説明

ガイド装置及びこれを用いた炭素繊維の製造方法

【課題】トウが捩れたり、折れたりすることなく、焼成工程に供給することが可能なガイド装置及びこれを用いた製造方法を提供する。
【解決手段】収納容器内のアクリル繊維トウを引き上げ、焼成工程に送る途中に配されるガイド装置であって、少なくとも一つの平ガイドと少なくとも一つの糸道規制ガイドとからなる整トウガイドを有し、前記糸道規制ガイドは湾曲ガイドと補助ガイドとからなり、前記補助ガイドは前記湾曲ガイドの上流側にあって、前記補助ガイドと前記湾曲ガイドの間隔が50〜500mmであるガイド装置、及びこれを用い、かつ張力を4.8×10−3g/dtex〜58.3×10−3g/dtexとすると、供給の際トウが捩れたり、折れたりすることがない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリル繊維トウを焼成して炭素繊維を得る際に用いるガイド装置とこれを用いた炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、フィラメント数が1,000〜30,000本である場合、その前駆体であるアクリル繊維トウの梱包形態は一般にボビン巻きである。炭素繊維製造にあたり、ボビンに巻き取られたアクリル繊維トウをボビンから巻き戻した後、フィラメント密度を110〜5,500dtex/mmとなるように、櫛ガイド、溝ロール等で規制して耐炎化工程に供給する方法が知られている。
【0003】
しかし、炭素繊維束の製造方法において、前駆体繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程で、単繊維間に融着が発生し、耐炎化工程およびそれに続く炭素化工程(以下、耐炎化工程と炭素化工程を総合して焼成工程とも表記する)において、毛羽や束切れといった工程障害が発生する場合がある。この融着を回避するためには、アクリル繊維束に付着させる油剤の選択が重要であることが知られており、多くの油剤組成物が検討されてきた。
【0004】
炭素繊維の製造コストを下げるためには、フィラメント数を多くすること、例えば30,000本以上とすることが、生産能力を上げる上で効果的であるが、フィラメント本数が多い所謂ラージトウをボビン巻きすることは困難なため、収納容器に振り込んで梱包することが効果的である。
【0005】
収納容器から所定の引き上げに整トウガイドを配置する方法として特許文献1には、整トウガイドにフィードされる前に、引き上げ高さ分のトウの自重によって捩れを解除しつつ、整トウガイドにおいて、糸条密度や糸道規制を目的とする湾曲バーに接触させる方法が開示されている。しかしながらこの場合、トウが非捲縮糸である場合、トウの折れが発生することがあり、焼成工程に供給する際の安定性が十分でなかった。
【特許文献1】特開平11−229241号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、収納容器内のアクリル繊維トウを引き上げ、焼成工程に送る際に、トウが捩れたり、折れたりすることなく、焼成工程に供給することが可能なガイド装置及びこれを用いた製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の要旨は、収納容器内のアクリル繊維トウを引き上げ、焼成工程に送る途中に配されるガイド装置であって、少なくとも一つの平ガイドと少なくとも一つの糸道規制ガイドとからなる整トウガイドを有し、前記糸道規制ガイドは湾曲ガイドと補助ガイドとからなり、前記補助ガイドは前記湾曲ガイドの上流側にあって、前記補助ガイドと前記湾曲ガイドの間隔が50〜500mmであるガイド装置である。
【0008】
本発明の第二の要旨は、収納容器内のアクリル繊維トウを引き上げ、焼成工程に送る途中に前記記載のガイド装置を配置し、ガイド装置を出たアクリル繊維トウの張力を4.8×10−3g/dtex〜58.3×10−3g/dtexとする炭素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明のガイド装置及び炭素繊維の製造方法によれば、トウが捩れたり、折れたりすることなく、焼成工程に供給することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明において、実施の態様を詳細に説明する。
本発明において、炭素繊維の前駆体でとして用いるアクリル繊維トウは、アクリロニトリル単位90〜99.9質量に対し、他の共重合可能なモノマー単位を0.1〜10質量%の割合で共重合させたアクリロニトリル共重合体を紡糸して得られるアクリル繊維トウである。アクリロニトリルと共重合可能な他の単量体としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等の、不飽和カルボン酸又はその塩、メチルアクリレート、エチルアクリレート、メチルメタクリレート、アクリルアミド、メタクリルアミド、2−ヒドロキシエチルアクリロニトリル、クロロアクリルニトリル等を用いることができる。
【0011】
アクリル繊維トウは、複数のアクリル繊維フィラメントが集合して1本のトウとなった形態を用いることができる。また全体として1本のトウ形態を保ちながら、2本以上の複数の小トウに分割することのできるアクリル繊維トウを用いても良い。また耐炎化工程後に得られる耐炎繊維トウも用いることができる。
【0012】
複数の小トウに分割可能なアクリル繊維トウは、所定数の複数の小トウ群が平行し、各小トウの側端部(耳部)で互いに弱く交絡し合い、一枚のシート状に保持させた形態であると、小トウ群への分割が容易である。
【0013】
本発明は、として、総繊度が38,000〜9,900,000dtexのアクリル繊維トウに好適に適用でき、総繊度が165,000〜9,900,000dtexのアクリル繊維トウを用いた場合に特に効果が高い。
【0014】
小トウへ分割することができるアクリル繊維トウを用いる場合、小トウの総繊度は38,000dtex以上275,000dtex以下が好ましい。
【0015】
アクリル繊維トウは、前後、左右に振られながら、収納容器にほぼ均一になるよう振り込まれる。アクリル繊維トウが収納された収納容器は、焼成工程へ移送され、例えば、直置き、または、台車やペレット等に積み替えられて静置された後、トウが収納容器から鉛直方向に引き上げられ、ガイド装置を用いることにより、アクリル繊維トウの捩れ(撚り)や折れが焼成工程に持ち込まれることがないようにする(以下これを整トウと称する)。
【0016】
本発明のガイド装置は少なくとも一つの平ガイド(軸方向に直線状のガイド)と少なくとも一つの糸道規制ガイドとからなる整トウガイドを有する。糸道規制ガイドは湾曲ガイド(軸方向にある曲率で湾曲したガイド)と補助ガイド(軸方向に直線状のガイド)とからなる。
【0017】
本発明のガイド装置の1例を図1に示す。図1のガイド装置は、平ガイドと糸道規制ガイドを併せて5つ有し、第一番目(図のA)、第三番目(図のC)、第五番目(図のD)に平ガイドを、第二番目(図のB)、第四番目(図のD)に糸道規制ガイドを配置している。このほか、例えば第一番目〜第三番目を平ガイド、第四番目、第五番目を糸道規制ガイドとすることもできる。
【0018】
糸道規制ガイドは、湾曲ガイドのみでは、アクリル繊維トウがフィードされた時、湾曲バーでのアクリル繊維トウの張力差によりアクリル繊維トウ側端部の折れが生じやすくなり、安定して後の耐炎化工程へアクリル繊維トウを供給することが困難になる。また折れの発生を回避するために整トウガイドでのアクリル繊維トウの張力を上げると、張力を上げなければならず毛羽の原因になってしまう。補助ガイドを湾曲ガイドの上流側に設置すると、アクリル繊維トウの折れの発生を抑えることができる。
【0019】
補助ガイドと湾曲ガイドの間隔が50mm以上500mm以下であれば、湾曲ガイドでのトウの糸道を効果的に規制でき、アクリル繊維トウ張力を均一に付与することが可能となる。この間隔が200〜300mmであると、上記効果をさらに高くすることができる。
【0020】
平ガイドや糸道規制ガイドの本数は、アクリル繊維トウの走行状態等から適宜その構成本数を決定すればよいが、平ガイドの数は3〜7が、糸道規制ガイドの数は2〜6がそれぞれ好ましい。なお、ここでいう糸道規制ガイドの数とは、一つの湾曲ガイドと一つの補助ガイドの組をもって一つの糸道規制ガイドと数える。
【0021】
整トウガイド装置の材質は特に限定されないが、耐久性、及びコストを考慮すれば、鉄、ステンレス等の金属、又はセラミックが好ましい。各ガイドの直径は、10〜50mmが好ましい。
【0022】
整トウガイドと収納容器との間には、張力付与手段を設け、アクリル繊維トウに対し、自重に加えて更に張力を付与することが好ましい。張力付与手段は必ずしも限定されないが、収納容器と整トウガイドとの間に少なくとも3本の固定バーからなる固定ガイドを配置し、各固定バーにアクリル繊維トウを接触させながら通過させることによって張力を付与すると、簡便に適度な張力を付与することができる。
【0023】
アクリル繊維トウが収納容器中に均一に分散されて収納されている場合、収納容器から引き出したアクリル繊維トウを固定バーに導く際に、その分散に応じて、固定バーへのアクリル繊維トウの抱き角等の接触状態に変化が生じる。しかしながら少なくとも3本の固定バーを配置すると、これら接触状態の変化があってもアクリル繊維トウに適切な範囲の張力を付与し続けることができる。また、アクリル繊維トウが通過する間隔を、アクリル繊維トウの厚みに極めて近い間隔とする必要もなく、調整が容易となりかつ、捩れ(撚り)、折れが生じた場合でもアクリル繊維トウが固定バーに引っ掛かることはない。
【0024】
このようにして、捩れ(撚り)、折れを生じさせることなく、整トウガイドへアクリル繊維トウが送られる。
【0025】
整トウガイドを通過し、整トウされたアクリル繊維トウの張力は4.8×10−3g/dtex〜58.3×10−3g/dtexである。張力が4.8×10−3g/dtex以上であればアクリル繊維トウの整トウ効果が十分となる。また張力が58.3×10−3g/dte以下であれば、毛羽が発生することを抑制できる。
【0026】
上記効果を達成するための張力の範囲としてより好ましくは8.3×10−3g/dtex〜50.0×10−3g/dtex、更に好ましくは16.7×10−3g/dtex〜41.7×10−3g/dtexである。
【0027】
整トウ後のアクリル繊維トウの密度は2,200〜8,250dtex/mmの範囲にすることが好ましい。ここでアクリル繊維トウの密度とは、アクリル繊維トウ幅1mm当たりの総繊度を指し、総繊度(dtex)/アクリル繊維トウ幅(mm)で算出する。炭素繊維製造工程では、クリールから耐炎化工程に送られる糸条密度を規制することで多糸条並列運転が可能となり、製造コストを下げることができる。
【0028】
アクリル繊維トウの密度が8,250dtex/mm以下であるとトウに厚み斑が生じ難く、耐炎化工程において反応熱による蓄熱が起こる可能性が低く、糸切れ等の問題は生じない。また、アクリル繊維トウの密度が2,200dtex/mmより大きいとクリール設備が大きくなって製造コストが上昇することもない。
【実施例】
【0029】
次に本発明の実施例を挙げてより具体的に説明する。
【0030】
<実施例1>
総繊度60,000dtexのアクリル繊維トウ3を高さHが1,000mmの収納容器1にトウのトラバース幅Xを720mmとして振り込んで収納した。
【0031】
固定バー4は、直径20mmの平ガイドバー(表面粗度:Ra 3.2a)を3本用いて、図1に示すように収納容器上部に垂直方向に直線状に並べて配置した。固定バー4の取り付け間隔を70mm、取り付け高さは、最下部となるバーの取り付け高さを収納容器1の最下部より1,100mmとした。
【0032】
整トウガイドは、図1のA,C,Eのそれぞれの位置に平ガイド、B,Dの位置に糸道規制ガイドを配置した。糸道規制ガイドの補助ガイドと湾曲ガイドの間隔は300mm、整トウガイド装置をでたアクリル繊維トウの張力は16.7×10−3g/dtexとした。
【0033】
この工程を通して12m/minの速度でトウ3を炭素繊維焼成工程へ供給した。その結果、120時間にわたって、捩れ(撚り)、折れ等に起因する問題が起こらず安定に炭素繊維を焼成することができた。
【0034】
<実施例2>
図1に示す整トウガイド装置のA,B,Dの位置に平ガイド、C,Eの位置に糸道規制ガイドを配置した以外は、実施例1と同様にした。
120時間にわたって、捩れ(撚り)、折れ等に起因する問題が起こらず安定に炭素繊維を焼成することができた。
【0035】
<実施例3>
図1に示す整トウガイド装置のA,B,D,Eの位置に平ガイド、Cに糸道規制ガイドを配置した以外は実施例1と同様にした。
120時間にわたって、捩れ(撚り)、折れ等に起因する問題が起こらず安定に炭素繊維を焼成することができた。
【0036】
<実施例4>
図1に示す整トウガイド装置のA,B,C,Dの位置に平ガイド、Eの位置に糸道規制ガイドを配置した以外は実施例1と同様にした。
120時間にわたって、捩れ(撚り)、折れ等に起因する問題が起こらず安定に炭素繊維を焼成することができた。
【0037】
<実施例5>
図2に示す整トウガイド装置のA,C,D,F,G,I,Jの位置に平ガイド、B,E,Hの位置に糸道規制ガイドを配置し、総繊度60,000dtexのアクリル繊維トウを3箱長手方向へ配置した以外は、実施例1と同様にした。
96時間にわたって、捩れ(撚り)、折れ等に起因する問題が起こらず安定に炭素繊維を焼成することができた。
【0038】
<実施例6>
総繊度180,000dtexで60,000dtex3本へ分割することが可能であるアクリル繊維トウを3箱用いた以外は実施例5と同様にした。
96時間にわたって、捩れ(撚り)、折れ等に起因する問題が起こらず安定に炭素繊維を焼成することが
【0039】
<実施例7>
補助ガイドと湾曲ガイドの間隔を500mmにした以外は実施例1と同様にした。
96時間にわたって、捩れ(撚り)、折れ等に起因する問題が起こらず安定に炭素繊維を焼成することができた。
【0040】
<参考例1>
整トウガイド装置をでたアクリル繊維トウの張力を50×10−3g/dtexとした以外は請求項1と同様にした。
整トウガイド装置にて一部毛羽が発生した。
【0041】
<比較例1>
補助ガイドと湾曲ガイドの間隔を700mmにした以外は実施例1と同様にした。
10時間中に折れが20回生じ、耐炎化工程において一部糸切れが発生した。
【0042】
<比較例2>
補助ガイドと湾曲ガイドの間隔を1,000mm、整トウガイド装置をでたアクリル繊維トウの張力を50×10−3g/dtexにした以外は実施例1と同様にした。
整トウガイド装置で毛羽、折れが連続的に発生し、製造工程を停止した。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明のガイド装置の一例を示す模式図である。
【図2】本発明のガイド装置の別の一例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0044】
1:収納容器
2:平ガイド
3:補助ガイド
4:湾曲ガイド
5:アクリル繊維トウ
6:固定バー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
収納容器内のアクリル繊維トウを引き上げ、焼成工程に送る途中に配されるガイド装置であって、少なくとも一つの平ガイドと少なくとも一つの糸道規制ガイドとからなる整トウガイドを有し、前記糸道規制ガイドは湾曲ガイドと補助ガイドとからなり、前記補助ガイドは前記湾曲ガイドの上流側にあって、前記補助ガイドと前記湾曲ガイドの間隔が50〜500mmであるガイド装置。
【請求項2】
炭素繊維の製造方法であって、収納容器内のアクリル繊維トウを引き上げ、焼成工程に送る途中に請求項1記載のガイド装置を配置し、ガイド装置をでたアクリル繊維トウの張力を4.8×10−3g/dtex〜58.3×10−3g/dtexとする炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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