説明

キノコ類栽培方法

【課題】菌床栽培されるキノコ類の新規な栽培方法の提供。
【解決手段】本発明は、炭素原子数が4〜24のケトール脂肪酸の、カルボニル基を構成する炭素原子と水酸基が結合した炭素原子が、α位の位置にある、炭素原子数が4〜24のケトール脂肪酸をストレス曝露後の菌子体に適用する工程を含んで成るキノコ類の栽培方法、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キノコ類の新規な栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キノコの消費額は、食用及び健康食品用のものを合わせると、日本国内だけでも約2,750億円と非常に大きく(2005年度林野庁調べ)、特に一部のキノコについては近年の健康志向を反映して需要が増大している。これらのキノコの多くが人工的に栽培されたものであり、例えば原木に穴をあけて種菌を打ち込み、一年間、林間地など自然環境下において菌を蔓延させ(原木栽培)、又はオガコに米糠等の栄養源を加えて固めたものに種菌を接種し、空調設備を備えた施設内において菌を蔓延させることで(菌床栽培)栽培されている。一方、キノコの種類によっては人工栽培そのものが難しく、また、人工栽培に成功したとしてもハタケシメジのように増殖が遅いために商品化が困難なこともある。
【0003】
キノコの増殖を促進させる方法としては、フスマ、米ぬかなどの窒素源を含む施用剤を適宜添加することが一般的に行われており、このような施肥は一定の効果を上げている。
【0004】
しかしながら、施肥の効果については自ずと限界があり、用いる肥料の量を多くしても、一定以上のキノコの増殖促進効果は期待できないばかりか、肥料を多く与えすぎると、かえって植物の成長に障害となり、栄養過多の培地を廃棄することから、ひいては土壌を汚染してしまうことにもなりかねない。
【0005】
このように、肥料の使用量を抑え、土壌環境を悪化させることなくキノコの生産量を増大させる必要性が当業界に存在している。
【0006】
本願発明者がアオウキクサ(Lemna paucicostata)から単離したケトール脂肪酸は、花芽形成の促進のように、植物の成長が抑制されるときに生じる植物の消極的な生命活動に作用するだけでなく(特開平11−29410号公報)、植物賦活作用、例えば、植物の成長促進(茎葉の拡大、塊茎塊根の成長促進等)、休眠抑制、植物のストレスに対する抵抗性の付与、抗老化等の植物成長調節作用も有している(特開2001−131006号公報)。
【0007】
特開2001−131006号公報において、ケトール脂肪酸はキノコ類の成長促進剤としても言及されており、具体的にはタモギダケの菌糸増殖効果及びシイタケの子実体生長促進効果が試験例Dで確認されている。一方、当該公報はキノコ類に対するケトール脂肪酸の最適な使用方法及び使用時期等については何ら言及していない。
【0008】
【特許文献1】特開平11−29410号公報
【特許文献2】特開2001−131006号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、キノコ類の新規な栽培方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
キノコ類の増殖促進のために、本発明者が特定のケトール脂肪酸の最適な使用方法について検討したところ、ストレス曝露後の菌糸体、特に、菌床栽培における菌掻き工程後の菌子体にケトール脂肪酸を適用することで、キノコの生産量が増大することが明らかとなった。
【0011】
即ち、本願は以下の発明を包含する。
[1]炭素原子数が4〜24のケトール脂肪酸の、カルボニル基を構成する炭素原子と水酸基が結合した炭素原子が、α位の位置にある、炭素原子数が4〜24のケトール脂肪酸をストレス曝露後の菌子体に適用する工程を含んで成るキノコ類の栽培方法。
[2]菌床栽培における菌掻き工程によりストレス曝露される、[1]に記載のキノコ類の栽培方法。
[3]適用工程が菌掻き工程終了後から原基が形成するまでの間に実施される、[1]又は[2]に記載のキノコ類の栽培方法。
[4]適用工程が菌掻き工程終了後から24時間以内に実施される、[1]〜[3]のいずれか1つに記載のキノコ類の栽培方法。
【発明の効果】
【0012】
菌床栽培における菌掻き工程時に特定のケトール脂肪酸をキノコ類に適用することで、最終的な子実体の収量は当該工程以前に適用した場合と比較して顕著に増大する。また、一般的な植物の花芽形成促進及び賦活には3〜60ppm程度の量のケトール脂肪酸が必要とされるが、本発明においてはその1/100程度の濃度からケトール脂肪酸が効果を発揮する。
【0013】
ここで、ケトール脂肪酸は植物がストレスを受けた時に多く生成される性質を有している。理論に拘束されることを意図するものではないが、菌掻き工程は菌子体にストレスをもたらすと考えられ、本発明によるキノコの増殖促進効果はかかるストレスで生成されたケトール脂肪酸とともに噴霧されたケトール脂肪酸が菌糸体に作用することによりもたらされるものと思われる。
【0014】
その他の効果として栽培期間の短縮が挙げられる。例えば、エリンギに適用した場合、通常9日の栽培期間が必要とされるが、本発明の栽培方法を使用することにより1〜2日収穫日を早期化することが可能となる。特に、菌糸体培養時期に当該方法を実施することで、更に栽培期間を短縮することが可能となる。尚、菌糸体培養とは、子実体を形成する前に、菌糸を菌床(培地)中に増殖させる工程である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明で使用するケトール脂肪酸は、上記の通り、炭素原子数が4〜24のケトール脂肪酸である(以下、このケトール脂肪酸を「特定ケトール脂肪酸」ともいう)。すなわち、特定ケトール脂肪酸は、その炭素原子数が4〜24であることを特徴とする、アルコールの水酸基とケトンのカルボニル基とを同一分子内に有する脂肪酸である。
【0016】
また、本発明において、特定ケトール脂肪酸は、カルボニル基を構成する炭素原子と水酸基が結合した炭素原子がα位またはγ位の位置にあることが、所望するキノコ類の増殖効果を発揮するうえで好ましく、特に、α位であることがこの観点から好ましい。
【0017】
また、特定ケトール脂肪酸には、炭素間の二重結合が1〜6か所(ただし、この二重結合数は、ケトール脂肪酸の炭素結合数を超えることはない)存在することが、所望するキノコ類の増殖効果を発揮するうえで好ましい。
【0018】
また、特定ケトール脂肪酸の炭素原子数は18であり、かつ、炭素間の二重結合が2か所存在することが好ましい。
【0019】
特定ケトール脂肪酸の具体例としては、例えば9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸〔以下,特定ケトール脂肪酸(I)ということもある〕、13−ヒドロキシ−12−オキソ−9(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸〔以下,特定ケトール脂肪酸(II)ということもある〕、13−ヒドロキシ−10−オキソ−11(E),15(Z)−オクタデカジエン酸〔以下、特定ケトール脂肪酸(III)ということもある〕、9−ヒドロキシ−12−オキソ−10(E),15(Z)−オクタデカジエン酸〔以下、特定ケトール脂肪酸(IV)ということもある〕等を挙げることができる。
【0020】
以下に、特定ケトール脂肪酸(I)〜(IV)の化学構造式を記載する。
【0021】
【化1】

【0022】
なお、その他の特定ケトール脂肪酸の化学構造式並びにこれらの特定ケトール脂肪酸の化学合成法については特開2001−131006号公報(上掲)で開示されている通りである。
【0023】
本発明によると、上記特定ケトール脂肪酸をストレス曝露後の菌子体に適用することにより、キノコの収量を増大させることができる。
【0024】
菌床栽培によりキノコを栽培する場合、殺菌したキノコ用培地をポット等の栽培用のビンに詰め込み、続いてキノコ培地上に種菌を接種して菌糸が培養される。所定の培養期間後、培地表面の古い菌を掻き取ることで(「菌掻き」工程)、菌糸が集合組織化し、子実体のもととなる(原基形成)。
【0025】
ここで、菌掻きは、上述した通り菌糸体に対し物理的なストレスを与える。具体的な態様において、本発明は、菌床栽培において、菌掻き工程後の菌糸体に上記特定ケトール脂肪酸を適用することを含んで成るキノコ類の栽培方法を提供する。
【0026】
好ましくは、上記適用は、菌掻き工程終了後から原基が形成するまでの間に実施される。特定ケトール脂肪酸の菌糸体への適用は、収量を増大させる観点からは、菌掻き工程終了後から24時間以内に行うのが好ましく、6時間以内に行うのが更に好ましい。
【0027】
尚、本発明で使用するストレス曝露とは、菌掻き工程に限定されることを意図するものではなく、生育過程のキノコに何らかのストレスを与えるものであればいずれのものでもよい。例えば、乾燥ストレス、熱ストレス、浸透圧ストレス等がこのようなストレスとして挙げられる。
【0028】
特定ケトール脂肪酸をキノコの菌糸体に適用する量の上限は特に限定されない。一方、上記の特定ケトール脂肪酸のキノコの菌糸体に対する適用量の下限は、キノコの種類や菌糸体の大きさにより異なるが、1回の適用当り、0.1μM程度以上が一応の目安である。
【0029】
特定ケトール脂肪酸の使用量は、その使用態様や使用する対象となるキノコの種類、さらには当該特定ケトール脂肪酸を含む具体的な剤形等に応じて選択することが可能である。本発明の態様として、特定ケトール脂肪酸をそのまま用いることも可能であるが、上記の特定ケトール脂肪酸の適用の目安等を勘案すると、概ね、剤全体に対して0.03〜60ppm 程度が好ましく、さらに好ましくは、同0.3〜30ppm 程度である。例えば、ヒラタケ及びエリンギの場合、0.05〜50ppm、好ましくは0.1〜40ppm、更に好ましくは0.3〜30ppmである。
【0030】
かかる剤形としては、例えば、液剤、固形剤、粉剤、乳剤、底床添加剤等の剤形が挙げられ、その剤形に応じて、製剤学上適用することが可能な公知の担体成分、製剤用補助剤等を本発明の所期の効果であるキノコの成長促進作用が損なわれない限度において、適宜配合することができる。例えば、担体成分としては、特定ケトール脂肪酸を含む剤形が底床添加剤または固形剤である場合には、概ねタルク、クレー、バーミキュライト、珪藻土、カオリン、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、白土、シリカゲル等の無機質や小麦粉、澱粉等の固体担体が;また液剤である場合には、概ね水、キシレン等の芳香族炭化水素類、エタノール、エチレングリコール等のアルコール類、アセトン等のケトン類、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル等の液体担体が上記の担体成分として用いられる。また製剤用補助剤としては、例えばアルキル硫酸エステル類、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩等の陰イオン界面活性剤、高級脂肪族アミンの塩類等の陽イオン界面活性剤、ポリオキシエチレングリコールアルキルエーテル、ポリオキシエチレングリコールアシルエステル、ポリオキシエチレングリコール多価アルコールアシルエステル、セルロース誘導体等の非イオン界面活性剤、ゼラチン、カゼイン、アラビアゴム等の増粘剤、増量剤、結合剤等を適宜配合することができる。
【0031】
さらに必要に応じて、一般的な植物成長調節剤や、安息香酸、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ピペコリン酸等を、上記の本発明の所期の効果を損なわない限度において、特定ケトール脂肪酸を含む剤形中に配合することもできる。
【0032】
前記方法で使用する特定ケトール脂肪酸は、菌掻き工程を経た菌糸体や子実体原基形成期の菌糸体の一部または全体に液剤や乳剤として散布、滴下、塗布等することや、固形剤や粉剤として培地から吸収させること等が可能である。
【0033】
特定ケトール脂肪酸のキノコへの適用頻度は、キノコの種類や適用目的等により異なるが、基本的には、ただ1度の適用によっても所望する効果を得ることができる。複数回適用する場合には、5日程度の間隔をあけることが効率的である。
【0034】
特定ケトール脂肪酸が適用可能なキノコの種類は、菌床栽培における菌掻きなどのように、栽培途中でキノコにストレスを与える工程が必要な栽培方法で栽培されるものであれば特に限定されない。例えば、かかるキノコとして、シイタケ、ナメコ、エノキタケ、ヒラタケ、ブナシメジ、マイタケ、エリンギ、ハタケシメジ、ウスヒラタケ等が例として挙げられる。
【0035】
また、製剤用補助剤としては、例えばアルキル硫酸エステル類、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、ジアルキルスルホンコハク酸塩等の陰イオン界面活性剤、高級脂肪族アミンの塩類等の陽イオン界面活性剤、ポリオキシエチレングリコールアルキルエーテル、ポリオキシエチレングリコールアシルエステル、ポリオキシエチレングリコール多価アルコールアシルエステル、セルロース誘導体の非イオン界面活性剤、ゼラチン、カゼイン、アラビアゴム等の増粘剤、増量剤、又は結合剤等を適宜配合することができる。
【0036】
さらに必要に応じて、植物生長調整剤や、安息香酸、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ピペコリン酸等を、本発明の所期の効果を損なわない限度において、特定ケトール脂肪酸を含む剤形中に配合することが出来る。
【実施例】
【0037】
後述するキノコの栽培においては、特定ケトール酸として9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸が用いられる。当該特定ケトール酸は以下のとおり酵素法を用いて調製した。
【0038】
1.コメ胚芽由来のリポキシゲナーゼの調製
コメ胚芽350gを石油エーテルで洗浄、脱脂及び乾燥したもの(250g)を、0.1M酢酸緩衝液(pH4.5)1.25Lに懸濁し、この懸濁物をホモジナイズした。
【0039】
次いで、かかるホモジナイズ抽出液を16000rpmで15分間遠心分離し、上清(0.8L)を得た。得られた上清に硫酸アンモニウム140.8g (0〜30%飽和)を加え、4℃で一晩放置した。その後、9500rpm で30分間遠心を行い、得られた上清(0.85L)に硫酸アンモニウム232g (70%飽和)を添加して、4℃で5時間放置した。
【0040】
次に、同様に9500rpm で30分間遠心を行い、これにより得られた沈澱物(コメ胚芽抽出液の硫安30〜70%飽和画分)をpH4.5の酢酸緩衝液300mlに溶解し、63℃で5分間加熱処理を行った。その後、生成した沈澱物を除去して、得られた上清をRC透析チューブ(Spectrum社製ポア4:MWCO 12000〜14000 )を用いて透析(3L×3)により脱塩後、所望するコメ胚芽由来のリポキシゲナーゼの粗酵素液を得た。
【0041】
2.アマ種子由来のアレンオキサイドシンターゼの調製
アマ種子は一丸ファルコスから購入した。このアマ種子200g に、アセトン250mlを添加してホモジナイズ(20s ×3)し、得られた沈澱物を目皿ロートで濾取し、溶媒を除去した。次いで、沈澱物を再びアセトン250mlに懸濁してホモジナイズ(10s ×3)し、沈澱物を得た。沈澱物をアセトン及びエチルエーテルで洗浄後、乾燥して、アマ種子のアセトン性粉を得た(150g )。
【0042】
このアマ種子のアセトン粉末を、氷冷下50mMリン酸緩衝液(pH7.0)400mlに懸濁し、これを0℃で1時間スターラー攪拌を施して抽出した。得られた抽出物に11000rpm で30分間遠心し、これにより得られた上清(380ml)に硫酸アンモニウム105.3g (0〜45%飽和)を加え、氷冷下で1時間静置し、さらに11000rpm で30分間遠心して得られた沈澱物を、50mMリン酸緩衝液(pH7.0)150mlに溶解し、透析して脱塩し(3L×3)、所望するアマ種子由来のアレンオキサイドシンターゼの粗酵素液を得た。
【0043】
3.α−リノレン酸のナトリウム塩の調製
出発原料とするα−リノレン酸は、水における溶解性が著しく低いので、酵素基質として働くことを容易にするために、α−リノレン酸をナトリウム塩化した。すなわち、炭酸ナトリウム530mgを、精製水10mlに溶解して55℃に加温し、これにα−リノレン酸(ナカライテスク社)を278mg滴下して、3時間攪拌した。反応終了後、Dawex50wxk(H+ form) (ダウケミカル社製)で中和すると、沈澱物が生成した。これを濾過して樹脂を除き、MeOHで洗浄後、減圧下で溶媒を留去した。これにより得られた生成物をイソプロパノールで再結晶し、所望するα−リノレン酸のナトリウム塩(1250mg,83%)を得た。
【0044】
4.9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸の製造
上記3により得られたα−リノレン酸のナトリウム塩(15mg:50μmol )を、0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.0)30mlに溶解した。次いで、この溶液に、酸素気流下、25℃で上記1により得たコメ胚芽由来のリポキシゲナーゼの粗酵素液を3.18ml添加した後、30分間攪拌した後、さらに同じくコメ胚芽由来のリポキシゲナーゼの粗酵素液を3.18mlを添加して、30分間攪拌した。この攪拌終了後、このリポキシゲナーゼ反応物に、窒素気流下で上記2で得たアレンオキサイドシンターゼの粗酵素液を34.5ml添加して、1時間攪拌した後、氷冷下希塩酸を添加して、反応溶液のpHを3.0に調整した。
【0045】
次いで、反応液をCHCl3 −MeOH=10:1で抽出した。得られた有機層に硫酸マグネシウムを加えて脱水し、減圧下、溶媒を留去して乾燥した。このようにして得られた粗生成物をあらためてHPLCにかけて、その特定ケトール脂肪酸(I)と認められるピーク(リテンションタイム:16分付近)を分取した。分取した画分にクロロホルムを加え、クロロホルム層を分離して水洗し、エバポレーターでこのクロロホルムを留去して、精製物を得た。
【0046】
この精製物の構造を確認するために重メタノール溶液で1H,及び13C−NMRスペクトルを測定した。その結果、1H−NMRにおいて、末端メチル基〔δ0.98(t) 〕,2組のオレフィン〔(δ5.25,5.40),(δ5.55,5.62 )〕,2級水酸基〔δ4.09(dd)〕及び多数のメチレンに基づくシグナルが認められ、特定ケトール脂肪酸(I)と同一化合物と推定された。
【0047】
さらに、13C−NMRのケミカルシフト値を比較したところ、特定ケトール脂肪酸(I)〔特開平10−324602号公報第7頁の第11欄下から第1行目以降に記載されている「製造例(抽出法)」における13C−NMRのケミカルシフト値(同公開公報第8頁第13欄第2行目以降段落番号[0054]及び[0055]に記載)〕と一致した。よって、上記のようにして得た酵素法による合成品は、上文で定義した特定ケトール脂肪酸に属する、9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸であることが明らかとなった。
【0048】
噴霧剤の調製
上記特定ケトール脂肪酸は、所望の濃度となるように純水中で適宜希釈することにより噴霧剤へと調製される。
【0049】
特定ケトール脂肪酸の噴霧時期の検討
ヒラタケとブナシメジを用いて、特定ケトール脂肪酸を栽培期間のうち、いつ噴霧するのがもっとも効果的であるかを調べた。上記噴霧剤中、9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸の濃度は、カーネーションに対する特定ケトール脂肪酸の実験において本発明者が使用した濃度に従い、30ppmとした(横山峯幸、植物の生長調節 40:90-100, 2005)。上記噴霧剤を噴霧しない対照区以外に、菌糸接種後、3、10、14、21、28日後のいずれかに当該噴霧剤を噴霧した。当然のことながら、上記の噴霧時期は菌糸が増殖している時期で子実体は現れていない。
【0050】
続いて、上記菌糸接種後の試験区とは別に、菌掻き後についても別途試験区を設けた。菌掻きは、菌糸が十分生育した後、すなわち、ヒラタケの場合菌糸培養30日目、そしてブナシメジの場合菌糸培養85日目に、十分に生育した菌糸を含む培地表面を掻き乱すことで行った。当該菌掻き工程後、試験区に上記噴霧剤を噴霧した。更に、原基が形成を始めた直後、つまりブナシメジの場合、菌掻き後7日目、ヒラタケの場合、菌掻き後3日目に前記噴霧剤を噴霧する区を設けて同様に上記噴霧剤を噴霧した。試験に用いたビンの本数はいずれの試験区とも32本であった。ヒラタケについての結果を図1、そしてブナシメジについての結果を図2に示す。
【0051】
図1及び2から明らかなように、本発明で使用する特定ケトール脂肪酸、9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸の噴霧に適した時期は菌掻きの後であった。さらに本実験で明らかになったように特定ケトール脂肪酸の濃度を高めると、きのこの生産量は20%近くも増大することが明らかとなった。
【0052】
ヒラタケ及びエリンギ栽培における特定ケトール脂肪酸(9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸)の至適濃度の決定
1.ヒラタケの実用生産における9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸の適用例
ヒラタケは温帯の世界各地に分布する木材腐朽菌であり、自然界では主に秋から春にかけて広葉樹の枯れ木や倒木、切り株などに多数重なり合って発生する。日本では年間を通じて主に菌床ビンを用いた施設栽培が広く行われている。上述の通り調製した噴霧剤を施設栽培現場で適用し、その作用を調べた。
【0053】
スギのオガコとフスマを5:1の割合で混ぜたものをプラスチックのビン(容量800mL)に詰め、オートクレープで殺菌・放冷後、ヒラタケの種菌を接稗した。26℃、湿度75%で30日間培養し、菌糸を全体にいきわたらせた。上記噴霧剤は菌掻き操作後に噴霧した。当該噴霧剤中、9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸を0.1、0.2、0.5、1ppmになるように水に溶かし、ビン当り0.1mLほど噴霧した。対照区は無噴霧とした。それぞれの試験区では55本〜59本のビンを用いた。前記噴霧剤を噴霧後、14〜16℃の部屋に移し、湿度85%に管理した。9日後に収穫適期(出荷の適期)と思われたので収穫し、それぞれのビンから発生したヒラタケの生重量を測定し、平均値を比較した。結果を図3に示す。
【0054】
図3で明らかな様にヒラタケは9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸の濃度に依存してその生産量が増加した。特に、噴霧濃度が0.5ppmの場合に生産量が1割以上増大した。
【0055】
2.エリンギの実用生産における9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸の適用例
エリンギはもともとアフリカ北部、中央アジア、ヨーロッパに自生するきのこであるが、近年、人気が出て日本でも盛んに施設栽培されるようになってきた。そこで上述のヒラタケの培養と同様な培養法で生育したエリンギの菌糸について菌掻きを行った後、菌掻き直後の菌糸に対し上記噴霧剤を噴霧した。試験に用いた本数はいずれの試験区とも60本であった。図4から明らかなように9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸は0.2ppmの時に有意な生産量増加効果を示した。また、エリンギについては生産量が増大するだけでなく、子実体培養期間が10日から8日に早まった。これは、きのこの周年栽培を考えた場合、栽培回数を増やすことが出来るので、このような観点からも栽培の効率化を図ることができるものである。
【0056】
その他のキノコについても、ヒラタケ、エリンギ及びブナシメジと同様に本発明のキノコ類栽培方法による菌糸体の増殖結果を図5に示す。当該結果から明らかなように、本発明のキノコ類栽培方法は、いずれのキノコの菌糸体も有意に増大させた。特に、ハタケシメジ、ウスヒラタケについては、上記噴霧剤を噴霧していないものと比較して1.5倍以上菌糸体の重量が増加した。
【0057】
キノコ菌糸増殖における特定ケトール脂肪酸作用性の検討
きのこの菌糸体培養は主に健康食品用のきのこで汎用されている方法である。菌糸増殖における特定ケトール脂肪酸の作用性を検討した。ヒラタケ、ウスヒラタケ、エリンギ、シイタケ、ナメコ、マイタケ、ハタケシメジの菌糸をSMY培地(1%ショ糖、1%麦芽エキス、0.4%酵母エキス)を20mL入れた100mlトールビーカーに植えつけた。9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸は無菌水に30nM、100nM、130pMを溶解させ、菌糸植え付け後に上部からシャーレ当たり0.1mLずつ噴霧した。100nMは0.03ppmにあたる。26℃で1ヶ月培養した後、菌糸体だけを取り出し、重量を測定した結果を図に示した。
【0058】
促進の大小はあるが、いずれも濃度依存的に9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸はキノコ菌糸の増殖を促進した。なお、9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸の菌糸増殖促進効果はもともとの菌糸増殖が遅いキノコほど効果が大きい傾向が見られた。図5に示したキノコの中でも、ハタケシメジに対し9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸は高い増殖促進作用を示した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の方法によれば、特定ケトール脂肪酸の適用を菌掻き工程後の特定の時期に行うことで、キノコの菌糸体重量を顕著に増大させ、収穫時期も早めることができる。特に、増殖速度が遅いキノコほどかかる増大効果の恩恵を受けることができるため、本発明の方法はこれまで増殖が遅く商品化が困難であったこのようなキノコにとって好適である。特に、本発明は、味がよく、薬理効果が高いことが知られているものの、増殖が遅いために本格的な実用化が阻害されていたハタケシメジに対しての利用が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1は、特定ケトール脂肪酸を含む噴霧剤の噴霧時期によるヒラタケの子実体生重量(g)の差異を示すグラフである。
【図2】図2は、特定ケトール脂肪酸を含む噴霧剤の噴霧時期によるブナシメジの子実体生重量(g)の差異を示すグラフである。
【図3】図3は、ヒラタケ栽培におけるケトール脂肪酸(9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸)の至適濃度を示す棒グラフである。
【図4】図4は、エリンギ栽培におけるケトール脂肪酸(9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸)の至適濃度を示す棒グラフである。
【図5】図5は、種々のキノコに対するケトール脂肪酸(9−ヒドロキシ−10−オキソ−12(Z),15(Z)−オクタデカジエン酸)のキノコ菌糸体増殖促進作用を示す折れ線グラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素原子数が4〜24のケトール脂肪酸の、カルボニル基を構成する炭素原子と水酸基が結合した炭素原子が、α位の位置にある、炭素原子数が4〜24のケトール脂肪酸をストレス曝露後の菌子体に適用する工程を含んで成るキノコ類の栽培方法。
【請求項2】
菌床栽培における菌掻き工程によりストレス曝露される、請求項1に記載のキノコ類の栽培方法。
【請求項3】
適用工程が菌掻き工程終了後から原基が形成するまでの間に実施される、請求項1又は2に記載のキノコ類の栽培方法。
【請求項4】
適用工程が菌掻き工程終了後から24時間以内に実施される、請求項1〜3のいずれか1項に記載のキノコ類の栽培方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−17829(P2009−17829A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−183301(P2007−183301)
【出願日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】