説明

ガラス母材用加熱炉

【課題】炉内のアーク放電の発生が抑制されたガラス母材用加熱炉を提供する。
【解決手段】ガラス母材が供給される炉心管と、該炉心管を囲む円筒状の上下端から交互にスリット7を入れたスリットヒータ4と、該スリットヒータの外側を囲む断熱材と、全体を囲む炉筐体とを備えたガラス母材用加熱炉であって、スリットヒータ4と炉心管3、若しくはスリットヒータ4とスリットヒータに最も近い導電性部材との間隔をD、この間隔の電界の最大値をE1、スリットヒータのスリット数をN、スリットヒータのスリット幅をS、スリット間の電界の最大値をE2としたとき、E1≧E2となるように、前記D、N、Sの値を設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス母材を延伸、線引き等を行うために加熱する、ガラス母材用加熱炉に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス母材用加熱炉について、光ファイバの線引き炉を例に説明する。特許文献1に示されるように(図1参照)、光ファイバ線引き炉では、吊下げ支持される光ファイバ母材2の下部を加熱し、加熱溶融により細径となった下端から光ファイバ2aを溶融垂下させて所定の外径となるように線引きされる。このための線引き炉1は、光ファイバ母材2が供給される炉心管3を囲むようにして、加熱用の円筒状ヒータ4を配し、この円筒状ヒータ4の熱が外部に放散されないように断熱材5で囲い、その外側全体を炉筐体6で囲って構成される。
【0003】
炉筐体6は、ステンレス等の耐食性に優れた金属で形成され、断熱材5により円筒状ヒータ4の熱で温度上昇しないようにする以外に、冷却水路等を設けて冷却することができる。これにより、炉筐体6は、稼動時においても、熱膨張による寸法の変動は実質的にない状態とすることができる。また、円筒状ヒータ4および断熱材5などのカーボン部品が酸化による劣化を起こさないように、炉筐体6内には、ヘリウム(He)ガスやアルゴン(Ar)ガス、窒素(N)ガス等の不活性ガスが供給される。
【0004】
円筒状ヒータ4は、例えば、カーボンの電気抵抗体からなる円筒体に、上下端側から交互にスリット7を入れて、上下方向に蛇行する発熱部8を有するスリットヒータで形成され、一方の端部に電力供給用の少なくとも一対の端子部の9a,9bを有している。一対の端子部9aと9bは、180°離れた対抗位置に設けられ、炉筐体6に支持固定されている給電部10に電気的、機械的に接続して設置される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許3377131号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した線引き炉で、円筒状ヒータ(以下、スリットヒータという)4の通電電力(電圧)を上げて所定の加熱温度にしていくとき、炉心管3とスリットヒータ4、若しくはスリットヒータ4とスリットヒータに最も近い導電性部材との間で、アーク放電を発生することがある。このアーク放電は、特に炉筐体6内に供給する不活性ガスにArガスを使用している場合に生じやすいことが分かっているが、Heガスを使用する場合でも、通電電力(電圧)を大きくすると同様なアーク発生を生じる。一旦、アーク放電が生じると、放電経路に電気が流れてしまうため、スリットヒータに電気が適切に流れなくなり、加熱昇温が妨げられ、光ファイバの線引きができなくなる。また、放電による過電流により設備が損傷を受けることがある。
【0007】
本発明は、上述した実状に鑑みてなされたもので、炉心管とスリットヒータ間におけるアーク放電の発生が抑制されたガラス母材用加熱炉の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によるガラス母材用加熱炉は、ガラス母材が供給される炉心管と、該炉心管を囲む円筒状の上下端から交互にスリットを入れたスリットヒータと、スリットヒータの外側を囲む断熱材と、全体を囲む炉筐体とを備えたガラス母材用加熱炉であって、スリットヒータと炉心管、若しくはスリットヒータとスリットヒータに最も近い導電性部材との間隔をD、この間隔の電界の最大値をE1、スリットヒータのスリット数をN、スリットヒータのスリット幅をS、スリット間の電界の最大値をE2としたとき、E1≧E2となるように、前記D、N、Sの値を設定することを特徴とする。
【0009】
前記のスリットヒータが単相用スリットヒータである場合は、スリットヒータのスリット幅Sを8×(D/N)以上とし、スリットヒータが3相用スリットヒータである場合は、スリットヒータのスリット幅Sを9×(D/N)以上、好ましくは、スリット幅Sを12×(D/N)以上とする。
なお、スリットヒータのスリット幅Sは、少なくともスリットヒータの端子部近傍のスリットで満足されていればよい。また、上記のガラス母材用加熱炉は、炉筐体内にアルゴンガス、若しくは窒素ガスが流入されている場合には、より効果的である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ガラス母材の大きさ等でスリットヒータの大きさや炉心管とスリットヒータとの間隔等が予め設定されているとき、スリットヒータのスリット幅を大きくするだけの簡単な構成変更により、スリットヒータと炉心管、若しくはスリットヒータとスリットヒータに最も近い導電性部材との間でのアーク放電の発生を効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明で対象とする一つの例である光ファイバ線引き炉の概略を説明する図である。
【図2】本発明によるスリットヒータについて説明する図である。
【図3】図2の端子部分の拡大図である。
【図4】スリットヒータの給電時の電界強度について説明する図である。
【図5】単相用スリットヒータのスリット幅と放電電圧および放電電力の関係を説明する図である。
【図6】3相用スリットヒータのスリット幅と放電電圧との関係を説明する図である。
【図7】スリットヒータに対する印加電圧の状態を説明する模擬回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図により本発明の実施の形態を説明する。なお、以下では主に単相用スリットヒータを例に説明するが、3相用スリットヒータも、電極部の配設位置以外は、単相スリットヒータと同じ構造であり、ヒータ自体は加熱炉の同じ位置に配置することになる。図1(A)は、本発明で使用される光ファイバ線引き炉の一例を説明する図で、図1(B)はスリットヒータの一例を示す図である。図において、1は線引き炉、2は光ファイバ母材、2aは光ファイバ、3は炉心管、4はスリットヒータ、5は断熱材、6は炉筐体、7はスリット、8は発熱部、9a,9bは端子部、10は給電部を示す。
【0013】
光ファイバの線引きは、図1(A)に示すように、吊下げ支持される光ファイバ母材2の下部を加熱し、加熱溶融により細径となった下端から光ファイバ2aを溶融垂下させて所定の外径となるように線引きして行われる。このための線引き炉1は、光ファイバ母材2が供給される炉心管3を囲むようにして、加熱用のカーボン抵抗体で形成された円筒状のスリットヒータ4を配し、このスリットヒータ4の熱が外部に放散されないように断熱材5で囲い、その外側全体を炉筐体6で囲って構成される。
【0014】
光ファイバ母材2は、母材供給機構(図示省略)により吊り下げ支持され、光ファイバの線引きの進行にしたがって下方に順次移動制御される。炉筐体6は、ステンレス等の耐食性に優れた金属で形成され、中心部に、例えば、高純度のカーボンで形成された円筒状の炉心管3が配される。炉筐体6は、断熱材5によりスリットヒータ4の熱で温度上昇しないようにする以外に、図では省略しているが、冷却水路等を設けて冷却することができる。これにより、炉筐体7は、熱膨張による寸法の変動は実質的にない状態とすることができる。また、炉筐体6内に、スリットヒータ4および断熱材5が酸化による劣化を起こさないようにAr,NガスやHeガス等の不活性ガスが供給される。
【0015】
スリットヒータ4は、詳細については後述するが図1(B)に示すように、カーボンの電気抵抗体からなる円筒体に、上下端側から交互にスリット7を入れて、上下方向に蛇行する発熱部8を有する円筒形状で形成される。単相用の場合は、このスリットヒータ4の一方の端部(本例では下端部)に電力供給のための少なくとも一対の端子部9aと9bが180°離れた対抗位置に設けられ、炉筐体6に絶縁体を介して設けられた給電部10に、接続固定される。すなわち、給電部10は、スリットヒータ4に電力を供給する以外に、スリットヒータ4を固定支持する機能を備える。なお、3相用の場合は、上記端子部が互いに120°離れた位置に3箇所設けられる(3相デルタ結線)ことになる。
【0016】
本発明は、上述した光ファイバの線引き炉1のスリットヒータ4の部分に特徴を有するもので、その詳細を図2以下により説明する。図2(A)は単相用で、図2(B)のX−Xで破断した状態の斜視図、図2(B)は上面から視た図、図2(C)は3相用の例を示す図である。図3は図2(B)(C)の端子部分の拡大図である。
【0017】
スリットヒータ4の概略は、図1(B)で説明した通りであるが、本発明では、スリットヒータ4と炉心管3、若しくはスリットヒータ4とスリットヒータに最も近い導電性部材との間隔をDとし、この間隔の電界の最大値をE1、スリットヒータのスリット数をN、スリットヒータのスリット幅をS、スリット間の電界の最大値をE2としたとき、E1≧E2となるように、上記のD、N、Sの値を設定することを特徴とする。単相用スリットヒータの場合は、後述するようにスリット7の幅Sを8×(D/N)以上とし、3相スリットヒータの場合は、スリット7の幅Sを9×(D/N)以上、好ましくは12×(D/N)以上とする。
【0018】
なお、通常は炉心管がスリットヒータに最も近い導電性部材であり、Dは炉心管とスリットヒータとの間の距離になるため、以下では、炉心管との距離をDとして説明する。また、ここで言うスリット数Nは、スリットヒータ4に交互に入れられたスリットの総数とする。
また、スリットヒータ4と炉心管3、若しくはスリットヒータ4とスリットヒータに最も近い導電性部材との間に生じるアーク放電は、端子部9a〜9cの近傍のMで示す領域に多く発生することから、この端子部の近傍のスリット、例えば、端子部9a〜9cの両側の下方から入れたスリット7bが上記の条件を満たすようにされていることが好ましい。
【0019】
まず初めに、図2(A)(B)に示す単相用スリットヒータの場合について説明する。スリット7は、発熱部8の上方から入れるスリット7aと下方から入れるスリット7bを交互に入れて、上下方向に蛇行させて所定の抵抗長を得ることができる。端子部9a,9bは、例えば、上方から入れたスリット7aの下端側に形成され、両側の端子部に単相3線式電源の接地されていない両端の電位線が接続される。また、炉心管3は、通常ゼロ電位(接地電位)が与えられるので、炉心管3とスリットヒータ4との間には電位差による電界が生じる。スリットヒータ4では、端子部9a,9bの一方で最も電位が高く、他方で最も低くなるため、炉心管3との電位差は、この端子部9a,9bにおいて、最も大きくなる。
【0020】
また、スリットヒータ4は抵抗体であり、蛇行する長手方向に電圧降下が生じるため、スリットに向かい合う間(スリット間)にも電界が発生する。このスリット間、及びスリットヒータと炉心管との間の電界の発生状態を調べると、図2(A)に示すスリットヒータ4の下部位置L(例えば、ヒータ高さの1/4の位置)と上部位置H(例えば、ヒータ高さの3/4の位置)とで異なる態様となる。
図4は、最大電位が加わった際の高電位側の端子部に隣接するスリット7b部分の電界の等電位線を示したもので、図4(A)がスリットヒータ4の下部位置Lの電界の状態を示し、図4(B)がスリットヒータ4の上部位置Hの電界の状態を示している。
【0021】
この等電位線に示すように、スリットヒータ4の下部位置Lでのスリット7bの電界強度の方が、上部位置Hでのスリット7bの電界強度よりも大きく(等電位線が密 )、上部位置Hでのスリット7bの電界強度は小さく(等電位線が疎 )なっていることが分かる。このように下部位置Lで電界強度が大きくなるのは、スリットに向かい合う間のスリットヒータの電位差が、このような下方から入れられたスリットの場合には、下部位置(端子部の近傍 )で最も大きくなるためである。
【0022】
上記したように、端子部9a,9b近傍で、スリットヒータと炉心管との電位差が最も大きくなるので、スリットヒータの周方向で考えると、端子部9a,9b近傍で、最も電界強度は大きくなる。このように、スリットの間、及びスリットと炉心管との間の電界強度が端子部9a,9bの近傍で最も大きくなるため、端子部9a,9b近傍で、のアーク放電が生じ易くなっていると言える。このため、特に、端子近傍のスリット7のスリット幅Sを大きくする(広げる)ことで、スリットの間の電界強度を弱めて放電が起こりにくくし、炉心管へのアーク放電の発生を低減させることが可能となる。また、スリット7の角部の電界強度が最も高くなるため、この電界強度を緩和するには、スリット7の角部に丸みR(図3参照 )をつけることも有効であり好ましい。
【0023】
また、炉心管3とスリットヒータ4との間の電界強度は、端子部9a,9bから離れるに従って弱くなるため、端子部9a,9b以外の箇所ではアーク放電は発生しにくい(端子部近傍で放電しなければ、他の箇所で放電することは無い)。このため、端子部9a,9bの近傍のみのスリット幅Sを広げることで、アーク放電の発生を低減させることができる。しかし、一部のスリット幅のみを広げると、円筒状のスリットヒータによる抵抗加熱の均一性が損なわれる場合がある。このため、スリット幅は、全てのスリットで一様に揃えた幅とするのが、加熱特性的には好ましい。
また、スリットの間の電界強度は、スリットの開口端側が最も大きくなるので、開口端側のスリット幅を広げた形状のスリット、すなわち、テーパ状(V字状)のスリットであってもよい。
【0024】
図5は、外径120mm光ファイバ母材の線引きに際して、炉心管と単相用スリットヒータとの間隔Dを10mmとし、スリットヒータのスリット数Nを20とした線引き炉を用いて、スリット幅Sを変えたときのアーク放電発生の試験を行った結果を示す図であり、炉心管と単相用スリットヒータとの間でアーク放電が生じるときの、端子部に給電した電圧および電力を測定したものである。なお、炉筐体内に流すガスとしてはArガスを用いている。
【0025】
図5(A)は、スリット幅と放電を生じる放電電圧の関係を示し、スリット幅が4mm未満では1次関数(点線部分)で示され、放電電圧はスリット幅に比例することが分かる。図5(B)は、スリット幅と放電を生じる放電電力の関係を示し、スリット幅が4mm未満では2次関数(点線部分)で示され、放電電力はスリット幅に対し、2次関数で増大することが分かる。いずれの場合も、スリット幅が4mm以上ではスリット幅を大きくしても、放電電圧、放電電力はほとんど増加しない。このスリット幅の閾値(この場合4mm)は、炉心管とスリットヒータとの間隔Dやスリット数Nの他、ガスの種類等により変動し、単相用スリットヒータで、炉内ガスがArガスの場合、閾値となるスリット幅Sは8×(D/N)となる。スリット幅をこの閾値以上とすることにより、安定した線引きを行うことが可能となる。
なお、閾値が上記した値になる理由は、以下のように説明できる。
【0026】
図7(A)は、単相用スリットヒータの抵抗回路を模擬的に示した図である。2つの端子部9aと9b間は、スリット数Nに分割される抵抗素子rとすると、r×(N/2)からなる直列抵抗を2つ並列接続した形態となる。端子間9aと9b間に加えられる電圧が、対地電圧をVとする単相3線式電源の両端側の+電位と−電位であるとすると、「2V」となる。したがって、隣接する2つの抵抗素子間のスリット間電圧(電位差)は、抵抗素子2個分の分圧値であることから「2V×[2r÷r(N/2)]」=8V/Nとなる。スリット幅がSであるとすると、このスリット間における電界(E2)は、(8V/N)/Sとなる。
【0027】
一方、スリットヒータと直近の導電性部材(炉心管を含む)は、ゼロ電位(接地電位)であることから、スリットヒータと直近の導電性部材との間(間隔D)には、V/Dの電界(E1)が生じる。
スリットヒータと直近の導電性部材との間の放電が、スリット構造の影響を受けない為には、E1≧ E2 となればよく、すなわち、V/D ≧(8V/N)/S、→「S≧8D/N」となる。
【0028】
図5の測定結果から、炉心管と単相用スリットヒータとの間隔Dを10mm、スリットヒータのスリット数Nを20とし、炉内ガスをArガスとした場合の線引き炉で、例えば、スリットヒータのスリット幅Sを3mmとすると、放電電圧45V程度または放電電力40kW程度でアーク放電が発生し、光ファイバ線引きが可能な温度への加熱ができなくなることがわかる。しかし、例えば、スリットヒータのスリット幅Sを5mmとすると、放電電圧50Vあるいは放電電力60kWでもアーク放電は発生せず、光ファイバ線引きが可能な温度への加熱ができ、良好に光ファイバ線引きを行うことが可能となる。
【0029】
次に、3相用スリットヒータの場合について説明する。3相用スリットヒータは、単相用スリットヒータと同様に、端子部で炉心管との電位差が最大になる点、スリットの開口端側でスリット間の電界が最も高くなる点、等も同じであるため、単相用スリットヒータと重複する説明は割愛する。
3相用スリットヒータは、図2(C)に示すように、3つの端子部9a,9b,9cが120°の間隔で設ける以外は、単相用スリットヒータと同様で、上方から入れるスリット7aと下方から入れるスリット7bを交互に入れて、上下方向に蛇行させて所定の抵抗長を得る。また、炉心管3に対して、ゼロ電位(接地電位)が与えられるとすれば、炉心管3とスリットヒータ4との間には電位差による電界が生じる。3相用のスリットヒータ4では、端子部9a,9b,9cのいずれかが最も電位が高く、炉心管3との電位差が最も大きくなる。
【0030】
図6は、外径120mmの光ファイバ母材の線引きに際して、炉心管と3相用スリットヒータとの間隔Dを10mmとし、スリットヒータのスリット数Nを18とした線引き炉を用いて、スリット幅Sを変えたときのアーク放電発生の試験を行った結果を示す図であり、炉心管と3相用スリットヒータとの間でアーク放電が生じるときの、端子部に給電した相電圧を測定したものである。なお、炉筐体内に流すガスとしてはArガスを用いている。
【0031】
スリット幅と放電を生じる放電電圧の関係は、スリット幅が5mm未満では1次関数(点線部分)で示され、放電電圧はスリット幅に比例することが分かる。スリット幅が5mm以上になると、比例からは若干外れ、スリット幅6.7mm以上ではスリット幅を大きくしても、放電電圧はほとんど増加しない。このスリット幅の2つの閾値(この場合、5mmと6.7mm)は、炉心管とスリットヒータとの間隔Dやスリット数Nの他、ガスの種類等により変動し、3相用スリットヒータで、炉内ガスがArガスの場合、閾値となるスリット幅Sは、各々9×(D/N)、及び12×(D/N)に相当する。スリット幅をこの閾値以上とすることにより、安定した線引きを行うことが可能となる。
なお、閾値が上記した値になる理由は、以下のように説明できる。
【0032】
図7(B)は、3相用スリットヒータの抵抗回路を模擬的に示した図である。3つの端子部9aと9c間、9bと9c間、9cと9a間は、スリット数Nに分割される抵抗素子rとすると、r×(N/3)の直列抵抗を3相Δ結線した形態となる。それぞれの端子間に加えられる電圧は、対地電圧をVとすると、√3Vとなる。したがって、隣接する2つの抵抗素子間のスリット間電圧(電位差)は、抵抗素子2個分の分圧値であることから、「√3V×[2r÷r(N/3)]」=6√3V/Nとなる。スリット幅がSであるとすると、このスリット間における電界(E2)は、(6√3V/N)/Sとなる。
【0033】
一方、スリットヒータと直近の導電性部材(炉心管を含む)は、ゼロ電位(接地電位)であることから、スリットヒータと直近の導電性部材との間(間隔D)には、V/Dの電界(E1)が生じる。
スリットヒータと直近の導電性部材との間の放電が、スリット構造の影響を受けない為には、E1≧ E2 となればよく、すなわち、V/D ≧(6√3V/N)/S、→「S≧6√3D/N」となる。
【0034】
しかし、3相交流による給電ということから、スリットヒータと導電性部材との間の電界(E1)と、スリット間の電界(E2)は、位相でπ/3のずれがある。したがって、如何なる位相状態においても、スリット間の電界がスリットヒータと導電性部材に生じる電界より小さくするには、√3/2×E1≧ E2 で考えればよい。すなわち、「S≧12D/N」となる。
なお、スリット間に生じる電界(E2)が、一部の期間でスリットヒータと導電性部材に生じる電界(E1)より小さくなるようにすれば、ある程度の効果はある。スリット間の電界(E2)は、√3/2となる期間があるので、E1≧√3/2×E2で考えるとすると、「S≧9D/N」とすることができる。
【0035】
一般的に、線引きする光ファイバ母材の種類、線引き炉等の仕様等により、スリットヒータのスリット数Nや炉心管との間隔Dが予め設計値として決められる。本発明においては、単相用スリットヒータの場合、スリット幅Sを8×(D/N)以上で設定することにより、また、3相スリットヒータの場合は、スリット幅Sを9×(D/N)以上、好ましくは12×(D/N)以上で設定することにより、アーク放電の発生を効果的に抑制できることが判明した。
【0036】
なお、炉筐体内のガスにHeガスを用いると、アーク放電発生の電圧閾値を高めることができる。これは、一旦アーク放電が発生するとArガスやNガスは熱伝導性が小さいことから放電が継続し易い状態となるのに対し、Heガスは熱伝導性が大きく放電が継続し難いためと考えられる。また、HeはArやNガスに比べて高温での電離度が小さいことも、影響しているものと考えられる。しかし、ArガスやNガスは、Heガスに比べてかなり安価であるため、可能な限り、ArガスやNガスを使用して線引きすることが、コスト面では有利である。
【符号の説明】
【0037】
1…線引き炉、2…光ファイバ母材、2a…光ファイバ、3…炉心管、4…スリットヒータ、5…断熱材、6…炉筐体、7,7a,7b…スリット、8…発熱部、9a〜9c…端子部、10…給電部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス母材が供給される炉心管と、該炉心管を囲む円筒状の上下端から交互にスリットを入れたスリットヒータと、前記スリットヒータの外側を囲む断熱材と、全体を囲む炉筐体とを備えたガラス母材用加熱炉であって、
前記スリットヒータと前記炉心管、若しくは前記スリットヒータと前記スリットヒータに最も近い導電性部材との間隔をD、この間隔の電界の最大値をE1、前記スリットヒータのスリット数をN、前記スリットヒータのスリット幅をS、スリット間の電界の最大値をE2としたとき、E1≧E2となるように、前記D、N、Sの値を設定することを特徴とするガラス母材用加熱炉。
【請求項2】
前記スリットヒータは単相用スリットヒータであって、前記単相用スリットヒータのスリット幅Sを8×(D/N)以上としたことを特徴とする請求項1に記載のガラス母材用加熱炉。
【請求項3】
前記スリットヒータは3相用スリットヒータであって、前記3相用スリットヒータのスリット幅Sを9×(D/N)以上としたことを特徴とする請求項1に記載のガラス母材用加熱炉。
【請求項4】
前記3相用スリットヒータのスリット幅Sを12×(D/N)以上としたことを特徴とする請求項3に記載のガラス母材用加熱炉。
【請求項5】
前記スリットヒータのスリット幅Sは、少なくとも前記スリットヒータの端子部近傍のスリットで満足されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のガラス母材用加熱炉。
【請求項6】
前記炉筐体内にアルゴンガス若しくは窒素ガスが流入されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のガラス母材用加熱炉。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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