説明

キメラマウス、ノックアウトマウス、及びそれらの作製方法、並びにES細胞株

【課題】キメラマウスやノックアウトマウスの作製に好適なES細胞株を樹立すること。C57BL/6系統のマウス由来のES細胞株を用いて、生殖系列キメラマウスを効率的かつ高頻度に作製できる手段を提供すること。
【解決手段】C57BL/6マウス由来のES細胞と、4倍体初期胚とを凝集させる手順を少なくとも含むキメラマウス作製方法を提供する。これにより、C57BL/6マウス由来のES細胞を用いて、生殖系列キメラマウスを高頻度に作製できる。従って、例えば、そのES細胞の遺伝子組換えを行うことにより、ノックアウトマウスを高頻度に作製できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、C57BL/6マウス由来のES細胞と、4倍体初期胚とを凝集させる手順を少なくとも含むキメラマウス又はノックアウトマウスの作製方法、それらの方法により作製されたキメラマウス又はノックアウトマウス、並びにキメラマウスの作製が可能で、生殖細胞への分化能力を保持しているC57BL/6Jマウス由来のES細胞株に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(embryonic stem cell;以下、「ES細胞」とする。)は、発生初期胚の内部細胞塊由来の未分化細胞であり、あらゆる種類の細胞に分化する能力を有する。そのため、近年、再生医療などへの応用が期待されている。
【0003】
マウスのES細胞は、1980年代に分離され、現在では、ノックアウトマウス作製などに広く応用されている。
【0004】
ノックアウトマウスは、遺伝子工学的手法により、ある遺伝子を欠損又は変異させたマウスである。
【0005】
ノックアウトマウスは、概ね、以下の手順で作製される。まず、ターゲッティングベクター(組換えDNA)を調製した後、エレクトロポレーション法などにより、そのターゲッティングベクターをES細胞に導入する。そして、相同的遺伝子組換えのおこったES細胞株を選別する。次に、8細胞期胚又は胚盤胞期胚の中に、その組換えES細胞を、インジェクション法により注入し、キメラ胚を作製する。次に、そのキメラ胚を偽妊娠マウスの子宮に移植し、産仔(キメラマウス)を得る。次に、作製したキメラマウスと野生型マウスを交配し、生殖細胞が組換えES細胞由来の細胞により形成されているかどうかを確認する。そして、生殖細胞が組換えES細胞由来の細胞により形成されていることが確認されたマウス同士を交配し、得られた産仔の中からノックアウトマウスを選別する。
【0006】
なお、本発明に関連のある先行文献として、例えば、以下の文献が挙げられる。特許文献1及び特許文献2には、C57BL/6N系統のマウス由来の雌のES細胞株、及び、その細胞株を用いたキメラ個体作製手段、などが記載されている。非特許文献1には、遺伝子ノックアウトによる胎生期致死を回避する技術として、4倍体胚とES細胞を凝集させることにより、ES細胞由来のマウスを作製する手段が記載されている。
【特許文献1】特開2004−141073号公報
【特許文献2】特開2001−61470号公報
【非特許文献1】Nagy A. et al, “Derivation of completely cell culture-derived mice from early-passage embryonic stem cells” Proc. Natl. Acad. Sci. USA Vol90, pp.8424-8428, September 1993 Developmental Biology
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、ES細胞株の樹立は難しいという問題がある。例えば、既知の手順の通りにES細胞を作製した場合でも、ES細胞株を樹立できない場合も多く、また、ES細胞株を樹立した場合でも、樹立した株ごとに、キメラを形成する能力や組織への分化能力などの性質・特性が大きく異なることが多い。
【0008】
また、C57BL/6系統のマウス由来のES細胞株を用いてノックアウトマウスを作製することが難しい、という課題がある。C57BL/6系統のマウスは、近交系のマウスとして、最も広く用いられている系統の一つであり、形質や属性などに関する膨大なデータの蓄積を有する。従って、C57BL/6系統のマウスのES細胞株を用いてノックアウトマウスを作製することが最も好ましい。しかしながら、C57BL/6系統のマウス由来のES細胞株を用いた場合、生殖系列キメラマウスの作製が難しい。そのため、現在、129系マウス由来のES細胞株や、C57BL/6系統のマウスとCBA系統のマウスのF1雑種由来のES細胞を用いて生殖系列キメラマウスを作製し、ノックアウトマウスを樹立することが多い。その場合、C57BL/6系統のマウスにコンジェニック化するためには、通常、2年以上の年月を要する。
【0009】
そこで、本発明は、キメラマウスやノックアウトマウスの作製に好適なES細胞株を樹立すること、及び、C57BL/6系統のマウス由来のES細胞株を用いて、生殖系列キメラマウスを効率的かつ高頻度に作製できる手段を提供すること、を主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、今般、C57BL/6Jマウス由来の胚性幹細胞(embryonic stem cell;以下、「ES細胞」とする。)の樹立に成功した(受領番号:FERM AP−20683)。
【0011】
そして、発明者らは、そのES細胞株を用いて研究を重ねた結果、従来通り、インジェクション法により、8細胞期胚又は胚盤胞期胚の中にC57BL/6マウス由来のES細胞を注入し、キメラ胚を作製するのではなく、C57BL/6マウス由来のES細胞と4倍体初期胚とを凝集させることにより、生殖系列(germ line)キメラマウスを短時間で効率的に作製できることを新規に見出した。
【0012】
そこで、本発明では、C57BL/6マウス由来のES細胞と、4倍体初期胚とを凝集させる手順を少なくとも含むキメラマウス作製方法を提供する。
【0013】
これにより、C57BL/6マウス由来のES細胞を用いて、生殖系列キメラマウスを高頻度に作製できる。従って、例えば、そのES細胞の遺伝子組換えを行ってから生殖系列キメラマウスを作製することにより、ノックアウトマウスを高頻度に樹立できる。
【0014】
ES細胞と4倍体初期胚とを凝集させた後、その凝集胚をマウスに移植した場合、その産仔は、ほぼ全てがES細胞由来の細胞により形成されるため、生殖系列キメラマウスであるかどうかを、交配などにより検定する必要がない。また、C57BL/6系統の遺伝形質を備えたノックアウトマウスの作製する場合、C57BL/6系統のマウスにコンジェニック化する必要がないため、作製期間を大幅に短縮できる。従って、キメラマウス又はノックアウトマウスの作製を短時間で効率的に行うことができる。
【0015】
4倍体初期胚は、例えば、C57BL/6マウスの2細胞期胚を電気的に融合することにより作製できる。
【0016】
なお、本発明において、「生殖系列キメラマウス」とは、交配によりES細胞由来の遺伝子型を子孫に伝達できるキメラマウスのことをいう。即ち、生殖細胞(精子又は卵)がES細胞由来の細胞により形成され、ES細胞の遺伝情報が生殖により次世代に伝達可能であるキメラマウスのことをいう。例えば、インジェクション法により初期胚にES細胞を注入してキメラ胚を作製し、キメラマウスを得た場合、初期胚由来の細胞により生殖細胞が形成される場合と、ES細胞由来の細胞により生殖細胞が形成される場合がある。それに対し、キメラマウスの生殖細胞がES細胞由来の細胞により形成された場合、そのキメラマウスを用いて交配を行うことにより、ES細胞由来の遺伝子型を子孫に伝達できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、生殖系列キメラマウスを効率的かつ高頻度に作製できる。
【実施例1】
【0018】
実施例1では、C57BL/6J系統のマウス初期胚から独自にES細胞株を樹立し、そのES細胞株を用いて、キメラマウスの作製を試みた。
【0019】
概要を以下に示す。
【0020】
はじめに、ES細胞株を樹立した。C57BL/6J系統のマウスの胚盤胞から内部細胞塊を採取した後、その採取した細胞をフィーダー細胞上で培養し、C57BL/6J由来の雄のES細胞を樹立した(受領番号:FERM AP−20683)。フィーダー細胞として、BALB/c系統由来のマウス胎仔線維芽細胞をマイトマイシンC処理して用いた。また、培地として、DMEM(DULBECCO’s modified EAGLE’s medium;ダルベッコ変法イーグル培地、SIGMA社製)に、15%KSR(KNOCKOUT serum replacement;ノックアウト血清代替添加物、GIBCO社製)、LIF(Leukemia inhibitory factor;白血病阻害因子、Invitrogen社製)、NEAA(non essential amino acid;非必須アミノ酸、Invitrogen社製)、Sodium pyruvate(Invitrogen社製)を添加したものを用いた。
【0021】
続いて、樹立したES細胞株を用いて、インジェクション法によるキメラマウスの作製を試みた。まず、交配したICR系統の雌マウスから8細胞期胚又は胚盤胞期胚を採取した。次に、インジェクション法により、樹立したES細胞を、その胚の中に注入し、キメラ胚を作製した。次に、そのキメラ胚を、偽妊娠雌マウスの子宮に移植し、自然分娩により、産仔(雄マウス)を得た。そして、得られた雄マウスがES細胞由来の細胞を有するマウスであるかどうか、毛色により判定した。なお、C57BL/6J系統のマウスの毛色は黒色、ICR系統のマウスは白色(アルビノ)であり、キメラマウスは、白色部位と黒色(又は茶色)部位のある斑模様になる。
【0022】
次に、得られた雄キメラマウスとICR系統の雌マウスを交配し、作製した雄キメラマウスが生殖系列キメラマウスであるかどうかを調べた。雄キメラマウスの生殖細胞(精子)がES細胞由来の細胞により形成されている場合、交配後に得られた産仔(雄又は雌マウス)は、C57BL/6J由来の形質を備えるため、黒色になる。一方、雄キメラマウスの生殖細胞が胚細胞由来の細胞により形成されている場合、交配後に得られた産仔(雄又は雌マウス)はICR由来であるため、白色毛色になる。そこで、交配後の産仔(雄又は雌マウス)の毛色を確認することにより、作製した雄キメラマウスが生殖系列キメラマウスであるかどうかを調べた。
【0023】
結果を表1に示す。表中、「donor」は用いたES細胞を、「recipient」は用いた胚のマウス系統の由来(strains)と胚の種類(embryo)を、それぞれ示し、「the techniques used」はES細胞の導入手段を示す。表中、「No. of embryos transferred」は偽妊娠マウスに移植したキメラ胚の個数を、「No. of newborns」はそのうち生まれた産仔数を、「No. of chimeras」は生まれた産仔のうちキメラマウスの個体数(雌雄両方を含む数)を、「No. of germline chimeras」は得られたキメラマウスのうち生殖系列キメラマウスの個体数を、それぞれ示す。なお、表中、「B6ES」は、C57BL/6J系統のマウス初期胚から樹立したES細胞を用いた結果であることを、「clone A」及び「clone B」は、クローンが別であることを、「ICR」はICR系統のマウスの初期胚を用いたことを、「8−cell」は8細胞期胚を用いたことを、「blastocyst」は胞胚期胚を用いたことを、「injection」はインジェクション法によりES細胞注入を行ったことを、それぞれ表す。
【0024】
【表1】

【0025】
図1は、作製したキメラマウスの図面代用写真である。右側の二つのマウスでは、黒色部分が少なく、ES細胞に由来する細胞の占有率が低かった。その後、ICR系統の雌マウスを交配した結果、生殖系列遺伝の能力は確認できなかった(somatic chimera)。それに対し、左側の二つのマウスでは、ES細胞に由来する細胞の占有率が100%に近く、全身が黒色であった。その後、ICR系統の雌マウスを交配した結果、生殖系列キメラマウスであることが確認された(germline chimera)。
【0026】
表1及び図1に示す通り、本実験では、C57BL/6J系統のマウス初期胚から雄ES細胞株を樹立でき、また、一般的な方法であるインジェクション法によっても、そのES細胞株を用いて雄の生殖系列キメラマウスを作製することができた。
【0027】
この実験結果には、C57BL/6J系統のマウス初期胚からES細胞株を樹立でき、かつ、そのES細胞株を用いて、生殖系列キメラマウスを作製することができたという点で、有利性がある。C57BL/6系統のマウスには、遺伝的に異なるいくつかの亜系がある。例えば、6Jは米国Jackson研究所で確立された亜系であり、6Nは米国NIH(National Institute of Health)で確立された亜系である。そのうち、6Jの系統は、マウスのゲノム解析などの研究でプロトタイプ(標準系統)として最も広く用いられている系統である。従って、本実験では、C57BL/6系統のうち、特に6J系統のマウス由来のES細胞株を用いて生殖系列に移行できるキメラマウスを作製することができたという点で、有利性がある。
【0028】
加えて、上述の実験結果には、雄のES細胞株を樹立でき、かつ、そのES細胞株を用いて、雄の生殖系列キメラマウスを作製することができたという点でも、有利性がある。雄のES細胞を用いた場合、雄の生殖系列キメラマウスを得ることができるため、その精子を用いることにより、一度にたくさんの子孫マウスを得ることができる。従って、ES細胞由来のマウスを効率的に作製できる。また、雄のES細胞は、X染色体とY染色体の両方を有しているため、Y染色体上に存在する遺伝子の解析なども行うことができるという有利性がある。
【実施例2】
【0029】
実施例2では、ES細胞株と4倍体胚とを用いて、キメラマウスの作製を試みた。
【0030】
まず、4倍体胚を作製した。C57BL/6J系統のマウスから、2細胞期胚を採取し、電気融合法により、4倍体にした。次に、この4倍体胚を8細胞期まで培養した。次に、4倍体胚の透明体を除去した後、C57BL/6J系統由来のES細胞を入れ、両者を凝集させた。なお、本実験では、実施例1で樹立したES細胞の代わりに、発明者らが別途樹立した、C57BL/6J−green mouse(GFP遺伝子を導入したトランスジェニックマウス)由来のES細胞を用いた。このES細胞と実施例1で樹立したES細胞とは、用いたマウスの系統が全く同一であるため、遺伝形質はGFP遺伝子が導入されていることを除き同一であると推測できる。次に、その凝集胚を胚盤胞にまで発生させた後、偽妊娠マウスに移植し、産仔(雄マウス)を得た。
【0031】
なお、一般的な電気融合法では、複数の2細胞期胚を直線状に並べ、両側を平行二重電極で挟み、電気融合を行う。しかしながら、この方法で電気融合を行った場合、全ての細胞で均一に細胞融合を行うことができず、4倍体胚を確実に作製することができない。従って、作製した4倍体胚の中に2倍体胚が混在するため、目的のマウスの発生率が下がるという問題があった。そこで、発明者らの試行錯誤の末、本実験では、一個の2細胞期胚を針型電極で挟み込むことにより電気融合を行い、4倍体胚を一個ずつ作製した。これにより、4倍体胚の作製効率は下がったが、確実に、4倍体胚を得ることができるようになった。
【0032】
結果を表2に示す。表中の各記載は、表1と同様である。表中、「B6G−2 cells」は、C57BL/6J−green mouseから樹立したES細胞を用いた結果であることを、「C57BL/6J」は、C57BL/6J系統のマウスの初期胚を用いたことを、「tetraploid 8−cell」は、4倍体の8細胞期胚を用いたことを、「aggregation」は凝集法により4倍体胚とES細胞との凝集を行ったことを、それぞれ示す。表中、その他の表中の各記載は、表1と同様である。
【0033】
【表2】

【0034】
表2に示す通り、C57BL/6J系統のマウス由来のES細胞株と、4倍体胚とを凝集させる方法を用いることにより、高頻度に雄キメラマウスを作製できた。
【0035】
なお、このキメラマウス作製方法は、生殖系列キメラマウスであるかどうかを、別途、交配して調べる必要がないという点で有利性がある。この方法を用いた場合、4倍体細胞は発生途上で死滅するため、作製した雄キメラマウスは、ほぼ全ての細胞がES細胞由来の細胞から形成される。従って、生殖細胞もES細胞由来の細胞から形成されるため、生殖系列キメラマウスであるかどうかを、別途、交配などにより調べる必要がない。
【0036】
加えて、上述のキメラマウス作製方法は、ES細胞由来の細胞のみで形成されるマウスを作製するために、別途、交配を行う必要がないという点でも有利性がある。インジェクション法によりキメラマウスを作製する場合、例えば、作製したキメラマウスと野生型マウスを交配し、生殖細胞キメラマウスであるかどうかを確認した後、得られた産仔同士をさらに交配して、ES細胞由来の細胞のみで形成されたマウスを作製する。それに対し、上述の手順でキメラマウスを作製する場合、それらの交配を行う必要がない。
【0037】
従って、このキメラマウス作製方法を用いることにより、ES細胞由来の細胞のみで形成されたマウスを短期間で作製することができ、また、それらのマウスの作製効率を大幅に向上できる。
【実施例3】
【0038】
実施例3では、実施例1で樹立したES細胞株を用いて、ノックアウトマウスの作製を試みた。本実験では、例として、アンジオテンシノーゲン遺伝子欠損マウスの作製を試みた。
【0039】
はじめに、内在性アンジオテンシノーゲン遺伝子の組換えを行い、組換えES細胞を作製した。まず、ターゲッティングベクター(targeting vector)の作製を行った。アンジオテンシノーゲン遺伝子の一部の配列を有するDNAを調製した後、ポジティブ選別マーカーとしてネオマイシン耐性遺伝子(neo’)を、ネガティブ選択マーカーとしてジフテリア毒素Aフラグメント(DT)遺伝子を、そのDNAに連結し、ターゲットベクターを作製した。次に、エレクトロポレーション法により、そのターゲッティングベクターをES細胞に導入した。これにより、内在性アンジオテンシノーゲン遺伝子とターゲッティングベクターとの間の相同的組換えがおきるため、組換えES細胞を作製できる(図2参照)。
【0040】
なお、組換えのおきたES細胞にはネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれるため、G418(選別用薬剤)を含有する培地で培養を行うことにより、組換えES細胞を選別できる。また、アンジオテンシノーゲン遺伝子の途中にネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれるため、アンジオテンシノーゲン遺伝子の機能を欠損させることができる。
【0041】
ES細胞におけるアンジオテンシノーゲン遺伝子の組換え頻度を表3に示す。表中、「TT2」は、ES細胞としてTT2細胞株を用いた場合における遺伝子組換え頻度を示す(対照)。なお、TT2細胞株は、C57BL/6系統のマウスとCBA系統のマウスとのF1雑種から採取されたES細胞由来のES細胞株である。表中、「B6−ES」は、本実験において樹立した、C57BL/6J系統マウス由来のES細胞における遺伝子組換え頻度を示す。表中、「G418抵抗性クローンの数」は、G418含有培地で培養を行った際に増殖したクローンの数を示し、「遺伝子組換えクローンの数」は、G418抵抗性クローンのうち、PCRにより、実際に遺伝子組換えが確認されたクローンの数を示す。
【0042】
【表3】

【0043】
続いて、作製した組換えES細胞を用いて、実施例1と同様の方法(インジェクション法)によりキメラマウスを作製した。
【0044】
結果を表4及び図3に示す。表4中の各記載は、表1又は表2と同様である。その他、「Agt−targeted B6ES cells」は、C57BL/6J系統のマウス初期胚から樹立したES細胞についてアンジオテンシノーゲン遺伝子の遺伝子組換え(ノックアウト)を行った、遺伝子組換えES細胞を用いた結果であることを示す。なお、図3は、組換えES細胞を用いて作製したキメラマウスの図面代用写真である。このキメラマウスでは、生殖系列キメラであることを確認できなかった。
【0045】
【表4】

【0046】
表4などに示す通り、組換えES細胞を用いて、インジェクション法によりキメラマウス(ノックアウトマウス)を作製した場合、全体でキメラマウスは1匹しか作製できなかった。また、この雄キメラマウスとICR系統の雌マウスを交配したが、組換えES細胞由来の細胞のみで形成されるマウスを作製することはできなかった。
【0047】
そこで、今度は、実施例2の方法(4倍体胚を用いる方法)により、ノックアウトマウスの作製を試みた。
【0048】
結果を表5に示す。表中の各記載は、表1、表2、又は表4と同様である。
【0049】
【表5】

【0050】
表5に示す通り、C57BL/6J系統のマウス由来の組換えES細胞株と、4倍体胚とを凝集させる方法を用いることにより、高頻度に雄ノックアウトマウスを作製できた。
【0051】
なお、このノックアウトマウス作製方法は、手順中において、生殖系列キメラマウスであるかどうかを、別途、交配して調べる必要がないという点、及び、ES細胞由来の細胞のみで形成されるマウスを作製するために、別途、交配を行う必要がないという点で有利性がある。従って、このノックアウトマウス作製方法を用いることにより、ES細胞由来の細胞のみで形成されたノックアウトマウスを短期間で作製することができ、また、ノックアウトマウスの作製効率を大幅に向上できる。
【0052】
その他、作製したノックアウトマウスの尻尾の一部を切断して組織を採取し、そのマウスが変異遺伝子(ネオマイシン耐性遺伝子)を有するか、PCR法により調べた。結果を図4に示す。
【0053】
図4は、PCRの結果を示す図面代用写真である。図中の各バンドは、胎仔におけるネオマイシン耐性遺伝子の存在の有無を示す。
【0054】
レーン1〜5は、作製したノックアウトマウスにおけるPCRの結果を示す。なお、レーン1は、胎仔のうちに死んだ個体の結果であり、レーン2〜5は、生存した胎仔の結果である。レーン6は、ネガティブコントロールであり、遺伝子組換えを行っていないC57BL/6Jの個体から採取した尻尾を用いた場合におけるPCRの結果を示す。レーン7及びレーン8は、ポジティブコントロールであり、既に、ネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれているノックアウトマウスの個体から採取した尻尾を用いた場合におけるPCRの結果を示す。
【0055】
図4の結果は、作製したノックアウトマウスでは、目的の遺伝子がノックアウトされていることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明により、C57BL/6J系統のマウス由来のES細胞のみからなり、かつ、生殖系列キメラマウス又はノックアウトマウスを短期間で高頻度に作製できる。
【0057】
上述の通り、C57BL/6系統のマウスは、近交系のマウスとして、最も広く用いられている系統であり、形質や属性などに関する膨大なデータの蓄積を有する。本発明により、C57BL/6J系統のノックアウトマウスを作製できるため、例えば、そのノックアウトマウスから得られたデータと、蓄積データとを比較・検討することにより、ノックアウトした遺伝子の詳細な機能解析などを行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施例1において、インジェクション法により作製したキメラマウスの図面代用写真。
【図2】実施例3において、内在性アンジオテンシノーゲン遺伝子とターゲッティングベクターとの間の相同的組換えを示す模式図。
【図3】実施例3において、インジェクション法により、組換えES細胞を用いて作製したノックアウトマウスの図面代用写真。
【図4】目的の遺伝子がノックアウトされているかどうかに関する、PCRの結果を示す図面代用写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C57BL/6マウス由来の胚性幹細胞(embryonic stem cell;以下、「ES細胞」とする。)と、4倍体初期胚とを凝集させる手順を少なくとも含むキメラマウス作製方法。
【請求項2】
C57BL/6マウスの2細胞期胚を電気的に融合することにより、前記4倍体初期胚を作製することを特徴とする請求項1記載のキメラマウス作製方法。
【請求項3】
前記キメラマウスは、生殖系列キメラマウスであることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のキメラマウス作製方法。
【請求項4】
C57BL/6マウス由来のES細胞の遺伝子組換えを行う手順と、
作製された組換えES細胞と、4倍体初期胚とを凝集させる手順と、を少なくとも含むノックアウトマウス作製方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか一項記載の方法により作製されたキメラマウス。
【請求項6】
請求項4記載の方法により作製されたノックアウトマウス。
【請求項7】
キメラマウスの作製が可能で、生殖細胞への分化能力を保持しているC57BL/6Jマウス由来のES細胞株(受領番号:FERM AP−20683)。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−104964(P2007−104964A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−298825(P2005−298825)
【出願日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】