説明

ガスハイドレートの製造方法および貯蔵方法

【課題】ガスハイドレートの自己保存性が高く、当該ガスハイドレートの分解を高度に抑制することができ、長期間の貯蔵に適したガスハイドレートの製造方法を提供する。
【解決手段】ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質と、を反応させてガスハイドレートを生成するガスハイドレートの製造方法であって、前記電解質として塩化ナトリウムを添加し、前記原料水中における前記塩化物イオンの濃度を0.1mol/m〜6.5mol/mとすることを特徴とするガスハイドレートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタンガス、天然ガス、炭酸ガス等のハイドレート形成物質と水との包接水和物であるガスハイドレートの製造方法および貯蔵方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガスハイドレートは、相平衡が生成条件となる所定の温度と圧力の下、メタンガス、天然ガス、炭酸ガス等のハイドレート形成物質と水とを反応させることにより生成する。そして、生成したガスハイドレートは、前記温度または圧力のどちらか一方、または温度と圧力の両方を変化させて相平衡を生成条件外とすることにより分解し、ハイドレート形成物質と水とに解離する。
【0003】
前記ガスハイドレートの生成条件はハイドレート形成物質の種類によって異なるが、一般的に高圧、低温の条件である。例えば、メタン(CH)の場合は4〜8MPa、1〜11℃、天然ガス(NG)の場合は5〜6MPa、1〜17℃、二酸化炭素(CO)の場合は2〜6MPa、1〜10℃である。
【0004】
生成したガスハイドレートを貯蔵槽等において貯蔵する場合には、前記ガスハイドレートの生成条件において貯蔵すればガスハイドレートを分解させることなく貯蔵することができる。しかし、前記生成条件は高圧、低温の条件であるので、設備費、運転費等の経済性や安全性に鑑み、できるだけ0℃以下の常温に近い温度、且つ大気圧下(若しくは外気の漏れ込みを防止する程度の弱加圧下)において貯蔵することが望ましい。したがって、ガスハイドレートは一般的に、大気圧下、約−20℃で貯蔵されている。このような貯蔵条件は前記ハイドレート生成条件外であるが、ガスハイドレートは自己保存効果による自己保存性によってその分解が抑えられ安定に貯蔵される。
【0005】
ここで、前記貯蔵条件をガスハイドレートの生成条件外にすることによって削減することができる設備費、運転費等のコストと、前記ガスハイドレートの生成条件外において貯蔵してガスハイドレートが分解することによる損失のバランスを考慮すると、例えば1週間〜2週間程度の貯蔵期間の場合、後述する計算式により求められるガスハイドレートの分解速度(△H/日)は1%以下であることが望まれる。しかしながら、従来の製造方法により製造されたガスハイドレートでは前記分解速度が1%より大きく、コストに見合う貯蔵が行われていないのが現状である。
【0006】
また、前記ガスハイドレートの生成条件外の温度及び圧力の下においてガスハイドレートを安定して貯蔵するため、ガスハイドレートに、該ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質(以下、分解抑制物質と称する場合がある)として電解質が溶液中で解離することによって生じるイオンを、原料水中に0.1ppm〜10000ppm(1×10−5wt%〜1wt%)の範囲で含有させることによって、前記ガスハイドレートの生成条件外の圧力及び温度(大気圧下、約−20℃)の下における自己保存性を高めることが行われている(特許文献1)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、前記ガスハイドレートの分解抑制物質(電解質が溶液中で解離することによって生じるイオン)について、該分解抑制物質の種類ごとの含有量の検討はされていなかった。本発明者らは、前記ガスハイドレートの分解抑制物質の種類及び含有量とガスハイドレートの自己保存性の関係について更に鋭意研究を行い、前記分解抑制物質として塩化物イオンを所定の濃度範囲で含有させたガスハイドレートは、大気圧下、約−20℃において高い分解抑制効果を奏することを見出した。
【0008】
本発明の目的は、かかる知見に基づき、ガスハイドレートの分解を高度に抑制し、実用的なコストパフォーマンスで長期間の貯蔵を行うことができるガスハイドレートの製造方法および貯蔵方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の第1の態様に係るガスハイドレートの製造方法は、ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質と、を反応させてガスハイドレートを生成するガスハイドレートの製造方法であって、前記電解質として塩化ナトリウムを添加し、前記原料水中における前記塩化物イオンの濃度を0.1mol/m〜6.5mol/mとすることを特徴とするものである。
【0010】
本態様によれば、前記原料水に塩化ナトリウムを添加し、該原料水中における前記塩化物イオンの濃度を0.1mol/m〜6.5mol/mとしてガスハイドレートを生成させることによって、後述する実施例に示されるように、大気圧下、−20℃付近(−23℃〜−17℃程度)におけるガスハイドレートの自己保存性が高く、その分解を高度に抑制することができるガスハイドレートを製造することができる。尚、本発明において「大気圧」とは、ほぼ大気圧であって、ガスハイドレートを貯蔵する容器等への外気の漏れ込みを防止する程度の弱加圧も含むものとする。
【0011】
本態様のガスハイドレートの製造方法によって製造されたガスハイドレートの分解速度(△H/日)は2%以下である。前記分解速度は以下の式によって求められる。
【0012】
ハイドレート率(H)
={(W1−W2)+(W1−W2)/16×5.75×18}/W1・・・(式1)
W1:ガスハイドレート重量
W2:W1のガスハイドレートを完全に分解したときの残水の重量
【0013】
分解速度(△H/日)=(H−H)/t・・・(式2)
:初期ハイドレート率
:t日後のハイドレート率
t:貯蔵日数
【0014】
ここで、ガスハイドレートは圧縮成形してペレット状にすることによってその分解を更に抑制し、その分解速度を小さくすることができる。
本態様にかかる製造方法によって製造された自己保存性の高いガスハイドレート(分解速度が2%以下)は、貯蔵に適した所定の大きさ、密度、形状(球状、円筒状、レンズ状、ピロー状、アーモンド状等)のペレットにすることによって、大気圧下、−20℃付近における分解速度を1%以下にすることができる。前記分解速度が1%以下である場合、1週間〜2週間程度の貯蔵期間において経済性の高い貯蔵を行うことが可能となる。
【0015】
本発明の第2の態様に係るガスハイドレートの製造方法は、ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質と、を反応させてガスハイドレートを生成するガスハイドレートの製造方法であって、前記電解質として塩化カルシウムを添加し、前記原料水中における前記塩化物イオンの濃度を0.1mol/m〜5.0mol/mとすることを特徴とするものである。
【0016】
本態様によれば、前記原料水に塩化カルシウムを添加し、該原料水中における前記塩化物イオンの濃度を0.1mol/m〜5.0mol/mとしてガスハイドレートを生成させることによって、後述する実施例に示されるように、大気圧下、−20℃付近におけるガスハイドレートの自己保存性が高く、その分解を高度に抑制することができるガスハイドレートを製造することができる。本態様のガスハイドレートの製造方法によって製造されたガスハイドレートの分解速度(△H/日)は2%以下である。
【0017】
本態様にかかる製造方法によって製造された自己保存性の高いガスハイドレート(分解速度が2%以下)を、貯蔵に適した大きさ、密度、形状のペレットにすることによって、当該ガスハイドレートペレットの分解速度を1%以下に抑え、前記第1の態様の場合と同様、貯蔵期間中(1週間〜2週間程度)における高い保存性を実現することができる。
【0018】
本発明の第3の態様に係るガスハイドレートの製造方法は、ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質と、を反応させてガスハイドレートを生成するガスハイドレートの製造方法であって、前記イオンは少なくとも塩化物イオンを含み、前記原料水中における前記塩化物イオンの濃度は、生成したガスハイドレートについて、以下の式(1)および式(2)に基づいて求められる、大気圧下、−20℃付近における分解速度(△H/日)が、目標とする所定の分解速度以下となるように設定されていることを特徴とするものである。
【0019】
ハイドレート率(H)
={(W1−W2)+(W1−W2)/16×5.75×18}/W1・・・(式1)
W1:ガスハイドレート重量
W2:W1のガスハイドレートを完全に分解したときの残水の重量
【0020】
分解速度(△H/日)=(H−H)/t・・・(式2)
:初期ハイドレート率
:t日後のハイドレート率
t:貯蔵日数
【0021】
本態様において、前記目標とする所定の分解速度は、ガスハイドレートの貯蔵時(ガスハイドレートを移送する場合や所定の場所で貯蔵する場合)に求められる期間に応じて設定される。例えば、貯蔵期間が1週間〜2週間程度である場合、生成したガスハイドレートについて、目標とする前記分解速度は2%以下である。分解速度が2%以下の前記ガスハイドレートは、圧縮成形することによって分解速度が1%以下のガスハイドレートペレットとすることができ、前記貯蔵期間において経済性の高い貯蔵を行うことができる。
【0022】
本態様によれば、大気圧下、−20℃付近(−23℃〜−17℃程度)において、目標とする所定の分解速度(△H/日)以下の、自己保存性の高いガスハイドレートを製造することができる。
尚、前記塩化物イオンは、1種の電解質に由来するものに限られず、塩化物イオンを生成する2種以上の電解質を添加し、原料水中の塩化物イオンの濃度を所定の濃度に調製してもよい。
【0023】
本態様において、生成したガスハイドレートについての前記目標とする所定の分解速度が2%以下である場合、前記塩化物イオン濃度は、0.1mol/m〜5.0mol/mであることが望ましく、より好ましくは0.5mol/m〜2.5mol/mである。ガスハイドレートの分解抑制作用は、前記塩化物イオン以外に含まれるイオンの影響も受けるが、塩化物イオン濃度が上記範囲内であれば、他のイオンの濃度に大きく左右されることなく前記目標とする所定の分解速度2%以下を達成できると考えられる。尚、前記電解質として塩化ナトリウムを用いた場合には、5.0mol/mを超える塩化物イオン濃度でも高い自己保存性を有することが実験により示されており、0.1mol/m〜5.0mol/mの範囲を超えて塩化物イオンが含まれる原料水を用いることを妨げるものではない。
【0024】
本発明の第4の態様に係るガスハイドレートの貯蔵方法は、ガスハイドレートを貯蔵槽内に貯蔵するガスハイドレートの貯蔵方法であって、前記貯蔵槽内の圧力は大気圧であり、前記貯蔵槽内の温度は−23℃以上0℃未満の範囲内であり、前記ガスハイドレートは、第1の態様から第3の態様のいずれか一つの態様に記載されたガスハイドレートの製造方法によって製造されたガスハイドレートであることを特徴とするものである。本態様において、貯蔵とは、移送のために船内に設けられた貯蔵槽に貯蔵する場合も含むものとする。
【0025】
第1の態様から第3の態様のいずれか一つの態様に記載されたガスハイドレートの製造方法によって製造されたガスハイドレートは、既述の通り、大気圧下、−20℃付近における自己保存性が高い。そして、自己保存性の高いガスハイドレートをペレット化することによって、その分解速度(△H/日)を更に低くすることができる。本態様によれば、ガスハイドレート生成条件外(大気圧下、−23℃以上0℃未満の範囲内)において、従来よりも高コストパフォーマンスを奏する貯蔵を実現することができる。
【0026】
尚、前記貯蔵温度は−20℃付近(−23℃〜−17℃程度)であることが望ましい。より0℃に近い温度(例えば、−15℃)で貯蔵する場合には、−15℃における分解速度は−20℃付近における分解速度以上になる場合があるが、貯蔵温度を高く設定したことにより、ガスハイドレート貯蔵設備の運転エネルギー(貯蔵槽の冷却にかかるエネルギー等)が低減され、前記分解速度が大きくなったことによるコストの損失を補うことができる。
【0027】
また、ガスハイドレートのハイドレート形成物質としてのガスが、燃料として利用可能であるガス(天然ガス、メタン、エタン、プロパン、ブタン等)である場合には、ガスハイドレートが分解して発生するガスを燃料として用い、貯蔵槽を備えた移送船等のガスハイドレート貯蔵設備を運転するためのエネルギー(例えば、前記貯蔵槽を冷却するための冷却装置の電力等)として利用することができる。その際、貯蔵するガスハイドレートの分解速度が1%程度であれば、その分解により生じたガスを該ガスハイドレート貯蔵設備を運転するエネルギーの一部として、またはほぼ全てのエネルギーを賄うために利用することができ、前記分解により生じたガスを無駄なく消費し、ガスハイドレートの貯蔵にかかるコストパフォーマンスを更に向上させることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、自己保存効果が高く、優れた自己保存性を備えたガスハイドレートを製造することができる。該自己保存性の高いガスハイドレートをペレット等に成形することによって更にその分解を抑制し、長期間の貯蔵に適したガスハイドレートとすることができる。以って、実用的なコストパフォーマンスでガスハイドレートの貯蔵を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】原料水中の塩化物イオン濃度とガスハイドレートの分解速度の関係を示す図である。
【図2】ガスハイドレートの粒径と分解速度の関係を示す図である。
【図3】ガスハイドレートの自己保存効果の機構を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
<ガスハイドレートの製造方法>
本発明に係るガスハイドレートの製造方法は、ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質(以下、分解抑制物質と称する)として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質とを反応させることによってガスハイドレートを生成させる。前記原料水は、前記分解抑制物質として少なくとも塩化物イオン(Cl)を含んでいる。
【0031】
前記分解抑制物質として作用するイオンとしては、前記塩化物イオン(Cl)のほか、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)等のアルカリ金属元素、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)等の2族元素、フッ素(F)、臭素(Br)、ヨウ素(I)等のハロゲン元素、炭素(C)、窒素(N)、硫黄(S)、酸素(O)、リン(P)等の非金属元素、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)等の金属元素(前記アルカリ金属元素および2族元素を除く)等を構成要素として含むイオンを挙げることができる。
【0032】
より具体的には、フッ素イオン(F)、臭素イオン(Br)、ヨウ素イオン(I)、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)、リチウムイオン(Li)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)、炭酸イオン(CO2−)、リン酸イオン(PO3−)、アンモニウムイオン(NH)等が挙げられる。
【0033】
前記原料水は、ガスハイドレートの生成に影響を与える夾雑物が含まれていない純水や精製水に、溶液中で解離して前記分解抑制物質としてのイオンを生成する電解質を添加して調製することができる。
【0034】
溶液中で塩化物イオンを生成する電解質としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化鉄、塩化マンガン、塩化亜鉛等の塩化物が挙げられる。特に、塩化ナトリウムおよび塩化カルシウムが好ましく、塩化ナトリウムがより好ましい。塩化ナトリウムや塩化カルシウムは比較的安価であり、安全性や取り扱いの容易性の面で優れている。また、前記塩化物イオンは、1種の電解質に由来するものに限られず、塩化物イオンを生成する2種以上の電解質を添加することができる。
【0035】
尚、前記溶液中で塩化物イオンを生成する電解質としては、当該電解質を原料水に添加してガス状物質を生成した結果、塩化物イオンを生成する電解質ではないことが望ましい。水中に添加してガス状物質を生成した結果、塩化物イオンを生成する電解質としては、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カルシウム等が挙げられる。次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カルシウム等を電解質として用いる場合は例えば電解質を添加した原料水を加熱して前記ガスが発生する分解反応を進行させ、所定の塩化物イオン濃度にしておくことにより用いることができる。
【0036】
また、水中にもともと分解抑制物質が含有されている場合(例えば水道水や海水)には、その水をそのまま原料水として用いることもできる。前記分解抑制物質が含有される水に含まれる塩化物イオン濃度が所望の塩化物イオン濃度よりも低い場合、塩化ナトリウム等の電解質を添加して、所望の塩化物イオン濃度に調製して使用することができる。前記分解抑制物質が含有される水に含まれる化物イオン濃度が所望の塩化物イオン濃度よりも高い場合には、純水等によって希釈することによって所望の塩化物イオン濃度に調製し、使用することができる。
【0037】
また、前記ハイドレート形成物質としては、その種類に特に制限はなく、所定の圧力および温度条件においてガスハイドレートを形成するものであればよい。例えば、メタン、エタン、天然ガス(メタンを主成分とし、エタン、プロパン、ブタン等を含む混合ガス)、炭酸ガス(二酸化炭素)等の常温・常圧で気体(ガス)である物質が挙げられる。
【0038】
ガスハイドレートの生成条件(温度および圧力)は、ハイドレート形成物質により異なるが、既知の条件で生成することができる。例えば、メタン(CH)の場合は4〜8MPa、1〜11℃、天然ガス(NG)の場合は5〜6MPa、1〜17℃、二酸化炭素(CO)の場合は2〜6MPa、1〜10℃である。
【0039】
原料水とハイドレート形成物質との反応は、水中に微細な気泡を吹き込むバブリング法、ハイドレート形成物質(ガス)中に水を噴霧する噴霧法等の公知の方法によって行うことができる。尚、ガスハイドレートの初期ハイドレート率Hは、貯蔵および移送効率等の経済性に鑑み、90%以上であることが望ましい。高い初期ハイドレート率Hを有するガスハイドレートは、ハイドレート形成物質との接触効率を高めたり、生成したガスハイドレートスラリーを脱水し、再度ハイドレート形成物質(ガス)に接触させる等の多段階の生成工程を行うことによって得ることができる。
【0040】
以上のようにして得られるガスハイドレートは、大気圧下、約−20℃(−23℃〜−17℃)におけるガスハイドレートの自己保存効果による自己保存性が高く、その分解を高度に抑制することができる。当該ガスハイドレートは、貯蔵に適した大きさ、密度、および形状(球状、円筒状、レンズ状、ピロー状、アーモンド状等のペレット)にすることによって、更にその分解を抑制することができる。以って、長期間の貯蔵を実現することができる。
【0041】
前記自己保存効果の作用機構については、未解明な点も多いが、以下のような説明がなされている(兼子弘、日本造船学会誌第842号、p.38−48)。
図3は、ガスハイドレート粒子の断面を模式的に示した図面である。低温高圧で生成したガスハイドレート1[図3(a)]を大気圧などの分解条件におくと、表面から部分的に分解が始まり、ガスハイドレート形成物質はガス化するとともに、水膜2がガスハイドレート表面を覆う[同図(b)]。表面でのガスハイドレートの分解により熱が奪われると、ガスハイドレート表面の水膜2は氷の膜3となってガスハイドレート表面を覆う[同図(c)]。この氷の膜3がある厚さ以上まで成長すると、内部のガスハイドレートと外部との物質移動が抑制され、大気圧などの分解条件でも内部のガスハイドレートは安定する。つまり、この氷の膜3が、分解(ガス化)しようとするガスハイドレートの圧力に抗するだけの機械的強度を持つことにより、ガスハイドレートが安定化して、それ以上の分解が抑制される自己保存効果が生ずると考えられている。
【0042】
上記説明に基づき、原料水とハイドレート形成物質を反応させて生成されたガスハイドレートを大気圧下、0℃よりも低い温度で貯蔵する場合には、該ガスハイドレートに対して水分が凍結する温度に下げて氷を含む状態にする工程を行った後、圧力を大気圧下にする。このとき、ガスハイドレートの表面が部分的に分解し、前記氷の膜3が形成され、ガスハイドレートは自己保存性を生ずると考えられる。
【0043】
<ペレットの製造方法>
前記バブリング法、噴霧法等の方法により生成されたガスハイドレートはスラリー状で得られ、水分を多く含む。当該スラリー中のガスハイドレート含有量は、通常10wt%〜90wt%である。
【0044】
前記スラリー状のガスハイドレートは、例えば2つのローラーによって構成されるペレタイザー等の公知のガスハイドレート造粒装置等により、脱水しつつ圧縮成形し、ペレット状に加工することができる。また、前記スラリー状のガスハイドレートを脱水塔等の脱水装置によって脱水後、前記ガスハイドレート造粒装置によりペレット状に圧縮成形することも可能である。前記スラリー状ガスハイドレートを脱水した脱水後の水は、再びガスハイドレートを生成するための原料水として用いることができる。
【0045】
ガスハイドレートの生成後に行う前記ガスハイドレートをペレット状に加工する工程(以下、造粒工程と称する)は、当該ガスハイドレートが生成する低温及び高圧条件下において行うことが望ましい。前記造粒工程によってペレット化されたガスハイドレートに対して水分が凍結する温度に下げて氷を含む状態にする工程を行った後、圧力を大気圧下にすることによって、ガスハイドレートペレットが部分的に分解し、該ガスハイドレートペレットが氷を含む状態となり、ガスハイドレートペレットに自己保存性を持たせることができる。
【0046】
ガスハイドレートペレットの大きさ、および形状は任意であるが、後述する実施例の試験3に示されるように、一般的にガスハイドレートの粒径が大きいほど、該ガスハイドレートの分解速度は小さくなり、ペレット化した場合もペレットの大きさが大きいほど、その分解速度は小さくなると考えられる。
【0047】
貯蔵槽等にガスハイドレートペレットを充填する場合、ガスハイドレートペレットの大きさが大きくなると当該ペレット同士の間の空隙が大きくなるので、異径のガスハイドレートペレットを混合し、前記貯蔵槽への充填率を向上することが望ましい。貯蔵槽への充填率を高めることによって該貯蔵槽内の温度、圧力等の状態が均一に保たれるので、ガスハイドレートペレットの分解速度を低く抑えることができる。
【0048】
[実施例]
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限られるものではない。
【0049】
試験1
純水に塩化ナトリウム(NaCl)を溶解させ、塩化物イオン濃度が0、0.17、1.0、1.7、3.4、5.1、8.6mol/m(0、6、36、61、121、182、303ppm)の各濃度になる塩化ナトリウム水溶液を調製した。前記塩化物イオン濃度が0mol/mの場合とは、NaCl無添加、すなわち純水を用いて生成した場合である。
【0050】
各濃度の塩化ナトリウム水溶液をそれぞれステンレス製反応容器に入れ、密閉した後、メタンガス(純度99%以上)を5.4MPaの圧力で充填した。前記反応容器を2℃〜4℃に保ち、撹拌機による撹拌を行いながら、ガスハイドレートを生成させた。メタンガスハイドレートの生成に伴いガス圧力が低下するので、圧力が一定となるようにメタンガスを供給した。
【0051】
メタンハイドレート生成後、反応容器温度を−20℃とし、内部の余剰水分を凍結させた後、前記反応容器内圧力を大気圧まで減圧し、生成したメタンハイドレートを周囲温度−20℃にて大気中に取り出した。該メタンハイドレートは前記反応容器内から砕いて取り出し、取り出したメタンハイドレートは篩により大きさを分類した。後述するメタンガスハイドレートの分解速度測定のために用いたメタンガスハイドレートの粒径は4.0mm〜6.7mmとした。尚、前記粒径は、それぞれの粒の最小粒径(幅)を表したものである。
【0052】
分解ガスが抜けるための小穴付きの容器に、試料として前記取り出したガスハイドレートを入れて所定期間(14日間)貯蔵した。所定期間終了後、以下の方法によりガスハイドレート試料の分解速度(△H/日)(%)を求めた。
【0053】
<分解速度の測定>
(1)メタンハイドレート試料を容器に入れて重量を測定し、該容器の空重量(以下、風袋重量と称す)との差し引きによりメタンハイドレート試料重量(W1)を求める。
(2)前記容器を−20℃に所定の期間維持する。
(3)所定期間終了後、メタンハイドレート試料を完全に分解して試料容器の重量を測定し、風袋重量との差し引きにより、残水(氷)の重量(W2)を求める。
(4)前述の式(1)および式(2)に従い、ハイドレート率Hおよび分解速度(△H/日)を求める。
【0054】
本実施例のガスハイドレート生成方法により生成したガスハイドレートの初期ハイドレート率Hは約80〜90%であった。
【0055】
試験2
純水に塩化カルシウム(CaCl)を溶解させ、塩化物イオン濃度が0、0.18、1.1、2.1、9.0mol/m(0、6、38、73、319ppm)の各濃度になる塩化カルシウム水溶液を調製した。この溶液を原料水として用いる以外は、試験1と同様にしてメタンハイドレートを製造した。製造した各塩化物イオン濃度のガスハイドレート試料について分解速度(△H/日)を求めた。本実施例のガスハイドレートの初期ハイドレート率Hは約80〜90%であった。
【0056】
試験3
純水に塩化カルシウム(CaCl)を溶解させ、塩化物イオン濃度を2.8mol/m(100ppm)に調製した原料水を用い、試験2と同様の方法によってメタンガスハイドレートを生成した。反応容器から生成したメタンハイドレートを砕いて取り出し、砕かれたメタンガスハイドレートを篩がけにより、0.5mm〜1.0mm、1.0mm〜4.0mm、4.0mm〜6.7mm、6.7mm〜20.0mm、および20mmを超える大きさに分類し、それぞれの粒径について分解速度を求めた。試験3の結果を図2に示す。
【0057】
試験1及び試験2の結果、図1に示されるように、溶液中で塩化物イオンを生成する電解質としてNaClまたはCaClを添加した場合、いずれも塩化物イオン濃度が約0.5〜1.5mol/m(約40ppm)の時にピーク的にメタンガスハイドレートの分解速度が低くなることが分かった。尚、試験1および試験2は−20℃で行っているが、−23℃〜−17℃の温度範囲においてほぼ同じ程度の自己保存性を有すると考えられる。
【0058】
また、図2に示されるように、ガスハイドレートの粒径は大きいほど該ガスハイドレートの分解速度は小さくなる。尚、試験3は砕いたガスハイドレートの粒径の違いによる分解速度の変化を示す図であるが、ガスハイドレートは貯蔵に適した形状(球状、円筒状、レンズ状、ピロー状、アーモンド状等)のペレットに成形することによって、更にその分解を抑制することができる。
【0059】
ガスハイドレートを、1週間〜2週間貯蔵するためには、貯蔵するガスハイドレートの分解速度としては1%以下であることが望ましく、より望ましくは0.1%以下である。
試験1および試験2で生成したガスハイドレートの粒径レベル(4mm〜6.7mm)においては、その分解速度が2%以下であれば、該ガスハイドレートに対して造粒工程を行い、約20mm径以上のペレットにすることによって前記1%以下の分解速度を達成し、前記貯蔵期間における高い保存性を実現することができると考えられる。
【0060】
ガスハイドレートペレットの密度は高いほど、当該ペレット分解を抑制することができる。また、ガスハイドレートペレットの粒径は20mm以上、100mm以下であることが望ましく、より好ましくは20mm以上、80mm以下である。
【0061】
更に、ガスハイドレートペレットを貯蔵する貯蔵設備の大きさや形状に合わせ、前記ペレットの形状を変えたり、異径のペレットを用いて貯蔵槽等の貯蔵設備への充填率を向上させることによって、より長期間の貯蔵を行うことができる。
【0062】
尚、造粒工程によるペレット化を行う場合には、当該造粒工程は、ガスハイドレートの製造後、継続してガスハイドレートが生成する低温及び高圧条件下において行うことが望ましい。前記造粒工程によってペレット化されたガスハイドレートに対して水分が凍結する温度に下げて氷を含む状態にする工程を行った後、圧力を大気圧下にすることによって、ガスハイドレートペレットの表面が部分的に分解し、該ガスハイドレートペレット表面に氷の膜が形成され、ガスハイドレートペレットに自己保存性を持たせることができる。
【0063】
また、本方法により製造されたガスハイドレートが造粒工程によるペレット化を行わなくても目標とする所定の分解速度(例えば1%以下)を達成できる場合には、製造されたガスハイドレートをそのまま貯蔵することも可能である。
【0064】
以上のように、ガスハイドレートの分解抑制物質として前記塩化物イオンを所定の濃度で含む原料水を用いてガスハイドレートを製造することによって、自己保存性が高く、その分解を高度に抑制することができるガスハイドレートを得ることができる。当該自己保存性が高いガスハイドレートをペレットにすることによって、より実用的なコストパフォーマンスでガスハイドレートの貯蔵を行うことが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、メタンガス、天然ガス、炭酸ガス等のハイドレート形成物質と水との包接水和物であるガスハイドレートの製造方法および貯蔵方法に利用可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0066】
【特許文献1】特開2004−2754号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質と、を反応させてガスハイドレートを生成するガスハイドレートの製造方法であって、
前記電解質として塩化ナトリウムを添加し、前記原料水中における前記塩化物イオンの濃度を0.1mol/m〜6.5mol/mとすることを特徴とするガスハイドレートの製造方法。
【請求項2】
ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質と、を反応させてガスハイドレートを生成するガスハイドレートの製造方法であって、
前記電解質として塩化カルシウムを添加し、前記原料水中における前記塩化物イオンの濃度を0.1mol/m〜5.0mol/mとすることを特徴とするガスハイドレートの製造方法。
【請求項3】
ガスハイドレートの分解抑制作用を持つ物質として、電解質が溶液中で解離したイオンを含有する原料水と、ハイドレート形成物質と、を反応させてガスハイドレートを生成するガスハイドレートの製造方法であって、
前記イオンは少なくとも塩化物イオンを含み、
前記原料水中における前記塩化物イオンの濃度は、生成したガスハイドレートについて、以下の式(1)および式(2)に基づいて求められる、大気圧下、−20℃付近における分解速度(△H/日)が、目標とする所定の分解速度以下となるように設定されていることを特徴とするガスハイドレートの製造方法。
ハイドレート率(H)
={(W1−W2)+(W1−W2)/16×5.75×18}/W1・・・(式1)
W1:ガスハイドレート重量
W2:W1のガスハイドレートを完全に分解したときの残水の重量

分解速度(△H/日)=(H−H)/t・・・(式2)
:初期ハイドレート率
:t日後のハイドレート率
t:貯蔵日数
【請求項4】
ガスハイドレートを貯蔵槽内に貯蔵するガスハイドレートの貯蔵方法であって、
前記貯蔵槽内の圧力は大気圧であり、
前記貯蔵槽内の温度は−23℃以上0℃未満の範囲内であり、
前記ガスハイドレートは、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載されたガスハイドレートの製造方法によって製造されたガスハイドレートであることを特徴とするガスハイドレートの貯蔵方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−52155(P2011−52155A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−203822(P2009−203822)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【Fターム(参考)】