カーボンナノチューブの製造方法
【課題】本発明は、低電流でのアーク放電を水中で行うとともに電極に物理的な振動を加えることで、装置構成がより容易な環境を模索するとともに、精製作業を経ることなく生成物の収量とCNT率を向上して、CNTを簡単かつ効率的に合成することを課題とする。
【解決手段】上記課題を解決すべく、本発明の請求項1記載の発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする。
【解決手段】上記課題を解決すべく、本発明の請求項1記載の発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法に関し、特に、効率的にカーボンナノチューブを製造することが可能なカーボンナノチューブの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1991年に、当時NECの研究員であった飯島澄男氏によって発見されたカーボンナノチューブ(以下、CNT)は、炭素原子だけからなる円筒状の物質であり、内部は真空で直径が1nm(10億分の1メートル)、長さが1μm(1000分の1メートル)ほどの極微小で細長い形状の一次元物質である。1nmは1000分の1μmであり、遺伝子(DNA)の太さに匹敵する。CNTは、光の波長(1μm)より小さい構造であるため光学顕微鏡で見ることができず、電子の波長(1nm)を用いた電子顕微鏡で観察する必要がある。
【0003】
CNTは、その太さが数nm程度であるのに対して長さは1μm以上の細長い物質である。このため、物理的性質に強い一次元性が現れる。例えば、価電子の端数は、長さ方向ではバルク物質と同様に連続した値をとるが、これと垂直な方向では、電子の運動が強く束縛されているので、特定の波数しか許されないといった特徴をもつ。
【0004】
また、CNTは、グラファイトシートを筒状に巻いた形状であり、グラッフェンシートの巻き方によりねじれ度(以下カイラリティー)が分かれる。CNTのカイラリティーはジグザグ型、カイラル型、アームチェア型の3種類に分類され、CNTが半導体か金属かは、このカイラリティーによって決定される。さらにCNTは、円筒形の層が1層のナノチューブである単層ナノチューブ(SWNT)と、木の年輪の様に複数層巻いた多層ナノチューブ(MWNT)とに大きく分けられる。
【0005】
CNTはグラファイトと同じsp2混成軌道の結合を有しており、引っ張り強度は物質中最大(10GPa)である。この値は鋼鉄(〜2.3GPa)の数倍以上の大きさである。さらに、炭素材料の一般的な性質である、軽さ、機械的特性、耐熱性をも兼ね備える。このようにCNTのナノスケールの安定性、特異な基礎物性および応用性から多くの期待が集まり、現在、世界中の研究者たちが研究に取り組んでいる。
【0006】
カーボンナノチューブの製造方法として、アーク放電法、CVD法、レーザ蒸発法(レーザブレーション法)が挙げられる。また、SWNTを効率的かつ大量に合成することが可能な合成法としては、CVD法をベースとした新合成法である、産業技術総合研究所のスーパーグロース法(非特許文献1)や、東京大学の丸山らによるアルコールCVD法(ACVD法)が挙げられる(非特許文献2)。しかしながら、いずれの方法もSWNTを効率的に合成する方法であり、結晶性の高いMWNTの合成には至っていない。また、いずれの方法もCVD法を用いておりCNTの結晶性の悪さが指摘されている。
【0007】
これに対して、アーク放電法をベースとした合成法は、結晶性の高い良質なMWNTを合成することが可能であるが、アーク放電法によりMWNTを合成する場合には、少なくとも100A前後の大きな直流電源(例えば、アーク溶接機など)を用いるため、製造設備が大掛かりなものであり、カーボンナノチューブを容易に製造することが困難である。(非特許文献3)
【0008】
他方、従来の真空中から水中でのアーク放電法によりCNTを合成した例がある。真空中に比べ、装置構成を格段に簡略化することが可能であり、CNTをはじめとする新しいナノマテリアルの合成法として注目されている。しかしながら、他と同じく100Aもの大電流を用いアーク放電を行うため、外部からのマニピュレーションを行う必要がある。また、前後方向のマニピュレーションで放電を行うため、炭素電極の先端部分にのみCNTを含む陰極堆積物を生成する構成であり、放電を繰り返すために陰極堆積物を除去する必要がある。(非特許文献4)
【0009】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【非特許文献1】Takeo Yamada,Alan Maigne,Masako Yudasaka,Kouhei Mizuno,Don Futaba,Motoo Yumura,Sumio Iijima,Kenji Hata,Revealing the Secret of Water−Assisted Carbon Nanotube Synthesis by Microscopic Observation of the Interaction of Water on the Catalysts,Nano Letters,8(12),4288−4292(2008)
【非特許文献2】R.Xiang,E.Einarsson,J.Okawa,Y.Miyauchi and S.Maruyama,″Acetylene−Accelerated Alcohol Catalytic CVD Growth of Vertically Aligned Single−Walled Carbon Nanotubes,″J.Phys.Chem.C,(2009).
【非特許文献3】H.Takikawa,A.M.Coronel,T.Sakakibara,“Carbon nanotube preparation by arc discharge method in various gases”,The Transactions of the Institute of Electrical Engineers in Japan,A−119,901(1999)
【非特許文献4】Hsin YL,Hwang KC,Chen R−R,Kai J−J.Production and in−situmetal filling of carbon nanotubes in water.Adv Mater(2001);13:830
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、今後のナノテクノロジーを支えていく物質であるCNTを、「簡単」かつ「効率的」に合成するための、新しい合成方法を提案するものである。すなわち、CNTを製造するための代表的な方法としては、アーク放電法、CVD法、レーザ蒸発法が挙げられ、その中でもアーク放電法は、結晶性の高いCNTの合成法として知られている。通常アーク放電法では、大電流を用い密閉環境でアーク放電を行うため、全体の装置構成が複雑化してしまうというといった問題がある反面、大電流を用いて単位時間当たりのCNT収量が多いといった長所がある。
【0011】
これに対して、本発明は、アーク放電法を通常の数パーセント程度の低電流で行った点に特徴があり、装置構成が簡略化され実験の安全性が向上するため、様々な環境下でのアーク放電実験を行うことが可能である。しかしながら、電流値を低く抑えることで単位時間当たりのCNT収量が少なくなることが予想され、CNTを大量合成するためには効率的な環境の模索と精製作業を経ずにCNTの含有率を向上させる必要がある。
【0012】
特に、安全かつ簡単な装置構成を用いて実験を行うためには、最大でも30V,20Aの出力内でアーク放電を行う必要があり、この範囲内で最大限の効率化を図ることが望ましい。本発明は、低電流でのアーク放電を、水中で行うとともに電極に物理的な振動を加えることで、装置構成がより容易な環境を模索するとともに、精製作業を経ることなく生成物の収量とCNT率を向上して、CNTを簡単かつ効率的に合成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の請求項1記載の発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする。
【0014】
また、請求項2記載の発明は、水中において、前記放電を行うことを特徴とする。
【0015】
また、請求項3記載の発明は、前記放電の電流値は、10〜30Aであることを特徴とする。
【0016】
また、請求項4記載の発明は、前記振動の周波数は、50Hz〜1kHzであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の請求項1記載の発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とするから、アーク放電中の電極に物理的振動を連続して加える方法(フィジカルバイブレーション法)により、安定したアーク放電を長時間維持することが可能である。
【0018】
フィジカルバイブレーション法は、アーク放電時の電極間の距離が、物理的振動により常に変化することで、連続してアーク放電を行うことが可能であり、アーク放電の放電回数が従来の方法に比べ、格段に増したためと推測することができる。したがって、単位時間につき微粒子の生成量が飛躍的に増加する効果がある。
【0019】
さらには、従来の大電流アーク放電法は、CNT率が5〜30%ほどであり、我々が行った低電流アーク放電法のCNT率は5%ほどであるが、低電流アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用することで、CNT率がおよそ33%と、通常の低電流アーク放電法と比較して大幅に増す効果がある。
【0020】
また、請求項2記載の発明は、水中において、前記放電を行うことを特徴とするから、装置構成の簡略化と操作性の自由度が高いといった長所があり、さらには、電極間の放電温度が数千度に達しても、放電環境である水の沸点が100℃であるから、これ以上の水温上昇はなく、長時間にわたり安全に実験を行うことが可能である。
【0021】
また、請求項3記載の発明は、前記放電の電流値は、10〜30Aであることを特徴とするから、10〜30Aの低電流アーク放電法は、装置構成の簡略化と操作性の自由度が高いといった長所があり、様々な環境化でアーク放電法を行うことが可能である。これにより、例えば、様々な溶液中でのアーク放電法を適用することが可能であり、低電流アーク放電法を用いたさらなる応用研究が期待できる。
【0022】
また、請求項4記載の発明は、前記振動の周波数は、50Hz〜1kHzであることを特徴とするから、50Hz〜1kHzの周波数で電極が絶えず微振動を繰り返すため、電極上の広い範囲でアーク放電が繰り返されるとともに、アーク放電の持続時間が大幅に向上する効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の装置図を示す図である。
【図2】本発明の実験の様子を示す写真である。
【図3】本発明のフィジカルバイブレーション法による放電波形を示すグラフである。
【図4】本発明の実験の様子を示す図である。
【図5】本発明の実験の様子を示す図である。
【図6】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図7】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図8】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図9】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図10】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図11】本発明により合成したCNTのTG評価を示すグラフである。
【図12】本発明により合成したCNTのラマン分光評価を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法(以下、フィジカルバイブレーション法)の一例としては、図1の装置図1に示すように、直流電源2と正負炭素電極3,3(25mmφ、炭素純度99.9%)と、連続して振動する振動装置5(エアポンプ)を用い、アーク放電の環境として水4を用いる。
【0025】
まず、水4で満たされたビーカー7中に正負の炭素電極3,3を配置する。そして、正負いずれかの電極3に振動装置5のプローブ6を当接させた状態で、かつ、正負の電極3,3を互いに密着させた状態で、直流電源2から30V、20Aの直流電圧を印加するとともに、振動装置5から50Hzの連続微振動を一方の電極3に加える。炭素電極3と直流電源2とは、被覆された銅線8を介して連結されており、前記銅線8は3mmφのものを用いており、比較的硬い銅線8を用いることにより、銅線8への振動が、電極3に伝わり、電極3が連続して規則正しい振動を繰り返すこととなる。
【0026】
正負の電極3,3は、先端同士を接触させるのみならず、電極3,3の側面同士をクロス状に接触させることが望ましく、接触させた状態で、電極3に微振動を加えることにより、以後の放電が連続して行われるため、常に電極間距離を調整するマニピュレーションを必要とせず、長時間にわたり連続したアーク放電を自動的に継続することが可能である。
【0027】
通常、電極間に直流電圧を印加すると、正負の電極が電圧に比例したクーロン力で互いに引き合うため、電極同士がくっつき通電してしまいアーク放電が終了してしまう。このため、正負の電極を常に手で引き離し、電極間距離を一定距離で引き離す操作が必要であった。よって、連続かつ安定したアーク放電を持続して行うことが困難であり、常に電極を操作する手間を生じていた。
【0028】
これに対して、本発明者は、図2に示すように、片方の電極3(図では陰極)へと物理的な振動を連続して加えることにより、安定したアーク放電を長時間にわたり、自動で行うことが可能なことを見出した。すなわち、50Hzで振動するエアポンプ5を正負何れかの電極3に当接させることにより、片方の電極3が常に振動した状態となり、これにより電極間距離が常に変化するため、自動的にアーク放電を連続して行う構成である。
【0029】
然して、電極間距離を調整する従来のアーク放電法の問題点であったアーク放電の間欠した時間(デッドタイム)が大幅に減少し、長時間の連続アーク放電が可能である。このように、低電流での水中アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用することで2時間以上の長時間にわたる連続かつ安定したアーク放電を水中で行うことも可能であった。
【0030】
水中での長時間のアーク放電に伴い、陰極側の炭素電極3が消耗するとともに、粉末状の生成物が、ビーカーの底や水面に浮上する。よって、真空ポンプなどの排気による生成物のロスが生じることなく、ほとんどの生成物を回収することが可能である。また、陰極側の炭素電極の消耗に伴い、電極間の距離が開いてしまうと、放電が終了してしまうが、予め、電極同士3,3を強く接触させた状態で、振動を加えて放電を行うことにより、陰極側の炭素電極が消耗しても、銅線8のたわみで陰極3が常に陽極3へと押し付けられるため、長時間にわたり連続したアーク放電を持続することが可能である。
【0031】
フィジカルバイブレーション法を適用した場合の、アーク放電波形を図3に示す。50Hzの周期で振幅の等しい連続アーク放電が行われていることが確認できる。横軸は時間軸であり200ms/div、縦軸は電圧であり5V/divを示す。放電波形の測定はLeCroy社製オシロスコープを用いた。
【0032】
水中でのフィジカルバイブレーション法の特徴としては、水中の温度が常に沸点である100℃となるため、10分に1回のペースで水の補給が必要であるが、放電環境である水の水温は100℃以上にはならないため、自動的にアーク放電を行っている状態でも、水がなくならない限り発火する恐れがなく、安全にアーク放電の連続運転が可能である。これに伴い、アーク放電温度が急激に下がることを防止することが可能であり、電極間のプラズマ状態(高温状態)を長時間にわたり維持することが可能である。
【0033】
我々は、1時間のアーク放電のうち、電極の位置調整と水の補給とを数回行うのみで、長時間にわたり一切手を触れることなく、自動でアーク放電実験を行なうことができた。(図4)
【0034】
1時間もの連続運転後、約1グラムほどの無数の数の黒い微粒子が、ビーカー底とビーカー縁部分に堆積しており(図5)、我々はこれら微粒子を濾紙で濾した後のサンプルをマイクログリッドに採取し、直接、透過型電子顕微鏡を用いて観察した。
【0035】
低電流水中アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用した方法での自動アーク放電により生成した微粒子のTEM像を図6乃至図10に示す。TEM像からわかるように、わずかなナノオニオンを含むのみで、そのほとんどが、直線性の良好なCNTであった。このTEM写真からもCNTの純度が高いことが確認できる。(図6、図7、図8、図9)
【0036】
次に、フィジカルバイブレーション法により合成した、試料のTG/DTA曲線を図11に示す。TG/DTA曲線を計測する示差熱熱重量同時測定装置(Thermo Gravimetry Differential Thermal Analyzer)は、試料の重量変化を測定する熱重量測定(TG:Thermo Gravimetry)と、試料の温度変化を測定する示差熱分析(DTA:Differential Thermal Analyzer)の同時測定装置で、試料の酸化、熱分解、脱水などにおける重量変化や、耐熱性の評価、反応速度解析などを分析する装置である。
【0037】
熱重量分析(TG)は、カーボンナノチューブを100%燃焼させる場合における温度(℃)と熱重量分析(%)との関係を示すものであり、このTG曲線を微分したDTG曲線は、温度と示差熱重量分析(μg/秒)との関係を示すものである。通常、TG分析により、アモルファス構造の炭素は約400℃くらいまで、SWNTは500℃程度まで、MWNTはそれ以上で燃焼するというおおよその目安からCNTの種類や純度を推測することができる。
【0038】
TGで600℃までに見られる1%ほどの重量減少は、アモルファス構造の炭素とSWNTが考えられるが、DTAを見ると302℃にピークがあり、400℃未満で分解が生じたことが確認できるので、アモルファス構造の炭素によるものでSWNTは含まれていないことが分かる。また、99%という大きな重量減少は600℃を超えて生じており、試料中のCNTが高純度かつ金属触媒等を含まない結晶性の高いMWNTであることが確認できた。
【0039】
また、試料を1000−1800cm−1の範囲においてラマン分光分析(JASCO Corporation:NRS−3000型ラマン分光器532.03nmのグリーンレーザ)した結果を図12に示す。
【0040】
1587cm−1付近に強いスペクトルピークが表れるとともに、1367cm−1付近に弱いスペクトルピークが表れている。これらは、グラファイト固有のスペクトルである、DバンドおよびGバンドにそれぞれ対応する。特に、CNTの結晶度の目安となる、G−バンドとD−バンドの相対強度であるG/D比が大きく、良好な結晶性を有するCNTが含まれることが確認された。
【0041】
表1にフィジカルバイブレーション法により合成したCNTの生成量を示す。1時間の低電流アーク放電実験における、実験開始直前の電極重量から、実験終了後の電極重量を差し引いたものを、1時間当たりの電極消費量として定義する。すなわち、アーク放電により陽極が消耗する1時間のアーク放電により陽極が消耗した量である。そして、消耗した陽極の炭素は、陰極の堆積物や、ビーカー底の沈殿物、水面の浮遊物として採取され、これら放電後に採取された物質全体の重量を一次収量として定義する。
【0042】
【表1】
【0043】
まず、フィジカルバイブレーション法を適用しない、通常の低電流水中アーク放電法は、水中では1時間あたりの電極消費量が0.21gであるのに対し、一次収量は0.189gであった。水中では、電極から蒸発した微粒子が水中に拡散して、沈殿物や浮遊物となり、水に溶解したものを除き、ほとんどを回収することが可能であり、ロス量は電極消費量の10%ほどであった。そして、水中のCNT率はおよそ3%であり、CNT量に換算すると、一次収量0.189gの3%である、0.006gと推測される。
【0044】
これに対して、低電流水中アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用した場合、単位時間当たりの全収量(陰極炭素棒の消費量)は0.96gであった。そして、採取した微粒子の収量が0.912gであり、さらには、微粒子を複数回TEM観察した結果によるCNT率が33%であった。これからCNT量を計算すると、およそ0.301gであり、電極消費量に対して31%ものCNTを確保した計算となった。
【0045】
フィジカルバイブレーション法により合成したほとんどの微粒子からは、高密度のCNTを含むCNTクラスターが観察された。さらには、通常の低電流水中アーク放電法に比べ、微粒子の生成量が単位時間当たり3〜5倍もの速度で生成された。
【0046】
これは、アーク放電時の電極間の距離が、物理的振動により常に変化することで、連続してアーク放電を自動で行うことが可能であり、アーク放電の放電回数が従来の方法に比べ、格段に増したためと推測することができる。したがって、単位時間につき微粒子の生成量が飛躍的に増加する効果がある。
【0047】
さらには、従来の低電流水中アーク放電法に比べ、長さが30パーセント以上も長いCNTが合成され、個々のCNTの直線性が向上し、CNTの結晶性も良好であった(図10)。特に、フィジカルバイブレーション法の効果として、CNTの純度が、通常の方法と比較して10倍以上にも増したことが挙げられる。また、水中でのフィジカルバイブレーション法は、単位時間当たりの全収量が0.96gであり、通常の低電流水中アーク放電法の0.2gに比べおよそ5倍もの大幅な収量増加である。
【0048】
また、水中のロス量は10%ほどで、一次収量は0.2gほどである。これに対して、フィジカルバイブレーション法は、ロス率が5%ほどである。これは、単位時間当たりの電極消費量が、他の方法に比べて格段に向上していることに起因する。よって、一次収量は電極消費量の95%ほどで、0.9gほどの一次収量となった。さらに、特筆したいことは、一次生成物のCNT率が、水中の3%に対し、フィジカルバイブレーション法におけるCNT率が33%ほどで格段に向上していることである。
【0049】
これは、アーク放電の放電回数が通常の方法(手動マニピュレーション)に比べ格段に増したことに起因すると推測される。すなわち、通常のアーク放電法におけるアーク放電のギャップとアーク長との関係は、本来一定であるはずであるが、炭素電極を用いたアーク放電では電極炭素の蒸発により、電極の表面形状が変化を繰り返し、この電極形状の変化により、アーク部での電位傾度が変化し、ギャップとアーク電圧との関係は常に変動している。よって、通常の手動操作によるアーク放電の波形は周期や振幅にばらつきがあり、安定したアーク放電を維持することが困難である。
【0050】
これに対し、本発明のフィジカルバイブレーション法を適用した場合、止負の電極間距離が振動により常に変化しており、これにより、電極の消耗箇所で新たなアーク放電が繰り返し行われるため、アーク放電を自動化することが可能であり、電極の消費量を大幅に向上することが可能である。また、フィジカルバイブレーション法は、電極が絶えず微振動を繰り返すため、電極上の広い範囲でアーク放電が繰り返されるとともに、アーク放電の回数および継続時間が大幅に向上するものと推測される。
【0051】
さらには、フィジカルバイブレーション法による連続放電で、アーク放電温度を一定に保つことが可能であり、アーク放電温度を高温で一定に保つことが可能であるため、放電箇所の温度が高い状態を長時間にわたって維持されて、アモルファスカーボンやナノオニオンの生成量が抑制されたことのみならず、CNTの合成が促進されCNT率が大幅に向上したものと推測される。
【0052】
このように、本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、電極に物理的な振動を加える簡単な構成により、安定したアーク放電を長時間維持することが可能であり、一次収量が格段に向上し、さらには、CNT率が向上した結果、低電流アーク放電法での単位時間当たりのCNT収量を大幅に向上し、CNTを効率的に合成することが可能である。
【0053】
フィジカルバイブレーション法は、アーク放電時の電極間の距離が、物理的振動により常に変化することで、連続してアーク放電を行うことが可能であり、アーク放電の放電回数が従来の方法に比べ、格段に増したためと推測することができる。したがって、単位時間につき微粒子の生成量が飛躍的に増加する効果がある。
【0054】
さらには、従来の大電流アーク放電法はCNT率が5〜30%ほどであるが、通常の電流値の数パーセントである10A〜30Aでの低電流アーク放電法に前記フィジカルバイブレーション法を適用することで、CNT率がおよそ33%と、従来の大電流アーク放電法に比べ同等のCNT率とすることが可能である。
【0055】
本発明のフィジカルバイブレーション法では、従来の生成物を酸処理等による精製作業を経ることなく、放電直後に採取した生成物に含まれるCNT率が高いため、CNTを効率的かつ低コストで合成することが可能である。
【0056】
特に、10A〜30Aでアーク放電を行う低電流アーク放電法は、装置構成の簡略化と操作性の自由度が高いといった長所があり、様々な環境化でアーク放電法を行うことが可能である。これにより、例えば、様々な溶液中(例えば、可燃性の溶液中)でアーク放電を行うことが可能であり、低電流アーク放電法を用いたさらなる応用研究が期待できる。
【0057】
通常、水中でのアーク放電の電極間距離は、真空中に比べて分子の平均自由工程が小さいことから、電極間に働くクーロン力が大きく、アーク放電操作が困難である。よって、水中でのアーク放電は、収量が少なく、CNT率が低いといった欠点がある。特に、手動操作によるアーク放電では、電極同士が引き合う力を打ち消しつつ、電極同士を数ミリの間隔に維持してアーク放電を行う必要があるため、アーク放電が瞬発的な間欠アーク放電となってしまい、電極間温度が急上昇と急降下を繰り返すこととなる。よって、数千度の温度を安定して炭素電極に付与することが困難であり、炭素電極を効果的に蒸発させることができず、結果、単位時間当たりの収量が少ないものとなってしまう。
【0058】
本発明の、水中における低電流フィジカルバイブレーション法は、電極に微振動を連続して印加することで、アーク放電を半自動化することが可能であるが、振動を加えることで、CNT率および収量を大幅に向上することが可能であった。このことから、CNT生成モデルを推測した場合、アーク放電により、陰極の電子が陽極に衝突するとともに陽極の炭素を叩き出し、この炭素原子が陰極へと引き寄せられ、陰極上にCNTが形成された後、フィジカルバイブレーションの振動効果で陰極のCNTが電極から剥離することが考えられ、これにより収量が大幅に向上したことが推測できる。
【0059】
すなわち、2つの炭素電極間にてアーク放電を行った場合、短時間のアーク放電においては、陰極、陽極ともに放電表面にカーボンナノチューブが生成される。しかしながら、長時間アーク放電を行うと、陽極表面の温度は炭素の昇華温度を超える高温になるため、生成したカーボンナノチューブは、分解されてしまう。
【0060】
陰極炭素においては、陰極表面が電子を放出する際、その仕事関数に等しいエネルギーを陰極から持ち去るため、表面温度が炭素の昇華温度に到達することは少ないと考えられる。また、陰極表面に生成したカーボンナノチューブは、陰極表面から突き出た形態を有しているため、優先して電子放出源となり、電子放出による冷却効果が直接働くものと思われる。
【0061】
しかしながら、陰極電極の常に同一場所にて放電を行うと、徐々に単位時間当りのカーボンナノチューブの合成量が低下してくる。これは、陰極の同一個所が長時間アークに曝されるため、電子放出による冷却効果を超えて、陰極部が加熱されるためにカーボンナノチューブの合成過程と分解過程が同時に進行してくるためであると考えられる。
【0062】
そこで、フィジカルバイブレーション法により、両電極の相対位置を連続的に移動させ、アーク放電の陰極点(アークスポット)を陰極材料上で連続的に移動させることにより、陰極上にCNTが形成された後、フィジカルバイブレーションの振動効果で陰極のCNTが電極から自動的に剥離するため、CNT率が大幅に向上することが推測できる。
【0063】
すなわち、電極間のアーク放電は、電極が絶えず微振動を繰り返すことにより、電極上の広い範囲でアーク放電が繰り返されることとなる。また、アーク放電の持続時間(連続回数)が大幅に向上することから、放電温度が低下することなく、高温を維持することが可能と推測できる。
【0064】
また、アークプラズマによる高温と電気力(クーロン力)とのバランスが、結晶性の高いCNTを効率的に合成するために必要な要素と考えられる。低電流アーク放電は、正イオン衝突等によって陰極が加熱されて陰極が非常に高い温度(炭素電極の沸点近く)になると、陰極から大量の炭素蒸気が発生するとともに熱電子が放出され、この熱電子が放電電流の主要部分を占める。すなわち、陰極からの電子放出に加え陰極表面が昇華することにより、陰極から陽極に向けてCNTが成長すると推測される。
【0065】
特に、CNTの直線性や結晶性と、電気力とは密接に関係があると推測され、高温で昇華した陰極表面に漂う炭素雲が、熱電子放出とともに、陽極へと伸びるとともに直線状のCNTが生成されると推測される。このとき、アーク放電が途切れると、陰極表面の炭素雲が急激に冷却されるとともに、フラーレンなどの球状物質を生成すると推測される。よって、CNTの直線性は、アーク放電に伴う電気力(吸引力)が強く作用するものと推測する。
【0066】
一般に、陰極が炭素やタングステン等の、沸騰して気体になる温度(沸点)が高い物質では熱陰極アークになり、鉄や銅など沸点が低い物質では冷陰極アークになることが知られている。熱陰極アーク放出は正イオン衝突等によって陰極が加熱されて局部が非常に高い温度(陰極材料の沸点近く)になると、陰極から大量の金属蒸気が供給されそれから電子が放出され(熱電子)、この電子が放電電流の主要部分を占める放電である。
【0067】
陽極は電子を収集する役目を持ち、電子の衝突によって加熱され温度が上昇する。従って、陽極の表面にも局部的に高温となり陽極材料の沸点を超えて昇華蒸気を生じる。陽極領域ではイオン化とその再結合が平衡状態にあった(プラズマ状態)のが陽極の電界の影響を受けて、平衡状態が崩れながら陽極表面までその変化が到達するが、その状況の詳細は複雑で十分に理解されていない。
【0068】
高温のアークプラズマ中で、陰極表面の炭素原子(数層のグラファイト面)が剥離して2次元物質の長方形の面のうち長手の辺同士の距離が近いため、長手の辺同士が引き合い結合することにより、多層の筒を形成する。このとき、面が大きすぎると、筒を形成するにいたらず、グラファイト片として観察されることとなる。筒を形成しやすいグラファイト面は、CNTの直径に関係しており、CNTの内径が小さいもので1nm、大きいもので10nmほどであることから、グラファイト面の短辺の長さが、3nmから30nmほどの距離であれば、クーロン力により結合して筒状の物質を形成すると推測できる。
【0069】
また、グラファイト面は、面の上下間の結合力が強いため、筒状に塑性変形した場合にも、複数の面が剥離しにくく、多層の筒を形成しやすいと推測できる。さらには、剥離したグラファイト面が小さい場合において、筒を形成することなく、球状や多角形状に結合することとなる。また、1次元物質の多層の筒は先端と他端とで分極を生じており、CNT同士が引き寄せられて絡み合うことが推測される。
【0070】
また、アーク放電は低い電圧で高い電流密度の放電であり、電流の磁界(アンペアの右ねじの法則に従って発生する磁界)によって移動する電子をアークの中心部分に向かわせる力(フレミングの左手の法則)が働くことからアークが圧縮されるピンチ効果が生じてアークが不安定になることがある。
【0071】
特に、フィジカルバイブレーション法では、電極が当接した状態で、微振動を繰り返すことにより、電極間距離が、連続して変化するが、電極が当接した状態であり、ごく小さな隙間が生じており、隙間の距離が常に変化することにより、安定したアーク放電が連続して発生する。よって、電極間の隙間でのクーロン力が途切れることなく、さらには、常に高温の状態を維持しているため、MWNTの生成が効率よく行われること推測される。
【0072】
また、電極が常に振動しているため、陰極上に付着したCNTが振り落とされ、CNTがさらなるアーク放電の衝撃とプラズマに長時間さらされることがない。また、連続したアーク放電が発生することで、電極間の温度が下がりにくく、アモルファスの発生を抑えることが可能である。これに対して、手動操作による間欠したアーク放電の場合、アーク放電を連続して行うことが困難であり、電極間の温度が急上昇、急降下を繰り返すとともに、電気力の発生も途切れるため、MWNTの生成が困難であり、アモルファスが生じやすい環境である。MWNTの生成は、連続したアークプラズマすなわち電気力と高温の環境に強く依存すると考えられる。
【0073】
以上のように、本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする、簡単な構成により、安定したアーク放電を長時間維持することが可能であり、一次収量が格段に向上し、さらには、CNT率が向上した結果、低電流アーク放電法での単位時間当たりのCNT収量を大幅に向上し、CNTを効率的に合成することが可能である。なお、工業的な大量生産を目的とした場合、電流値は50A以上であることが望ましく、本発明のフィジカルバイブレーション法を適用することにより、さらなる収量の増加が期待できる。他方、低電流であっても、装置を並列化することにより、収量の増加が可能である。
【0074】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、放電に用いる電極に物理的な振動を加える簡単な構成であればよく、振動を加える手段は特に限定されるものではない。また、上記例では、前記振動の周波数を50Hzとした場合を示したが、物理的な振動を伝えることが可能な振動数であればよく、50Hz(例えば、エアポンプ)〜1kHz(例えば、ステッピングモータ)が適しており、実質的な物理的振動を伝えることが可能である。電極に加える振動数や振幅を変化させることにより、CNTの収量やCNT率さらには、CNTの品質を制御することも期待できる。
【0075】
また、上記例では、放電環境に水を選択したが、これに限らず、真空中、大気中、炭素を含む溶液中(例えば、エタノールやメタノール、プロパノールなど)、液体窒素中、泡中など、様々な環境に適用することが可能である。さらには、両電極を金属の電極として、炭素を含む溶液中でフィジカルバイブレーション法を適用してもよく、溶液中の炭素からCNTを合成する方法であってもよい。
【0076】
また、上記例では、物理的な振動を一方の電極に加える例を示したが、両方の電極に振動を加えてもよく、また、電極は片方の電極(例えば、陰極側)を金属の電極としてもよく、さらには、物理的な振動における振幅の大きさも、特に限定されるものではなく、何れにせよ、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々パラメータの変更が可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0077】
1 装置図
2 直流電源
3 電極(炭素電極)
4 水
5 振動装置
6 プローブ
7 ビーカー
8 配線
【技術分野】
【0001】
本発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法に関し、特に、効率的にカーボンナノチューブを製造することが可能なカーボンナノチューブの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1991年に、当時NECの研究員であった飯島澄男氏によって発見されたカーボンナノチューブ(以下、CNT)は、炭素原子だけからなる円筒状の物質であり、内部は真空で直径が1nm(10億分の1メートル)、長さが1μm(1000分の1メートル)ほどの極微小で細長い形状の一次元物質である。1nmは1000分の1μmであり、遺伝子(DNA)の太さに匹敵する。CNTは、光の波長(1μm)より小さい構造であるため光学顕微鏡で見ることができず、電子の波長(1nm)を用いた電子顕微鏡で観察する必要がある。
【0003】
CNTは、その太さが数nm程度であるのに対して長さは1μm以上の細長い物質である。このため、物理的性質に強い一次元性が現れる。例えば、価電子の端数は、長さ方向ではバルク物質と同様に連続した値をとるが、これと垂直な方向では、電子の運動が強く束縛されているので、特定の波数しか許されないといった特徴をもつ。
【0004】
また、CNTは、グラファイトシートを筒状に巻いた形状であり、グラッフェンシートの巻き方によりねじれ度(以下カイラリティー)が分かれる。CNTのカイラリティーはジグザグ型、カイラル型、アームチェア型の3種類に分類され、CNTが半導体か金属かは、このカイラリティーによって決定される。さらにCNTは、円筒形の層が1層のナノチューブである単層ナノチューブ(SWNT)と、木の年輪の様に複数層巻いた多層ナノチューブ(MWNT)とに大きく分けられる。
【0005】
CNTはグラファイトと同じsp2混成軌道の結合を有しており、引っ張り強度は物質中最大(10GPa)である。この値は鋼鉄(〜2.3GPa)の数倍以上の大きさである。さらに、炭素材料の一般的な性質である、軽さ、機械的特性、耐熱性をも兼ね備える。このようにCNTのナノスケールの安定性、特異な基礎物性および応用性から多くの期待が集まり、現在、世界中の研究者たちが研究に取り組んでいる。
【0006】
カーボンナノチューブの製造方法として、アーク放電法、CVD法、レーザ蒸発法(レーザブレーション法)が挙げられる。また、SWNTを効率的かつ大量に合成することが可能な合成法としては、CVD法をベースとした新合成法である、産業技術総合研究所のスーパーグロース法(非特許文献1)や、東京大学の丸山らによるアルコールCVD法(ACVD法)が挙げられる(非特許文献2)。しかしながら、いずれの方法もSWNTを効率的に合成する方法であり、結晶性の高いMWNTの合成には至っていない。また、いずれの方法もCVD法を用いておりCNTの結晶性の悪さが指摘されている。
【0007】
これに対して、アーク放電法をベースとした合成法は、結晶性の高い良質なMWNTを合成することが可能であるが、アーク放電法によりMWNTを合成する場合には、少なくとも100A前後の大きな直流電源(例えば、アーク溶接機など)を用いるため、製造設備が大掛かりなものであり、カーボンナノチューブを容易に製造することが困難である。(非特許文献3)
【0008】
他方、従来の真空中から水中でのアーク放電法によりCNTを合成した例がある。真空中に比べ、装置構成を格段に簡略化することが可能であり、CNTをはじめとする新しいナノマテリアルの合成法として注目されている。しかしながら、他と同じく100Aもの大電流を用いアーク放電を行うため、外部からのマニピュレーションを行う必要がある。また、前後方向のマニピュレーションで放電を行うため、炭素電極の先端部分にのみCNTを含む陰極堆積物を生成する構成であり、放電を繰り返すために陰極堆積物を除去する必要がある。(非特許文献4)
【0009】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【非特許文献1】Takeo Yamada,Alan Maigne,Masako Yudasaka,Kouhei Mizuno,Don Futaba,Motoo Yumura,Sumio Iijima,Kenji Hata,Revealing the Secret of Water−Assisted Carbon Nanotube Synthesis by Microscopic Observation of the Interaction of Water on the Catalysts,Nano Letters,8(12),4288−4292(2008)
【非特許文献2】R.Xiang,E.Einarsson,J.Okawa,Y.Miyauchi and S.Maruyama,″Acetylene−Accelerated Alcohol Catalytic CVD Growth of Vertically Aligned Single−Walled Carbon Nanotubes,″J.Phys.Chem.C,(2009).
【非特許文献3】H.Takikawa,A.M.Coronel,T.Sakakibara,“Carbon nanotube preparation by arc discharge method in various gases”,The Transactions of the Institute of Electrical Engineers in Japan,A−119,901(1999)
【非特許文献4】Hsin YL,Hwang KC,Chen R−R,Kai J−J.Production and in−situmetal filling of carbon nanotubes in water.Adv Mater(2001);13:830
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、今後のナノテクノロジーを支えていく物質であるCNTを、「簡単」かつ「効率的」に合成するための、新しい合成方法を提案するものである。すなわち、CNTを製造するための代表的な方法としては、アーク放電法、CVD法、レーザ蒸発法が挙げられ、その中でもアーク放電法は、結晶性の高いCNTの合成法として知られている。通常アーク放電法では、大電流を用い密閉環境でアーク放電を行うため、全体の装置構成が複雑化してしまうというといった問題がある反面、大電流を用いて単位時間当たりのCNT収量が多いといった長所がある。
【0011】
これに対して、本発明は、アーク放電法を通常の数パーセント程度の低電流で行った点に特徴があり、装置構成が簡略化され実験の安全性が向上するため、様々な環境下でのアーク放電実験を行うことが可能である。しかしながら、電流値を低く抑えることで単位時間当たりのCNT収量が少なくなることが予想され、CNTを大量合成するためには効率的な環境の模索と精製作業を経ずにCNTの含有率を向上させる必要がある。
【0012】
特に、安全かつ簡単な装置構成を用いて実験を行うためには、最大でも30V,20Aの出力内でアーク放電を行う必要があり、この範囲内で最大限の効率化を図ることが望ましい。本発明は、低電流でのアーク放電を、水中で行うとともに電極に物理的な振動を加えることで、装置構成がより容易な環境を模索するとともに、精製作業を経ることなく生成物の収量とCNT率を向上して、CNTを簡単かつ効率的に合成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の請求項1記載の発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする。
【0014】
また、請求項2記載の発明は、水中において、前記放電を行うことを特徴とする。
【0015】
また、請求項3記載の発明は、前記放電の電流値は、10〜30Aであることを特徴とする。
【0016】
また、請求項4記載の発明は、前記振動の周波数は、50Hz〜1kHzであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の請求項1記載の発明は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とするから、アーク放電中の電極に物理的振動を連続して加える方法(フィジカルバイブレーション法)により、安定したアーク放電を長時間維持することが可能である。
【0018】
フィジカルバイブレーション法は、アーク放電時の電極間の距離が、物理的振動により常に変化することで、連続してアーク放電を行うことが可能であり、アーク放電の放電回数が従来の方法に比べ、格段に増したためと推測することができる。したがって、単位時間につき微粒子の生成量が飛躍的に増加する効果がある。
【0019】
さらには、従来の大電流アーク放電法は、CNT率が5〜30%ほどであり、我々が行った低電流アーク放電法のCNT率は5%ほどであるが、低電流アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用することで、CNT率がおよそ33%と、通常の低電流アーク放電法と比較して大幅に増す効果がある。
【0020】
また、請求項2記載の発明は、水中において、前記放電を行うことを特徴とするから、装置構成の簡略化と操作性の自由度が高いといった長所があり、さらには、電極間の放電温度が数千度に達しても、放電環境である水の沸点が100℃であるから、これ以上の水温上昇はなく、長時間にわたり安全に実験を行うことが可能である。
【0021】
また、請求項3記載の発明は、前記放電の電流値は、10〜30Aであることを特徴とするから、10〜30Aの低電流アーク放電法は、装置構成の簡略化と操作性の自由度が高いといった長所があり、様々な環境化でアーク放電法を行うことが可能である。これにより、例えば、様々な溶液中でのアーク放電法を適用することが可能であり、低電流アーク放電法を用いたさらなる応用研究が期待できる。
【0022】
また、請求項4記載の発明は、前記振動の周波数は、50Hz〜1kHzであることを特徴とするから、50Hz〜1kHzの周波数で電極が絶えず微振動を繰り返すため、電極上の広い範囲でアーク放電が繰り返されるとともに、アーク放電の持続時間が大幅に向上する効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の装置図を示す図である。
【図2】本発明の実験の様子を示す写真である。
【図3】本発明のフィジカルバイブレーション法による放電波形を示すグラフである。
【図4】本発明の実験の様子を示す図である。
【図5】本発明の実験の様子を示す図である。
【図6】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図7】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図8】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図9】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図10】本発明により合成したカーボンナノチューブを示す顕微鏡写真である。
【図11】本発明により合成したCNTのTG評価を示すグラフである。
【図12】本発明により合成したCNTのラマン分光評価を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法(以下、フィジカルバイブレーション法)の一例としては、図1の装置図1に示すように、直流電源2と正負炭素電極3,3(25mmφ、炭素純度99.9%)と、連続して振動する振動装置5(エアポンプ)を用い、アーク放電の環境として水4を用いる。
【0025】
まず、水4で満たされたビーカー7中に正負の炭素電極3,3を配置する。そして、正負いずれかの電極3に振動装置5のプローブ6を当接させた状態で、かつ、正負の電極3,3を互いに密着させた状態で、直流電源2から30V、20Aの直流電圧を印加するとともに、振動装置5から50Hzの連続微振動を一方の電極3に加える。炭素電極3と直流電源2とは、被覆された銅線8を介して連結されており、前記銅線8は3mmφのものを用いており、比較的硬い銅線8を用いることにより、銅線8への振動が、電極3に伝わり、電極3が連続して規則正しい振動を繰り返すこととなる。
【0026】
正負の電極3,3は、先端同士を接触させるのみならず、電極3,3の側面同士をクロス状に接触させることが望ましく、接触させた状態で、電極3に微振動を加えることにより、以後の放電が連続して行われるため、常に電極間距離を調整するマニピュレーションを必要とせず、長時間にわたり連続したアーク放電を自動的に継続することが可能である。
【0027】
通常、電極間に直流電圧を印加すると、正負の電極が電圧に比例したクーロン力で互いに引き合うため、電極同士がくっつき通電してしまいアーク放電が終了してしまう。このため、正負の電極を常に手で引き離し、電極間距離を一定距離で引き離す操作が必要であった。よって、連続かつ安定したアーク放電を持続して行うことが困難であり、常に電極を操作する手間を生じていた。
【0028】
これに対して、本発明者は、図2に示すように、片方の電極3(図では陰極)へと物理的な振動を連続して加えることにより、安定したアーク放電を長時間にわたり、自動で行うことが可能なことを見出した。すなわち、50Hzで振動するエアポンプ5を正負何れかの電極3に当接させることにより、片方の電極3が常に振動した状態となり、これにより電極間距離が常に変化するため、自動的にアーク放電を連続して行う構成である。
【0029】
然して、電極間距離を調整する従来のアーク放電法の問題点であったアーク放電の間欠した時間(デッドタイム)が大幅に減少し、長時間の連続アーク放電が可能である。このように、低電流での水中アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用することで2時間以上の長時間にわたる連続かつ安定したアーク放電を水中で行うことも可能であった。
【0030】
水中での長時間のアーク放電に伴い、陰極側の炭素電極3が消耗するとともに、粉末状の生成物が、ビーカーの底や水面に浮上する。よって、真空ポンプなどの排気による生成物のロスが生じることなく、ほとんどの生成物を回収することが可能である。また、陰極側の炭素電極の消耗に伴い、電極間の距離が開いてしまうと、放電が終了してしまうが、予め、電極同士3,3を強く接触させた状態で、振動を加えて放電を行うことにより、陰極側の炭素電極が消耗しても、銅線8のたわみで陰極3が常に陽極3へと押し付けられるため、長時間にわたり連続したアーク放電を持続することが可能である。
【0031】
フィジカルバイブレーション法を適用した場合の、アーク放電波形を図3に示す。50Hzの周期で振幅の等しい連続アーク放電が行われていることが確認できる。横軸は時間軸であり200ms/div、縦軸は電圧であり5V/divを示す。放電波形の測定はLeCroy社製オシロスコープを用いた。
【0032】
水中でのフィジカルバイブレーション法の特徴としては、水中の温度が常に沸点である100℃となるため、10分に1回のペースで水の補給が必要であるが、放電環境である水の水温は100℃以上にはならないため、自動的にアーク放電を行っている状態でも、水がなくならない限り発火する恐れがなく、安全にアーク放電の連続運転が可能である。これに伴い、アーク放電温度が急激に下がることを防止することが可能であり、電極間のプラズマ状態(高温状態)を長時間にわたり維持することが可能である。
【0033】
我々は、1時間のアーク放電のうち、電極の位置調整と水の補給とを数回行うのみで、長時間にわたり一切手を触れることなく、自動でアーク放電実験を行なうことができた。(図4)
【0034】
1時間もの連続運転後、約1グラムほどの無数の数の黒い微粒子が、ビーカー底とビーカー縁部分に堆積しており(図5)、我々はこれら微粒子を濾紙で濾した後のサンプルをマイクログリッドに採取し、直接、透過型電子顕微鏡を用いて観察した。
【0035】
低電流水中アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用した方法での自動アーク放電により生成した微粒子のTEM像を図6乃至図10に示す。TEM像からわかるように、わずかなナノオニオンを含むのみで、そのほとんどが、直線性の良好なCNTであった。このTEM写真からもCNTの純度が高いことが確認できる。(図6、図7、図8、図9)
【0036】
次に、フィジカルバイブレーション法により合成した、試料のTG/DTA曲線を図11に示す。TG/DTA曲線を計測する示差熱熱重量同時測定装置(Thermo Gravimetry Differential Thermal Analyzer)は、試料の重量変化を測定する熱重量測定(TG:Thermo Gravimetry)と、試料の温度変化を測定する示差熱分析(DTA:Differential Thermal Analyzer)の同時測定装置で、試料の酸化、熱分解、脱水などにおける重量変化や、耐熱性の評価、反応速度解析などを分析する装置である。
【0037】
熱重量分析(TG)は、カーボンナノチューブを100%燃焼させる場合における温度(℃)と熱重量分析(%)との関係を示すものであり、このTG曲線を微分したDTG曲線は、温度と示差熱重量分析(μg/秒)との関係を示すものである。通常、TG分析により、アモルファス構造の炭素は約400℃くらいまで、SWNTは500℃程度まで、MWNTはそれ以上で燃焼するというおおよその目安からCNTの種類や純度を推測することができる。
【0038】
TGで600℃までに見られる1%ほどの重量減少は、アモルファス構造の炭素とSWNTが考えられるが、DTAを見ると302℃にピークがあり、400℃未満で分解が生じたことが確認できるので、アモルファス構造の炭素によるものでSWNTは含まれていないことが分かる。また、99%という大きな重量減少は600℃を超えて生じており、試料中のCNTが高純度かつ金属触媒等を含まない結晶性の高いMWNTであることが確認できた。
【0039】
また、試料を1000−1800cm−1の範囲においてラマン分光分析(JASCO Corporation:NRS−3000型ラマン分光器532.03nmのグリーンレーザ)した結果を図12に示す。
【0040】
1587cm−1付近に強いスペクトルピークが表れるとともに、1367cm−1付近に弱いスペクトルピークが表れている。これらは、グラファイト固有のスペクトルである、DバンドおよびGバンドにそれぞれ対応する。特に、CNTの結晶度の目安となる、G−バンドとD−バンドの相対強度であるG/D比が大きく、良好な結晶性を有するCNTが含まれることが確認された。
【0041】
表1にフィジカルバイブレーション法により合成したCNTの生成量を示す。1時間の低電流アーク放電実験における、実験開始直前の電極重量から、実験終了後の電極重量を差し引いたものを、1時間当たりの電極消費量として定義する。すなわち、アーク放電により陽極が消耗する1時間のアーク放電により陽極が消耗した量である。そして、消耗した陽極の炭素は、陰極の堆積物や、ビーカー底の沈殿物、水面の浮遊物として採取され、これら放電後に採取された物質全体の重量を一次収量として定義する。
【0042】
【表1】
【0043】
まず、フィジカルバイブレーション法を適用しない、通常の低電流水中アーク放電法は、水中では1時間あたりの電極消費量が0.21gであるのに対し、一次収量は0.189gであった。水中では、電極から蒸発した微粒子が水中に拡散して、沈殿物や浮遊物となり、水に溶解したものを除き、ほとんどを回収することが可能であり、ロス量は電極消費量の10%ほどであった。そして、水中のCNT率はおよそ3%であり、CNT量に換算すると、一次収量0.189gの3%である、0.006gと推測される。
【0044】
これに対して、低電流水中アーク放電法にフィジカルバイブレーション法を適用した場合、単位時間当たりの全収量(陰極炭素棒の消費量)は0.96gであった。そして、採取した微粒子の収量が0.912gであり、さらには、微粒子を複数回TEM観察した結果によるCNT率が33%であった。これからCNT量を計算すると、およそ0.301gであり、電極消費量に対して31%ものCNTを確保した計算となった。
【0045】
フィジカルバイブレーション法により合成したほとんどの微粒子からは、高密度のCNTを含むCNTクラスターが観察された。さらには、通常の低電流水中アーク放電法に比べ、微粒子の生成量が単位時間当たり3〜5倍もの速度で生成された。
【0046】
これは、アーク放電時の電極間の距離が、物理的振動により常に変化することで、連続してアーク放電を自動で行うことが可能であり、アーク放電の放電回数が従来の方法に比べ、格段に増したためと推測することができる。したがって、単位時間につき微粒子の生成量が飛躍的に増加する効果がある。
【0047】
さらには、従来の低電流水中アーク放電法に比べ、長さが30パーセント以上も長いCNTが合成され、個々のCNTの直線性が向上し、CNTの結晶性も良好であった(図10)。特に、フィジカルバイブレーション法の効果として、CNTの純度が、通常の方法と比較して10倍以上にも増したことが挙げられる。また、水中でのフィジカルバイブレーション法は、単位時間当たりの全収量が0.96gであり、通常の低電流水中アーク放電法の0.2gに比べおよそ5倍もの大幅な収量増加である。
【0048】
また、水中のロス量は10%ほどで、一次収量は0.2gほどである。これに対して、フィジカルバイブレーション法は、ロス率が5%ほどである。これは、単位時間当たりの電極消費量が、他の方法に比べて格段に向上していることに起因する。よって、一次収量は電極消費量の95%ほどで、0.9gほどの一次収量となった。さらに、特筆したいことは、一次生成物のCNT率が、水中の3%に対し、フィジカルバイブレーション法におけるCNT率が33%ほどで格段に向上していることである。
【0049】
これは、アーク放電の放電回数が通常の方法(手動マニピュレーション)に比べ格段に増したことに起因すると推測される。すなわち、通常のアーク放電法におけるアーク放電のギャップとアーク長との関係は、本来一定であるはずであるが、炭素電極を用いたアーク放電では電極炭素の蒸発により、電極の表面形状が変化を繰り返し、この電極形状の変化により、アーク部での電位傾度が変化し、ギャップとアーク電圧との関係は常に変動している。よって、通常の手動操作によるアーク放電の波形は周期や振幅にばらつきがあり、安定したアーク放電を維持することが困難である。
【0050】
これに対し、本発明のフィジカルバイブレーション法を適用した場合、止負の電極間距離が振動により常に変化しており、これにより、電極の消耗箇所で新たなアーク放電が繰り返し行われるため、アーク放電を自動化することが可能であり、電極の消費量を大幅に向上することが可能である。また、フィジカルバイブレーション法は、電極が絶えず微振動を繰り返すため、電極上の広い範囲でアーク放電が繰り返されるとともに、アーク放電の回数および継続時間が大幅に向上するものと推測される。
【0051】
さらには、フィジカルバイブレーション法による連続放電で、アーク放電温度を一定に保つことが可能であり、アーク放電温度を高温で一定に保つことが可能であるため、放電箇所の温度が高い状態を長時間にわたって維持されて、アモルファスカーボンやナノオニオンの生成量が抑制されたことのみならず、CNTの合成が促進されCNT率が大幅に向上したものと推測される。
【0052】
このように、本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、電極に物理的な振動を加える簡単な構成により、安定したアーク放電を長時間維持することが可能であり、一次収量が格段に向上し、さらには、CNT率が向上した結果、低電流アーク放電法での単位時間当たりのCNT収量を大幅に向上し、CNTを効率的に合成することが可能である。
【0053】
フィジカルバイブレーション法は、アーク放電時の電極間の距離が、物理的振動により常に変化することで、連続してアーク放電を行うことが可能であり、アーク放電の放電回数が従来の方法に比べ、格段に増したためと推測することができる。したがって、単位時間につき微粒子の生成量が飛躍的に増加する効果がある。
【0054】
さらには、従来の大電流アーク放電法はCNT率が5〜30%ほどであるが、通常の電流値の数パーセントである10A〜30Aでの低電流アーク放電法に前記フィジカルバイブレーション法を適用することで、CNT率がおよそ33%と、従来の大電流アーク放電法に比べ同等のCNT率とすることが可能である。
【0055】
本発明のフィジカルバイブレーション法では、従来の生成物を酸処理等による精製作業を経ることなく、放電直後に採取した生成物に含まれるCNT率が高いため、CNTを効率的かつ低コストで合成することが可能である。
【0056】
特に、10A〜30Aでアーク放電を行う低電流アーク放電法は、装置構成の簡略化と操作性の自由度が高いといった長所があり、様々な環境化でアーク放電法を行うことが可能である。これにより、例えば、様々な溶液中(例えば、可燃性の溶液中)でアーク放電を行うことが可能であり、低電流アーク放電法を用いたさらなる応用研究が期待できる。
【0057】
通常、水中でのアーク放電の電極間距離は、真空中に比べて分子の平均自由工程が小さいことから、電極間に働くクーロン力が大きく、アーク放電操作が困難である。よって、水中でのアーク放電は、収量が少なく、CNT率が低いといった欠点がある。特に、手動操作によるアーク放電では、電極同士が引き合う力を打ち消しつつ、電極同士を数ミリの間隔に維持してアーク放電を行う必要があるため、アーク放電が瞬発的な間欠アーク放電となってしまい、電極間温度が急上昇と急降下を繰り返すこととなる。よって、数千度の温度を安定して炭素電極に付与することが困難であり、炭素電極を効果的に蒸発させることができず、結果、単位時間当たりの収量が少ないものとなってしまう。
【0058】
本発明の、水中における低電流フィジカルバイブレーション法は、電極に微振動を連続して印加することで、アーク放電を半自動化することが可能であるが、振動を加えることで、CNT率および収量を大幅に向上することが可能であった。このことから、CNT生成モデルを推測した場合、アーク放電により、陰極の電子が陽極に衝突するとともに陽極の炭素を叩き出し、この炭素原子が陰極へと引き寄せられ、陰極上にCNTが形成された後、フィジカルバイブレーションの振動効果で陰極のCNTが電極から剥離することが考えられ、これにより収量が大幅に向上したことが推測できる。
【0059】
すなわち、2つの炭素電極間にてアーク放電を行った場合、短時間のアーク放電においては、陰極、陽極ともに放電表面にカーボンナノチューブが生成される。しかしながら、長時間アーク放電を行うと、陽極表面の温度は炭素の昇華温度を超える高温になるため、生成したカーボンナノチューブは、分解されてしまう。
【0060】
陰極炭素においては、陰極表面が電子を放出する際、その仕事関数に等しいエネルギーを陰極から持ち去るため、表面温度が炭素の昇華温度に到達することは少ないと考えられる。また、陰極表面に生成したカーボンナノチューブは、陰極表面から突き出た形態を有しているため、優先して電子放出源となり、電子放出による冷却効果が直接働くものと思われる。
【0061】
しかしながら、陰極電極の常に同一場所にて放電を行うと、徐々に単位時間当りのカーボンナノチューブの合成量が低下してくる。これは、陰極の同一個所が長時間アークに曝されるため、電子放出による冷却効果を超えて、陰極部が加熱されるためにカーボンナノチューブの合成過程と分解過程が同時に進行してくるためであると考えられる。
【0062】
そこで、フィジカルバイブレーション法により、両電極の相対位置を連続的に移動させ、アーク放電の陰極点(アークスポット)を陰極材料上で連続的に移動させることにより、陰極上にCNTが形成された後、フィジカルバイブレーションの振動効果で陰極のCNTが電極から自動的に剥離するため、CNT率が大幅に向上することが推測できる。
【0063】
すなわち、電極間のアーク放電は、電極が絶えず微振動を繰り返すことにより、電極上の広い範囲でアーク放電が繰り返されることとなる。また、アーク放電の持続時間(連続回数)が大幅に向上することから、放電温度が低下することなく、高温を維持することが可能と推測できる。
【0064】
また、アークプラズマによる高温と電気力(クーロン力)とのバランスが、結晶性の高いCNTを効率的に合成するために必要な要素と考えられる。低電流アーク放電は、正イオン衝突等によって陰極が加熱されて陰極が非常に高い温度(炭素電極の沸点近く)になると、陰極から大量の炭素蒸気が発生するとともに熱電子が放出され、この熱電子が放電電流の主要部分を占める。すなわち、陰極からの電子放出に加え陰極表面が昇華することにより、陰極から陽極に向けてCNTが成長すると推測される。
【0065】
特に、CNTの直線性や結晶性と、電気力とは密接に関係があると推測され、高温で昇華した陰極表面に漂う炭素雲が、熱電子放出とともに、陽極へと伸びるとともに直線状のCNTが生成されると推測される。このとき、アーク放電が途切れると、陰極表面の炭素雲が急激に冷却されるとともに、フラーレンなどの球状物質を生成すると推測される。よって、CNTの直線性は、アーク放電に伴う電気力(吸引力)が強く作用するものと推測する。
【0066】
一般に、陰極が炭素やタングステン等の、沸騰して気体になる温度(沸点)が高い物質では熱陰極アークになり、鉄や銅など沸点が低い物質では冷陰極アークになることが知られている。熱陰極アーク放出は正イオン衝突等によって陰極が加熱されて局部が非常に高い温度(陰極材料の沸点近く)になると、陰極から大量の金属蒸気が供給されそれから電子が放出され(熱電子)、この電子が放電電流の主要部分を占める放電である。
【0067】
陽極は電子を収集する役目を持ち、電子の衝突によって加熱され温度が上昇する。従って、陽極の表面にも局部的に高温となり陽極材料の沸点を超えて昇華蒸気を生じる。陽極領域ではイオン化とその再結合が平衡状態にあった(プラズマ状態)のが陽極の電界の影響を受けて、平衡状態が崩れながら陽極表面までその変化が到達するが、その状況の詳細は複雑で十分に理解されていない。
【0068】
高温のアークプラズマ中で、陰極表面の炭素原子(数層のグラファイト面)が剥離して2次元物質の長方形の面のうち長手の辺同士の距離が近いため、長手の辺同士が引き合い結合することにより、多層の筒を形成する。このとき、面が大きすぎると、筒を形成するにいたらず、グラファイト片として観察されることとなる。筒を形成しやすいグラファイト面は、CNTの直径に関係しており、CNTの内径が小さいもので1nm、大きいもので10nmほどであることから、グラファイト面の短辺の長さが、3nmから30nmほどの距離であれば、クーロン力により結合して筒状の物質を形成すると推測できる。
【0069】
また、グラファイト面は、面の上下間の結合力が強いため、筒状に塑性変形した場合にも、複数の面が剥離しにくく、多層の筒を形成しやすいと推測できる。さらには、剥離したグラファイト面が小さい場合において、筒を形成することなく、球状や多角形状に結合することとなる。また、1次元物質の多層の筒は先端と他端とで分極を生じており、CNT同士が引き寄せられて絡み合うことが推測される。
【0070】
また、アーク放電は低い電圧で高い電流密度の放電であり、電流の磁界(アンペアの右ねじの法則に従って発生する磁界)によって移動する電子をアークの中心部分に向かわせる力(フレミングの左手の法則)が働くことからアークが圧縮されるピンチ効果が生じてアークが不安定になることがある。
【0071】
特に、フィジカルバイブレーション法では、電極が当接した状態で、微振動を繰り返すことにより、電極間距離が、連続して変化するが、電極が当接した状態であり、ごく小さな隙間が生じており、隙間の距離が常に変化することにより、安定したアーク放電が連続して発生する。よって、電極間の隙間でのクーロン力が途切れることなく、さらには、常に高温の状態を維持しているため、MWNTの生成が効率よく行われること推測される。
【0072】
また、電極が常に振動しているため、陰極上に付着したCNTが振り落とされ、CNTがさらなるアーク放電の衝撃とプラズマに長時間さらされることがない。また、連続したアーク放電が発生することで、電極間の温度が下がりにくく、アモルファスの発生を抑えることが可能である。これに対して、手動操作による間欠したアーク放電の場合、アーク放電を連続して行うことが困難であり、電極間の温度が急上昇、急降下を繰り返すとともに、電気力の発生も途切れるため、MWNTの生成が困難であり、アモルファスが生じやすい環境である。MWNTの生成は、連続したアークプラズマすなわち電気力と高温の環境に強く依存すると考えられる。
【0073】
以上のように、本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする、簡単な構成により、安定したアーク放電を長時間維持することが可能であり、一次収量が格段に向上し、さらには、CNT率が向上した結果、低電流アーク放電法での単位時間当たりのCNT収量を大幅に向上し、CNTを効率的に合成することが可能である。なお、工業的な大量生産を目的とした場合、電流値は50A以上であることが望ましく、本発明のフィジカルバイブレーション法を適用することにより、さらなる収量の増加が期待できる。他方、低電流であっても、装置を並列化することにより、収量の増加が可能である。
【0074】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、放電に用いる電極に物理的な振動を加える簡単な構成であればよく、振動を加える手段は特に限定されるものではない。また、上記例では、前記振動の周波数を50Hzとした場合を示したが、物理的な振動を伝えることが可能な振動数であればよく、50Hz(例えば、エアポンプ)〜1kHz(例えば、ステッピングモータ)が適しており、実質的な物理的振動を伝えることが可能である。電極に加える振動数や振幅を変化させることにより、CNTの収量やCNT率さらには、CNTの品質を制御することも期待できる。
【0075】
また、上記例では、放電環境に水を選択したが、これに限らず、真空中、大気中、炭素を含む溶液中(例えば、エタノールやメタノール、プロパノールなど)、液体窒素中、泡中など、様々な環境に適用することが可能である。さらには、両電極を金属の電極として、炭素を含む溶液中でフィジカルバイブレーション法を適用してもよく、溶液中の炭素からCNTを合成する方法であってもよい。
【0076】
また、上記例では、物理的な振動を一方の電極に加える例を示したが、両方の電極に振動を加えてもよく、また、電極は片方の電極(例えば、陰極側)を金属の電極としてもよく、さらには、物理的な振動における振幅の大きさも、特に限定されるものではなく、何れにせよ、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々パラメータの変更が可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0077】
1 装置図
2 直流電源
3 電極(炭素電極)
4 水
5 振動装置
6 プローブ
7 ビーカー
8 配線
【特許請求の範囲】
【請求項1】
正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする、カーボンナノチューブの製造方法。
【請求項2】
水中において、前記放電を行うことを特徴とする、請求項1記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項3】
前記放電の電流値は、10〜30Aであることを特徴とする、請求項1乃至2のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項4】
前記振動の周波数は、50Hz〜1kHzであることを特徴とする、請求項1乃至3記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項1】
正負の電極間に電圧を印加して放電を起こしてなるカーボンナノチューブの製造方法において、前記電極に物理的な振動を加えることにより放電効率を高め、以ってカーボンナノチューブの収率を高めたことを特徴とする、カーボンナノチューブの製造方法。
【請求項2】
水中において、前記放電を行うことを特徴とする、請求項1記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項3】
前記放電の電流値は、10〜30Aであることを特徴とする、請求項1乃至2のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項4】
前記振動の周波数は、50Hz〜1kHzであることを特徴とする、請求項1乃至3記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−208928(P2010−208928A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−87312(P2009−87312)
【出願日】平成21年3月7日(2009.3.7)
【出願人】(509091675)
【出願人】(504129342)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月7日(2009.3.7)
【出願人】(509091675)
【出願人】(504129342)
【Fターム(参考)】
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