使用限界は、例えば上記計算機18の説明で上述したように、使用限界に対応したたわみ量を予め実験的に求めておき、その限界値を、使用中のカンチレバーセンサ3のたわみ量と比較することなどによって検出することができる。
【0132】
また、例えば、検出に用いたカンチレバーセンサ3に、糖鎖4を除去してから、再度糖鎖4を固定化する再生処理を行なった後で、そのカンチレバーセンサ3を用いて検出を行なうようにしても良い。即ち、カンチレバーセンサ3に固定化されていた糖鎖4を一度カンチレバーからから分離し、糖鎖4を再度固定化することによりカンチレバーセンサ3を再生させ、そのカンチレバーセンサ3を再度検出に用いるようにしても良い。洗浄処理だけで繰り返し検出を行ない、使用限界に達したカンチレバーセンサ3を、このような再生処理で再生させることも可能である。
【0133】
さらに、例えば、カンチレバーセンサ3を用いてカートリッジを作製し、そのカートリッジを用いて検出を行なうようにしてもよい。その際の構成の一例を図10に示す。図10に示すように、カンチレバーセンサ3を内部に備えた容器(センサホルダ)22を用意し、容器22のカンチレバーセンサ3を取り付けた部分にはカンチレバーセンサ3のたわみ量を表わす電気信号を測定器17に送るために電極23を形成しておく。また、別途、カンチレバーセンサ3と容器22とで形成されたセンサカートリッジ24を装着する装着部25を備えた分析装置26を用意し、装着部25にセンサカートリッジ24を装着したときに分析装置26内の測定器17がカンチレバーセンサ3のたわみ量を測定できるようにする。これらを用い、センサカートリッジ24を分析装置26の装着部25に装着し、例えばピペット等で容器内に検体液を入れてたわみ量を測定するようにしても、検体液内の検出対象物質を検出することができる。
【0134】
もちろん、図10に示したセンサシステムを更に変形し、例えば上述した構成と組み合わせて実施しても良い。具体例としては、センサカートリッジ24に補正用カンチレバー14を取り付けたり、検体液を流通させる流路を設けたり、また、分析装置26に計算装置18を設けたり、アーム19のようにカンチレバーセンサ3を振動させるための振動部を設けたりしてもよい。
なお、図10において図1〜図9と同様の部分は、同様の符号で示す。
【0135】
また、上述したカンチレバーセンサやセンサシステムの各構成要素は任意に組み合わせて用いることができる。さらに、上述したカンチレバーセンサやセンサシステムは、他の分析装置等を任意に組み合わせて併用するようにしても良い。
【実施例】
【0136】
以下、本発明にかかる実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変形して実施することができる。また、実施例の説明において濃度を表わす「%」は、特に断らない限り「重量%」を表わすものとする。
【0137】
[実施例1]
インフルエンザA型(H3N2)/Fukuoka/C29/85を用いて、ウィルスを以下の手順で培養した。
まず、フラスコでイヌ腎臓由来細胞株(MDCK細胞)を37℃で3日間培養した後、細胞増殖培地を除去した。次に、ウィルスをMDCK細胞に接種して、室温で1時間吸着させた後、ウィルスを除去し、ウシ血清アルブミン(BSA)を0.3%の濃度で含有するインフルエンザ培地を加え37℃で3日間培養した。細胞変性効果(CPE)3〜4+を示した感染細胞と培養上清とを回収し、4℃、3000rpmで10分間遠心処理をした。上清をウィルス液として2.5mlずつ小分け分注した。ウィルス力価を測定したところ、4×107[TCID/ml]であった。
【0138】
次に、糖化合物(1)を、図11の反応式に示す手順で合成した。なお、Tsはトシル基を表わし、DMFはN,N−ジメチルホルムアミドを表わし、Bnはベンジル基を表わし、Meはメチル基を表わし、Acはアセチル基を表わし、TMSはトリメチルシリル基を表わし、r.t.は室温を表わす。
【0139】
即ち、まず、市販の化合物(2)とNaN3とをDMF中で50℃において1.5時間反応させ、後処理及び精製の後、化合物(3)を得た。この化合物(3)とNaIとをアセトン中で還流下1時間反応させ、後処理及び精製の後、化合物(4)を得た。
次にシアル酸誘導体(5)と前記化合物(4)とを、CsFの存在下にDMF中で−10℃〜0℃で15時間反応させてカップリングさせ、後処理及び精製後に化合物(6)を得た。その後この化合物(6)をMeOH中にて、水及びLiOHを用いて0℃〜室温で3日間加水分解反応させ、後処理及び精製後に化合物(7)を得た。この化合物(7)を、先ずMeOHと1N塩酸の混合溶媒中で水素雰囲気下にて5%−Pd/carbonにより処理し、還元反応を行なった後にろ過を行ない、さらにNaOAcにて室温で30分間中和反応し、精製後に糖化合物(1)を得た。Pd/Cによる還元反応以外は窒素雰囲気下にて反応を実施した。化合物(3)〜(7)の精製はシリカゲルクロマトグラフィーにより行ない、糖化合物(1)の精製はゲルろ過により行なった。化合物(2)からの糖化合物(1)の総収率は8.3%であった。
【0140】
また、測定に用いるカンチレバーとして、厚さ0.8μm、長さ200μm、幅40μmの窒化シリコン製カンチレバー(オリンパス株式会社製)を2つ用意した。該カンチレバーには、片面のみに金がコートされている。
上記の2つのカンチレバーのうち1つを検出用カンチレバー(カンチレバーセンサ)とし、以下のプロセスにより表面の修飾を行なった。
まず、オゾンクリーナ{(株)レーザーテクノ社製UVオゾンクリーナ}により5分間清浄化を行なった。そして、16−メルカプトヘキサデカン酸の10mMエタノール溶液中に室温で12時間浸し、エタノールで洗浄した後、十分に乾燥させた。
【0141】
次に、N−hydroxysuccinimide、及び、1−Ethyl−3−(3−dimethylaminopropyl)−carbodiimide hydrochlorideが、それぞれ5.0mM及び20.0mMの濃度となるように調整した水溶液中に検出用カンチレバーを室温で20分間浸し、水で洗浄した後、十分に乾燥させた。そして、上記の糖化合物(1)の6.5mMメタノール溶液中に室温にて19時間浸し、メタノールで洗浄した後、十分に乾燥させた。これにより、糖化合物(1)を糖鎖として検出用カンチレバーに固定化した。さらに、1.0Mのエタノールアミン水溶液に30分間浸し、水で洗った後、十分に乾燥させた。最後に、0.3%PSA(ブタ血清アルブミン)緩衝溶液に25時間浸し、水で洗浄した後、十分に乾燥させ、カンチレバーセンサを用意した。
一方、残り1つのカンチレバーは補正用カンチレバーとし、0.3%PSA(ブタ血清アルブミン)緩衝溶液に25時間浸し、水で洗浄した後、十分に乾燥させた。
【0142】
上記のカンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーの2つを、両者が平行でかつ同じ向きになるように、測定用セル(検体液接触部)にセットした。この際、カンチレバーセンサと補正用カンチレバーとの間の距離は2mmとなるようにした。
測定用セルは、テフロン(登録商標)製のベース部をガラス基板で蓋をした構造になっており、ガラス基板を介してカンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーにレーザーを照射し、上記のカンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーからの反射光をそれぞれ取り出すことができるようになっている。また、この測定用セルには、液体の注入口が設けられており、そこから測定用セル内の液体の入れ替えを行うようになっている。
【0143】
次に、図12に示すようなセンサシステムを用意した。図12に示すセンサシステムは、光源としてHe−Neレーザーを備えていて、このHe−Neレーザーからの出力光を、ロッドレンズと、2つのシリンドリカルレンズ(シリンドリカルレンズ1及びシリンドリカルレンズ2)により、幅50μm、長さ1cmの直線状になるように集光し、測定用セル(図示省略)にセットしたカンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーの先端部に同時に照射できるようになっている。なお、図12の線分XIは、He−Neレーザーから照射された光が集光されてた直線状部分を表わし、この直線状部分においてカンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーに光が当たるようになっている。また、図12においては上記測定用セルの図示は省略してある。
【0144】
また、図12のセンサシステムは、カンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーからの反射光をそれぞれ検出するための光検出部としてCCDカメラを備えていて、このCCDカメラによりカンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーからの反射光を同時に観察できるようになっている。さらに、図12のセンサシステムは、CCDカメラで検出した反射光からたわみ量を算出するためのパーソナルコンピュータ(図示省略。以下適宜、「パソコン」という)を備えていて、CCDカメラの出力画像は前記パソコンに取り込まれ、このパソコンで画像処理を行なうことによって、2つの反射光の中心位置を求め、カンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーのたわみ量の時間変化を計算できるようになっている。
【0145】
上記のセンサシステムを用い、また、上記のウイルス液を検体液として用い、ウイルス液を測定用セルに充たした状態で、カンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーそれぞれのたわみ量を測定した。具体的には、ウイルス液を測定用セルに充たし、ウイルス液と、カンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーとを接触させた状態で、He−Neレーザーからカンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーに光を照射し、カンチレバーセンサ及び補正用カンチレバーからの反射光をCCDカメラで検出し、その出力画像をパソコンで計算処理してたわみ量の計算を行なった。なお、ここでは、カンチレバーのたわみ量として、カンチレバー先端部の角度変化を測定した。さらに、カンチレバーセンサのたわみ量から補正用カンチレバーのたわみ量を引いた差を上記パソコンで計算し、その時間変化を得た。測定結果を図13に示す。
図13から、検体液中のインフルエンザウィルスと糖鎖との相互作用により、カンチレバーセンサのたわみ量が時間の経過と共に変化していることが分かる。
【0146】
[比較例1]
ウイルス液の代わりに、BSAを0.3%の濃度で含有するインフルエンザ培地を滅菌処理したものを検体液として用いた以外は、上記の実施例1と同様に測定を行なった。測定の結果得られた、カンチレバーセンサのたわみ量から補正用カンチレバーのたわみ量を引いた差の時間変化を図14に示す。
図14から、検体液にはインフルエンザウィルスが含まれておらず、その場合には、カンチレバーセンサのたわみ量には時間が経過しても変化が生じないことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明のカンチレバーセンサ、センサシステム及び検体液中の検出対象物質の検出方法は産業上の任意の分野で用いることが可能であるが、例えば、医療、食品分析、生体分析などの分野に用いて好適である。
【図面の簡単な説明】
【0148】
【図1】ウイルスについて説明するための模式図である。
【図2】本発明の一実施形態について説明するためのもので、カンチレバーセンサの要部を表わす模式的な斜視図である。
【図3】本発明の一実施形態について説明するためのもので、第1の固定化手法により糖鎖固定部を形成した場合の糖鎖固定部近傍を拡大して模式的に示す断面図である。
【図4】本発明の一実施形態について説明するためのもので、第2の固定化手法により糖鎖固定部を形成した場合の糖鎖固定部近傍を拡大して模式的に示す断面図である。
【図5】本発明の一実施形態について説明するためのもので、検出対象物質が糖鎖固定化部において糖鎖と相互作用している様子を表わす模式図である。
【図6】本発明の一実施形態について説明するためのもので、カンチレバーセンサを用いたセンサシステムの一例についてその要部を説明する模式的な概要図である。
【図7】本発明の一実施形態について説明するもので、センサシステムの使用時のセンサユニット近傍を模式的に示す断面図である。
【図8】本発明の一実施形態について説明するもので、カンチレバーセンサに検出対象物質が相互作用した場合にたわみが生じる様子について説明する模式図である。
【図9】本発明の一実施形態としてについて説明するもので、カンチレバー振動部である圧電抵抗素子を説明するための模式的な概要図である。
【図10】本発明の一実施形態について説明するもので、センサシステムの別の例についてその要部を説明する模式的な概要図である。
【図11】本発明の実施例1で行なった糖化合物(1)の合成方法を説明する反応式である。
【図12】本発明の実施例1に用いたセンサシステムの要部構成を説明する模式的な図である。
【図13】本発明の実施例1の結果を示すグラフである。
【図14】比較例1の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0149】
1 ウイルス
2 結合タンパク質
3 カンチレバーセンサ
4 糖鎖
5 カンチレバー
6 糖鎖固定部
7 支持部材
8 凹凸パターン
9 金属膜
10 有機分子
11 多孔質マトリックス
12 多孔質マトリックスを形成するその他の分子
13 検出対象物質
14 補正用カンチレバー
15 カンチレバーホルダ
16 検出ユニット(検体液接触部)
17 測定器(たわみ量測定部,補正用たわみ量測定部)
18 計算装置(たわみ量差出力部,使用限界検出部)
19 アーム(カンチレバー振動部)
20 流路
21 開口部
22 容器
23 電極
24 センサカートリッジ
25 装着部
26 分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出対象物質を検出するためのカンチレバーセンサであって、
カンチレバーと、
該カンチレバーに固定化された、上記検出対象物質と相互作用しうる糖鎖とを有し、
上記検出対象物質と該糖鎖とが相互作用した場合にはたわみを生じる
ことを特徴とする、カンチレバーセンサ。
【請求項2】
上記検出対象物質が該糖鎖と相互作用しうる部位を2つ以上有する
ことを特徴とする、請求項1記載のカンチレバーセンサ。
【請求項3】
上記検出対象物質が、ウイルス及び/又は細菌である
ことを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項4】
上記ウイルスが、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、レオウイルス、脳心筋炎ウイルス、エイズウイルス、ロタウイルス、コロナウイルス、パルボウイルス、センダイウイルス、ニューカッスル病ウイルス、ヘルペス1型ウイルス、テングウイルス及びインフルエンザウイルスよりなる群から選ばれる少なくとも1種のウイルスである
ことを特徴とする、請求項3記載のカンチレバーセンサ。
【請求項5】
該糖鎖が、該カンチレバーの片面のみに固定化されている
ことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項6】
該カンチレバーの上記片面のみに金属膜が形成されている
ことを特徴とする、請求項5記載のカンチレバーセンサ。
【請求項7】
該カンチレバーの表面に設けられた金属膜と、
該金属膜上に固定された有機分子とを有し、
該糖鎖は、該有機分子に固定化されている
ことを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項8】
該カンチレバーの表面に設けられた金属膜と、
該金属膜上に固定された有機分子と、
該有機分子上に結合された多孔質マトリックスとを有し、
該糖鎖は、該多孔質マトリックスに固定化されている
ことを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項9】
該多孔質マトリックスがヒドロゲルである
ことを特徴とする、請求項8記載のカンチレバーセンサ。
【請求項10】
該有機分子が、該金属膜に対して「硫黄−金属結合」で固定されている
ことを特徴とする、請求項7〜9のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項11】
該金属膜の最外層が金により形成されている
ことを特徴とする、請求項6〜10のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項12】
該金属膜の表面に凹凸パターンが形成されている
ことを特徴とする、請求項6〜11のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項13】
該カンチレバーの表面に凹凸パターンが形成されている
ことを特徴とする、請求項1〜12のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項14】
該糖鎖の固定化密度が、1.0×10-10mol/cm2以上1.0×10-2mol/cm2以下である
ことを特徴とする、請求項1〜13のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサ。
【請求項15】
検出対象物質を検出するセンサシステムであって、
請求項1〜14のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサと、
該糖鎖に検体液を接触させる検体液接触部と、
該カンチレバーセンサのたわみ量を測定するたわみ量測定部とを備える
ことを特徴とする、センサシステム。
【請求項16】
補正用カンチレバーと、
該補正用カンチレバーのたわみ量を測定する補正用たわみ量測定部と、
該カンチレバーセンサのたわみ量と該補正用カンチレバーのたわみ量との差を出力するたわみ量差出力部とを備える
ことを特徴とする、請求項15記載のセンサシステム。
【請求項17】
該補正用カンチレバーは、該糖鎖が固定化されていない非固定部を表面全体に有している
ことを特徴とする、請求項16記載のセンサシステム。
【請求項18】
該補正用カンチレバーは、金属膜が設けられていない非成膜部を表面全体に有している
ことを特徴とする、請求項17記載のセンサシステム。
【請求項19】
該補正用カンチレバーは、最外層が金以外の金属で形成された金属膜を片面に有する
ことを特徴とする、請求項17記載のセンサシステム。
【請求項20】
上記の金以外の金属が、アルミニウム、銅及び銀からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属である
ことを特徴とする、請求項19記載のセンサシステム。
【請求項21】
該補正用カンチレバーに、上記検出対象物質に対する相互作用の大きさが該糖鎖とは異なる補正用糖鎖が固定化されている
ことを特徴とする、請求項16〜20のいずれか1項に記載のセンサシステム。
【請求項22】
該カンチレバーを振動させるカンチレバー振動部を備える
ことを特徴とする、請求項15〜21のいずれか1項に記載のセンサシステム。
【請求項23】
請求項1〜14のいずれか1項に記載のカンチレバーセンサの上記糖鎖に検体液を接触させ、
該カンチレバーセンサのたわみ量を測定する
ことを特徴とする、検体液中の検出対象物質の検出方法。
【請求項24】
使用済みの上記カンチレバーセンサに検出液を除去する洗浄処理を行ない、洗浄した上記カンチレバーセンサを用いて検出を行なう
ことを特徴とする、請求項23記載の検体液中の検出対象物質の検出方法。
【請求項25】
使用中の上記カンチレバーセンサが使用限界に達したところで、上記カンチレバーセンサを他の上記カンチレバーセンサに交換する
ことを特徴とする、請求項24記載の検体液中の検出対象物質の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2006−153831(P2006−153831A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−13566(P2005−13566)
【出願日】平成17年1月21日(2005.1.21)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】