説明

キナーゼ活性測定方法及び試薬

【課題】メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性値を正確に測定することが可能なキナーゼ活性測定方法及び試薬を提供すること。
【解決手段】メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性を測定する方法であって、生体から採取したキナーゼを含む試料と、キナーゼの基質と、ATPとを接触させ、キナーゼの作用で前記基質にリン酸基を導入するリン酸化工程と、リン酸基を導入された基質に標識物質を結合させる工程と、基質に結合した標識物質の標識に基づいてキナーゼの活性を測定する工程と、を含むキナーゼ活性測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性を測定するキナーゼ活性測定方法及び試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性骨髄性白血病(CML)患者の腫瘍細胞には、9番染色体と22番染色体とが相互転座することにより形成されたフィラデルフィア染色体と呼ばれる異常染色体が特異的に見られる。9番染色体にはc−ablという遺伝子があり、この遺伝子の近傍で断裂が起きて22番染色体のbcr(breakpoint cluster region)という場所に転座する。これによって二つの遺伝子が融合して一つのキメラ遺伝子bcr/ablが形成される。このキメラ遺伝子がコードするキナーゼであるBcr/Ablは、細胞増殖シグナルを異常に亢進させて白血病細胞を異常増殖させ、CMLを引き起こすと考えられている。
【0003】
また、消化管間質腫瘍(GIST)はc・kit遺伝子が突然変異を起こすことにより、この遺伝子にコードされたKITと呼ばれる酵素が過剰に作用して引き起こされると考えられている。
【0004】
CMLやGISTに対する効果的な治療方法の一つとして、メシル酸イマチニブを有効成分とする分子標的薬グリベック(ノバルティス社)を用いた薬物療法が挙げられる。メシル酸イマチニブは、Bcr/AblやKITのようなキナーゼと結合してその働きを阻害し、これらの疾患に対して抗腫瘍効果を発揮する。
【0005】
しかしながら、グリベックは全てのCML患者に抗腫瘍効果があるわけではなく、Bcr/Ablの活性値が高いCML患者に対してのみ高い効果がある。それにもかかわらず、CMLに対する薬物治療においては、薬物治療を受ける全ての患者に第一選択薬としてグリベックが投与される。そのため、グリベック投与の有効性の低いCML患者に対してもグリベックを投与しているのが現状である。
【0006】
また、グリベックは全てのGIST患者に抗腫瘍効果があるわけではなく、KITの活性値が高いGIST患者に対してのみ高い効果がある。GISTに対する薬物治療においては、KIT陽性のGIST患者にのみグリベックが投与される。KITが陽性か陰性かの判定法の一つとして、KITに特異的に結合する標識抗体を用いて摘出された腫瘍細胞を染色する免疫組織学的方法が挙げられる。しかしながら、この方法では、技師の技量によっては偽陽性となることがある。偽陽性となった場合は、本来グリベック投与の有効性が低いにもかかわらず、グリベックを投与してしまうことがある。
【0007】
上述のようなグリベック投与の効果が小さい患者にとっては、グリベックが投与されると薬効が小さいにもかかわらず副作用などの身体的負担や治療費などの経済的負担を負わなければならない。従って、グリベックの効果が大きい患者にのみ選択的にグリベック投与を行なうために、グリベックの有効成分であるメシル酸イマチニブが標的とするキナーゼの活性を正確に測定する方法や試薬の開発が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性値を正確に測定することが可能なキナーゼ活性測定方法及び試薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性を測定する方法であって、生体から採取したキナーゼを含む試料と、キナーゼの基質と、ATPとを接触させ、キナーゼの作用で前記基質にリン酸基を導入するリン酸化工程と、リン酸基を導入された基質に標識物質を結合させる工程と、基質に結合した標識物質の標識に基づいてキナーゼの活性を測定する工程と、を含むキナーゼ活性測定方法を提供する。
【0010】
また、本発明は、メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性を測定するための試薬であって、キナーゼの基質と、ATPと、リン酸基を導入された基質に結合可能な標識物質と、を含有するキナーゼ活性測定試薬を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼがリン酸化した基質の量を測定することができるため、前記キナーゼの活性値を正確に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のキナーゼ活性測定方法によると、以下のようにしてキナーゼの活性が測定される。先ず、キナーゼを含む試料と、このキナーゼに対する基質と、ATPとを混合する。これにより、キナーゼの作用でATPのリン酸基が基質のチロシン残基に導入される。リン酸基を導入された基質に結合可能な標識物質を結合させた後、この標識物質が発するシグナルを検出する。この検出結果に基づいてキナーゼの活性が算出される。
【0013】
活性測定されるキナーゼとしては、メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼであれば特に限定されない。具体的には活性型Ablを有する酵素やKITなどが挙げられる。活性型Ablを有する酵素としては、Bcr/Ablを例示できる。活性型Ablを有する酵素やKITなどは、基質となるポリペプチドのチロシン残基にリン酸基を導入するチロシンキナーゼである。
【0014】
メシル酸イマチニブは、水溶性の粉末状物質で、化学名は4-(4-Methylpiperazin-1-ylmethyl)-N-[4-methyl-3-(4-pyridin-3-ylpyrimidin-2-ylamino)phenyl] benzamide monomethanesulfonateであり、特定のキナーゼのATPが結合すべき部位(ATP結合部位)に結合するという性質を有する。
【0015】
試料としては、測定対象となるキナーゼを含有するものであれば特に限定されず、腫瘍細胞や腫瘍細胞塊等を含む生体試料などを用いることができる。また、生体試料を物理的及び/又は化学的処理により可溶化した液体試料、或いはその液体試料を遠心分離するなどしてさらに精製した試料などを用いることも可能である。
【0016】
上述の試料に含まれるキナーゼに、ATP及び基質を接触させる。本実施形態で活性測定されるキナーゼとして、例えばBcr/Ablの活性を測定する場合、基質としてはBcr/Ablと結合可能なポリペプチドであれば何れを用いてもよい。具体的には基質としてミエリンベーシックプロテイン(MBP)やGrb2などを用いることができるが、特にMBPを用いることが好ましい。また、KITの活性を測定する場合、基質としてはKITと結合可能なポリペプチドであれば何れを用いてもよいが、特にGrb2を用いることが好ましい。
【0017】
キナーゼにATP及び基質を接触させることにより、キナーゼの作用で基質中のチロシン残基がリン酸化される。ここで、リン酸化されたチロシン残基を有する基質(以下、リン酸化基質とする)に特異的に結合する標識物質と、リン酸化基質とを接触させ、これらを結合させる。リン酸化基質に結合した標識物質の標識を検出することにより、キナーゼの活性を測定することが可能となる。
【0018】
標識物質としては、リン酸化基質に特異的に結合し、検出可能なシグナルを発することのできる物質(以下、シグナル発生物質とする)を有していれば特に限定されない。
例えば、シグナル発生物質とリン酸化基質に特異的に結合する抗体とからなる標識物質を用いることができる。この場合、リン酸化基質に標識物質が結合することによってこの標識物質が発するシグナルを検出し、キナーゼの活性を測定することが可能となる。
また、標識物質として、リン酸化基質に特異的に結合可能であり、且つアビジン又はビオチンを付加した抗体と、ビオチン又はアビジンを付加したシグナル発生物質とを用いることも可能である。この場合、リン酸化基質に前記抗体が結合し、さらに抗体に付加したアビジン又はビオチンに、シグナル発生物質に付加したビオチン又はアビジンが結合する。次いでシグナル発生物質が発するシグナルを検出し、キナーゼの活性を測定する。
また、標識物質として、リン酸化基質に特異的に結合する一次抗体と、この一次抗体に特異的に結合可能であり、且つアビジン又はビオチンを付加した二次抗体と、ビオチン又はアビジンを付加したシグナル発生物質とを用いることも可能である。この場合、リン酸化基質に一次抗体が結合し、さらにこの一次抗体に二次抗体が結合し、この二次抗体のアビジン又はビオチンにシグナル発生物質のビオチン又はアビジンが結合する。次いで、シグナル発生物質が発するシグナルを検出し、キナーゼの活性を測定する。
なお、本明細書における「アビジン」はストレプトアビジンをも含む。
【0019】
シグナル発生物質としては、検出可能なシグナルを発生することができれば何れを用いてもよい。例えば、放射性同位体、蛍光物質、発色物質などを用いることができるが、蛍光物質を用いることが好ましい。蛍光物質としては、Cy3、Cy5、FITC、SYBR GREENII、YOYO、GFPなどを用いることができる。
【0020】
抗体を有する標識物質を用いる場合、抗体としては基質中のリン酸化されたチロシン(以下、リン酸化チロシンとする)に特異的に結合する抗体を用いることが好ましい。また、抗体として、動物の血液から精製して得られる抗体、遺伝子組み換えによって得られる抗体、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、又はこれらのうち少なくとも二種類を混合したものなどを用いることができる。ここでいう抗体とは、抗体のフラグメント及びその誘導体をも含む。具体的にはFab,Fab’,F(ab)及びsFvフラグメントなど(Blazar et al., 1997, Journal of Immunology, 159: 5821-5833及びBird et al., 1988, Science, 242: 423-426)が例示される。抗体のサブクラスはIgGに限定されず、IgMなど他のサブクラスの抗体を用いてもよい。
【0021】
Bcr/AblやKITなどのキナーゼの活性を測定する方法としては、自己リン酸化したキナーゼに特異的に結合する標識抗体を用いて活性を検出するキナーゼ活性測定方法(以下、自己リン酸化測定方法とする)がある。これは、Bcr/AblやKITなどのキナーゼが自己リン酸化することで活性化し、基質にリン酸基を導入できるようになることに基づいている。しかしながら、この方法は、実際にリン酸化した基質を直接的に測定したものではなく、これらのキナーゼの自己リン酸化の程度とキナーゼが基質をリン酸化する程度とが一致するとは限らない。このため、リン酸化した基質を直接的に検出する本実施形態の測定方法の方が上述の自己リン酸化測定方法よりも正確にキナーゼの活性を測定することが可能である。
【0022】
本実施形態のキナーゼ活性測定方法によって測定された活性値に基づいて、患者に対するグリベックの有効性を判定することができる。
【0023】
グリベックはメシル酸イマチニブを主成分とする抗悪性腫瘍剤であり、現在のところCMLやGISTに対して有効であることが確認されている。メシル酸イマチニブは、キナーゼのATP結合部位に嵌まり込むため、ATP結合部位にメシル酸イマチニブが結合したキナーゼにはATPが結合できなくなる。これによってキナーゼ活性が阻害され、CMLやGISTに対して抗腫瘍効果を発揮する。
【0024】
グリベックは、CML患者のうちBcr/Ablが高活性である患者に対して効果的であり、GIST患者のうちKITが高活性である患者に対して効果的である。このため、上記のキナーゼ活性測定方法で測定されたキナーゼの活性値は、患者に対するグリベック投与の有効性を判定する際の指標とすることができ、グリベック投与が有効であると判定された患者にのみ選択的にグリベック投与を行なうことができる。グリベックの有効性を判定する際、例えば閾値を設定して活性値と比較することにより判定してもよい。具体的には、測定されたキナーゼの活性値と、これに対応する閾値とを比較し、活性値が閾値以上であった場合はグリベックの投与が有効であると判定され、活性値が閾値未満であった場合はグリベックの投与が有効ではないと判定される。閾値の設定としては、例えば、グリベック投与前のCML患者集団又はGIST患者集団のそれぞれの腫瘍細胞のBcr/Abl活性又はKIT活性を測定し、これらの患者に一定期間グリベックを投与してその薬効を調べ、Bcr/Abl活性値又はKIT活性値とグリベックの薬効の有無を対比させて、前記集団をグリベック投与が効果的である患者集団とグリベック投与が効果的でない患者集団を高率に分類できる活性値を閾値とすることができる。
【0025】
また、キナーゼの活性値によってグリベックの投与量を調節し、患者の薬効に合わせた治療を行なうことも可能である。
【0026】
グリベックの有効性を判定する際に用いられる試料としては、CML患者やGIST患者から採取した腫瘍細胞や腫瘍細胞塊などを含む試料を用いることができる。また、これらを物理的及び/又は化学的処理により可溶化した液体試料、或いはその液体試料を遠心分離するなどしてさらに精製した試料などを用いることもできる。
【0027】
本実施形態のキナーゼ活性測定試薬は、キナーゼの基質と、ATPと、リン酸化基質に結合可能な標識物質と、を含有する。上記成分は、単一の容器に収容してもよいし、少なくとも一つの成分を別の容器に収容してもよい。好ましくは、基質とATPと含有する第一試薬を第一容器に収容し、標識物質を含有する第二試薬を第二容器に収容する。また、標識物質が、例えば一次抗体、二次抗体及びシグナル発生物質からなる場合、これらをそれぞれ別の容器に収容することが好ましい。
試薬にはpHを緩衝するために緩衝液を含有させてもよい。緩衝液の種類は特に限定されないが、例えばグッド緩衝液、リン酸緩衝液などを用いることができる。各成分を複数の容器に収容した場合、それぞれの容器に緩衝液を含有させることができる。
【0028】
(実施例1)メシル酸イマチニブによるBcr/Ablの活性阻害
1.測定用試料の調製
CML患者から株化されたKU812細胞をIP buffer(0.1% NP-40, 25mM Tris (pH 7.4), 150mM NaCl, 25mM NaF, 0.5mM Vanadate, 1mM DTT, 100μg/ml PMSF, 0.2% Protease inhibitorを含む)中でホモジナイズし、ライセートを調製した。得られたライセートをライセート中のタンパク質が50μgとなるように調製してこれを測定用試料Aとし、5つの容器i〜vにそれぞれ収容した。
【0029】
2.免疫沈降
容器i〜vに収容された測定用試料Aについて以下のようにして免疫沈降を行なった。
50%プロテインAビーズ(Amersham社)40μlに抗Bcr抗体であるBcr(N-20):sc-885(Santa Cruz社)5μgを結合させた。Bcr(N-20):sc-885を結合させたプロテインAビーズを各容器に添加し、ここにIP bufferをそれぞれ20μl添加した。次に、各容器を4℃で一時間穏やかに攪拌して各容器に収容された測定用試料Aに含まれるBcr/AblをプロテインAビーズに捕捉させた。
各容器i〜vにさらにIP bufferを1mlずつ添加し、転倒混和によりBcr/Ablが結合したプロテインAビーズを洗浄し、遠心分離後上清を廃棄した。各容器にTS buffer(50mM Tris, 150mM NaClを含む)を1mlずつ添加し、転倒混和して洗浄、遠心分離後上清を廃棄した。さらに各容器にTris buffer(50mM Trisを含む)を1mlずつ添加し、転倒混和して洗浄、遠心分離後上清を廃棄した。
【0030】
4.キナーゼ反応
免疫沈降後、各容器にMBP(Sigma社)40μg、ATP(Sigma社)2mM及び緩衝液(50mM Tris (pH7.4), 10mM MgCl2, 0.1mM EDTA, 0.375% Brij 35, 0.1mg/ml BSA, 1mM DTTを含む)を含むBcr/Abl反応用試薬を添加した。さらに、容器iiに0.1μMのメシル酸イマチニブ、容器iiiに1μMのメシル酸イマチニブ、容器ivに10μMのメシル酸イマチニブ、容器vに100μMのメシル酸イマチニブを添加した。なお、容器iにはメシル酸イマチニブを添加しなかった。
メシル酸イマチニブ添加後、各容器を30℃で30分間激しく攪拌し、キナーゼ反応を行った。
【0031】
5.検出
キナーゼ反応によってリン酸化されたチロシン残基の量がBcr/Ablの活性値となる。
キナーゼ反応後、各容器に収容された測定用試料AにTBSを添加して、測定用試料A中に含まれる全タンパク質量が0.4μg/50μlとなるように調製し、PVDFメンブレンをセットしたスロットブロッターの各ウェルに測定用試料Aを50μlずつ収容した。ウェルの底面即ちPVDFメンブレンの裏側からウェル中の試料を吸引し、PVDFメンブレンに測定用試料中のタンパク質を吸着させた。PVDFメンブレンをスロットブロッターから分離し、一次抗体溶液8ml(1μg/ml)と共に60分間振とうした後、TBSで洗浄した。次に二次抗体溶液8ml(1μg/ml)と共に60分間振とうした。
一次抗体溶液には、リン酸化チロシンに特異的に結合する抗体であるanti-pTyr (4G10) mouse(Upstate社)が一次抗体として含まれていた。また、二次抗体溶液には、一次抗体に特異的に結合する抗体であるBiotinylated F(ab')2 Fragment of rabbit anti-mouse IgG (DAKO社)が二次抗体として含まれていた。なお、二次抗体にはビオチンが付加されていた。
一次抗体溶液及び二次抗体溶液に反応させ、PVDFメンブレンをTBSで洗浄した後、Streptavidin FITC (Vector社)を含有するFITC溶液8ml(2μg/ml)と共に60分間振とうし、PVDFメンブレン上のリン酸化基質をFITCで標識した。その後、PVDFメンブレンをTBSで洗浄し、さらに蒸留水で洗浄した。洗浄後PVDFメンブレンを60度で乾燥させ、PVDFメンブレンに吸着されたリン酸化基質の蛍光強度をイメージアナライザ(BIO-RAD社)によって分析、蛍光強度を測定し、予め作製しておいた検量線をもとに、FITC標識されたリン酸化基質を定量した。
【0032】
以下に検量線の作成方法を説明する。先ず、ウサギIgG抗体溶液を5種類の濃度となるように、1μg/1mlのBSAを含むTBS溶液中に混和し、上記と同様に処理したウェルに50μlずつ収容した。前記ウサギIgG抗体に結合可能な抗体とFITCとからなる標識物質を用いて上記と同様の方法でFITC標識し、蛍光強度を測定して蛍光強度と濃度との関係をグラフにすることにより検量線を作成した。
【0033】
6.結果
図1は、容器i〜vに収容された測定用試料に含まれるキナーゼ活性の値を示すグラフである。図1は、メシル酸イマチニブの添加量が多いほどキナーゼの活性値が低いことを示している。このことより、本実施例の実験手順で測定したキナーゼ活性値は、メシル酸イマチニブによって活性阻害されるBcr/Ablの活性値であることが確認された。
【0034】
(実施例2)Bcr/Ablの活性の測定
1.測定用試料の調整
実施例1と同様にして含有する全タンパク質量が50μgとなるように測定用試料Aを調製した。さらに、含有する全タンパク質量が100μgとなるように測定用試料Bを調製し、含有する全タンパク質量が150μgとなるように測定用試料Cを調製した。また、ネガティブコントロールとして、IP bufferのみからなる測定用試料Dを調製した。
【0035】
2.免疫沈降、キナーゼ反応及び検出
実施例1と同様の実験手順で測定用試料A〜Dについて免疫沈降を行なった。免疫沈降後、メシル酸イマチニブを添加しないこと以外は実施例1と同様の手順で測定用試料A〜Dについてキナーゼ反応を行なった。キナーゼ反応後、実施例1と同様の実験手順で測定用試料A〜Dについて検出を行なった。
【0036】
3.結果
図2は、測定用試料A〜Dのキナーゼ活性の測定結果を示すグラフである。図2より、各測定用試料に含まれるBcr/Ablの活性値は、各測定用試料に含まれるタンパク質の量に比例しており、極めて良好な定量性を示した。このことより、各測定用試料中のBcr/Ablの活性値が正確に測定できたことが判った。
【0037】
(実施例3)KIT活性測定に有用な基質の選択
1.測定用試料の調製
GIST患者から株化されたHEL細胞をIP buffer中でホモジナイズし、ライセートを調製した。得られたライセートをライセート中のタンパク質が50μgとなるように調製してこれを測定用試料Eとし、3つの容器vi〜viiにそれぞれ収容した。
【0038】
2.免疫沈降
抗Bcr抗体ではなく、抗KIT抗体であるC−19(Santa Cruz社)を用いること以外は、実施例1と同様の実験手順で容器vi〜viiiに収容した測定用試料Eについて免疫沈降を行なった。
【0039】
3.キナーゼ反応
免疫沈降後、三種類のKIT反応用試薬を調整し、それぞれを容器vi〜容器viiiに添加した。容器viには、MBP含有KIT反応用試薬(MBP4.4μg、ATP2mM、50mM Tris (pH7.4), 10mM MgCl2, 10mM MnCl2, 0.1mM EDTA, 0.375% Brij35及び1mM DTTを含む)を添加した。容器viiには、ヒストンH1含有KIT反応用試薬(4.4μgのMBPではなく、4.4μgのヒストンH1を含有する以外はMBP含有KIT反応用試薬と同じ組成である)を添加した。容器viiiには、Grb2含有KIT反応用試薬(4.4μgのMBPではなく、4.4μgのGrb2を含有する以外はMBP含有KIT反応用試薬と同じ組成である)を添加した。
KIT反応用試薬を添加した後、各容器を30℃で30分間激しく攪拌し、キナーゼ反応を行った。
【0040】
4.検出
実施例1と同様にして容器vi〜viiiに収容された測定用試料Eについて検出を行なった。
【0041】
5.結果
図3は、ブロッティングの結果を示す蛍光写真である。図3のレーンVIは容器viに収容された試料中のMBPをブロッティングしたものであり、レーンVIIは容器viiに収容された試料中のヒストンH1をブロッティングしたものであり、レーンVIIIは容器viiiに収容された試料中のGrb2をブロッティングしたものである。図3より、レーンVIIIにのみ蛍光が観察された(図3中、矢印で示す)。即ち、KITの作用によりGrb2のみがリン酸化され、FITCにより標識されたことが判る。従って、KITの活性を測定するための基質としてはGrb2が最も好ましく用いられることが判明した。
【0042】
(実施例4)Grb2を用いたKIT活性値の測定
1.測定用試料の調製
実施例3と同様にして含有する全タンパク質量が50μgである測定用試料Eを調製した。さらに、全タンパク質量が75μgとなるように測定用試料Fを調製した。また、ネガティブコントロールとしてIP bufferのみからなる測定用試料Dを調製した。
【0043】
2.免疫沈降
実施例3と同様の実験手順で測定用試料D〜Fについて免疫沈降を行なった。
【0044】
3.キナーゼ反応
免疫沈降後、各測定用試料にGrb2を4.4μg添加し、実験例3と同様の実験手順で測定用試料D〜Fについてキナーゼ反応を行なった。
【0045】
4.検出
実施例1と同様の実験手順で測定用試料D〜Fについて検出を行なった。
【0046】
5.結果
図4はブロッティングの結果を示す蛍光写真である。図5中、レーンDはキナーゼ反応後の測定用試料Dをブロッティングしたものであり、レーンEはキナーゼ反応後の測定用試料Eをブロッティングしたものであり、レーンFはキナーゼ反応後の測定用試料Fをブロッティングしたものである。一番左のレーンはラダーである。図5は、図4のブロッティング結果を示すグラフである。図5より、各測定用試料に含まれるKITの活性値は、各測定用試料に含まれるタンパク質の量に比例しており、極めて良好な定量性を示した。このことより、各測定用試料中のKITの活性値が正確に測定できたことが判った。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】容器i〜vに収容された測定用試料に含まれるキナーゼ活性の値を示すグラフである。
【図2】測定用試料A〜Dのキナーゼ活性の測定結果を示すグラフである。
【図3】実施例3におけるブロッティングの結果を示す蛍光写真である。
【図4】実施例4におけるブロッティングの結果を示す蛍光写真である。
【図5】図4のブロッティング結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性を測定する方法であって、
生体から採取したキナーゼを含む試料と、前記キナーゼの基質と、ATPとを接触させ、前記キナーゼの作用で前記基質にリン酸基を導入する工程と、
前記リン酸基を導入された基質に標識物質を結合させる工程と、
前記基質に結合した前記標識物質の標識に基づいて前記キナーゼの活性を測定する工程と、
を含むキナーゼ活性測定方法。
【請求項2】
前記キナーゼが活性型Ablを有するキナーゼである請求項1記載のキナーゼ活性測定方法。
【請求項3】
前記活性型Ablを有するキナーゼがBcr/Ablである請求項2に記載のキナーゼ活性測定方法。
【請求項4】
前記基質がミエリンベーシックプロテインである請求項1~3の何れかに記載のキナーゼ活性測定方法。
【請求項5】
前記試料が慢性骨髄性白血病の患者から採取された生体試料である請求項1〜4の何れかに記載のキナーゼ活性測定方法。
【請求項6】
前記キナーゼがKITである請求項1記載のキナーゼ活性測定方法。
【請求項7】
前記基質がGrb2である請求項1又は6記載のキナーゼ活性測定方法。
【請求項8】
前記試料が消化管間質腫瘍の患者から採取された生体試料である請求項1、請求項6及び請求項7の何れかに記載のキナーゼ活性測定方法。
【請求項9】
メシル酸イマチニブが結合可能なキナーゼの活性を測定するための試薬であって、前記キナーゼの基質と、ATPと、リン酸基を導入された前記基質に結合可能な標識物質と、を含有するキナーゼ活性測定試薬。
【請求項10】
前記標識物質が、前記リン酸基を導入された基質に結合可能な抗体とシグナル発生物質とを有する請求項9記載のキナーゼ活性測定試薬。
【請求項11】
前記標識物質が、前記リン酸基を導入された基質に結合可能な一次抗体と、前記一次抗体に結合可能であり、アビジン又はビオチンを結合させた二次抗体と、ビオチン又はアビジンを結合させたシグナル発生物質とからなる請求項9又は10記載のキナーゼ活性測定試薬。
【請求項12】
前記シグナル発生物質が蛍光物質である請求項10〜11の何れかに記載のキナーゼ活性測定試薬。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−82(P2007−82A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−184093(P2005−184093)
【出願日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】