説明

ガス電子増幅器、その製造方法及びガス電子増幅器を使用した放射線検出器

【課題】 長時間動作を継続しても安定して動作するガス電子増幅器、その製造方法及びガス電子増幅器を使用した放射線検出器を提供する。
【解決手段】 ドリフト電極100と捕集電極102との間には、板状多層体10が配置されており、この板状多層体10は、電子なだれ効果により電子増幅を行うガス電子増幅器として機能し、樹脂製の板状絶縁層12とこの板状絶縁層12の両面に被覆された平面状の金属層14、16とで構成されている。また、板状多層体10には、金属層14、16の平面に垂直な壁を有し、電界を集束させるための貫通孔構造18が複数形成されている。また、これらの構成要素を収容するチャンバ104内には、所定の検出用ガスが充填されている。チャンバ104内に侵入した電子は、貫通孔構造18において増幅され、捕集電極102で検出されて検出信号を検出部22が受け取る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス電子増幅器、その製造方法及びガス電子増幅器を使用した放射線検出器の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、荷電粒子、ガンマ線、X線、中性子または紫外光等の電離放射線を検出する装置としてガス電子増幅器(Gas Electorn Multiplier 略してGEM)が使用されている。これらの検出装置は、検出対象の放射線がチャンバ内に侵入すると、ガス電子増幅器が電子なだれ効果による電子増幅を行い、放射線を検出する構成となっている。
【0003】
図7には、従来のガス電子増幅器を使用した放射線検出器の概略構成例の断面図が示される。図7において、放射線検出器はドリフト電極100と捕集電極102との間に、板状多層体10が配置されている。この板状多層体10は、電子なだれ効果により電荷増倍を行うガス電子増幅器として機能し、樹脂製の板状絶縁層12とこの板状絶縁層12の両面に被覆された平面状の金属層14、16とで構成されている。また、板状多層体10には、電界を集束させるための貫通孔構造18が複数形成されている。また、これらの構成要素を収容するチャンバ104内には、所定の検出用ガスが充填されている。
【0004】
このような放射線検出器においては、電源部20から金属層14、16及びドリフト電極100に所定の電圧が印可され、ドリフト電極100と金属層14との間に電界Eが、貫通孔構造18の内部(金属層14と金属層16との間)に電界Eが、金属層16と捕集電極102との間に電界Eが発生する。図7に示されるように、貫通孔構造18の内部で電界Eが収束され、ここに侵入した電子が加速されることにより電子なだれ効果が生じる。これにより増倍された電子を捕集電極102で検出し、検出信号を検出部22が受け取って、各種検出データを演算する。
【0005】
例えば、下記特許文献1及び特許文献2にも、ガス電子増幅器の例が開示されている。
【特許文献1】特表2001−508935号公報
【特許文献2】特開2005−32634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記従来の技術においては、図4に示されるように、ガス電子増幅器に使用される板状多層体10に形成された貫通孔構造18の内壁に突出部24が存在する。この突出部24により貫通孔構造18の内壁にテーパが生じ、このテーパ面には、ガス電子増幅器の動作時間の経過に伴い、陽イオンが蓄積する。このため、ある時間ガス電子増幅器の動作を継続すると、上記堆積物にチャージされた電荷が不規則に放電され、ガス電子増幅器の動作が不安定になり、破損する可能性もあるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、長時間動作を継続しても安定して動作するガス電子増幅器、その製造方法及びガス電子増幅器を使用した放射線検出器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、ガス電子増幅器であって、検出用ガスが充填されたチャンバと、前記チャンバに収容され、樹脂製の板状絶縁層とこの板状絶縁層の両面に被覆された平面状の金属層とにより構成された板状多層体と、前記板状多層体に設けられ、前記金属層の平面に垂直な内壁を有する貫通孔構造と、を備えることを特徴とする。
【0009】
また、上記管構造の内壁は、表面粗度が4μm以下であり、且つ内壁にテーパを生じさせる突出部の高さが、板状絶縁層の厚さに対して15%以下であることが好適である。
【0010】
また、本発明は、上記ガス電子増幅器を使用した放射線検出器であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明は、ガス電子増幅器の製造方法であって、樹脂製の板状絶縁層の両面に平面状の金属層を被覆し、前記金属層を所定パターンでエッチングし、前記パターンに従って、前記樹脂製の板状絶縁層を、前記金属層の平面に垂直に板状絶縁層の厚さの40%程度までプラズマエッチングを行い、レーザ光を照射して、前記板状絶縁層の上記エッチングした残りの部分を除去し、前記金属層の平面に垂直な壁を有する貫通孔を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、板状多層体に設けられた貫通孔構造の内壁が、金属層の平面に垂直に形成されているので、陽イオンの蓄積を抑制できる。このため、長時間動作を継続しても安定して動作するガス電子増幅器を達成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態という)を、図面に従って説明する。
【0014】
図1には、本発明にかかるガス電子増幅器を使用した放射線検出器の概略構成例の断面図が示され、図7と同一要素には同一符号が付されている。図1において、放射線検出器はドリフト電極100と捕集電極102との間に、板状多層体10が配置されている。この板状多層体10は、電子なだれ効果により電子増幅を行うガス電子増幅器として機能し、樹脂製の板状絶縁層12とこの板状絶縁層12の両面に被覆された平面状の金属層14、16とで構成されている。また、板状多層体10には、電界を集束させるための貫通孔構造18が複数形成されている。また、これらの構成要素を収容するチャンバ104内には、所定の検出用ガスが充填されている。この検出用ガスとしては、一般に希ガス+クエンチャーガスの組合せが使用される。希ガスとしては、例えばHe、Ne、Ar、Xe等がある。また、クエンチャーガスとしては、例えばCO、CH、C、CF等がある。また、希ガス中へのクエンチャーガスの混合量は、5〜30%が好適である。
【0015】
上記板状絶縁層12の材料としては、例えばポリイミド等の樹脂材料を使用することができる。また、貫通孔構造18の内部に電界を発生させる電極として機能する金属層14、16の材料としては、例えば銅等を使用することができる。
【0016】
本実施形態にかかる放射線検出器においても、電源部20から金属層14、16及びドリフト電極100に所定の電圧が印可され、ドリフト電極100と金属層14との間に電界Eが、貫通孔構造18の内部に電界Eが、金属層16と捕集電極102との間に電界Eが発生する。また、板状多層体10の貫通孔構造18において増倍された電子は、捕集電極102で検出し、検出信号を検出部22が受け取って、各種検出データを演算する構成となっている。
【0017】
本実施形態において特徴的な点は、貫通孔構造18の内壁が、金属層14、16の平面(表面)に垂直に形成されている点である。これにより、貫通孔構造18の内壁に陽イオンが蓄積されることを抑制でき、蓄積された電荷の不規則な放電を回避できるので、ガス電子増幅器を長時間使用しても安定して動作させることができる。
【0018】
また、上記貫通孔構造18の内壁は、表面が滑らかなほど堆積物が生じにくい。そこで、貫通孔構造18の内壁の表面粗度が4μm以下であることが好適である。
【0019】
なお、貫通孔構造18の内壁を構成する板状絶縁層12には、突出部24が生じる場合がある。この突出部24は、貫通孔構造18の内壁に、陽イオンを蓄積させるテーパを生じさせる。そこで、本実施形態においては、この突出部24の高さが所定の値以下となるように貫通孔構造18を形成する。図2には、貫通孔構造18の内壁を構成する板状絶縁層12に生じた突出部24の説明図が示される。図2において、板状絶縁層12の厚さをaとし、突出部24の高さすなわち板状絶縁層12に形成された貫通孔構造18の出入口の端部から突出部24の頂上までの距離をbとすると、bがaの15%以下となるように貫通孔構造18の加工を行う。
【0020】
図3には、貫通孔構造18の内壁を金属層14、16の平面に垂直に形成した本実施形態のガス電子増幅器と、貫通孔構造18の内壁にテーパが存在する従来のガス電子増幅器との電子増幅度の安定性の比較試験の結果が示される。なお、本実施形態のガス電子増幅器においては、貫通孔構造18は円筒形の貫通孔とした。図3において、横軸はガス電子増幅器を構成する板状多層体10の金属層14、16に高電圧を印可してからの経過時間すなわちガス電子増幅器の動作時間であり、縦軸は相対的な電子増幅度である。ここで、電子増幅度は、公知の標準X線源(Fe55)を用い、X線が光電吸収したときの初期の電子の数を計算で求め、増幅後の電荷量との比から算出した。
【0021】
図3から分かるように、従来のガス電子増幅器では、動作時間の経過に伴い電子増幅度が徐々に高く変化している。これは、動作時間の経過とともに貫通孔構造18の内壁のテーパ部分に陽イオンが蓄積し、貫通孔構造18内の電界強度が徐々に上昇するためと考えられる。このため、ガス電子増幅器の電子増幅度が安定せず、放射線等の測定精度が低下するとともに、ある時点で堆積物にチャージされた電荷が不規則に放電されてガス電子増幅器の動作も不安定になる。
【0022】
一方、本実施形態にかかるガス電子増幅器では、貫通孔構造18の内壁のテーパがなく、しかも内壁の表面粗度も低いので、電荷蓄積性を有する堆積物が生じない。このため、図3に示されるように、動作時間が経過しても、電子増幅度が安定している。従って、放射線等の測定精度を高くできるとともに、堆積物にチャージされた電荷の放電によりガス電子増幅器の動作が不安定となることも回避できる。
【0023】
図4には、本実施形態にかかるガス電子増幅器を使用したX線の二次元画像検出器の構成例の断面図が示される。図4において、ドリフト電極100と捕集電極102との間に、板状多層体10が配置されており、ドリフト電極100と板状多層体10を構成する銅製の金属層14、16とには、電源部20から所定の電圧が印可される。また、検出部22は、各画素毎に薄膜トランジスタ(TFT)24を備え、画素毎の検出信号を出力する構成となっている。また、上記各構成要素を収容するチャンバ104内には、検出用ガスとして、アルゴン(Ar)中に二酸化炭素(CO)30%を混合した混合ガスが充填されている。
【0024】
本実施形態においては、X線がチャンバ104内に侵入すると、検出用ガスに作用して電子が発生する。この電子が板状多層体10で加速され、電子なだれ効果により100倍から10万倍程度に電子増幅されて検出部22で検出される。これにより、X線の高い検出効率と鮮明な画像を達成できる。本実施形態にかかるX線の二次元画像検出器は、例えば医療用X線撮影装置、CT装置、線量モニタに搭載される検出器等に適用できる。
【0025】
図5(a)、(b)には、本実施形態にかかるガス電子増幅器を使用した光検出器の構成例の断面図が示され、図4と同一要素には同一符号が付されている。
【0026】
図5(a)において、ドリフト電極100と捕集電極102との間には、板状多層体10が電界発生方向に1層または複数層配置されており、ドリフト電極100側の板状多層体10の金属層14上には、光電層26が形成されている。チャンバ104中に紫外光または可視光等の光が侵入すると、この光電層26により光電子が発生し、板状多層体10に形成された貫通孔構造18の内部の電界で電子増幅が行われる。増幅された電子は、図4の場合と同様に、検出部22で検出される。なお、板状多層体10が複数層配置されている場合には、各板状多層体10は、貫通孔構造18の軸が略一致するように配置されるのが好適である。
【0027】
また、図5(b)に示された例では、光電層26が入射窓の内側面に形成されている。チャンバ104中に紫外光または可視光等の光が侵入すると、この光電層26により光電子が発生し、その後図5(a)と同様な原理により増幅された電子が検出部22で検出される。
【0028】
以上に述べた図5(a)、(b)の例では、板状多層体10が2層形成されていたが、これを1層とすることもできる。
【0029】
図6(a)〜(e)には、本実施形態にかかるガス電子増幅器の製造方法の工程図が示される。図6(a)において、例えば50ミクロン厚みのポリイミド製の板状絶縁層12の両面に平面状の金属層14、16を被覆し、金属層14、16の表面に前処理を施してからレジスト層28を形成する。なお、金属層14、16は例えば銅により形成する。また、レジスト層28としては、例えばドライフィルムレジスト(旭化成株式会社製AQ2558)を使用することができる。
【0030】
次に、図6(b)において、レジスト層28を貫通孔構造18の配置に合わせてパターンニングし、次いで金属層14、16にも上記パターンに合わせて開口する。上記パターンニングは、例えば所定のパターンの露光用マスクを用い、露光量60mJ/cmで真空密着露光を行い、その後1%の炭酸ソーダを用いて現像を行うことにより実施できる。また、金属層14、16の開口の形成は、金属層14、16が銅製である場合、例えば塩化第二鉄液にてエッチングすることにより実施できる。
【0031】
次に、図6(c)において、例えば3%の水酸化ナトリウム水溶液等でレジスト層28を除去し、図6(d)において、プラズマエッチング法により板状絶縁層12を、厚さの40%程度までエッチングして孔を形成する。この際、エッチングにより形成される孔の壁は、金属層14、16の平面(表面)に垂直になるようにエッチングを制御する。また、上記プラズマエッチングの条件は、ガス比SF:0.05、N:0.10、O:1.0、RF出力2.1kWにて表裏30分ずつ実施する。
【0032】
次に、図6(e)において、COレーザ等のレーザ光を照射して、板状絶縁層12の上記エッチングした残りの部分を除去して貫通させ、貫通孔構造18を形成する。レーザ光により貫通させる場合にも、貫通孔構造18の壁が金属層14、16の平面に垂直になる方向にレーザ光を照射する。このように、図6(d)、(e)に示される加工工程で貫通孔構造18を形成すると、貫通孔構造18の壁を金属層14、16の平面に垂直とすることができ、図7に示されたテーパの発生を抑制できるとともに、金属層14、16の下側まで板状絶縁層12が削られてしまういわゆるオーバハングも回避できる。
【0033】
さらに、図6(e)で形成された貫通孔構造18の壁は、表面仕上げ工程により表面粗度を向上させるのが好適である。これにより、ガス電子増幅器の動作中に貫通孔構造18の壁に電荷蓄積性の堆積物が発生することをさらに抑制できる。
【0034】
上記表面仕上げ工程は、まず図6(d)と同様の条件でプラズマエッチングを表裏より3分ずつ行い、貫通孔構造18の壁に付着した煤状の物質を除去する。この煤状の物質は、図6(e)の工程で、板状絶縁層12に貫通孔を形成するためのレーザ光の照射等により発生する場合がある。
【0035】
次に、過マンガン酸系溶液または水酸化ナトリウム水溶液等で貫通孔構造18の壁の表面を処理し、表面の平滑度を向上させる。この場合の貫通孔構造18の壁の表面粗度は4μm以下となる。この過マンガン酸系溶液または水酸化ナトリウム水溶液による表面処理は、例えばメルテック社製エンプレートMLBホールクリーニングプロセスにて実施できる。
【0036】
以上に述べた本実施形態にかかるガス電子増幅器の製造方法によれば、貫通孔構造18の内壁の表面粗度を4μm以下とできる。また、貫通孔構造18の内壁に突出部24が生じても、その高さを板状絶縁層12の厚さの15%以下とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明にかかるガス電子増幅器を使用した放射線検出器の概略構成例の断面図である。
【図2】図1に示された貫通孔構造の内壁を構成する板状絶縁層に生じた突出部の説明図である。
【図3】本発明にかかるガス電子増幅器と従来におけるガス電子増幅器との電子増幅度の安定性の比較試験の結果を示す図である。
【図4】本発明にかかるガス電子増幅器を使用したX線の二次元画像検出器の構成例の断面図である。
【図5】本発明にかかるガス電子増幅器を使用した光検出器の構成例の断面図である。
【図6】本発明にかかるガス電子増幅器の製造方法の工程図である。
【図7】従来におけるガス電子増幅器を使用した放射線検出器の概略構成例の断面図である。
【符号の説明】
【0038】
10 板状多層体、12 板状絶縁層、14、16 金属層、18 貫通孔構造、20 電源部、22 検出部、24 薄膜トランジスタ、26 光電層、28 レジスト層、100 ドリフト電極、102 捕集電極、104 チャンバ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出用ガスが充填されたチャンバと、
前記チャンバに収容され、樹脂製の板状絶縁層とこの板状絶縁層の両面に被覆された平面状の金属層とにより構成された板状多層体と、
前記板状多層体に設けられ、前記金属層の平面に垂直な内壁を有する貫通孔構造と、
を備えることを特徴とするガス電子増幅器。
【請求項2】
請求項1記載のガス電子増幅器において、前記管構造の内壁は、表面粗度が4μm以下であり、且つ前記内壁にテーパを生じさせる突出部の高さが、前記板状絶縁層の厚さに対して15%以下であることを特徴とするガス電子増幅器。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載のガス電子増幅器を使用した放射線検出器。
【請求項4】
ガス電子増幅器の製造方法であって、
樹脂製の板状絶縁層の両面に平面状の金属層を被覆し、
前記金属層を所定パターンでエッチングし、
前記パターンに従って、前記樹脂製の板状絶縁層を、前記金属層の平面に垂直に板状絶縁層の厚さの40%程度までプラズマエッチングを行い、
レーザ光を照射して、前記板状絶縁層の上記エッチングした残りの部分を除去し、前記金属層の平面に垂直な壁を有する貫通孔を形成することを特徴とするガス電子増幅器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−302844(P2006−302844A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−126980(P2005−126980)
【出願日】平成17年4月25日(2005.4.25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(505153199)サイエナジー株式会社 (5)
【Fターム(参考)】