説明

ガス分離材およびその製造方法

【課題】水蒸気を含む混合ガスから特定種のガスを分離することができるガス分離膜材を提供すること。
【解決手段】本発明により提供されるガス分離材10は、多孔質基材と、該多孔質基材の表面に形成された有機膜12であって水蒸気4を透過しないガス透過性を有する有機膜12と、該有機膜12の表面に形成された無機膜14であって特定のガス2を選択的に透過するガス分離を実現する多孔質な無機膜14と、を備えることを特徴とする。かかるガス分離材10は、上記多孔質な無機膜14を形成するためのプリカーサを上記有機膜12の表面に付与し、付与されたプリカーサを無機化することにより得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス分離能を備えた有機膜と無機膜であってガス分離能が互いに異なる有機膜と無機膜とを積層してなるガス分離材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複数種のガスを含む混合ガスから特定種のガスを分離する技術の一つである膜分離法は、多岐に亘る分野におけるガス精製プロセスに利用されている。例えば、不活性化ガスとして半導体分野等で幅広く用いられる高純度ヘリウムガスの生成(製造)、分離膜の一方の面から他方の面に供給された酸素イオンにより当該他方の面に供給された炭化水素(メタンガス等)を酸化させて合成液体燃料(メタノール等)を製造するGTL(Gas To Liquid)技術、あるいは電池(例えば空気電池(空気亜鉛電池ともいう。以下同じ。)や燃料電池)分野において膜分離技術が好ましく用いられている。かかる膜分離技術で用いられる分離膜材のうち水蒸気を含む混合ガスから特定種のガスを分離可能な分離膜材については、特に電池(典型的には空気電池)分野での需要が高く、例えば特許文献1〜5に記載されるように、様々な膜材料からなる空気電池として好適な分離膜材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−47421号公報
【特許文献2】特開平5−62687号公報
【特許文献3】特開平5−205785号公報
【特許文献4】特開平5−205786号公報
【特許文献5】特開平5−261851号公報
【特許文献6】特開平8−71384号公報
【特許文献7】特許第3306091号公報
【特許文献8】特開平6−122852号公報
【特許文献9】特開2002−253919号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述の分離膜材は、撥水性を有する多孔質基材(典型的にはフッ素系樹脂等の有機材料からなる多孔質膜)に特定のガス(典型的には酸素ガス)を選択的に透過させるための有機膜が積層された構成である。ここで、水蒸気と複数種の無機ガスを含む混合ガスを、上記構成の分離膜材を用いて特定の無機ガスを分離する場合には、上記多孔質基材により水蒸気は分離可能であるが、例えば水素ガスと酸素ガス、あるいは二酸化炭素ガスとメタンガスのような無機ガスの組合せからどちらか一方のみを分離することが困難である。また、上記多孔質基材および有機膜のどちらも有機材料から形成されているので、かかる有機材料を劣化させ得るガスや蒸気を含む混合ガスの分離には上記分離膜材は適さない。
【0005】
他方、例えば特許文献6に記載されるように、疎水性の多孔質無機膜と、特定のガスとの親和性を有する多孔質無機膜とが積層されてなる分離膜材が提案されている。しかし、かかる分離膜材は無機材料から構成されるため、該分離膜材の製造は高温焼成(例えば600℃)を要する。さらに特許文献6記載の分離膜材の製造工程には水熱合成を含んでいる。したがって、かかる分離膜材の製造は煩雑であり、また高エネルギー消費および高コストとなって好ましくない。また、上記のほかにも気体および液体の無機系分離膜材として、例えば特許文献7に記載の分離膜材が挙げられる。
【0006】
ここで、無機膜と有機膜とを積層化する技術としては、例えば特許文献8に記載されるような方法が提案されている。しかし、かかる方法により形成される分離膜材では、無機膜層が緻密化されておりガス透過性を備えていない。
【0007】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、水蒸気を含む混合ガスから特定種のガスを分離することができるガス分離膜材を提供することである。また、そのようなガス分離膜材を容易に製造する方法を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を実現するべく、本発明により提供されるガス分離材は、多孔質基材と、該多孔質基材の表面に形成された有機膜であって水蒸気を透過しないガス透過性を有する有機膜と、該有機膜の表面に形成された無機膜であって特定のガスを選択的に透過するガス分離を実現する多孔質な無機膜と、を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明に係るガス分離材は、多孔質基材上に上記分離性能の有機膜、さらにその上に無機膜が順に積層された構成である。このことにより、本発明に係るガス分離材の一方の面側から、水蒸気を含む複数種のガスから構成される混合ガスを透過させる(供給する)と、上記有機膜において、水蒸気の透過は抑止されるが、それ以外のガス種は透過する。したがって、混合ガス中の水蒸気は高い選択性を有して該混合ガスから分離される。また、水蒸気以外の含有ガス(例えば水素、窒素や二酸化炭素等の無機系ガス、あるいはトルエン等の有機蒸気)の分離については、上記無機膜において特定のガス種(すなわち相対的に分子径の小さいガス種)が他のガス種よりも優先的に透過され得る。したがって、該特定ガスは高い選択性を有して上記混合ガス中の他のガス種から分離される。
したがって、本発明に係るガス分離材を用いることにより、水蒸気を含む混合ガスから特定のガスを好ましく分離することができる。
【0010】
また、本発明に係るガス分離材は、上記多孔質基材、有機膜および無機膜の積層構造を有している。このことにより、例えば、該ガス分離材に透過させる混合ガスが上記有機膜を侵食し得る有機蒸気(すなわち、分離対象の特定ガス種よりも分子径の大きい分子からなる蒸気)を含んでいる場合であっても、かかる混合ガスを無機膜側から導入すれば、上記無機膜が有機蒸気の透過を抑止して上記有機蒸気と上記有機膜との接触が回避され得る。したがって、本発明に係るガス分離材によると、上記有機膜の劣化が抑制され長期使用に耐え得る好適なガス分離材が実現される。
【0011】
ここで開示されるガス分離材の好ましい一態様では、上記多孔質基材が、被着体に対して貼付可能な粘着層を構成していることを特徴とする。
かかる構成のガス分離材によると、貼付作業のみで容易に該ガス分離材を所定の被着体に設けて該被着体にガス分離能を与えることができる。また、この被着体(例えば、セラミックス、ガラス、金属、または合成樹脂製)は、上記ガス分離材を貼付可能な部分を備えている限り上記ガス分離材を付設可能であるので、上記被着体の形状や貼付箇所の制限が緩和されて上記付設の自由度が高まる。
【0012】
ここで開示されるガス分離材の別の好ましい一態様では、上記有機膜は、フッ素系樹脂から構成されていることを特徴とする。
かかる構成のガス分離材では、有機膜による水蒸気の分離をより高いレベルで行うことができる。
【0013】
ここで開示されるガス分離材のより好ましい一態様では、上記無機膜は、Si−O結合および/またはSi−N結合を主体として構成されるケイ素化合物から構成されていることを特徴とする。
かかる構成のガス分離材では、上記無機膜は特定のガスの選択的分離に適した細孔径を有する好ましい多孔質膜となるとともに、耐熱性や耐食性にも優れており、水蒸気以外のガス種を含む混合ガスに対してより一層高い分離性能を有する。
【0014】
また、本発明は、他の側面として、多孔質基材と、有機膜と、無機膜とを備えたガス分離材を製造する方法を提供する。この方法は、(1)多孔質基材と、該基材の表面に形成された有機膜であって水蒸気を透過しないガス透過性を有する有機膜とを備える複合材を用意する工程、(2)特定のガスを選択的に透過するガス分離を実現する多孔質な無機膜を形成するためのプリカーサを上記有機膜の表面に付与する工程、および(3)上記付与されたプリカーサを無機化する工程、を包含することを特徴とする。
本発明に係るガス分離材の製造方法によると、水蒸気を含む混合ガスに対して高いガス分離性能を有し且つ長期使用に耐え得る高耐久性のガス分離材が提供される。
【0015】
ここで開示されるガス分離材の製造方法の好ましい一態様では、上記プリカーサを無機化する工程は、酸化性ガスをプラズマ源として上記プリカーサを付与した表面に対して行うプラズマ処理工程を包含することを特徴とする。
かかる態様の製造方法によると、上記のようなプラズマ処理を用いることにより、例えば、上記プリカーサを熱処理して無機化するよりも高い反応効率で該プリカーサを無機化することができるとともに、上記熱処理の反応温度よりも大幅に低温の雰囲気下で上記無機化処理を実施することができる。
【0016】
ここで開示されるガス分離材の製造方法のより好ましい一態様では、上記プリカーサは、少なくともSiを構成元素とするポリマーであることを特徴とする。より好ましくは、上記プリカーサはSi−N結合を骨格とするシラザン化合物である。
かかる態様の製造方法によると、このようなポリマーをプリカーサとして用いることにより、Si−O結合および/またはSi−N結合を主体として構成されるケイ素化合物からなる無機膜を好ましく形成することができる。特に、上記シラザン化合物をプリカーサとして用いて上記プラズマ処理を行うことにより、上記シラザン化合物が無機化(酸化)され、シリカを含む好適な無機膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態に係るガス分離材を用いたガス分離において、該分離材の無機膜側に存在する混合ガスから特定のガスが有機膜側に透過するとともに、有機膜側に存在する水蒸気が無機膜側に透過しない様子を模式的に示す図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るガス分離材を用いたガス分離において、該分離材の無機膜側に存在する水蒸気を含む混合ガスから特定のガスが有機膜側に透過するが、水蒸気は透過せずに無機膜側に留まる様子を模式的に示す図である。
【図3】実施例の例2におけるガス分離性能評価試験で用いられた試験用ジグを模式的に示す断面図である。
【図4】実施例の例3におけるガス分離性能評価試験で用いられた試験用ジグを模式的に示す断面図である。
【図5】実施例の例2および例3におけるガス分離性能評価試験で用いられた試験装置を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項(例えば、ガス分離材の多孔質無機膜を形成する方法)以外の事項であって本発明の実施に必要な事柄(例えば、上記無機膜のプリカーサの調製方法や該プリカーサを有機膜上に塗布する方法)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0019】
本発明に係るガス分離材は、多孔質基材と、多孔質基材上に形成された有機膜と、該有機膜上に形成された無機膜とを備える積層構造を有しており、かかる有機膜は水蒸気を透過しないガス透過性を有する多孔質膜であるとともに、かかる無機膜は、特定のガス(相対的に分子径の小さい分子)を選択的に透過できるガス分離性能(ガス透過性)を有する多孔質膜であることにより特徴づけられるものであり、その他の構成成分、本発明を特徴づけない他の構成要素(例えば多孔質基材の形状や組成等)によって限定されず、上記目的を達成し得る限りにおいて、種々の基準に照らして任意に決定することができる。
【0020】
ここで開示されるガス分離材の構成要素である多孔質基材は、上記有機膜と無機膜の積層膜を形成する際に該積層膜材料(特に、上記無機膜を形成するためのプリカーサ)を好ましく付与するための土台として機能し得るものである。上記積層膜を該多孔質基材上に好ましく形成し得る限りにおいて、該多孔質基材の材質は特に限定されず、有機材料(例えばポリエステル、ポリオレフィン、アクリル樹脂等)、無機材料(例えばアルミナ、窒化ケイ素、炭化ケイ素、チタニア、カルシア等のセラミック体)、または有機材料と無機材料の複合材料からなる多孔質体を用いることができる。
また、かかる多孔質基材として、被着体に対して貼付可能な粘着層を構成し得るような粘着性を備える粘着材料(典型的には、粘着剤として利用される高分子材料)を好ましく用いることもできる。このような粘着性を呈する材料としては、例えば、アクリル樹脂(アクリル酸エステル共重合体であって、いわゆるアクリル系粘着剤)、シリコーンゴム(いわゆるシリコーン系粘着剤)またはウレタン樹脂(いわゆるウレタン系粘着剤)が挙げられる。多孔質基材が粘着層を構成することにより、ガス分離能を備える上記積層膜を被着体(例えばかかるガス分離材の機械的強度を確保するために該分離材を支持する支持体、あるいはかかるガス分離材を具備する装置(モジュール)の本体部)に貼付することができる。そして、この被着体に対して該ガス分離材を容易に付設(すなわち貼付)し、当該付設部分にガス分離能を与えることができる。また、この被着体の一部に上記ガス分離材を貼付可能な部分が形成されている限りにおいて、上記ガス分離材を設けることができるので、被着体の形状や貼付箇所の制限が緩和され、被着体におけるガス分離材の付設の自由度が高まる。
【0021】
ここで開示されるガス分離材の多孔質基材は、分離対象である混合ガスが滞りなく透過できる多孔質体であることが好ましい。ガスの円滑な透過を実現し得る多孔質基材としては、0.01μm以上の細孔径を有するものが好ましい。より好ましくは、かかる多孔質基材の表面部に積層(形成)する有機膜の細孔径よりも大きな平均細孔径を有する。このような多孔質基材として、0.1μm〜100μm(より好ましくは0.1μm〜50μm)の平均細孔径および/または細孔径分布のピーク値を有するものが好ましい。また、かかる多孔質基材の気孔率(孔隙率)は、30%以上が適当であり、好ましくは30%〜60%、より好ましくは35%〜50%である。
なお、本明細書において平均細孔径(または細孔径分布のピーク値)とは、例えば一般的なバブルポイント試験法(JIS K3832;細孔径が2nm〜50nmの範囲内の場合)や水銀圧入法(JIS R1655;細孔径が20nm〜100nm若しくはそれ以上の場合)に基づいて算出される平均細孔径(又は細孔径分布のピーク値)をいう。また、数ナノメートル領域およびサブナノ領域(1nm以下)の平均細孔径については、ガス吸着法におけるBET法、またはHK法あるいはSF法等の解析法に基づいて算出される平均細孔径をいうこととする。
また、かかる多孔質基材の厚みは、上記積層膜を支持し得る限りにおいて特に限定されない。例えば、上記多孔質基材が粘着層を構成する場合には、1μm〜100μm、または10μm〜70μm(例えば20μm〜50μm)程度の厚みであればよい。
【0022】
また、かかる多孔質基材は、上記のような材質から形成される一層構造でもよいが、別の材質からなる層が複数層積層された多層構造を有していてもよい。例えば、かかる多孔質基材が、上記粘着材料からなる粘着層と、該粘着層と上記有機膜との間に配置される中間層であって上述のような有機材料(例えばポリエステル)からなる中間層とを備える構成であってもよい。
【0023】
次に、ここで開示されるガス分離材の構成要素である有機膜は、上記多孔質基材の表面に積層された多孔質膜であり、分離対象の混合ガスから水蒸気の透過を抑制して該水蒸気を分離し得る撥水性を有するものである。また、かかる多孔質有機膜は、該有機膜の表面に積層される無機膜を支持する支持体としても機能する。このような有機膜の材質としては、高い撥水性を有するとともに、化学的に安定で、耐熱性、耐候性に優れて機械的強度も高いものが好ましい。このような材料の好適例としてフッ素系樹脂が挙げられ、具体的には、ポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)、パーフルオロアルコキシ樹脂(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合樹脂(FEP)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合樹脂(ETFE)、ポリビニリデンフルオライド樹脂(PVdF)等のフッ素系のホモポリマーまたはコポリマーからなる樹脂、ヘキサフルオロプロピレンの共重合ゴム等のフッ素系ゴムを好ましく挙げることができる。
【0024】
かかる多孔質有機膜の細孔径としては、分離対象の混合ガスに含まれる水蒸気の透過を抑制するとともに、その他のガス(例えば水素、窒素、または有機蒸気等)については、該有機膜に対する透過率および分離効率が高く維持され得る程度の大きさであることが好ましい。このような平均細孔径としては、好ましくは0.05μm〜10μm、より好ましくは0.1μm〜1μmである。また、かかる有機膜の膜厚としては、上記その他のガスの透過率を高く維持するとともに、上記無機膜を支持し得る機械的強度をも有する程度の膜厚であることが好ましい。このような膜厚として好ましくは10μm〜1000μm、より好ましくは50μm〜500μm、例えば100μm±50μmである。また、かかる有機膜は、上記フッ素系樹脂製の多孔質膜(シートまたはフィルム)として市販のものを用いることができる。
また、かかる有機膜は、上記多孔質基材の表面に上記有機膜材料を付与することにより該多孔質基材上に積層させて得ることができるが、他方、上記有機膜材料からなる有機膜が予め多孔質基材の表面に形成されて該有機膜と該多孔質基材とが一体的に構成されている複合材を好ましく用いることができる。このような複合材を用いることにより、ここで開示されるガス分離材をより簡便に製造することができる。かかる複合材として、例えば、フッ素系樹脂(例えばPTFE)からなる多孔質フィルムと該フィルムの片側面に粘着層とを備えた粘着シート(テープ)として市販されているもの(例えば日本バルカー工業株式会社または日東電工株式会社で購入できる。)を用いることができる。
【0025】
ここで開示されるガス分離材の構成要素である無機膜は、上記有機膜の表面に形成(積層)された多孔質膜であり、少なくともSi(ケイ素)を構成元素(典型的には主成分)として含むプリカーサであって上記有機膜の表面に付与されたプリカーサをプラズマ処理することにより形成される。かかるプリカーサは、基本骨格(または主鎖)がSiを主体に構成される前駆体ポリマーであって、後述のプラズマ処理によりSi−O結合、Si−N結合、Si−C結合、Si−Si結合、Si−C−N結合、またはSi−N−O結合、およびSi−O−C結合等から構成される多孔質無機膜を容易に形成し得るポリマーであることが好ましい。より好ましくは、上記プラズマ処理により無機化されて、その基本骨格がSi−O結合の繰り返しとなり(いわゆるシリカ(SiO)を主成分とし)、Si−N結合が少量含まれるような無機膜を形成できるようなプリカーサである。さらに好ましくは、全体がSiOから構成される無機膜を形成し得るプリカーサである。このような無機膜を形成可能なプリカーサの好適例としては、Si−N結合を骨格とする種々のシラザン化合物が挙げられ、具体的には、ポリシラザン、ペルヒドロポリシラザン、オルガノポリシラザン、ポリカルボシラン、ポリシロキサン、テトラエトキシシラン、テトラメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン、ヘキサメチルジシロキサン等が好ましく挙げられる。また、シラザン化合物において、ホウ素(B)、リン(P)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)または希土類金属元素等で装飾されたものでもよい。
かかるプリカーサとしては、上記のような多孔質無機膜を形成し得る前駆体ポリマーを1種のみでもよく、または2種類以上を適宜組み合わせたものでもよい。また、市販されているシラザン化合物(例えばAZエレクトロニックマテリアルズ株式会社で購入できる。)を好適に用いることができる。
【0026】
かかるプリカーサ(前駆体ポリマー)の分子量については特に制限はないが、粘性制御等の観点から、重量平均分子量で200〜100,000程度のものが好ましく、重量平均分子量が略1,000〜20,000の前駆体が特に好ましい。
また、上記のようなプリカーサ材料(すなわち前駆体ポリマー)は、適当な有機溶剤(例えばベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族系溶剤や、ジオキサン、テトラヒドロフラン、ジブチルエーテル等のエーテル系溶剤)に溶解された溶液、または分散された分散体(ペースト、スラリーもしくはインク状の組成物)として上記多孔質有機膜上に付与される。このようなプリカーサ液における前駆体ポリマーの濃度は、所望する多孔質無機膜の膜厚に応じて適宜調製される。例えばディップコーティング法等によって上記多孔質有機膜表面に膜厚10nm〜1000nmの多孔質無機膜を形成する場合には、上記プリカーサ液の濃度は0.1質量%〜40質量%程度が適当であり、1質量%〜10質量%が好ましい。
【0027】
上記プリカーサをプラズマ処理して形成される多孔質無機膜は、混合ガスから特定ガスを選択的に分離できることが好ましい。かかる分離を可能にする多孔質無機膜としては、細孔径分布のピーク値および/または平均細孔径が1〜5nmあるいは1nm以下である場合には、特に水素のような比較的小さいサイズ(動的分子直径約0.29nm)の無極性分子を混合ガスから選択的に分離する際には効果的である。より好ましい多孔質無機膜としては、0.3nm〜1nm、さらに好ましくは0.3nm〜0.7nmの平均細孔径の細孔を備えていることが好ましい。また、分離したいガス種の分子径を考慮して、ガス種によって平均細孔径の異なる上記無機膜を適宜選択してもよい。また、気孔率は20%〜60%程度が適当であり、好ましくは30%〜40%程度である。
かかる多孔質無機膜の膜厚としては、ピンホール等の欠陥発生を防止しつつ、上記混合ガスの透過率の低下を最小限に抑えることを考慮して、好ましくは10nm〜1000nm、より好ましくは50nm〜500nm、特に好ましくは50nm〜300nmである。
【0028】
ここで、一般的な多孔質膜のガス透過機構としては、典型的には10nm以下の細孔径を有する多孔質膜ではクヌッセン(Knudsen)拡散(クヌッセン流)となり得る。クヌッセン流とは、多孔質膜の細孔内でガス分子同士の衝突よりも該ガス分子と孔壁との衝突が支配的になり、相対的に分子径(動的分子直径)の小さいガスが優先的に上記細孔内を透過し得る機構をいい、ガス分子はその運動速度の差によって分離可能となる。典型的なクヌッセン流域(クヌッセン流が支配的に起こり得る領域)では、ガス分子の平均自由工程λ(例えば1気圧、常温でのλは10nm前後である。)と細孔直径(細孔径)rとの比がλ/r≧10となり得る。かかるクヌッセン拡散に基づいて相対的に分子量が小さいガス分子Aと相対的に分子量が大きいガス分子Bとの分離を行う場合には、その透過係数(すなわち、ガス分子Bの透過率Qに対するガス分子Aの透過率Qの比;Q/Q)は、ガス分子Aの分子量MおよびBの分子量Mの逆数の平方根(M/M0.5に比例することが知られている。この透過係数はクヌッセン限度とも呼ばれる。
また、多孔質膜の細孔径が上記よりもさらに小さくなって分離対象のガス分子の分子径に近づいてくると、上記透過係数はクヌッセン限度を大きく上回る。すなわち、分子自体の大きさを基準として、より選択的(より高精度)にガス分子を分離し得、いわゆる分子ふるいによるガス分離が起こり得る。
【0029】
ここで開示される多孔質無機膜は、上記範囲のような平均細孔径の細孔を備えていることにより、上述のガス透過機構を好ましく実現することができ、結果、特定のガス分子を選択的に分離することができる。例えば、かかる多孔質無機膜を透過させることにより、水素(平均分子径約0.29nm)と窒素(平均分子径約0.36nm)の混合ガス、および水素と二酸化炭素(平均分子径約0.33nm)の混合ガス、ならびに水素とトルエンの有機蒸気(平均分子径約0.60nm)から、それぞれ水素を選択的に透過させることができる。また、かかる多孔質無機膜は、ヘリウム(平均分子径約0.26nm)とトルエンの有機蒸気の混合ガス、およびヘリウムと二酸化炭素の混合ガスから、それぞれヘリウムをより選択的に透過させることができる。
【0030】
次に、上記のような積層構造を有するガス分離材の製造方法の一好適例を説明する。
まず、上述の多孔質基材と該基材の表面に形成された多孔質有機膜とを備える複合材を用意する。かかる複合材の多孔質基材側を、例えば、アルミナ、窒化ケイ素、または炭化ケイ素等の多孔質なセラミック体からなる支持体の表面に予め付設(典型的には貼付)しておき、かかる複合材を上記支持体に支持されて機械的強度が確保された状態で用いてもよい。また、かかる複合材は、上述のように市販品の粘着フィルム(例えばフッ素系樹脂製の粘着フィルム)であってもよい。この場合には、粘着フィルムの剥離ライナー(典型的には紙または合成樹脂製フィルム)を上記支持体としてもよい。
あるいは、上記多孔質基材を用意し、該多孔質基材の表面に別途用意した多孔質有機膜を積層させてもよい。この積層の方法については、例えば市販品のフッ素系樹脂製のフィルムを上記有機膜として上記多孔質基材の表面に貼り付けてもよい。または上記有機膜材料を従来公知の塗膜(コーティング)方法により上記多孔質基材の表面に塗布して上記有機膜を形成してもよい。
【0031】
次に、上記した材質のプリカーサを用意し、上記複合材における有機膜表面に付与する。このプリカーサを付与する方法としては、例えばディップコーティング、スピンコーティング、スプレーコーティング、スクリーン印刷法等、従来公知の製膜方法を特に制限なく用いることができる。これらの方法のうちディップコーティング法は、上記プリカーサ液(すなわちプリカーサである前駆体ポリマーを有機溶剤に溶解または分散することにより調製される溶液または分散体)を上記多孔質有機膜内部に過剰に浸透することを抑制することができ、さらには多孔質無機膜の形成時に伴うガス発生、キャピラリー圧力、焼成収縮等による微細構造の破壊を抑制するのに寄与し得る。このため、特にディップコーティング法は、欠陥発生が抑制された多孔質無機膜を上記有機膜表面に直接的に形成するのに好適な方法である。
具体的には、上記のような有機溶剤にプリカーサに係る前駆体ポリマー(例えばポリシラザン等のシラザン化合物)を所定量分散させたプリカーサ液に上記多孔質基材と上記多孔質有機膜とを備える複合材(における多孔質有機膜側の面)を浸漬する。浸漬時間は、数秒〜1分間程度でよく、5秒〜30秒間程度が好ましい。これにより、上記プリカーサを上記多孔質有機膜側の面に均等に付与することができる。
【0032】
ここで、上記多孔質有機膜の表面に上記プリカーサを付与(すなわち塗布)する際に、好ましくは、かかる多孔質有機膜の表面(コーティングされる面領域)と形成される多孔質無機膜との密着性および/または該多孔質無機膜の展着性や成膜性を向上させるための前処理を行う。このような前処理の一好適例としては、窒素(N)、アルゴン(Ar)、酸素(O)または空気をプラズマ源としてプラズマ処理(典型的にはプラズマエッチング法に準じる低温プラズマ処理)を行い、上記多孔質有機膜の表面に存在する不純物等を除去する方法が挙げられる。あるいは、上記多孔質有機膜の表面積を増大させるためにやすり等の研磨用具を用いて該多孔質有機膜の表面に微細な凹凸を形成する方法が挙げられる。
【0033】
次に、上記プリカーサが付与された多孔質有機膜を備える複合材を乾燥炉に収容し、該プリカーサを大気中で乾燥させる。この工程において、プリカーサの乾燥とともに該プリカーサの重合反応が進行する。ここで、乾燥温度としては、室温〜300℃の温度条件下で行うことが好ましく、より好ましくは50℃〜150℃であり、例えば100℃±20℃である。乾燥温度が300℃を超えると、上記多孔質有機膜が溶融、劣化し、室温以下では乾燥に長時間を要するとともに、上記プリカーサの重合反応が進行しにくくなる。乾燥時間としては特に限定されないが、1時間〜5時間が適当であり、例えば1時間〜3時間である。
【0034】
上記乾燥工程を経た上記複合材において、上記プリカーサに係る前駆体ポリマーが重合して多孔質有機膜表面に形成された多孔質のプリカーサ膜は、Si−N結合を主体とする構造(シラザン骨格)を有する膜となっている。かかるプリカーサ膜は、上記乾燥後の段階で一部無機化されてSi−O結合が形成されていてもよい。このような膜に対して、比較的低温のプラズマ処理を実施することにより、Si−O結合および/またはSi−N結合の無機骨格を主体とする多孔質無機膜を形成することができる。好ましくはSiOを主体とする多孔質無機膜である。このような多孔質無機膜を形成可能なプラズマ処理では、比較的低温条件下で、プラズマ化したOを上記プリカーサ膜表面に照射することによって行われる。かかるプラズマ化したOによって、上記乾燥工程後のプリカーサ膜中に残存する有機成分や、重合した前駆体ポリマー(プリカーサ)における有機官能基等が酸化、除去されて、該プリカーサ膜の無機化が好ましく行われる。
かかる酸素プラズマ処理は、従来のプラズマ処理(例えばプラズマエッチング処理)を行う際に使用される一般的な低温プラズマ処理装置のプラズマ発生チャンバー内にて行うことができ、特別な装置を必要としない。例えば、チャンバー内に電場を作用させる機構は、内部電極方式および外部電極方式のいずれでもよい。
【0035】
上記酸素プラズマ処理の一好適例を説明する。
上記プリカーサ膜が形成された複合材を、例えば平行平板型電極を備えたベルジャー型チャンバー(反応容器)内に配置し、その内部を減圧(好ましくは10Pa以下)する。次いで、チャンバー内のガス圧を低レベル(典型的には500Pa以下、好ましくは100Pa以下、例えば10Pa〜100Pa)に維持しつつプラズマ発生ガスとしてOガスを供給する。ガス温度は、比較的低温、300℃以下が適当であり、好ましくは10℃〜200℃である。そして、供給したOガス雰囲気中でグロー放電またはコロナ放電による高周波プラズマ処理を行う。好ましくは、周波数1MHz〜50MHz、出力1W〜1000W(好ましくは10〜500W)で処理を行う。処理時間は典型的には0.5〜10分程度であり、好ましくは1〜5分である。
【0036】
ここで、従来では、上記のようなプリカーサ膜を熱分解により無機化して多孔質無機膜を形成する際には、通常500℃〜1000℃程度の温度条件で加熱することが必要である。しかし、ここで開示される製造方法では、上記多孔質有機膜を融解または劣化させる温度よりも低温条件下で上記プリカーサ膜を乾燥し、その後Oプラズマによるプラズマ処理を該プリカーサ膜に施すことにより、上記のような多孔質有機膜上に形成されたプリカーサ膜であっても好ましく無機化して多孔質無機膜を形成することができる。
【0037】
ここで開示される製造方法により提供されるガス分離材を用いて行うガス分離について、図1および図2を用いて説明する。ここで、図1は、かかるガス分離材10を用いたガス分離において、該分離材10の無機膜14側に存在する混合ガス1Aから特定のガス2が有機膜12側に透過するとともに、有機膜12側に存在する水蒸気4が無機膜14側に透過しない様子を模式的に示す図である。図2は、該ガス分離材10の無機膜14側に存在する水蒸気4を含む混合ガス1Aから特定のガス2が有機膜12側に透過するが、水蒸気4は透過せずに無機膜14側に留まる様子を模式的に示す図である。
ここで開示されるガス分離材10は、上述のように、水蒸気4は透過しないガス透過性を有する多孔質有機膜12と、該多孔質有機膜12上に形成された多孔質無機膜14であって特定のガスを選択的に透過するガス分離を可能とする多孔質無機膜14とを備えている(なお、図1および図2では多孔質基材を図示していない)。かかるガス分離材10は、このような性能を有する多孔質有機膜12と多孔質無機膜14との積層構造を有するので、以下のようなガス分離を実現することができる。
【0038】
すなわち、図1に示されるように、まず、かかるガス分離材10における多孔質無機膜14側に臨む空間24に2種類のガス2および3を含む混合ガス1Aを導入する。すると、該混合ガス1Aに含まれるガス2,3のうち、分子径が相対的に小さいガス(いわゆる特定のガス)2が上記ガス3よりも優先的に上記多孔質無機膜14を透過し、さらに多孔質有機膜12をも透過して上記多孔質有機膜12に臨む空間22に流入する。ここで、水蒸気4が上記多孔質有機膜12側の空間22に存在している場合でも、かかる水蒸気4は上記多孔質有機膜12によって多孔質無機膜14側への透過が抑制される。したがって、上記ガス2,3を含む混合ガス1Aにおいて、ガス2を上記ガス分離材10に透過させることにより、ガス3からガス2を分離することが可能となる。また、かかるガス3が存在する無機膜側の空間24がかかるガス分離材10を介して水蒸気4が存在する有機膜側の空間22に隣接していても、該水蒸気4は上記空間24に流入することは防止されて、結果、上記無機膜側の空間24から濃縮されたガス3を得ることができる。
【0039】
また、図2に示されるように、上記ガス分離材10における多孔質無機膜14側に臨む空間24に特定ガス2、その他の混在するガス3、および水蒸気4を含む混合ガス1Bを導入する。すると、該混合ガス1Bに含まれる特定ガス2は、図1で示した場合と同様に、上記混在ガス3よりも相対的に分子径が小さいので、該混在ガス3よりも優先的に多孔質無機膜14さらには多孔質有機膜12を透過して有機質側の空間22に流入する。また、水蒸気4については、水蒸気4の分子径が上記特定ガス2よりも小さい場合には、該特定ガス2よりも優先的に多孔質無機膜14を透過し得るが、多孔質有機膜12の透過は抑止されるので、結果、水蒸気4は有機側の空間22に流入することは防止される。また、水蒸気4が特定ガス2よりも分子径が大きい場合には、混合ガス1Bに含まれる特定ガス2、混在ガス3および水蒸気4のうち、相対的に最も分子径の小さい特定ガス2が優先的に上記ガス分離材10を透過する。これにより、水蒸気4を含む混合ガス1Bをガス分離材10に透過させることによって特定ガス2を該混合ガス1B中のその他のガス(混在ガス3および水蒸気4)から分離することができ、有機膜側の空間22から高純度の特定ガス2を得ることができる。また、言い換えれば、無機膜側の空間24に存在する混合ガス1Bから特定ガス2を除去することができる。
【0040】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を図3〜図5を参照しつつ説明するが、本発明を係る実施例に示すものに限定することを意図したものではない。図3は、実施例の例2
におけるガス分離性能評価試験で用いられた試験用ジグ30Aを模式的に示す断面図である。図4は、実施例の例3におけるガス分離性能評価試験で用いられた試験用ジグ30Bを模式的に示す断面図である。図5は、実施例の例2および例3におけるガス分離性能評価試験で用いられた試験装置100を模式的に示す図である。
【0041】
<例1:ガス分離材10の作製>
多孔質基材16と、該多孔質基材16上に形成された多孔質有機膜12と、該多孔質有機膜12上に形成された多孔質無機膜14とを備えるガス分離材10を作製した。
ここでは、多孔質基材16および多孔質有機膜12を備える複合材17として、PTFE製の粘着テープ(日本バルカー工業株式会社製品、商品名「バルフロン粘着テープ」)を用意した。次に、かかる複合材17を支持するための支持体18として、直径20mm、厚さ1mmの円盤形状を有し、平均細孔径0.7μm、気孔率37%の多孔質アルミナ支持体を用意した。次いで、上記複合材17としての粘着テープの粘着面を上記支持体18(多孔質アルミナ支持体)の円形の平面を覆うように貼り付けて、支持体18に支持された複合材17を得た。
【0042】
次に、上記支持体18に支持された複合材17(以下、単に「複合材17」という。)における多孔質有機膜12(PTFE膜)の表面に対してプラズマ化したArガスを照射するアルゴンプラズマ処理を行って前処理とした。すなわち、グロー放電用の高周波コイルが巻かれた円筒型チャンバー(石英ガラス製:内径約25cm)内に、多孔質有機膜12の表面を上にして上記複合材17を配置した。次いで、真空ポンプでチャンバー内を10Pa以下となるまで真空減圧した。その後、チャンバー内に約40ml/分の流量でArガス(純度99.99%以上)を供給した。このとき、チャンバー内圧を2000Paで安定させた。そして、約500Wの出力でグロー放電を起こさせ、生じた低温プラズマにより3分間処理した。上記プラズマ処理終了後、チャンバー内より上記複合材17を取り出した。
【0043】
次に、多孔質無機膜14を形成するためのプリカーサ(液)として、市販のポリシラザン含有液(AZエレクトロニックマテリアルズ株式会社製品、商品名「アクアミカNN310」、ポリシラザン濃度1質量%、キシレン99質量%、ポリシラザンの数平均分子量:1500)を用意した。
上記複合材17におけるアルゴンプラズマ処理を行った多孔質有機膜12の表面を上記用意したプリカーサ液に30秒間浸漬し、ディップコーティングを行った。ディップコーティング後、一定の速度(例えば0.5mm/秒〜2.0mm/秒程度の引上げ速度)で複合材17を引き上げた。その後、かかる複合材17を乾燥炉に入れて、100℃の大気中で3時間乾燥させた。
【0044】
上記乾燥の後、コーティングされた面をプラズマ処理することにより、プリカーサ膜を無機化して多孔質無機膜を形成した。すなわち、グロー放電用の高周波コイルが巻かれた上記と同じ円筒型チャンバー内に、上記コーティング面を上にして上記複合材17を配置した。次いで、真空ポンプでチャンバー内を10Pa以下となるまで真空減圧した。その後、チャンバー内に約40ml/分の流量でOガス(純度99.99%以上)を供給した。このとき、チャンバー内圧を2000Paで安定させた。そして、約500Wの出力でグロー放電を起こさせ、生じた低温プラズマにより3分間処理した。上記プラズマ処理終了後、チャンバー内より上記複合材17を取り出した。
以上のようにして、支持体18に支持されたガス分離材10であって多孔質基材16上に多孔質有機膜12と多孔質無機膜14との二層構造のガス分離膜を備えたガス分離材10を作製した。
【0045】
<例2:有機蒸気およびガスの分離性能評価>
次に、上記例1により得られたガス分離材10を用いて有機蒸気および複数の無機系ガスの分離性能を評価した。
まず、図3に示されるように、上記ガス分離材10をSUS製のチューブ形状を有する取付け具32の先端部にセットして、試験用ジグ30Aを得た。ここで、かかるガス分離材10は、多孔質無機膜14が形成されている側の表面部が、ガス分離材10を透過する前の混合ガスと接触するように上記取付け具32に配置されている。分離対象の混合ガスが供給されると、所定のガス種がまずガス分離材10における多孔質無機膜14、次いで多孔質有機膜12、多孔質基材16、最後に該ガス分離材10を支持する支持体18の順で透過し、試験装置100(後述)に取り込まれるようになっている。また、かかる試験用ジグ30Aにおいて、上記取付け具32の先端部と上記ガス分離材10の周縁部との接触部分は、液状フッ素系エラストマー(信越化学株式会社製品、商品名「SIFEL(登録商標)2662」)を用いて封止し、シール部34を形成した。
【0046】
次に、図5に示されるような試験装置100を用いて上記ガス分離材10のガス分離性能を評価した。かかる試験装置100を用いて評価したいガスの透過率を測定する手順を説明する。また、評価対象の混合ガス(評価用混合ガス)として、水素(H)、ヘリウム(He)、窒素(N)、および二酸化炭素(CO)の無機系ガス、および有機蒸気としてトルエン(CCH)を用いた。
まず、上記評価用混合ガスの構成成分であるH、He、N、およびCOガスがそれぞれ別個に収容されたガス供給源42から各ガスをそれぞれ供給して、レギュレータ44でガス圧を調節しながら収容容器48に流入させる。かかる収容容器48内には、評価対象の有機蒸気に係る有機溶媒(すなわちCCH)が収容されており、バブラー46により80℃の温度下でバブリングされている。収容容器48に収容されて上記有機蒸気を含んだ上記評価用混合ガスは、SUS製の圧力容器52に供給される。この圧力容器52は、該容器52の外側にヒータ54を備えており、該圧力容器52内を高温雰囲気に調節することができる。本試験では、ヒータ54により圧力容器52内の温度を150℃となるように保持した。この圧力容器52内の圧力は、該容器52に付設されている背圧弁56を調節することにより0.5MPaに保持された。
【0047】
かかる圧力容器52内に供給された有機蒸気を含む評価用混合ガスは、該圧力容器52内に設置された試験用ジグ30A内にガス分離材10を介して透過していく。ここで、上述のように、試験用ジグ30Aにおけるガス分離材10は、その多孔質無機膜14側の表面が評価用混合ガスの導入口53と対向するように取付け具32に配置されており(図3参照)、圧力容器52内の上記評価用混合ガスは、ガス分離材10における多孔質無機膜14、多孔質有機膜12、多孔質基材16、次いで多孔質支持体18の順で透過していき、チューブ状の試験用ジグ30A内を流れていく。ここで、試験用ジグ30A内を流れる上記Heガスのガス圧は、図示しない圧力計により測定された。このとき、ガス分離材10の内外の差圧が0.1Paとなるようにした。上記試験用ジグ30A内を通って圧力容器52内から流出した上記評価用混合ガスは、4℃に設定されたコールドトラップ66内に供給される。ここで、評価用混合ガスに含まれていた有機蒸気は、このコールドトラップ66内で液化され、液体として捕集される。かかる捕集された有機蒸気の流量(透過量)を、上記コールドトラップ66の重量変化から求めた。有機蒸気以外の無機系ガスについては、コールドトラップ66内から流出して流量計(例えばセッケン膜流量計)68によりその流速を求めた。
【0048】
また、上記圧力容器52から流出した評価ガスの一部を、三方バルブ62により気体捕集容器64内に捕集した。この捕集容器64内の評価ガスをシリンジにて採取し、ガスクロマトグラフによって上記評価用混合ガスのガス組成を分析した。なお、評価ガスのガス分離材10への供給時間(すなわち評価時間)は6時間とした。
上記評価用混合ガスを構成するガスのそれぞれのガス透過率は、以下の式「Q=A/((Pr−Pp)・S・t)」から算出した。ここで、Qはガス透過率(mol/(m・s・Pa))、Aは透過量(mol)、Prは供給側、すなわち圧力容器52内の圧力(Pa)、Ppは透過側、すなわち試験用ジグ30A内の圧力(Pa)、Sは断面積(m)、tは時間(秒:s)を表す。この結果、
(1)水素透過率QH2;1.21×10−8[mol/(m・s・Pa)]
(2)ヘリウム透過率QHe;3.85×10−8[mol/(m・s・Pa)]
(3)窒素透過率QN2;1.34×10−9[mol/(m・s・Pa)]
(4)二酸化炭素透過率QCO2;1.95×10−9[mol/(m・s・Pa)]
(5)トルエン透過率QC6H5CH3;9.37×10−11[mol/(m・s・Pa)]
であった。
【0049】
次に、ヘリウムと二酸化炭素の分離係数(または選択率;He/CO)を、ヘリウム透過率QHeと二酸化炭素透過率QCO2との比率、すなわち式「αHe/CO2=QHe/QCO2」から算出した。ここでαHe/CO2は、水素/窒素分離係数(透過係数)を表す。
上記と同様にして、水素と二酸化炭素の分離係数(H/CO)、ヘリウムとトルエンの分離係数(He/CCH)、および水素とトルエンの分離係数(H/CCH)を算出した。この結果、ヘリウムと二酸化炭素の分離係数は19.7、水素と二酸化炭素の分離係数は6.21であった。また、ヘリウムとトルエンの分離係数は410、および水素とトルエンの分離係数は129であった。この結果より、上記例1で作製されたガス分離材10は、無機系ガス同士の選択分離性を好ましく有することが確認されるとともに、特に有機蒸気であるトルエンと無機系ガスとの選択分離性が高いことが確認された。
また、この評価試験の実施後、ガス分離材10を観察したところ、トルエンの蒸気によるガス分離材(特に多孔質有機膜12)の浸食や劣化(損傷)は認められなかった。このことにより、ガス分離材10をトルエン蒸気が透過するにあたり、多孔質有機膜12を透過する前に多孔質無機膜14によってトルエン蒸気の透過が抑制されたために、多孔質有機膜12とトルエン蒸気との接触が大幅に回避されて、該有機膜12の劣化が防止されることが確認された。
【0050】
<例3:水蒸気の分離性能評価>
次に、上記例1により得られたガス分離材10を用いて水蒸気の分離性能を評価した。
まず、水蒸気の分離性能の評価で用いられる試験用ジグ30Bは、図4に示されるように、図3に示される試験用ジグ30Aとは、ガス分離材10の配置の向きが異なる以外は同じ構成である。すなわち、このガス分離材10は、支持体18が形成されている側の表面部が、ガス分離材10を透過する前の混合ガスと接触するように上記取付け具32に配置されている。分離対象の混合ガスが供給されると、所定のガス種がまずガス分離材10を支持する支持体18、次いで多孔質基材16、多孔質有機膜12、最後に多孔質無機膜14の順で透過していき、試験装置100(後述)に取り込まれるようになっている。
【0051】
また、この評価試験で使用される評価装置についても、図5に示される評価装置100と異なる点は、ガス供給源42に収容されるガスが空気であること、および収容容器48に収容される液体が水(純水)であることのみである。また、水蒸気の透過率測定は、上記例2における上記評価用混合ガスに含まれる有機蒸気(トルエン)の透過率測定と同様にして行った。この結果、水蒸気の透過率は、2.22×10−10[mol/(m・s・Pa)であった。このことにより、かかるガス分離材10を用いることにより好ましい選択性を有して水蒸気を分離することができることが確認された。
以上より、上記のようなガス分離材を用いることにより、水蒸気を含む混合ガスから特定のガスを高い選択性を有して分離することができるとともに、ガス分離材を劣化させ得る有機蒸気を該分離材に透過させても、該分離材の劣化を好ましく防止することができることがわかった。
【0052】
以上、本発明を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、本発明は、さらに別の態様でも実施でき、その主旨を逸脱しない範囲で種々変更を加えうるものである。例えば、上記ガス分離材に係る有機層を膜形状に代えて、中空糸形状にすることも可能である。このような形状の有機層の外周側面に上記プリカーサを付与し、これを無機化して多孔質無機膜を積層化することにより得られるガス分離材は、高集積モジュールとして適用され得る。
【符号の説明】
【0053】
1A,1B 混合ガス
2 特定ガス
3 混在ガス
4 水蒸気
10 ガス分離材
12 多孔質有機膜
14 多孔質無機膜
16 多孔質基材
17 複合材
18 支持体
22 多孔質有機膜に臨む空間
24 多孔質無機膜に臨む空間
30A,30B 試験用ジグ
42 ガス供給源
44 レギュレータ
46 バブラー
48 収容容器
52 圧力容器
53 導入口
54 ヒータ
56 背圧弁
62 三方バルブ
64 気体捕集容器
66 コールドトラップ
68 流量計


【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質基材と、
該多孔質基材の表面に形成された有機膜であって水蒸気を透過しないガス透過性を有する有機膜と、
該有機膜の表面に形成された無機膜であって特定のガスを選択的に透過するガス分離を実現する多孔質な無機膜と、
を備えることを特徴とする、ガス分離材。
【請求項2】
前記多孔質基材が、被着体に対して貼付可能な粘着層を構成していることを特徴とする、請求項1に記載のガス分離材。
【請求項3】
前記有機膜は、フッ素系樹脂から構成されていることを特徴とする、請求項1または2に記載のガス分離材。
【請求項4】
前記無機膜は、Si−O結合および/またはSi−N結合を主体として構成されるケイ素化合物から構成されていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のガス分離材。
【請求項5】
多孔質基材と、有機膜と、無機膜とを備えたガス分離材を製造する方法であって:
多孔質基材と、該基材の表面に形成された有機膜であって水蒸気を透過しないガス透過性を有する有機膜とを備える複合材を用意する工程;
特定のガスを選択的に透過するガス分離を実現する多孔質な無機膜を形成するためのプリカーサを前記有機膜の表面に付与する工程;および
前記付与されたプリカーサを無機化する工程;
を包含することを特徴とする、ガス分離材の製造方法。
【請求項6】
前記プリカーサを無機化する工程は、酸化性ガスをプラズマ源として前記プリカーサを付与した表面に対して行うプラズマ処理工程を包含することを特徴とする、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記プリカーサは、少なくともSiを構成元素とするポリマーであることを特徴とする、請求項5または6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記プリカーサはSi−N結合を骨格とするシラザン化合物であることを特徴とする、請求項5〜7のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−240622(P2010−240622A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−95230(P2009−95230)
【出願日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】