説明

ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】 軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においても、コンジットライナ内の詰まり量が少なくワイヤ送給性が良好でアークが安定したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】 ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤのワイヤ表面下層部に、二硫化モリブデンを5〜30質量%含むニトロセルロースをワイヤ10kgあたり0.05〜1.5g、ワイヤ表面上層部に常温で液体の潤滑油を0.3〜2.5g有することを特徴とする。また、ニトロセルロースに、グラファイトを1〜15質量%含むことを特徴とする。さらに、常温で液体の潤滑油にリン脂質を1〜30質量%含むことも特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関し、軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合において、ワイヤ送給性が良好でアークが安定したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
一般にガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、図1(a)に示すように鋼製外皮部1内にフラックス2を内包し、鋼製外皮の合わせ目のない断面構造のシームレスタイプのフラックス入りワイヤと図1(b)、(c)に示す鋼製外皮部1に合わせ目3を有する断面構造のシームタイプのフラックス入りワイヤの細径(0.8〜1.6mm)が多く使用されている。図1(a)のシームレスタイプのフラックス入りワイヤは、ワイヤ表面に銅メッキが施され、溶接時にコンジットケーブルに内包されたコンジットチューブ内での摩擦抵抗による送給抵抗の低減と、耐チップ摩耗性を良好にしている。
【0003】
しかし、ワイヤ表面に銅めっきが施されているシームレスタイプのワイヤを使用した場合には、溶接時に、コンジットチューブ内での摩擦によってワイヤ表面の銅めっきが剥がれ、長時間使用しているとコンジットチューブ内に銅くずが蓄積されて送給抵抗が大きくなり、ワイヤ送給性が悪くなってアークが不安定になるという問題もある。
【0004】
また、特開昭50−64136号公報(特許文献1)に、ワイヤ表面に非硬化性の界面活性剤と非硬化性の高分子石油とを混合した液体を塗布して、耐錆性と良好なワイヤ送給性を得るというめっきなし鋼ワイヤが開示されている。特公昭55−24393号公報(特許文献2)には、ワイヤ表面にジンクジチオフオスフエート(Zn−DTP)を添加した防錆潤滑油を塗布して、チップ摩耗の減少、耐錆性および良好なワイヤ送給性が得られるというめっきなし鋼ワイヤが、特開昭55−128395号公報(特許文献3)には、ワイヤ表面に粉末状の硫黄とグラファイトを塗布して、溶接性能、通電性能および、耐錆性を向上しためっきなし鋼ワイヤが開示されている。さらに、特開平11−147195号公報(特許文献4)には、ワイヤ表面に環状構造を有する炭化水素化合物を存在させて、潤滑物質の剥離を抑制して、良好なワイヤ送給性を得るというめっきなし鋼ワイヤが開示されている。
【0005】
しかしながら、溶接の対象となる構造物によっては、溶接が狭隘部で行われることが多く、それらの場所での使いやすさという点から、溶接機のワイヤ送給装置の送給ローラから溶接トーチまでのコンジットケーブルは、曲げて使い易くするため、柔らかくかつ長くなる傾向にある。前述の開示技術では長くて曲げやすいコンジットケーブルを用いて溶接すると、ワイヤ送給時、そのコンジットケーブル内のコンジトチューブ内をワイヤが通る時に摩擦抵抗が大きくなり、溶接時のワイヤ送給に支障をきたし、アークが不安定になって溶接ができなくなる。
【0006】
また、ワイヤとコンジットチューブとの摩擦により銅めっき鋼ワイヤの場合、銅屑がコンジットチューブ内に堆積し、まためっきなし鋼ワイヤの場合、ワイヤ表面の潤滑剤やワイヤ鉄素地が削れて堆積し、コンジットライナ内で前記銅屑、潤滑剤および削れた鉄などの堆積量(以下、詰まり量という。)が増加しワイヤ送給性を不安定にさせるという問題が生じて満足できるものではない。
【0007】
また、特開平2000−316297号公報(特許文献5)には、絶縁性無機質物質および/または導電性無機質粉末が、ポリビニルアルコールと共に付着させアークの安定性が良好なノーめっきワイヤの開示がある。
しかし、ポリビニルアルコールは、水酸基が多いので高温となるコンジットチューブ内で水を吸収して、前記絶縁性無機質物質および導電性無機質粉末とともに脱落して詰まり量が多くなってワイヤ送給抵抗が大きくなりアークが不安定になるという問題がある。
【0008】
【特許文献1】特開昭50−64136号公報
【特許文献2】特公昭55−24393号公報
【特許文献3】特開昭55−128395号公報
【特許文献4】特開平11−147195号公報
【特許文献5】特開平2000−316297号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においても、コンジットチューブ内の詰まり量が少なくワイヤ送給性が良好でアークが安定したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨とするところは、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤのワイヤ表面下層部に、二硫化モリブデンを5〜30質量%含むニトロセルロースをワイヤ10kgあたり0.05〜1.5g、ワイヤ表面上層部に常温で液体の潤滑油を0.3〜2.5g有することを特徴とする。また、ニトロセルロースに、グラファイトを1〜15質量%含むことを特徴とする。さらに、常温で液体の潤滑油にリン脂質を1〜30質量%含むことも特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0011】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においても、ワイヤ送給ローラでのスリップがなく、コンジットチューブ内への詰まり量が少なくワイヤ送給性が良好で、ワイヤと溶接チップとの通電性も良好であるので安定したアークが確保できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するためにガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ表面に塗布する送給潤滑剤について種々検討した。その結果、ワイヤ表面下層部に二硫化モリブデンを含むニトロセルロースを、ワイヤ表面上層部に常温で液体の潤滑油を適量塗布することによって、軟質で長尺のコンジットケーブルを使用して長時間溶接する場合においてもコンジットチューブ内への詰まり量が少なくワイヤ送給性が良好となり、さらにニトロセルロースにグラファイト、潤滑油にリン脂質を含ませることによって溶接チップとの通電性が良好となり、安定したアークが得られることを見出した。
【0013】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤのワイヤ表面の下層部に、二硫化モリブデンを5〜30質量%(以下、%という。)含むニトロセルロースをワイヤ10kg当たり0.05〜1.5g(以下、g/10kgWという。)含む。二硫化モリブデンは、コンジットチューブ内での摩擦抵抗を抑制してワイヤ送給性を良好にする。ニトロセルロース中の二硫化モリブデンが5%未満であると、コンジットチューブ内での摩擦抵抗が大きくなってワイヤ送給性が不良となりアークが不安定となる。一方、ニトロセルロース中の二硫化モリブデンが30%を超えると、二硫化モリブデンがコンジットチューブ内で脱落し、詰まり量が増加して長時間溶接していると送給抵抗が大きくなりワイヤ送給性が不良となりアークが不安定となる。なお、二硫化モリブデンの粒径は1.0μm以下であることが脱落性およびワイヤ送給性から好ましい。
【0014】
ニトロセルロースは、二硫化モリブデンまたは後述するグラファイトと二硫化モリブデンをワイヤ表面に強固に付着させコンジットチューブ内での脱落を防止する。ワイヤ下層部に、前記二硫化モリブデンまたは二硫化モリブデンとグラファイトを含むニトロセルロースの塗布量が0.05g/10kgW未満であると、ニトロセルロース中の二硫化モリブデンやグラファイトのワイヤへの密着性が弱くなり、コンジットチューブ内での詰まり量が増加して、送給抵抗が大きくなりワイヤ送給性が劣化する。一方、二硫化モリブデンまたは二硫化モリブデンとグラファイトを含むニトロセルロースが1.5g/10kgWを超えると、溶接チップでの通電性が劣化しアークが不安定となる。
【0015】
ワイヤ表面上層部に塗布する常温で液体の潤滑油は、ワイヤ表面に薄い油膜を形成し、ワイヤ送給時に二硫化モリブデンの潤滑作用と共にワイヤ送給性を向上させる。さらにワイヤの耐錆性を向上させる。ワイヤ表面上層部の常温で液体である潤滑油が0.3g/10kgW未満であると、ワイヤの潤滑性が劣り、溶接時にコンジットライナとワイヤの摩擦抵抗が増大し、送給抵抗が大きくなる。一方、2.5g/10kgWを超えると、溶接時にワイヤを送給する送給ローラでワイヤがスリップし、円滑にワイヤが送給されなくなり、アークが不安定になる。
【0016】
なお、常温で液体である潤滑油は、動植物油、鉱物油あるいは合成油のいずれでもよい。動植物油としては、パーム油、菜種油、ひまし油、豚油、牛油、魚油等を、鉱物油としては、マシン油、タービン油、スピンドル油等を用いることができる。合成油としては、炭化水素系、エステル系、ポリグリコール系、ポリフェノール系、シリコーン系、フロロカーボン系を用いることができる。潤滑油中には、さらに潤滑性能を向上させるため、各種脂肪酸をはじめとする油性剤やりん系、ハロゲン系、イオウ系の極圧剤を加えてもよく、また潤滑剤の酸化を防ぐための添加剤(酸化防止剤)を加えてもよい。
【0017】
さらに、ワイヤ表面下層部の二硫化モリブデンを含むニトロセルロースにグラファイトを含むことによって、溶接チップ部での通電性を向上させアークを安定にする。ニトロセルロース中のグラファイトが1%未満であると、その効果が得られず、15%を超えると、ニトロセルロースのワイヤ表面への密着性が劣化し、二硫化モリブデンおよびグラファイトを含むニトロセルロースがコンジットチューブ内で剥離して、コンジットチューブ内の詰まり量が増加し、送給抵抗が大きくなりワイヤ送給性が劣化する。なお、グラファイトの粒径は1μm以下であることが脱落性および溶接チップ部での通電性から好ましい。
【0018】
また、ワイヤ表面上層部に塗布する常温で液体の潤滑油にリン脂質を1〜30%含むことによって、さらに溶接チップでの通電性が向上してアークが安定する。常温で液体である潤滑油中のリン脂質が1%未満であると、その効果が得られず、30%を超えると、スパッタ発生量が多くなる。
【0019】
本発明にいうリン脂質とは、レシチン(フォスファチジルコリン)フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルイノシトールなどのリン脂質を95%程度含有する粉末状のもの、リン脂質を65%および大豆油などの植物油を35%程度含有するペースト状のものなどもあり、いずれも使用することができ、中でも、大豆油から得られるレシチンが好ましい。
【0020】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの製造方法は、仕上げ伸線後のワイヤ表面下層部に、ニトロセルロースと二硫化モリブデンまたはニトロセルロース、二硫化モリブデンおよびグラファイトを溶剤(有機溶剤等)で溶かし、ワイヤ表面下層部にスプレー塗布または静電塗布などの方法でワイヤ長手方向に均一に付着して乾燥させる。次にワイヤ表面上層部に、潤滑油またはリン脂質を含む潤滑油を静電塗布などの方法でワイヤ長手方向に均一に付着させて製造する。
【実施例】
【0021】
以下、本発明の効果を実施例にて具体的に説明する。
ワイヤ径1.2mmのめっき無しのガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(JIS Z3313 YFW−C50DR)を用いて表1に示すワイヤ表面下層部に二硫化モリブデンおよび二硫化モリブデンとグラファイトを含むニトロセルロース、ワイヤ表面上層部に各種潤滑油またはリン脂質を含む潤滑油を塗布した各種フラックス入りワイヤを試作してスプール巻きワイヤとした。なおワイヤは合わせ目のないシームレスタイプとした。
【0022】
【表1】

【0023】
各試作ワイヤにつきワイヤ送給性、アーク状態およびコンジットチューブ内の詰まり量を調査した。ワイヤ送給性、ライナ詰まり量およびアーク状態の評価は、図2に示す装置を用いて行った。図2において送給機4にセットされたスプール巻きワイヤ5は、送給ローラ6により引き出され、コンジットケーブル7に内包されたコンジットチューブを経てその先端のトーチ8からチップ9まで送給される。そしてチップ9と鋼板10との間でビードオンプレート溶接を行う。コンジットケーブル7は6mの長さで、送給抵抗を与えるために75mm径のループを2つ形成した屈曲部11を設けた。送給機4には送給ローラの周速度Vr(設定ワイヤ速度)の検知器(図示せず)、ワイヤ実速度Vw検出器12を備えている。
【0024】
ワイヤ送給性指標のスリップ率SLは、SL=(Vr−Vw)/Vr×100で表される。また、送給ローラ6の部分に設けられたロードセル13によりワイヤ送給時にワイヤがコンジットチューブから受ける反力を送給抵抗Rとして検出した。溶接は表2に示す条件で30分間溶接し、スリップ率SLと送給抵抗Rを測定してその平均値を求めた。スリップ率SLが5%以下、送給抵抗Rが7kgf以下の場合にワイヤ送給性良好と判断した。また、アーク安定性の評価は、溶接時のアーク状態を官能評価し、ライナ詰まり量の評価は、試作ワイヤ毎に新品のコンジットチューブを用いて溶接し、溶接終了後コンジットライナを切断し、詰まり量を目視して評価した。それらの結果を表3にまとめて示す。
【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
表1および表3中のワイヤNo.1〜6が本発明例、ワイヤNo.7〜12が比較例である。
本発明例であるワイヤNo.1〜6は、ワイヤ表面下層部のニトロセルロースに含有される二硫化モリブデンまたは二硫化モリブデンとグラファイトの量およびそれらの塗布量が適正で、ワイヤ表面上層部の潤滑油塗布量および潤滑油に含有されるリン脂質の量が適正であるので、ワイヤ送給抵抗およびスリップ率が低く、ワイヤと溶接チップとの通電性が良好であるのでアークが安定しており、さらにコンジットチューブ部内への詰まり量も少ないなど、極めて満足な結果であった。
【0028】
比較例中ワイヤNo.7、ワイヤ表面下層部のニトロセルロース中の二硫化モリブデン含有量が少ないので、溶接のスタート時から送給抵抗Rが高くなりアークが不安定になった。また、ワイヤ表面上層部の潤滑油中のリン脂質(レシチン)含有量が多いので、スパッタ発生量が多くなった。
ワイヤNo.8は、ワイヤ表面下層部のニトロセルロース中の二硫化モリブデン含有量が多いので、コンジットチューブ内への詰まり量が多くなって溶接の後半に送給抵抗Rが高く、またニトロセルロース中にグラファイト、ワイヤ表層部の潤滑油中にリン脂質を含まないので、アークも不安定となった。
【0029】
ワイヤNo.9は、ワイヤ表面上層部のリン脂質を含む潤滑油の塗布量が少ないので、溶接のスタート時から送給抵抗Rが高くなりアークが不安定になった。また、ワイヤ表面下層部のニトロセルロース中のグラファイト含有量が多いので、コンジットチューブ内への詰まり量が多くなって溶接の後半にさらに送給抵抗Rが高くなった。
ワイヤNo.10は、ワイヤ表面上層部の潤滑油塗布量が多いので、スリップ率が高くなった。また、ワイヤ表面下層部のニトロセルロース中にグラファイト、ワイヤ表面上層部の潤滑油中にリン脂質を含まないので、ワイヤと溶接チップとの間の通電性が悪くなり、アークも不安定になった。
【0030】
ワイヤNo.11は、ワイヤ表面上層部の二硫化モリブデンおよびグラファイトを含むニトロセルロースの塗布量が少ないので、コンジットチューブ内への詰まり量が多くなって溶接の後半に送給抵抗Rが高くなり、アークもやや不安定となった。
ワイヤNo.12は、ワイヤ表面上層部の二硫化モリブデンおよびグラファイトを含むニトロセルロースの塗布量が多いので、ワイヤと溶接チップとの間の通電性が悪くなり、アークが不安定になった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】フラックス入りワイヤの断面構造を示した模式図である。
【図2】本発明の実施例におけるワイヤ送給試験の装置を示す図である。
【符号の説明】
【0032】
1 鋼製外皮部
2 フラックス
3 合わせ目
4 送給機
5 スプール巻ワイヤ
6 送給ローラ
7 コンジットケーブル
8 トーチ
9 溶接チップ
10 鋼板
11 コンジットケーブルの屈曲部
12 ワイヤの実速度検出器
13 ロードセル


特許出願人 日鐵住金溶接工業株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊 他1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスシールドアーク溶接用フラックッス入りワイヤのワイヤ表面下層部に、二硫化モリブデンを5〜30質量%含むニトロセルロースをワイヤ10kgあたり0.05〜1.5g、ワイヤ表面上層部に常温で液体の潤滑油を0.3〜2.5g有することを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ニトロセルロースに、グラファイトを1〜15質量%含むことを特徴とする請求項1記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
常温で液体の潤滑油にリン脂質を1〜30質量%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。

【図1】
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【図2】
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