説明

ガス交換装置

【課題】装着操作が簡便で、ガス交換効率に優れた、光合成ベースの新たなガス交換装置を提供する。
【解決手段】光合成微生物、及びヒトの腹腔内に移植可能な通気性容器を備えたガス交換装置であって、光合成微生物が、通気性容器内に収容されている、ガス交換装置。ガス交換装置は、光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射可能な光源を更に備えている。また、ガス交換装置は、更に生理的な水性溶液を備え、通気性容器が、生理的な水性溶液中に浸漬されている。生理的な水性溶液は酸素運搬体を含有する。このガス交換装置を、ヒトの腹腔内に移植することにより、ヒトの体内におけるガス交換が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光合成微生物を利用したガス交換装置に関する。
【背景技術】
【0002】
急性呼吸不全(ARF)時には、外部からの酸素供給を伴う人工呼吸器を必要とすることが多い。肺換気を行い、気体の外部供給を行うために機械装置に依存する代わりに、生物学的プロセスに基づいて酸素を生成し、二酸化炭素を除去するための循環型生命維持システム(ガス交換装置、いわゆる人工肺)の開発が活発に行われている。除去したい物質が二酸化炭素であり、供給したい物質が酸素であることから、植物の光合成を用いたガス交換装置の開発が期待されている。
【0003】
非特許文献1には、生物学的プロセスを基礎とする生命維持システムの開発に向けた予備調査として、クロレラの光合成能力における光強度、基質濃度、細胞密度の寄与について評価している。そして、光合成バイオリアクターを半透膜を介して血液と最終的に相互作用させ、血中COをOに触媒的に直接変換する可能性に触れられている。
【0004】
非特許文献2には、インビトロで、藻類(クロレラ)タンク内で光合成により相当のO形成を起こさせたあと、血液ポンプを用いて酸素供給器を介してO豊富な藻類懸濁液をポンピングし、藻類培養物と血液とをガス透過性膜を介して接合すると、藻類タンクに蓄積されたOがガス透過性膜を介して血液中に浸透し、COが血液から藻類タンク中に輸送されたことが開示されている。また、藻類培養物(バイオリアクター)と血液とをガス交換膜を介して連続的に(ポンピングをせずに)接合すると、血液の酸素化が緩やかに増加したことが記載されている。
【0005】
非特許文献3には、藻類を用いた宇宙閉鎖系生命維持システムが開示されている。人間が居住するキャビンから、人間の発生するCOを当該システムを通して藻類培養槽へ、藻類が発生するOを当該システムを通してキャビンに、それぞれの濃度差を推進力に移動させている。
【0006】
このように、現在までに開発されている、光合成ベースのガス交換装置には、ガス透過性膜を介して血液と接触させるタイプと、外気を介してガス交換をするタイプとに分けられる。しかしながら、前者においては、中空糸を用いたモジュール等の特殊な装置を用いる必要があり、操作が煩雑になるという問題点がある。また、後者においては、急性呼吸不全(ARF)時に人工呼吸器に取って代わるのに十分な程度にガス交換を行うことが出来ない。
【0007】
従って、装着操作が簡便で、ガス交換効率に優れた、光合成ベースの新たなガス交換装置の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ASIO Journal, 1994; 40: M743-M746
【非特許文献2】ASIO Journal, 1997; 43: 279-283
【非特許文献3】化学工学会秋季大会研究発表講演要旨集、Vol.25th, No.Pt3, Page.251 (1992.08)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、装着操作が簡便で、ガス交換効率に優れた、光合成ベースの新たなガス交換装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究したところ、クロレラを入れた通気性容器をヒトの腹腔内へ装着し、光合成を行うと、ヒトの血液と通気性容器とが直接接触していないにもかかわらず、血液中の酸素分圧が顕著に上昇し、二酸化炭素分圧が顕著に下降することを見出した。更に、腹腔内部を生理食塩水等の生理的な水性溶液で充たすことにより、ガス交換効率が向上することを見出した。そして、この生理的な水性溶液にパーフルオロカーボンなどの酸素運搬体を添加すると、ガス交換効率がさらに向上することを見出した。以上の知見に基づき、本発明は完成された。
【0011】
即ち、本発明は、以下のものを提供する:
[1]光合成微生物、及びヒトの腹腔内に移植可能な通気性容器を備えたガス交換装置であって、該光合成微生物が、該通気性容器内に収容されている、ガス交換装置。
[2]通気性容器内に収容された光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射可能な光源を更に備える、[1]記載のガス交換装置。
[3]更に生理的な水性溶液を備え、
ここで、該通気性容器が、該生理的な水性溶液中に浸漬されている、[1]記載のガス交換装置。
[4]該生理的な水性溶液が酸素運搬体を含有する、[3]記載のガス交換装置。
[5]培養槽を更に備え、
ここで、該培養槽は液体を導入可能な導入口と、液体を導出可能な導出口を少なくとも1つずつ有しており、
該通気性容器には、液体を導入可能なポート、及び液体を導出可能なポートが、気密的に少なくとも1つずつ設けられており、
光合成微生物が、通気性容器の内腔と培養槽の内部との間を循環し得るように、
培養槽の導出口と、通気性容器に設けられた液体を導入可能なポートとが、チューブを介して連結され、且つ
通気性容器に設けられた液体を導出可能なポートと、培養槽の導入口とがチューブを介して連結される、
[1]記載のガス交換装置。
[6]培養槽内の光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射可能な光源を更に備える、[5]記載のガス交換装置。
[7]除去可能な遮光処理により、通気性容器が実質的に遮光されている、[1]記載のガス交換装置。
[8]以下を含む、組み合わせ物:
(1)光合成微生物、及び
(2)ヒトの腹腔内に移植可能な通気性容器。
[9]更に、生理的な水性溶液を含む、[8]記載の組み合わせ物。
[10]該生理的な水性溶液が酸素運搬体を含有する、[9]記載の組み合わせ物。
[11]ヒトの腹腔内に、光合成微生物を収容した通気性容器を移植すること、及び該光合成微生物の光合成を誘導することを含む、該ヒトの体内におけるガス交換方法。
[12]更に、該ヒトの腹腔内に生理的な水性溶液を注入し、該通気性容器を該水性溶液中に浸漬することを含む、[11]記載の方法。
[13]該生理的な水性溶液が酸素運搬体を含有する、[12]記載の方法。
[14]通気性容器内に収容された光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射することにより、光合成を誘導する、[11]記載の方法。
[15]該通気性容器が培養槽と連結しており、
ここで、該培養槽は液体を導入可能な導入口と、液体を導出可能な導出口を少なくとも1つずつ有しており、
該通気性容器には、液体を導入可能なポート、及び液体を導出可能なポートが、気密的に少なくとも1つずつ設けられており、
光合成微生物が、通気性容器の内腔と培養槽の内部との間を循環し得るように、
培養槽の導出口と、通気性容器に設けられた液体を導入可能なポートとが、チューブを介して連結され、且つ
通気性容器に設けられた液体を導出可能なポートと、培養槽の導入口とがチューブを介して連結される、
[10]記載の方法。
[16]培養槽内の光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射することにより、光合成を誘導する、[15]記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のガス交換装置は、ヒトの腹腔内に移植するのみでヒトの体内におけるガス交換を可能とするものであるため、急性呼吸不全(ARF)時等の緊急時において、簡便且つ迅速にこれを装着し、患者の生命維持を図ることが出来る。また、本発明のガス交換装置は、巨大な機器を用いずにガス交換を可能とするものであるため、容易に持ち運びが可能である。従って、例えば本発明のガス交換装置を装着したまま、外出することができ、患者のQOLを改善する。また、腹腔内へ本発明のガス交換装置を装着することにより、高い効率でガス交換を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1の概念図を示す。Aは、ラットの腹腔内に、クロレラを含むガス透過性の培養バッグを移植した様子を示す。Bは、クロレラによる光合成と、ラットの呼吸との連関を示す。
【図2】クロレラを入れた通気性バッグを腹腔内にいれた場合の、ラットの血中酸素分圧(●、mmHg)及び二酸化炭素分圧(○、mmHg)の変化。矢印Aは、クロレラを入れた通気性バッグを腹腔内に移植した時点を示す。クロレラの量は100ml/kgである。矢印Bは、バッグと腹腔内の間を30%(v/v)PFCを含有する生理食塩水(50ml/kg)で満たした時点を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、光合成微生物、及びヒトの腹腔内に移植可能な通気性容器を備えたガス交換装置であって、該光合成微生物が、該通気性容器内に収容されている、ガス交換装置を提供するものである。
【0015】
本明細書において、ガス交換装置とは、酸素を供給し、二酸化炭素を除去するための装置を意味する。
【0016】
本発明に用いられる光合成微生物としては、光照射により酸素を発生し、二酸化炭素を固定することの出来る微生物であれば、特に限定されない。光合成微生物としては、例えば、光合成細菌、単細胞の微細藻類、糸状の微細藻類、単細胞ラン藻、糸状のラン藻などが挙げられる。このうち、単細胞の微細藻類は、11の植物門に分かれており、クロレラやヘマトコッカスなどの緑藻類、スピルリナなどの藍藻類などに分類される。光合成微生物は好ましくは単細胞の微細藻類であり、より好ましくは緑藻類(クロレラ等)である。
【0017】
本発明に用いられる容器は、通気性のものであり、密閉された状態でその内部と外部が通気性の材料を介して隔てられるように、少なくともその一部に通気性シート材を含む。例えば、容器の内部に培地を充填した際に、該培地が接し得る面の少なくとも30%、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上、最も好ましくは実質的に100%が通気性シート材により構成される。尚、本明細書において、密閉とは、内部に充填する培地が外部に漏れない状態を意味する。本明細書において、密閉は、例えば、クランプ等でチューブを閉鎖する方法、熱容着によりチューブを閉鎖する方法等により実施される。
【0018】
通気性シート材は、少なくとも酸素及び二酸化炭素を透過し得るものであれば、一般に通気性材料と称される材料を特に制限なく選択可能である。さらに工業的な成形加工性に優れ、ガンマ線滅菌に耐えうるものであり、かつ内部の培地の様子を観察することができる透明性の材料であることが好ましい。選択すべき適切な材料としては、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリ(エチレン−ビニルアセテート)コポリマー、ポリ(エチレン−エチルアクリレート)コポリマーおよびポリ(エチレン−メタアクリレート)コポリマーなどが挙げられ、これらを使用した積層体であってもよいが、これに限定されるものではない。
【0019】
本発明に用いられる通気性容器は、シート材を重ね合わせた上で、縁部を強シールすることにより製造することが出来る。
【0020】
本発明のガス交換装置は、ヒトの腹腔内においてガス交換を行うものである。従って、本発明に用いられる通気性容器は、ヒトの腹腔内に移植可能なものでなければならない。従って、通気性容器は、ヒトの腹腔内に容易に移植し得るように、その全体として可撓性を有するように、可撓性を有するシート状の材料からなることが好ましい。
【0021】
本発明に用いられる通気性容器の形状は、ヒトの腹腔内に移植可能である限り、特に限定されるものではないが、例えば、袋状、筒状、中空糸状等の形状が挙げられる。好ましくは、袋状又は筒状であり、より好ましくは袋状である。通気性容器が袋状である場合、その外観は、特に限定されないが、例えば、正方形、長方形、菱形、円形および楕円形などが挙げられ、製造の容易性、腹腔内への移植操作の容易性などの観点から長方形が好ましい。
【0022】
本発明に用いられる通気性容器の大きさは、ヒトの腹腔内に移植可能である限り、特に限定されず、ヒトの腹腔の大きさを踏まえて適宜設定することが可能である。通気性容器の最大長は、通常70cm以下(例えば、約10〜50cm)に設定される。
【0023】
本発明に用いられる通気性容器の内容積は、ヒトの腹腔内に移植可能である限り、特に限定されず、対象となるヒトの腹腔の大きさを踏まえて適宜設定することが可能である。通気性容器の内容積は、通常1000〜4000ml程度である。
【0024】
本発明に用いられる通気性容器は、滅菌処理が施されていることが好ましい。滅菌方法は、通気性容器の材料に応じて、例えば、放射線滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌又はオートクレーブ滅菌等から選択して実施することができる。ここで、通気性容器の内腔のみならず、外側表面(即ち、ヒトの腹腔内へ移植した場合に、腹腔内の臓器や腹膜と接触し得る部分)も滅菌処理が施されていることが好ましい。通気性容器の内腔を滅菌処理するのは、光合成微生物以外の細菌の繁殖を防止するためである。通気性容器の外側表面を滅菌処理するのは、ヒトの腹腔内へ移植した際の感染症の発症リスクを抑制するためである。
【0025】
一態様において、本発明に用いられる通気性容器には、光合成微生物の懸濁液や培地等の液体を導入可能なポート、及び液体を導出可能なポートが、該通気性容器に、気密的に少なくとも1つずつ設けることができる(以下、態様Aとする)。上記ポートは、2枚のシート材で挟んだ状態で強シールすることで設けることができる。従って、上記ポートはある程度可撓性を有する材料であり、シート材と熱溶着性のよいものを使用することが好ましく、例えば低密度ポリエチレンなどで作製したものが挙げられる。上記ポートには、通気性容器を密閉し得るように、閉鎖手段を設けることができる。閉鎖手段としては、クリップなどの狭持体、連通ピース、コック等を挙げることができる。
【0026】
態様Aにおいては、該ポートを通じて光合成微生物が循環可能なように、該通気性容器が光合成微生物の培養槽と連結されていてもよい。即ち、本発明のガス交換装置は、培養槽を更に備えていてもよい。培養槽は、光合成微生物の液体培養を可能とするものであり、このために必要な機能(攪拌機能、温度調節機能等)を備えたものであることが好ましい。この場合、該培養槽は液体を導入可能な導入口と、液体を導出可能な導出口を少なくとも1つずつ有し、光合成微生物が、通気性容器の内腔と培養槽の内部との間を循環し得るように、培養槽の導出口と、通気性容器に設けられた液体を導入可能なポートとが、チューブを介して連結され、且つ通気性容器に設けられた液体を導出可能なポートと、培養槽の導入口とがチューブを介して連結される。この循環回路の途中に更にポンプを設けてもよい。ポンプにより、一定の方向に安定的に光合成微生物を送り出すことにより、光合成微生物の循環をスムースなものとすることが可能となる。このように、通気性容器と培養槽とを循環可能な態様で連結することにより、通気性容器内へ絶えず新鮮な光合成微生物が送り込まれ、また、ガス交換を終えた光合成微生物が通気性容器の外へ排出されるので、安定的かつ持続的なガス交換が可能となる。
【0027】
本発明のガス交換装置においては、光合成微生物が、通気性容器内に収容されている。通常は、光合成微生物が、培地に懸濁された状態で、通気性容器内に収容される。
【0028】
該培地としては、光合成微生物による光合成を可能にするものである限り特に限定されず、当該技術分野において自体公知の培地を用いることが出来る。例えば、光合成微生物としてクロレラを使用する場合には、培地には有機炭素の添加が必須であり、一般にはグルコースや酢酸、尿素などが用いられるが、クロレラが利用できる有機物であればその種類を問わず利用することができる。その他の培地成分として窒素、リン、カリウム、マグネシウムなどの多種類の元素が必要であるが、これらもクロレラを培養できるものであれば制限はない。該培地には、光合成を促進するために炭酸水素ナトリウムを添加してもよい。炭酸水素ナトリウムの濃度は、好ましくは、0.6〜1.8mg/dLの範囲内である。具体的には、クロレラ用の培地としてブリストール培地やソロキン・クラウス培地などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0029】
本発明のガス交換装置は、ヒトの腹腔内に移植して用いるものであるため、該培地中には、該ヒトの健康にとって有害な因子が実質的に含まれないものであることが好ましい。そのような有害な因子としては、例えばウイルス、エンドトキシン等を挙げることができる。
【0030】
光合成微生物の密度は、光合成によるガス交換が可能であれば特に限定されないが、通常は、1mlあたり1×10〜1×1010個程度に設定される。
【0031】
本発明のガス交換装置は、更に光合成微生物による光合成を誘導する光を照射可能な光源を備えていてもよい。光源の種類は、光合成微生物による光合成を誘導するものであれば特に制限されないが、光合成を促進するためには600〜700nmの波長領域の光を用いることが好ましい。具体的には蛍光灯、タングステンランプなど通常の光源でよく、発光ダイオード(LED)を光源とすることもまた効果的である。
【0032】
一態様において、該光源は、通気性容器内に収容された光合成微生物に対して光を照射可能なように、備え付けられる。この場合、通気性容器を構成する通気性シート材は光透過性であることが好ましい。この場合、腹腔内に直接光が照射され、通気性容器内の光合成微生物による光合成が誘導され、ガス交換が行われる。
【0033】
上記態様Aにおいては、該光源は、培養槽内の光合成微生物に対して光を照射可能なように、備え付けられることが好ましい。例えば、培養槽に光源が直接組み込まれる。この場合、培養槽内に光が照射されると、培養槽内の光合成微生物による光合成が誘導され、この光合成微生物が通気性容器内へ送達され、該容器内でガス交換を行い、ガス交換を終えた光合成微生物が再び培養槽内へ戻り、そこでまた光照射を受けて光合成が誘導される、というサイクルが生じる。
【0034】
本発明のガス交換装置は、更に生理的な水性溶液を備えていてもよい。本態様においては、本発明のガス交換装置に含まれる通気性容器が該生理的な水溶液に浸漬されている。生理的な水性溶液を用いると、通気性容器をヒトの腹腔内へ移植したときに、腹腔内の臓器や腹膜と通気性容器との間に形成される空隙が該生理的な水性溶液で満たされるため、この生理的な水性溶液が、通気性容器から放出された酸素のヒト体内への移行と、ヒトが産生した二酸化炭素の通気性容器中への移行を媒介する媒体として機能するため、ガス交換の効率が飛躍的に向上する。
【0035】
生理的な水性溶液としては、医薬として許容可能な水性担体であれば特に限定されず、例えば、生理的食塩水、PBS等が挙げられるが特に限定されない。該水性溶液は、適切な緩衝剤を含むことが出来る。また、該水性溶液は、等張剤として、グルコース、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、デキストラン及びグリセリンからなる群から選択される少なくとも1種(例えば2種)の糖類を含有していてもよい。また、該水性溶液は、無機的な等張剤として、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムおよび硫酸マグネシウムからなる群から選択される少なくとも1種(例えば2種)の無機塩を含有していてもよい。
【0036】
生理的な水性溶液は、ヒトの腹腔内へ注入するものであるため、ヒトの腹水と等張なイオン強度にすることにより、ヒトへの負担を軽減することが出来る。
【0037】
生理的な水性溶液は、ヒトの腹腔内へ注入するものであるため、刺激性を減弱する観点から、pHを中性(pH.6〜8)に調整することが好ましい。
【0038】
生理的な水性溶液は、ヒトの腹腔内へ注入するものであるため、滅菌されていることが好ましい。また、ヒトの健康にとって有害な因子(例えば、ウイルス、エンドトキシン等)が実質的に含まれないものであることが好ましい。
【0039】
該生理的な水性溶液には、通気性容器から放出された酸素のヒト体内への移行を促進するため、酸素運搬体が含まれていてもよい。酸素運搬体とは、生体内で酸素を可逆的に吸脱着する酸素運搬能を有するものをいい、例えば、パーフルオロカーボン、ヘモグロビン、ポルフィリン金属錯体等が挙げられる。パーフルオロカーボンとしては、特に限定されないが、一部または全部がフッ素化された炭素数5〜20のアルキル、アルコールおよびアルキルエーテルなどを使用することができる。パーフルオロカーボンとしては、具体的には、ペルフルオロ−n−ブチルテトラヒドロフラン、ペルフルオロジクロロオクタン、ペルフルオロ−ビスクロロブチルエーテル、ペルフルオロデカリン、ペルフルオロメチルデカリン、ペルフルオロジメチルデカリン、ペルフルオロジメチルアダマンタン、臭化ペルフルオロオクチル、ペルフルオロ−4−メチル−オクタヒドロキノリジジン、ペルフルオロ−N−メチル−デカヒドロキノリン、F−メチル−1−オキサ−デカリン、ペルフルオロオクタヒドロキノリジジン、ペルフルオロ−5,6−ジヒドロ−5−デセン、及びペルフルオロ−4,5−ジヒドロ−4−オクテン、塩素化ペルフルオロカーボン類又はそれらの混合物が挙げられる。
【0040】
生理的な水性溶液の酸素運搬体の含有量は、特に限定されないが、例えばパーフルオロカーボンを使用する場合には、5〜95%(v/v)、好ましくは10〜50%(v/v)である。
【0041】
一態様において、本発明のガス交換装置に含まれる通気性容器が、実質的に遮光されている。「実質的な遮光」とは、可視光領域(380nm〜800nm)の光を、50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上(最も好ましくは100%)遮光することを意味する。遮光処理は、除去が出来ない態様であっても、除去可能な態様であってもよい。除去が出来ない態様の遮光処理の方法としては、例えば、通気性容器自体を、光を透過しない部材(例えば、遮光性の通気性シート)で構成することが挙げられる。除去可能な態様の遮光処理の方法は、特に限定されないが、例えば通気性容器の表面に遮光シートを貼る方法、通気性容器を遮光性の容器内に収容する方法等が挙げられる。このように遮光処理を施すと、通気性容器内の光合成微生物の光合成を停止させることができるので、本発明のガス交換装置の保存や市販の際に有利である。除去可能な遮光処理を採用した場合には、本発明のガス交換装置を使用する直前に、当該遮光処理を通気性容器から除去する(例えば、通気性容器に貼られた遮光シートをはがしたり、通気性容器を遮光性の容器から取り出したりする)ことにより、通気性容器へ照射される光に光合成微生物が曝露され、光合成が開始される。
【0042】
また、本発明は、上述の本発明のガス交換装置を用いた、ヒトにおけるガス交換方法を提供する。該方法を説明するにあたり用いられる各用語の定義は上述と同一である。
【0043】
本発明のガス交換装置は、光合成微生物を収容した通気性容器をヒトの腹腔内に移植し、光合成微生物の光合成を誘導することにより、対象ヒトへ適用される。即ち、本発明は、ヒトの腹腔内に、光合成微生物を収容した通気性容器を移植すること、及び該光合成微生物の光合成を誘導することを含む、ヒトの体内におけるガス交換方法を提供するものである。
【0044】
例えば、ヒトの腹部を切開し、腹腔内の適切な位置へ、光合成微生物を収容した通気性容器を移植する。
【0045】
本発明のガス交換装置が更に生理的な水性溶液を備える場合、腹腔内の臓器や腹膜と通気性容器との間に形成される空隙を埋めるため、ヒトの腹腔内に該生理的な水性溶液を注入し、通気性容器を、該水性溶液中に浸漬する。このように腹腔内へ生理的な水性溶液を注入すると、この水性溶液が、通気性容器から放出された酸素のヒト体内への移行と、ヒトが産生した二酸化炭素の通気性容器中への移行を媒介する媒体として機能するため、ガス交換の効率が飛躍的に向上する。
【0046】
酸素運搬体を含む生理的な水性溶液を用いる場合には、予め生理的な水性溶液と酸素運搬体とを混合し、この混合物を腹腔内に注入する。あるいは、酸素運搬体を含有しない生理的な水性溶液と、酸素運搬体の両方を腹腔内に注入し、これを腹腔内で混合してもよい。
【0047】
上記態様Aの場合には、該通気性容器に設けられたポートが体外へ導かれ、光合成微生物が通気性容器と培養槽との間を循環可能なように、腹腔内の通気性容器が、生体外へ配置された培養槽と連結される。即ち、通気性容器が培養槽と連結しており、ここで、該培養槽は液体を導入可能な導入口と、液体を導出可能な導出口を少なくとも1つずつ有しており、光合成微生物が、通気性容器の内腔と培養槽の内部との間を循環し得るように、培養槽の導出口と、通気性容器に設けられた液体を導入可能なポートとが、チューブを介して連結され、且つ通気性容器に設けられた液体を導出可能なポートと、培養槽の導入口とがチューブを介して連結される。この循環回路の途中に更にポンプを設けてもよい。ポンプにより、一定の方向に安定的に光合成微生物を送り出すことにより、光合成微生物の循環をスムースなものとすることが可能となる。このように、通気性容器と培養槽とを循環可能な態様で連結することにより、通気性容器内へ絶えず新鮮な光合成微生物が送り込まれ、また、ガス交換を終えた光合成微生物が通気性容器の外へ排出されるので、安定的かつ持続的なガス交換が可能となる。
【0048】
そして、光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射することにより、光合成微生物による光合成を誘導する。
【0049】
一態様において、腹腔内の通気性容器内に収容された光合成微生物に対して直接光を照射する。例えば、腹腔に穴を開け、そこへ光源が装着される。この場合、通気性容器を構成する通気性シート材は光透過性であることが好ましい。この場合、腹腔内に直接光が照射され、通気性容器内の光合成微生物による光合成が誘導され、ガス交換が行われる。
【0050】
上記態様Aにおいては、培養槽内の光合成微生物対して光を照射するのが好ましい。この場合、例えば培養槽に直接組み込まれた光源から、光が照射される。この場合、培養槽内に光が照射されると、培養槽内の光合成微生物による光合成が誘導され、この光合成微生物が通気性容器内へ送達され、該容器内でガス交換を行い、ガス交換を終えた光合成微生物が再び培養槽内へ戻り、そこでまた光照射を受けて光合成が誘導される、というサイクルが生じる。
【0051】
また、本発明は、以下を含む組み合わせ物を提供するものである:
(1)光合成微生物、及び
(2)ヒトの腹腔内に移植可能な通気性容器。
【0052】
本発明の組み合わせ物には、上記本発明の方法に使用する、種々の試薬や機器を含めることが出来る。
【0053】
例えば、本発明の組み合わせ物は、ヒトの腹腔内に注入するための上述の生理的な水性溶液を更に含んでいてもよい。該水性溶液中には、酸素運搬体が含まれていてもよい。
【0054】
また、本発明の組み合わせ物は、光合成微生物に対して光合成を誘導する光を照射し得る光源を更に含んでいてもよい。
【0055】
本発明の組み合わせ物は、光合成微生物の培養槽を更に含んでいてもよい。該培養槽には、導出口及び導入口が設けられていることが好ましい。この場合、本発明の組み合わせ物に含まれる通気性容器は、液体を導入可能なポート、及び液体を導出可能なポートが、該通気性容器に、気密的に少なくとも1つずつ設けられていることが好ましい。また、本発明の組み合わせ物は、光合成微生物が、腹腔内の通気性容器の内腔と、生体外の培養槽の内部との間を循環可能するようなポンプを更に含んでいてもよい。
【0056】
本発明の組み合わせ物は、上記本発明のガス交換装置の組み立て用キットとして、或いは本発明のガス交換方法を実施するのに有用である。
【0057】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はいかなる意味においてもこれらに限定されない。
【実施例】
【0058】
(実施例1)
試験にはラットを用いた。まず尾静脈内にサーフロー留置針を挿入して、静脈麻酔薬(ソムノペンチル, 50mg/kg)を急速注入し麻酔を導入し、以降は1時間毎に追加麻酔投与(25mg/kg)して麻酔を維持した。ラットの体温は37℃に維持した。次いで、開腹(約5cm)してLED光の照射口を作成した。その後、尾静脈投与ルートから血液凝固防止のためヘパリン(100IU/kg)を投与し、頸部を切開して左総頸動脈を露出し、ビニールチューブを挿入した。気管内に気道確保用のプラスチックチューブを挿入した。以降は、尾静脈より筋弛緩薬(ミオブロック, 2mg/kg)を注入して直ちにレスピレーターと接続し人工呼吸管理(換気回数:70回/分, 換気量:10 mL/kg)下に空気を吸入させた。レスピレーター接続の5分後には換気回数を20回/分に低下させ、以降も当該換気量で維持した。試験物質(クロレラチクゴ株、クロレラ工業株式会社、NaHCO3 0.6g/dL含む)は、換気回数を20回/分に低下させて5分後に腹腔内に留置した10cm×10cmの袋状の多孔質フィルム内(OTP-35H, 大塚テクノ(株))に100 mL/kgの用量で貯留させ、LED照射板を溶液内に入れ光合成を開始した(図2A)。光合成開始の45分後にはパーフルオロカーボン乳化液加生食を50 ml/kgの用量、腹壁とバッグの隙間に注入した(図2B)。その結果、動脈血酸素分圧は、70回/分で5分換気させた後で134 mmHgあったが、20回/分に低下させて5分後には60 mmHgと低下した。試験物質投与後は64 mmHg(投与5分後)、67 mmHg(投与10分後)、71 mmHg(投与15分後)、71 mmHg(投与20分後)、70 mmHg(投与25分後)、74 mmHg(投与30分後) 、72 mmHg(投与35分後)、71 mmHg(投与40分後)、77 mmHg(投与45分後)と微増であったが、パーフルオロカーボン乳化液加生食投与後より88 mmHg(投与50(パーフルオロカーボン乳化液加生食投与5)分後)、102 mmHg(投与55 (10)分後)、110 mmHg(投与60 (15)分後)、 116 mmHg(投与65(20)分後)、131 mmHg(投与70 (25)分後)、149 mmHg(投与75 (30)分後)と著しく上昇した。一方、動脈血二酸化炭素分圧は80回/分で5分換気させた後で37 mmHgであったが、20回/分に低下させて5分後には70 mmHgと上昇した。試験物質投与後は81 mmHg(投与5分後)、80 mmHg(投与10分後)、82 mmHg(投与15分後)、83 mmHg(投与20分後)、84 mmHg(投与25分後)、86 mmHg(投与30分後) 、86 mmHg(投与35分後)、88 mmHg(投与40分後)、89 mmHg(投与45分後)と微増した。パーフルオロカーボン乳化液加生食投与後より 84 mmHg(投与50(パーフルオロカーボン乳化液加生食投与5)分後)、75 mmHg(投与55 (10)分後)、72 mmHg(投与60 (15)分後)、 69 mmHg(投与65(20)分後)、61 mmHg(投与70 (25)分後)、48 mmHg(投与75 (30)分後)と著しく低下した(図2)。
【0059】
本試験の概念図を図1に示す。Aは、ラットの腹腔内に、クロレラを含むガス透過性の培養バッグを移植した様子を示す。LEDの光を当てると、クロレラから酸素が発生し、これがPFC粒子により媒介され、腹膜や内臓器官(例えば腸)へ送達される。Bは、クロレラによる光合成と、ラットの呼吸との連関を示す。光合成により産生された酸素は、気体運搬体(PFC、生理食塩水)の媒介によりラットの体内へ送達され、消費される。ラットの体内で発生した二酸化炭素は、気体運搬体の媒介により培養バッグ内へ送達され、光合成により固定される。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のガス交換装置は、ヒトの腹腔内に移植するのみでヒトの体内におけるガス交換を可能とするものであるため、急性呼吸不全(ARF)時等の緊急時において、簡便且つ迅速にこれを装着し、患者の生命維持を図ることが出来る。また、本発明のガス交換装置は、巨大な機器を用いずにガス交換を可能とするものであるため、容易に持ち運びが可能である。従って、例えば本発明のガス交換装置を装着したまま、外出することができ、患者のQOLを改善する。また、腹腔内へ本発明のガス交換装置を装着することにより、高い効率でガス交換を行うことが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光合成微生物、及びヒトの腹腔内に移植可能な通気性容器を備えたガス交換装置であって、該光合成微生物が、該通気性容器内に収容されている、ガス交換装置。
【請求項2】
通気性容器内に収容された光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射可能な光源を更に備える、請求項1記載のガス交換装置。
【請求項3】
更に生理的な水性溶液を備え、
ここで、該通気性容器が、該生理的な水性溶液中に浸漬されている、請求項1記載のガス交換装置。
【請求項4】
該生理的な水性溶液が酸素運搬体を含有する、請求項3記載のガス交換装置。
【請求項5】
培養槽を更に備え、
ここで、該培養槽は液体を導入可能な導入口と、液体を導出可能な導出口を少なくとも1つずつ有しており、
該通気性容器には、液体を導入可能なポート、及び液体を導出可能なポートが、気密的に少なくとも1つずつ設けられており、
光合成微生物が、通気性容器の内腔と培養槽の内部との間を循環し得るように、
培養槽の導出口と、通気性容器に設けられた液体を導入可能なポートとが、チューブを介して連結され、且つ
通気性容器に設けられた液体を導出可能なポートと、培養槽の導入口とがチューブを介して連結される、
請求項1記載のガス交換装置。
【請求項6】
培養槽内の光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射可能な光源を更に備える、請求項5記載のガス交換装置。
【請求項7】
除去可能な遮光処理により、通気性容器が実質的に遮光されている、請求項1記載のガス交換装置。
【請求項8】
以下を含む、組み合わせ物:
(1)光合成微生物、及び
(2)ヒトの腹腔内に移植可能な通気性容器。
【請求項9】
更に、生理的な水性溶液を含む、請求項8記載の組み合わせ物。
【請求項10】
該生理的な水性溶液が酸素運搬体を含有する、請求項9記載の組み合わせ物。
【請求項11】
ヒトの腹腔内に、光合成微生物を収容した通気性容器を移植すること、及び該光合成微生物の光合成を誘導することを含む、該ヒトの体内におけるガス交換方法。
【請求項12】
更に、該ヒトの腹腔内に生理的な水性溶液を注入し、該通気性容器を該水性溶液中に浸漬することを含む、請求項11記載の方法。
【請求項13】
該生理的な水性溶液が酸素運搬体を含有する、請求項12記載の方法。
【請求項14】
通気性容器内に収容された光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射することにより、光合成を誘導する、請求項11記載の方法。
【請求項15】
該通気性容器が培養槽と連結しており、
ここで、該培養槽は液体を導入可能な導入口と、液体を導出可能な導出口を少なくとも1つずつ有しており、
該通気性容器には、液体を導入可能なポート、及び液体を導出可能なポートが、気密的に少なくとも1つずつ設けられており、
光合成微生物が、通気性容器の内腔と培養槽の内部との間を循環し得るように、
培養槽の導出口と、通気性容器に設けられた液体を導入可能なポートとが、チューブを介して連結され、且つ
通気性容器に設けられた液体を導出可能なポートと、培養槽の導入口とがチューブを介して連結される、
請求項10記載の方法。
【請求項16】
培養槽内の光合成微生物に対して、光合成を誘導する光を照射することにより、光合成を誘導する、請求項15記載の方法。

【図2】
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【図1】
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